転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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180話 大魔宮(バーンパレス)の掃除屋

「さあ、腹ごしらえも出来たし、魔力も満タンだ! 矢でも鉄砲でも持って来いって感じだな。なっ、ダイ!」

 

俺が広げられていた敷物から腰を上げて、背伸びをしながらダイを振り返ると、そのダイは口をへの字にして俺を睨んでいた。

 

「何が満タンだよ、ポップ! 俺の頭に(フェザー)を刺して! あれ、痛かったんだぞ!」

 

「おいおい、ダイ。俺達、相棒だろう? 俺の痛みは、ダイも共有しないと不公平じゃないか」

 

にしし……、と笑う俺に、ダイは「何言っているんだよ、もう!」と、まだブツブツと文句を言っている。

 

マァムが立ち上がりながら、そんなやりとりをしている俺達を見て呆れたような視線を向けた。

 

「ポップ、気を抜き過ぎよ。ここが敵の本拠地だと言う事を忘れたら駄目よ」

 

「そんな事言って、マァムだってアバン先生のお弁当をしっかりいただいていたじゃないか。……あ、マァム、口元にソースが付いているぞ?」

 

「え、嘘っ!?」

 

俺の言葉にマァムが慌てて手で口元を拭うが、その手には何もついていなかった。俺がニヤニヤしているのを見て、からかわれた事に気がついたマァムが「ポップっ!」と睨み付ける。

 

「ははは。ごめん、ごめん。しかし、シグマが完全に後続を断ってくれているからというのもあるけど、ものの見事に魔物が1匹もいないな……。こういう悪の本城に入って急激に敵の出現率が減るのって、あまり良い傾向じゃなかったような……」

 

俺は気持ちオンモードに切り替えて、周囲を伺う。すると、突然俺達に投げかけられる声。

 

「……そうだ。お前の言葉通り……。すなわちそれは、もはや雑魚の番人が不要であるほどの強者が護りについているという事よ」

 

そう言って現れたのは、ヒュンケルと闘っているはずの闇の衣を纏ったミストバーンだった。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 本城前~~~~

 

「おらぁッ!」

 

ヒムの拳によって、てっきゅうまじんの放った鉄球が粉々に砕け散った。そしてシグマはそのヒムの脇を掻い潜るようにして魔物の群れに飛び込み、その槍を縦横に振るう。

 

「くっ! ええい、魔法だ! 魔法で攪乱しつつ、攻撃しろ!」

 

魔物のうちの1体がそう声を張り上げると、次々と火炎呪文や爆裂呪文がシグマ達に飛んだ。至近で炸裂する呪文のため、ダメージは負わないまでも、視界を塞がれたり身体を崩されたりして、満足に攻撃ができなくなったヒムが顔を顰めて声を上げた。

 

「ええい! 面倒くさいな、全く! おい、シグマ! お前、『シャハルの鏡』はどうしたよ!? 何であれを使って呪文を跳ね返さないんだよ!」

 

その至極まっとうな問いかけに、シグマは何ほどもないとばかりに冷静に言葉を返す。

 

「……残念ながら、『シャハルの鏡』はアルビナスに胸を貫かれた際に砕けたよ」

 

「あぁっ!? なんでアルビナスとお前がやり合ってんだよ!?」

 

驚くヒムに、シグマは簡潔にアルビナスとのやりとりを説明する。

 

「ちっ! ハドラー様の最後の言葉といい、後でちゃんと俺にも教えろよな! とっ、危ねえ! もう少しで抜かれる所だったぜ!」

 

呪文攻撃で視界を奪った隙を突いて、本城に突入しようとした魔物をかろうじて止めるヒム。

 

「やばいな。やられるとは思わねえが、俺もお前も集団戦は得意としていないからな。これは思ったより骨が折れそうだ……」

 

既に50体近くの魔物が白亜の床にひれ伏しているとは言え、まだ敵の数は半分以上は残っている状態だった。ヒムは、新たに習得した闘気拳(オーラナックル)を放ち、てっきゅうまじんを絶息させながら、そう毒づく。

 

しかし、シグマはそのヒムの言葉にヒヒン、とまるで馬が嘶くように鼻で笑った。

 

「ふっ。ヒム……、君が新たに闘気を使いこなすようになった事は、その技を見れば分かる。だが、私も君と同じく以前の私と同じと思わないでもらおうか」

 

「……何だって?」

 

訝しげに声を上げたヒムをよそに、シグマは自慢の脚力で空高く跳躍する。そして、シグマは『シャハルの鏡』を格納していた人間でいう所の胸郭に当たる部分の鎧を大きく開き叫んだ。

 

「避けろよ、ヒム! ――ニードルサウザンド!!」

 

――ズシャァァァッ!

 

途端にシグマの胸から針のような無数の閃光が放たれ、それが眼下の魔物達に広範囲に降り注がれた。

 

「「「ギャァァーー!!」」」

 

集束すれば極大閃熱呪文(ベギラゴン)にも匹敵する威力の閃熱を浴びた魔物達が、苦痛のうめき声を上げる。

 

「お、お前、それ、アルビナスの……。いったい、どうなってんだよ?」

 

シグマはヒムの隣に降り立ち、不適な笑みを浮かべた。

 

「新たなステージに昇ったのは、君だけではないのだよ、ヒム。君がハドラー様から多くの物を受け取ったように、私もアルビナスから多くの物を受け取った。そういう事さ……」

 

「何がそういう事だ! 俺の身体にも穴が空いているじゃねえか!」

 

ヒムは、自身の右腕に穿たれた針のように小さな穴を、シグマに見てみろっ、とばかりに掲げて見せる。

 

「だから避けろと言っただろう」

 

「お前の技で、オリハルコンの俺の身体までダメージを受けるとは思わねえだろうが!」

 

「それは君の勉強不足だ、ヒム。親衛騎団同士ならば互いの技、呪文で互いを傷つける事ができるのだ。常識だぞ、ヒム」

 

そうヒヒン、と鼻を鳴らしながら胸を張るシグマに対して、「何だ、そのどや顔はッ!?」と叫ぶヒム。

 

「たくっ、まあ良い。だが、そういう事なら話は早えな! お前が全体攻撃を、俺が単体攻撃で数を減らしていくとしようか! 」

 

そうして、ヒムとシグマがそれぞれの役割を分担する事で、あらかた現れた魔物の掃討に成功した時だった。

 

突然、彼らの前方に10体のオリハルコンの戦士が降り立った。10体の内の7体はヒムと同じ容貌の兵士(ポーン)であり、残り3体は僧正(ビショップ)城兵(ルーク)騎士(ナイト)であった。

 

「なっ、何故だっ! 俺とそっくりなのが7体っ……!」

 

「私がもう1体。それに、フェンブレンやブロックまで……! これは……!?」

 

驚く彼らに対して、「ハーハッハッハッ!!! 何を寝ぼけた事を言っておる! この用済みのクズ駒めっ!!!」と、彼らを嘲笑する声が投げかけられる。

 

「――なっ、だ、誰だ!?」

 

「ヒム、あそこだ!」

 

彼らの視線の先では、巨躯の戦士が仁王立ちで立っていた。

 

「吾輩の名は、(キング) マキシマム! お前達オリハルコンの駒から生まれた人形共の主もというべき存在よ! ええい、頭が高い! 控えぬか!」

 

その傲慢な物言いに、ヒムが凄むように一歩を踏み出す。

 

「ああんっ! お前、いきなり出てきて何を言ってんだよ! 俺らの主っていやあ、ハドラー様に決まっているだろうが!」

 

「いや待て、ヒム。我々は大魔王のチェスの駒をベースに生み出された存在。女王(クイーン)僧正(ビショップ)城兵(ルーク)騎士(ナイト)兵士(ポーン)がいるのなら、(キング)がいてもおかしくはない」

 

シグマは、飛び出そうとするヒムを抑えてそう冷静にマキシマムとその周囲の者を見渡した。

 

「ハッハッハ。多少は頭が回るやつもいるではないか。そうだ、我こそはこの大魔宮(バーンパレス)における最大最強の守護神よ! ハドラー如きが『死の大地』の守護者に任ぜられていたが、笑止千万!! 真なる守護者は、オリハルコン軍団を束ねる、このキーング!! マキシマームよ!!」

 

「何だとぉッ! テメエ、俺達ハドラー親衛騎団の前で、ハドラー様を愚弄するとは良い度胸じゃねえか!」

 

ヒムがその背中から怒気を立ち上がらせるが、マキシマムはただその眉を上げただけだった。

 

「ふむ……。ハドラーによって、我の元から離れ禁呪法生命体となったと聞いて不憫に思っておったが、そのような短絡的思考の兵士(ポーン)になっていたとは。場合によっては、吾輩の元に帰参する事をバーン様に願い出てやろうとも思っておったのだが、その有様ではこちらから願い下げだな。……まったく、どうせ敗残兵として生き残るなら女王(クイーン)の方が良かったというのに、惜しい事だ」

 

そのマキシマムの言葉に、シグマが表面上は冷静さを装い問いかける。

 

女王(クイーン)の方が良かったとは、どういう意味かな、マキシマム殿?」

 

マキシマムは、ニヤッと下卑た笑みを浮かべてシグマを見下ろした。

 

「決まっておるではないか。女王(クイーン)は、常に(キング)の隣にあるべきなのだ。あの、……そう、アルビナスと言ったか。吾輩ほどではないが、あのアルビナスの指揮能力と分析能力を吾輩は高く評価しておった。ハドラー如きの副官など勿体ないだろう? あの者が生き残っていれば、吾輩の副官として側に侍る事を許したというのに……。全く……」

 

そうブツブツと呟くマキシマムを、シグマは絶対零度の瞳で見つめていた。そして、ヒムは対照的に燃えるような瞳で見つめる。

 

「おい、シグマ。あの馬鹿キングは俺に殺らせろよ……?」

 

「断じて断る。あの痴れ者は、私の槍の錆としてくれる……」

 

2人は視線を合わせ、2人の間にバチバチッと火花が飛び交った。それを知ってか知らずか、マキシマムが配下のオリハルコン軍団に指令を発した。

 

「ふーむ、つまらぬ。さっさとこやつらを始末して、中に入りこんだゴミどもの掃除もしてやるとするか。ミストバーンも少しは吾輩に感謝する事だろうて。よし、行け、我が無敵の軍団よ!」

 

その言葉に、ずっと無言で佇んでいたオリハルコン軍団のうち、騎士(ナイト)がその手に持った槍を振りかぶりヒムに、そして3体ほどの兵士(ポーン)がシグマに襲いかかった。

 

しかし……。

 

 

「むっ? おい、どうした兵士(ポーン)騎士(ナイト)よ。敗残兵を処分したらすぐに戻ってこぬか―― ――なッ!?」

 

シグマとヒムに襲撃をかけた兵士(ポーン)達が戻ってこない事に不審の声を上げるマキシマム。しかし、マキシマムがその様子をよく見ると、騎士(ナイト)はその胸から背中にかけて拳が貫通しており、3体の兵士(ポーン)は全てが胸から背中にかけて風穴が開けられていた。

 

 

「やれやれ、騎士(ナイト)って駒は、ただピョンピョンと跳びはねる事しか脳がねえのかねえ……。なあ、シグマ?」

 

ズボッと、騎士(ナイト)の胸部に突き立てた拳を引き抜きながら、皮肉めいた笑みをシグマに向けるヒム。

 

「……ふむ。兵士(ポーン)こそ、よくこの程度の身体能力で接近戦が得意などと言えたものだ。そうは思わないかね、ヒム?」

 

槍をヒュンと一振りして、ヒムを見やるシグマ。

 

再びにらみ合う2人。

 

「何か俺に言いたいことがあるのかよ、シグマ?」

 

「特にありはしないよ、ヒム。君こそ私に何か思うところがあるのかな?」

 

「ヘヘヘ」、「ヒヒン」と乾いた笑みを向け合う2人の耳に、空気の読めない男の怒号が届いた。

 

「お、おのれー、人形の分際で小癪な!! 僧正(ビショップ)城兵(ルーク)! お前達も行かぬか! 兵士(ポーン)もだ! 全軍をあげてあの敗残兵どもを処理するのだ!!!」

 

しかし、マキシマムの指令で全てのオリハルコン軍団が迫ってきていても、2人は落ち着いていた。

 

「なあ、シグマ。あの馬鹿キングだが、もうこうなったら早いもの勝ちって事で良いんじゃないか?」

 

「ああ、異論は無い」

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 白い宮庭(ホワイトガーデン) ~~~~

 

 

「ミストバーン……。何故お前がここに? お前はヒュンケルが相手をしていたんじゃないのか?」

 

皆の知りたかった問いを代弁して俺はミストバーンに問いかける。俺達の背後の階段の上には、ミストバーンが現れるのとほとんど同時にこの場に戻ってきたアバン先生と姫さんがいた。

 

「……私がここにいる事の意味を理解できないと?」

 

ギリッと奥歯を噛みしめる俺の隣で「嘘よ!」「ヒュンケルが負けるもんか!」と、マァム達が声を張り上げる。ヒュンケル……、嘘だよな? 俺はこいつの正体にもう気が付いているが、気が付いていようがいまいが、こいつを倒せるのはダイを除けば俺かヒュンケルしかいないと思っていた。

 

「……ポップ、彼がミストバーンなのですね?」

 

階段の上からアバン先生が俺に確認するように声をかけるが、それに対する回答は本人から得られた。

 

「そうだ……。そういうお前はアバンだな? 死んだと聞いていたが、しぶといことだ」

 

「ええ、あなたの事はレオナ姫やポップからおおよそ伺っています。現在の魔軍司令ミストバーンこそ打倒大魔王の最大最強の難問だと。そのあなたをヒュンケルが抑えてくれている間に大魔王と接敵するつもりでしたが、どうやらそううまくは事が運ばなかったようですね。……ミストバーン、次は私がお相手いたしましょう。お受けいただけますね?」

 

ミストバーンは、そのアバン先生の問いかけに答えるかのように見えて、不意に沈黙で返した。そして……。

 

「いや、よしておこう、アバン。……お前の相手は既にそこにいるのだからな」

 

――! その言葉に、俺はバッと背後のアバン先生を振り返る。

 

俺の瞳に、見覚えのある死神の鎌が映った。その鎌は、今まさにアバン先生をどこか別の空間に引きずり込もうとしていた。

 

どうして、俺じゃなくアバン先生を……。いや、理由を考えるのは後だ……! 俺は、必死で声を張り上げた。

 

「――アバン先生ッ! 俺、アバン先生と劇を見に行くって約束、忘れていませんからね!」

 

俺の切迫した言葉に、別次元に半身を吸い込まれた状態のアバン先生の目が、はたと俺を見据えた。

 

「来月必ず――」

 

俺は最後まで言葉を伝える事ができなかった。しかし、アバン先生は死神の鎌に完全に引きずり込まれる前にこっくりと頷いた、……そんな気がした。

 

 

 

「ハッハッハ。愚かな事を……。今のは、キルバーンにとっての決闘を意味する! ……アバンは殺されたのではない!! これから死ぬのだ!!」

 

そう断言するミストバーンに、俺は言葉を返す。

 

「お前がキルバーンの勝利に賭けるのは自由だけど、俺は、……いや、俺達はアバン先生の勝利に賭けるに決まっているだろう。なあ、皆?」

 

皆も、当然だ、という表情で頷く。と同時に、ダイが声を張り上げた。

 

 

「ポップ、2人ずつに分かれよう! 俺とレオナがバーンの元に、ポップとマァムはミストバーンの相手を!」

 

……さすが相棒。俺もまさにそのつもりだった。俺達は互いに異なる敵と相対するかのように見えて、その実敵は同じなんだ。

 

「OKだ、ダイ。こいつは俺とマァムで食い止める。お前と姫さんは先に行け!」

 

「うん!」「分かったわ!」と返事をし、その場から踵を返し階段を駆け上がっていく2人。

 

俺とマァムは、ミストバーンがダイ達の足を止めるために何か仕掛けてくるかと身構えていたが、

ミストバーンは無言のままダイと姫さんの背をじっと見つめるだけで、何の動きも取らない。

 

……? 妙だな。そう言えばこいつ、さっきキルバーンの事も……。

 

「フッフッフ。私の相手はそなた達か。せめて私が闇の衣を脱がねばならぬようになるほどの健闘を見せてもらいたいものだな」

 

「ポップ、集中して! 来るわよ!」

 

「――!? お、おう!」

 

そうだ、考えるのは後だ。俺は、ぐっと腰を落としたマァムの肩越しに無造作に佇むミストバーンを見つめた。

 

 

 

 

~~~~別次元 キルバーン 決闘の舞台~~~~

 

 

「……やあ、アバン君……。先刻ぶりだね。私の決闘の招待を受けてくれて感謝するよ……」

 

そう言って、アバンの目の前に音も立てずに現れる死神キルバーン。

 

「……招待とはよく言う。いささか強引すぎる―― ――!?」

 

漆黒の空間に先客として佇んでいたキルバーンに返答をするアバンだったが、その彼の視線の先に、1日たりとも忘れた事の無かった容貌の戦士が横たわっている事に気づくアバン。まだアバン自身も未熟だったかの日、わが身可愛さのあまり咄嗟に取った行動で行方不明となってしまった、彼にとっての初めての弟子……。

 

「――ヒュンケル! 無事ですか!?」

 

眼前にキルバーンがいるにもかかわらず、横たわる戦士にかけよりその身体をかき抱くアバン。既に大部分が損壊している鎧の隙間からヒュンケルの胸に手を置き、その鼓動を確認する。

 

「鼓動が……。良かった……ヒュンケル……本当に、本当に。こんなに大きくなって……。もう、私の背をおい越していたのですね……」

 

意識は戻っていないものの確かに脈打つ心臓の鼓動を確認し、アバンの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 

「やれやれ、ヴェルザー様も使い終わった道具は片付けていってくれたら良いものを……」

 

「道具……。彼を道具と……?」

 

ヒュンケルを再び横たわらせたアバンが、静かな怒りを背中から発しながら立ち上がる。

 

「おや、気に障ったのなら謝罪しよう。しかし、彼はかつて君の命を奪おうとした、不肖の弟子だったのではないかい?」

 

「不肖の弟子……? 違いますね。不肖と言うなら、弟子ではなく師の方でしょう。彼は、私が誇りとする弟子ですよ」

 

アバンは足元に横たわるヒュンケルの身体に目を落とす。傷だらけの身体……。それが、弟弟子達を敵の攻撃から守るために身を挺して受けた傷だという事を、アバンは察していた。

 

「それより、キルバーンさん。さきほどヴェルザーと言いましたか? どういう事ですか? ヒュンケルが対峙していたのはミストバーンでは無かったのですか?」

 

「おっと、失言だったね。忘れてくれたまえ、アバン君」

 

「ふむ……。ヒュンケルを道具と言ったからには、彼の力を何らかの目的のために利用したはず。加えてポップ達から伺ったミストバーンの容貌に、実体を奪われ魂だけの存在として封じられているヴェルザーの名がここで出たという事は……。

 

「……」

 

無言のままのキルバーンをよそに、顎に手を当て愛用の眼鏡をキラッと光らながら、アバンは言葉を続ける。

 

「なるほど……。ミストバーンの正体に加えて、()()()()の目的が分かってきた気がします。そうか、だからあなたはポップではなく私をこの空間に招待したのですね? かつて身をもって秘宝の影響を受けた私なら、何らかの対処法を講じるかもしれないと考えて――」

 

「フッ、フッフッフ……ア、アハハハ!」

 

アバンの言葉を遮るように、突然キルバーンが可笑しげに笑い声を上げる。

 

「さすがは、大魔王が恐れた智者アバンだね。限られた情報からそこまで真相に近づくとは……!

やはり君を招待して正解だった。何をしでかすか分からない地上一の切れ者が相手では、ヴェルザー様に万が一があったかもしれないからね」

 

「地上一の切れ者……? ふっ、それはおあいにくでしたね。ならばあなたは、私ではなく……ポップをこの場に招待するべきでした。せっかく自由な肉体を手に入れたというのに、早々に退場を余儀なくされるあなたの主に同情しますよ」

 

「クッ、ククク……! 退場を余儀なくされるだって? あの男にそれができると? 無理だね。勇者である君と違い、魔法使いに過ぎないあの男では、闇の衣を脱がす事すら出来はしないよ」

 

そう確信をもって宣告するキルバーンに、アバンは静かに反論する。

 

「さて、それはどうですかね? 皆、思い違いをしているようですが、彼の……、ポップの最大の武器は魔法力ではありません。彼の最大の武器は、彼のためならどのような苦境でも力を貸したくなる、彼のためなら限界を超えた力に目覚める事も厭わない、そんな仲間が自然と集ってくる点にあります」

 

「クスクスクス。何を言い出すかと思えば……。もう良いよ、アバン君。僕達の闘いの審判をしてくれるジャッジが焦れている。そろそろ始めるとしよう」

 

その言葉と共に、スラっと腰に刺した剣を抜き放ち正眼に構えるキルバーン。その動きを見て、アバンも剣を構える。

 

「……そうですね。ですが、あと一つだけ聞かせて下さい、キルバーンさん。なに、ただの世間話ですよ。今は人族の暦で何の月だったかをお聞きしたいだけです。恥ずかしながら、私、長い間洞窟に籠もっていたもので、その辺が曖昧なんですよ」

 

そのアバンの言葉は、まるで旧来の友人に問いかけるかのような自然な口調であり、とてもではないが、これから決闘をしようとする間柄で交わされる言葉ではないように見えた。

 

「……全く、弟子が弟子なら師も師だね。だけど良いよ、教えてあげるよ。こう見えて僕は、死が間近に迫った者には優しいからね。今は9の月だよ。ウフフ、まさかあの男の言葉の通り演劇を見に行くつもりだなんて言わないだろうね?」

 

「おや、いけませんか? 私の母国には大陸随一の劇場があるんですよ。知りませんでしたか?」

 

「知らないね。僕は劇を観る方ではなく、劇をプロデュースするほうだからね。それも……悲劇の、ね」

 

そう言って、手に持った鎌を無造作にクルンっと振るキルバーン。

 

「なるほど。どうやらあなたとは趣味が合わないようですね。それでは、仲間達が待っていますから、そろそろ始めるとしましょうか、死神さん」

 

キルバーンは、アバンを見てニヤッと狡猾な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 本城前~~~~

 

 

「ふむ……。ヒム、あの痴れ者がどこに行ったのか、知らないか?」

 

僧正(ビショップ)の胸から槍を引き抜きながら、シグマがヒムに問いかける。そのヒムは、自身と同じ容貌の兵士(ポーン)の胸からやはり拳を引き抜いて返事を返した。

 

「いや、知らないぜ? お前が倒したと思っていたが、違ったのか?」

 

「いや、そんなはずはないのだが……。倒した側から爆発するものだから、分からなくなってしまったかな」

 

「そんな所じゃねえのか……? おっと……」

 

バチバチとプラズマを放ちだした兵士(ポーン)を、空に放り投げるヒム。同様にシグマも、僧正(ビショップ)の身体を器用に槍で持ち上げ、空に放り投げた。

 

兵士(ポーン)僧正(ビショップ)の身体が空で交わった途端、ドォォォーーーンという大きな音を立てて爆発が発生した。

 

もはやそこには彼ら2人以外立っている者はいなかった。

 

「さあ、あらかた片付けた事だし、俺達も中央部に行こうぜ! 俺はまだまだ暴れたりないぜ!」

 

「そうだな、では我々も彼らを追いかけるとしよう……! むっ? 地上から誰かが来た様だぞ。あれは確か……」

 

シグマが目を向けた先からは、大柄のリザードマンと、漆黒の鎧を纏った戦士、そして人間の背丈の半分ほどしかない大ネズミが駆けて来ていた。

 

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