転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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182話 知られざる主従 ②

~~~~大魔宮(バーンパレス) 白い宮庭(ホワイトガーデン) ~~~~

 

 

「下らぬ……。雑魚共に加えて人形如きが加勢したところでいったい何が変わるというのだ? 良いだろう、地上の害虫が邪魔な事には変わらない。バーンとの雌雄を決する前に、害虫掃除をしておくとしよう」

 

「バーンとの雌雄……? お前はミストバーンでは無いのか?」

 

状況がまだ理解できていないおっさん達に、ミストバーンは既にヒュンケルによって倒されている事、目の前にいる男はバーンからその肉体を奪い取った冥竜王ヴェルザーである事などを手短に伝える。

 

「……なるほど。つまり今は、バーンの肉体を操る者が、ミストと呼ばれる魔界の魔物から冥竜王ヴェルザーに変わったという事か。ふーむ、しかしバーンと闘う覚悟でここまで上がってきたというのに、冥竜王までこの戦いに関与しているとは……」

 

「そういう事だな、おっさん。ヒム……? お前まで味方してくれるのは嬉しいが、状況は理解できているか?」

 

「当り前よ! ようするに、目の前の奴は敵だという事だろう! それだけ分かれば十分さ!」

 

そのあまりと言えばあまりな短絡的な思考に『大丈夫か、こいつ?』と不安を感じた俺は、ヒムの同僚であったシグマに顔を向ける。

 

「ふ……、心配するな、ポップ。ヒムはこれくらいの理解の方がむしろ力を発揮する」

 

「そ、そうか。なんだかパーティーに脳筋派が増えた気がして頭が痛いが、今は目を瞑っておこう。それより皆、奴の倒し方だが……」

 

 

 

「――極大爆裂呪文(イオナズン)!!」

 

俺の組み合わせた両の掌から極大の名を冠する爆球がヴェルザーに対して放たれる。同時に、その爆球を追いかけるように、マァム達前衛がヴェルザーに対して駆ける。

 

「馬鹿め! いかに極大呪文と言えど、この肉体にダメージを与えることなど出来ぬわ! そら、自らの放った呪文が仲間に襲い掛かるぞ!!」

 

俺の放った爆球がヴェルザーの振り払ったフェニックスウイングによってはじき返される。そのはじき返された爆球の向かう先は、当然マァム達だった。

 

極限まで圧縮された爆発のエネルギーを内包した爆球が、マァム達に接触した途端爆散する。

 

「ハハハハ! 見ろ、人間! お前の呪文で仲間が吹き飛んだぞ!! ――!? 何ッ!」

 

吹き飛ぶどころか、何らのダメージも受けていない様子のマァム達がその巨大な爆発の光の中から飛び出した事に、驚愕の表情を浮かべるヴェルザー。

 

やれやれ……。これまでの冒険の過程で、俺がどれだけ魔法の通じない奴らと対峙してきたと思っているんだよ。竜闘気(ドラゴニックオーラ)しかり、オリハルコンしかり、そして、……凍れる時間の秘法しかり。

 

「あー、ちくしょう! 耳が馬鹿になるかと思ったぜ! 何なんだよ、この爆音を放つ呪文はよッ!」

 

爆球から飛び出したヒムがそんな苦情の声を上げるが、先頭を駆けるマァムがそれに返事をする。

 

「もう、だから耳だけは塞いでおきなさいって言ったでしょ!」

 

「グッフッフ。俺達は一度経験済みだからな……!」

 

「マァムさんとクロコダインさんを真似て良かったです……」

 

マァムの背後を行くおっさんとノヴァが、塞いでいた耳から両手を放しながら続く。いや、シグマもだ。どうやら、耳が馬鹿になったのはヒムだけのようだ。

 

そう、先ほど俺が放った呪文は、極大は極大でも極大爆竹(ばくちく)呪文であり、ただ爆音を発するだけの無害と言ってもいい呪文だった。ヴェルザーもようやく自身がはじき返した呪文の性質に気づいたようだ。

 

「おのれっ! ふざけた真似を! 一体、何のつもりだ、人間!!」

 

何のつもりだ、か……。さて、俺の狙いに気づく事が出来るかな、ヴェルザー? それより、フェニックスウイングを放って隙の生じたお前に、うちの前衛が張り付いたぜ?

 

 

初手を放ったのはノヴァだ。ノヴァとシーザーが同時に放った氷系呪文(マヒャド)が一瞬だけヴェルザーを巨大な氷塊に包む。だが、それでヴェルザーの動きを捕えた時間は一瞬だった。直ぐにその氷塊の表面に亀裂が入り、粉々に砕かれる。と同時に、ヴェルザーが掌圧を放つ。

 

「――俺に任せろ!」

 

全身を白く輝かせたおっさんがその巨躯を投げ出し掌圧を受け止める。

 

「――小癪なッ!」

 

流石に前進は出来ないまでも、その力を身体の前で交差させた両腕で受け止めるおっさん。おっさんは恐らく、身体全体に闘気を纏わせてヴェルザーの放った掌圧を受け止めている。

 

それはつまり、(ドラゴン)の騎士が竜闘気(ドラゴニックオーラ)を身体に纏い鉄壁の防御を敷くのと同じように、闘気を身体全体に纏わせる中国武術でいう所の硬気功に近い技なのだろう。

 

おっさんが掌圧を抑えているその左右からマァムとヒムが飛び出す。その動きを見てヴェルザーが拳を突き出すが、マァムはブロキーナ老師を彷彿とさせる動きで、その触れただけでミンチになりそうな攻撃を風に揺れる柳の木のように軽やかに受け流す。

 

「おらぁっ! 女だけじゃなくて、俺もいるんだぜ、ヴェルザーさんよぉッ!!」

 

「ヒムッ! 合わせろ! ――サウザンドボール!!」

 

「おうっ! ――オーラナックル!!」

 

上空からはシグマが放った閃熱(ギラ)系エネルギーの弾丸が、下方からは真っ赤に燃えるヒムの拳がヴェルザー目がけて振り上げられる。マァムの動きに気を取られたヴェルザーの顎にオーラナックルがまともに入り、宙に吹き飛ばされるヴェルザー。そこにシグマの放ったサウザンドボール……だけじゃない! おっさんが後方から放った獣王会心撃もそこに打ち込まれた。

 

ドオオォォーーン!!

 

凄まじい閃光と爆発が宙に浮くヴェルザーを中心に巻き起こる。常人ならこれで決着していてもおかしくないほどの三連撃だったが、誰も勝利を確信していない。そして皆の予想した通り、傷一つついていないヴェルザーがその土煙の中から涼しい顔をして現れる。

 

「くっくっく。小細工を弄したところで、この身体を傷つける事は叶わぬ! あの男が上で待っているのだ。貴様達は疾く死ぬが良い!」

 

「ほう……? 誰が待っているのかね? 私ならここだ、ヴェルザーよ」

 

「――! バーン、貴様!?」

 

背後より投げかけられた言葉に、ヴェルザーが慌てて背後を振り返る。しかし、ヴェルザーの背後には誰も存在しなかった。ただ、ヴェルザーの耳元に出現していた黒い霧が、散り散りになって消えていく。

 

「くっくっく。どうした、ヴェルザー。威勢のいいことを言っていたが、バーンの声を聞いただけでずいぶんと動揺しているな」

 

『なんちゃって即死呪文(ザキ)』でヴェルザーをからかった俺は、更に奴を激高させようと挑発の言葉を発する。

 

「――小僧ぉぉッーーー!!」

 

歯をギリギリと噛みしめこちらを振り返ったヴェルザーは、まさに憤怒の表情だった。くくく、そうそうもっと怒れよ、ヴェルザー。怒ってくれた方がこっちには好都合なんだ。

 

そして再びヴェルザーと俺達の闘いが始まった。俺は初手で放った極大爆裂呪文(イオナズン)のように、実効性のある呪文と見掛け倒しの呪文を巧みに使い分け、皆の援護をする。クロコダインのおっさんが避け切れないヴェルザーの攻撃に対する盾となり、マァムとシグマ、ヒムが交互に接近戦を挑みヴェルザーを受け身に追い込む。ノヴァとチウはヴェルザーから距離を取り、遠目から氷系呪文を放ったり、バダックさんお手製の爆弾を投げ込んだりして時間を稼ぐ。

 

ヴェルザーは当初こそ、自慢のフェニックスウイングで俺の呪文を弾き返し、俺達に痛撃を与える戦い方をしていたが、俺の虚実入り混じった呪文を受け続ける事で次第にフェニックスウイングの使用を控えるようになる。まあ、それはそうだろう。爆音を発生させるだけの呪文を弾き返したところで俺達にダメージは与えられないし、結果的に一手遅れを取るだけの事になるんだから。

 

『凍れる時間の秘法』が自身の肉体にかかっていなければ、受けた呪文が本物か否か判断できるんだろうが、残念ながら奴にはそれを判別できる手段がない。かつてシグマに言った言葉だが、ときに長所は短所に転ずるんだよ。よく覚えておくんだな。

 

ヴェルザーからすれば、フェニックスウイングを使用せずとも極大消滅呪文(メドローア)以外の呪文は通じないのだから、自身の闘い方からそれを除外していくのは自然な流れと言えた。

 

ヴェルザーは気付かない。俺の真の狙いに……。

 

 

 

戦いが始まり、どれほどの時間が過ぎただろうか。

 

今、俺達の前方で仁王立ちしているヴェルザー。奴の右手には火炎呪文(フェニックス)が爪を立てて燃え上がり、左手には氷系呪文(フェンリル)が喰らいつき氷霧を放出しているが、極大消滅呪文(メドローア)以外の呪文を脅威と感じていないヴェルザーは、それを全く気にする素振りを見せていない。

 

皆は、俺の合図でヴェルザーと距離を取り戦闘態勢を取っていた。

 

153、152、164、184、185、175、170、166、165、169……

-145、-156、-183、-179、-177、-173、-169、-168、-170、-174……

 

「どうした、もう向かってこないのか? お前達もよく戦ったが、このとおり、俺には何のダメージも与えてはいないぞ?」

 

俺はその言葉に返事をしない。今の俺は表情には出さないが、脳が焼けつきそうな程深く集中し、両手の呪文に注ぎ込む魔法力を調整していた。

 

もう少し、もう少しで……。

 

178、179、194、188、186、177、188、191、185!

-192、-199、-180、-180、-193、-179、-190、-194、-185!

 

――捉えた! 瞑目していた俺は、カッと目を見開きミストバーンを見据える。

 

「さあ、無駄なあがきはやめろ。これ以上の闘いは――。……なんだ、これは?」

 

ヴェルザーが、左右の手に纏わりついている炎の鳥と白狼が次第に形を失い、ただのエネルギー体に変わろうとしている様子に、不審の声を上げる。この戦いでの勝利を確信した俺は、静かにヴェルザーに話しかけた。

 

「ヴェルザー、お前の負けだ」

 

「何だと……?」

 

ヴェルザーの両腕で俺の放った正と負のエネルギーが膨らみ続ける。そのエネルギーは、正と負の違いこそあれ全く同じ魔力量だった。

 

ヴェルザーはようやく異常事態に気づき始めたようだ。ヴェルザーの左右に存在する正反対の性質を持つエネルギー体は、もう半ば融合を終えており、さらに大きな一つの魔力でできた球体を構築しようとしていた。その球体は、白く輝いていた。

 

「貴様……。これは……まさか!?」

 

遅いな、ヴェルザー。『凍れる時間の秘法』のもう一つの弊害だな。痛みすら感じる事が無い……。

 

「ようやく気が付いたかい? そうだよ、それは極大消滅呪文(メドローア)のもう一つの形。名付けて……」

 

俺は、もう随分前のように感じるあの日のマトリフ師匠との会話を思い出していた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……ふむ。まあ、そうだな。だが、それは言ってしまえば、極大消滅呪文(メドローア)という呪文の特殊性故に発生する弱点だ。その弱点を克服するなんざぁ――」

 

「いえ、克服できます……!」

 

俺は師匠の言葉を遮り、そう言い放った。俺の不遜な物言いに、師匠はニヤッと挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「俺が考えている改良は、こういうものです……。良いですか、極大消滅呪文(メドローア)極大消滅呪文(メドローア)として放つから警戒されるんです。だったら、極大消滅呪文(メドローア)として放たなければいいんですよ」

 

極大消滅呪文(メドローア)として放たなければいい……。――! そうか……!」

 

「そうです。それぞれ火炎呪文と氷系呪文を別々の呪文として放つんです。その呪文を合成し極大消滅呪文(メドローア)として完成させるのは、敵の絶対防御ラインを越えた後、つまり敵の懐です。これによって敵の反射攻撃を防ぐ事ができますし、万一反射されてもただの火炎呪文と氷系呪文の反射でしかない。また、同時に敵の極大消滅呪文(メドローア)に対する警戒すら掻い潜れます」

 

「ま、待て……。敵の懐で極大消滅呪文(メドローア)を合成するって言ったって、そんな遠隔で魔力量を調整するなんて事は……。――! そうか、火炎呪文(フェニックス)!」

 

「さすが師匠。ご名答です」と、ニヤッと笑みを浮かべる俺。

 

「た、確かにお前の火炎呪文(フェニックス)なら、正のエネルギーはそれで問題は解決できるだろう。となると、問題は氷系呪文の方か……」

 

師匠は顎に手を当てて考え込む。

 

「はい、極大消滅呪文(メドローア)の改良の前に、まず火炎呪文(フェニックス)と対を成す氷系呪文を開発しないといけません。それが出来て初めて、極大消滅呪文(メドローア)の改良に取り掛かれます」

 

「改良? なあ、ポップ。これは、改良とは言わねえんじゃねえか?」と、師匠が片眉を上げながら、皮肉そうに言った。それに俺は、肩を竦めて苦笑する。

 

「おっしゃる通りです。これは改良ではありません。下手をすれば改悪とすら言えます。完成しておらず、なおかつ遠隔で融合を行わざるを得ないため、通常の極大消滅呪文(メドローア)より創生に時間がかかりますし、その影響範囲も限定的です。でも、先ほど言った2つの弱点はクリアできているでしょう?」

 

「……くっ。くっくっく。あーはっはっは。面白え、面白えぜ、ポップ!」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「そうだよ、それは極大消滅呪文(メドローア)のもう一つの形。名付けて……」

 

この改良版 極大消滅呪文(メドローア)は、言わば極大消滅呪文(メドローア)の原点だ。師匠が初めて極大消滅呪文(メドローア)を実戦で用いた時の形状に近い。師匠が言うには、魔王軍との戦いの折に、ガンガディアという名の敵が放った火炎呪文に、自身が全く同じ魔法力の氷系呪文を重ね合わせ、戦場でこれを零距離で発動させたらしい。

 

 

だから俺は、この極大消滅呪文(メドローア)にこんな名を付けた。

 

「……名付けて、極大消滅呪文(メドローア) 零式(ぜろしき)だ!! 出歯亀のような真似をした事を悔いるんだな! バーンのその肉体と共に仲良く消滅しろ、ヴェルザー!!!」

 

 

 

 

 

冥竜王ヴェルザーは、今自分の置かれている状況が理解できずにいた。左右の腕に纏わり付いていた動物の姿を模した炎熱と氷雪の魔法力は、既に自身の目の前で1つとなり、白く輝くエネルギー体が眼前に現れ今もそれは巨大化を続けている。

 

咄嗟に右手に宿った力で、その魔力で構成されたエネルギー体を振り払おうとしたが、それは不可能だった。なぜなら、既に右腕の肘から先が消失していたから。それは、左腕も同様だった。

 

何故、このような事態に……。ヴェルザーは、自身に遺された僅かな時間に自問する。バーンが巧妙に隠していた秘密に辿り着いた時、バーンの隠されたその肉体を奪う事を考えた。そしてその思惑は結実した。

 

後は地上支配が間近に迫ったバーンと、この奪った肉体で雌雄を決するだけだった。地上の勇者共との戦いなど、その前座に過ぎなかったはず。

 

油断はしていなかった。それゆえに、凍れる時間の秘宝について造詣の深いアバンを、キルバーンに排除させた。同時に、凍れる肉体(ボディ)に唯一通じる呪文に対しても警戒は緩めなかった。

 

だが、まさかあの呪文がこのような形で自身に牙を剝くとは。知っていれば無造作に受けなかったものを……!

 

――! そうか……。あの男は、このために意味のない呪文を立て続けに放っていたのだ。何という男だ。これでは、俺は戦いの最初から奴の手の平の上で戦っていたようなものでは無いか!

 

「――キルバーン! どこだ!? 今すぐここに来て、この男を殺せ! キルバーン!!」

 

このヴェルザーの呼びかけに応える者は現れなかった。そして、これがヴェルザーが最後に発した言葉となった。

 

 

 

ヴェルザーを中心に膨れ上がっていた消滅の力が宿った球体が直径3mほどまで達した時点で、シュンッと音を立てるように突然消えた。後に残っていたのは、まるで硬い球体がそこに鎮座していたかのように不自然に円弧状に抉れた白亜の床だけだった。

 

「はぁっ、はぁっ! や、やった……。やりましたよ、マトリフ師匠……!」

 

俺は、極度の精神的疲労から両膝を床についたが、それでも勝利を確信してその場でガッツポーズをする。

 

ヴェルザーは、配下のキルバーンの名を叫びながら、バーンの肉体と共に俺の目の前で消滅していった。と言っても、俺の予想では完全に死んだわけでは無いだろう。おそらくだが、天界に封じられているという奴の魂が本体で、その本体に分体が戻っていった、そんな感じじゃないかな。

 

だけど、少なくともこれでもうヴェルザーがしゃしゃり出てくる事は無いはずだ。油断はいけないが、この結果はこの魔王軍との戦いにおける大きな分水嶺になるはずだ。それはもちろん、ヴェルザーなんていうぽっと出の駄竜を退場させた事じゃない。そう、何といってもバーンの肉体の事だ。

 

何しろ、バーンがあの凄まじい強さを誇った肉体を、絶対にその手にする事が出来なくなったのだ。いくらその身体をヴェルザーが奪っていたと言っても、いつバーンがそれを取り戻すか分かったものじゃない。ていうか、バーンはダイと対峙中で、自身の肉体を奪われたことに気づいていなかったのではないだろうか。

 

運が俺達の味方をしてくれた、と考えた方が良いかもしれない。

 

ただでさえ超魔力で圧倒的な力を誇っていたバーンが、もしあの強靱な若い肉体を手に入れていたらと考えると、寒気が走る。……言わば、俺達は『真バーン』の降臨を阻止したと言える。

 

へへへ。俺の右腕を奪ってくれた礼にバーンには倍返しをしてやろうと考えていたが、奴の五体を奪った事を考えると、これはもう5倍返しを決めたと言っても良いんじゃ無いだろうか。ざまあみろっ!

 

皆もヴェルザーの消滅を目撃し、この戦いが終わった事を認識したのだろう。皆が一様に、ほっとしたような表情をその顔に浮かべていた。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 先端~~~~~

 

 

「あ、ああっ! キ、キルバーンの身体に炎が……! た、助けてよ、アバン!」

 

アバンは目の前に横たわり炎に包まれたキルバーン、そしてそんなキルバーンにすがりつく使い魔を静かに見下ろしていた。

 

強敵だった。(死してなおハドラーが助力してくれなければ、あのキルバーンの決死の技を凌ぎ切る事が出来なかった)と、アバンはここにいないかつての強敵に思いを馳せる。

 

少し離れた所からは、現れた魔物の全てを絶息させたラーハルトがゆっくりと近づいてきていた。

 

アバンは表情を変えないままほうっと息を吐き、延焼していたキルバーンの周囲に破邪の力を込めたゴールドフェザーを放った。すると、キルバーンの横たわっていた場所を中心に円形の魔方陣がぼうっと浮かび上がり、途端にキルバーンの身体を焼かんとしていた炎が鎮火する。

 

「ああ、良かった。ありがとう、アバン。もうキルバーンには悪い事はさせないよ」

 

キルバーンの使い魔であるピロロが、そうはしゃいだ様子でキルバーンの身体に縋りつく。そんな彼に対して、アバンは冷徹に言葉を発した。

 

「礼には及びません。それに、私はあなたを助けるつもりはありません」

 

「え……? ――!?」

 

そう零しながらキルバーンの胸から顔を上げるピロロの身体を、突然鋭い刃の切っ先が貫いた。その刃の切っ先はキルバーンの胸から背中に突き抜け、そのまま壁に突き刺さる。

 

「ア、 ギャァァァッ!! な、何を……!?」

 

壁に縫い付けられた格好のピロロが大口を開けて叫ぶ。そのピロロを縫い付けた槍の柄を握りしめていたのはラーハルトだった。ラーハルトは、苦痛の声を上げるピロロを血走った眼でしっかと見据えていた。

 

「ようやく……、ようやくお前の心の臓に槍を届かせる事が出来たぞ……! バラン様の仇め、お前だけは絶対に許さぬッ!!」

 

抑えようのない怒りのためなのか、ラーハルトの腕が震える。その震えが槍を通じて身体に伝播した事で、更に苦悶の表情を顔に浮かべるピロロ。

 

「ア、グゥゥ!! ボ、ボクがバランの……仇だって……? 頭がおかしいんじゃ……ないのか……お前。あれはキルバーンが――」

 

「……あなたが、キルバーンの正体なんでしょう……?」

 

「――!?」

 

アバンからかけられた言葉に、その大きな一つ目を更に大きく見開き、アバンに顔を向けるピロロ。そのアバンの表情から、全てを知られていた事に初めて気づくピロロ。

 

「ア、アバン……お前、気づいて……いたのか……?」

 

「ええ、気づいていましたよ。もっとも、気づいたのは私ではありませんがね。気づいたのは、私が最も信頼する愛弟子、ポップですよ」

 

「こ、……氷の賢者……だと……?」

 

「そうですよ、死神さん。観劇に興味を持たなかった事が運の尽きでしたね。もしあなたが少しでもそれに興味を持っていれば、気づいたかもしれません。私の愛弟子が送った伝言(メッセージ)の意味に……ね」

 

アバンは、鎧の魔槍によって壁に結い止められたまま徐々に血の気を無くしていくピロロを見つめながら、更に言葉を続けた。

 

「『来月、劇を見に行きましょう』という伝言(メッセージ)は、10の月に劇を見に行きましょうという事を意味しています。言ったでしょう? カールの町には大陸随一の劇場がある、と。その劇場では四半期ごとに様々な演目が上映されているんですが、10の月の演目は、……『人形使い(マリオネット)』というんですよ?」

 

「――!」

 

ピロロ、いや、死神キルバーンの名で魔界にその名を轟かした魔族は、今アバンの言葉にワナワナと身体を震わせていた。

 

「ポップが、どうやってあなたの正体に辿り着いたのかは分かりません。何せ、師を超える知恵者ですからね、彼は。あなたの敗因はただ一つ。私の愛弟子を侮った事ですよ」

 

その言葉が、彼の耳に届いたのか、届かなかったのかは分からない。

 

しかし、地上界及び魔界の住人を恐怖に陥れた名も知れぬ一体の魔族は、「おのれ……アバン……。おのれ……氷の賢者……」と、最後までブツブツと呪詛の言葉を吐きながら絶息していった。

 

アバンとラーハルトは、その様子をじっと見つめていた。

 

 

 

ラーハルトの槍に貫かれ完全に息絶えたキルバーンの本体から視線を剥がしたアバンは、地面に横たわりピクリとも動かない道化の恰好をした人形に視線を投げかける。彼の視線は、その横たわる人形の右手人差し指に向かっていた。

 

人形に近づき膝をついたアバンは、その人形の右手にそっと触れる。

 

「やはりこれは『祈りの指輪』……。やれやれ、あなたは暗殺だけでなく、手癖も悪かったようですね。これがどうしてあなたの手に渡ったのかは知りませんが、これは私があの子に卒業のお祝いに渡した指輪なんです。返してもらいますよ」

 

物言わぬ人形と化した、かつてキルバーンの本体と思われていた人形に声をかけながら、アバンはその右手から『祈りの指輪』を取り外す。

 

 

その時、微細な振動がどう人形の身体に伝わったのか、横たわっていた人形の首がコトリ、と動いた。

 




最終章も佳境に入ったため、毎日誰かがこの物語から退場していく展開に。敵とはいえ、これまで本作を彩ってくれた愛すべきキャラクター達の退場に、どこか寂寥感を感じる今日この頃。
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