転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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183話 知られざる主従 ③

~~~~大魔宮(バーンパレス) 白い宮庭(ホワイトガーデン) ~~~~

 

 

俺達のいる白い宮庭(ホワイトガーデン)(もうボロボロの有様の庭だが……)に駆けてくる足音が聞こえてきた。この足音はもしかして……。

 

俺が期待を胸に後ろを振り返ると、白い宮庭(ホワイトガーデン)に繋がる通路の向こうから俺の期待通りの人が駆けてくるところだった。それは、別の戦場で戦っていたアバン先生だった。

 

おや、あいつらは……。アバン先生の隣に、先の戦いで死んだと思っていた奴の姿と、不死身の二つ名を有する男の姿があるのを見て、俺は思わず笑みを浮かべていた。

 

 

 

「ヒュンケル、無事で良かったわ。それに、ラーハルト……。良かった、生きていたのね……」

 

マァムがヒュンケルの姿に安堵の笑みを浮かべ、次いでラーハルトの手を取る。なるほど……、どうやらバランのあの行動にはこんな意味があったのか。本当に、最後の最後までやってくれるな、バラン。

 

アバン先生は、先生からしたら初対面に当たるクロコダインのおっさんや、ヒム、そしてチウに対して自己紹介をしている。死んだとばかり思っていたアバン先生が生きていた事に、おっさんとチウは、目を大きく見開いて驚きの声を発していた。

 

ひとしきり皆のそんな自己紹介が終わると、アバン先生が俺の顔をはたと見つめたので、俺は先生に確認すべき事を尋ねる。

 

「アバン先生、ご無事で良かったです。それで……キルバーンは……」

 

「ええ、ポップ。あなたの読み通りでしたよ。ご安心ください。キルバーンと、()()使()()()はもう二度と私達の前に現れる事はないでしょう」

 

そう言って、アバン先生は俺に右手をそっと差し出した。そうか……、アバン先生がキルバーンだけでなく使い魔の事にも言及したという事は、俺の伝言(メッセージ)は正確に先生に伝わったんだろう。良かった、アバン先生を直接狙わないだろう、という俺の予想は外れたが、かろうじてリカバー出来たようだ。

 

俺はアバン先生の右手を握り返し、固く握手を交わした。

 

「ところで、どうしてポップは彼の正体に気づいたのですか……?」

 

「ああ、それはですね……」

 

アバン先生の問いに、俺は先日の一件を思い出しながら応える。

 

 

 

時は少しだけ遡る。あれは、最後の砦を出立する前日の事だった。

 

昼食をダイとノヴァと一緒に取った俺は、砦の片隅にある練兵場で一人軽く身体を動かしていた。それは、短期間で腕をなくし、そしてまた腕を取り戻してと、めまぐるしく身体の状態が変わった事から、その現在の身体の動きを確認するためだった

 

「ふー、ま、こんな所か。まだ姫さん達は戻ってきていないし、シャワーでも浴びて軽く汗を流しておこうかな」

 

そう一人独白しながら、練兵場を後にして砦の中を歩く。すると俺の前方で、ダイが砦の壁を睨んでしかめっ面をしている所に出くわした。

 

「何を難しい顔をして壁を睨んでいるんだよ、ダイ?」

 

「あ、ポップ。いや、大した事じゃ無いんだけどね」

 

そう言って照れたように言って頭を掻くダイ。そのダイの様子に首を傾げた俺は、ダイが睨んでいた壁に視線を投げた。

 

そこには、カールの町にかつて存在した劇場の今年の出し物を記したポスターが貼られていた。

 

「ん……、このポスターは見覚えがあるな。でも、どうしてここに……。ああ、そうか。ここもカール国内だもんな。大方、劇団のファンの兵士の誰かがここに張っていったんだな。懐かしいな、このポスターをアバン先生と見て、いつか一緒に見に行こうって話をしたんだった……。それで……? ダイはこれを見てどうして眉間に皺を寄せていたんだ?」

 

その俺の問いかけに、ダイは恥ずかしそうにしながら、最近覚えた数字と文字を使って、このポスターに書かれている内容を読み取ろうとしていたと応える。

 

「ははは。そんな事か。ほら、ダイ、ここが見えるか。ここには、カールの町にあった劇場の年間プログラムが書かれていてな。1の月から3の月までは『キナイとロミア 人魚の悲恋』という風に、3ヶ月ごとの劇の出し物が書かれているのさ」

 

「そうなんだ。じゃあ、これは10の月から12の月って書いてあるんだね。何をやるって書いてあるんだろう……? に、……うーん、読めないや」

 

「ああ、これは人形使いって書いて、マリオネットって……」

 

「マリオネットか……、うーん、まだ難しいや。……? ポップ、どうしたの? なんか顔が真っ青だよ?」

 

「人形使い……。マリオネット……。まさか、まさか……」

 

その時、俺の脳裏にはこれまでの冒険の過程で記憶のどこかに引っかかっていた、何か思い出さなければならない事象が浮かんでは沈むと言った事が繰り返されていた。浮かびかけては波にさらわれて沈みそうになる記憶の断片を、俺は必死でその手にかき抱く。

 

(そうだ……。何故あの時、キルバーンはあいつを庇うような行動を取ったんだ……? 俺との戦いでは、人質になったあいつを切り捨てるような素振りをしていたのに……。いや、待てよ、あの時奴は本当にパワーダウンして俺の氷の壁を断てなかったのか? パワーダウン? 誰がそんな事を俺に。……あいつだ……)

 

「ポップ、どうしたんだよ、ポップ!?」

 

ダイが、突然顔に脂汗を流しながらブツブツと呟き始めた俺を心配してか、俺の身体を揺する。しかし俺は、それを気にもせず更に深い思考の海の底に沈んでいく。

 

(そこにいるのにそこにいない人……。生物ではない。迷い草も通じない。俺の氷結魔法を喰らっても、白い息一つ吐かないあの身体。まさか、まさか……。確かめなければ……。確かめなければいけない!)

 

「ポップ、どこか身体が――「ダイ!!」 ――!?」

 

突然名を呼ばれて目をパチクリさせるダイ。そんなダイの肩に両手を置いて、俺は叫ぶように口を開いた。

 

「ユーリカさん達のパーティー、覚えているよな!? あの人達、今どこにいるか知っているか!?」

 

「え、ええ……? う、うん、この間挨拶に来てくれていた人達だろう? さっき会った時は、午後から軽く身体を動かしに川の方に行くって言っていたよ。それがどうか――」

 

その言葉を聞くやいなや、俺はその場から駆け出していた。

 

「あっ、もう、ポップ! どこに行くんだよ!」

 

背後からダイの声が飛んだが、俺はダイを振り返りもせずに外に飛び出していった。

 

 

 

「……という事であの使い魔に疑念を抱いた俺は、とある毒草を使ってそれを確認したんです。結果は、……推測の通りでしたよ」

 

「なるほど……そんな事が。ふふふ、まさかあなたとカールの劇場前で見たポスターがきっかけになっていたとは、思いもしませんでしたよ」

 

俺はアバン先生の顔を見返し、笑みを浮かべた。

 

「くすくすくす……でも先生。いつか劇を一緒に見に行くっていう約束は、本当に守ってくださいね」

 

「もちろんです、ポップ。カールの復興がいつになるかは分かりませんが、絶対に行きましょうね」

 

ずっと俺の背中を狙っていたキルバーンがいなくなった事で、安心したんだろうか。アバン先生のそのいつもと変わらぬ気負わない笑顔に俺は心底ほっとする。俺がそんな会話をアバン先生と交わしていると、ヒュンケルが俺に声をかけてくる。

 

「すまなかったな、ポップ。ミストバーンの始末をお前に任せてしまった」

 

「いや、ミストバーンはしっかりとお前がけりをつけていたよ。俺達が相手していたのは、ミストバーンの姿をした別の何かだよ」

 

「そうか、お前がそう言うのならそうなのだろうな」と俺の言葉に頷くヒュンケル。そんなヒュンケルを見て、俺はふと気づく。

 

「そう言えばヒュンケル。お前、アバン先生と会った時、生きていた事に驚いたとか、動揺とかしなかったのか?」

 

俺の言葉にマァムも「そう言えば……」とヒュンケルに視線を向ける。そうだ、アバン先生が俺達の前に現れた時、ちょうどヒュンケルはミストバーンと別の場所で戦闘中で、その事を知らなかったはずだ。俺はヒュンケルがアバン先生と再会してどんな反応をしたのか気になって、そんな問いかけをしたんだが、ヒュンケルは何故か憮然とした表情を顔に浮かべた。

 

「……特に問題など無かった。アバンは生きていた……。それ以上でもそれ以下でもない」

 

いつもの憎らしいほどのポーカーフェイスで俺の問いかけに応えるヒュンケル。だけど、いい加減ヒュンケルとの付き合いも長い俺は、ヒュンケルのその表情の裏に、ちょっとした動揺が隠されている事に気づいた。

 

(ねえ、アバン先生……。ヒュンケルはあんな事を言っていますが、本当の所はどうだったんですか?)

 

(え、そうですねぇ……。ふふふ、ここだけの話ですがね――「――アバン!」)

 

せっかくアバン先生がノリノリで俺の素朴な疑問に答えてくれそうだったのに、それをヒュンケルが強い口調で制止する。

 

「この先では今もダイがバーンと闘っているのだろう。無駄口を叩いている暇があったら、先に進むぞ……!」

 

ちっ、なんだかおもしろそうな話が聞けそうだったのに、残念だな。まあ、確かにそんな事をしている暇があったら、解決しておくべき事から解決しないといけないのは間違いない。俺は視線をアバン先生からラーハルトに向けた。

 

「さて、ラーハルト。お前が生き返ってくれて良かったよ。さしものお前も生き返るための試練には苦戦したか? 蜘蛛の糸を登ったり?」

 

(ドラゴン)の血を受けて生き返った者同士の連帯感を感じた俺はそんな風に気安くラーハルトに声をかけるが、そのラーハルトは俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「生き返るための試練、だと? そのような試練は受けた覚えがないな。蜘蛛の糸とはいったい何の事だ?」

 

……マジか。え、俺だけなの、あんなに試練に苦戦したのは? 俺とラーハルトの精神力の違いに密かにショックを受けていた俺は、ラーハルトが何やら不満そうな表情をしているのに気づいた。

 

「どうしたんだよ、ラーハルト? バランの仇であるキルバーンの本体はお前が止めを刺したんだろう? 何故そんな顔をしているんだよ」

 

俺は、ラーハルトが俺の口元を読み取りやすいように、ゆっくりと話しかけた。ラーハルトは、バランの仇をその手にかけたというのに、まだ納得していないと言いたげな表情を顔に浮かべていた。

 

「……確かにキルバーンは始末した。だが、奴にそれを命じたあの男の首はまだ取っていない……」

 

ああ、そうか。そりゃそうだな。キルバーンなんて、終わってみれば本当にただの使い魔のようなものだ。大本のあいつをやらない限り、バランの仇を取った事にはならないよな。

 

「そうだな、ラーハルト。確かにあいつをやらない限り、俺達の闘いは終わらないよな。後少しだ。一緒にやろう」

 

ラーハルトも、はなからそのつもりだったようだ。「無論だ……」とその目に殺気を宿して頷いている。

 

「それじゃあ、その目的を果たすためにも、お前のその耳が聞こえないままじゃあ色々と不都合なんだよ。ちょっと診させてもらうぞ?」

 

俺はラーハルトの頭上に手を伸ばし、診断呪文(インパディ)を唱えようとした。しかし、やはりラーハルトはすんなりと俺にそれをさせるつもりは無いようだった。

 

「待て、その必要はない……。これは俺なりのバラン様を殺めてしまった事に対する贖罪だ。余計な真似をするな……!」

 

ラーハルトは、怒りの炎をその目に宿らせて、手に持った槍を俺に突き付ける。

 

「待って、ラーハルト! そんな自傷行為を、バランは望んでなんかいないはずよ! あの時バランは、バーンの極大閃熱呪文(ベギラゴン)の炎からあなたを庇おうとしたじゃない。贖罪なんて……」

 

「それは違う。これは俺のケジメだ。操られていたとは言えバラン様のお命を奪い、ディーノ様から最愛の父親を奪った。この程度の贖罪で済むとは思っていないが、俺の考えは変わらぬ……!」

 

マァムの言葉も、ラーハルトには届かなかったようだ。

 

『やれやれ、それなら仕方ないか……、読唇術で意思の疎通は図れそうだしな』……とでも言うと思ったか、ラーハルト?

 

俺は密かにヒュンケルとおっさんに目配せする。いい加減付き合いの長い2人は、俺の意図を正確に汲み取ってくれたようだ。

 

すっと、音もたてずにラーハルトの背後に移動した2人が、ラーハルトの身体をガシッと掴む。

 

「貴様ら!? 何をするか! ――離せ!」

 

ラーハルトは2人を振りほどこうと身体を動かすが、パワーファイターであるおっさんはもちろん、ヒュンケルの腕も振りほどくことが出来ないでいた。そもそもラーハルトは、このメンバー内でもトップクラスの実力を誇るが、その戦闘スタイルはどこまでいっても速度重視だ。がっしりと捉えられてしまえば、振りほどくのは容易ではない。

 

俺は2人が抑えている間にラーハルトの頭上に右手を掲げ、診断呪文(インパディ)を唱えた。緑色の円環状の光がラーハルトの頭部を往復する。

 

……うん。外耳の復旧はもう無理だが、鼓膜から奥の中耳、内耳部の器官は切断されているだけで大部分が残っているから、治療は可能だろう。これなら、元通りとはいかなくても、ある程度までは聴覚が戻るかもしれない。

 

俺は続けて回復呪文(ベホマ)を唱える。緑色の魔力光がラーハルトの頭部に降り注がれていく様子を見ながら、俺はラーハルトに語りかけた。

 

「……なあ、ラーハルト。俺はさ、もうお前に遠慮する事をやめたんだよ。お前は贖罪というけど、俺もバランの件については責任を感じているんだよ」

 

「何を……」

 

「キルバーンがお前に仕込んだトラップには、予兆があった。俺はそれに気が付いていたのに、お前に遠慮したためにあの悲劇を止められなかった。だから俺はお前がどう言おうと、もう俺のやりたいようにやらせてもらうと決めたんだ」

 

「……傲慢な考えだな」

 

「ああ、傲慢だよ。何だ、知らなかったのか? よしっ、これで終わった。どうだ、聴覚は戻ったか?」

 

俺の言葉に、ラーハルトはおっさんとヒュンケルの手を振りほどき、忌々しそうに首を左右に振った。そして、実に嫌そうな顔で口を開いた。

 

「ああ、……残念ながら戻ったようだ」

 

「そんな嫌そうな顔をするなよ。どうしても元に戻して欲しいのなら、この戦いが終わったら元に戻してやるさ」

 

俺の言葉に、ラーハルトは「本当だな……?」と念を押してきたので、俺は「分かった、分かった」と返事をしておく。

 

 

 

「それでは皆さん、体力と魔力の回復は十分ですね? ポップは時間がありませんので、向かいながら魔力の補充をお願いします」

 

アバン先生に了承を示す様に、俺はマァムから手渡された3本のシルバーフェザーを高く掲げた。これが最後の(フェザー)だ。大事に使おう。

 

さあ、ダイ、待ってろよ! 今行くからな! 俺達はダイと姫さんの向かった天魔の塔へ向かった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side ヒュンケル

 

時は少し遡る。

 

「ヒュンケル、……ヒュンケル。大丈夫ですか?」

 

この声は……。遠い昔に幾度となく耳にした、懐かしい声……。その声に導かれるように、深い海の底に沈んでいたかのような俺の意識は、徐々に覚醒していく。

 

眩しい……。どれほどの間、目を閉じていたのか。両の目に差し込む光に、俺は思わず目を手で庇う。ゆっくりと慣らすかのように指を開く俺の視界に、信じられない光景が映りこむ。

 

俺の視界に映ったのは、もう会う事も、言葉を交わす事も叶わないと思っていた男の姿だった。

 

「アバン……。馬鹿……な。何故、あなたが……」

 

「ああ、良かった。ようやく意識が戻りましたね。心配しましたよ、ヒュンケル」

 

信じられない……。何故アバンが……。かつて命を狙った俺に対して向ける表情ではない、穏やかな、……在りし日の笑みを俺に向けるアバン。アバンが、横たわった俺の上半身を抱きとめるかのように地面に膝をついて俺を見つめていた。そのアバンをまじまじと凝視する俺だったが、そのアバンの背後に、やはりそこにいるはずのない男の姿を見つけて、俺は再び大きく目を見開く。

 

「ラーハルトだと……。そうか、ここはもう……現世ではないのだな……」

 

バーンとの戦いで死んだはずのラーハルトの姿までも目にした俺は、ようやく自身の置かれた状況を理解した。ここはもう、ポップ達が生きている世界とは隔絶した場所なのだろう……。そう考えた俺は、ポップやクロコダインに対する謝罪の言葉が自然と口から発せられていた。

 

「……すまないポップ。最後までお前の剣となるつもりだったが、それも叶わなかったようだ。……クロコダイン。後の事は頼む。俺の分まであいつらの盾となってやってくれ」

 

「おい、……ヒュンケルだったな。何を言っている――」

 

「まあまあ、お待ちください、ラーハルトさん」

 

既に死んでいるはずなのに、不思議なほど明瞭に聞こえる2人の声に一瞬だけ戸惑う。その俺の戸惑いを他所に、何故か唇の先に指を一本立ててラーハルトを制したアバンが俺を振り返る。

 

「ヒュンケル……。私はあなたに詫びなければなりません。あの地底魔城からあなたを連れ出し、私達の間に別れが訪れるまで、私はあなたの心の葛藤に気づく事が出来ませんでした。年長者として、指導者として気づくべきだったのに。そのために、あなたにはつらい人生を送らせてしまった。心から謝罪します、ヒュンケル。今思えば、私はあなたを地底魔城から連れ出すべきでは無かったのかもしれません。」

 

そのアバンの真摯に詫びる姿に、これは俺の渇望が最後に幻を見せているのかもしれないと思った。

 

「……それは違う、アバン。俺の方こそ、あなたに詫びねばならない。あなたは……」

 

死した俺が見ている幻である事は分かっている。だが、それでも愚かな俺はアバンにそれ以上の言葉を告げる事が出来なかった。

 

「私が……、何ですか、ヒュンケル? ここはもう現世では無いのでしょう? 最後に、あなたの正直な思いを聞かせてくれませんか?」

 

そう……だな。現世でも意地を張って本心を言葉にする事が出来なかったのだ。あの世に来てまで本心を隠す事など、愚の骨頂か……。意を決した俺は、俺を優しい目で見つめるアバンと視線を交錯させる。

 

「アバン……。あなたは俺にとって最高の師だった。生前の俺には、あなたから教わった事に縋る事でしか存在意義が無かった。ありがとう、アバン。そして、受け取るばかりで何も返せない愚かな弟子ですまなかった……」

 

「ヒュンケル……。受け取るばかり……? 愚かな弟子……? 何を言っているのですか。私も、あなたからたくさんのものを頂きましたよ。あなたは、誰が何と言おうと、私が誇りとする一番弟子です」

 

「アバン……」

 

知らず俺の頬に涙が伝う。その俺をアバンは優しく抱き留めてくれた。あの世だというのに、俺の鼻腔に、アバンとの旅の間で嗅いだ懐かしい陽だまりの匂いが届いたのを不思議に思っていた。

 

 

 

「……おい、アバン。それにヒュンケル。いつまでやっている? ディーノ様が心配だ。お前たちが行かないのなら、俺だけで先に進むぞ」

 

「待ってください、ラーハルトさん。その前に、まずはポップ達と合流しましょう」

 

……。待て、今の二人の会話はいったい……。ディーノ……? ポップ達と合流……?

 

「アバン……。まさかとは思うが、ここはあの世では無い……のか?」

 

「え、ああ。そうですよ、ヒュンケル。ここはあの世ではありません。ほら、私もラーハルトもしっかり足があるでしょう?」

 

ふふふ、と笑みを浮かべてそう口にするアバン。

 

待て……、では、本当にここはあの世では無く、俺もまだ死んでいなかったのか? しかし、アバンは先ほど……。

 

「……アバン、あなたは先ほど、ここは現世では無いと言わなかったか?」

 

「え……? そ、そんな事を言いましたかね? ハ、ハハハ。あなたの気のせいでは? それより立てますか、ヒュンケル? おや、その剣の刃文、見覚えがありますね。ふふふ、あなたに使っていただいているのは光栄ですね」

 

そうだった……。アバンとはこのような男だった。ポップと共通する、どこか人を食ったようなこの空気感。

 

俺は、あの日アバンの命を奪おうとした必殺剣の構えを目の前のこの男に対して再び取りたくなる誘惑に、必死に抗っていた。

 

 

 

 

 

~~~~ロロイの谷~~~~

 

大破邪呪文(ミナカトール)の魔法陣は跡形も残っていないわね」とフローラ。

 

「まあ、仕方ないだろう。命があるだけめっけもんなんだ」と、ライオネルがそれに答える。

 

処刑台の上で展開していた大破邪呪文(ミナカトール)は、先刻大魔宮(バーンパレス)から落とされたピラァによって完全に吹き飛ばされていた。しかし事前にその可能性を把握していた彼らはクロコダイン達を大魔宮(バーンパレス)に送り込んだ後、その場を退いていた。

 

「フローラ様! 何か、……何か来ます!」

 

突然、彼らの傍にいたメルルが身体を震わせながら、谷の向こうを指す。そこには何も存在しなかったが、これまでメルルの星読みの力によって救われてきた事を知っている彼らには、その言葉を無視する事が出来なかった。

 

「メルル、何が来るか分かる?」と、フローラがメルルの肩を抱きながらそう問いかける。その問いにメルルは、「分かりません。……でも、たくさんの魔物が……あそこに……」と言葉を続ける。

 

その言葉に、ライオネルとバウスンが視線を交わした。

 

「……将軍!」

 

「はっ! 全員、陣をもう一度敷くぞ! 急げっ!!」

 

バウスンのその言葉に、一時は敵を倒して弛緩していた戦場の空気がピリッと引き締まった。そして彼らは、各戦士団ごとに再び陣形を整えていった。

 

 

 

 




これで、アバンの使徒達の中で一人称で描写していないのは、あのワニ君だけになった気が……。さて、その描写をする機会が訪れるかどうか……。
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