~~~~天魔の塔~~~~
天魔の塔……。もう一度ここへ来るとはな。あの日ここでバランと一緒にバーン達と戦ったのが、もう随分前のように感じる。本当は1週間程度のはずなのにな。
俺達がここにたどり着いた時天魔の塔内の広い空間はあの時以上に惨憺たる有様になっていて、それがダイとバーンの戦いがどれほど熾烈だったのかを如実に現していた。
「ダイ! レオナ!」
マァムの呼びかけに、天魔の塔の中ほどで瓦礫がうず高く積み上がった場所を見つめていた2人が振り返った。俺は、バーンが見当たらなかったので、まさか一人で倒したのか、と驚いて尋ねる。
どうやら激しい激闘の末、ダイは両の手に浮かんだ
「お前、いつの間に両手に
「うーん、多分父さんが死んだ時に引き継いでいたみたいだけど、それが分かったのはこの塔に来る前に戦ったゴロアっていう魔物との戦いの時なんだ」
なるほど……。どうやらダイは、バーンと戦う前に前哨戦のような戦いを経験していたみたいだ。その戦いで双竜紋を発現したとなると、それはダイにとって必要な経験だったのだろうな。
しかし、その戦いの過程で姫さんをゴメが守ったらしいが、その反動でゴメは小さくなったらしい。ちょっと気になったからゴメの様子を見させてもらったが、確かに手の平サイズだったゴメが拳大ほどまで小さくなっていた。本当にゴメっていったい何なんだろうな?
もしかして、ただのマスコット以上の役割を与えられているんだろうか? いや、マスコットは失礼か。実際俺も今まで何度もゴメに助けられているし、他の皆も似たようなものだろう。よく分からない存在だけど、この戦いを生き残って一緒に平和な世界を謳歌できたら良いな。
ラーハルトがダイにバランの事を土下座せんばかりに謝罪していたが、ダイはラーハルトが生きていた事に涙ぐんで喜んでいる。そして、ディーノの名は父を思い出してつらいので、ダイと呼んで欲しいとラーハルトに伝えていた。
しかし、弛緩した空気が漂ったのはそこまでだった。気配察知に優れたアバン先生、ヒュンケル、ラーハルトが俺達に注意を促す。そして、先ほどダイ達が見つめていた瓦礫がうずたかく積み上がった場所から、ガラガラと瓦礫が崩れ始める。
……まあ、そうだよな。俺もさすがに、バーンとこのまま顔を合わさずにこの冒険が終わると、楽観的な予測を立てていたわけじゃあない。いや、終わってくれても全く良かったんだが。
瓦礫の下から這い上がってきたのは、やはりバーンだった。さっきまでの青年の姿をしたバーンを見た後だと、老バーンと言った方がしっくりくるな。
そのバーンは、以前完膚なきまでに俺達が破れた時の威厳に溢れた姿とは裏腹に、豪奢なローブもボロボロで、まさに息も絶え絶えの様子だった。
「フ、フフフ……。待たせたな、アバンの使徒達とそれに与する者達よ。勇者から与えられたダメージもさることながら、それ以上に放心せざるを得ない事態に陥っていたものでね。失礼をした。……ヴェルザーは倒したようだな?」
最後の問いかけは俺に視線を固定して放たれたものだったので、俺はそれに返事をする。
「ああ、お前の肉体を奪っていたヴェルザーを、お前の代わりに倒してやったんだ。感謝してくれても良いぜ? もっとも、ちょっとばかりやりすぎてお前の肉体ごと消滅させてしまったのは申し訳なかったが。だけどまあ、お前にはまだその苦み走ったいぶし銀の肉体があるんだ。気にしないでくれるよな?」
――!
おっとぉ……。心臓を鷲掴みするかのような殺気がバーンから放たれたのを感じた俺は、さっとアバン先生の背に隠れる。
「ク、ククク……。よもや、数千年かけて遙か高みに到達し維持し続けていた我が肉体を、たかだか十数年程度しか生きておらぬ人間に滅せられるとは。いつ以来になるか。これほど、怒りで我を忘れる経験をしたのは……。貴重な経験を積ませてくれて感謝するべきかな、氷の賢者ポップ?」
「いやいや、俺の前にあんたの肉体を奪ったのはヴェルザーとキルバーンだぜ。俺を恨むのはお門違いと言うものだ」
そして俺は、アバン先生の背から顔だけを出して、言葉を続けた。
「……お前らしくない失敗だったな、バーン。俺が思うに、キルバーンを信じすぎた事と、バランを侮った、この2点がお前の致命的な失敗だったと思うぜ」
お前はおそらく、これまでキルバーンに対して一定の線引きをしていた。しかし、キルバーンがバランの暗殺を成功させた事で、あんたのキルバーンに対するその線引きに変化が生じた。おそらくその線は、これまで以上に自身に近い位置に引き直されたはずだ。
「キルバーンによるバランの暗殺は、俺達にとってはまさに毒薬だったが、同時にお前にとっては酩酊を伴う美酒だったようだな」
「美酒……か。フッフッフ。まさか奴が余とミストバーンとの関係に気が付いていたとは思わなんだわ」
俺に指摘されるまでも無く、自身の失敗に自覚があったのか、バーンが嘆息と共に言葉を発する。
「俺もそうだが、お前達の関係に気づいたのは、バランの行動のおかげだよ。いいか、バーン。お前とミストバーンの関係に最初に気づいたのはバランだ。俺でも、キルバーンでもない。俺はただ、バランが放った最後の
そして俺はバーンにバランがあの呪文に込めた意図を伝える。俺の言葉を聞いたバーンは、苦い表情を顔に浮かべた。
「そうか……、さすがは
その言葉に、俺達の間に緊張が走る。バーンは俺達が発した緊張に少しだけ笑みを浮かべ、手を伸ばし目に見えない何かの信号を飛ばした。
その信号はおそらく、世界中に落とされたピラァ・オブ・バーンと呼ばれる塔に飛んだのだろう。バーンは顔に浮かべた笑みを更に深めたが、数秒後怪訝な表情を浮かべる。
「なぜ……爆発せぬ? ……。そうか……、まさかこれもお前の仕業か? 答えよ、氷の賢者ポップ……」
愉悦の表情を浮かべようとしていたバーンが一転して、再び射殺すような目で俺を見つめる。
いやいや、俺はこの件に関してはノータッチだ。バーンの若い肉体を消し去った事にはほんの少しばかり責任を感じていない事もないが、やっていない事まで背負うつもりは俺にはない。今更かも知れないが、俺へのヘイトを出来るだけ下げておきたいと思った俺は、隣に立つノヴァに視線を向けた。
……そして、刻は前夜に遡る。
~~~~カール王国 東部 最後の砦~~~~
エイミさんに急遽呼び出された俺がダイ達と一緒に砦内の奥まった場所にある会議室に入ったのは、後2時間ほどで日が変わろうかという時間だった。外からはもうすぐ出立だというのに、まだお酒を飲み足りないで騒いでいる冒険者達の賑やかな声が聞こえてくる。
しかしそんな喧噪から離れてこの会議室に集まったメンバーは、みなが緊張した表情をしていた。今ここには、フローラ様を始めとするカール王国の幹部、姫さんとエイミさん、ライオネルさんとその側近、バウスン将軍にノヴァ、そしてダイ、マァム、メルル、チウと言った主要なメンバーが勢揃いしていた。
時間も時間だし、面子から言ってもただならぬ事態が起こった事だけは分かる。俺達は、円卓を囲む皆の間にそれぞれ立った。
「よし、ポップ達も揃った事だし、最初から説明するぞ」と、ライオネルさんが一歩前に出て説明を始める。
「つい先ほど、本国のオーザムからハクハヤを通じた伝言が届いた。内容は、オーザムに落とされたピラァについてだった……」
ハクハヤというのは、俺も覚えている。オーザム国が南の大陸と連絡を取り合うための、いわゆる伝書鳩のような鳥だ。
ライオネルさんの説明は続く。どうやら
「そうして、
人の頭ほどの黒い球体……! その言葉は、俺の脳裏にあの日の光景をまざまざと蘇らせた。ハドラーの身体に仕込まれていたあれ……。マァムもあの光景を覚えているのか、肩をピクッと震わせた。
ライオネルさんは、俺達の顔を一瞥し言葉を続けた。
「魔物の方はレイド達がどうにか討伐したそうだが、不気味な駆動音を発するその物体に嫌な予感がしたレイドが、俺にそれを伝えてきたんだ。その物体に何か心当たりが無いか皆に問おうと思っていたが、どうやらポップ達は何か知っていそうだな?」
ライオネルさんの言葉で、皆の視線が俺とマァムに集中した。そうか、この中であれを実際に目の当たりにしているのは俺とマァムだけか。ダイはあの時、それどころじゃなかったしな。
俺はマァムと視線を合わせた後ゴクッとつばを飲み込み、俺の想像した物を皆に告げた。
「……恐らくですが、それは『黒の
「爆弾? ではそれは、ピラァが落とされた時に爆発しなかった、不発弾のようなものか?」
「ふむ、威力はどれほどでしょうね? 避難施設の住人は、念のために他の施設に移動させた方がよろしいでしょうか?」
俺の爆弾という言葉に、ライオネルさんやその側近の人達が喧々諤々といった議論を始めだした。ああ、違う違う。彼らの考え違いを正しておかないと。爆弾は爆弾でも、それは核爆弾級なんだから。
「威力ですか? 威力はおそらく、それ1つが爆発するだけでマルノーラ大陸が消し飛ぶほどの威力だと思いますよ……」
俺のそのまさに爆弾発言とも言うべき言葉に、その場がシーンと静まりかえる。カラーンという誰かが落としたペンの転がる音だけが、やけに耳に残った。
そして俺は皆に、『黒の
「そ、そんな爆弾があのピラァには備え付けられているのか……。おい、ポップ。もしかしてそれは不発弾なんかじゃなくて……」
頬を伝わる汗を拭いながらそう問いかけるライオネルさんに、俺は頷いた。
「ええ、間違いなく不発弾ではないでしょう。そしてそれは、残る4カ所のピラァにも同じ爆弾が備え付けられていると考えるのが自然です」
そこまで述べて、俺はハッと顔を上げた。
「そう言えば、俺は正確には世界のどこにピラァが落とされたのかを知りません。誰か教えていただけませんか?」
俺が具体的にピラァがどこに落ちたのかを聞いていたのは、ポルトスの町だけだった。その他はパプニカに2つ、オーザムに1つ、リンガイアに1つと言ったざっくりとした報告しか聞いていない。
俺のその問いにフローラ様は頷き、側近のレオンという名の騎士に目配せした。そして彼は、円卓の上に広げられている世界地図に駒を一つずつ置いていった。
「最初にロモス北西のポルトスの町、次にオーザム南部の雪原、そしてバルジ島、パプニカ西部のベルナの森、最後にリンガイア。この5箇所です、ポップ殿」
俺はレオンに礼を述べ、じっと世界地図を見つめる。……妙だな。ポルトスの町はともかく、何故バルジ島や森の中、雪原に塔を落とすんだ。そんな所に落とした所で人はほとんどいないだろう。既に滅びているリンガイアだってそうだ。俺がバウスン将軍に、リンガイアでピラァが落ちた地点の地理を聞くと、やはりまず人はいないはずの場所だとの答えだった。
「……どこでも良かったんですよ、ポップさん。大魔王は遊んでいるんです。いつでも俺達全員を始末できるんだぞと言う事を、空から高笑いしながら……!」
そのノヴァの言葉を俺は否定する。
「……いや、それは違う、ノヴァ。あのバーンが、どこでも良いなんて無計画な行動を起こすとは思えない。対峙したから分かる。あいつの行動には常に一貫性がある。意味の無い行動は絶対に取らないはずだ……」
そして俺は穴が空く程、その世界地図に目を落とした。何だ、もう少しで何か分かりそうな気がする。
俺は地図の上に指を置き、ピラァの位置をなぞるような動作をとろうとして、途中ではたとその指を止める。
……ああ、そうか、そういう事だったのか。なんて恐ろしい事を考えるんだ、バーンは。ようやく俺はバーンの秘められた戦略に気がついた。しかし、この状況はもう詰まされている状況じゃないのか? いや、こちらがこの事に気づいていないと思ってくれているなら、まだ逃れる術はあるだろうか……。
「ポップさん……」と、控えめな声が俺にかけられた。ハッとした俺が顔を上げると、いつの間にか俺のそばにメルルが立っていた。そして俺は周囲を見渡す。皆が俺の顔を真剣な表情で見つめていた。ああ、いけないな。俺の悪い癖だ。自分一人だけで勝手に思考を進めてしまっていた。
俺は軽く咳払いをして、皆に俺の考えを述べた。
「大魔王の狙いが読めました。おそらく間違いないと思います」
俺の言葉に皆がぎょっとした顔をする。しかし、この絶望的な状況だ。明日が決戦だというのに、失神する人もいるんじゃないのかな。俺は周囲を少し見渡した後、意を決して言葉を続けた。
「大魔王が狙っているのは、六芒星を用いた地上の一斉崩壊だと思います」
「「「「六芒星!?」」」」
その場にいる皆の声が合わさった。そうだ、魔法力の力を増幅する星の形。破邪呪文などは五芒星を用いているが、敵さんは一貫して六芒星を用いている。そういえば、軍団長の数も6だったな。もしかしたらそれも六芒星に合わせているのだろうか。
「し、しかしポップ殿! 地上に落とされたピラァは五つのはず……! なぜ六芒星だと……!?」
泡を食った様子でアキーム隊長が声を荒げるが、皆も同じ疑念を抱いているようだ。俺は、皆に視覚的に理解してもらうために、もう一度世界地図に指を置いた。そしてほんの少しの魔力を指先から放出させながら、ピラァが落とされた地点を順になぞっていく。動かした指の軌跡に沿って、緑色をした魔力の残滓が糸を引く様に地図上に残っていく。
ポルトス、オーザム、バルジ島、ベルナの森、最後にリンガイアと順になぞっていく俺の指先を皆が固唾を飲んで見守る。そしてリンガイアの次に、俺はその指をスッと横に滑らせた。六芒星を構成するであろう地点で指を止めた俺は、地図から顔を上げて口を開いた。
「……最後の点は、カール王国北部 ロロイの谷です」
誰も、何も口に出さなかった。皆が食い入るように、俺の指の止まった最後の一点を見つめている。チウが、わなわなと震えて腰を抜かしたように床に尻餅をついた。
「クロコダインとヒュンケルを処刑すると通達された地がロロイの谷。……さて、はたしてこれは偶然でしょうか?」
偶然のわけがないですよね? そんな俺の副音声にいち早く反応したのはフローラ様だった。ほう、と息を吐き、首を左右に振った。
「偶然……と考えるのは、あまりに楽観的に過ぎるでしょうね。私達は常に最悪の状態を想定しておかなければ……」
「……ですな。それでポップ。この塔に設置された爆弾は、早ければいつ爆発するとお前は考える?」
「そうですね……」と、俺はライオネルさんからの問いかけに、顎に手を当て黙考した後返事をした。
「……早ければ、という事であれば、今この瞬間にでも……と言わざるをえません」
ライオネルさんは俺の答えにぐっと苦渋の表情を浮かべる。
「ですが、それはあくまで早ければ……の話です。俺は、おそらくそうはならないだろうと思います。理由は一つ。バーンの性格です」
「バーンの性格? それが関係するの、ポップ君?」
「もちろんだよ、姫さん。俺はバーンは完璧主義者だと睨んでる。俺達がこの秘密に気が付いたとバーンに知られない限り、バーンはロロイの谷に最後のピラァを落とすまで、他の黒の
「なるほど……。黒の
ふっ。ライオネルさんのその言い方に俺は言い得て妙だなと心の中で吹き出しながら、頷きを返した。
「その通りです。大魔王バーンは魔界の神だのなんだの言われていますが、決して神そのものではありません。桁違いの魔法力、知力、武力の保有者ですが、完全無欠の性格をしている訳ではありません。俺は、そこにこそつけ入る隙があると考えています」
「ふふふ。ポップ君が言いたいのは、バーンが私達を舐めている間にピラァにある黒の
いつもの調子を取り戻したらしい姫さんが不敵に笑ったので、俺は頷いて返事を返した。
「そうそう。今は確かに敵さんに喉元にナイフを突きつけられた状態だけど、まだ喉を切り裂かれたわけじゃない。詰まされたのなら、外せば良いんだよ」
まさに、詰むや詰まざるやってやつだね。俺の言葉に皆が、もちろんだ、と言いたげな表情で頷く。
バウスン将軍が腕組みをして世界地図を睨む。
「……ふむ。対処期限は、ヒュンケル殿達の処刑が執行される明日正午まで……でしょうな。バーンが完璧を期するのなら、処刑まではピラァを落とさないでしょうし。となると、後は人選……。大勢で動けばバーンの戦略に我々が気づいた事を悟られるため、少人数がよろしいでしょう。問題は、どうすれば黒の
そこだ……。俺もバウスン将軍に問題提起されるまでもなくその答えを探そうとしていたが、それよりも早くその答えは、会議室の扉の側から発せられた。
「……氷結魔法だろうな」
それは、いつからそこにいたのか、壁に背を預けて片手に酒の入った瓶を持ったロン・ベルクさんだった。皆が、彼の方に視線を向ける。
「ジャミラスがオーザムに落とされたピラァにいたと言っていたな。そいつは恐らく、黒の
「……なるほど。つまりそのジャミラスとやらがわざわざそこにいたと言う事は、黒の
爆弾の専門家であるアキーム隊長がそう呟く。うん、確かにそう考えるのが自然か。フローラ様が手をパンと一度打ちたたいて、皆の顔を見渡す。
「話はまとまったようね。では、人選に移りましょう。時間と場所を考えると、
「ロモスからの勇士であるフォブスター殿は、その条件に合致するのでは?」と、バウスン。
「確かに……! 誰か、彼に急ぎ打診をしてきて――」と、アキーム隊長が声を上げるが、俺はそれを手を上げて制止した。
「確かにフォブスター殿はその条件に合致しますが、彼は生粋の魔法使いです。残る三つのピラァの上にオーザムのような魔物がいた時に、狭い塔内では魔法使いは不利です。この任に求められるのは、先ほどフローラ様がおっしゃった条件に加えて、高度な万能性を有した戦士だと俺は思います」
そこで俺は言葉を一度切って、ある男の顔を見つめて続けた。
「俺は、その任にリンガイアのノヴァ・ヴァレスタインを推薦します」
俺の言葉に皆の視線がノヴァに集中する。皆からの視線を一身に浴びたノヴァは、最初こそ戸惑いの表情を顔に浮かべていたが、直ぐにこくりと頷いた。
「行きます……! 僕に任せて下さい! 僕はリンガイアはもちろん、オーザム、バルジの島に
「ノヴァ……しかし……」
「止めないで下さい、父さん。僕は、ようやく皆の役に立てるかもしれない事が嬉しいんです。ポップさんだって、僕が適任だと認めてくれたんだ」
ノヴァは真っ直ぐに俺を見つめてそう確認するように言った。そうだ、まさにノヴァが適任だ。ノヴァほど万能性に富んだ人材は、俺達パーティー内にもいない。高いレベルでまとまった戦闘能力、判断力、決断力は、文句のつけようが無い。
「ああ、俺は自信を持ってお前を推薦できるよ。だけど、バウスン将軍の許可だけはもらっておけよ」
俺の言葉にノヴァは綻ぶような笑みを浮かべ、次いで再びバウスン将軍に視線を向ける。
「父さん、……良いですか?」
その問いかけにバウスン将軍はしばし沈黙していたが、直後深く頷いた。
「リンガイアだけではない。この地上に生きる全ての者の
「はい、父さん……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
side ノヴァ
「大丈夫か、ノヴァ? 先ほどの戦闘で大幅に魔力を消耗したのではないか?」
僕が身に着けている
「うん、確かに予想していない戦いだったけど、ポルトスの町まではもうさほども無いはずだし、後1回氷結魔法をかけるぐらいの魔力は、ギリギリ残っていると思う」
僕はロモス北西に広がる森林地帯の上空を飛翔しながら、前方を凝視した。
カールの砦を夜中に飛び出して、既に丸半日以上経っていた。後1、2時間もすれば太陽は最も高い位置に昇るだろう。皆はもうロロイの谷に着いた頃だろうか……。黒の
なお、オーザムについては、ジャミラスという魔物をオーザム兵が倒した事で、自然に黒の
皆が予想した通り、確かにピラァの先端には黒の
しかし、バルジの島からパプニカ西部のベルナの森に向かう途中で想定外の事態が起きた。
かろうじてその集団を振り切り、ベルナの森に落ちたピラァの黒の
だけど、もうすぐだ。ロモスの町に
「ノヴァ、見えてきたぞ!」
本当だ……。鬱蒼とした森を抜けた先の、少し開けた場所にピラァが落とされているのを確認出来た。
ここがポルトスの町……。いや、町だったと言った方が良いのだろう。ピラァの先端にたどり着いた僕は眼下の景色に目をやり、その被害状況を見て声を失った。確かに町だったのだろう。しかし、ピラァを中心に町を構成していた建物はほとんどが吹き飛ばされていて、周囲には瓦礫が散乱している。いったい、これが落とされた事でどれほどの人が亡くなったのだろう……。
眼下に広がる光景から僕はどうにか視線を外し、最後のピラァの中に入っていく。ピラァの先端は、これまでと同様直径4m程の小規模な空間になっていた。そしてやはり同様に黒の
僕は、深く瞑目した。既に魔法力は限界に近かった。半日以上
最後の力を振り絞るつもりで僕は体内で魔法力を練って、
氷の結晶が僕のかざした両手から発生し、その結晶は黒の
「はぁっ、はぁっ! で、出来た。これでオーザムに落ちたのも含めて5つの黒の
「ああ、良くやったぞノヴァ。これでやるべき事は終わった。少し休んで行けよ、フラフラじゃないか」
だけど僕はその
「だめだよ、
そして僕はピラァ先端の腰壁に足をかけて
しかし、魔法力の枯渇が著しかった僕は、ピラァから飛び立った途端、カクンッとつんのめってしまった。
「おい、ノヴァ! 起きろ、こんな所で意識を失ったら死ぬぞッ!!」
「う、うーん……」
「ああ、良かった。どうやら気が付いたみたいね」
僕が太陽の眩しさに目を瞬かせながら開くと、ライトブルーの瞳をした美しい女性の顏が僕の視界いっぱいに広がった。どうやら僕の口元には、その女性の手によって水らしきものが入ったグラスが添えられているようだ。
「ぼ、僕はいったい……?」
「あなたは、あの塔から落ちてきたのよ? 凄い勢いで落ちたから助からないかと思ったけど、突然あなたの鎧から白い息みたいなのが吹かれて、地面に叩きつけられるのを防いでいたの。この鎧、凄いわね?」
その女性は、僕の装備している鎧の表面を軽く撫でた。
「あの、あなたは……?」
「私? 私はこのポルトスの町の住人よ。こっちは弟なの」
その言葉に、女性の背後からひょこっと10歳くらいの男の子が現れた。
「ポルトス? ポルトスの人達は無事だったのですか? その……あれが落ちてきて?」
僕が視線をピラァに向けて尋ねた事で、彼女は僕が何を言いたいのかが分かったのだろう。
「そうね。あれを落とした大きな白い鳥が近づいてくる前に、ほとんどの人が村の外に退避できたから助かったのよ。ほら、あれが見えない?」
そう言って女性は少し離れた場所を指し示した。僕がその指先が向けられた方角に目をやると、そこには上空から見ただけでは分からなかった、いくつものテントが立ち並んでいた。
「白い鳥が近づいて来るのが思ったより遅かったのと、何度か繰り返していた避難訓練が功を奏したわ。家とかはご覧のとおりほとんどが吹き飛ばされちゃったけど、生きてさえいたらどうにかなるもの。今は、ロモスの町から届けられる配給を頼みにテント生活を送っているのよ」
家を失ってもたくましく生きようとしているその女性に眩しいものを感じた僕は、女性に頷きを返し、よろよろと立ち上がった。
「介抱していただき、ありがとうございました。でも、僕は行かなければなりません。お世話になりました」
女性をそっと押し出し、僕は一歩を踏み出した。しかし、すぐにその女性は僕の身体を押さえようと服をガシッと掴んで、叫んだ。
「ちょっと、何処に行くつもりなのよ、あなた!? そっちに向かっても海しかないわよ!」
「その海に行きます。僕は海の先のカール王国に行かなければならないんです。たとえ泳いででも……!」
「何言っているのよ! ラインリバー大陸からギルドメイン大陸まで一体どれだけあると思っているの? 絶対に途中でおぼれちゃうわよ!」
僕は、僕の肩に手を置いて止めようとする女性の手をそっと外した。
「カールで僕を待っている人達がいるんです。どうか、止めないでください……」
(はー、頑固な子ね。全く、最近の男の子って、こんな子ばかりなのかしら……)
よく聞き取れなかったけれど、女性が何かを呟いた気がした。次の瞬間、女性は僕の耳元に唇を近づけ囁いた。
「良い夢を見なさい。……
次の瞬間、僕は再び意識を失った。
「ほら、起きなさい。カールに待っている人がいるんでしょ?」
その声とと共に伝わる僅かな振動に、僕は深い海の底から徐々に浮上し意識が覚醒するのを感じた。
「あ、あなたは……。――! 僕に
「どうしてって、どう考えてもそっちの方が早くカールに着くと思ったからよ」
僕の言葉に、女性は全く悪びれる事無く答える。
「早く着くって、人を眠らせておいて何を……」
「君、2時間ぐらい寝ていたけれど、多少は魔力が回復しているでしょう? 今なら空も飛べるんじゃない?
「え……?」
その言葉に驚いた僕は、呆然としたまま自分の魔力量を計ってみる。なるほど、確かに先ほどまで感じていた魔力枯渇の苦しみは薄れている。しかし、これは本当に……。
「……本当だ。半分くらいまで回復している」
そうなのだ。2時間ほど眠っていたようだが、そのたった2時間の間にこんなに魔力が回復するなんて。
「くすくすくす。そうでしょう? 私の
早い訳が無かった。冷静になって考えてみると、泳いでカールまで渡ったりしていたら1日経ってもたどり着かなかったかもしれない。しかし、魔法力が回復した今なら
僕は自身の過ちを悟った。そしてすくっと立ち上がり、女性に謝罪する。
「すいません、僕の早とちりだったようです。あなたに心からの謝罪と感謝を……」
僕が頭を下げると、その女性は優雅に口に手を当てて「まあ、ご丁寧なこと」とコロコロと笑った。不思議な女性だった。どういう来歴の女性かは知らないが、一つ一つの所作に華があり、少し話しただけで相手の意図を理解できる高い知性を感じた。
「それで、……行くんでしょ? 仲間の所に」
女性は、北の空を指さして僕にそう問うた。その問いに僕はもちろん、と頷きを返す。
「そう。君のような立派な戦士が戦いに赴こうとしているのに、何も上げられる物が無くてごめんなさいね。この通りの避難生活で、食事も配給に頼っている有様だから」
「とんでもありません。あなたは、僕に魔法力と言う最も大事な贈り物をしてくれました。あの……、もしよろしければお名前を聞かせていただけませんか?」
その女性は指を唇に当てて、どうしようかなー……?と、悪戯っぽい仕草で考えていたかと思うと、僕に笑顔を向けて言った。
「名前は内緒。私、こう見えても身持ちが固いのよ? 会ったばかりの男の子に名前を教えたりはしないわ。……でも、そうね。もし次に会う機会があったら、その時は名前を教えてあげるわ」
そう言った女性の後ろから、弟さんがヒョコッと顔を出して、僕に小声で囁くように言った。
「お姉ちゃん、ロモスで失恋して帰って来たばかりだから、今は傷心ってやつなんだよ。複雑な乙女心を分かってあげてよ、お兄ちゃん」
その言葉が聞こえたのだろう。「こらっ!」と、その弟さんの頭に拳骨を落としている様子は、とても仲の良い姉弟のように見えた。
「ふふふ。分かりました。それじゃあ、世界が平和になったらまたこの地に来させてもらいます。その時には、是非!」
「くすくすくす。期待しないで待っているわ」と、女性は微笑みながら僕に返事を返してくれたと思うと、直後に纏う空気を一変させ僕を真剣な眼差しで見つめた。その瞳は思わず吸い込まれそうになるほど美しく、僕は初めて感じる不思議な動悸を胸に感じていた。
そして女性は、背筋を伸ばし凛とした声で言葉を発した。
「勇敢で一本気な名も知れない勇者様に、神々の祝福があらんことを。……どうか、ご無事で。ご武運を心よりお祈りしております」
どうしてだかこの時僕は、世界に住まう全ての人達のため、などではなく、ただこの女性のために世界に平和を取り戻したい、と感じていた。
そして僕は、その地から