転生大賢者の冒険   作:怪盗218

189 / 223
189話 最終決戦④ 親子

~~~~ロロイの谷の戦線 左翼 オーザム軍~~~~

 

――キィン!

 

振り下ろされたシュプリンガーの剣を、ヒュンケルは魔剣の腹で受け止めると同時に僅かに軌道を逸らす。つんのめる様にたたらを踏んだシュプリンガーの首を一太刀で切り飛ばしたヒュンケルは、大上段に構えながら突っ込んできた続くシュプリンガーの胴を、横薙ぎして絶息させた。

 

そのヒュンケルの身体を、防御光膜呪文(フバーハ)が包み込んだ。ホークブリザードにより放たれた『こごえるふぶき』によるダメージから防ぐために、エイミが周辺の兵士ごと覆ったのだ。

 

光の膜の外では、氷雪の嵐が舞っている。エイミ達はその勢いが減ぜられるまでその膜の中に留まるつもりだったが、ヒュンケルは違った。

 

ヒュンケルは上空を見上げるとその場で高く飛び上がり、ホークブリザードの集団のただ中にその身を置いた。ギョッとした表情を見せるホークブリザードを尻目に、ヒュンケルは魔剣を蛇腹状に変化させそれを一閃する。途端にバタバタと羽をまき散らしながら地上に墜ちていくホークブリザード。

 

そして地上に降りたヒュンケルは次の敵を求めて駆けだそうとするが、エイミがヒュンケルに苦言を呈した。

 

「ちょっと、ヒュンケル! どうして大人しく私の防御光膜呪文(フバーハ)に入っていないのよ! あの吹雪の中敵のど真ん中に飛び込むなんて、いったい何を考えているのよ!」

 

「俺の鎧はいかなる氷雪も火炎も防ぎきる事が出来る。だから俺には、防御光膜呪文(フバーハ)は必要ない。俺の事は気にしなくて良い、エイミ」

 

「でも、ホークブリザードは即死呪文(ザラキ)の魔法も使うのよ? その鎧は即死呪文も防げるの?」

 

「さて、どうかな。即死呪文は試した事が無いから分からん。だが、鎧が通じずとも俺に死の誘惑の呪文など通じないさ。常日頃から死の誘惑が身近にあった俺にはな……!」

 

そしてヒュンケルは、新たに現れた敵の増援に対処すべく駆けて行く。

 

「あっ! もう、ヒュンケル!」

 

エイミはそんなヒュンケルの後ろ姿を睨み、声を荒げた。

 

 

 

その後も次々に押し寄せる魔物の群れを、一騎当千のヒュンケルを中心に退けていくオーザム兵。

 

しかし、人間である以上その体力には限界があった。オーザム兵士の1人が、ホークブリザードの唱えた即死呪文(ザラキ)によって苦しんでいる様子を見たエイミが、それを唱えたホークブリザードに火炎呪文(メラミ)を放つ。

 

それによって兵士は即死呪文(ザラキ)の脅威から逃れたが、上空に視線を向けて地上への警戒の薄れたエイミを狙う者がいた。

 

エイミがハッと気づいた時には、彼女の身体に何か紐のようなものが伸びていた。

 

「何よ、これ!? しまった!」

 

突然その場に現れた魔物が、そのローブの身体の下から伸ばした蔓でエイミの身体を締め上げる。エイミの四肢は一瞬で蔓によって拘束されたばかりか、その喉元にも棘のついた蔓が巻き付いていた。

 

「あぐっ!」

 

「エイミ!」

 

苦悶の声を上げたエイミに、最前線で剣を振るっていたヒュンケルが振り返る。

 

「ヒャッヒャッヒャッ! ようやく貴様の弱点を捕える事ができたわ。儂の名はボトク! 貴様を殺せばバーン様の覚えも良くなるだろう」

 

黒いローブを着こんだボトクと名乗った魔物は、ヒュンケルに対して武装を解除するよう命ずる。

 

「駄目よ、ヒュンケル! 私の事は良いから! 私はあなたの足手まといにはなりたく―― くっ!」

 

「よせっ! 今、鎧を外す……。彼女には手を出すな」

 

そしてヒュンケルは、鎧の魔剣の武装を解除してボトクの前に無防備な姿を晒した。

 

「ヒャハハハハ! それで良い。そのまま動くなよーーー! ほれっ!」

 

ボトクの身体から延びた蔓が鞭のようにしなり、ヒュンケルの身体を撃った。その一撃は、ヒュンケルの身体に赤黒い染みを残していった。

 

 

 

剣戟と魔法の破裂音が戦場の至る所で聞こえてくる中、その戦場だけは鞭が肌を打つ耳障りな音が響いていた。既にヒュンケルの全身は、赤黒く腫れていない箇所が無い程ボトクによって痛めつけられていた。

 

「ヒュンケル! ――貴様! ――くっ!」

状況に気づいたライオネルがボトクに駆けようとするが、踏み出したライオネルの足先に音速で篤が打ち放たれる。

 

「クククッ。邪魔をするな。儂は今この男と遊んでいるんだ」

 

周囲の動きを止めたボトクは、舌なめずりをしながら次々に蔓をヒュンケルに対して撃ち込む。音速を超えた鞭の威力は凄まじく、ヒュンケルの身体は至る所が肉が裂け、全身が真っ赤に染まる。

 

そして……。

 

「これほどされても、悲鳴一つ上げんとは。まったく、これほど我慢強い男は魔界でも見たことが無いわ。だが、もう良い。あまり遊んでいてもバーン様のご不興を買ってしまうだろうしな。これで終わりだ、ヒュンケルとやら。死ぬがいい……」

 

ボトクは、身体から生やした蔓を複数束ね、鋭い槍に似せた蔓を作り出す。そしてその先端をヒュンケルにゆっくりと向ける。それを見たヒュンケルは、ボトクに四肢を拘束されたままのエイミに視線を向けた。

 

「エイミ、どうやら君との約束は守れないようだ。すまない……」

 

エイミは顔を振ってそのヒュンケルの言葉を否定した。

 

「いや、ヒュンケル! 戦って! あなたはこんな所で死ぬ人じゃないわ……!」

 

「クククッ! 安心しろ、女。十分に楽しませてもらった。これなるは一撃で―― ――!?」

 

ズババババッ!!

 

ボトクが下卑た笑いを浮かべて嘲笑したその時、エイミの四肢を拘束していた蔓が一瞬で細切れに切断された。それは、エイミにかすり傷一つ与える事無く、一瞬で6つの蔓を切断する絶技と言って良い太刀筋だった。同時に、その隣に立っていたボトクが一言も発しないままズルッと崩れ落ちて倒れる。

 

それを成した者は、突然身体の拘束が解かれ崩れ倒れそうになるエイミを背後からそっと支える。その支える手は6本あり、どの手も白い骨が露出していた。

 

「ふむ……、いかんな。女性との約束を違えるような子に育てたつもりはないんじゃが。お嬢さん、息子に変わって儂が謝罪しよう」

 

そう呟きながらエイミにニコッと笑みを浮かべるその者は、スケルトンだった。

 

「地獄の騎士……」

 

ライオネルが呻くように言葉を発した。かつてライオネルは旅の最中に地獄の騎士と戦った事があり、その恐ろしさは十分に知っていた。新たな敵がエイミを再び拘束したと考えたライオネルは、歯をギリッと噛みしめる。

 

しかし、その隣で同じく目を大きく見開いているヒュンケルは、そのエイミを背後から支える地獄の騎士を、信じられないものを見たかのようにただ呆然と見つめて立ち尽くしていた。

 

エイミは、自身の腕に触れている白骨と化した手に恐れを抱きながらも、意外なほどに暖かみのある声に戸惑いながら肩越しに振り返った。その振り返ったエイミの視線が、スケルトンの胸にかけられたある物で止まる。それはかつてヒュンケルが話してくれた、彼が亡き育ての親にプレゼントしたと言った物に酷似しているように感じた為だった。

 

「そ、……その折紙は……」

 

「む? ああ、これかね? これは、儂が初めて貰った勲章だ。名を『星の勲章』と言う。これを儂に送ってくれたのは――」

 

「――父さん!! バルトス父さん!! どうして……!?」

 

その地獄の騎士の言葉を遮ったのは、ヒュンケルだった。一流の戦士であるヒュンケルが、隙だらけの格好で大声を張り上げている。地獄の騎士は、ワナワナと震えているヒュンケルを見て、心の底から嬉しそうに言葉を続けた。

 

「あそこにいる儂の息子ヒュンケルよ。……ヒュンケル。大きくなったな」

 

 

 

「これはいったいどうしたことか。ボトクが敗れているとは……」

 

ヒュンケルが突然現れた自身の育ての親の元へ駆けだそうとした時、突然そんな声が彼らに対して投げかけられた。それは、三魔貴族の一人である屍騎軍王ゾルデだった。

 

 

 

「ふむ……。その背から立ち上がる瘴気。儂と同じアンデッドと見た。もしや、そなたが魔界で名高いゾルデかな……?」

 

「ほう……、そういう貴様こそ誰だ? 見たところスケルトンのようだが、地上の魔物か?」

 

「儂の名は、バルトス。かつて魔王ハドラー様の側近を務めた地獄の騎士 バルトスよ」

 

「バルトス……? 知らないな」と首を傾げるゾルデ。だが、次の瞬間、ゾルデはバルトスの眼前にまで移動していた。

 

「――!」

 

ゾルデの振り下ろす双剣の軌跡に先ほど助けた女性が入っている事を悟ったバルトスは、彼女エイミを腕に抱いたまま後方に飛んだ。そしてヒュンケルの隣に立ち、未だ呆然としたままのヒュンケルに声をかける。

 

「エイミ……と言ったかね。後ろに下がっていると良い。どうした、ヒュンケル? いつまで呆けている? そのような腑抜けた男に、儂は魔界最強の剣士の名を名付けた覚えはないぞ?」

 

その言葉にハッとした表情を浮かべたヒュンケルは、再び鎧の魔剣を身につける。しかし、まだ動揺が収まっていない様子なのがありありと分かった。

 

「と、父さん……。どうして……」

 

「それは後じゃ、ヒュンケル。そら、来るぞ……!」

 

「――!? くっ!!」

 

「ククク! ヒュンケルだと? たかが人間が、たいそうな名を付けているでは無いか! 地獄の騎士も、ヒュンケルも俺がまとめて始末してやろう!」

 

ゾルデの繰り出す二本の剣をそれぞれが構えた剣で受け止めるバルトスとヒュンケル。

 

「くっ! 貴様!」

 

「ふむ……。さすがは魔界でも剣豪と名高きゾルデ。何とも重い一撃よ」

 

矢継ぎ早に繰り出されるゾルデの剣を裁きながら、バルトスが6本の腕を駆使して逆に斬りかかる。

 

「ほう……! 六刀流! そうか、思い出したぞ! かつて魔王の禁呪法生命体として生まれ魔王軍最強の剣士などと呼ばれていた男がそのような名では無かったか!?」

 

「さよう。貴公に名を覚えられていたとは光栄の至り……!」

 

「ハハハ! 一度お前とは剣を交わしてみたいと思っていたが、まさかこのような所でその希望が叶うとは! 貴様は、下がっていろ!」

 

「――グッ!」

 

剣戟の最中、ゾルデに足蹴にされたヒュンケルが吹き飛ばされる。いくら武装を戻したと言っても、先ほどのボトクによるダメージが尾を引いている様子は明らかだった。

 

「ヒュンケル!」

 

大地に転がったヒュンケルの元に、エイミが即座に駆け寄る。そして彼女は、ヒュンケルの身体に手を触れて回復呪文を唱える。

 

「と、父さん……!」

 

ヒュンケルは、ゾルデとバルトスの激しい剣戟を瞬き一つせず見つめていた。ゾルデの双剣をバルトスが4本の腕で抑えると同時に、残り2本の剣で切りつける。しかしその攻撃は、ゾルデが纏っている黒鉄の鎧を傷つける事が出来ず、逆に弾かれていた。

 

バルトスは、ゾルデと自身の力の差を既に悟っていた。もとより、冥府より仮初めの命を与えられて現世に来ている事を自覚していたバルトスは、愛息子であるヒュンケルのためにゾルデに一矢報いれば、とそれだけを考えていた。このままでは限りある力を使い果たし敗れる、と悟ったバルトスは勝負に出る。

 

「これで!! ――不動地獄剣!!」

 

かつてアバンに放った自身の持つ最強の必殺剣。右腕にある3本の腕と剣を束ねて捨て身の突き技を放ったバルトスのその技は……しかし、ゾルデに見切られていた。

 

その突きが自身の身体に届く前に左半身を後ろに引いて躱したゾルデは、空を切った3本の腕を双剣の一で一息に打ち砕いた。バラバラと3本の腕の骨と砕かれた剣が宙を舞う。

 

「――父さん!」

 

ヒュンケルの悲壮な声が飛ぶ中、ゾルデの残る双剣の二がバルトスの身体に突き刺さる。だが、バルトスの狙いはまだ終わっていなかった。

 

脊髄を絶たんと身体に突き込まれた双剣の1本を、バルトスは身体を僅かにずらす事で肉を失った自身のあばら骨とあばら骨の間に挟み込んだ。

 

「――何!?」

 

「ゾルデ殿! その双剣の片翼、冥府への土産に持ち帰らせて貰おう……! ――不動地獄剣!!」

 

再びバルトスの必殺剣がゾルデに飛んだ。今度は左の3本の腕を束ねて放たれた必殺の突きが、伸びきったゾルデの左腕の一点を貫いた。

 

その一点に集中したバルトスの突き技は、ゾルデの左腕に纏われた甲冑を貫き、その内部の骨すら砕いていた。左肘の部分で千切れた腕がボトッと大地に落ちた。

 

「ガァァッ!! おのれっ、よくも!!」

 

左腕を断ち切られたゾルデが、怒りのままに右腕に残った双剣の片割れで、バルトスの身体を横薙ぎに切り裂いた。

 

ガラガラガラッと下半身が崩れ、上半身も大地に横薙ぎに倒れるバルトス。その倒れたバルトスの頭を砕こうと足を大きく上げるゾルデ。

 

そしてそのままバルトスの頭を砕くかと思われた攻撃は、突然自身に対して放たれた剣閃によって遮られた。咄嗟に後方に退いたゾルデは、倒れたバルトスを庇うようにして自身に対して厳しい視線を向けるヒュンケルの姿を捉えていた。

 

「次は貴様か。良いだろう、バルトスとやらの敵討ちという訳だな……?」

 

「敵討ち? 勘違いをするな。父さんがあの頃の力をそのまま保有していたなら、貴様など相手にもなっていなかったはずだ!」

 

「――ほざけっ!」

 

片腕を失ったゾルデとヒュンケルの剣戟が始まる。

 

 

 

「大丈夫ですか、バルトスさん」

 

愛息子であるヒュンケルとゾルデの戦いを横たわった身体のまま見つめていたバルトスの身体を、エイミがそっと整える。エイミに上半身を支えられる形となったバルトスは恥ずかしそうにエイミに声をかけた。

 

「ああ、ありがとうよ、お嬢さん。お嬢さん、儂はこの15年間のあの子を知らんが、あの子はアバン殿の弟子になれたのだろうか」

 

「ええ、ヒュンケルは、アバン様の一番弟子です。アバンの使徒の長兄として、この戦いを最初から最後まで立派に戦い抜いてきましたよ」

 

「そうか……。そうか……。それなら良かった」

 

そう零すバルトスの身体に力がほとんど残っていない事に気づいたエイミが、ヒュンケルに大声を張り上げた。

 

「ヒュンケル! バルトスさんが、お父さんが、あなたがアバン様の一番弟子である証を見たいそうよ! そんな奴、早くやっつけちゃいなさいよ!!」

 

 

 

「ヌゥゥッ! こ、これほどの剣士とは……!!」

 

鬼気迫るヒュンケルの猛攻に、ゾルデが驚愕の表情を浮かべる。

 

「おのれっ! ならばこれでどうだッ!」

 

ゾルデの体内奥深くに埋め込まれた紫色の宝玉から凄まじい力があふれ出す。その力は紫紺の瘴気へと姿を変え、ゾルデの身体を包み込んだ。

 

「これは……」

 

そのゾルデの変貌に距離を取るヒュンケル。紫紺の瘴気が去った時、彼の目の前には2体のゾルデが立っていた。

 

「2体だと!? ちぃっ!」

 

2体のゾルデがヒュンケルに猛攻をかけてくる。2体とも左腕を欠損しているが、それでも2体が連携する事で双剣のごとく剣嵐がヒュンケルに襲いかかる。

 

そんな時、背後のエイミから彼に声が飛んだ。

 

「ヒュンケル! バルトスさんが、お父さんが、あなたがアバン様の一番弟子である証を見たいそうよ! そんな奴、早くやっつけちゃいなさいよ!!」

 

その声に、ヒュンケルは一も二も無く決断した。父さんに今の自分の姿を見て貰いたい、父さんに安心して欲しい、そんな想いを遂げる機会は今この時しか無い。ヒュンケルは、2体のゾルデが振り下ろす剣を一合で跳ね飛ばす。

 

そして生じた隙に、ヒュンケルは鎧の魔剣を右手1本の逆手に持ち替える。瞬時に、魔剣の刀身にヒュンケルの闘気が伝わり白く輝く。

 

「くっ! 舐めるな、人間!!」

 

2体のゾルデが上段より剣を振り下ろす。しかし、その時にはヒュンケルの身体は深く沈み込み、前傾姿勢を取っていた。

 

その技は、空の技を極めた時点で完成をみていた。しかし、ヒュンケルは自戒の念でその技をあえてこれまで敵に対して放っては来なかった。それは、その技を放つ資格が自身には無いと考えていたから。

 

だが、今ヒュンケルは、自身を見つめる父のために、自身を育ててくれた父のために、自身を縛った戒めを解く覚悟を決め、その技を放つ。

 

「アバン流刀殺法 奥義! ――アバンストラッシュ!!!」

 

ヒュンケルが振り抜いた魔剣から白く輝く衝撃波が放たれる。その衝撃波は、2体のゾルデに直撃し、彼らの体内奥深くに埋め込まれた紫色のオーブを完全に砕いていた。

 

「ガフッ……! み、見事……」

 

紫煙が去り1体に戻ったゾルデはそう口に発した後、ボロボロと身体が崩れていった。

 

 

 

「ヒュ、ヒュンケル……。お前の放ったアバンストラッシュ……。見事だった」

 

「父さん……! 俺は、ずっと父さんに……」

 

ヒュンケルはバルトスの左手を握りしめて、徐々に燐光と化していっているバルトスに言葉を投げかけていた。

 

「これでもう悔いは無い。冥府から来た甲斐があったというものよ。アバン殿にもお前の事で礼を言いたい所だが、どうやらもう時間が来たようだ。お前の口から、バルトスが礼を言っていたと伝えてくれぬか……?」

 

「うん、うん、分かったよ、父さん……」

 

バルトスと会話を交わしているヒュンケルは、今この瞬間だけあの当時の7歳児に戻っているかのようだった。その言葉を聞いてバルトスはニコッと笑みを浮かべる。

 

「お嬢さんにも、感謝を……。儂の息子を、ヒュンケルの事を好きになってくれてありがとう。この子は儂に似ず優しい子じゃ。この子の事をどうか……。どうか……」

 

「はい、分かっています。ヒュンケルは寡黙だけど、バルトスさんに似てとても優しい人ですから」

 

エイミも、バルトスの手を取りそう声をかける。その言葉に嬉しそうに頷いたバルトスは、子供のように涙を流すヒュンケルに視線を向けて、最後の言葉を投げかける。

 

「ヒュンケル……。この手を見れば、お前がこれまでどのような生き方を自らに課して生きてきたか、……よく分かる。だが、……平和になったら、この手は……剣以外の物も手に取るようにするのだ。良いな……、ヒュンケル」

 

そう言って、バルトスは自らの手に添えられたヒュンケルの手を、エイミの手の甲の上に重ねた。

 

「……父さん」

 

「それじゃあ……の。幸せにな、ヒュンケル」

 

その言葉を最後にバルトスの身体の全てが燐光へと変わり、天へと昇って行った。

 

 

 

空に消えていく燐光の最後の一粒まで瞬き1つする事なく見つめていたヒュンケルが、グッと涙を拭いエイミに視線を向けた。

 

「エイミ。君から誘われていた食事の件だが、いったん白紙にさせてもらえないだろうか……?」

 

「え……」と、呻くように言葉を発するエイミ。そんなエイミに、ヒュンケルは照れたように明後日の方を見て言葉を続ける。

 

「それで……もし良かったらだが、改めて俺から君を誘いたい。パプニカの港区に、魚料理に定評のある店があるらしい。良かったら、そこになど……どうだろうか……?」

 

エイミの反応を伺うような、普段の彼からは想像も出来ないほどのその自信なさげな問いかけに、エイミは朗らかな笑みを浮かべた。

 

「ええ、ええ、良いわよ、ヒュンケル。散々待たせたんだから、1回じゃ済ませないんだから。2回、3回と、とにかく沢山よ! よろしくね、ヒュンケル!」

 

そんなエイミの返答に、苦笑いを浮かべて頷くヒュンケル。

 

そして、そんな二人の醸し出す空間を邪魔してはならんと距離を取って見守っていたライオネルを始めとするオーザム兵が、口々に口笛を吹いたりしてそんな彼らを囃し立てる。

 

「決めた! 誰がなんと言ってもこの2人はオーザムに来て貰う! 魚のうまさなら、パプニカよりオーザムだ!」

 

「そうですよ! 俺、ヒュンケルさんの剣技に惚れました!」

 

魔王軍との激突が各戦場で続いている最中、ここだけ違う時間が流れているかのように皆が感じていた。後に、大魔王戦役三大ラブロマンスの一つと未来永劫に語り継がれるエピソードが生まれたのは、この時だったと言われている。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。