side メルル
今私がいる部屋は、教会の中の一室だ。
簡易的なベッドが2つと、長椅子が3脚あり、長椅子には冒険者の格好をした人たちが6人ほど静かに座っている。ベッドを利用する人は重症者なのだろう。今日は、誰もベッドを利用していない。壁際には椅子が3脚用意されていて、そのうちの2つに私とマリーさんが座って、絶え間なくやってくる怪我人に対して回復魔法をかけている。
「ふー……」
ようやく怪我をした冒険者の方達への施療が一段落ついた。隣のマリーさんに目を移すと、マリーさんもちょうど施療がひと段落ついたところのようだった。次の施療を開始する時間までには、まだ少し時間がある。
「メルルちゃん、今日はありがとうね。メルルちゃんのおかげでとっても助かってるわ」
「いえ、良いんです、これくらい。いつもお世話になっているんですから、これくらいのことはさせてください」
「メルルちゃん、なんて良い娘なの。あ、でももうすぐ、もう1人お手伝いの人が来るから、そうしたらちょっとは楽になるから、安心して」
「そうなんですか。分かりました」
私はマリーさんと会話をしながら、昨日のことを思い出していた。昨日私はポップさんやそのお友達の方たちと、アイススケートという遊びをした。最初はつるつる滑る氷に恐怖心を感じていたけれど、ポップさんが手を引いてくれて、優しく滑り方を教えてくれた。私はそのおかげで、それほどの時間をかけずに、1人で滑れるようになった。
……でも、本当はもう少しポップさんと手を繋いでいたかったな、と思ったのは内緒だ。氷の上を滑るのは最初はとても怖かったけれど、ちゃんと滑れるようになると、なんだか自分が鳥になったみたいに風を感じてとても楽しくて、誘ってくれたポップさんに感謝した。
ポップさんは、あの森で私を助けてくれた、とても強くて勇敢な人だ。でも、それだけじゃない。自分も怪我をしているのに、自分の怪我の回復を後回しにして私の怪我の回復を優先する、とても優しい人。
ポップさんのことを考えると、最近私はおかしい。どうしてか、顔が赤くなることを抑えられない。ポップさんの笑顔を見ると心が温かくなる。ポップさんの声を聴くととても穏やかな気持ちになる。
……この気持ちはなんなんだろう。たぶん私は、その答えを知っている。でもそれを認めてしまうと、私はもう旅に出られなくなる気がして、答えを知っているのに知らないふりをしている。
今日はまだ、ポップさんに会っていない。次はいつポップさんに会えるかな。早く会いたいなと考えていた時だった。部屋の扉が開いて、今まさに会いたいなと考えていたポップさんがやってきた。
「やあ、メルル。お手伝いご苦労様。こんにちは、マリーさん。遅くなりました」
「こんにちは、ポップ君。これから人が増えてくるからちょうどよかったわ。さ、座って座って」
ポップさんはマリーさんに促されて、私の隣の椅子に座った。
「う、あ、ああ……」
私は突然のことに驚き、ポップさんに返事も返せずにいた。
「どうかした、メルル? もしかして、昨日外で遊びすぎて熱が出ちゃった?……ちょっとごめんね」
そういって、ポップさんは急に私に顔を寄せて、自分の額を私の額に当てて「熱はなさそうだな……」と言って首をかしげた。
ボンっという音がしそうなくらい私の顔は真っ赤になってしまった。
「ちょ、メルル!? マリーさん、メルルの顔が真っ赤です! 何か悪い病気にかかったんじゃないでしょうか!?」
「……そうねー、マリーお姉さんとしては、病気は病気でもちょっと違う病のような気がするのよねー」
「何ですか、それは? それはなんていう病気なんですか? メルルは大丈夫なんですか?」
いけない、私のせいでポップさんに心配をさせてしまっている。ちゃんと返事しなきゃ。
「あ、あの、ポップさん! ごめんなさい、大丈夫です。私、病気にはなっていませんから」
「そう? つらい様だったら言ってね? メルルってすぐに無茶しそうだから、心配なんだよな」
「……そ、それはポップさんの方です! この間だって、自分より私の怪我の回復を優先したりしたじゃないですか! 絶対にポップさんの方です!」
「えー、そんなことないよ。あの場面では、絶対メルル優先だよ」
「そんなことありません! ポップさんの方が……」
「はいはい、2人とも、それくらいにしてね。次の患者さん達が来ちゃうわよ」
「「……はい」」
それからは3人で、怪我人の方達の治療を行った。ポップさんは、小さいお子さんが来た時は、「痛いの痛いの飛んでけー」と言いながら魔法を唱えている。あんなかけ声初めて聞いたけど、小さいお子さんには好評みたい。今度私もやってみようかな……。
結局お昼を少し過ぎたころに、今日の施療が終わった。今私は、教会の裏庭でポップさんと一緒に庭の落ち葉を1箇所に集めて焚火をしている。
「……あの、ポップさん。さっきはごめんなさい……」
「ん? さっきって、何のこと?」
「えっと、その、ポップさんの方が無茶をしそうだって言った事です……」
「ああ、その事か。ははは、僕こそごめんよ。でもさ、かわいい女の子の前では、男はかっこつけたくなるもんだって事も分かってよ」
「か、かわいいって……。も、もうポップさん! そういうところです!」
「そういうところって、どういうところなの?」
「――し、知りません!」
「あらあら、2人ともまだやってるのかしら?」
私達がそんな会話をしていると、マリーさんがやってきた。
「あ、マリーさん。まだやっているも何も、だいたいマリーさんが手伝いに来る人が僕だってちゃんとメルルに伝えていなかったのがいけないんですよ?」
はい、私もそう思います。先に聞いていたら、私だって心の準備ができたのに……。あれ? 何の準備だろう?
「あ、あははは……。だってー、その方が面白そうだったんだもん」
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
「全くもう。本当に頼みますよ、マリーさん」
ポップさんが、マリーさんと話をしながら、右手で棒を持って焚火の中を探っている。何をしているんだろう?
「よし、そろそろ良さそうだな。メルル、手を出してみて。熱いからやけどしないように気を付けて」
そう言いながら、ポップさんが私の手に焚火の中から取り出したものを乗せた。わ、暖かい。これって、……。
「あぁ! それって焼き芋じゃない。良いなー、ポップ君、私には無いのかなー?」
「はいはい、ちゃんとマリーさんの分もありますよ。はい、どうぞ」
「ふふ、さすがはポップ君。ありがとう」
「ありがとうございます、ポップさん」
その後、ポップさん、マリーさんと3人で一緒にお芋を食べた。そのお芋は、今まで食べたどのお芋よりもおいしく感じた。
この村を旅立つまで、後10日と少し。……私は、今この時が止まってくれたら良いのにと思っていた。
今日は、2週間滞在したランカークス村を旅立つ日だった。この2週間、ポップさんやランカちゃん達と毎日のように遊んだ。旅をしていて、こんなに離れがたく感じた旅立ちは初めてだった。
私は今、おばあ様と一緒に村の出口に立っている。私達は、これから約2週間ほどかけてベンガーナ国の首都に行く予定だ。
まだ朝の早い時間だというのに、マイル神父様、マリーさん、ポップさんのご両親、ランカちゃん、ルッツ君、ジーン君それに自警団の団長さんまで見送りに来てくれていた。
「ナバラさん、メルルさん、気を付けて行くんだよ。決して無理をしないように」
「メルルちゃん、いつかきっと、またこの村に来てね。また一緒に焼き芋食べよう?」
マイル神父とマリーさんが声をかけてくれる。お2人にはとてもお世話になった。特にマリーさんとは、夜に教会でいっぱいお話をさせてもらった。
「マイル神父様、マリーさん、どうかお元気で。私、この村でお2人に会えてよかったです。本当にお世話になりました」
「メルルちゃん、この村で怖い思いをさせてしまって済まなかったな。これに懲りずに、いつかまたこの村に来てくれよ。ナバラのばあさんよ。団員に色々と助言をくれたそうだな。ばあさんの占いは、本物だと思うぜ。団員に代わって礼を言う。ありがとうよ」
「ふふふ、世話になった礼じゃから、気にせんで良い。気が向いたら、またこの村に来て占ってやるよ」
「ライナー隊長。この村にいる間、皆様にしていただいたことは決して忘れません。ありがとうございました」
自警団の皆さんには、この2週間本当にお世話になった。遊びすぎてちょっと暗くなった道を歩いていたりすると、直ぐに自警団のどなたかが傍によってくれて、教会まで送ってくれた。
「メルルちゃん、せっかく仲良くなったのに、もうお別れなんて。……私の事、忘れないでね?」
「メルル、また来いよ。そんでまた一緒に遊ぼうぜ」
「アイススケート、楽しかったね。いつかまたやろうね」
ライカちゃん、ジーン君、ルッツ君もお別れの言葉を言ってくれる。
「うん、皆この2週間、私と遊んでくれてありがとう。私、こんなに楽しかったの初めて。皆の事、絶対忘れない。ありがとう」
この2週間、本当に楽しかった。特にライカちゃんとは、女の子同士の気安さからいっぱい話ができた。
「メルルちゃん、元気でね。ポップといっぱい遊んでくれてありがとう。本当に、本当に気を付けてね」
「また来ると良い。お前ならいつでも歓迎するよ」
「こちらこそ、ありがとうございました。おばさま、お弁当本当に美味しかったです。ありがとうございました」
ポップさんのお父さんとお母さんに別れの言葉を述べた。おばさまには何度もお弁当を作ってもらった。暖かい味のお弁当で、本当に美味しかった。私のお母さんが生きていたら、こんなお弁当を作ってくれたのかなって思った。
「……しかし、あいつはいったい何をしているんだ。もうメルルちゃん達が旅立つというのに」
「本当に。あの子ったら、いったいどこに行ったのかしら。朝早くから家を飛び出して行ったきり、まだ戻ってこないのよ」
「ポップのやつ、しょうがない奴だなー」
「ポップの事だから、何か考えがあるんだと思うよ」
「もう、ポップ君ったら! メルルちゃんがもう行っちゃうよー!」
そう、ポップさんは今、この場にはいない。実はポップさんは、この3日ほど忙しかったらしく、ずっと森の方に修行に行っていて会えていない。私も最後にポップさんに一目会いたかったんだけど、わがままばかりも言っていられない。
……でも、さみしいな。
「あっ、ポップ君が来た! おーい、ポップくーん。早く、早く!」
ライカちゃんの声に、私はライカちゃんの見ている方向に視線を向けた。本当だ。ポップさんが走ってこっちに来てる。良かった、最後にポップさんに会うことが出来た。
「おーい、ポップ、おせえぞ!」
「ポップー!早く早く。メルルちゃん、ポップに会いたくてずっと待ってるんだよ!」
「はぁ、はぁ、……。ごめんよ、メルル。遅れちゃった」
ポップさんは、よっぽど全力で走ってきたのか、息も切れ切れの状態だった。
「良いんです、ポップさん。私ポップさんに最後にお会いできて本当にうれしいです」
……良かった、私、今笑顔でポップさんと話が出来ている。
「遅いよ、ポップ君! だいたいこの3日間も、いつもどこか行っててさ。メルルちゃんさみしそうだったよ!」
「良いんです、ライカちゃん。ポップさんが忙しいのは知っていますから。それでもポップさんにはこの2週間いっぱい遊んで頂きました。私、それだけで十分です」
「ごめん、ごめん。僕も本当はメルルともっと遊んでいたかったんだけど、どうしても作りたいものが出来ちゃって。最近はずっと、それを作ってたんだ。……と、言うことで、はい、これ。メルルにあげる。良かったら使ってよ」
そう言って、ポップさんは両手で、私の右手を取って握りしめ、私に何かを渡してくれた。
何だろう、これ? そんなに大きくない。私はニコッと笑っているポップさんを一目見てから、右手をそっと開いてみた。それは、親指くらいの大きさの藍色の石にひもが付いたネックレスだった。
私は、手渡されたものがネックレスだったことにも驚いたけど、そのネックレスをよく見て更に驚いた。この石には、内部にとても小さな字で文字が書かれていたのだ。……もしかして、これって。
「……あ、あの、ポップさん。これって、もしかして魔道具ですか? こんな高価な物、私……」
「魔道具だって!? メルルちゃん、もう少し良く見せてくれないか!?」
ライナー隊長さんが、身を乗り出すようにして私の右手にあるネックレスをのぞき込んできたから、よく見えるようにしてあげた。
「……ほ、本当だ。石の中に文字が埋め込まれている。おい、ポップ。これはいったい?」
「うん、それは、トヘロスの魔法を埋め込んだネックレスなんだ。メルル達は色々な土地を旅するから、魔物に襲われる危険があるよね? だから少しでも危険な魔物を近づけないように、トヘロスの効果のあるネックレスを身につけたらどうかなって思って。これをメルルにプレゼントしたくて、この3日間ずっと作ってたんだ。でも、最後までこいつの調整に手間取っちゃって。ごめんね、メルル。寂しい思いさせて」
「お、お前、トヘロスの魔法をネックレスに封じ込んだって……。宝飾品に加工した魔道具なんて、聞いたこと無いぞ。いったい、これにどれほどの価値があると……」
「そ、そうです、ポップさん! こんな高価なもの、私頂けません!」
ライナー隊長さんの言葉で私は我に返った。そうだ、こんな高価なもの、私受け取れない!
「受け取って貰わないと困るよ。これは、僕がメルルのために作った魔道具なんだから。これを受け取ってくれないと、僕は安心してメルルをこの村から旅立たせられない。僕はいつかまたメルルと会いたい。だから僕は、メルルにこれを贈りたいんだ。メルルには、いつか会うその日まで元気で旅を続けていて欲しい」
ポップさんは、少しはにかみながらそう私に言って、私がネックレスを返そうとして出した右手を、そっと押し返した。
「で、でもポップさん……」
「貰ってあげて、メルルちゃん」
私がそれでも受け取ることに躊躇していると、ポップさんのお母様が私に声をかけてきた。
「おばさま……」
「ポップは、メルルちゃんがまた旅で危険な目に遭うのが嫌なのよ。もし危険な目に遭っても、次はポップは直ぐにメルルちゃんを助けにいけない。それが悔しいから、こんな魔道具を作って少しでもメルルちゃんを守ってあげたいと思ったのよ。お願いよ、メルルちゃん。ポップの気持ちを分かってあげて」
「……おばさま。……はい、分かりました」
私は、ポップさんの気持ちを理解し、おばさまに返事をした後、ポップさんに改めて向き直った。
「ポップさん、こんな貴重なものを本当にありがとうございます。私、このネックレス、ずっと大切にします。それで、いつかまたポップさんと会える日まで元気で、……」
私が言葉を口に出来たのはここまでだった。それから後は、涙と嗚咽で言葉に出来なかった。いけない、最後は笑顔で別れたいのに、と思っていると、不意に体が温かいものに包まれた。
私の体を優しく包んでくれたのは、ポップさんだった。ポップさんは、私を抱きしめ、頭をポンポンとなでてくれながら、
「……いつかまた会おう、メルル。それまでは、このネックレスがメルルを守ってくれるように、おまじないをかけておいたから。約束だ」
と言ってくれた。
私は、ポップさんに抱きしめられたことで、渦巻いていた不安や悲しみが急に小さくなって、反対にうれしさが胸の中で膨れ上がった。気が付いたら涙も止まっていた。だから私は笑顔でポップさんにこう言えた。
「ありがとうございます、ポップさん。私この村でポップさんと会えて本当に良かったです。私も、いつかまたポップさんと会いたいです。だからポップさんも無茶はしないで下さいね。約束ですよ」
「うん、約束だ」
私達はお互いに笑顔を浮かべながら見つめ合った。
こうして、私のランカークス村での滞在が終わった。
今はベンガーナ国の首都『ベンガーナ』に向かう隊商の方々に同行させて貰い、旅をしている。
ポップさんから貰ったネックレスは、今私の首に掛かっている。このネックレス、使い方を書いた紙をあの後ポップさんから渡されたんだけど、驚いたことに魔物だけでは無くて悪意を持った人間にも効果があるみたいで、何か私達に悪意を持って接近してきた人がいたら、その人の体調が悪くなるみたい。
……トヘロスでそんな効果が現れるのは聞いたことが無いけど、本当なのかしら? まだ私達の周りにはランカークス村で知り合いになった親切な隊商の方ばかりで、その効果が分からない。
でも、魔物に対しては本当に効果を発揮しているようで、ランカークス村を出てから3日、ここまで一度も魔物と遭遇していない。何度もこの道を通ったことのある隊商の方によると、こんなことは今までに無く、間違いなくネックレスの効果だと言っていた。
このネックレス、魔力が無くなると中に刻まれている小さい文字に色が無くなる(今は綺麗な水色に発光している)そうだけど、その時は魔力をもった人間が握りしめるだけでまた魔力が溜まって、効果を発揮しだすみたい。
隊商の団長さんは、こんな便利な魔道具は見たことが無い、今度ランカークス村に行ったら、ポップさんに言い値を出すから自分用に作って貰えないか交渉すると、さかんに言っていた。
そんなすごい効果のあるネックレスだけど、本当は私にとっては、そんな効果よりこのネックレスがポップさんと私のつながりの証のように思えて、それだけで良かったりする。今もこのネックレスを握りしめているだけで、あの時抱きしめてくれたポップさんのぬくもりが思い出されて、とても温かい気持ちになる。
私は秋晴れの空を見上げながら、ポップさんも今この空を見ていたら良いなと考えていた。