転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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190話 最終決戦⑤ 獣王 かつて交わした約定

~~~~ロロイの谷の戦線 中央 ~~~~

 

「はぁっ、はぁっ。シ、シーザー、頼む!」

 

「分かった。――氷系呪文(マヒャド)!」

 

剣を杖代わりにしてかろうじて両の足で立っているノヴァ。そのノヴァの求めに応じて、彼の装備している漆黒の鎧(シーザー)がその表面を白く輝かせ、最上位の氷結魔法を放つ。放たれた氷雪の嵐が、真近まで迫って来ていた魔物の群れを凍り付かせていく。しかし、それは長くは続かなかった。おそらく魔力切れなのだろう。白く輝いていた漆黒の鎧(シーザー)の発光が途切れ、氷系呪文(マヒャド)のエネルギーが途中で力尽きる様に途絶えた。

 

「済まない、ノヴァ。俺の魔法力も尽きたようだ……!」

 

漆黒の鎧(シーザー)が悔しげにそう言葉を発する。

 

「ケケケケーッ!!」

 

凍り付いた仲間を粉々に砕きながら、後方より魔物の群れが迫ってくる。ノヴァは、杖代わりにしていた剣を再び正眼に構えた。

 

倒しても倒しても、魔物の集団の背後にある『魔界の門』から次々と強力な魔物が現れる。

 

「くっ、なんとしてもここを死守しなければ……!」

 

ここを抜かれれば、後方で指揮を執るフローラ女王の所まで一気に抜かれてしまう。ノヴァは周囲のリンガイア兵を叱咤しながら、迫る敵を睨んだ。その時、目前まで迫った魔物の集団に闘気流が撃ち込まれた。その闘気流は、魔物の集団に大きな風穴を開けながら敵陣に叩き込まれた。

 

「待たせたな、ノヴァ!」

 

「クロコダインさん! 助かります!」

 

ドスドスと地響きを立てながら窮地に駆けつけてきてくれたクロコダインに、ノヴァは喜色を浮かべた。

 

クロコダインは、僅かに敵の前進が緩んだこの状況で厳しい顔を前方に向ける。

 

「しかし、敵の数が一向に減らんな。いくらエウレカの里の者が味方をしてくれていても、長くはもたんぞ」

 

「……ええ。あの敵陣の一番後ろにいる異様な気配がする魔物……。あいつさえ倒す事ができたら、状況が変わると思うのですが……」

 

ノヴァの言う異様な気配のする魔物にはクロコダインも気づいていた。それは、銀色の鬣をしたライオンに似た頭部をした魔物だった。ライオン……か。クロコダインの脳裏を苦い記憶が僅かによぎった。

 

「うむ……。だが、さすがにあの距離では会心撃も届かぬしな。かと言って、単身突貫すると言うのも……」

 

「ええ、クロコダインさんはこの戦線の防衛の要です。本来なら身軽な僕が行くべきなのでしょうが、僕もシーザーももう魔力が――。 ――! クロコダインさん、後ろ!!」

 

突然警戒の声を上げたノヴァに、クロコダインは即座に背後を振り返った。しかし、そこには何もいなかった。

 

「ノヴァ……。……何を見た?」

 

ノヴァが敵を見間違えるとは思っていないクロコダインは、依然警戒を緩めないままノヴァに問いかける。そのノヴァも厳しい表情で周囲を見回す。

 

「黒い……瘴気の様な物を発する魔物が……。恐らく獣型の魔物。それも、恐ろしく大きな……」

 

 

 

「グルルル……(なかなか鋭い勘をしているな、人間よ)」

 

その声は、クロコダインとノヴァの真上からかけられた。と同時に、2人はその場から跳躍し、その声の主から距離を取る。

 

ノヴァとクロコダインは、空を見上げた。

 

そこには、月をバックに背から巨大なコウモリの羽を生やしたライオンに似た魔物が悠然と浮かんでいた。

 

その魔物の種族は……。

 

「お、お前は、ライオンヘッド!! い、いや、バクーモスか!?」

 

そう、その魔物は……バクーモスだった。

 

「バクーモス!? そんな魔物まで、地上に……!?」

 

クロコダインの言葉にノヴァが、大声を上げる。無理も無かった。ライオンヘッドはともかく、バクーモスなど滅多に目撃される魔物では無い。一度(ひとたび)バクーモスが目撃されると、近傍の村や町などが容易く壊滅させられてきた過去を承知しているノヴァが、青い顔をしてクロコダインに囁いた。

 

「クロコダインさん……。あいつはまずい……。僕が囮になりますからその隙に――」

 

「いや……、待てノヴァ」

 

クロコダインは、ノヴァのその悲壮な声を制止し、じっと上空で制止するバクーモスを見つめる。

周囲の兵士達もそのバクーモスの異様な気配に戦いの手を止め、固唾を飲んで見守っていた。

 

「……お前、ギルドメインの森にいたバクーモスだな?」

 

そのクロコダインの問いかけに、バクーモスはゆっくりと降下し地上にその6本の足を下ろしてから、クロコダインに念話を飛ばした。

 

(……そうだ。久しいな、クロコダイン)

 

「――! やはりそうか。その佇まいでピンときたわ。しかし、何故お前がここに……。お前は、5年前に死んだとばかり思っていたが……」

 

(さて……。我は呼び起こされて、出てきたまで。それに……ちょうど心残りもあった事だし……な……)

 

「呼び起こされて? そうか、キルバーンが『冥界の門』なるものを開いたと聞いたが、お前もその門を通って……。しかし、心残りだと? ――! お前、まさかポップを狙って!?」

 

目の前のバクーモスが、自身を殺したポップに怨みを晴らすために出てきたと考えたクロコダインは、ギュッと手の中のグレートアックスを握りこんだ。

 

「バクーモス、悪いがポップを狙わせるわけにはいかん……! あいつは今、あいつにしかできない戦いをしているのだ!」

 

闘気を漲らせるクロコダインに対して、バクーモスは不思議そうに首を傾げた。

 

(ポップ? ……ああ、我を倒したあの童か。そうか……、あの魔力はかの時の童か……。随分と大きくなったものだ)

 

「……? ポップを狙ってここまで来たのではないのか?」

 

上空を見上げるものの、特にポップに対する執着を見せないバクーモスに戸惑うクロコダイン。

 

(あの童との決着は……ついている。我の目的は、……クロコダイン、お前だ)

 

「俺だと!? どういう事だ、バクーモス!?」

 

(我はお前に敗れ、いつの日かお前の配下として働く事を約束した。しかし、あの童に敗れた我は、その約束を果たす事が出来なかった。それだけが……心残りだった。故に、お前の力になるためにここに来た……)

 

「バクーモス……、お前、それだけのためにここまで……」

 

バクーモスの思わぬ来訪の目的を知り、クロコダインは目を見開いた。

 

(門が閉じた今、我にはもうそれほどの時間が残されていない。……何でも良い。我を下したお前のために一度だけ働こう。我に何を望む、クロコダイン?)

 

バクーモスのその心意気に感じ入ったクロコダインは、思わず目頭を押さえた。

 

「そうか……! 感謝するぞ、バクーモス! それでは、お前に命じよう。あそこにいる者達が見えるか?」

 

そう言ってクロコダインは、少し離れた所で奮闘しているチウ達獣王遊撃隊の面々を指さす。バクーモスは首を巡らせ、その方向を見つめた。

 

「あの者達が、お前に副団長として入ってもらうつもりだった百獣魔団の現在の団員だ。お前にはあの者達と協力して、押し寄せる魔物達を倒してもらいたい。どうだ、頼めるか?」

 

紫色の鬣を風に揺らしながら、悠然とバクーモスはチウ達を見つめる。そしておもむろにクロコダインを振り返り、こう告げた。

 

(あの胸におかしなバッジをつけている連中と協力するのだな。お前の望みは承知した。……だが、断る)

 

「こ、断るだと!? お、お前、今先ほど俺の望みを聞くと言ったではないか!!」

 

望みを言えと言われて伝えたにも関わらず、にべもなく断られたクロコダインは、顎が外れんばかりに大口を上げて叫んだ。

 

そのうろたえる様子を見て、バクーモスは僅かに口角を上げてその獰猛な牙を見せた。

 

(我は群れるのは好かぬ。故にあの者達に協力はしない。ただ敵を殲滅すれば良いのだろう? 違うか……?)

 

その物言いに、かつてギルドメインの森で出会った、その時はライオンヘッドであった個体の矜持を思い出すクロコダイン。その矜持が今もって健在な様子を確認し、クロコダインも思わず笑みを浮かべていた。

 

「そうか、そう言えばそんな事を言っていたな。がっはっは。お前は相変わらずだな。ああ、協力はしなくていい。ただ敵を打ち倒せ!」

 

(……その命、しかと承った)

 

そしてバクーモスは、全身から黄金色のオーラを放ち始めた。既にバクーモスの目は、眼前の魔物達、そしてその奥にどっしりと居座って動かないでいる魔物に向かっていた。

 

バクーモスはゆっくりと一歩を踏み出した。そしてそのまま背後を振り返らずに、ただ一言だけクロコダインに告げた。

 

(さらばだ、クロコダイン)

 

「ああ、さらばだ、バクーモス。我が副官よ!」

 

 

 

次の瞬間、バクーモスは一条の閃光と化して戦場を駆け抜けて行った。

 

 

 

「み、皆大丈夫か……? 怪我が酷い隊員は後方に下がるんだぞ」

 

チウは隊員達にそう声を掛けてまわった。幸い隊員達にこれまで欠員が出るような事態にはなっていないが、皆が傷ついており無傷の隊員は一人もいない様な有様だった。

 

そんな獣王遊撃隊の面々に、更に魔王軍が押し寄せてくる。チウは右手に装着したほのおの爪を構えた。部下は殺させない! そんな気概を持ってチウは前方を睨みつける。

 

その時、チウの瞳が閃光の様な光を映した。その光は、チウ達の直近まで迫っていた魔物の集団を貫き、一瞬で集団は炎に包まれた。その閃光はそれだけでは終わらず、まるで戦場を光のように次々と屈折しながら駆け抜ける。その光が駆け抜けた後には、ただ炎に包まれ声を上げる余裕すら無く絶命していく魔界の魔物達の姿があった。

 

 

 

バクーモスは、自身の身体全体に閃熱呪文(ベギラマ)の炎を纏わせていた。命ある時に取れる戦い方では無かったが、もはや自身の身体が消失するまで一刻の猶予も無いと感じているバクーモスにとって、これは必然とも言える戦い方だった。

 

鋭角に飛び跳ねながら、魔物の群れの奥深くに加速していくバクーモス。狙いはただ一つ。もっとも後方でふんぞり返っているライオンの頭をした魔物だった。

 

初めて受けた指令だった。命ある時に誰かの命を受ける事など無かった。あろうはずがない。しかし、意外と悪くない。群れるのは好かないが、誰かに頼られるのは悪くない。バクーモスは周囲の魔物を灰燼へと変えながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

「キ、キングレオ様! 何者かが突貫してきます! あ、あれはライオンヘッド!? し、しかし早すぎる!!」

 

配下の悲壮な声に、キングレオは戦場に運ばせていた専用の椅子から立ち上がって前方を見つめた。なるほど、確かに黄金色に輝く魔物が戦場を縦横無尽に駆け巡っている。その黄金の弾丸とでも呼ぶべき魔物は、確実にこちらに近づいてきていた。その魔物の最終目的地点がここにある事は明白だった。

 

「なるほど、確かにライオンヘッドのように見えるな」

 

黄金色の光を纏っているためかバクーモスをそう誤認したキングレオは、配下が感じている程の警戒心を抱いていなかった。所詮は下等種であるライオンヘッド。アームライオン族から進化した我に到底及ぶはずがあるまい、と。

 

「ふむ……。なかなか使い出がありそうな魔物ではないか。俺の配下に加えてやらんでもない」

 

そう呟いたキングレオは、バクーモスに投げかける言葉としてはこの場で考えられる最悪の選択をしてしまった。

 

立ち塞がる魔物を次々と灰燼へと変えながら目前にまで迫ったバクーモス。

 

「よくぞここまで来た、ライオンヘッド!! その働き、あっぱれ! この上は俺の配下となるが良い! さすれば、バーン様より貴様のために名を授かってやろうではないか!」

 

その言葉に、バクーモスは戦場全体に響き渡るような咆哮で答えた。

 

「ガァアアアアーーー!!!(我に名はいらぬ!!!)」

 

そのまま勢いを減じることなく、バクーモスはキングレオの首に深々と食らい付いた。

 

「ガルルル!!(我は悪夢と闇の申し子 バクーモス!! 我にあるは、ただその名のみ!!)」

 

「ヌウッ!! 所詮は地上の獣か! 俺の温情を無にし――」

 

キングレオは、それ以上言葉を発することができなかった。

 

バクーモスは、キングレオの身体に組み付いたまま……そこで爆ぜた。

 

 

ドォォォォーーーーン!!

 

直後、バクーモスを中心に極大閃熱呪文(ベギラゴン)と見まがうばかりの火球が生まれる。その火球は、キングレオばかりか周辺にいた数百体の魔物を包み込んでいった。

 

これにより、中央に展開していた魔物の軍勢の大半は、一時的にせよ戦闘継続が困難な状態に陥った。

 

 

 

その巨大な火球により発生した熱波は、遠く離れたクロコダイン達の所まで届いていた。皆がその熱波に顔を顰め身を屈める中、クロコダインはその熱波をまるで尊いもののように全身で浴びていた。そして彼は、敵の本陣で発生したバクーモスの最後の灯火とも言えるその火球が消えていく様を、ただじっと見つめていた……。

 

 

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