アバンによる『魔界の門』撃破の直前……。
~~~~ロロイの谷の戦線 中央 ~~~~
「――豪破一闘!!」
カールの戦士達の前方に展開していたドラゴンの集団に、マァムの放った衝撃波が突き刺さる。途端に、土煙を上げて崩れ落ちるドラゴンの群れ。
彼女の来援に、カールの戦士達の士気が上がった。
「ロカ団長の娘さんが来てくれたぞ! おい、お前ら! マァムさんにみっともない所を見せるなよ! 気合い入れろ!」
「「「おうっ!」」」
しかし、そんな彼らの士気に水を差すような魔物が、倒れたドラゴンの背後から現れた。
それは、巨大なドラゴンゾンビだった。他のドラゴンの優に3倍に達しようかと言うそのドラゴンゾンビは、今横倒しに倒れたドラゴンの身体から吹き出した瘴気のような物を吸収し、更に巨大化する。そして骨だけの存在であるドラゴンゾンビの身体は、通常のドラゴンの5倍ほどの大きさまで膨れ上がった。
「な、何だこいつは……! こんなでかい奴……!」
見上げるほどの大きさになったドラゴンゾンビを、皆が驚愕の表情で仰ぎ見る。
「皆、下がって!」と声をかけながら、マァムがドラゴンゾンビの足を止めるために前に出る。
ズシーン、ズシーンと、大きな音を立てて踏み潰そうとしてくるドラゴンゾンビの攻撃を躱すマァムだが、そのあまりの巨大さ故に打つ手が無く、その顔に焦燥の表情を浮かべる。
「マァムさん! お手伝いします!」
と、そんな時フローラの護衛騎士の一人であるレオンが現れる。既に顔なじみであるマァムはレオンの到着に「レオンさん!」と声を上げる。
「マァムさん! 豪破一刀の方陣を放ちましょう!」
マァムの隣に立つレオンがそうマァムに声を掛ける。豪破一刀の方陣。それは、豪破一刀の使い手が複数名騎士団に存在する時のみ組む事の出来る特別な陣形。
その名も、
最低3名、最大5名で構成されるその陣形から放たれる豪破一刀は、1人が放つ豪破一刀の5倍から10倍の威力を有する、カール騎士団に古来より伝わる伝統の陣形だった。
「方陣って、でもそれは3人以上豪破一刀を習得した戦士が揃わないと出来ないって……」
昨夜カールの戦士団と懇親を深めてその陣形の事を聞いていたマァムは、レオンの言葉にそう困惑の声を上げる。だが、レオンはその時には既に背後の戦士団の内の1人に声を投げ掛けていた。
「セオドア、来い!」
その声に応える様に1人の戦士が前に出てくる。しかし、その戦士は自信がなさそうな顔でレオンを見つめ返す。
「む、無理です、レオンさん! 俺はまだ豪破一刀は習得していません!」
「無理じゃない! お前が兄であるホルキンス団長から豪破一刀の手ほどきを受けていた事は知っている! その剣を持ってきたからには、撃てる自信があるのだろう!」
「そ、そりゃあ、ずっと特訓はしていました。でも、実戦では一度も……!」
「誰でも初めてはある! 今日がお前の初めてと言うだけだ! 来い、セオドア! ホルキンス団長が空で見ているぞ!」
レオンは、半ば強引にセオドアの手を引きドラゴンゾンビの前に立たせる。
「マァムさん、お待たせしました! 我々はマァムさんのタイミングに合わせますので、いつでもどうぞ!」
マァムは、自身の右斜めと左斜め後方に立つ2人を見て頷いた。
彼らがカール騎士団伝統陣形『
「おいっ、こっちだ、こっち!」
「そっちにいくんじゃねえよ!」
先頭で仁王立ちするマァムから闘気が立ち上がる。そして、その右斜め後ろに立つレオンも同様に、剣を自身の足元の大地に突き指した状態で闘気を立ち上がらせる。残るは1人。
「む、無理ですよ、俺じゃあ……。俺には、兄貴みたいな才能が無いのに……」
そう言って震えるセオドア。しかし彼は、不意に誰かが自身の肩にポンと手を置き、耳元で囁いたように感じた。
(大丈夫だ、セオ。お前ならきっと出来る。雑念を捨てて、今のお前にできる最高の力をその身体に込めるんだ)
「え……、兄貴?」と背後を振り返るセオドアだが、そこには誰もいなかった。
「急げ、セオドア!」と、右に立つレオンから檄が飛ぶ。その声に、ハッと我に返ったセオドアは、心を無にして闘気を高める。彼の見つめる視線は、大地に突き刺した兄ホルキンスの愛刀に固定された。不思議とセオドアは、それを見ていると心が落ち着いていくのを感じていた。
「ガオオオーーー!!」
ドラゴンゾンビが、異様な気配を立ち上らせているマァム達に気づいた。戦士団が止めるのを物ともせずに地響きを立てながらマァム達に迫っていく。
それを先頭ではたと見つめていたマァムが、意を決したように声を張り上げた。
「レオンさん、セオドアさん、――行きます!」
「「はいっ!」」
背中から投げかけられたその返答にマァムは、身体中に溜めに溜めた闘気を右足に伝播させていく。それを見て後方の2人は、地面に突き指したままの剣の柄頭に手を置き、その刀身に闘気を伝えていく。
ドシドシと迫り来る見上げる程大きなそのドラゴンゾンビに対して、彼らの声が重なった。
「「「カール騎士団方陣!
マァムの振り切った右足、大地から引き抜いた剣、それぞれから放たれた
ズアッ!!
それが直撃した瞬間、地響きを上げて向かって来ていたドラゴンゾンビの動きがピタリと止まった。
直後、ドラゴンゾンビが、まるで砂上の楼閣で出来ていたかのように、崩れ落ちる。その身体は既に塊状を保っておらず、粒状になった骨の山をその場にうず高く築いていった。
「やった! やったぞー! 倒したぞーー!!」
「凄ぇ、凄ぇ!! でも、俺の目がおかしかったのかな? 斬撃が3つじゃなくて5つだったように見えたんだけど……」
「馬鹿、お前、足し算も出来ないのかよ。3人で撃ったんだから、3つに決まっているじゃないか!」
そんな風に周囲が騒がしく囃し立てる中、マァムも初めて行った
そんな時、彼女の耳に初めて聞く、いや、とてもとても小さい頃に聞いたかもしれない何故か懐かしく感じる男性の声が届いた。それは、正確には耳では無く、彼女の頭に直接届いていた。
(よくやったな、マァム。お前は俺の誇りだ)
「……? 父さん……?」
キョロキョロと周囲を見渡すマァムだったが、直ぐに喜びに沸くカールの戦士団に囲まれ、彼女はそれどころではなくなった。
そんな彼らの頭上で、誰にも認識できないであろう2人の鎧姿の男達がいた。眼下で沸き立つ戦士達も時折上空に視線を投げかけるが、彼ら2人の存在に誰も気づかない。
(遅かったじゃないですか、先輩。間に合わないかと思いましたよ)
(馬鹿野郎。娘の晴れ姿に遅れる父親があるかよ。ちょっくらアバンの所に顔を出していたんだよ)
何故か上空に向かって愛用の剣をえいっ、えいっと振りながら、先輩と呼ばれた男はもう一人の男に返答する。その姿に、呆れた顔で男が問いかける。
(……何やってんすか、先輩?)
(決まっているだろうが! あの空にいる魔法使いのガキに豪破一刀を撃ってんだよ。ちくしょう、2発も放ったもんだから、もう力が出ねえ!)
(いやいや、俺なんて1発でヘトヘトなんですから、2発も撃てる先輩が意味不明ですよ。ちなみに、どうして彼を攻撃しているんですか? 駄目ですよ、彼はお嬢さんの恋人だと聞いていますよ)
そう言って、未だに剣を上空に向かって上げ下げしている男を止めるような素振りを見せるが、男はその言葉に食って掛かる。
(違う、まだ恋人じゃねえ! だから攻撃してんだよ! あいつは俺のかわいいマァムに二股宣言しているんだぞ! ぶっ殺してやる!)
(えー、でも先輩。俺はあの子と言葉を交わした事がありますけど、なかなか良い子でしたよ)
(うるせえっ! 何が良い子だ! 俺は絶対に認めねえぞ!)
(くすくすくす。でも、あの子、どこか先輩に似ていますよ)
そう含み笑いする男に対して、もう一人の男が食って掛る。
(どこが似てんだよ!? 全然違うだろうが!)
(いやー、似ていますって。たとえば、とても強い癖にどこか抜けてて、思わず手を貸してあげたくなる所でしょう)
そう言って指を1本立てた男は、続けて2本目を立てる。
(次に、他人の事ばかり考えて、自分の事は後回しにする所)
(う……)と呻く男だったが、その男の眼前に3本目の指が付きつけられる。
(後は、とんでもなく女心に鈍い所! ほら、先輩にそっくりじゃないですか!)
そう言われた男は、多少は自覚があったのか苦々しい顔をする。
(だから、お嬢さんが彼の事を好いているのは、もしかしたら、彼のそんなお父さんに似た所が好きになったのかもしれませんよ)
(……ちっ。まあ良い。どのみちもう豪破一刀は撃てないしな。マァムを泣かせたら、次こそ容赦しねえ……!)
(あはは。すっかり親バカですねえ、先輩も。おっと、俺はそろそろかな……)
その言葉に男は、燐光を身体から発し始めた男に顔を向けた。
(……行くのか、ホルキンス?)
(ええ、そろそろお迎えが来たみたいです)
(……そうか。お前は最後に会いたい奴の所に行かなくて良かったのか……?)
そう問われた男は少しだけ遠くを見つめて、ふっと笑みを零した。
(そうですね。弟にはさっき挨拶しましたし、……あの方にはもう、あの方の
(そうか……。その……、親友がすまないな)
(いえいえ。俺はあの2人が並び立っている姿を見るのが好きなんですから。先輩こそ、この後どこかに? 大魔道士マトリフ殿の所ですか?)
そう問われた男は、パタパタと手を振ってそれを否定する。
(馬鹿言うな。どうせマトリフはもうすぐこっちに来るさ。来たらあいつと酒盛りして馬鹿話をしてやるよ。そうだな……。俺はちょっくら、あいつの顔を見に行ってみようかな)
そう言って南の空に視線を向けた男を、ホルキンスと呼ばれた男が笑みを浮かべて見つめた。
(そうですか……。くすっ。でもロカ先輩。もし奥さんが再婚していても、泣かないで下さいね)
(――!? うるせえよっ! お前はさっさと行ってしまえ!)
(ははは。それじゃあ、ロカ先輩。さよならです)
そう言って徐々に形を失って燐光を空に舞いあがらせていく男に、(ああ、さよならだ、ホルキンス)と手を挙げて、男は別れを告げた。
そして、夜空に一人だけとなった男は、腕を組んで1人独白する。
(さて、ああは言ったが、あいつ綺麗だからな。本当に再婚してたらどうしようかな……。うーん、まぁいっか! そん時は、あいつの幸せそうな顔を見るだけで空に帰ろう!)
眼下でもみくちゃになっている愛娘を見て目を細めた男は、もう彼女に言葉が聞こえていない事を分かっていながら、言葉を投げかけた。
(じゃあな、マァム。いっぱい生きて、いっぱい楽しい事を経験しろよ。あと、あの二股野郎がお前を泣かしたらすぐに言えよ! あんな奴、父ちゃんがいつでも一刀両断してやるからな!)
それだけを言って、その男はその場から完全に姿を消した。
彼が消える瞬間、眼下のマァムが首を傾げながら上空を見上げた。
……同時刻。
各方面で行われている戦場から離れた場所で、キラーパンサーのパンが魔界の魔物と対峙していた。パンは、既に身体の至る所に凍傷が出来ていた。
そう、彼女はある魔物との戦いに苦戦していた。母セリーヌは現在別の戦場に、エウレカの里の他の者も皆離れた所で戦っていて、彼女は今孤立していた。
もっとも、それは敵が巧妙に彼女をこの地まで誘導してきたためだった。
「グルルルル……」と、唸り声を上げながら眼前の敵を睨むパン。そんな彼女の爛々と光る目を向けられても全く動じず、魔物はパンにとって不快極まりない声音で口を開いた。
「クックック。良いねェ、その気の強そうな目。魔界にある私の館のロビーに、はく製として飾るのにピッタリだ。その成獣と幼獣の間にある雌だけが放つ尊くも甘い香り。ああ、はく製にすると、その甘い香りはより一層際立つ事だろう!」
その魔物は、左手に盾、右手に槍を携え、青白い馬に騎乗した骸骨の魔物『しにがみ貴族』だった。
「グルルル……」(きもい……。おまえ、きらい。こっちみないで)
パンは、しにがみ貴族に対してそんな念話を飛ばすが、しにがみ貴族はそれを笑い飛ばす。
「カカカ。はく製になれば、魔界の十二騎将たる我にそのような不遜な口を利く事も無くなる。さあ、疾く死ぬがいい、キラーパンサー! ――
しにがみ貴族から、氷の刃がパンに飛ぶ。それを軽やかに躱すパンだが、その隙に接近したしにがみ貴族の槍がパンに突き出される。パンは、首筋を狙って放たれたその槍をガキッと口に咥えて、そのまま右前足でしにがみ貴族に爪をたてようとするが、その攻撃は彼が手に持つ盾によって防がれる。
そればかりか、しにがみ貴族の乗馬である馬が、その太い前足をパンの腹に蹴り込み、パンは大きく後ろに弾き飛ばされた。
「けほっ……」と、口から血の混じった唾を吐きながら、ゆっくりと立ち上がるパン。
そんなパンに対して、しにがみ貴族が止めとばかりに槍を構えて突進する。しかし、そんなしにがみ貴族に対して、突然横合いより飛び込む魔物がいた。
「何っ!? ――グハッ!!」
辛うじてその体当たりを盾で防いだしにがみ貴族だったが、思いのほか強い衝撃にドカカッと、乗馬がたたらを踏む。
「誰だ!?」と、しにがみ貴族が叫ぶが、先ほど彼に体当たりを食らわした魔物は周囲をクルクルと回転しながら旋回し、ふら付くパンの側でその回転を止めて姿を現した。それは、大ネズミのチウだった。
「ふふんっ! 僕の名前はチウ! 武神流免許皆伝のチウだ!」
「なっ! たかが大ネズミの分際で、魔界の貴族である私に楯突くとは! ネズミっ! 今すぐこの場を去るならあえて追わずにおいてやる! いねッ!!!」
しかしチウはそんなしにがみ貴族の恫喝に屈さず、ピンと鼻の髭を立てる。
「冗談じゃない! パンちゃんは僕の大事な友達だ! 友達を置いて逃げるなんて真似は、僕は絶対にしない!」
(チウ……)
「パンちゃん、大丈夫!? 僕が来たからにはもう大丈夫だよ! 安心して!」
(あんしんできない。チウじゃかてない。にげた方がいい)
そんなパンからの念話が飛んでも、チウはその場から立ち去ろうとしない。その様子を見て、ふーと、溜息をついたパンは仕方ないかとばかりに頭をスッと下げた。
(チウ、のって)
「えっ、い、良いの、パンちゃん!?」と驚くチウに、パンは早くしろとばかりに頭をチウの腹にこすり付けた。
(のらないと、まける。……はやく)
その言葉に、喜び勇んでパンの背に飛び乗るチウ。そしてパンの背の上で、パンから譲り受けたほのおの爪を高く掲げるチウ。
「さあ、これで百人力だ! さあ、来い、このヘンタイ貴族め!」
(すぐにちょうしにのる。チウのだめなところ。はー……)
「くっ! このドブ臭い大ネズミめがぁッ!! 串刺しにしてくれるわッ!!」
チウの挑発に激高したしにがみ貴族が、愛馬と共に加速する。それに対して、パンも背にチウを乗せて迎え撃つ。
キーン、ガキィッ!
パン達としにがみ貴族が交錯する度に、ほのおの爪と槍同士がぶつかり合う硬質な音が響く。それは、奇しくも騎乗した騎士同士の一騎打ちの様相を呈していた。もっとも、騎乗する者と騎乗される者の力関係は真逆だったが……。
「ええい、何をしている、ディアドラ! もっと機敏に動かぬか!」
「ヒヒーーン!」
しにがみ貴族が乗馬である青い馬に苛立ちを隠せない様子でそう叱責の言葉を発し、槍の柄で馬の尻を強く叩く。
(チウ。上でフラフラしすぎ。あと、毛をとがらせるの、きんし。チクチクしてせなかがいたい)
「ご、ごめんよ、パンちゃん!」
(チウ、おもたいから、パンつかれた。もうおわらせる。つぎでやっつけて)
そうチウに発破をかけたパンは、再びしにがみ貴族目がけて駆けた。
「ほうっ、勝負を付けようというのか。面白い! お前は剥製に、ネズミは皮を剥いで雑巾として使ってやるわ! ――カァァッ!!」
しにがみ貴族の口から、『つめたい息』が発せられる。途端に、駆けるパンの目前の大地が白く凍っていく。それを見て、パンは咄嗟に空高く飛んだ。しかし、それこそがしにがみ貴族の狙いだった。
「かかりおった! しょせんは幼獣に毛が生えた程度のガキよ! 死ねぃッ! ――
宙にあって機敏な動きが取れないパンに、しにがみ貴族の放った氷の刃が一直線に向かった。しかし、パンはその刃が自身にぶつかる直前に不自然なほど鋭角に身体を反転させ、その刃を躱した。
「――何ッ!? まさか貴様、空を飛べ――」
「ガァァァッ!!」
「いけっ! ほのおの爪!!」
チウの言葉に呼応してほのおの爪から火の塊がしにがみ貴族に向かって飛んだ。それは決して彼に致命傷を与えるような物では無かったが、その火の塊がしにがみ貴族の顔に命中した事で、彼は視界を遮られた。
「おのれっ! 小細工を! ――!?」
そして、パンにはその隙だけで十分だった。瞬時にしにがみ貴族との距離を詰めたパンは、交錯した瞬間にその鋭い前足を一閃し、しにがみ貴族の細い首の骨をその身体から切断していた。
ゴロゴロッと転がるしにがみ貴族の首。彼の愛馬は主人が敗れたのを悟ったか、既にこの場から姿を消している。その首を、パンはジイッと見下ろしていた。
「クッ、おのれ……。よもやお前達のような地上界の生ぬるい魔物に敗れるとは……!」
頭蓋骨だけになったしにがみ貴族が、自身を見下ろすパン達にそんな悪態をつく。
(パンのかち。でもおまえ、おにくないから、かってもうれしくない。ほねだけは、パンきらい)
「え、パンちゃん。こいつ食べるつもりだったの? いやー、それはいくら何でもやめて正解だよ。こんな奴、どんなばい菌を持っているか分かったもんじゃ無いよ」
(うん……。パン、おなかすいた。はやくポップのつくったごはんがたべたい)
自身に関心を示さずそんな会話を交わす2体に、今にも命を失おうとしていたしにがみ貴族の、貴族としての矜恃が最後の力を振り絞らせた。
「ええいっ! この上は貴様達も道連れだ! ――
「「――!?」」
しにがみ貴族の眼前に黒い霧が突如出現し、その霧がパン達目がけて襲いかかった。だが、それにいち早く気づいたチウがパンの背から立ち上がり、その黒い霧目がけて体当たりした。
途端に黒い霧に全身を包まれるチウ。
「――ガウッ!!」(チウッ!)
眠そうにしていたパンの目が大きく見開かれ、チウに大声を張り上げた。その様子を見て、溜飲を下げた様子のしにがみ貴族は、ボロボロと崩れていった。
(チウ、チウ、チウ、おきて、チウ)
「ん、んん……?」
顔をペロペロとなめられた気がしたチウは、目をゆっくりと開ける。彼の目の前には、相も変わらず眠そうな目をしたパンがいた。
「クルルル……」(チウ、ねすぎ。パン、おいていこうかと、おもってた)
「え……? あ、ああ。そうか、僕、あいつの
チウは、そう言って頭を振りながら上半身を起こした。そして改めてパンの顔を見て礼を言った。
「パンちゃんがずっと僕の名前を呼んでくれていたから、気持ち悪い声に対抗できたよ。ありがとう、パンちゃん」
(……。パン、そんなことしていない。チウのもうそう。キモい。こっちみないで)
パンとの付き合いの長いポップなら気づいたかも知れない程度の赤みを頬に浮かべて、チウを冷めた目で見返すパン
「え、ええ!? 嘘っ! ずっと聞こえてた気がしたのに……。気のせいだったのかな?」
そう言って首を傾げるチウにパンは尻尾を向けて、皆の元に戻ろうとする。しかし、彼女は一度だけ肩越しにチウを振り返って、言葉を投げかけた。
(……チウ。いつかチウがパンよりつよくなったら、とくべつにコウノトリにはこばせてあげてもいい……かもしれない)
それだけを伝えたパンは、その場から全速力で駆けだした。その様子を呆然と見ていたチウはただ一言、「コウノトリって何……?」と呟くが、次の瞬間既に視界に小さくなったパンに大声を上げていた。
「あっ! ちょ、ちょっと待ってよ、パンちゃん! 置いて行かないでよーー!」
チウのそんな悲壮な声が、渓谷に吹く風に乗って木霊して行った。