転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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193話 最終決戦⑧ 地上界最強の大魔道士

~~~~ ホルキア大陸 バルジの島 近海 ~~~~

 

 

刻は少し遡る。

 

三魔貴族筆頭 デスカールは自身に人間の目から見えなくなる呪文姿隠し(レムオル)をかけて、ロロイの谷の戦場から密かに抜け出していた。

 

その目的は、大魔王バーンからの密命を果たすため。そう、その密命とは、氷漬けとなった黒の核晶(コア)を再び稼働状態に戻すようにと言うものだった。そのためデスカールは、敵味方が入り乱れているロロイの谷に落とされたピラァの黒の核晶(コア)ではなく、あえて手薄な遠方のピラァを目指していた。

 

その目指すピラァが、バルジの島だった。

 

 

しかし、ギルドメイン大陸からホルキア大陸に至る海上でデスカールの邪魔をする者が現れた。それは、超竜軍団の一部隊として活動していたプテラノドンの集団だった。既に軍団として壊滅状態と言っていい超竜軍団は、このプテラノドンのように世界各地に無秩序に散らばっていた。

 

デスカールが自身にかけている姿隠し(レムオル)の呪文は、人間からは姿が見えなくなっても、魔物には見える。そのためプテラノドンはデスカールを認識し、また、その知能の低さからデスカールを敵とまで認識し攻撃を仕掛けてきた。

 

「やれやれ、これだから知恵の足りぬ魔獣は好かぬのだ。疾く、逝くが良い。――極大真空呪文(バギクロス)!」

 

知能の低い魔獣を忌み嫌うデスカールは、一手目から極大呪文を唱え向かってくるプテラノドンの群れを一網打尽する。その全身を無数の風の刃に切り刻まれて、断末魔の声を上げながら海に落ちていくプテラノドン。

 

その様子に蔑みの視線を送ったデスカールは、大魔王の命を果たすため再び飛翔した。

 

 

 

「――! チィッ!」

 

バルジの島が視界に見えてきたデスカールを、突如氷の刃が襲った。その奇襲攻撃をかろうじて躱したデスカールに、揶揄するような声が投げかけられる。

 

「おいおい、なかなか面白そうな魔法を使っているじゃねえか。俺にもそれ、教えてくれよ。くくくっ」

 

それが、バーンを除けば魔界随一の魔法の使い手デスカールと、1分と時間を切って戦えば今なお地上界最強の大魔道士マトリフの最初の邂逅だった。

 

 

 

「よもや私の姿隠し(レムオル)を見破る人間がいるとは……」

 

「くくくっ。その呪文は実に魅力的なんで、俺も昔研究していた頃があるのよ。残念ながら最後の術式がうまく構築できず未完に終わっていたが、何者かがその呪文を使っている事を感知する程度の事は、出来るようになったってわけだな」

 

「……なるほど。この呪文の真価に気づくとは、人間にしてはなかなか見どころがあるな」

 

「ああ、そいつは実に魅力溢れる呪文さ。完成形を見せてもらったおかげで、開発の目途が付いた。感謝するぜ、デスカールとやら」

 

マトリフはデスカールと会話しながら、懐から取り出した羊皮紙にサラサラと何かを書き付ける。

 

「さあ、行け、――他者転移呪文(バシルーラ)!」

 

マトリフの手から放たれた羊皮紙が、遠く北の空に向かって飛んで行った。

 

「何を飛ばしたのかな?」と、首を傾げて問いかけるデスカール。

 

「なーに、お前との遊びが長引きそうだったんでな。馬鹿弟子にちょっとした激励の手紙を送ったまでよ」

 

「ふむ……。マトリフ、と言ったな。お前の行動は2つの意味で間違っている。1つは、バーン様と戦っているお前の弟子に激励の手紙を送っても無駄だと言う事。そしてもう一つは、……この遊びは長引かないと言う事だ……!」

 

突如デスカールの右手の指先にチロチロと5つの炎が浮かび上がる。デスカールはその右手を間髪入れずに握り込み、マトリフに向かって放った。

 

「――五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)!」

 

5発同時に放たれた火炎呪文(メラゾーマ)が、とぐろを巻きながらマトリフに襲い掛かる。しかしマトリフはそれを見ても、ニヤッと笑みを浮かべ、事もなげに右手を眼下の海に向けた。

 

「……水流呪文(ザバラ)

 

突然マトリフの足元の海から海水がまるで噴水のように噴き上がり、それがデスカールの放った五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)を防ぐ盾となった。周囲には、海水が蒸発した熱気が濛々とこみ上げる。

 

デスカールは、心底感心したように口を開いた。

 

「ほう……。ザバ系呪文は、はるか昔に地上界では知る者の絶えた呪文だと思っていたが、知っていた者がいたとは。しかも海と言う自然条件をも活用し、少ない魔力で対処するか……。あながち大魔道士というのも間違いではないのかもしれぬな」

 

「けっ、知らいでか。もっとも、勉強不足な俺の馬鹿弟子は、ザバ系呪文に『うぉーたー』なんてふざけた名前を付けていたがな」

 

「ふむ……。想像した以上に楽しめそうだ。なら、これはどうだ?」

 

デスカールは、ゆらりっと右手の指をマトリフに向けて「閃熱呪文(ギラ)」と唱えた。

 

閃熱呪文(ギラ)だと?)、と魔法使いの初歩ともいえる魔法を目の前の男が唱えた事に疑問を覚えながらも、マトリフは僅かな動きでその閃光を避ける。

 

躱されたその閃光は、マトリフの背後の空間へ飛び去っていく。……否。飛び去っては行かなかった。

 

突如閃光はマトリフの背後でその動きを変え、半円を描きながら再び避けたマトリフの元へ戻ってきた。

 

「――何!?」

 

常に冷静さを失わないマトリフの表情が初めて変わった。その戻って来た閃光すら躱すマトリフだが、執拗に閃熱呪文(ギラ)はマトリフを追いかけてくる。これはあり得ない事態だった。もともと閃熱系呪文は、火炎呪文より直進性を増すための術式が組み込まれている。それが閃熱系呪文の特徴と言っても良い。その閃熱系呪文が執拗に敵を求めて追いかけてくるなど、マトリフの常識ではありえなかった。

 

「ククク。どうしたね、大魔道士? 気に入ってくれたね? さあ、1つだけではつまらないだろう。追加してやるとしよう」

 

そう語りかけながら、デスカールは矢継ぎ早に新たに4つの閃熱呪文(ギラ)を放った。合計5つとなった閃光が鋭角に曲がりながらマトリフを執拗に狙う。

 

マトリフはそれらの閃光を躱しながらデスカールを一瞬観察した。閃光を操っている様子は無い。つまりこの閃光は自動追尾で追いかけてきているという事だ。しかし、一体どうやって俺を認識している? 

 

閃光を躱すため海面すれすれを飛翔したマトリフの身体を高波が襲った。ローブが海水で水浸しになるのを不快に思う間もなく、5つの閃光がマトリフを執拗に追いすがる。しかし、一瞬閃光が水浸しになったマトリフを見失ったかのように見当違いの方向に飛んだのを、彼のその鋭い観察眼は見逃していなかった。

 

ニヤッと口角を上げるマトリフ。そしてマトリフは回避運動を止め宙で制止した。5つの閃光はマトリフの存在を再び認識し、高速で迫る。しかしマトリフは焦る様子もなく、突き出した右腕の前に炎の剣を作り出す。これがマトリフの火炎呪文(メラゾーマ)だった。それが創出された途端、マトリフ目指して向かっていた閃光がその炎の剣に次々と突っ込んでいく。

 

「ほう……」

 

自身の放った閃熱呪文(ギラ)の正体に気づかれた事を悟ったデスカールが、感嘆の声を漏らした。

 

「ククッ。魔界の魔法使いはおもしれえ事を考えるもんだぜ。まさか閃熱呪文(ギラ)の術式に、熱感知の術式を組み込むとはな。だが、ネタが分かってしまったら対処は容易だな。――そらよっ!」

 

マトリフは、全ての閃光を飲み込んだ炎の剣をデスカールに向けて放った。凄まじい勢いで炎の剣がデスカールに迫る。それを見てデスカールは慌てる事無く、右手を炎の剣に向ける。その右手からは白い氷の冷気が漏れていた。その冷気は、炎の剣を凍り付かせるのに十分な強度を有していた。

 

しかし、デスカールの目前に迫った炎の剣は突如爆散する。飛び散った炎がデスカールの紫紺のローブに降り注がれる。

 

「ヌウッ!? おのれ!」

 

思わず後退するデスカール。炎をまともに浴びたためか、その身体を包み込むローブからは、黒い煙が発せられていた。

 

「貴様、火炎呪文の中に爆裂呪文を仕込んでいたな。まさか2つの呪文を同時に扱うとは……」

 

デスカールにとって、2つの呪文を同時に扱う魔法使いなど初めてだった。それは大魔王バーンですら不可能な所業。ニヤッと笑みを浮かべるデスカール。

 

「喜べ、マトリフ。貴様はただでは殺さぬぞ。身ぐるみを剥いた上で、貴様のその老いぼれた身体を研究材料としてくれる。貴様の身体は、未来永劫に我の研究材料として残っていくのだ。光栄に思え」

 

「くくっ。お断りだね。俺が服を脱ぐのは、良い女の前だけよ。それに、俺が死んだらその身体を埋める場所はもう決めてあるんだよ。ずいぶんと待たせてしまったからな」

 

マトリフは、かつて自身が修行を積んだ今は存在しない町、その町で自分をいつまでも待ち続けてくれていた女性の姿を、脳裏に思い描いた。

 

「そうか。しかし、貴様の意見はどうでもいい。死ねばそのよく回る口も静かになろう……。――爆裂呪文(イオラ)!」

 

 

そして両者の死闘は再び始まった。

 

デスカールの放った無数の爆球を、重圧呪文(ベタン)で海中に沈みこませて爆発させるマトリフ。海中で発生した爆発によって、彼らの頭上に雨のように海水が降り注がれる。

 

それを見てマトリフは氷系呪文(ヒャド)の呪文で雨のように降り注ぐ海水を氷の針へと変貌させる。同時に、神風呪文(パキ)を唱えて、その尖った無数の氷の針を全周囲からデスカールに叩きつけた。

 

デスカールはそれに対して、火炎呪文(メラゾーマ)を全周囲に展開し自身に迫りくる氷の針を迎撃する。

 

 

 

どれほど魔法戦の応酬が続いただろうか。今、2人は再び一定の距離を保って対峙していた。2人とも全身に細かな傷は負っているものの、致命傷は負っていなかった。しかし、どちらの魔法力が限界に近づきつつあるのかは一目瞭然だった。

 

 

ゼエッ、ゼエッと荒い息を吐くマトリフ。それを見下ろす様にデスカールは悠然と佇んでいた。

 

「見事だ、大魔道士。我とこれほどの長時間魔法戦をこなせた者は、かつて魔界に存在したガンガディアという名の男と、お前の2人だけだ」

 

その言葉に、マトリフの肩がピクッと動いた事にデスカールは気づかない。

 

「だが、あのデカブツは所詮トロール族。呪文の精度と知性に難があった。その点、お前のそれは洗練されているな。しかし、だからこそ惜しい……」

 

「はぁっ、はぁっ。惜しい……だって?」

 

「お前の魔法戦闘は確かに『上手い』。それは認めよう。だが、決して『強く』はないな。お前のピークはいつだ? 人間なのだ。ピークの期間はさぞ短かろう。20年前か? 30年前か? だからこそ我は惜しむのだ。お前がピークの状態なら、その『上手さ』に『強さ』が加わり、今以上の戦いが繰り広げられただろうに」

 

「……」

 

「今少しお前との遊戯に興じたいところだが、お前の魔力ももう底が見えているだろう。この高度な魔法戦闘の最後が、惨めな魔力切れで終わるのは本意では無い。一思いに片をつけてやろう」

 

そしてデスカールは、左右の手に爆球を構築し、その左右の手を組み合わせようとした。そこでデスカールの耳朶は、囁くような声を拾った。

 

「……風と大地と火の精霊よ……。我の願いを聞き届けたまえ……。風を捉えるしなやかな翼……、大地を踏みしめる強靭な肉体……、何ものをも焼き尽くす終末の業火……」

 

「貴様、その呪文は……、まさか!?」

 

デスカールは、目の前の男が唱えている呪文の詠唱を聞いて驚愕の表情を浮かべた。大魔王を除けば、魔力に置いて魔界に並ぶものなしと称えられたデスカールだ。その詠唱も当然知っていた。

 

その詠唱は、『火竜変化呪文(ドラゴラム)』の効果を最大限に高めるための前小節に当たる詠唱だった。

 

「マトリフ、貴様! それほどの魔法技術を持ちながら、それを唱えると言うのか!?」

 

魔法に全てを捧げてきたデスカールにとって、火竜変化呪文(ドラゴラム)を唱えると言うのは、魔法に対する冒涜と言って良かった。それは深淵の魔法力ではなく、知恵の足りない魔獣の力に頼る事に等しいと、彼が考えていたためだった。

 

しかし、デスカールの言葉を聞いてもなお、マトリフの詠唱は止まらない。

 

「くっ、そうか。それほどの魔法技術を持ちながら、やはり貴様も所詮は人間と言う事か。良いだろう、薄汚い(ドラゴン)の肉体を借りたいと言うのなら止めはせぬ。唱えると良い。我は、知恵無き魔獣と化したお前を殺して、その肉体を研究するだけだ」

 

デスカールはマトリフに失望の目を向ける。そのマトリフの詠唱を悠然と待つ間、デスカールは昔を思い出していた。そう言えば、ガンガディアも火竜変化呪文(ドラゴラム)の呪文に着目していた、と……。

 

「……御身に捧げるは我が魔力。御身の降臨を望むは、かの者なり。……火竜変化呪文(ドラゴラム)

 

そしてとうとう、マトリフは火竜変化呪文(ドラゴラム)を唱え終わった。

 

ようやくか、とデスカールは身構える。(ドラゴン)になど変異されては、先ほどまで展開していたような至高の魔法戦を望む事も出来ぬ。この上はさっさと目の前の愚か者を弑した上で、大魔王様の使命を果たすとしよう。

 

……? 妙だ。目の前の男の身体が巨大化しない。(ドラゴン)に変異するのなら、巨大化するのが当然。しかし、目の前の男には一向に巨大化する素振りが無かった、いや……そればかりか、徐々に小さくなっている……?

 

どういう事だ……? まさか詠唱に失敗したのか? デスカールは、先ほどこの男が唱えていた呪文を脳裏に思い描いた。

 

『……御身に捧げるは我が魔力。御身の降臨を望むは、かの者なり。……火竜変化呪文(ドラゴラム)

 

詠唱におかしな点はない。かつて訪れたヨミカイン遺跡の図書館で閲覧した火竜変化呪文(ドラゴラム)の記述となんら変わらない。……いや、待て。最後にこの男は何と唱えた?

 

『御身の降臨を望むは、()()()()()

 

――!? かの者なり、だと! 違う、本来の火竜変化呪文(ドラゴラム)では、『我が身なり』と続くのが正しい!

 

 

――!? まさか、目の前の男が縮んでいるのではないのか!? もしや、もしや、我が巨大化しているのか!?

 

デスカールは、既に自身の足先ほどの大きさとなっているマトリフをカッと睨んだ。そのマトリフは、ニヤッと不敵な笑みを浮かべてデスカールを見上げた。

 

「ようやく気付いたかい? そうだよ、俺は火竜変化呪文(ドラゴラム)を俺自身じゃなく、お前にかけたんだよ。どんな気分だ? お前の言う火しか吐けない下卑た魔獣にその身を変えた気分は?」

 

 

 

「グワァァアオーーーー!!!(マトリフ、貴様、我を魔獣に変えたか!!!)」

 

既に言葉すら発せられなくなったデスカールは、その(ドラゴン)と化した大きな口で吠えた。

 

「へへ、怖ぇ、怖ぇ。火竜変化呪文(ドラゴラム)のような能力強化呪文を、敵にかけられるという発想が無かったか? 無理もねえ。俺もつい最近までそんな事を考えもしなかったよ」

 

(ドラゴン)の吹いた火炎を躱しながら、マトリフは言葉を続ける。

 

「だが、あいにくと俺には頭の柔らかい馬鹿弟子がいてなぁ。そいつのおかげで日々刺激を受けているんだよ、俺は。お前も結構な歳だろう? 駄目だぜ、常に頭は柔らかくしておかないとな。おっと!」

 

(ドラゴン)のふるった尾による一撃をマトリフは避ける。

 

 

 

デスカールは、狂わんばかりの怒気をまき散らしていた。それは、火竜変化呪文(ドラゴラム)によって知性無き(ドラゴン)に変化した事で精神までもが引きずられた、という点もあっただろう。しかし、それ以上にデスカールはマトリフの所業に激怒していた。

 

我を、忌み嫌う低能な魔獣如きに変化させたな、と……。

 

 

そして、ここでデスカールは致命的な失策を犯す。火竜変化呪文(ドラゴラム)は長時間変化できる呪文では無い。たとえ(ドラゴン)に変化しても、時が経てばその呪文は自然と解かれる。

しかし、デスカールはその時を待たなかった。いや、待てなかった。たとえ一刻でも知性無き魔獣に姿を変えた自分を許せなかった。そのため、その時を待たずにマトリフを始末して魔法の解除を試みようとした。

 

しかし、それこそがマトリフの狙いだった。マトリフをして後手に回らせるほどの多彩な呪文を誇ったデスカールの攻撃が、単純な炎を口から吐き、尾を振るだけの攻撃へと変わる。マトリフにとって対処は容易だった。

 

吐かれる炎を避け、横薙ぎに振られる尾も躱すマトリフは、デスカールを揶揄する。

 

「けっ、なってねえなー。これじゃあ、(ドラゴン)と化したガンガディアの方がよっぽど強かったぜ」

 

「――!?」

 

マトリフの口からガンガディアの名が出た事で、一瞬(ドラゴン)と化したデスカールの動きが一瞬止まる。

 

その時には既に、マトリフはその両の手に消滅の矢を番えていた。

 

「……デスカール。お前、俺のピークがいつか、なんて聞いていたな。教えてやるよ。俺のピークは、いつも今この瞬間よ。生涯現役ってのは、そういう事さ……。ガンガディアによろしくな、デスカール」

 

次の瞬間、消滅の矢がドラゴンと化したデスカールの胸部を貫いた。巨体ゆえ全身が消滅したわけでは無かったが、デスカールがその一撃で絶命したのは明らかだった。その証拠に、残った身体がホロホロと塵となって崩れ落ちていっている。

 

皮肉な事に、デスカールの最後は彼が忌み嫌う魔獣と化した姿で迎えた事になったが、幸か不幸か彼がその事実を認識する機会は、永久に訪れなかった。

 

 

 

先ほどまでの激しい戦闘音が収まり、ただ波の音だけが空に浮かぶマトリフの耳朶を打っていた。

 

 

「やれやれ、あいつらの戦いを特等席で観戦するだけのつもりだったが、とんだ観覧になっちまったな……。しかしまあ、奴のおかげで悲願だった姿隠し(レムオル)が完成できそうだ。ひひひ、こいつは……楽しみ……だぜ」

 

そう笑みを浮かべながら呟いたマトリフは、全ての魔力を使い果たしたのか、飛翔呪文(トベルーラ)が無意識に解除され、暗く冷たい海に一人落ちていった。

 

 

 

その生涯においてこれまで数えきれないほどの死闘を積み重ねてきた大魔道士マトリフ。その彼の生涯最後の戦いは、こうして終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、おい! もう少し優しく支えられねえのかよ! へったくそな飛翔呪文(トベルーラ)だなぁ、おい!」

 

マトリフは、自身の右腕に首を回してどうにか身体を支えているアポロに、そう毒づいた。

 

「無茶言わないで下さいよ、マトリフ様。ようやく飛翔呪文(トベルーラ)を覚えたんですから……」

 

「きゃっ! マトリフ様、どこに手を回しているんですか!?」

 

アポロの反対側にあたるマトリフの左腕を支えているマリンが、怒声を上げる。

 

「仕方ねえじゃねえか。魔力がすっからかんで動かねえんだからよ」

 

「魔力が空になったのと、私の胸を触るのは関係ないと思います!!」

 

時折海に落ちそうになりながらも、どうにかアポロとマリンに支えられて陸地に向かうマトリフ。

 

「しかしお前ら、よく俺があそこにいるって分かったな?」

 

「偶然ですよ。ポップ君にマトリフ様の様子を時々見て欲しいと頼まれていましたので、覚えたばかりの飛翔呪文(トベルーラ)でマトリフ様の島に行ったら、バルジの島の方から戦闘音が聞こえましたので……」

 

「すみません、マトリフ様。私達も助力が出来ればよかったのですが……」

 

そう申し訳なさそうに顔をうつむけるマリンに、マトリフは口角を上げる。

 

「けっ。お前達が来た所で、何の役にも立ちゃあしねえよ。しかし、この飛翔呪文(トベルーラ)は全然だめだな。仕方ねえ、エイミもまとめてお前達3賢者に、この戦いが終わったら本当の飛翔呪文(トベルーラ)ってものを教えてやるよ。あと、瞬間移動呪文(ルーラ)もな」

 

「本当ですか! ありがとうございます、マトリフ様!」

 

「ありがとうございます、マトリフ様! エイミもきっと喜びます、って、だから胸を触るなって言っているでしょうが!」

 

 

ゴンッという鈍い音が、バルジの島の沖合で響いていた。

 

 




次話で決着、です。
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