転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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194話 最終決戦⑨ 相棒 彼が最後に取った手は

突然崩壊した魔界の門に皆が歓声を上げる中、一人クロコダインは、空に白いベール状で霞がかったように見える薄雲を見上げていた。その薄雲の向こうからは時折、微かな光が点滅するように漏れてくる。

 

ガルーダさえいてくれればあいつらの元へ行けるものを、と命を落とした愛鳥への哀惜の念と、肝心な時に役に立てない自身への苛立ちから、彼はグッと拳を握りしめた。

 

不意に、そんな彼の肌をそっと柔らかな物が撫でた気がして、彼は視線を空から剥がして地面に目を移した。彼の側にいたのは、見事な体躯を誇るキラーパンサーのセリーヌだった。

 

「クルルル……」(クロコダイン、私は今からあそこに行きますが、あなたはどうしますか?)

 

「行くとは、どういう意味だ……?」

 

(言葉通りの意味ですよ)

 

そうクロコダインに対して念話を飛ばしたセリーヌの足下が僅かに浮き上がる。

 

「――! お前、飛翔呪文(トベルーラ)が使えるのか!?」

 

(どうしますか? 私が背に誰かを乗せても良いと考えるのは、珍しい事ですよ?)

 

そうクロコダインに対してセリーヌは流し目を送って、牙をキラッと見せた。

 

 

 

 

~~~~ロロイの谷 上空~~~~

 

 

 

鬼眼王と化したバーンの直上に巨大な氷塊が出現し、墜ちていく。

 

「――つまらぬ真似を!」

 

 

鬼眼王が右腕を頭上に突き上げると同時に、炎の鳥が氷塊に向かって飛翔した。

 

炎の鳥と氷塊が接触した途端、氷塊は熱湯と化して鬼眼王に降り注いだ。

 

直後、鬼眼王の正面からダイが突っ込んだ。その手に持つダイの剣は逆手に構えられていた。

 

「ライデインストラーッシュ!!」

 

雷撃と闘気の両方が混在した斬撃が、その鬼眼王の頭上に突き出した右腕に吸い込まれるように入る。

 

次の瞬間、巨大な鬼眼王の右腕が宙を舞った。そして同時に、雷撃が水気を含んだ鬼眼王の全身を走り、一瞬の硬直を生んだ。

 

その隙を逃さず、鬼眼王の懐にシグマとヒムが潜り込む。

 

「――ライトニングバスター!!」

 

「おらぁっ! 闘気拳(オーラナックル)!!」

 

2人の攻撃は、鬼眼王の胸部に亀裂を発生させる。

 

しかし……。次の瞬間、鬼眼王の胸の亀裂は修復され、更に切り飛ばした鬼眼王の右腕も再び胴体に接続された。それは、切断面あるいは亀裂面から無数の細長い触手の様なものが伸びて修復したためだった。

 

「ちっ! まただぜ!」

 

「何と言う無尽蔵の回復力だ。これでは、らちが明かないではないか……!」

 

ヒムとシグマがその驚異的な回復力を見て、思わずそう口にした。

 

「くそっ! せっかく右腕を斬り飛ばしたのに、あんなにすぐに元に戻るなんて……」

 

ダイも悔しげに唇を噛んだ。

 

「フハハハハ。無駄だ。鬼眼の力があれば、どのような攻撃を受けても予は即座に回復する。たとえ腕を切り飛ばされようとな……!」

 

ちっ、やはり鬼眼の力か。俺達はこれまでも何度か奴に身体の欠損を伴う致命の傷を負わせてきた。しかし、どれほど奴に傷を負わせても今のように即座に回復しやがる。

 

俺は、俺の傍らで剣を構えているダイに問いかける。

 

「……ダイ、ハドラーに放ったギガストラッシュを放たないのは何故だ? あれなら奴の回復力をぶち抜けるんじゃあ?」

 

ダイは俺にチラッと視線を向けたが、直ぐに残念そうに首を振った。

 

「駄目だよ、ポップ。分かるんだ。確かにあれが俺の放てる最大の技だけど、あれでもバーンの回復力を超えるダメージを与える事は出来ないと思う。根拠は無いけど、なんとなく分かるんだ」

 

「そうか……」

 

(ドラゴン)の騎士の戦いの遺伝子が算出した予測を疑う理由は俺には無い。ダイが無理だと言えば無理なんだ。

 

しかしまずいな。このままじゃあ、じり貧だ。地上の様子も気になるし……。雲に遮られて良く見えないが、まだ戦闘が続いている事は地上から時折風に乗って運ばれてくる硝煙と肉の焼ける匂いで分かる。

 

俺がそんな焦燥を抱いていると、突然俺の目の前に何かが飛んできた。咄嗟にその何かを引っ掴む俺。

 

……羊皮紙?

 

――!

 

その羊皮紙を見た瞬間、……俺は天を仰いだ。

 

マトリフ師匠、ありがとうございます。これで戦えます……!

 

「ポップ、下がって!」

 

ダイの叫ぶ声に俺は意識を戦いに戻す。俺に向かって突進してきた鬼眼王が繋がったばかりの右腕を横なぎに振るう。先ほどまでの俺だったら、この攻撃に対して後方に逃げていた。

 

しかしここからは、あえてリスクを冒していく……!

 

俺にとっての左方から迫ってくるそれに対して俺は氷系呪文(ヒャダイン)で再び巨大な氷の塊を作って防ぐ。その凄まじいパワーに対して、俺も魔法力を全開にして抑える。

 

「まだだ、氷の賢者!」

 

氷塊との押し合いをしている最中、鬼眼王は左腕も振るってくる。それは、俺を左右の手で挟み込もうとする動きだった。それに対して俺は右手でも氷系呪文(ヒャダイン)を唱えて、そうはさせじと抑え込む。

 

長く抑える必要はなかった。ヒムとシグマが鬼眼王の左右の手に攻撃を行い、俺にかかる圧力が減少された。そしてダイは、海波斬を鬼眼王の本体であるバーンに放つ。

 

それを嫌ったバーンは一時的に後方に下がる。

 

まだだ、逃がさねえ!

 

俺は右手に火炎呪文、左手に真空呪文を発現し、両手を組み合わせて詠唱する。

 

「――火炎竜巻 火炎真空呪文(メラゾロス)!!」

 

鬼眼王の上半身を包み込むほどの圧倒的な業火が、俺の両手から噴き上がる。

 

「ポップ、前に出過ぎだぞ!」

 

シグマの俺を制止する声が聞こえるが、俺はそれを無視する。

 

「いや、ここは勝負どころだ! バーンは確かに魔法力は絶大だが、俺のように両手で魔法を使う事は出来ない! 勝負をかけるぞ!」

 

そして俺は、持てる技能の全てを使ってバーンに対峙していった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「はあっ、はあっ」

 

「ぜぇっ、ぜぇっ。い、いつまで続くんだよ、これは……」

 

俺とダイの前で盾になるように鬼眼王と対峙しているシグマとヒムが、息も絶え絶えの様子でそう口にする。二人はこれまでそのオリハルコンの身体を武器に、主に俺の代わりに攻撃を受けてくれていたが、戦いが長時間に及びそれも限界が近づいていた。

 

そんな俺達を見下ろす眼前の鬼眼王。その身体には一切の損傷が見受けられない。これまで何度も致命の攻撃を与えたが、尽きる所を知らない鬼眼の力がそれらを最初から無かったかのように復元していく。

 

 

「フフフ、貴様達はよくやったが、それももう限界のようだな。さあ、まずは人形共に退場してもらうとしよう」

 

その言葉に、シグマとヒムの2人に緊張の色が走った。

 

「来い、マキシマム」

 

そう言って鬼眼王が右手の掌を上にして呼びかけると、その掌の上に突然シグマ達と似た白銀色の大柄の男が出現する。

 

「あいつ、やっぱり生きていたのか!」

 

「ちっ、愚物め! 仕留め損なっていたか!」

 

ヒムとシグマの反応を見ると、どうやら親衛騎団の仲間という訳ではなさそうだ。現に、突然呼び出された格好に見えるマキシマムと呼ばれた白銀の男は、バーンに対してこびへつらう態度を見せている。

 

「バ、バーン様。い、いつ呼ばれるかとやきもきしておりましたよ。それで、私はどのようにバーン様のお役に立てばよろしいので―― ――! バ、バーン様! な、何をッ!?」

 

鬼眼王の掌の上にいたマキシマムを、その手が突然包み込み、俺達の視界からその姿が消える。そのままギリギリギリッと音が聞こえそうなほど強く拳を握りしめる鬼眼王。

 

「フッフッフ。人形共には退場して貰うと言ったであろう?」

 

「――! お、お待ちくださいっ! わ、私はまだバーン様のお役に――」

 

鬼眼王の掌に包み込まれて姿は見えないが、そんなマキシマムの焦ったような声が聞こえてくる。

 

「役に……? ククク。案ずる必要は無い、マキシマム。しっかりと役に立って貰う。余の忠実な駒としてな」

 

「お、お待ちください!! バ、バーン様、助けて!! ア、アビュッ!!」

 

グシャッ!!

 

思わず耳を背けたくなるほどのマキシマムの断末魔の声が、俺達の耳に届いた。鬼眼王が握りしめた右拳をゆっくりと開いていく。その掌が完全に開かれた時、さきほどまでそこにいた白銀の大男の姿は何処にも無かった。

 

いや、正確にはその大男はまだそこに存在していた。ただそれは、その姿形を余りに小さく変貌していたため、俺達には視認できないだけだった。

 

鬼眼王が、俺達に見えるようにそれをクルクルと回転させる。その回転が月光を反射しキラキラと輝いた事で、俺達もマキシマムという男がどういう末路を辿ったのかを理解した。

 

それは、チェスで言う所の(キング)の駒だった。大きさも、人間が盤上で指す駒の大きさと何ら変わらない。俺の親指ほどのサイズとなった物言わぬ(キング)が、無情にも宙でクルクルと回転していた。

 

それをやった鬼眼王が、ただの駒と化した(キング)に対して言葉を投げかける。

 

「クッ、ククク……。マキシマム、お前はもっと早くそうやって物言わぬ駒になっているべきだったな。さあ、それでは私の役に立ってもらうぞ」

 

バーンのその言葉に呼応する様に、かつてマキシマムだったオリハルコン製のチェス駒の回転が止まった。そして次の瞬間、その駒が俺達に向かって急加速した。

 

オリハルコンの弾丸と化したそれは、一瞬で俺達との距離を詰め、俺達に襲いかかった。俺などには目で捉えきれないその弾丸に対して、ヒムとシグマはかろうじて反応し攻撃を繰り出す。

 

しかし、その大きさが親指ほどの大きさであった事から、ヒムとシグマの迎撃をいともたやすく突破する駒。もちろんそのようなサイズで高速で迫る駒に俺が対抗できるはずもなく、その駒は俺の胸部にめり込んだ。その過程で、ヒムとシグマの胸を貫いて。

 

その瞬間、ガキィィィーーーン、という不快な金属同士の衝突音が俺の胸から発せられる。その音を耳にしたバーンが、ニヤッと口角を上げた。同時に、シグマとヒムの2人が「ガフッ!」と言葉を発し、前のめりに倒れる。

 

「くっ、すまない、ポップ、ダイ!」

 

「ち、畜生。しくじっちまった……!」

 

禁呪法生命体から脱却したと言っても、人間で言う所の心臓をぶち抜かれた彼らは苦しげな顔を浮かべながら、眼下に広がる雲の中に墜ちていった。

 

「シグマ! ヒム! ――! ポップ、大丈夫!?」

 

薄雲の中に消えていったシグマとヒムを心配してダイが声を上げるが、そのダイの隣で俺が苦渋の表情を浮かべた事で、ダイは俺に悲壮な顔を向けた。

 

「ガ、ガハッ。あ、ああ。大丈夫だよ。肋骨にヒビは入ったようだが、致命傷はどうにか免れたみたいだ……。だ、だけど……」

 

オリハルコンの身体を貫くような凶弾を受けて、俺が肋骨にヒビが入った程度の傷で済んだのには訳があった。

 

「あ、ああ。俺は大丈夫。だけど……」

 

そう言った俺は自身の胸に目をやった。その瞬間、俺の纏っているドラゴンローブの胸元から、ゴトッと真っ二つに割れた物体が現れた。

 

……それは、かつてシグマが所持していた『シャハルの鏡』だった。

 

「ポップ、これって……」

 

ダイはその真っ二つになった盾を見て驚きの声を上げるが、俺は鬼眼王の額でニヤッと笑みを浮かべる老バーンに視線を向けていた。

 

「フ、フハハハハ。やはりそこに隠し持っていたか、氷の賢者。余の読み通りだな……!」

 

してやったりと言う表情で、俺を嘲笑する老バーン。

 

「畜生……。まさか気づかれていたのか……?」

 

「無論。その『シャハルの鏡』をハドラーに与えたのは我ぞ。あの人形がその鏡を所持していない事は、これまでの戦いを見ていれば分かった。だとすれば、小賢しい貴様の事だ。きっとその鏡を隠して、余に対する切り札として使うと思っておったわ」

 

図星をつかれた俺は、唇を噛みしめ思わず顔を背けた。

 

「さて、二重魔法詠唱(ダブルキャスター)だったか……。随分と賢しげにそれを披露していたが、魔界の神たる余がそれを使えぬとでも……? 増長も極まれりだな、氷の賢者」

 

そして老バーンは、鬼眼王の巨大な()()()にそれぞれ異なる魔法を発現した。それを見て、ギリッと唇を噛みしめる俺。

 

「そんな、ポップと同じ……」

 

ダイが鬼眼王の左右の手を見て顔をしかめた。鬼眼王の右手には真空呪文の風の刃が、そして左手には火炎呪文の炎が吹き荒れていた。

 

「フフフ。真空呪文と火炎呪文の合成、確か、火炎竜巻 火炎真空呪文(メラゾロス)と言ったか。さあ、これをどう捌く、氷の賢者よ!」

 

視界の全てを紅蓮に染める火炎竜巻が俺とダイに対して迫る。

 

「ダイ! お前はその態勢を崩すなよ! 防御は俺! 攻撃はお前だ!」

 

「う、うん!!」と唇を噛んで返事を返すダイ。今ダイの剣は、その背中の鞘に収められている。それは、ハドラーとの戦いでダイが使ったダイの剣の鞘の力を使った攻撃を放つためだった。

 

「――防御光膜呪文(フバーハ)(×5)!!」

 

俺は迫る業火と真空の刃に対して両手で防御光膜呪文(フバーハ)を展開した。5倍に圧縮した光膜を両手で唱えているので、通常の10倍近い厚みになっているというのに、俺の両の手にかかる圧が今までに感じた事が無い程重い。

 

風の刃が俺の張った光膜を深く切り裂き、その裂け目から業火が次々と入り込んでくる。ドラゴンローブがその耐魔力をフル回転させているのに、耐えがたいほどの熱気が俺を襲う。

 

「ポップ、俺が前に出るよ!」と、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全身に纏ったダイが俺の前に出ようとするが、俺はそれを制止する。

 

「駄目だっ! 言っただろう、お前は攻撃の事だけを考えていろ!」

 

「だけどっ! このままじゃあポップが!」

 

俺の頬を、額を風の刃が深く抉り、鮮血が飛ぶ。

 

くっ、くくっ! これを耐え抜くんだ! これを耐え抜けばきっとチャンスが来るはずなんだ!

 

俺が魔法力の全てを放つ勢いで防御光膜呪文(フバーハ)を放っていると、突然俺に襲い来る熱波と風の刃が収まる。額から流れる出血のため、目を禄に開く事のできなかった俺が薄目を開けると、俺の眼前にこの冒険の間何度も何度も俺を守ってくれた頼もしく大きな背中があった。

 

 

 

「おっさん! それにセリーヌも!」

 

俺と鬼眼王の間に盾となるように割り込んできてくれたのは、セリーヌの背にまたがったおっさんだった。セリーヌは、俺の防御光膜呪文(フバーハ)に上乗せする形で自身の唱えた防御光膜呪文(フバーハ)を展開していた。

 

そしておっさんは、その鋼鉄の身体そのものを盾として、防御光膜呪文(フバーハ)を突破してくる真空の刃をその身に受けて俺を守ってくれていた。

 

「ぐっふっふ。遅くなったな、ポップ! お前の盾になるために来てやったぞ!!」

 

「グルル」

 

おっさんとセリーヌの2人が俺にニヤッと笑みを浮かべた。

 

 

 

「やれやれ……。人形共を排除したかと思えば、今度は魔獣が邪魔をするか。つくづくこの世界に生きる生物は度しがたい。お前達を倒した後は、早急に滅ぼさねばならぬな」

 

そして鬼眼王は、今度は右手に爆裂呪文の爆球を、そして左手には真空呪文の突風を纏った。おい、あれは何だよ。あんな合成呪文、俺は知らないよ……。

 

「フフフ。爆裂呪文と真空呪文の合成、さしずめ 『爆裂旋風 イオナロス』とでも名付けようか。さあ、これが捌けるか!!」

 

「くっ!! ――氷系壁呪文(アイスウォール)!!!」

 

「――獣王激烈掌!!!」

 

「ガァァッ!!」

 

極大爆裂呪文(イオナズン)極大真空呪文(バギクロス)を同時に放ったような爆風と凶刃が俺達を襲った。俺達の唱えた呪文と武技がどれほどの防御効果を発揮したのかは分からない。確実に言える事は、それらの防壁は瞬き一つほどの間で消滅していたと言う事だった。

 

轟々と周囲を漂う魔法によって発生した爆煙が風に乗って流されていく。上下左右が分からなくなるほどの爆発の直撃を受けたというのに、俺にはほとんどと言って良いほどダメージが及んでいなかった。

 

しかし……。

 

俺の眼前で鬼眼王の極大爆裂呪文(イオナズン)極大真空呪文(バギクロス)を受けたセリーヌとおっさんは俺とダイが受けるはずだったダメージを全て受けてくれたかのように、全身を血で真っ赤に染めていた。

 

「お、おっさん……。セリーヌ……」

 

「グ、グフフ。こ、これしきの事、バランのギガブレイクに比べれば……何という事も……ないわ」

 

「グルルル……」

 

おっさんの纏った獣王の鎧は完全に粉砕されていて、その鋼鉄の身体の傷口からは白い骨が見えるほどだった。セリーヌもそれは同様で、美しかった紅色のたてがみと金毛がべったりと真紅に染まっていて、右前足の膝から先は切り飛ばされていた。

 

「フ、フハハハ。よく耐えた。だが、次はどれほどあがこうとも耐えられまい……!」

 

そうして鬼眼王が再度両手に魔法の力を集中し始めたのを見て、俺はようやくその時が来た事を確信した。

 

「おっさん、セリーヌ。ありがとう、もう十分だ。後は俺とダイだけでやってみせる。これ以上あの攻撃を受けたら2人が死んでしまう。どうか、もう地上に戻ってくれ……」

 

「くっ、し、しかしポップ……」

「グルルル……」

 

おっさんとセリーヌが俺達を心配してそんな声を上げたので、俺は胸元からアバンのしるしを取り上げておっさん達に強く頷いた。

 

「大丈夫。きっと勝ってみせる。だから2人は早く戻って治療を受けてくれ。俺達が勝って戻った時に2人がいないのは寂しいよ」

 

そう言って俺は、血でべっとりと濡れたセリーヌの身体をそっと撫でる。

 

おっさんはしばらく、俺が掲げているアバンのしるしをじっと見つめていたが、最後にはこくりと頷いてくれた。そしてセリーヌも頑張れよ、と言いたげに俺の頬を一度ペロッと舐めた後、眼下の雲海に力尽きるように沈んでいった。

 

「ポップ……、あれ……」

 

ダイが、鬼眼王の両の手に宿った魔法の力を見て、俺を心配する視線をよこす。そんなダイに対しても俺は、安心させるように微笑んだ。

 

「大丈夫だ、ダイ。言っただろう。お前は攻撃の事だけを考えていろ。反撃の機会は俺が必ず作る」

 

ダイは、アバンのしるしと俺の顔を見比べて、力強くうん、と頷いた。同時に、ダイの胸から蒼い輝きが発せられる。

 

俺とダイの首にかけられた2つのアバンのしるしは、今地上にまでその光を届かせんとするほど、煌々と輝いていた。

 

 

 

「フフフ。魔獣共も潰えたか。これでいよいよ残るは、お前達だけとなったな。さあ、最後はこれで止めをさしてやろう」

 

勝利を確信した笑みを見せる鬼眼王の左手には猛る炎が、そして右手には全てを凍てつかせる氷の結晶が纏われていた。

 

俺は、ギリッと、歯が砕けようかという程に奥歯を噛みしめる。予想の通り、ことここに及んでバーンが選択した合成魔法は、俺のよく知るあの呪文だった。

 

「クククッ。なるほど……、この呪文は素晴らしいな、氷の賢者。しかし、このような呪文は余のような覇者にこそふさわしい。余以外にこの呪文の使い手は不要。勇者と共に、この世界から塵一つ残さず消滅せよ」

 

そう言って、鬼眼王は左右の掌を胸の前で重ね合わせる。そして右腕を大きく後ろに引いた。老バーンの視線と俺の視線が交錯する。

 

「貴様だけではないぞ。貴様がこれまで踏みしめた大地、貴様の故郷、貴様の家族、貴様の名を口にした者、全て……全て消し去ってくれるわ! 肉体だけではない。貴様が存在した証自体を歴史から消し去ってくれる!」

 

そして鬼眼王は、ゆっくりと引き絞った右腕の指を離していく。

 

「さあ、影すら残さず消え去るがいい!!! ――極大消滅呪文(メドローア)!!!」

 

 

その瞬間、奴の手から消滅の矢が放たれた。その消滅の矢は白く輝きながら俺達目がけて一直線に向かってくる。背後のダイは、攻撃の構えを取ったまま微動だにしていない。奴が極大消滅呪文(メドローア)を放とうとしている事に気づいていただろうに、まるで動揺した素振りを見せない。

 

俺は、ダイが俺に向けてくれる絶対的な信頼に胸が熱くなった。ありがとうな、ダイ。だったら、せめてお前のその信頼に応えないとな。

 

俺は迫る消滅の矢を睨みつける。ああ、ようやくここまでたどり着いた。まさに万に一つの勝ち筋だった。俺は、師匠に洞窟で投げかけた言葉を思い出す。

 

 

『あの時、極大消滅呪文(メドローア)を反射された俺は、その術式の中に見覚えの無い術式が組み込まれている事に気づいたんです。あれって、多分呪文返し(マホカンタ)で一度反射されたって事を証明する抗体のようなものだと思うんですよね。ほら、2度、3度と呪文返し(マホカンタ)で反射し続けないための。

 と言う事はですよ、その見覚えの無い術式は呪文返し(マホカンタ)の一部って事じゃ無いですか。そこを突破口に、呪文返し(マホカンタ)全体の術式を構築出来ませんかね?』

 

俺のその雲を掴むような無茶ぶりに、師匠は答えてくれた。先ほど届いた羊皮紙の表には反射対象とする呪文が限定されてはいるものの、使用に何の問題も無い術式が記述されていた。そしてその裏面には、『とっととケリをつけてこいっ!』という血文字で書かれた激励の言葉が。

 

俺は、胸に沸き起こってくる様々な感情をひっくるめて、その呪文を唱えた。

 

呪文返し(マホカンタ)……と。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、ヒムさん。シグマさん」

 

ヒムが目覚めた時、アバンが彼らの傍に片膝を突いて回復呪文を唱えていた。シグマの方も既に治療が済んでいるようで、呆然とした表情で空を見上げていた。

 

「お、おい、あんた! 助けてくれたのはありがたいが、あんたの弟子がまだあそこでバーンと戦っているんだぞ! 行ってやらなくて良いのかよ!?」

 

そのヒムの言葉に、アバンは空を見上げてから首を左右に振った。

 

「ええ、確かに私の弟子があそこでまだ戦っていますね。でも、もう私達の助けは彼には必要ないようです」

 

「ど、どうしてそんな事が分かるんだよ、あんた? バーンの力は半端な力じゃ――」

 

「見えませんか、ヒムさん。私にははっきりと見えますよ。薄雲の向こうで光り輝いている彼らの魂の輝きが……」

 

そう言われて空に目をこらしたヒムは、確かに緑と蒼の光が薄雲の向こうで輝いているように感じていた。シグマも同様に空を見上げる。

 

「あれは……オーロラ……か?」

 

シグマがそう感じるのも無理はなかった。北のマルノーラ大陸でのみ見る事の出来る大気の発光現象。薄雲の上から漏れる光はそれに酷似していた。

 

「いいえ、あれは勇気の力と純真の力が共鳴した魂の光。……どうやら、決着の時が近いようですね」

 

彼らだけでは無かった。気づけば、地上の戦士達は皆空を見上げ、その薄緑色と蒼色のグラデーションの掛かった光のカーテンをじっと見つめていた。

 

 

 

 

「くっ、だ、大丈夫か、セリーヌ……?」

 

「……」

 

雲の中を抜けて地上に墜ちているクロコダインが傍らのセリーヌに言葉をかけるが、彼女からの返事は無かった。

 

「し、心配するな。俺がお前の盾となろう。だから死ぬなよ、セリーヌ」

 

クロコダインは意識を失っているセリーヌが大地に叩きつけられないようその背を自分の大きな身体で庇った。

 

しかし、突然その落下スピードがガクンッと落ちたように感じたクロコダイン。

 

「……?」と、空を見上げると、そこには自身の肩をがっしりと掴んだ愛鳥の姿があった。

 

「ガルーダ! お前、お前生きていたのか! 良かった、良かった……!」

 

「キュルルル……」と嬉しそうに鳴くガルーダの顔をよく見ると、その嘴にはどこで拾った物なのか、セリーヌの切断された足らしき物まで咥えられていた。

 

「は、ははは。よくやった! よくやったぞ、ガルーダ! 戻ったら、たらふく美味いものを食わせてやるからな!」

 

そうガルーダの身体を撫でていたクロコダインの瞳には、雲を突き抜けて届くほどの薄緑色と蒼色の光が映り込んでいた。

 

 

 

「ポップさん……」

 

空を見上げていたメルルが胸の前で手を組み、祈るように瞑目する。

 

「ダイ君、ポップ君。絶対に2人そろって帰ってくるのよ。今日は皆で祝勝会って決めているんだから……!」とレオナ。

 

「戻ってらっしゃい……、アバンの子達」

 

フローラも、受け持っていた戦場から空を見上げて、そう呟くように言葉を発する。

 

 

「……ポップさん、どうかご無事で」

 

「大丈夫だよ、姉ちゃん。ポップの兄貴は、世界一の魔法使いなんだ! 大魔王なんて目じゃないさ!」

 

「そうだぜ、エルサ。あいつは、きっとお前を助けたあの日のように、なんでもない顔をして戻ってくるさ」

 

ルーンとリックの言葉に、エルサは「はい、そうですね!」と返事をし、再び空を見上げた。

 

 

「早く戻って来いよ、ポップ。またロモスのクラブで朝まで飲み明かそうぜ!」

 

「そうじゃ、そうじゃ。儂のベルトの呪いを解かんまま行くなど、許さんからな!」

 

「ふふふ。もうすぐ夜も明けるし、戻ってきたら、お姉さんが美味しいモーニングコーヒーを入れてあげるわよ」

 

「……ポップ、頑張れ」

 

でろりん達一行も、皆がそれぞれの言葉で空に激励の言葉を送っていた。

 

 

 

「ポップ、大丈夫かな……」

 

「メ……」

 

ホイミンとロック、その他のエウレカの里の魔物達が心配そうに空を見上げるが、ゴーレムのゴレムスの頭の上に飛び乗ったスラリンが陽気な声を上げる。

 

「大丈夫だよ、皆。ポップにはサーラがついているんだ。何があっても、サーラがポップを地上に戻してくれるさ」

 

ポップの右腕の本来の所有者を思い出したホイミンが「うん、そうだね。そうだよ、サーラがついているんだ。きっと……!」と、大きく頷いた。

 

 

皆が祈りを込めて空を見つめる。彼らの瞳には、新緑を思わせる緑と、どこまでも青い海の色を連想させる蒼の光のカーテンが映っていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ハ、ハハハッ! これで終わりだ! これでっ! ――!?」

 

勝利を確信し高笑いをしていたバーンの目に、信じられない光景が映った。氷の賢者の眼前に、突如鏡面のような膜が展開されたのだ。

 

氷の賢者が、その膜の向こう側でニヤっと不敵な笑みを浮かべていた。

 

呪文返し(マホカンタ)……。覚えたぜ、バーン?」

 

「馬鹿なッ!!?? 何故貴様が!!」

 

驚愕の声を上げるバーンの耳に、自身の放った極大消滅呪文(メドローア)が反射される音が届いた。

 

「――!? 相殺を……!」

 

バーンは、跳ね返され自身に向かってくる極大消滅呪文(メドローア)を相殺すべく行動を取ろうとするが、『シャハルの鏡』を失ったポップに呪文を跳ね返す術があるとは微塵も考えていなかったバーンのその行動は、一手遅れた。

 

 

……そしてその遅れは、バーンにとって致命的な遅れとなった。

 

 

シュンッと静かな音を立てて、万物を消し去る消滅の矢が鬼眼王の胸を貫いた。

 

 

 

この大魔王戦役の最終局面において、氷の賢者ポップが大魔王バーンとの間に展開した戦略は、その戦場が天上であった事とあいまり、後世『天上の盤面』と呼ばれ、語り継がれる事となる。

 

氷の賢者ポップの構築した戦略。それは大きく分けて二つ存在した。その一つは、大魔王に致命の一撃を与えるために、彼自身に極大消滅呪文(メドローア)を放たせる事。そのためには、大魔王を二重魔法詠唱(ダブルキャスター)の世界に引きずりこむ必要があった。大魔王バーンは自分自身でも気づかぬうちに、氷の賢者ポップの誘導でその世界に足を踏み入れていたのである。

 

そしてもう一つは、大魔王バーンから呪文返しに対する警戒心を取り除く事だった。数多の戦いの経験がある大魔王バーンが、呪文返しに対する警戒をしていないとは考えられない。そのために氷の賢者ポップは、『シャハルの鏡』を、呪文を反射するアイテムとして用いるのではなく、大魔王バーンに自身が呪文を反射する術を他に持ち得ないと誤断させるために用いた。

 

大魔王戦役の終結後、大賢者ポップはこう語っている。

 

『あの時、マトリフ師匠からの手紙で呪文返し(マホカンタ)の術式を知り得たからこそ、俺はあの戦略が取れました。あれが無ければ、俺は『シャハルの鏡』を切り札に使うしかなかったですが、おそらく、……いえ、間違いなくそれはバーンに読まれていたでしょう。実際、バーンはそれに気づいていましたし。

 呪文返し(マホカンタ)という手札を師匠が届けてくれたからこそ、俺は最後の勝負をバーン相手に仕掛ける事ができたんです』

 

ほんのわずかな手掛かりから、限定的とはいえ呪文返し(マホカンタ)を短時間で完成させた大魔道士マトリフの魔法技術。そして、最終局面の土壇場で『シャハルの鏡』と呪文返し(マホカンタ)を戦略に組み込み、大魔王バーンを見事に出し抜いた大賢者ポップの智謀。

 

この両者の邂逅が無ければ大魔王戦役の勝利は無かったと後の歴史家が指摘する理由が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

全てを消滅させる光の矢が鬼眼王の胸部を貫き虚空に消えた後、鬼眼王の胸部には直径50mにも達しようかと言う巨大な空洞が生まれていた。

 

この時、鬼眼王に十分な時間さえ与えられていたならば、そのダメージすら鬼眼の力で回復させる事ができただろう。現に、その消失した断面からは再生するためなのか、無数の細かな触手がウネウネと伸び始めていた。

 

しかし、当然の事ながらそのような隙を見逃す(ドラゴン)の騎士ではなかった。

 

ダイは、極大消滅呪文(メドローア)が自身達に向けて放たれても、ポップに言われた攻撃のための構えは崩していなかった。それはもちろんポップに対する絶大な信頼のためでもあるし、長いポップとの冒険で察知した、ポップならまだ切り札を隠し持っていると言うただの勘のためでもあった。

 

ダイは剣を鞘から抜き放つ。剣には、鞘の中で十分に増幅された雷光が放電するかのように纏わりついていた。その剣にダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込め、逆手に握ったまま振り抜いた。

 

「――ギガストラッシュ!!」

 

回復に力をそがれて無防備な状態の鬼眼王に、今代の(ドラゴン)の騎士のみが放てる最大の絶技が迫る。

 

しかし、ダイの攻撃はそれだけにとどまらなかった。その放った斬撃を追いかけるようにダイが空を駆けた。

 

ダイの身体が鬼眼王に到達するまでの2秒にも満たない時間。何故かその時間を、ダイはまるで時間が止まったかのようにゆっくりと感じていた。

 

危機に陥った事を察した鬼眼がその力の全てを放出する。途端に、鬼眼王の身体全体が淡い光に包まれる。いけない、今追撃しようとしているアバンストラッシュとのクロスでは、あの防壁を突破できないかも知れない。

 

ダイがそう感じた時、(ドラゴン)の騎士に連綿と受け継がれてきた『戦いの遺伝子』が、彼に最適な答えを提示する。

 

『竜魔人と化せ。さすれば、勝てる』、と……。

 

僅かの逡巡も無かった。一瞬でダイの剣を握る右手が竜のそれに変貌し始めた。

 

……ポップ、俺を見ないで……。逡巡は無かったはずなのに、変貌しつつある姿を見られる事を忌避する感情が、ダイの胸中に黒いインクが滲みるように広がっていく。

 

しかし、その時ダイは、はたと気付いた。自身の上空で稲光を発する濃い雷雲が発生している事に……!

 

それを認識した瞬間、ダイは誰よりも頼りとする無二の相棒から、こう言葉を投げかけられている気がした。

 

『俺の助けが無くても電撃呪文(ライデイン)を撃てるようになったんだろう? だったら、俺の助けがあれば、どこまでいけるんだ?』……と。

 

そう感じた瞬間、ダイは(ドラゴン)の騎士に代々受け継がれてきた『戦いの遺伝子』の手では無く、誰よりも彼が信頼する相棒の手を取っていた。

 

そしてダイは鬼眼王に駆けながら、万感の思いと共にその言葉を口にする。

 

「――雷撃呪文(ギガデイィィン)!!!!」

 

稲光を発していた黒い雷雲から、凄まじい圧の雷光が鬼眼王に向かって飛翔するダイに、いや、ダイの剣に墜ちていく。その剣を握るダイの手は、既に人間の手に戻っていた。

 

どこかで、今は亡き父が、『それで良い』と、微笑んだ気がした。

 

逆手に構えた剣を鬼眼王の眼前で上段に構え両手で握り直す。それは、ダイが憧れた父の必殺剣の構え(フォーム)だった。

 

「バーン! 俺は一人じゃないんだぁっ!! ――ギガクロスブレイク!!!

 

それは、ギガストラッシュとギガブレイクがクロスした、鬼眼の力をも越える天上の一撃。

 

 

刹那、世界が白く瞬いた。

 

 

 

 

 

「ん……。マァムか? 俺、どれぐらい気を失ってたんだ……?」

 

気が付いたら俺は、マァムに背中から身体を抱きしめられていた。そうか、僅かに回復させたなけなしの魔法力で天候呪文(ラナリオン)を唱えた後、俺は意識を失ってしまったようだ。ふと、視線を落とすと、アバン先生から『ほら、落とし物ですよ』と返され、再び俺の右手人差し指にはめていた『祈りの指輪』が砕けていた。

 

「大丈夫よ、ポップ。ほんの一瞬だけよ。……ほら、見て」

 

マァムの指し示す方向を見た俺は、ぐっと息を呑んだ。

 

鬼眼王となったバーンの異形の身体が月光の元サラサラと粉になりつつあり、その細かな粒子は空を吹く風に乗って高く、高く運ばれていた。

 

その様子をじっと見つめているダイの背中が俺の瞳に映る。勝ったと言うのに、その背中は何故か寂しそうに見えた。

 

ああ、ようやく終わったんだな。ようやく……。ずっとこんな終わりを目指していたと言うのに、本当に辿り着けたなんて。

 

これまでの事が走馬灯のように頭の中に流れ込み思わず涙ぐんだ俺は、今自分がいる場所の不自然さにようやく気がついた。

 

え、ここ空だよな。眼下には雲海が見えるし。なんでマァムがここに、と思ったら、マァムと俺は豹ほどの大きさのキラーパンサーの背に乗っていた。

 

え、ちょっと待って。このキラーパンサーってもしかして……。

 

俺がまたがっているキラーパンサーの顔に自分の顔を近づけると、そのキラーパンサーはペロッと俺の顔を舐めた。間違いない、このキラーパンサーはあいつだ。

は、はは。サーラさんが驚くなと言っていたけど、いや、これは驚くよ。

 

「お前、ロモスでは俺の膝の上で丸まって寝ていたのに……。急にこんなに大きくなって。ははは。でも、俺が想像していたとおり、いや、想像していた以上の美人さんになったなぁ」

 

俺がパンの首に頬を埋めて両手を首に回すと、パンが嬉しそうに「ナァーゴ」と、鳴いた。

 

「くすくすくす。この姿で変身呪文(モシャス)されていたら、俺もちょっと理性が飛んでいたかもって、い、痛ててて……!」

 

いけない。後ろにマァムがいる事をすっかり忘れていた。脇腹をギュッと抓られた俺は、マァムに冗談、冗談と謝罪する。

 

 

 

どうにかマァムの機嫌を宥めた俺は、ふぅっと大きく息を吐いた。ダイはまだ細かな粒子となって空に昇っていくバーンを見つめていた。もしかしたら、あれはあいつなりのバーンに対する弔いのつもりなのかもしれない。

 

「終わったな、マァム。やっと……」

 

「ええ、終わったわね。ふふふ、お疲れ様、ポップ」

 

お疲れ様、という心のこもった言葉に俺はダイから目を離し、マァムを見つめた。そのマァムもいつからなのか、俺を見つめていた。

 

俺は自然とマァムに語りかけていた。

 

「……やっと、戦い以外の事を考えられるようになったよ。俺、本当は切った張ったの戦いは苦手なんだよ。なんだかんだ言って、俺、臆病だから」

 

「くすくすくす。そんなの、皆知っているわよ。きっとポップは、平和な時代の方が生き生きとして生きられると思うわ」

 

何を今更、と呆れたようにマァムに笑われた俺は、頭を掻いて照れ笑いをした。

 

「たはは、バレてたか。でも、俺達これからだよな。まだまだこれからの人生の方が長い訳だし。……色々と至らないところもある俺だけど、これからもお見捨てなくよろしく頼むよ、マァム」

 

「ポップ……。ふふ、そうね。本当に、私達にとってはこれからの方が大切よね。私の方こそ、よろしくね、ポップ。……ねえ、ポップ。私、あなたに出会えて心から良かったって思えるわ」

 

 

見つめ合う俺とマァムの頬に、朝日がうっすらと射し込んだ。どちらからとなく、徐々に近づく俺達の唇。

 

(それ以上は駄目です!)

 

そんな声が突然俺の脳裏に響いた。え、何、今の声? どこから届いたの?

 

目を閉じていた俺は、思わず目を開き周囲をキョロキョロと見渡した。……が、次の瞬間俺を突然とんでもない重力が襲った。

 

「うわっ!? ちょっ、な、何が!?」

 

前後左右が全く分からなくなるほど、ぐるぐると回転しながら落ちる俺達。

 

「ちょっ、パン! あなた、いきなり何しているのよ!!」

 

パン……? そうか、俺達はパンの背中に乗っていたんだった。え、もしかして自分の背中の上で勝手にイチャイチャし始めた俺達にイラついたとか、まさかそんなんじゃないよな?

 

地上に向かって急降下を始めたパンに、俺達は必死にしがみつく。

 

 

「う、うわぁぁぁー! し、死ぬーーー!」

 

身体がパンの背から浮き上がった俺は、このまま離されてなるものかと必死でマァムを背中から抱きしめる。俺の強く握りしめた両の指が、マァムの豊かな双丘の形を変えるほど沈み込むが、それを気にしていられる場合じゃなかった。

 

「――!? ちょっとポップ! どさくさに紛れて何処掴んでんのよ!! 離しなさいよッ!」

 

「そんな事言ったって、仕方ないだろう!? ま、待って! 今これを離したら死ぬってば!!」

 

 

「ニャァァァーーーーーゴ♪」

 

 

 

そんな大騒動は、パンが地上に足をつけるまで続いた。

 

 




原作で、竜魔人へと変貌するのを仲間に見られたくないと思いながら、そうせざるを得なかったダイ。そしてその後の鬼眼王との戦いでのやり取り。当時、私は彼の中で何かが失われた、あるいは何かを諦めたのではと感じていました。

だから、本作ではダイを竜魔人に変貌させないというのは、投稿を始める前から決めていました。というより、その前提がまずあって、そのためにどうするか、ダイに相応しい相棒がいればあるいは、と考えた時に、本作のオリポップ君が誕生したぐらいです。

当時私が感じていた想いを、こうあって欲しかったと自己満足で昇華させた本話。是非皆さんはどう思われたか、感想を聞かせていただければ幸いです。
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