「はぁっ、はぁっ、し、死ぬかと思った……」
かろうじてパンに振り落とされずに地上にたどり着いた俺は、四つん這いになって荒い息を吐いていた。
俺の隣では、マァムがパンに危ない行動をした事を説教しているが、肝心のパンはそれをどこ吹く風とばかりに、お座りをした状態で明後日の方を見て眠そうに大きな欠伸をしていた。
そんな時、タタタッと軽い足音が近づいてくるのを俺の耳朶が拾った。俺がその方向に目をやると、黒髪の少女が駆けてくるところだった。ああ、良かった、彼女も無事だったか。
ホッと安堵し迎えるように立ち上がった俺の胸に、その黒髪の少女は駆けてきた勢いそのままに飛び込んできた。
「くすっ。無事でよかったよ、メルル。……会いたかった」
「はい……、私も会いたかったです。ご無事で、本当に嬉しいです。本当に……」
メルルはそう言って、顔を俺の胸に埋めたまま、俺の背に回した手に力を込める。俺もゆっくりとメルルの背に手を回し、そのサラサラとした黒髪に顔を埋めた。ああ、皆無事だ。本当によかった。感極まった俺は、華奢なメルルの肩をぎゅっと抱きしめた。
どれほどそうしていただろうか。突然、俺とメルルは俺達の間に差し込まれた手によって分断された。
「はいはい、互いの無事を確認するのはそれぐらいで良いでしょう? ……メルルも、ちょっと長いんじゃないかしら?」
俺達を引き離したその手の主はマァムだった。全く堪えた様子の無いパンへの説教を諦めたのか、マァムは、今度は腰に手を当てて俺達を説教する姿勢を見せていた。
しかし、メルルがジトッとした目でマァムを見つめ返す。
「でもマァムさん、さっきポップさんとずいぶんお顔を近づけていたじゃないですか……。それに比べたら、これぐらい何て事ないと思います……!」
「えっ!? メ、メルル、あなたさっきの……」
メルルの反撃に、途端に真っ赤な顔をしてうろたえ始めるマァム。
「私、目は良いんですよ、マァムさん。それに、ポップさん。私には言ってくれないんですか?」
マァムに向けていたジト目を、今度は俺に向けるメルル。
「……い、言うって、何を?」と、きょどりながら答える俺。
「……これからもよろしく頼む、とかマァムさんには言っていたじゃないですか。私には、これからは無いんですか?」
「えっ!? あ、いや、そんな事はないよ!? メルルも、これから先の俺の人生でめちゃくちゃ巻き込むつもりはあるよ! だから――って、あれ? ……メルル、どうしてマァムとの会話の内容を知っているの?」
俺のその問いに、メルルは少し恥ずかしそうにもじもじしながら答えた。
「ふふふ。どうしてだか、聞こえちゃったんです……。ポップさんは、私の声聞こえませんでしたか?」
「え……? ま、まさかあの時、頭に響いた声って……」
「はい……、それは多分私です」
マジか……。そう言えば、パプニカでメルルに尋問を受けた時もそんな事があった気がするけど、あの力また強くなってないか?
ちょっと本気で、閉心術の開発を頑張らなくちゃいけないかも……。これじゃあ、おちおち師匠とバニークラブに遊びに行く事もできやしない。
「あ……。ポップ、ダイが降りて来たわ」
ん……? 本当だ、俺がマァムに倣って空を見上げると、ダイがゆっくりと降りてくるところだった。その顔には、こぼれんばかりの笑みが。
「おかえり、ダイ。やったな、さすがだよ」
俺の前に降り立ったダイの肩に手を置き、そう労う俺。ダイは俺の言葉に、「ううん……」と首を振る。
「ポップのおかげだよ。ポップがあの時手を差し伸べてくれたから、俺はこの姿のままでバーンに勝つ事が出来た」
あの時手を差し伸べた……? ああ、俺が『祈りの指輪』で雀の涙ほどの魔法力を回復させ唱えた呪文の事を言っているのか。
「……いや、俺はただ、お前に選択肢を与えたかっただけだよ。選んだのはお前自身だ」
「選んだのは俺自身……。うん、そうかもしれない。だけど俺、ポップがこの冒険の間ずっと側にいてくれたから、うまく言えないけれど、……俺にとっての大事な物を無くさずに済んだ気がするんだ。だから、ありがとう、ポップ。俺、本当にポップに会えて良かった」
そう言ってダイは、俺の胸に顔を埋める。俺に会えて良かった? 馬鹿だなぁ……。そんなの俺の
「馬鹿……。俺の方こそ、お前に会えて良かったよ。それに、何をこれでお別れみたいな空気出してんだよ。確かに魔王軍との戦いの旅はこれで終わったかもしれないけど、俺達兄弟だろう? 兄弟なら、これからも互いに助け合っていこうぜ。……な?」
俺のその言葉に、ダイは俺の胸から顔を上げ、「うんっ!」と良い笑顔で頷いた。そのダイの頭に手を置き、いつものようにダイのくせっ毛をワシャワシャとかき乱す俺。ダイは「あはは、もう、やめてよ、ポップ!」と、口では文句を言いつつも笑みをこぼす。
(ねえ、メルル……。私、なんだかダイがものすごく私達の強敵に思えて来たんだけど、考えすぎかしら?)
(……いえ、実は私もちょっと不安になってきました。今度、お二人の恋愛運を占ってみますね)
……どういう会話をしているんだ。何やら二人だけで顔を寄せ合い、ひそひそ話をしているマァムとメルルに、俺は首を傾げていた。
「お疲れ様、ダイ君! それにポップ君もマァムも!」
ダイ達と互いの無事を確認し合っていた俺達の元へ駆けつけた姫さん。姫さんはダイの無事を確かめるようにダイの身体をギュゥッと強く抱きしめた後、俺に向かって右手を上げる。俺はその姫さんの手とパチンっと、ハイタッチを交わす。
「ああ、姫さんもお疲れ様! どうやら、地上もあらかた片がついたみたいだな。皆は――」
「ポップー!」
突然俺を呼ぶ懐かしい声。その声の主は俺が振り返ると同時に、俺の顔に飛び込んできた。
「わっぷ! ははは、スラリンか! パンやセリーヌがいたから、きっとスラリンも来てくれていると思っていたよ。ありがとうな、スラリン。おかげで助かったよ」
「俺だけじゃないよー! ほら、里の皆で来たんだから!」
スラリンが後ろを見てみろと言う素振りをしたから、俺がスラリンの背後に目を移すと、そこにはエウレカの里の皆がいた。
「ホイミン、ルールーも、ドロヌーバーも、メッキーも、ロッキーも、……。皆よくここまで……」
「サーラがね、最後の戦いになるだろうからポップの助けになってきなさいって、送り出してくれたんだよ」
思わず顔を抑えて涙をこらえていた俺の手に、ホイミスライムのホイミンの触手が優しく触れた。
「……うん、うん、ありがとう皆。皆のおかげで俺、やり遂げたよ。ほ、本当に、皆のおかげだ……。グッ、グスッ。あ、ありがとう」
こみ上げてくる涙に俺は鼻を啜った。6歳の時から俺を導いてくれていたエウレカの里の皆。アバン先生でもない。マトリフ師匠でもない。皆なんだ。俺にとっては、皆が俺の最初の師だったんだ。
俺は駆けつけてきてくれた皆の一人一人に言葉を掛けていった。
「ロッキー、ごめんな。せっかく教えてくれた
「メ……」
いつものようにそれしか口にしないロッキーの言葉を、ホイミンが補足する。
「ロッキーは、本当は教えたくなかったからそれで良かった、って言っているよ」
そうか、ありがとうロッキー。俺はロッキーのそのゴツゴツした体を撫でていた。
その後、姫さんやダイも含めて、エウレカの里の皆を紹介した。
姫さんなどは、何人かの里の魔物ともう顔見知りになっていたみたいで、互いの無事を抱き合って喜んでいた。
俺はセリーヌとおっさんの事が心配だったが、ホイミンがしっかりと治療済みだったらしく安心した。セリーヌは、どうやったのか切断された足もきちんと繋がっていた。くすっ。おっさんがセリーヌの怪我の状態をしきりと気にしていたのがおかしかった。
そうそう、ガルーダも無事を確認出来て良かった。俺もマァムも、そしてダイもガルーダの羽に顔を埋めてその無事を喜び、いつぞやの事に感謝の言葉を伝え、涙した。
そんな風に皆が親睦を深めている様子を見ていたが、遠くの方でアバン先生がなぜか鞭でぐるぐる巻きになって身体を拘束されている光景を見て、俺は思わず目を大きく見開いた。しかし、その鞭の先を握っているのがフローラ様だったので、俺はとりあえず警戒を解く。
うーん、もしかしてアバン先生とフローラ様の関係って、鞭が介在する大人な関係だったのだろうか……。俺は、見てはいけない、いや、見たくなかった大人の世界を垣間見た気がして、2人からそっと視線を外した。
「おい、ポップ……」
背後から俺を呼ぶ声に、俺は肩越しに振り返った。そこには、ラーハルトが憮然とした表情をして立っていた。
「ああ、ラーハルト。お前が単身でサタンパピーの集団を抑えてくれていたのは気づいていたよ。ありがとうな。お前もちゃんと怪我の治療は受けたか?」
「そんな事はどうでも――」
「ラーハルト、無事で良かったわ。――! ラーハルト、あなた怪我がまだ……!」
ラーハルトの言葉を遮るように、マァムがラーハルトの手を握って喜びを現す。しかしマァムは、ラーハルトがまだ怪我を癒やしていない事に気づいて、眉間に皺を寄せた。
ゴメと再会を喜び合っていたダイも、ラーハルトの存在に気がついて駆け寄ってくる。
「ラーハルト、酷い怪我じゃないか! 誰か、回復魔法を……!」
キョロキョロと周囲を見回すダイを、ラーハルトはそっと制止した。
「その必要はございません、ダイ様。この怪我は私の不徳の致すところゆえ、どうかこのままで……」
そしてラーハルトは、「でも……」となおも翻意させようとするダイとマァムを躱し、俺に再び正対した。
「ポップ、あの時の約束を忘れていないだろうな?」
「……約束? 俺、何かおまえに約束したか?」
ラーハルトが何を言っているのか当然気づいていたが、俺はしらを切る。その俺の態度に、ラーハルトは圧を強めてにじり寄る。
「惚けるな。聴覚の事だ。この戦いが終われば、俺の聴覚を再び失わせる、と約束したはずだ」
その言葉に、マァムはあっと、思い出したような顔をする。やれやれ、聴覚を元に戻せ、なら分かるが、『聴覚を失わせろ』なんて要求、普通するか?
こいつって、もしかしてヒュンケル以上の堅物なんじゃないか? あの件を誰もお前のせいだと責めるはずが無いのに、こいつ自身が一番自分を責めてやがる。
「さあ、早く元に戻せ……!」と俺に詰め寄るラーハルト。そんなラーハルトに俺は、ただ一言告げた。
「……嫌だね」
「なっ! 貴様、約束を違えるつもりか!?」
「ああ、違えるよ。お前こそ忘れたのか? 俺が『
いけしゃあしゃあと答える俺に、絶句するラーハルト。忘れたとは言わせないぜ、ラーハルト。お前は、俺が
マァムとダイは、俺の言葉に顔を見合わせて含み笑いをしている。
「……なあ、ラーハルト。バーンが倒れたこれからの世界は、きっと今までと違う色々な音色を奏で始めるよ。俺は、バランの代わりにお前にその音色を聴いて欲しい。そんでもって、いつかあいつの所に行った時に、世界はどんな音色を奏でるようになったか教えてやってくれよ。きっとそれは、束の間の音色しか聴く事の叶わなかったバランにとって、心安まるものになるはずさ」
ラーハルトは、俺の言葉に何も応えずギリッと歯を食いしばった後、俺に背中を向けて吐き捨てるように言った。
「……ポップ、お前はやはり
それだけを言って一人静かにその場から立ち去っていくラーハルト。
その後は、ノヴァ、ヒュンケル、シグマにヒム、それに冒険者の皆さんが次々に元気な顔を見せに来てくれた。
「やあ、ノヴァ。あっちの方でお前を称える声が上がっていたぞ。実際、黒の
「やめて下さいよ、ポップさん。勇者というなら、今この地にいる全員が勇者ですよ」
照れたように頭を掻くノヴァの首に、どんな活躍をしていたのか知らないが、でろりんが肩を回して威勢の良い声を上げた。
「そうだぜ、ポップ。俺なんてロモスの勇者って呼ばれてんだからよ」
ふふふ。ロモスの勇者は置いておいても、ノヴァが言うように、この地にいる全員が勇者とは、言いえて妙だな。
ヒュンケル、それにエイミさんの無事も確認した。エイミさんがヒュンケルに肩を貸していたが、変だな? いつものヒュンケルなら絶対そんなの遠慮しそうなのに。同じ疑問を抱いたのか、姫さんが恋愛話に眼が無いおばさんのような目をして、そんな2人を見つめていた。
「……ポップ。私の提供した『シャハルの鏡』は、何かの役に立っただろうか?」
「ははは。何かの、どころの話じゃないよ。あれは、バーン打倒の突破口になってくれたさ。ありがとうよ、シグマ」
そう言って、シグマの胸にこつんと拳を当て笑みを浮かべる俺。その隣では、ヒムが東の地平線から登った朝日を眩しそうに見つめながら、こいつにしては似つかわしくないセンチな言葉を吐く。
「……アルビナスにも、フェンブレンにも、ブロックにも、そして、もちろんハドラー様にも伝えてやりてえなぁ。俺達がライバルと認めた奴らは、とんでもない事をやり遂げたぞってな」
そのヒムの言葉に、俺は背後から、右手をシグマの首に、左手をヒムの首に回して飛びついた。
「何言ってんだよ。お前らが協力してくれたからこそじゃないか。これは、アバンの使徒とハドラー親衛騎団が協力したからこそ成しえた結果だよ」
そして、俺も朝日に目をやって「それに……」と、続けた。
「……それに、ハドラーも、アルビナスも、フェンブレンも、ブロックもきっと見ていたさ。きっと……!」
俺の言葉に、二人もわずかに頷きを返し、しばし新しい1日の訪れを告げるために現れた太陽を三人で見つめていた。
「ポップの兄貴、久しぶり!」
「ルーン! どうしてここへ!?」
俺は、突然目の前に現れた弟分のルーンに驚く。
「どうしてって、何だよ、知らなかったのかよ。俺達、ちゃんと戦ってたんだぜ」
「まあ、そういうなルーン。ポップはずっとそれどころじゃなかったのさ。よう、元気そうだな、ポップ。この間は、ろくすっぽ話す暇もなく帰っちまったからな」
「リックさん……」
ルーンとリックさんから戦いの顛末を聞いて驚いた。まさかあの時俺が救援に向かった砦から、エルサさんを含む砦の精鋭が駆けつけていてくれたなんて。
ていうか、バーンとの決戦の最中、時折地上でとんでもない威力の氷結魔法が炸裂していた事に俺は気づいていたが、あれはノヴァとシーザーがやっていたんじゃなかったのか。とんでもなくレベルアップしたんだな、エルサさん。
「そうだったんですね。ありがとうございます、リックさん。それにルーンも。それで、そのエルサさんは? 一緒にいたんじゃないのか、ルーン?」
俺のその問いに、ルーンは首を傾げた。
「いやー、それがさっきまで一緒にいたんだけど急にいなくなったんだよね。姉ちゃんったら、どこに行ったのかな?」
キョロキョロと周囲を見回すルーンに釣られて、俺も周囲を探す。その時、不意に俺の肩を誰かがチョンチョンとつついた。
それは姫さんだった。
「どうかしたのかい、姫さん?」
「あっちを見てみなさい、ポップ君」
「……あっち?」、と首を傾げながらも、姫さんが顎を振った方向に視線を向ける俺。
見た瞬間、俺の背中を冷や汗が走った。そこには、マァムとメルルに笑顔で話しかけているエルサさんがいた。しかし、そのエルサさんの背中から、途切れる事なく氷の結晶が噴出しているように見えるのは、決して俺の見間違いではないはずだ。
……まずい。あれはまずい。何故か知らないが、とにかくまずい。リックさん達が、エルサさんを『氷の女王』と呼んでいたが、それも頷けるだけの威圧をエルサさんから感じる。
もう全ての事から現実逃避したくなった俺は、姫さんに問いかけた。
「ね、ねえ、姫さん。魔法の聖水、余ってないかな?」
「……一応聞いておくけど、それを貰ってどうするつもり?」
「ん……。世界もこうして平和になった事だし、俺もそろそろランカークスの実家に帰ってしばらく引きこもろうかなー、なんて思ったり?」
俺のその言葉に、姫さんは無言のままそっと俺の背後に回った。そして、俺の背中に強烈な張り手を見舞って、大声を張り上げる。
「世界が平和になっても、君の周りは平和になっていないのよ! さっさと行って責任を取ってきなさい、この唐変木!!」
姫さんに突き飛ばされた俺は、ブリザードが吹き荒れているような空間にもんどり打って転がり込んだ。途端に、俺の全身を悪寒が走る。
え、ちょっと待ってくれ。この終わりって、もしかしてハッピーエンドじゃなくて、ビターエンドだったりするんじゃね? いやいやいや、何の冗談だよ。これだけ頑張ってきた最後の仕打ちがこれって、ちょっと酷すぎないか?
原作のラストは知らないけど、これだけ頑張ったんだから、せめて原作レベルのハッピーエンドにしてくれても、罰は当たらないだろう!?
そして俺に、バーンとの戦いでも経験した事が無いほどの戦慄の時間が訪れようとしていた。
はい、後はエピローグを残すだけです。エピローグって、基本的には余韻を残すために短めにするのが良いらしいですね。でもですね、書いてみると無茶苦茶長くなったんですよ。その量、優に4話分。
これを大幅にカットする事も考えたのですが、せっかく書いたんですし、もう最後ですから、そのまま投稿することにしました。
という事で、全編ノーカットで最後の投稿(4話)をさせていただきます! 是非、ポップ伝説の最後をご確認下さい。