転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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198話 エピローグ③ 学び舎に集う者達

ベンガーナ医療大学――。ギルドメイン大陸初の、と言うより世界初の医療大学は、大魔王戦役終結後の翌年、4の月より開校された。未だ魔王軍との戦いの爪痕が世界各地に色濃く残されているにも関わらず、これほど早期に大学が開校できたのには理由があった。

 

一つ目の理由としては、各国の医療魔法に対する切実な期待の現れがあった事が上げられる。怪我に対する回復魔法は広く浸透していても、病気に対する治療については、これまで薬草を煎じて病人に飲ませるといった手法しか世界に存在しなかった。そのような中で、医療魔法が世界に広まった時、いったいどれほどの救われる民がいるか、想像できない為政者はいなかった。

 

そしてもう一つの理由としては、大学の開校に向けて尽力した関係者の不断の尽力が上げられるだろう。ポップ・マーカストンの名は既に世に出ていたとしても、同じランカークス村のルッツ、ライカ、ジーンと言った名が初めて世に出たのは、この活動の時だったと伝わっている。

 

彼らは、大魔王戦役終結直後から当時世界最大の経済力を有していたベンガーナ王国に働きかけ、ベンガーナ王国と新生リンガイア王国の国境近くに存在したベンガーナ王国所有の砦を大学に改修する許可を取り付ける事に成功した。

 

その後、開校に向けて講師の育成、教育プログラムの作成、衣食住の整備、各国へのプレゼンという未だかつて誰も経験した事の無い作業を彼らは協力して行い、各国の後押しもあり大魔王戦役からわずか半年ほどと言う短期間で開校までこぎ着ける事ができていた。

 

そして9の月に入ったばかりの現在、ベンガーナ医療大学は各国から第1期生となる医療魔法の習得を志す学生を受け入れて、もうすぐ半年が過ぎようとしていた。

 

医療大学での受講期間は、4の月から始まり翌年の3の月までと定められており、1年目の学生の数はちょうど定員一杯の150名であった。これは、当初、受講希望者が500名を超えるほどいた中で、講師の人数と大学の規模を勘案した限界の人数であった。なお、現時点で第4期までの受講者は既に決定している。

 

その学生の内訳としては、およそ半数に当たる80名はベンガーナ王国、残りの70名を各国でほぼ案分した人数となっていたが、大学の開設、運営に最も出資しているのがベンガーナ王国であるという事を鑑みると、致し方ない所ではあっただろう。

 

また、大学の敷地内には寮が整備されており、自国で要職に就いている学生を除いたほとんどの学生は、その寮で生活をしていた。医療大学とは無関係に、この寮というシステム自体を真新しく感じた為政者も存在し、時折自国の官士を連れて視察に来る国も存在した。

 

 

 

 

「いらっしゃい、ポップさん」

 

メルルの声に、俺は目をゆっくりと開いた。合流呪文(リリルーラ)を使う時には、目を瞑っていないと酔うんだよな。

 

「やあ、メルル。なんとか間に合ったよ」と、俺は職員室の壁に掛けられている時計を見ながら返事をする。時刻はもう少しで正午になろうかというタイミングだった。学生食堂で料理長をしているジーンとの約束の時間はもうすぐだ。

 

ここ職員室には、講師の人数に合わせてちょうど10台の机が並べられている。俺は腰掛けているメルルの隣の机に荷物を置きながら、周囲を見渡した。

 

「マリーさんと、マイル神父は講義中かい?」

 

「ええ、お2人ともマリーちゃんを保育所に預けて、今は教壇に立っておいでですよ」

 

そうそう、マリーさんとマイル神父は、なんとこの医療大学で講師として教壇に立っていた。それは、講師の確保が急務だった俺達が2人に頭を下げに行って頼んだ事で実現していた。2人とも回復呪文が使えるし、医学書の知識も乾いた土が水を吸収するかのように覚えてくれて、直ぐに教壇に立てるレベルになった。

 

「あ、そうそう、ポップさん。ライカさんが先ほど来られて、来月に予定しているハロウィンパーティーの仮装内容を教えて欲しいと言っていましたよ。講師の分の布地はできるだけまとめて注文した方が安上がりだからって」

 

そう言ってメルルは、俺にそのライカから渡されたらしい紙を差し出した。どうやらまだ記載していないのは俺だけのようだ。俺はその紙に、「BJ 黒い布地でOK」と走り書きして、メルルに返した。そのメルルは俺の記載内容を見て首を傾げた。

 

「BJ、黒い布地……。 悪魔神官か何かの仮装ですか?」

 

「いやいや、エルサも来るのに、そんな自殺願望は無いから! BJっていうのは、ブラックジャックの略称だよ。俺の尊敬する世界最高の名医さ。メルルは何にしたんだっけ?」

 

メルルは、「世界最高の名医はポップさんでは……?」と呟きながらも、返事をしてくれた。

 

「はい、ポップさんの言うとおり、いずれは船に一人は医療魔法を使える治癒士が乗り込むようになるかもしれませんものね。ポップさんの考案された水兵さんの女性衣装『セーラー服』というのを着てみようと思います。でも、スカートの丈がちょっと短いような気が……」

 

おおっ、やった! メルルにセーラー服をどうしても着せてみたくて、駄目元で勧めていたが、本当に着てくれるとは! ビバッ! カムバック、俺の青春!!

 

「いや、船内には色々な物が積まれているから、スカートが長いと引っかかって危ないんだよ。今回は仮装パーティーに便乗して水兵の女性版衣装を皆に提案する試みなんだから、あくまでそれを想定しておかないと。それを考えると、膝上10cm以上がベストだよ、メルル」

 

「そうなんですね。分かりました。色々考えていて凄いですね、ポップさん」と、頷いているメルルをよそに、俺は来月のハロウィンパーティーではメルルのセーラー服姿を目に焼き付けようと心に誓っていた。

 

そのうちアバン荘でも着てもらえるよう交渉しよう、と飽くなき欲求を頭に思い描く事で、リンガイアでバウスンに騙されていた怒りがようやく収まりかけてきた俺。

 

しかし、そんなようやく落ち着きを取り戻し始めていた俺の神経をさらに揺さぶる連絡が、突然届いた。俺は、左手人差し指に填めていた白磁の指輪を、顔の前に持って行った。

 

それは、指輪からの僅かな振動を感じたためだった。その白磁の指輪の表面を、水色に発光した小さな文字が右から左に流れていく。その文字を見て、俺は心底げんなりした。ああ、本当に、なんで俺はこいつにこの指輪を渡したんだろう……。

 

心の底からそれを後悔する俺。そう、今俺が見つめている白磁の指輪は、前世でいうところの携帯電話のようなものだった。この指輪は、大戦終結後アバン先生から鏡を使った通信呪文を教えてもらい、それを活用して作った通信型魔道具だった。

 

実はこの魔道具は、世界各地に堕とされたピラァを活用させてもらっている。先端にくっついていた黒の核晶(コア)こそ、俺がまとめて極大消滅呪文(メドローア)で消し飛ばしたものの、バーンによって堕とされたピラァ自体はまだ世界にそのまま残っていた。あれはバーンが六芒星を活用しようと考えていただけの事はあって、世界中に通信を届かせるのに実に都合がよかった。

 

という事で、俺は地上に落ちた大魔宮(バーンパレス)から切り出した素材を使って、ピラァを用いた相互通信が可能となる指輪を作り出していた。機能としては、通話機能とメール機能だけ付与している。稼働に必要な魔力はほとんどを六芒星に依存しているから、ヒュンケルなどの戦士も使用可能な優れもので、これは俺がこの世界に来て一番の発明品だと自負している。

 

しかし、しかしだ………。俺はこの通信型魔道具を当初仲間内だけに配っていた。当然、最後の決戦に加わったレオナ姫にもだ。これに噛みついたのが、ベンガーナ国王クルテマッカⅦ世だった。

 

曰く、「ポップ殿は、パプニカ王国だけ贔屓するのかね? もしやパプニカ王国は、アバンの使徒の力を取り込み、何やら好からぬ事を企んでいるのでは?」と、のたまったのだ。

 

この申し出という名の脅迫に俺は反論する事ができず、仕方なく各国の王様にだけという事で、追加でこの指輪を提供する羽目になってしまった。

 

「ポップさん、応えなくて良いんですか……?」

 

メルルが、俺がその通信に応えるのを躊躇している様子を見て、控えめに声をかけてきた。うん、もう着信拒否したいんだけどな。はー、そういう訳にはいかないか。意を決した俺は指輪をダブルタッチして、その不愉快な相手からの通信を受けた。

 

「はい、ポップです。何かご用でしょうか、クルテマッカ王?」

 

そう、それは、明らかに他の王族より頻繁に通信を送ってくる男(ていうか、俺の仕えている国のカミーユより通信回数が多いのはどういう事だよ!)、ベンガーナの国王 クルテマッカ王からの連絡だった。

 

 

『おお、ポップ君。ようやく繋がったね。遅いよ、君。もっと早く応えたまえ』

 

その余りな言い分に俺は思わず頭痛を覚え、こめかみを抑えた。

 

「それは失礼しました。こう見えて自分も忙しいもので。それで? どのようなご用件でしょうか? 特に何もないのでしたら、この後講義が控えていますのでこれで――」

 

『まあ、待ちたまえポップ君。要件というのは他でもない、コリントスの町の南の街道の事だ。その街道沿いの斜面だが、もともとの地盤が悪いのか毎年大雨が降ると土砂が街道を塞いで困っているのだ。君の土木魔法でどうにかしてくれんかね』

 

土木魔法じゃねえよ。泥沼呪文(ドロヌーバ)鉱石抽出呪文(トンネラー)だよ。いや、そんな事よりいい加減にしろよ、この髭親父め。

 

「……あのですね、どうやら認識の食い違いがあるようですが、私の所属は新生リンガイア王国であって、ベンガーナ王国ではないんですよ。ベンガーナ国内の事は、ベンガーナ王国の官士に言っていただけませんでしょうか?」

 

『何を言っているのかね、ポップ君。儂は今、ベンガーナ国王として発言しているのではないのだよ。あくまで、ベンガーナ医療大学の理事長として、一講師であるポップ君に依頼しているのだが?』

 

なっ!? 確かにクルテマッカ王はうちの大学の理事長だ。それは、ベンガーナに大口のスポンサーになってもらうためには、どうしても必要な措置だったが、それを今持ち出してくるか?

 

「い、いや、しかしですね、クルテマッカ王が当大学の理事長というのはもちろん承知しておりますが、今のお話は当大学と全く関係が――」

 

『いや、それがあるのだよ。聞いていないかね? コリントスの町は、そちらの大学に多くの食材を供給している町なのだよ? その輸送路として活用している街道が頻繁に通行止めになったら、困るのは大学に通う学生達ではないかね? 私は今、理事長としてそれを心から憂いているのだよ』

 

こ、この髭親父……。俺は右拳を握りしめ、プルプルと震わせた。更に指輪の向こうのクルテマッカ王は続ける。

 

『土木魔法でも、魔獣に話をつけるでも、どちらでも良いのだよ、私は。ポップ君は、()()魔獣とも親しいのだろう?』

 

「――!? な、何の事をおっしゃっているのか分かりかねますが……」

 

この髭親父、いつまでもネチネチ、ネチネチと器の小さい事を言いやがって……。クルテマッカ王が、俺が魔獣と親しいだろうと言い出した事の理由はもちろん分かっていた。それは完全に言いがかりと言ってよかった。

 

あれは、大魔王戦役後、クルテマッカ王の元に、ベンガーナ内の砦を大学として使わせてもらいたいという申し入れをルッツ達と一緒にプレゼンに行った際の事だった。正直言って、あの当時の俺達に医療大学をベンガーナ国内で構える以外の選択肢は無かった。

 

理由はもちろんお金だ。ベンガーナ内の砦を使わせてもらえれば、相当なコスト削減になると考えた俺達は、ベンガーナにとって様々な利便性をクルテマッカ王に説明していた。それは例えば、大学に集まる人や物流の流れもその一つだった。距離的にはベンガーナの町よりリンガイアの町の方が近いこの大学だが、リンガイアとの間には険しい山脈が横たわっていた。どう考えても、物流はベンガーナ国内を通るだろうから、ベンガーナの経済が潤うこと間違いなし、と俺達はクルテマッカ王に太鼓判を押す形でプレゼンし、首尾よく使用の許可をいただいたのだ。

 

しかし、さすがの経済通のクルテマッカ王も、許可を出したその数日後にまさか噂の魔獣が現れるとは予測できなかったらしい。かつてランカークス村とルミナの町を繋いだ噂の魔獣が、大学とリンガイアの間に横たわる山脈に突如として出現し、その咆哮を上げたのだ。

 

その咆哮の威力は凄まじく、それまで山越えで4、5日は掛かっていた難所が、僅か1日足らずで通行できるようになった。そのおかげで、大学に向かう人や物流のほとんどはリンガイアの町を経由する事になり、リンガイアの人間としてはお金を落としていただきありがたい事この上なかった。

 

『ふーむ、しかしだね、あの件はあまりにタイミングが良すぎる気がするのだよ。そう言えば君は、触れる物全てを消滅させる光の矢をパプニカで放っていなかったかな……? 良かったら今度、私にその魔法をじっくりと見せてはくれないだろうか?』

 

「あ、いや、私、師匠から無用な呪文の行使を止められておりますので、それはご容赦を。そ、それより分かりました。今回は大学に益のある話という事ですので、その件は私がなんとかしましょう」

 

『おおっ、やってくれるかね、ポップ君! いやー、持つべき者は優秀な講師だな。はっはっは。儂も理事長として鼻が高いよ。それでは、早めに頼むよ、ポップ君。そうそう、もう一つ。来月の仮装パーティーには、私も理事長として仮装して参加しようと考えているのだが、学生達から人気を集めそうな衣装は何かな?』

 

「人気ですか? それなら悪魔神官なんていかがでしょう? 仮装などと言わず、何でしたら自分が変身呪文(モシャス)で完璧に変装させてあげますよ。(そしてエルサの前に連れて行ってやる……)」

 

「おお、そうかね、そうかね。では、来月を楽しみにしているよ、ポップ君」

 

そう言って、クルテマッカ王からの通信は切れた。ったく、あの髭親父め……。

 

「な、何だか大変ですね、ポップさん。でも、ルッツ君が言っていましたよ。何だかんだ言って、クルテマッカ王は大学からの予算要求は最優先で通してくれるから助かるって」

 

メルルが俺を慰めるように言ってくれるため、俺は苦笑を返した。まあ、あの髭親父は一度約束した事は守るしな。それに、実際経済通だからさっきの件もそうだが、しっかりと自国の利は確保している。だから俺なんかがわざわざ、利を提供する必要は無いのだ。

 

この時の俺は知らなかった。こうしたクルテマッカ王との駆け引きは、クルテマッカ王が退位するその時まで続き、俺は一部の好意的な人間からは『ベンガーナに鈴をつけた男』と呼ばれ、俺に否定的な人間からは『ベンガーナの犬』と呼ばれていく事を……。

 

 

 

 

 

「遅いぞ、ポップ! もう準備は万端だぜ?」

 

「ああ、すまないジーン。ちょっと出がけに不愉快な通信が入って」

 

クルテマッカ王との通信の後、俺は学生食堂に来ていた。目的はもちろん、ジーンと共に開発に明け暮れていた新作料理の試食をするためだった。本当だったらメルルも自分のお弁当を持参して、ここで一緒に食べるはずだったのだが、ちょうど熱心な学生達がメルルに授業の質問に来たため、俺は一人でここに来ていた。

 

ちょうど昼飯時という事もあって、大勢の学生で食堂は賑わっていた。そんなガヤガヤとした食堂内に、豚骨のいい匂いが漂っていた。これは期待できそうだ。

 

「不愉快な通信……? まあ、いいや。そんな事よりポップ、一緒に試食したいって人がもう席について待っているぞ」

 

「一緒に試食したい人? そんな誘いは誰にも……って、姫さんじゃないか。え、何してんの、こんな所で?」

 

俺がジーンに促されて食堂内に設置されているテーブルに目をやると、そこにはパプニカ王国の女王レオナ姫がちょこんと椅子に腰かけて待っていた。その後ろには護衛なのか、瞬間移動呪文(ルーラ)要員なのか、アポロさんが。

 

「やっほ、ポップ君。何してるって、言ってくれるじゃない。パプニカだって、ベンガーナほどじゃなくてもこの大学に出資しているのよ。だったら、別に食堂にいたって良いじゃない」

 

「いや、そりゃいいけどさ、わざわざ食堂でご飯を食べるためだけに来たわけじゃないよね?」

 

この学生食堂は、俺とジーンの共同レシピ開発の発表の場と化している側面もあるんだが、正直評判がものすごくいい。その評判を聞き及んで、実は各国から派遣された料理人が、この学生食堂の厨房で働いている。それはもちろん、レシピを覚えて味を盗んでいくためなんだが、美味しい料理が世界に広まる事に何の抵抗もない俺達はそれを受け入れている。そして事務局長代理であるライカは、修行に来ている料理人の給料は、各国が払う事とちゃっかりした事を言っているから、実際都合の良い事だらけだった。

 

俺の問いかけに姫さんは、心外な、とでも言いたげに返事をする。

 

「も、もちろん違うわよ。ほら、マリンに聞きたい事があったから、それを確認に来たのよ」

 

マリンさんは、パプニカが大学によこした1期生のうちの一人だった。やはり賢者の国らしく、パプニカは医療魔法の習得に並々ならぬ気合いが入っている。今姫さんの後ろに立っているアポロさんも、マリンさんと入れ替わりに2期生として来る事が内定している。

 

しかし、マリンさんに用事があったんなら呼び出せば良いだけの事なのに、それをせずに昼時にここに来ているって事は、やはり食事が目当てなんじゃないのか? 俺のジトッとした目に、姫さんが目を泳がせて言い訳をする。

 

「い、良いじゃない、別に! ジーン君と話をしていたら、今日は新作ラーメンの試食会だって言うじゃない。醤油ラーメン、塩ラーメンに続く第3の味って聞いたら、この学生食堂ファンとしては放っておけないわよ!」

 

「ふーん、それじゃあ、今日のお昼はダイとは一緒に取らないんだ」

 

いつも姫さんがダイと一緒にパプニカの王城で昼食を取っている事を知っている俺がそう尋ねると、姫さんは、まさかっ、という顔で否定の言葉を発した。

 

「えっ、食べるに決まっているじゃない。大丈夫よ。ラーメンは別腹なんだから。これを食べたら、パプニカに戻ってダイ君と昼食の予定よ。今日は外でいただく予定なのよ♪」

 

ラーメンが別腹……。スイーツじゃあるまいし、どんだけラオタになったんだよ、姫さん。

 

「……そ、そうなんだ。じゃあ、ジーン、とりあえず早速頼むよ」

 

俺の言葉にジーンは、おうっ、と返し厨房に戻っていった。そうだ、せっかく会えたんだしちょっと聞いておこうかな。俺は姫さんの向かいの椅子に腰掛けながら、姫さんに尋ねた。

 

「それはそうと姫さん、俺、知らない間に新生リンガイア王国の宰相的な役職に就いてたみたいなんだけど、姫さん知ってた?」

 

姫さんは、俺のその問いかけに呆れたような表情をした。

 

「そりゃあ、知ってたわよ。ていうか、今になって気づいたの、ポップ君? 相変わらず、自分の事になったら鈍いわね。あっ、そんな目で見ないでよ。バウスン将軍に黙っていて欲しいって頼まれてたんだから……! 仕方ないでしょ、バウスン将軍にはロロイの谷でいっぱい借りがあったんだから」

 

知ってたのなら、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ、という視線で姫さんを見つめるが、その姫さんは手をパタパタと振ってバウスン将軍の名を出した。

 

おのれ、バウスン。まさか口止め工作までしていたとは……。その高い頭脳を何だってこんなしょうも無い事に使ってんだよ。俺のバウスン将軍に対する怒りを悟ったのだろう。姫さんが、少し神妙な顔をして言った。

 

「でも、バウスン将軍をあまり責めちゃだめよ、ポップ君。ほら、半年前の事件があったでしょう?」

 

半年前? ああ、俺の暗殺未遂事件の事か。

 

「あの後、バウスン将軍ったらパプニカにまで来て、それこそ頭を床に擦りつけんばかりに謝罪して行ったのよ。ポップ君を迎え入れたにも関わらず、自国の貴族のせいで彼を危険に晒してしまい申し訳ないって。ねえ、アポロ?」

 

姫さんは背後のアポロさんにも確認するように背後を振り返った。アポロさんは、静かに頷き口を開いた。

 

「ええ、バウスン将軍は、次に再びポップ君の身に危険が及べば、自身の命と引き換えにして詫びるとまで言っていましたよ」

 

「……? どうしてバウスン将軍がそこまで? 別にバウスン将軍が俺を殺そうとしたわけではないでしょうに……」

 

アポロさんは、俺の問いかけに若干苦笑いを浮かべて言った。

 

「他国を出し抜く形でポップ君を自国に引き入れたにも関わらず、自国の貴族の妬みに君を晒して、あんな事件を引き起こしてしまったからだろうね。実際、ベンガーナのクルテマッカ王からの叱責は凄かったらしいよ」

 

「……叱責って、俺の暗殺未遂事件とベンガーナは全く関係ない話なんじゃ?」

 

「そうはいかないんだよ。クルテマッカ王はあの事件の直後、『新生リンガイア王国が、氷の大賢者を受け入れる土壌としてふさわしくないのは明らか。この上は我が国に迎えさせていただく』と言って、かなり強引にリンガイアに迫ったらしいよ」

 

「そんな事が……。え、でも俺の耳にはそんな話は全く……」

 

「もちろん、君の耳に入らないよう、カミーユ王とバウスン将軍が防波堤になっていたんだよ」

 

マジか。あれは、俺の油断が招いた側面があるのに、そんな事でカミーユやバウスンに迷惑をかけてしまっていたのか。ていうか、百歩譲ってリンガイアが俺に相応しくなかったとして、何で次点がベンガーナになってんだよ。やっぱあの髭親父、頭おかしいな。俺が初めて聞く話に呆然としていると、姫さんが口を開いた。

 

「ま、ようするに、氷の大賢者の名は、君が思っている以上に重いって事なのよ。ベンガーナほどじゃないかもしれないけど、オーザムのライオネル王もずいぶんと強くバウスン将軍を叱責したらしいわよ」

 

うーん、参ったな。まさかあの事件がそれほど多くの国を巻き込んでいたとは。俺とエルサが死にかけたってだけの単純な話じゃないんだな。しかしバウスン、そんな事を俺に一言も言わなかったな。

 

あっ、そういえばリンガイアで俺がいただいている屋敷(一度も行った事ないから、どこにあるのかも知らないが)に以前は住むように勧めていたけど、あの事件の後は何も言ってこないな。もしかしてそれも、さすがにロモス王国まで悪意の手は伸びないだろうっていう、俺の身の安全を考えての事なのだろうか。

 

それに、前みたいに医療魔法を頼まれてもホイホイと人様の家に上がって無防備にやらない事、信頼できる護衛をつける事、とも口を酸っぱくして言われ出したな。まあ、それはバウスンに限らずマァム達皆に厳命されている事だけど……。

 

 

「ほら、お待ち! 食堂の新しいメニュー、『豚骨ラーメン 味玉付き』だ!」

 

俺がそんな事を考えていると、俺と姫さんの前にぬくぬくとした湯気を放つ乳白色のラーメンがドンっと置かれた。

 

「あらっ、良い匂いじゃない、ジーン君! 醤油ラーメンとは全然スープの色が違うわね!」

 

「おお……、記憶にあるとんこつラーメンそのものだ。ジーン、よくぞここまで……」

 

俺達の感嘆の言葉に、ジーンは、へへへっと鼻を擦る。

 

「さあ、食べて感想を聞かせてくれよ!」

 

言われるまでも無い。その後俺と姫さんは、この世界で初めて誕生した『豚骨ラーメン』を心ゆくまで堪能した。

 

そして、翌月から学生食堂のラーメンのラインナップに、この『豚骨ラーメン』が加わる事が当然のように決定した。ちなみにこの日は、俺は替え玉1つ、姫さんは替え玉3つだった。

 

 

 

「えーと、俺の授業は1組か……。1組……。うーん、嫌だな……」

 

俺は、今日の講義プログラムを書いた紙を眺めながら、大学内の廊下を歩いていた。1期生150人は、ちょうど50人ずつの1~3組に分かれていて、その1組には一期生150人の中で現時点で圧倒的な主席候補がいた。

 

その人間に顔を会わしたくない俺は、1人毒づきながら教室に向かっている。途中購買の前を通り、俺はその購買に『再入荷しました!』とポップ付きで並べられているぬいぐるみを見て、苦笑いを浮かべた。

 

購買横の掲示板には、先日学生が主催して取りまとめられた『ベンガーナ医療大学 ミスター&ミス講師人気ランキング』の結果が張り出されていた。

 

その結果を、足を止めてじっと見つめる俺。結果はとうに知っている。俺を含めてたった10人しかいない講師陣だ。4位以下は公表されていないとはいえ、俺は自分の順位を聞かされていた。それを聞かされた時、俺はマイル神父と互いに慰め合うように肩をたたき合ったものだった。

 

いや、気にしていないよ、俺は。別に俺はイケメンでもないし、授業はどの講師より難度の高い分野を受け持っているから、学生人気は最初から底辺を這っているだろう。だから気にしない。気にしないったら気にしない。しかし、あいつに負けるか……。俺はその結果表を見つめながら、そっと嘆息していた。

 

ちなみに、そのランキングにおける第3位は、我らがメルルだった。いや、これはもちろん嬉しい。だって俺の嫁だもん(いや、まだ嫁ではないが……いずれは、ね)、そりゃー、人気があるのは嬉しいさ。逆に、何で1位じゃないんだよって、集計した人間に文句を言ってやりたくなるレベルだ。

 

しかし第2位も、実に悩ましい人がランクインしている。そう、第2位はやはり我らがマリーさんだった。うん、メルルには悪いけれど、マリーさんはメルルには無い属性を複数所持している。例えば、人妻属性であったり、母親属性であったり、さらに言えば巨乳属性(メルル、ごめんなさい!)だったりだ。

 

これは、順当と言えば順当と言える結果だろう。もしこの結果が2位、3位ではなく、1位、2位という結果だったら俺はこれほどもやもやしない。しかし、我らがメルルやマリーさんを上回る人気を誇る講師がいるのが、俺は納得できないでいた。

 

そんな事を考えながら結果表を見ていると、廊下の先からキャピ、キャピとかしましい学生達のはしゃぐ声が聞こえてきた。

 

「きゃー、皆触ってみて! 凄く良い触り心地よ!」

「ほんとだ! 先生、こっちの足も触って良いですか?」

「あ、駄目よ、カレン。先生の足は9本しかないんだから、独占しないでよ!」

 

「ああ、ほらほら、皆、喧嘩しないの。あ、ほら、午後の予鈴が鳴ったよ。早く席について授業の準備をしないと」

 

「「「はーい」」」

 

何人もの学生達に囲まれて、おそらく中央にいるであろうその講師の姿を見る事が出来なかったが、予鈴の鐘が聞こえたのか学生達は名残惜しげに教室に入って行った。学生達がいなくなって、ようやく女子学生に囲まれていたその講師は俺の存在に気付いたようだった。

 

「やあ、ポップ。そうか、午後の一コマ目はポップの授業だったね。相変わらず忙しそうにしているね」

 

「いやいや、ホイミンが俺の講義のいくつかを受け持ってくれているから、助かっているよ」

 

俺達はそう和やかに会話を交わした。そう、今俺の目の前にいて、先ほどまで女子学生にチヤホヤされていた人気ランキング1位の講師は、エウレカの里の友達 ホイミスライムのホイミンだった。

 

「しかし、相変わらずの人気者だな。購買にもホイミンのグッズがたくさん並んでいたし、大学の収入に直結するから、ありがたい話だよ」

 

「やめてよ、ポップ。僕は人間の姿で授業したいのに、彼女達が許してくれないんだよ」

 

フワフワと宙に浮かびながら、ニコニコした顔のまま微妙に苦笑いを浮かべるホイミン。

 

「まあ、確かにホイミンのこの触手は、一度触ったら離しがたい魅力があるよな。メルルの手には負けるけど」

 

俺はそう言いながら、ちゃっかりホイミンの触手の一本を手に取り、にぎにぎと握る。

 

「そうだ、今度のハロウィンパーティーで、ホイミンの触手に1分間触れる権利とかを売り出してみるのは? 同時に9人まで触れるし、いい金儲けになりそうだけど……」

 

「嫌だよ、そんなの!」

 

そんな風に廊下でホイミンとくだらない話をしていると、本鈴が鳴った。

 

「いけねっ! じゃあ、ホイミン、またな。サーラさんによろしく!」

 

「うん、授業頑張ってね」

 

 

 

そして俺は、1組の教室の扉をガラッと開いた。もちろん、扉の上から黒板消しが落ちるなんて古典的ないたずらはされていなかった。

 

 

 

「……以上が、消化器官の主な役割になりますが、何か質問はありますか?」

 

一通りの説明を終えた俺がズラッと席についている学生達を眺めて質問を促すと、最前列に座っていた生徒の1人がすっと手を上げた。

 

俺は若干顔が引きつるのを感じながら、その生徒を指名する。指名された生徒はその場でさっと立ち上がり、俺に更に高度な質問を投げかける。うん、さすがは、まだ上半期の授業が終わる前から、主席候補と囁かれている生徒なだけはある。次席候補は今の所マリンさんだが、おそらくこの生徒には届かないだろう。

 

そんなやり取りを各学生とも行いながら、約120分の授業が終わった。俺は、たんたんと教壇上で広げていた資料を片付け始める。そんな俺に、一番最初に俺に質問を投げかけてきた主席候補の生徒が近寄ってきた。

 

「いやー、ポップ先生の授業は実に分かりやすいですね。私、先日の講師人気投票ではポップ先生に一票を入れたのですが、結果が伴わず残念でした」

 

「そ、そうですか……。それはありがとうございます。それより、()()()()()、いい加減俺を先生呼びするのを、やめてもらえませんか? もう調子が狂いまくるんですが……」

 

俺のそんな訴えを、いつものようにカールをくるっと巻いたアバン先生がニマッと笑みを浮かべて退ける。

 

「ノンノン、いけませんねー、ポップ先生。ここは学び舎ですよ。学び舎である以上、私の先生はポップ先生で、ポップ先生は私の事はアバン、もしくはアバン君と呼ばないと……!」

 

俺は再び、頬をひくっと引き攣らせた。

 

そうなのだ、カール王国は何と、ベンガーナ医療大学の第1期生として王配であるアバン先生を送り込んできたのだ。いや、もうほんと、勘弁してほしいよ。何だって、アバン先生に先生呼びされなきゃいけないんだよ。本当に、早く卒業してくれないかな……。

 

「わ、分かりました、アバン……君」

 

ガクッと肩を落としながらそう返事をした俺を見て、アバン先生は満足そうに頷いていた。

 

「あ、そうそうポップ先生。今度のハロウィンパーティーは、妻のフローラも是非来させていただきたいと言っていました。ポップ先生の先生振りも楽しみにしているようでしたよ」

 

「そ、そうですか。ダイ達も来るって言っていたので、喜ぶと思います。それでは、アバン先生、あ、いや、ア、アバン君。くれぐれも、くれぐれも油断して単位を落として卒業できないなんて事にならない様お願いしますね」

 

「もちろんですよ、ポップ先生」とサムズアップするアバン先生。

 

 

 

その後、どっと疲れた俺は職員室に戻り、メルルの講義が終わるのを待って一緒にネイル村のアバン荘に帰った。

 

はー、ようやく今日の仕事が終わった。自分から始めた大学とはいえ、まさかこんな毎日が俺を待ち受けているとは。メルルにお疲れ様でした、と慰められながら俺はアバン荘の扉を開いた。

 

 

 

 




次話で完結…。寂しいなぁ。
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