転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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199話 エピローグ④ 幾星霜を経て……

「あら、お帰りなさい、二人とも」

 

俺達がアバン荘の玄関を開けて広いリビングに入ると、もうロモスの町からマァムが戻っていて、ソファの上で寛いでいた。マァムはもう汗を流した後なのか、動きやすそうなタンクトップに着替えていて、薄緑色の糸と針を手に、何やら縫物をしていた。

 

「ただいま、マァム。ルーンはいないんだ?」と返事をしながら、俺もマァムの隣に腰を下ろす。メルルはマァムに挨拶を返した後、普段着に着替えるためだろう、2階の自室の方に足早に向かった。

 

「ふふ。ルーンは、ミーナが迎えに来て遊びに出かけたわ。どうしたの、ポップ? 随分と疲れているわね?」と、マァムが縫物の手を止め、俺の様子を見て気遣わしげな顔を向けた。

 

「いや、それがバウスン宰相がさ……」

 

俺は今日判明した顧問=実質的な宰相という衝撃の事実をマァムに説明する。俺の話をひとしきり聞いたマァムは、呆れと納得の入り交じった複雑な表情をした後、クスクスと笑った。

 

「いや、笑い事じゃないんだって、マァム。完全にバウスン宰相に一杯食わされたんだから」

 

「でも、1年近くそれに気づかなかったポップも悪いわよ。それに、もう今更じゃない? 別に明日から仕事の内容が変わるわけじゃないんでしょ? 今まであなたがやってきた事を、そのまま続けるだけじゃないの?」

 

「それはそうかもしれないけどさ、宰相だぜ? 俺なんかよりずっと宰相をやりたいって人や、もっと相応しい適任者がいるだろうに、よりによって何だって俺に……」

 

「くすくすくす。多分、バウスン将軍は自分から宰相をやりたいって希望する人は、逆に遠慮したかったんじゃないかしら。それに、私はポップが適任者じゃないとは思わないわよ」

 

どこがだよ……。俺の内心の不満を見透かしたように、マァムが指折り数え始める。

 

「まず、家を失った人達に対する新しい住居の確保でしょ。それに、食べる物の確保。他にも、国を挙げての孤児院の創設・運営、外貨を稼ぐための新たな取り組み、各国からの支援の取り付け……。ほら、ポップがやった事はたくさんあるじゃない」

 

「いや、それらは別に俺一人でやった事じゃないし……」

 

確かに、壊滅的な被害を受けたリンガイアの民のために、何は無くとも衣食住の確保を最優先し、親を失った子供達を保護し、金を稼ぐためにチョコボレースを企画し、コネを使って各国から支援物資を調達するなどの事は行ったが、あれは皆が手伝ってくれたからこそできた事だ。

 

「何を言っているのよ、ポップ。どこの国の宰相も、自分一人で全部やっちゃったりしないわよ。皆の意見をまとめて、皆の士気を高めて、皆にやるべき事を指示する。ほら、あなたがパーティーを組んでいた時に、私達にしていた事と同じじゃない。だから私は、あなたが適任だと思うわ」

 

「う、うーん、そう言われれば同じような……、いや、しかしさすがに規模が違うような……」

 

マァムの言葉に、納得したような、していないような微妙な顔で首を傾げる俺。

 

「ふふふ。そんな事より、ちょっとこっちに身体を向けてよ、ポップ」

 

その言葉に俺が「え……?」と、首を傾げながらもソファの上で身体の向きを変えマァムに正対すると、マァムは手に持っていた布を俺の身体に押し当てて、じっと俺を検分する。

 

「うん、千切れちゃった所も穴の開いた所も縫い直せたし、目立ったほつれもなさそうね。はい、随分遅くなったけど、ちゃんと縫い直したわよ」

 

そう言って、俺の手に緑色の衣服を押し付けるようにして手渡すマァム。(なんだろう、これ?)、と渡されたそれを顔の前で開くと、その衣服はかつて俺が身に着けていた『みかわしの服』だった。

 

「マァム……、これって……」

 

俺の問いに、マァムは少し顔を赤らめて「覚えているかしら……?」と、口にする。

 

 

『マァム、後で落ち着いたら、繕ってくれないか?』

『それは良いけど、メルルの方がきっと上手よ……?』

『マァムだって上手じゃないか。……』

『……。わ、分かったわよ。私でよかったら後で縫ってあげるわよ……』

 

忘れるはずが無い。もうずいぶん昔のように思えるが、あの日テランの地でマァムと交わした言葉は、今でもありありと覚えている。ていうか、マァム。あのボロボロだったみかわしの服をずっと持っていてくれて、そればかりか、ずっと繕い続けていてくれたんだ……。

 

マァムの俺への想いが、俺の心の奥底に温かく、染み入るように溶け込んでいく。

 

「……もちろん覚えているよ。ありがとう、マァム」

 

俺の答えに、マァムは頬を赤らめたまま早口で、「や、約束だったから、別にお礼を言われるほどの事じゃないわよ。それに……」と口を開く。

 

「それに……、またポップを捕まえたくなった時に、千切れちゃったら困るもの……。そ、それだけよ、それだけ!」

 

「くすっ。捕まえたくなった時って……、もうあの時みたいに俺は逃げたりしないよ。約束する、マァム」

 

「ポップ……」

 

マァムの瞳に映る俺の顔が徐々に大きくなっていくのを、我がことながら不思議に思っていた時、突然「バーン!」と、大きな音を立てて目の前のテラスに続く窓が開いた。

 

「ただいまー! あー、疲れた!!」

 

「ピピピィッ!」

 

声で分かる。駆け込んできたのは、パプニカにお勉強に行っていたダイとゴメだ。途端に賑やかになるアバン荘のリビング。

 

「……? あれ、どうしたの、ポップ、マァム?」

 

ダイとゴメがリビングに飛び込んできた途端、俺とマァムは互いにソファの上で距離を取り、はぁっ、はぁっと荒い息を吐いていた。あ、危なかった……。

 

「い、いや、何でもないよ。それより、お帰り、ダイ。ちゃんと弁当は届いたか?」

 

どうにか取り繕った俺の言葉に、ダイは恥ずかしそうに頭を掻いて口を開いた。

 

「え、えへへ。うん、ありがとうポップ。俺、すっかり忘れちゃってたよ」

 

その様子を見て、やはり調子を取り戻したマァムも、微笑みながらダイに挨拶を返す。

 

「お帰りなさい、ダイ。ゴメちゃんも。ダイは、お勉強さぼってなかった?」

 

「ピピッ!」

 

マァムは、ダイのお目付役を兼ねているゴメにダイの様子を確認する。そのゴメは、問題ありませんッ、とばかりに片翼を敬礼するようにマァムに返事をした。

 

「酷いよ、マァム! 俺、ちゃんとテムジン先生に言われた宿題は終わらせてきたよ!」

 

ははは、と皆の陽気な笑い声が、リビングに響いた。

 

 

 

「あ、そうそう。今日葡萄農園の見学にレオナと一緒に行ったんだけどね、お土産にいっぱい葡萄を貰ってきたんだ。たくさんあるし、レイラさんにもどうかな?」

 

「まあ、母さんも喜ぶわ。ありがとう、ダイ。じゃあ、早速お裾分けしてこようかしら」

 

ダイから手渡された葡萄がたくさん入った袋をマァムが選り分け、両手に袋を持って玄関の方に向かった。

 

「ああ、マァム。俺も手伝うよ。一緒に行こう」、と声をかけてその後を追う俺。

 

 

 

アバン荘からレイラさんの住んでいるマァムの実家までは、ゆっくり歩いても10分もかからない程の距離だ。マァムから葡萄の入った袋を一つ受け取った俺は、マァムの隣を歩いていた。時刻は夕刻。まだ日は完全に地平線に沈みきっていないが、周囲を森に囲まれているネイル村では既にあたりは薄暗くなっていた。

 

アバン荘を出ていくらもしないうちに、俺の左手の甲にマァムの右手がそっと触れる。俺はフッと僅かに笑みを浮かべて、そのマァムの右手に指を絡ませ手を繋いだ。

 

エルサやメルルと違って、普段昼間に俺はマァムとほとんど接点がない。だから俺はこういう機会にできるだけマァムと触れ合うようにしていた。そっとマァムの顔を盗み見ると、マァムはわずかに顔を紅潮させそっぽを向いていた。なんでだろうな、大戦中は必要に迫られてもっとスキンシップを取っていたというのに、今はこれぐらいの事で胸が高鳴るなんて。

 

街灯はもちろん、人気もない薄暗い道を、俺達は手を繋いで歩く。もう少しアバン荘がレイラさんの家と離れていたら良かったのに、と思っているのは俺だけなのだろうか? いや、多分マァムも同じ気持ちじゃないかな。だって、今俺達は、レイラさんの家に向かうには遠回りとなる道を歩いていたから……。

 

 

とりとめのない会話をマァムと交わしながら小川にかかった小さな石造りの橋を渡っている最中に、「そういえば……」と俺は口にする。

 

「なあ、マァム。レイラさんは結局アバン荘に入居しないんだっけ?」

 

「ええ、母さんは今のまま実家に住ませてもらうって。アバン荘の住人は皆若いから、その勢いについて行けないって零してたわ」

 

「レイラさんだって、十分若いだろうに……」と、マァムの言葉に苦笑いする俺。

 

実際、レイラさんはマァムほどの歳の娘がいるという事が信じられないくらい若々しい。先月の休みの日に、それこそ今渡っている川の上流で、皆で水遊びをした。そこに、何と声をかけていたレイラさんが『危ない水着』を着て現れたのだ。所有しているとは聞いていたが、実際に見るととんでもないハイレグだった。

 

俺なんて思わず鼻血が出ちゃったよ。まあ、その後マァム、メルル、エルサにそれぞれ頬を張られた俺はまた別の意味で鼻血を吹く事になるんだが、しかしあれはそれだけの犠牲を払うだけの価値のある光景だった。

 

あれ良かったなー。レイラさん、またあれ着てくれないかな。俺が人知れずニヤニヤしていると、マァムと繋いでいた俺の左手が突然ギュッと握りつぶされた。

 

「――!? い、痛いってば、マァム! な、何すんだよ、いきなり……!」

 

桃源郷のような世界から突然現実世界に引き戻された俺は、マァムに抗議の声を上げる。

 

「ふんっ! どうせまた、この間の母さんの水着姿を思い出していたんでしょ! 分かっているのよ!」

 

ええ……、どうして分かるの? メルルならまだしも、マァムにまで心の内を暴かれた俺は動揺した。

 

「え、い、いや……、ち、違うよ。な、何を言っているのかなー。は、ははは……」

 

マァムはそんな俺を冷たい目で見つめた後、不意にそっぽを向いて蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

 

「……そ、そんなにあの水着が気に入ったのなら、わ、私が……来年着てあげても、い、良いけど?」

 

はい、確かに言質を取りました! 俺の心臓がドクンッとその瞬間高鳴るのを感じた。

 

「マジッ!? え、本当に着てくれるの、あれ!? え、ど、どういう心境の変化!?」

 

俺は思わずマァムに顔を近づけて、そう声を張り上げた。

 

「ちょっ、ち、近い、近いわよ、ポップ!! ちょっと落ち着きなさい!」

 

身体を反らして俺から逃れたマァムは、耳まで真っ赤にしながら先ほどと同様小さな声で呟いた。

 

「ま、まあ、あなたが他の女性に目移りしても困るから、し、仕方なくよ。あ、でも、恥ずかしいからエルサとメルルには内緒よ? (か、彼女達まで同じ水着を着たら、ポップったらそっちばかりに目をやるでしょうし……)」

 

「同じ水着……?」

 

「な、何でもないわよ! と、とにかくそういう事だから、もう母さんのあの姿を頭に思い浮かべるのは禁止! っもう、母さんにも、もう一度歳を考えなさいって、注意しておかなきゃ!」

 

そうか、そういう事なら来年の夏が俄然楽しみになってきたな。うわー、めっちゃテンション上がってきたよ、俺。

 

バウスンやクルテマッカ王にしてやられた今日の出来事を頭の中から速攻で消去して、今日は最高の一日だったなとほくそ笑む俺。言質を取った事を忘れないように、帰ったら手帳に書いておこう。

 

そんな事を考えていた時、マァムが握った俺の手が、先ほどとは違いそっと気遣うように握られた。その微妙な違いを感じた俺は、表情を引き締めてマァムに視線をやった。そのマァムは、どこか遠くを見るように前をじっと見つめて口を開いた。

 

「ねえ、ポップ。さっきの話の続きだけどね、母さんがあの家で住みたがっているのは、あそこが父さんとの思い出の場所でもあるからなの」

 

父さん……。そうか、ロカさんの……。

 

「あの家で、母さんが父さんと私と一緒に暮らしたのは、ほんの1年足らずだったみたいよ。でも、家の色々な場所に父さんとの思い出が残っていて、それを忘れられないみたい……。それに、父さんに黙って引っ越しちゃったら、この間みたいにふらっと父さんが帰って来た時にかわいそうだからって……」

 

父さんが帰って来た時……。ああ、そうか。俺は1年前のバーンとの最終決戦時に、どういう奇跡が起こったのか、マァムの父さんが現世に現れたという話を思い出す。

 

「ロカさんか……。マァムとアバン先生、それにレイラさんに言葉を残して帰って行ったんだったよね。俺も言葉をかけてもらいたかったな。マァムとの事、認めてくれていると良いけど……」

 

(母さんが言うには、父さんはポップを豪破一刀で両断しようとしていたらしいけど……)

 

「え、何か言ったか、マァム?」と、マァムの言葉が聞き取れなくて尋ねる俺。

 

「う、ううん! なんでもないわ、ポップ。それより、そんな思い出が詰まった家だから、やっぱり母さんは離れられないみたい」

 

「そっか……。うん、そうだよな。……思い出は、大事だよな」

 

レイラさんは、いつまでもロカさんの事を想っているんだろうな。俺がしんみりとそう呟くと、不意にマァムは石橋の上で足を止めて俺に正対した。

 

「……ねえ、ポップ。ポップは、まだ思い出にならないでね? 私、まだまだあなたと一緒にいたいわ。半年前みたいな事はもう嫌よ……?」

 

そう言ってマァムは、俺の服に手を伸ばしギュッと生地を掴んだ。そのマァムの微かに震える手に、俺は自分の手をそっと重ねる。

 

「もちろんだよ、マァム。俺もマァムと一緒の未来を歩いて行きたい。これからも、たくさんの思い出を作っていこう」

 

「約束よ、ポップ……」

 

ああ、約束するよ、マァム。もし俺が君より先に死んだとしても、ロカさんのように様子を伺いに戻ってくるよ。神の奇跡が起きたロカさんと全く同じというわけにはいかないかもしれないけれど、君が寂しくないように、共に過ごした日々が思い返されるように……。

 

俺達は、互いに目を閉じどちらからとなく顔を近づけていった。目を閉じると、さらさらとまるで誰かがおしゃべりしているようだった川のせせらぎが、何故か俺達のために息をひそめてくれたように感じた。

 

 

じーーーーー。

 

……。

 

突如、なぜか横顔に強烈な視線を感じ、その動きを止める俺。恐る恐る目を開けて視線を横に向けると、そこにはじーっと興味津々な様子で俺達を見つめる、少女の姿に変化したパンがいた。

 

「パ、パン……、あ、あなたいつからそこに?」

 

俺以上に気配に敏感なマァムも当然その視線に気づいていたようで、じぃっと俺達を見つめるパンに動揺しながらも、言葉を投げかける。

 

「ん……。2人が、めをとじるまえから……。パンをきにしないで、はやくつづき。パン、おべんきょうのために、みていたい」

 

「み、見せるわけないでしょ!? そ、そんな事はセリーヌから教わりなさいよ!」

 

「かあさん、いまはさかっていない。マァム、いまはさかってる。だからパン、マァムからおそわりたい」

 

「――!! 私だって、さかってないわよ!!!」

 

 

静かなネイル村の夕暮れ時、腕を大きく上下させながらマァムがそんな絶叫を放っていた。

 

 

 

ああ、幸せだな。悲しい事も、悔いる事もたくさんあった大戦だったけれど、俺達は今こうして生きている。これからも俺はこの世界で足跡を残していこう。それは、大層なものでなくていい。マァムやメルル、エルサと一緒に過ごす中で、笑ったり泣いたりするだけの小さな足跡で良い。ダイやゴメ、ヒュンケルやクロコダイン達と言った、心を通わせた者達とただ同じ時を過ごすだけで良い。

 

いつかは俺も歳を取り、マァム達も歳を取り、一人また一人と大地に帰っていく事だろう。

 

だけど、それで良い。それが良いんだ。それこそ、俺が望んでいた生き方だ。バーンが言ったような永遠の命など全く興味がない。限りある命だからこそ、今が輝くんだ。

 

バーンの一生に比べたら、俺達の一生など一瞬の灯火のようなものだろう。俺達の望みなど、あいつにとっては鼻で笑われる程度の事だろう。でも、あいつがどう思おうと俺には関係ない。俺は、俺の歩幅で一歩ずつこの世界を歩いていくんだ。きっとマァム達も、俺の隣を歩いてくれる。

 

さあ、続けよう。まだ俺の冒険は終わっていない。命尽きるその時まで、俺らしく必死にこの世界を生きよう。皆と一緒に新しい一歩を踏み出すんだ。

 

 

 

 

俺は、真っ赤になりながらパンとギャーギャーと言い争いをしているマァムに近づいた。

 

「ポップ……?」

 

俺のその動きを不審に感じたのか不思議な表情をして振り向いたマァムの唇に、俺は自分の唇をそっと重ねた。

 

突然の俺の行動に、マァムの身体が硬直したのを俺は感じた。だけど、マァムは俺を振りほどこうとはしなかった。

 

 

パンが爛々と目を輝かせている隣で、俺達は束の間唇を触れ合わせていた。

 

 

 

###########################################

 

 

大魔王戦役が終結してから現在までの150年の間に、大魔王戦役を題材とした書物は無数に世に生み出された。その無数の書物の中から、特に人気の高い書物を3冊紹介しよう。

 

1冊目は、『ヒストリエ 大魔王戦役』(アバン・デ・ジニュアール3世 著)である。この書物は、カール王国フローラ女王の王配となった勇者アバン自らが書き起こした、大魔王戦役を様々な角度から考察した一冊である。本書は、大魔王戦役を扱った書物の中でも最も正確な記述がされていると定評があり、また、著者の高い洞察力から導き出された様々な考察は、識者からは必読の一冊と言われている。

 

特に大魔王バーンと、その腹心であったミストバーン、キルバーン、果ては大魔宮(バーンパレス)において突如出現したと伝わる冥竜王ヴェルザーのそれぞれの思惑についての考察は、大魔王戦役を扱った書物の内で最も正確なのではと評価されている。

 

ただ、惜しむらくは書物の前半の描写が『破邪の洞窟』に集中しており、『破邪の洞窟』についての考察は余人の追随を許さないものの、大魔王戦役を語る上で外せない戦役初期の魔王軍の各国への侵攻に対する考察が不足している点が、戦役全体を俯瞰するという意味合いでは若干物足りないとも指摘されている。

 

 

2冊目は、『ハドラー親衛騎団がゆく』(アルビオーネ・ハドラック 著)である。この書物は先に紹介したアバン著『ヒストリエ 大魔王戦役』とは異なり、フィクションの要素が大部分を占めており、その最大の特徴は、当時魔王軍側であったハドラーとその親衛騎団が一貫して主人公として描かれている点にある。

 

この書物が発刊された当時は、魔王軍側の者を中心として描写されている事もあり、あまり話題にならないどころか、一部の国では禁書扱いを受けたとも伝わっている。しかし、後に高名な『氷の大賢者』ポップ・マーカストンがこの書物の愛読者という事が世間に広まり、それを契機に爆発的なまでの人気を博するに至った。

 

この書物は叢書(そうしょ)、いわゆる続きものであり、敵ではあるものの他にない魅力に溢れたハドラーや、その親衛騎団達の熱い友情に熱狂するファンが続出した。今でこそ当たり前に用いられている”反英雄(ダークヒーロー)”という単語が最初に生まれたのは、この書物からだったとも伝わっている。現時点の最新刊は第78巻であり、魔界で復活を果たした冥竜王ヴェルザーをハドラーとその親衛騎団が討伐に向かう場面が描かれている。

 

なお、この書物の著者であるアルビオーネ・ハドラックは、その氏名以外の年齢、性別、容姿は全て不明であり、彼、もしくは彼女の姿を確認した者は存在しない。出版社によると、原稿はいつも突然ポストに入っており、その印税等の売り上げは全て慈善事業に充てられているという。

 

書物自体は、第1巻から最新刊まで約140年以上にも渡る連載が続いており、当然ながら著者であるアルビオーネ・ハドラック個人が執筆しているとは考えられていない。そのため、アルビオーネ・ハドラックとは団体名であり、その著者は世代交代を行いながら継続的に執筆を続けているのでは、と考えられている。

 

謎多き著者であるが、シリーズを通して、ハドラーと、彼を一途に慕う女王(クイーン)アルビナス、常に一番槍を付ける騎士(ナイト)シグマ、侠客気質の僧正(ビショップ)フェンブレン、献身を常とする城塞(ルーク)、粗野な言動が目立つ兵士(ポーン)といった魅力あるキャラクターの描写は連載当初から変わっていない。

 

そして最後に紹介するのは、大魔王戦役終結の3年後から約60年間の長きに渡って発刊された『氷の大賢者』こと、ポップ・マーカストンによる大魔王戦役の勇者一行(パーティー)の冒険譚を詳細に記した全25巻に及ぶ長編書物である。

 

この書物は、記述の正確さや文章の精緻さではアバン著の『ヒストリエ 大魔王戦役』には及ばないものの、実際に勇者一行(パーティー)の一員としてその戦いの最初から最後まで最前線で戦い抜いたポップ・マーカストン自身の著作と言う事もあり、臨場感や没入感は他の書物の追随を許さない彼のライフワーク的な一冊となっている。

 

特に第4巻の初版は現在プレミア価格がついており、それを手に入れるために家が買えるほどの金額がやり取りされるという事態もしばしば発生している。その理由は、この巻内ではパプニカ奪還時の描写が記されているのだが、その後祝勝会で起こった一連の騒動が赤裸々に描かれているためだった。

 

ただ、それが故に、この第4巻は発刊直後からパプニカ王家主導の下大規模な回収騒ぎが発生し、その後改めて発刊された2版以降ではこの描写が削除されていた事から、現在に至るまで第4巻の初版の値段は高騰している。

 

そして5巻以降、パプニカ王家や著者の家族による検閲が増えたためなのか、それまでは時折存在した赤裸々な描写がなりを潜め、その事を残念に思うファンは当時から多く存在したという。しかしそれでも、英雄と称えられかつてこの大地に生きた者達の意外な人柄や嗜好などを知る事の出来る本書は、現在どの町の図書館にも蔵書され、多くの人に感銘を与えている。

 

なお、この書物はポップ・マーカストンの死後に再び注目を集める事になる。その理由は、著者がこの書物に施した数多くの暗号文の存在が知れ渡ったためだった。それまで世界には暗号という概念がなかったため、この試みによりポップ・マーカストンは『暗号文の父』という異名を新たにいただいている。それは、ポップ・マーカストンに与えられた数多くの異名のうちの1つであり、彼の死後に与えられた3つの異名のうちの1つでもあった。

 

初めて確認された暗号文が世間に知れ渡り解読されたのは、ポップ・マーカストンが死去した1年後の事だった。それは現在としては初歩的な、しかし当時としては画期的なアナグラムを用いた暗号文だった。

 

それを最初に解読した人物が、ポップ・マーカストンの奥方マァム・マーカストンにその内容を伝えた際、彼女は、最初は故人となった夫に悪態をつき、その後さめざめと涙を零したと伝わっている。

 

その暗号文を解読する事で現れた言葉。それは、以下の短い文章だった。

 

『マァムの握ったおにぎりは、オリハルコンより固い』

 

当事者以外にとっては毒にも薬にもならないその言葉が、彼女にとっては心の琴線に触れる故人からのメッセージだったと推測するのは、想像に(かた)くない。

 

その他にも、『凶器は水晶球』、『君の前では、ハーゴン*も裸足で逃げ出す』、『待て、話せばわかる』、などと言った次々と新しい暗号文が確認され、その度に解読がなされてきたが、それらのほとんどは妻に当てたメッセージだったのだろうと考えられている。(*”ハーゴン”については、”バーン”の誤訳の可能性有り)

 

そして、おそらくポップ・マーカストンの残した最後の暗号文であろうと目されている、最終巻である25巻の後書きにひっそりと残されていた暗号文は、解読の結果こう記されていた。

 

『幾星霜を経て、再び皆と邂逅できる事を願う』

 

 

妻達に宛てた数多のメッセージを潜ませた大魔王戦役の冒険譚を綴った書物。

 

 

 

その書物の名は、『DRAGON QUEST(ドラゴンクエスト) ダイの大冒険』といった。

 

 

 

                 【  完  】

 

 




はい、これにて『転生大賢者の冒険』 完結です。投稿開始から完結まで、2年程度を要してしまいました。初めての創作活動でしたが、本作の投稿を始めるにあたってこれだけは守ろうと決めていたのは以下の2点です。

1点目は、『原作及び登場キャラクターに対するリスペクトを忘れない』です。原作には、様々な魅力的なキャラクターが登場します。そんな彼らについて、いわゆるキャラ崩壊などはさせず、頼りになるキャラクターはより頼りになるように、憎いキャラクターはより憎いキャラクターになるようにと、それぞれのキャラクターをより輝かせるよう努めたつもりです。
 これについて、私自身の力量不足もあり、その思いが結実しているかどうかは自分では分かりませんが、そう努力した事だけは胸を張りたいと思います。

そして2点目は、『最後まで完結させる』です。私も、このサイトでとても楽しい二次小説にいくつも出会いましたが、同時に未完で終わっている小説にもたくさん出会いました。作者様が個人の趣味の一環として楽しんで投稿している小説です。それらについて『是非続きを!』と言いたくても言えない気持ちは痛いほど分かっている私は、せめて本作では、貴重な時間を費やして本作を読んでくれた皆様にそのような気持ちは抱かせたくなく、『始めたからには、どれほど駄作でも最後まで終わらせる』という事を自分に課していました。

その他に細かい事を言えば、『主人公を完璧な人間にはしない』、『できる限りご都合展開臭を排除する』などもありましたが、その通りできたかどうかは、自分では客観的な判断ができませんので、皆様の評価に委ねたいと思います。

さて、最後になりますが、本作を読んでいただいた皆様、とりわけ感想や評価、誤字報告などを頂いた皆様に深く、深く感謝します。長い投稿期間でしたが、皆様からいただいたたくさんの感想や評価をモチベーションに、ここまで続ける事が出来ました。また、国語力の乏しい私に誤字報告と言う形で指摘していただいた方々にも心から感謝を。皆様のおかげで、書き手として楽しい時間を過ごさせていただきました。

以上のような書き方をすると、もう筆をおくように取られてしまうかもしれませんが、本作については、実はまだ回収していない伏線がいくつかあり(例えば村長室の12文字の正体とか、何故テランの地であのような書簡が見つかったのか等々)、それらを回収するための外伝というかSSの構想もありますので、時間がある時に思い出したように投稿をしようと思っています。確実に書きたいと思っているのは、後世『ポップ・マーカストンの書』という名で呼ばれる事になる、彼が生涯に渡り日本語でつけていた日記ですね。まあ、本作の残りについてはそんな感じです。

すいません、本当に長々と後書きを書いてしまいました。これが最後かもしれないと思うと、名残惜しくて。書き足りなかった部分は、後日活動報告であげさせていただこうと思います。(次作の事も含めて)

それでは皆様、健康第一に読書を楽しんでいきましょうね。さようなら。

ありがとうございました!
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