転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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202話 閑話③ ポップ・マーカストンの書 その1

薄暗く寒々とした洞穴内。大きさは5m四方ぐらいだろうか。その洞穴内は物置替わりに使用されているのか、大小さまざまな大きさの木箱が隅の方に押しやられるようにして雑多に積み重ねられていた。

 

そんな洞穴内の外に繋がっている木の扉が「カチャ……」と音を上げながら開く。……と同時に、洞穴内に滞留していた細かな埃が、久しぶりにもたらされた外気に歓喜したかのように、不規則に宙を舞った。

 

扉の向こうにいたのは、何冊もの手の平サイズの書物を両腕の中に携えた長い髪が印象的な吟遊詩人の出で立ちをした男。そしてその男の足元には、水滴型の形状をした水色の生物と、赤みがかったごつごつとした岩石が。その水色の生物と赤い岩には、目と口があるべき場所に備わっていた。そう、彼らは魔物だった。水色の魔物が側の男を見上げて口を開く。

 

「うー……、久しぶりにここに入ったけど、相変わらずここは寒いな。早くそれを戻して皆の所に戻ろうぜ、ホイミン」

 

「そうだね、スラリン。ロッキー、これが何処にあったのか分かるかい?」

 

ホイミンと呼びかけられた男は、視線を足元に転がる岩石状の魔物に投げかける。ロッキーと呼ばれたその岩石状の魔物は「メ……」と呟き、ゴロゴロと洞穴内を転がり始める。その後ろをスライム族のスラリンと、人間の姿に変貌しているホイミスライム族のホイミンが続く。

 

ロッキーの回転が、右方の木箱を積み重ねた場所で止まる。そのまま彼は隣に立ったホイミンを上目遣いで見つめたので、ホイミンはこくりと頷いて書物を器用に片腕で保持しつつ、積み重なった木箱の一つに手を伸ばした。そしてスラリンも、ぼよんっと勢いをつけて側に積み重ねられている木箱の上に飛び乗り、その無い首を伸ばすように伸ばして、ホイミンが手を伸ばした木箱を上から覗き込む。

 

「ああ、どうやらこの箱だね。案内ありがとう、ロッキー。よいしょっと」

 

ロッキーに案内された場所で、中に何も入っていない空の箱を見つけたホイミンは、その箱を手繰り寄せ、ここまで運んできた書物をその中に丁寧に入れていく。

 

その様子をじっと見つめていたスラリンが、不思議そうに身体を震わせて口を開く。

 

「なあ、その日記ってポップが死んでからずっとここに保管していたよな。それをどうしてサーラは、急に持って来て欲しいなんて言い出したんだ? ポップ以外誰も読めない文字で書かれた日記を、サーラはどうするつもりだったんだろう。ホイミン、お前何か知っているのか?」

 

「くすっ。さあ、僕も詳しくは知らないよ。でもサーラが妙に嬉しそうだったから、きっと悪い事じゃないよ」

 

「あっ、ホイミン! お前、今の笑い方、絶対何か知っているな!? ずるいぞ、話せよ!」

 

「わっ!? ちょっ、スラリン! 今は駄目だって! あっ!?」

 

長い付き合いゆえなのだろう。ホイミンの含み笑いの裏に隠された秘密がある事に気づいたスラリンが、小さな身体をゆらゆらと揺らして、えいっとホイミンにとびかかった。ぷよぷよとした柔らかな身体のスラリンがホイミンに飛びついた所で怪我などしようもないが、それでも顔の前に突然飛びつかれたことで、ホイミンがバランスを崩してたたらを踏んだ。

 

その拍子に、書物を格納した木箱が積み重なった箱の上からガラガラと転がり落ちる。そして横倒しに倒れた木箱の中から、先ほど格納したばかりの書物が数冊飛び出し洞穴の床に広がった。

 

「あ……、あーあ……、こんなに散らばっちゃって。もう、スラリン。どうするのさ、これ?」

 

その様子を茫然とした表情で見下ろすホイミン。一冊ごとに金属のリングで閉じられていた紙片が、そのリングが破損したのか、元はどの書物に閉じられていたのか分からない程散乱してしまっていた。

 

「うーわ。ごめん、ごめん。でもこの日記、サーラが状態保存の魔法をかけたと言っていなかったか?」

 

「その魔法は多分、インクの劣化を防止する目的で紙だけにかけて、リングにはかけていなかったんだと思うよ。いくら金属製と言っても、この日記をポップが買ったのって、何年前だっけ? 150年前? 後に買い足した日記にしても、少なくとももう80年は経っているだろうし、腐食が激しかったんだよ」

 

ホイミンはそう言いながら洞穴内の地面にひざまずき、「ほら……」と、散らばった紙片に埋もれた金属製のリングを手にし、それをスラリンに掲げる。その手の中のリングは確かに途中で折れ曲がっており、紙片を束ねる役割を果たせていない事は明白だった。

 

「ほんとだ。たく、サーラも詰めが甘いな。いよいよボケが激しくなってきたんじゃないか。結局ポップに貸した腕だって――。痛っ……」

 

「何言っているんだよ。もとはスラリンが飛びかかってきたからいけないんじゃないか?」

 

ホイミンにピンっとデコピンされた身体をフルフルと震わせながら、スラリンはばつが悪そうに笑みを浮かべた。

 

「あ、あはは。まあ、そうかもしれないな。だけど、これどうしようか? こんなにばらばらになっちゃったら、また元に戻すのは簡単な事じゃないぞ。リングの方は、次にこれをまとめる時にヒムかシグマに頼んで、オリハルコンの身体をちょっと削らせてもらって作るとして……」

 

「しれっと、怖い事を言わないの、スラリン。リングの方は、今度ランカークスの町に行った時に、マーカストン工房に耐久性の高い書物用のリングを注文しておくよ」

 

「ええ……、どうせならオリハルコン製のリングにしよう……って、分かった、分かった。もうデコピンはごめんだって。まあ、リングはそれでいくとして、問題はこのバラバラになった紙の方だよな? 俺達、誰もポップの書いたこの文字を読めないんだから、順番通りに綴りなおすのは……」

 

そのスラリンの言葉に、指を顎に当てて思案するホイミン。そして、何か思いつく事があったのか、一人「うん……」と頷いた後、足元のスラリンに返事をする。

 

「まあ、それは後でサーラに相談しよう。もしかしたら、どうにかなるかもしれない。それより、今日の所はこの散らばった紙をいったん箱の中に纏めて入れておこう。無くなったりしたら、元も子もないから。……? ロッキー、どうしたの?」

 

散らばった紙片の側にゴロゴロと転がって近づいた後微動だにしていなかったロッキーに気づいたホイミンが、不思議そうに首を傾げる。そのロッキーは、1枚の紙片にじっと目を落したまま、呟くように言葉を発した。

 

「メ……」

 

そう呟く彼の目には水滴が溜まっているようだった。その様子を見てホイミンは、柔和な表情を顔に浮かべながら、ロッキーの硬い岩肌にそっと手を触れた。

 

「……そうだね。ポップの字だね」

 

「メ……」 赤黒い岩肌に黒い染みが二筋。

 

「……うん、会いたいね、ポップに。僕もロッキーと同じ気持ちだよ。ねえ、スラリン?」

 

「まあ……な。だけど、人間の命が短いのは、人間の神様が定めた運命だから仕方ないさ。でも、あいつと過ごした思い出はいつまでも俺達の胸にある。そうだろ、ロッキー?」

 

水滴型の身体をプルンっと震わせて胸を張るような素振りをするスラリンに、ロッキーは「メ……」と返事をしてゴロゴロと転がり出す。

 

その後彼らは、協力して散らばった紙片を回収しそれを一つの木箱に詰め込んだ後、詰め忘れが無いかどうか入念に周囲を確認し、その洞穴を後にした。

 

 

 

これは、後世『ポップ・マーカストンの書』の名で呼ばれる事になる、大魔王戦役の英雄の一人『氷の大賢者』ポップ・マーカストンの残した手記の記録。

 

 

 

~~~~【ポップ・マーカストンの書】~~~~

 

●●年●●の月●●の日

 今日は珍しい事があった。朝俺が起きて1階に降りると、マァムがメルルとエルサに叱られていたのだ。俺がマァムを含めた彼女達に叱られるのは日常茶飯事と言って良いが、マァムが叱られるのは珍しい。

 いったいマァムは何をやらかしたのだろう、と彼女達の言葉に聞き耳を立てていると、答えは直ぐに分かった。どうやらマァムが、安定期に入ったのだからまたルーンと一緒に魔の森を抜けてロモスの町に行くと言ったためらしい。

 うん、まあ、マァムらしいというか何と言うか。ただでさえ、道場での門下生への指導は口頭だけにとどめて実技は行わない事、と彼女達に厳命されているというのに、その道場のあるロモスの町へ向かうのに、木々の間を飛び跳ねて行っては意味がないだろうに。

 結局これからは、俺がリンガイアに出勤する前にマァムをロモスの道場まで瞬間移動呪文(ルーラ)で送り届ける事が決定した。まあ、マァムのお腹の子供は俺の子供なんだから、夫として、そして父として当然の事ではある。異論は何もない。

 さあ、そろそろ眠るとしよう。明日はマトリフ師匠の所に様子を見に行く予定だ。歳なのか、最近『月のバニー』に行っても、以前ほど師匠に元気がないのが気にかかる。先日なんて、バニー嬢の胸へのタッチに成功した回数がたったの2回だったんだぜ? まだお迎えが来るには早いって、師匠。もう少し……、せめて俺とマァムの子供を一目見てから……。

 

●●年●●の月●●の日

 まいった……。しばらく申し訳なくて、フォルケン王の前に顔を出せない。まさかダイのために牢屋に施したあれが、テラン国が秘密裏に拷問を行っているという噂の元凶になっていたとは。姫さんが眼の色を変えて家に押しかけて来たのも分かるというものだ。

 どうしよう……。フォルケン王には大戦中も、その前からも随分とお世話になっているのに……。何かお詫びを考えるべきだろう。何が良いかな……。

 そうだ、フォルケン王は寝台の上にいる事が多いから、寝台を『空飛ぶベッド』にしてあげるのはどうだろうか? それなら、ベッドの上にいながら領内を見て回る事が出来るから、きっと喜んでもらえるはず。術式は……、うん、開発中の『空飛ぶ靴』の術式の一小節に手を加える事で出来そうだ。

 よしっ、そうと決まれば明日早速テランへ行ってみよう。可能ならサプライズを仕掛けてみるのも良いかもしれない。ふふふ、今からフォルケン王の驚く顔が楽しみだぜ。

 

●●年●●の月●●の日

 明日、父さんと母さんがアバン荘の見学に来る。もともと若い俺達だけで生活している事に両親が、特に母さんが心配をしていたから、俺達がちゃんと生活できているかどうかの確認も兼ねているのだろう。

 ただまあ生活と言っても、男連中は他所に置いておいても、マァムもメルルもエルサも皆しっかり者で料理上手なんだから、何も心配される事はないんだけどね。いざとなったら、レイラさんも近所に住んでいるんだし。実際彼女達は、明日俺の両親をもてなすための料理の下準備に余念がない様子だった。ほら、今も階下から何を作っているのか知らないが、彼女達の仲の良さそうな声と共に、食欲をそそる良い匂いが漂ってきている。

 あれ……? そう言えば俺、母さんに、マァムとメルルの二人と結婚前提で付き合うという事は大戦中に言っていたが、今ではそれにエルサが加わっているという事を伝えていたかな?

 ……。やばい、なんか嫌な汗が出て来た。明日はとんでもない事になるかもしれない。

 

●●年●●の月●●の日

 ちくしょう、パンめ。あいつの希望通り肉を5枚買ってやったというのに、俺がマリーさんの所に行こうとしていた事をマァム達に漏らしやがって。結局二人にばれて、懇懇と説教をされる羽目になったじゃないか。ああ、説教の間正座を強制されたからか、まだ足が痛いぜ。明日はロン・ベルクに会いにギルドメインの森に入るというのに……。

 

●●年●●の月●●の日

 ロモスで3年に一度開催されている『第5回大武術大会』まで後2か月を切った。しかし、あの大戦からもう12年が経ったのか。時が経つのは早いものだ。うちの子達もついこの間までよちよち歩きだったように思えるのに、長女のサクラなんかマァム目当てに修業に来たチウを相手に、チウの手加減もあったとはいえ、なかなか良い立ち合いをしていた。

 そうそう、チウと言えば今年の大会にかける意気込みが凄い。今年は前回大会に続きパンも出場するはずだが、絶対にパンに勝つんだと気合が入っている。いったい何があいつをそうまで駆り立てているのかは分からないが、マァムもそれを意気に感じたのか、つきっきりで修業に付き合ってやっている。

 俺は立場上パンとチウの両方の肩を持ちたいが、チウのあの必死さを見ていると、ついついチウに肩入れしたくなるな。頑張れ、チウ。

 

●●年●●の月●●の日

 ナバラさんの葬儀はつつがなく終わった。メルルによれば、彼女の墓をテランの湖の畔に構える事はナバラさんの希望だったそうだ。テランの牧歌的な景色を嫌うような言動が多かったが、その本心はそういう事だったのだろう。

 しかし、親近者だけの慎ましい葬儀のつもりだったが、どこから聞きつけたのかあれほど多くの人が集まって献花をしてくれるとは思ってもいなかった。ふふふ、ベンガーナの豪商に冒険者一行、それに年配の夫婦や年若いカップルまで、老若男女問わず多くの方があなたのお墓の前で手を合わせていましたよ。儂の占いが何かの役に立った事などほとんどないわ、なんていつも言っていましたが、そんな事ないじゃないですか。

 ナバラさん……。今、俺は幸せです。これも、かつてあなたにテランの森で告げられた助言に従ったおかげだと思っています。ありがとうございました。

 メルルの事は心配しないでください。彼女は強いですし、俺も彼女の隣で彼女を支えてますから。もちろん子供たちの事も。家族みんなで、またテランの湖まで会いに行きますね。

 

●●年●●の月●●の日

 いかんな。アラフォーにもなると、身体に余計な脂肪がつきやすくなってきた気がする。今日の朝、寝起きに自分の脇腹の贅肉を摘まんでそう感じた俺は、隣で寝息を立てているマァムはどうだろうと、彼女の脇腹に手を伸ばしたが、これが失敗だった。摘まんだ瞬間、腹部に強烈なボディーブローを喰らい、俺はベッドから転がり落ちる羽目になった。

 うん、男ポップ。40歳にもなって、ようやく女性の脇腹の肉は不用意に摘まんではいけないという事を学習したよ。大賢者もまだまだ勉強が足りないな。

 ちなみに、彼女の名誉のために、彼女の脇腹には余計な肉は一切ついていなかった事を日記に残しておく。

 ……俺だけ贅肉がついていたら悲しいから、今度こっそりメルルとエルサも確認してみよう。

 

●●年●●の月●●の日

 今日はダイの15回目の誕生日だった。恒例となっているデルムリン島でのダイの誕生日会には、アバン荘の住人や島内に住んでいるブラスさん達ばかりか、姫さん、エウレカの里の皆やアバン先生夫妻、俺の両親、マトリフ師匠、ヒュンケルやエイミさんも来てくれて、それは賑やかなものだった。

 ああ、久しぶりにラーハルトの無事な姿も見る事が出来て、ダイも嬉しそうだった。成人したダイは、年内にはアバン荘を出てパプニカの男性用宿舎で一人暮らしを始める事になっている。そして、正式に姫さんの婚約者(フィアンセ)としてパプニカで公私を問わず顔を売り、1年から2年の間には結婚式を行う予定と聞いている。

 あのきかん坊だったダイが、とうとう結婚か。本当に時が経つのは早いな。……バラン、俺はあの日お前に誓ったように、ダイにお前が見る事が出来なかった景色を見せてやる事が出来ているだろうか。ソアラさんとお前が、今のダイを見て天国で笑っていてくれると良いんだが。

 しかし、今年はアバン荘は激動の年だな。ダイと同い年のルーンも、再来月からロモスの町で一人暮らしをすると聞いているし(ミーナを泣かせるような事をするなよ)、何と言っても俺達、つまり、俺とマァム、メルル、エルサの結婚式も年末には控えている。

 あまり目立ちたくないから、ネイル村の教会で質素に式を挙げるつもりなんだが、そんな事をさっき姫さんに話したら、とんでもなく呆れられた目で見られた。いや、そんな呆れた目で見られても、現役の王族である姫さんとかつての王族であるダイの結婚式と違って、俺達は皆平民なんだから、全くおかしな事は無いだろう?

 さあ、そろそろ寝るとしよう。デルムリン島で迎える日の出は早いからな。まったく、ダイのやつ。腹を出して寝る寝相の悪さだけは変わっていないな。この日記を書き終えたら、ダイの布団を整えてやらないとな。

 

 




前々から書きたかった日記形式の超短編集です。形式的に第2、第3と続ける事が出来るので、思いついたエピソードが溜まれば時系列はガン無視で続きを投稿するかもしれません。
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