フェルンに先導されて向かった武神流道場ことマァム道場は、昼食を頂いた店から歩いて10分程の場所にあった。観光名所としても知られているだけの事はあって、その場所は人通りの多い大通りに面した好立地に建てられていた。
これが噂のマァム道場か。俺は道場の四方を囲んでいる白い漆喰の壁を見て呟く。その入り口には大きな門構えが備え付けられていて、門構えの上部にはでかでかと墨汁で『武神流道場』と書かれた立派な木板が掲げられている。
「武神流……か。魔王戦役から大魔王戦役と続く時代には、武術の神ブロキーナ老師とその弟子マァムぐらいしか使用者のいなかった武術が、今や世界中のどの国にも門下生がいるほど普及しているんだから、分からないものだな」
俺の耳には、その門構えの奥に見える武道場らしき建物から、息の揃った気合の声と激しい打撃音が間断なく届いていた。
「ふふふ。それはブロキーナ老師から直々に後継者に指名されたマァムの尽力が大きいのでしょうね。彼女は武神流を一部の恵まれた才能の持ち主のみの武術とするのを良しとせず、老若男女誰でも自分のペースで身に着けられるようその武術体系を見直したと伝わっているわ」
俺の隣に立つフェルンのその言葉に、俺はなるほど、と頷く。前世の日本でも、柔術が柔道へと姿を変えたように、マァムは武神流の未来をそちらの方向へと舵を切ったのだろうな。
「おや、フェルン殿ではありませんか。あなたも身体を動かしに?」
突然背後からかけられた言葉に俺が振り返ると、そこには道場の周囲を掃き清めていたのか、箒を握った白装束姿の高齢の男性が。頭髪は陽の光を反射しそうなほど後退しており、その上、背は俺の胸のあたりまでしかないが、ピシッと伸びた背筋と醸し出す不思議な気配がただ者でない事を俺に悟らせる。
「ああ、ベルゲン老師。いえ、私はただ連れに用があって寄っただけですよ。あなたも、という事は、やはり連れはこちらに?」
「そうか。久しぶりにお主の技を見る事が出来るかと思ったが残念じゃ。うむ、確かに来ておるぞ。今頃はうちの若い衆が揉んでもらっている頃じゃろうて」
どうやらフェルンはこの男性と知り合いのようだ。俺がじぃっと2人のやり取りを見つめていると、フェルンが俺の事を思い出したのか不意にこちらを振り返った。
「ああ、ベルゲン老師。彼はカナタ。来月にはベンガーナ医療大学に入学する事が決まっている治癒士の卵ですよ」
「ほう、治癒士の卵! そうか、もうそんな時期か。そう言えば、数日前にこの町からも何人もがベンガーナ医療大学へと向かっておったのう。ふむ、カナタとやら、大学を卒業後採用先が無ければマァム道場へ就職する事も考えてみんか? 治癒士なら回復魔法もお手の物じゃからのう。怪我人が絶えぬ道場に治癒士が常駐してくれると、若い者が今以上に修業に熱を入れる事ができようというものじゃ! はっはっは」
「ふふふ。カナタ。こちらは、先先代の師範代で、今はこのように楽隠居の生活を送っているベルゲン老師。若い頃はあのマァムから直接指導を受けた事もある武闘家よ」
へえ、マァムにも。でも、そうか。確かマァムはポップより長生きをしたはずだから、この目の前の高齢の男性が若い頃に会っていてもおかしくはないか。
「ほっほっほ。老師マァムから直接指導を受けた事はもちろん儂の数少ない自慢の一つじゃが、老師の夫であった大賢者ポップとも儂は面識があるんじゃぞ?」
「へえ……。それはどのような?」
ポップの名が出てきた事で、幾分前のめりになってその話に興味を持つ俺。そんな俺にベルゲンは、ポップが夏になるとよく門下生にかき氷を作ってふるまってくれただとか、地面を泥に代えて泥遊びをさせてくれただとか、嬉しそうに語ってくれた。
「その頃、儂はまだ7、8歳頃じゃったからのう。楽しゅうてならんかったわ。そうやって泥だらけになって遊ぶ儂らを、老師マァムと大賢者ポップが寄り添いながら柔和な表情で見ておった。ふふふ、懐かしいのう」
「へえ、そんな事が……。貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます」と、ぺこりと頭を下げた俺が顔を上げると、ベルゲンは首を傾げて俺を見つめていた。
「……あの、何か?」
「いや、随分と似ておると思うての」
「……誰にですか?」
「大賢者ポップにじゃ。そなた、生まれはどちらじゃ?」
俺達の会話を、フェルンがじっと耳を澄ませて聞いている気配。
「カールの北部海域に浮かぶ離島 デルフィン島です。あの、そんなに俺はポップに似ていますか? 彼の写真は見た事がありますが、黒髪黒目という事以外にさほど共通点は無いように思えるのですが?」
「……いや、容姿の事ではない。似ておるのは纏う気配。闘気、と言い換えても良いが……」
「闘気の質というのは、どれほどの修業を経てもその持って生まれた根幹は変わらないと聞きます。彼の闘気はそれほどポップのそれに似ていますか?」
初めてフェルンが俺達の会話に口を挟んだ。
「似ておる……。似ておるが……確信は持てぬ……。大賢者ポップは、儂が十になる前にお亡くなりになったからのう。その頃の儂は、まだ闘気を十分に感知できる境地に達しておらなんだ。じゃから、確信は持てぬ。ただ……」
「ただ……、何ですか?」という俺の問いに、ベルゲンは顔をクシャッと歪めて一言だけ口にした。
「ただ……懐かしい、と感じたわ」
「はぁっ!」
「せいやぁ!」
まだ掃き清めが残っているというベルゲンと手を振って分かれた俺達は、マァム道場の敷地内に足を踏み入れる。玉砂利の敷かれた道場入り口までの道を歩く。白い漆喰に囲まれた壁と黒瓦のコンストラストが美しい手入れの行き届いた道場からは、思わず顔をしかめてしまいそうになるほどの打撃音と気勢を上げる門下生の声がより生々しく耳に伝わってくる。
そのまま入り口で靴を脱ぎ、板張りの道場に足を踏み入れる俺とフェルン。広いな。大きさ的にはちょうどバスケットコート一面分程のスペースに、上下ともに白い道着を着込んだ30人名ほどの門下生が等間隔に並び、正拳突きや蹴りをその場で繰り出していた。全員大人かと思っていたが、1/3ほどは小学生程の子供達だった。
そして驚く事に門下生の中には、魔物までも存在した。あれ、もしかしてコロファイターか? 緑色の肌の魔物が皆に置いて行かれまいと必死に蹴りを繰り出している。凄いな、噂で聞いた通り、マァム道場って本当に誰に対しても門を閉ざしていないんだな。
観光名所としても知られているマァム道場。道場の壁際に、俺と同様に旅人の服を身に着けた集団が一列になって腰を降ろしていたので、俺とフェルンも邪魔にならないようにその末席に加わる。おそらくフェルンの言う連れとやらは今道場の真ん中で汗を流している門下生のうちの一人で、その稽古がひと段落着くまで待つつもりなのだろう。
俺達が腰を降ろしてさほど立たないうちに、大人なら大人、子供なら子供に別れ(コロファイターは子供枠のようだ)、乱取り稽古を始める。
子供の稽古は師範代らしき男性が付きっきりで指導を行っており、どの子供達も真剣な目でその師範代の言葉に耳を傾けている。
そして道場のもう半分を使って行われている20人弱の大人の稽古の方は、全員が全員十分な力量に達しているようで、激しいフルコンタクトの戦いが展開されている。ただ、格闘技について素人の俺の目線で見ても、一人だけ別格の強さの門下生がいた。
「おらぁっ! ――双龍脚!!」
金髪を短く刈り揃えた20代半ばと思われる男が、相対していた男に目で追えないほどの速さで蹴りを放った。その蹴りをまともに喰らった男は、壁際まで吹っ飛ばされガクッと意識を失う。
「へっ! そんな腕で大会に出るつもりかよ! 口ほどにもねぇ! 他に稽古をつけてもらいたい奴はいねぇか! そっちで見学している奴らでも良いぜぇ!」
金髪の男はそう言い放ち、あろうことか見学している俺達の方にまで視線を投げかける。俺は一瞬その男と視線が合ったように感じるが、冗談じゃない、とすぐに視線を逸らす。
それから後も何人かの男が威勢の良い金髪の男に次々と挑んでいくが、誰もかれもがその男に秒殺されていく。
……本当に強いな。いったいどういう人なんだろう。もしかすると1カ月後に開かれる大会の出場選手なんだろうか。
小一時間ほどそんな練習の様子を見つめていると、休憩時間になったのか、門下生達が中庭に場所を移し、井戸水から引き揚げた水で身体を清め始める。いや、一人だけ中庭に移動せず道場内にとどまっている男がいる。それは、先ほど他者と隔絶した動きを見せていた金髪の男だった。
え……? ちょっ、どうしてこっち来んだよ。俺がその男を見つめていると、男はまっすぐにこちらに向かってくる。まさか本当に俺に稽古をつけるつもりか? いや、無理無理。無理だって。
板の間に腰を降ろしたままだった俺が思わず逃げ出そうとしていると、男はとうとう俺の前までやって来て、じろっと俺を見下ろす。
「おい、フェルン。何してんだよ? 先に帰るって言ってなかったか?」
「そのつもりだったんだけど、気が変わったのよ。ロック、私はこの子と旅に出る事にしたわ」
え……。もしかしてフェルンの連れって、この滅茶苦茶腕の立つ金髪の男? どうやら俺の予想は正しかったようだ。
ロックと呼ばれた男は「ああっ!? 旅だと? 本気か、お前?」とフェルンに驚きの声を上げた後、おもむろに俺に顔を向けた。
「で……? お前はいったい誰なんだ?」
「え、あ、いや、その……」
ぎょろッとした三白眼を向けられあたふたする俺に変わって、フェルンがすまし顔で応える。
「彼の名はカナタ。財布をすられて困っていた所を助けた事で知り合いになったの。彼は来月ベンガーナ医療大学に入学する予定なんだけど、その前に氷の大賢者の事を勉強したいって、旅をしているそうよ」
「氷の大賢者だぁ……?」
じいッと俺の顔を凝視するロック。
「なあ、兄ちゃん。いや、カナタと言ったな。お前もあれか? 巷によくいる氷の大賢者を神格化する信奉者か何かか?」
信奉者……。いや、信奉はしていない。俺はただ……。
「違います。俺はただポップ・マーカストンの事が知りたいんです」
「知りたい……ねぇ。それを信奉者って言うんじゃねぇのか?」となおも食い下がるロックだったが、フェルンが助け舟を出してくれる。
「別になんだっていいでしょ? 私は彼に付いていくと面白くなりそうと思ったから、付いていく事にしただけ。ロック、あなたこそ先に帰っていたら?」
さっきから帰る、帰ると言っているが、この二人は何処に帰るつもりなんだろう? ロモスのどこかに彼らの家があるのだろうか?
ロックは、フェルンから先に帰っていたら、と言われて、腕を組んで唸り始める。
「うーむ。面白くなりそうだと……? おや……? お前……。なあ、カナタ。お前、どこの生まれだ?」
またか、と考えながらも俺は、デルフィン島出身という事を伝える。
「デルフィン島……。あいつの隠し子って事はないよな……。うーーん……」
誰の隠し子だって? 言葉の意味が分からず首を傾げる俺の前で、ロックは短く刈り揃えた金髪の頭をがしがしと搔きむしったかと思うと、よしっ、と顔を上げた。
「どうせ暇を持て余していたんだ! カナタ、俺もお前の旅に同行してやるぜ! よろしくなっ!!」
どうやら俺の自分探しの一人旅は早々に終わりを迎えたようだった。
「なんだ、まだ火を起こせていないのかよ? 早くしないと日が暮れちまうぜ」
「すいません、ロックさん。あまりこういうことに慣れていないんで……。おかしいなぁ」
俺は、手に数匹の魚をぶら下げて藪から現れたロックを振り返り、火を起こしておいてくれと頼まれた事が満足に出来ていなかった事を詫びる。そのロックの背後からはフェルンが、やはりその手に真っ白なウサギを手にして現れる。
ロモスの南に広がる鬱蒼とした森林地帯。その森をロモスの町とネイル村を繋ぐように『
積み上げた枝木に押し付けるように火打石を打つが、なかなか火が付かない。もうずいぶんと薄暗くなってきた。早く火をつけないと真っ暗になってしまう。一度
「ロック、手伝ってあげたら? あなたならすぐに火を起こせるでしょう?」
「やれやれ。どれ、ちょっとどいていろ、カナタ。――
ぼっ。ロックがそう口にするなら、彼の右手から炎の塊が現れる。彼がその炎を俺が積み上げた枝木の上にそっと落とすと、途端にパチ、パチという木の爆ぜる音が周囲に響き始める。
「ロックさんは魔法も使えたんですね。俺はてっきり……」
「てっきり、なんだよ……? 俺が魔法を使えるのが、そんなにおかしいか、カナタ?」
俺は咄嗟に、「いえいえ、とんでもない。文武両道で実に羨ましいです」と取り繕うが、単細胞に見えるロックが魔法を使えるなんて、と失礼な事を考えた事はとっくにロックに見抜かれていたようだ。
「バレバレなんだよ、こら!」
そう言いながら俺の額にビシッとデコピンするロック。あうちっ……! ちょっ、思わず意識が飛びそうになるほど強烈だったんだけど……!
「くすくすくす。カナタ。火炎呪文は色々な所で重宝するから、この機会にロックに教わったらどう?」
ロックから受け取った魚に塩を振りかけていたフェルンが俺に視線をよこす。
「でも俺は回復呪文が使えるから、攻撃呪文は……」
「そんな事やってみないと分からないじゃない。あなたがご執心のポップ・マーカストンも最初に覚えていた呪文は回復呪文だったらしいわよ。物は試し。ロック、後でカナタに教えてあげて」
「おう。カナタ、俺の呪文伝授は厳しいからな。覚悟しておけよ」
「は、ははは。お手柔らかにお願いします」と引きつった笑みを浮かべていると、フェルンは「はい、お願いね」と魚の刺さった串の束を俺に渡してきた。
それを受け取った俺は、先ほどロックが火をつけた焚火の周りの地面にそれを指していく。気づいたらもう周りは真っ暗闇だった。暗闇の中で焚火の灯だけが宝石のように輝いていた。
「ふー、食った、食った」
ロックが魚に刺さっていた串を焚火の中に放り込みながら、そう満足そうに口を開く。その様子を横目に見ながら、俺は串に刺さった魚に口をつける。うん、この魚、癖のない白身で臭みも全くないし、何より程よい塩味が歩き疲れた身体に染み渡るように浸透していく。
「ふふふ。美味しい、カナタ? まだあるから遠慮せずに食べてね。あなたはまだ成長期なんだから」
「ありがとうございます。でもフェルンさんも食べて下さいね」
俺は先ほどからついばむ様にしか焼き魚を食さないフェルンにそう声をかけるが、彼女はこくりと頷いただけで違う話題を投げかけて来た。
「それにしても随分とあっけなく
そのからかう様な口調に俺は「やめて下さいよ、フェルンさん」と頭を掻きながら応える。確かに俺は魚が焼ける僅かな時間にロックから
「いやいや、賢者を名乗るなら最低でも回復呪文は
「分かっていますよ、ロックさん。この程度の事で賢者だなんて、口が裂けても言えませんよ。でも、
そして俺は本当に感謝している事を示すかのように、右手の指先から炎をボッと灯した。
「ところでお二人はロモスを拠点に活動されている冒険者か何かなんですか? ロモスでもお知り合いがいたようですし、この辺りの地理にも詳しいようでしたが……」
俺は、ロモスの町でのやり取りに加えて、野営に適した場所や森の中を流れる川の場所を把握していた二人にそう問いかけるが、ロックは俺の言葉に「うーん……」と頭を掻きながら言いよどむ。
「ロモスを拠点といやあ、ロモスには違いないなぁ。この『
『
「そう言えば、この街道に『
「お前、知らないでこの街道を歩いていたのか? おい、フェルン。お前から説明してやれよ」
ロックは、俺達のやり取りに口を挟むことなく見つめていたフェルンに水を向ける。そのフェルンは「良いわよ」と応え、切株に腰を落とし組んでいた足をすっと組み替える。
「この街道が『
「ポップ・マーカストンが……?」
「ええ、彼が亡くなったのは今よりちょうど80年前。ネイル村の自宅で家族に見守られながら眠るように息を引き取ったらしいわ。ただ問題はその後起こったの。彼の逝去の一報は瞬く間に全世界に広がり、彼の葬儀への参列を希望する者がぞくぞくとこのロモスにやってきたの」
世界中に……。確かにアイザックの家の図書室で彼について調べた時、ポップ・マーカストンの葬儀にはどの王族よりも、どのアバンの使徒よりも多くの者が参列したと記されていたが、それは全く誇張ではなかったという事か。
「最初残された家族は、彼の葬儀をネイル村で執り行うつもりだったらしいけれど、ネイル村の住人の数百倍もの参列者が現れてはそうはいかなかったみたい。だから、当時のロモス国王からの懇願もあって、彼の葬儀は急遽ロモスの町の西区にある大教会で執り行う事になったわ」
ネイル村の住人の数百倍の参列者って……。そんな大集団がネイル村に殺到したらネイル村がパンクするだろう。俺がそんな想像をしていると、フェルンは俺にこくりと頷く。
「人間だけだったらさすがにそんな人数にはならなかったと思うんだけどね。でも、彼の葬儀に加わりたいと考えた者は人間だけじゃなかったから」
「ああ……。『魔物達の解放者』……でしたか」
俺はフェルンの言葉の裏を読み取り、彼の数多ある異名の内の一つを思い出す。
「そう。彼の葬儀に集まった者達の半数近くは魔物だったらしいわ。さすがにそんな数の人間や魔物を受け入れる余裕はロモスの町には無かった。そしてポップのために集まった彼らも、ロモスで騒乱を起こしてポップの
そこまで口にして、フェルンは首を巡らせて木々で遮られた街道の方に視線を投げかけた。
「そんな彼らが取った手段は、ポップの遺体が葬儀の執り行われるロモスの町に運び込まれる過程で通過する事になるあの街道で祈りを捧げる事だった」
ああ……そうか。ようやく繋がった。
「だから……『
「そう。ネイル村からロモスの町まで繋がる街道に、人種も魔物の種も異なる者達が数珠を繋いだように何キロも立ち並び、一心に彼の死を悼み、その御霊の平安を祈ったと伝わっているわ」
パチッ、パチパチ……。
フェルンが勢いの陰った焚火の中に乾いた枝木を数本放り込むと、炎は再び勢いを取り戻し激しく燃え上がった。
3の月。春が近づいているとはいえ、まだ夜は冷え込む。薄布にすっぽりと包まり寒そうにしていたカナタが、その炎の熱に安堵したように寝返りを打つ。その様子を見てふっと微笑んだフェルンは、片手で保持していた手帳をパタンと閉じ、カナタ同様既に横になっていた彼女の相棒に問いかける。
「それで、どうだった、彼は……?」
その問いに一拍置いて返事が返る。
「まあ、才能はあるんじゃないか。術式が何の淀みもなく流れていった。あんな感覚は初めてだった。ただ、俺はあいつに魔法を伝授した事なんて無いんだから、あいつと比べてどうか、なんて事は分からんぜ」
「そう。まあ、良いわ。まだ旅は始まったばかり。彼が何者なのかは、これからの旅で見定めましょう」
「くっくっく。随分と楽しそうだな」
横になったままのロックが首を巡らせフェルンに視線を投げかける。
「ええ。楽しいわ。まるであの時のようにワクワクしているわ。あなたは違うのかしら?」
「いや、楽しんでいるよ。これだから生きるのはやめられねぇ。もう世界の全てを知ったつもりになっていても、まれにこんな事が起こるからな。しかしお前、いつまでその――」
「何か言ったかしら、ロック?」
ロックの言葉をそっと遮り、フェルンが微笑をその表情に浮かべる。その微笑に剣呑な物を感じたのか、ロックは幾分頬を引くつかせながら応える。
「……たく、こいつはこいつであいつにどこか似ているし、お前はお前であいつにどんどん似てきやがる。今のお前の微笑は、あいつそっくりだよ……」
「ふっ……」
ロックの言葉が可笑しかったのか、くくっ、と口に手を当てて微笑むフェルン。その拍子に、彼女の金色の髪に挿してあるかんざしが炎の光を反射し、キラッと瞬いた。