転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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210話 閑話⑪ 氷の大賢者の足跡を追って その8 パプニカ

「おっ、今日は満月か。これなら見えるかもしれねぇな。カナタ、右舷の方だ」

 

「右舷……? いったい何が見えるって言うんですか、ロックさん?」

 

ロックに続いて甲板に上がった俺は、右舷の手摺の方へと向かうロックの後を付いていく。俺の背後からは「行ってみれば分かるわよ、カナタ」とフェルン。

 

ゆらっ。っと、とと。外洋ならではの高波に船が揺れた事で俺は思わずよろめくが、「大丈夫?」と、揺らぎなど感じていないかのようなフェルンが俺の身体を支えてくれる。フェルンってば華奢な身体をしているのに、まるで大地に根を生やしているんじゃないかと思える程動じないな。体重はいったい何kg……って、女性にそんな質問を投げかけたら偉い事になるな。俺はフェルンに礼を言いながら、ロックの元へ向かう。

 

俺がロックの隣に並んだ時、そのロックは手摺から身を乗り出すようにして遠くに視線を向けていた。

 

この船は、ロモスからパプニカに向かう定期船だった。昨日ネイル村を出立した俺達はそのまま街道を南下し、ラインリバー大陸最南端の港町カーゴに寄港したパプニカ行きのこの定期船へ乗船していた。

 

ていうか、俺はこの船を知っている。この船はダイの大冒険の世界に出て来た、船首に備え付けられた女神像から聖水を垂れ流しながら航行するブルジョアな船。もっとも、今は平和な世界になったためなのか、聖水は流されていない。

 

そんな初めて乗船するのに懐かしさの感じられる船内の食堂で夕食を取り、3人部屋の船室で横になっていた俺を二人が「見せたいものがあるから甲板に出てみないか?」と誘ってきたのだ。

 

見せたいものって言われてもなぁ……。俺は周囲に視線を走らせるが、月光の明かりで銀暗色に輝く白波が見えるのみだった。

 

「へへへ。そこじゃねえよ。あっちを見てみなよ」

 

俺はロックが指し示す方向に目を凝らす。それは遥か南の方向だった。

 

「……? 何も見えませんよ? ん……? 黒いシルエットが遠くに見える。あれってもしかして……」

 

俺が気付いた事に満足そうな表情を浮かべるロック。

 

「そうだ、カナタ。あれがかつて『怪物島』として知られ、現在は『魔物達の楽園』と呼ばれているデルムリン島さ」

 

「――! あれが……!」

 

そうか、地理的にあの島が見えてもおかしくは無いか。『ダイの大冒険』における最初の出発地点となる島。勇者ダイがその島で12年間過ごし、彼がその島を旅立つ事で全ての事象が動き出す始まりの島。

 

俺が感極まり遠方に黒いシルエットとしてのみ見える島を見つめていると、俺の隣に立ったフェルンが口を開く。

 

「デルムリン島……。ロックの言う通り、かつてあの島は『怪物島』と呼ばれていたけれど、大魔王戦役以降、時折各国の年若い王族が一定期間過ごしたりもするわね。有名な所では、パプニカの王族が10歳になると2年間あの島で過ごすと言うものがあるわ」

 

「そう言う事。実際、ついこの間、そのパプニカの王子がデルムリン島で2年間を過ごして国元へ帰って行ったぜ」

 

「へー、そんな古い習わしを今でも続けているんですね、パプニカは」

 

「そりゃあ、あの国の王族には(ドラゴン)の騎士の血が受け継がれているからな」

 

確かに……。原作では、ダイは黒の結晶(コア)の爆発に巻き込まれて生死不明のまま完結を迎えているが、この世界線では黒の結晶(コア)は爆発せず、ダイは大魔王戦役の数年後にレオナ姫と結婚し、二人の子を立派に育てて天寿を全うしている。

 

……。俺にそれが出来ただろうか。キルバーンの正体は知っていた。バーンとミストバーンの関係も。……だけど、それだけでこんな温かな未来を創造しえたか? 俺が150年前に生を受けていたら、ダイの帰ってくる場所を作ってあげられたのだろうか。こんなふうに魔物が人間の世界に普通に溶け込んでいる世界まで……。

 

「先輩……。あなたはいったいどうやったらこんな……」

 

「「先輩……?」」

 

俺のつぶやきを拾った二人が俺に視線を投げかける。そんな2人に俺は微笑を浮かべただけにとどめる。

 

くすっ。二人も俺に隠している事があるんだ。俺だってこれぐらいさせてもらってもバチは当たらないだろう。俺の微笑は、そんな気持ちを胸の奥に隠した笑みだった。

 

 

 

キュー、キュー。

 

港の上空からカモメの餌を求めた鳴き声が俺達に降り注がれる。フェルン、ロックに続き、船から伸ばされた渡し板を渡り切りホルキア大陸の大地に足を付けた俺は、前方に視線を投げる。

 

俺の視界に、南国の日差しを燦燦と浴びた白亜の城が映る。海から城に向かっては坂道になっているようで、海よりかなり高い位置にその城が見える。

 

「あれがパプニカの王城……ですか。カールやロモスの城も美しかったですが、パプニカの城もそれに勝るとも劣りませんね」

 

「だな。俺は城の美醜には興味は無いが、あの城で供されるワインが絶品なのは認めるぜ」

 

「ロックの場合は、城下町にある『月のバニー』への評価込み、でしょう?」

 

「ははは、ちげぇねえ!」

 

『月のバニー』……。デルフィン島に出稼ぎに来た作業員から聞いた事があるな。ロモスの『クラブ・バニー』、パプニカの『月のバニー』は、一見の価値があると。ちなみにその作業員曰く、リンガイアにはリンガイアで、有名な『メイド・喫茶』と『執事・喫茶』が存在するもののあれはジャンル違いだとの事だった。

 

「さあ、城下町を適当に覗きながら城に行ってみようぜ。城には、大魔王戦役時に勇者達が使った武具も飾られているぜ」

 

「へえ、それは楽しみですね」

 

 

 

「カナタ、ロック。少しだけあの店に寄って良いかしら?」

 

俺達が城下町を歩いて城に向かっていると、突然フェルンが一軒の道具屋を指差して足を止めた。

 

「それは構いませんが、何をお求めなんですか?」

 

「ふふふ。手帳の余白がそろそろ無くなりそうなので、新しい手帳をね。パプニカは質の良い紙が揃っているのよ」

 

手帳……。そう言えば、ロモスを出てからもう1週間以上フェルンと行動を共にしているが、確かに彼女は時折手帳を取り出しては何かを記録している様子だった。

 

「たく、お前も好きだなぁ。じゃあ俺は、その間にちょっくらあの武器屋を覗いて来るさ。あの武器屋、時々おかしな武器が並ぶからおもしれえんだぜ? カナタ、お前も来るか?」

 

ロックが顎を振って示した武器屋にちらりと視線を投げる俺。その武器屋の扉には『どたまかなづち マークⅦ 入荷!』の張り紙が。ええ……、あの迷アイテムが第7世代まで改良されてるの? いったい、何をどうしたら……。

 

「……いえ、俺は魔法使いなので遠慮しておきます。俺はここで待っているので、二人ともゆっくりお買い物してきて下さい」

 

どたまかなづちには多少なりとも興味があったが、さすがに色物アイテム過ぎるだろうと考えた俺は、ロックの誘いを断る。

 

「そっか。じゃあ、ちょっくら冷やかして来るかね」

 

「すぐに戻るわね、カナタ」

 

二人がそれぞれ目当ての店に消えていったのを確認した俺は、広場の中央にある噴水の縁に腰かけ一息つく。この円環状の広場の周囲には、商店らしき建物に加えて、簡易なテントを設置しただけの露店も多く、それらの店からは、客との威勢の良いやり取りの様子が自然と聞こえてくる。

 

「へい、らっしゃい。これは掘り出し物ですぜ、旦那?」

 

「ふむ……。エルフの飲み薬、か。本物なら確かに掘り出し物だが、果たして……。君、これは試飲できるのかね?」

 

「ご冗談を! 一滴でも魔法の聖水数本分以上の効果がある品ですぜ!? 試飲なんてできるわけがねぇ!」

 

「むむ……。だが、効くかどうか分からない品を購入するのも……。む……? 君、これも売り物かね?」

 

「これですかい? これは売り物じゃあねえが、これを読めたらここに並んでいる品のどれでも一つ持って行って貰って良いですぜ?」

 

「何……? ふーーむ、どれ? ……。駄目だ、こんな複雑な文字は見た事が無い。君、この言語はいったい?」

 

「でしょうなぁ。ここに書かれている内容を読み解いた者はこれまで一人もいなかったですぜ。これは、かの『氷の大賢者』ポップ・マーカストンの残した暗号文。さあ、買わないんだったら商売の邪魔だ。どこかへ行ってくんな」

 

ポップ・マーカストン……? 俺がそのワードに反応し声の方に顔を向けると、そこには邪険に追い払われて不満そうな紳士と、ガラのあまりよくなさそうな右目に眼帯をした店主の姿が。

 

いつの間にか俺は噴水の縁に腰かけていた腰を浮かし、その店の方に足を進めていた。

 

「いらっしゃ……、て、何だよ、兄ちゃん。冷やかしならどっか行けよ!」

 

どう見ても裕福そうには見えない俺が店先に現れた事で、店主はしっしっ、とばかりに俺に手を振る。しかし、俺はその店主の言動より、薄汚れた灰色のシートの上に広げられた何点かの商品、とりわけ1枚の紙片に興味を惹きつけられていた。

 

その紙片は、まるで手帳から引きちぎったように左端が切れている。

 

●の月 ●●の日。

駄目だ、今日もあの封印された呪文の再構築に失敗した。だが、確実に復活の日は近づいている気がする。諦めて――

 

 

「――おい、聞いてんのか、てめぇ!」

 

「――! 痛ってぇ……」

 

紙片に目を落としていた俺だったが、突然店主に突き飛ばされた事で思わずしりもちをつく。

 

「冷やかしなら帰れって言ってんだよ!」

 

「い、いや、冷やかしじゃなくて……、ああ、いえ、お金は無いんですが、この紙片って――「何をしているの、カナタ?」」

 

背後からかけられた言葉に、俺はしりもちをついたまま振り返る。そこには、先ほど道具屋に入っていったフェルンが。そのフェルンは、怜悧な瞳を店主に向けながら、俺に手を差しのべる。

 

「あ、ああ。ありがとうございます、フェルンさん。いえ、何でもありません。もう買い物は終わったんですか? ああ、ちょうどロックさんも武器屋から出て来たようです」

 

俺はフェルンの背後からこちらに向かってくるロックに気づき、手を振った。

 

「ん……? 何かあったのか、カナタ?」

 

「いえ、何でもありません。それよりロックさん、面白い武器はありましたか?」

 

「ああ! 聞いてくれるか、カナタ! あの『どたまかなづち』がなんと3つに分裂して――」

 

 

その後俺達は、興奮気味に『どたまかなづち』の事を語るロックに呆れた表情を向けながら城に向かった。その途中で俺は一度だけ先ほどの広場を振り返った。

 

先ほど粗末な造りの露店で見せられたあの紙片。あの紙片に刻まれていた言語。

 

 

 

……あれは暗号などではなく、間違いなく『日本語』そのものだった。

 

 

 

 

 

~~~~パプニカ王城 1階展示ルーム~~~~

 

 

「こちらに展示されている剣が、かの勇者ダイの装備していた『勇者の剣』いわゆる『ダイの剣』になります」

 

縦長の透明のクリアケースの中に鞘から抜かれた状態で飾られている剣を指し示しながら、展示ルームのスタッフらしき女性がそう説明してくれる。

 

展示ルームの天井から注がれる光を反射して、抜身の刀身が艶めかしく輝く。その様子に興奮した様子の子供が女性スタッフに問いかける。

 

「あの、これは本物なんですか?」

 

「いいえ、これは精巧に作られた模造品(レプリカ)です。本物は、ここパプニカの宝物庫に収められています」

 

「なんだぁ。じゃあ、この『大賢者のローブ』も模造品(レプリカ)で、本物は宝物庫にあるの?」

 

『大賢者のローブ』……? 俺は、『ダイの剣』の隣で、やはりアクリルケースに入れられて飾られている魔術師用のローブに視線を投げかける。そこには、胸のレリーフが特徴的な緑衣のローブが。そのローブの造形に見覚えのあった俺は、「これってドラゴン・ローブじゃないのか?」という言葉が、思わず口をついて出ていた。

 

「あら、よくご存じで」と、俺のその言葉に反応する女性スタッフ。そのまま彼女は満足そうに頷き続ける。

 

「そちらの方がおっしゃったように、このローブは、元は『ドラゴン・ローブ』という名のローブでした。ですが、『氷の大賢者』であるポップ・マーカストンが身に着けていたという事から、いつしかこのローブは『大賢者のローブ』と呼ばれるようになったのです」

 

……なるほど、そういう事か。俺がスタッフの説明に納得していると、女性スタッフは先ほど質問していた少年に顔を向ける。

 

「そして、先ほどの質問ですが、こちらに展示されているローブも模造品(レプリカ)です。ただ、残念ながら本物のローブは現在宝物庫には納められていません」

 

「ああ、盗難されたのでしたな。確か……、15年前でしたかの?」

 

女性スタッフの説明を聞いていた内の一人がそう発言する。それは一般に広く知られている話なのか、周囲からさほど驚きの声は上がらなかったが、俺はしっかりと驚いていた。

 

「盗難……? いったい誰が……?」

 

「はっきりとは分かっていません。ただ、ちょうどその頃より『カンダタ盗賊団』という窃盗団が世界各地で窃盗を繰り返すようになりましたので、その盗賊団の関与が強く疑われています」

 

カンダタ……。さすがドラクエ。まさかその名をここで聞く事になるとは。俺が唖然としている間も、女性スタッフは「ベンガーナのポップ発明記念館では……を、カール王国の博物館でも……が盗まれ――」と続ける。

 

そうした驚きの話がありつつも、俺は室内の展示品の一つ一つを眺めていく。なかなか面白いな。さすがは勇者ダイの血を取り込んだ王家だけの事はある。ロモスより展示品が充実している印象だ。竜の牙(ドラゴンファング)に、レオナ姫が身に着けていた『王家の服』などなど、原作を知っている俺からすれば垂涎の品ばかりだ。

 

うん……? これは何だろう? 展示品に目を奪われていた俺だったが、不意に室内の壁に貼られている『城内で神風呪文(パキ)の使用を禁ずる』というレオナ姫の署名入りの羊皮紙に気づき、足を止める。

 

俺が首を傾げてその色あせた羊皮紙を見つめていると、展示室の扉の向こうから金属の鎧をガチャガチャと打ち鳴らす騒々しい音と切迫した声が聞こえて来た。

 

「王子がいなくなっただと!? 確かなのか、それは!?」

 

「はっ! 城下でご友人と遊んでいた所までは把握できておりますが、それ以降の消息が掴めていません!」

 

随分と物騒な話だな、と俺が思っていると、俺同様に扉の向こうの会話を耳にした様子のフェルンが顔を上げた。

 

「ロック、カナタ。私は少し情報を集めてくるわ」

 

「ああ、頼む。まったく、あいつ何やってんだよ」

 

あいつ……? もしかして王子の事を指しているのか? ずいぶんと気安いな。

 

 

 

さほどの時間を待つ必要は無かった。展示室に戻ってきたフェルンが俺達に声を張り上げる。

 

「ロック! 馴染みの大臣に、王子の捜索を依頼されたわ。直ぐに探しに行きましょう!」

 

「よっしゃ!」と威勢よく展示室を飛び出していくロック。そしてフェルンは俺に顔を向けて言った。

 

「カナタ、私達は冒険者としてパプニカ王家からの依頼を受けたわ。ただ、あなたまでは私達に付き合う必要は無いわ。宿に――」

 

「いえ、お構いなければ俺も同行させてください。その行方不明になっていた王子が何らかの怪我を負っていたら、俺がいないと困った事になるでしょう?」

 

フェルンもロックも戦闘能力は飛びぬけているが、回復魔法は使えない。俺がそれを指摘すると、フェルンも俺の言葉に一理ある事を悟ったのか、悩んだ素振りをした後頷いた。

 

そして俺はフェルンの後ろを付いて行くが、俺の脳裏には前を行く二人への疑念が渦巻いていた。先ほどパプニカの王子をあいつ呼ばわりしたロック、腕利きの冒険者とはいえ大臣から直々に王子の捜索を依頼されるフェルン。

 

この二人は本当に何者なんだろうか……?

 

 

 

ヒヒーン!

 

馬の激しい嘶きが俺の耳朶を打ち、同時に激しい振動が俺の身体を上下に揺らす。

 

「大丈夫、カナタ? 口をしっかり閉じておかないと、舌を噛むわよ」

 

乗馬のスキルの無い俺に背中から抱き着かれるようにして騎乗しているフェルンが、俺を心配して振り返る。

 

「だ、大丈夫です。俺の事は気にしないで下さい」

 

「ははは。顔が真っ青だぜ、カナタ。お前も乗馬ぐらいできる様になったらどうだ?」

 

俺達同様に騎乗したロックが、俺とフェルンが乗った馬に並走するように馬を駆けさせる。

 

「い、いつか機会があったら練習……しますよ。――痛っ!」

 

フェルンに注意された通りに舌を噛んでしまった俺は、渋い顔を浮かべる。俺達はパプニカ王城の厩舎で馬を借り受け、こうしてパプニカから西へと延びる街道を駆けていた。行方不明になった王子が何処へ向かったかなど分かりようもないはずなのに、何故かフェルンは確信を持っているかのように西に伸びている街道を選択した。

 

そしてそのフェルンの読みが正しかった事は直ぐに判明する。

 

「――見つけたわ! あそこっ!」

 

フェルンの左手が街道沿いに流れている川の袂を指差す。

 

「本当だ! はは、王子がマッドオックスの背に乗って町の外に飛び出したと言うお前の推測は正しかったようだな」

 

マッドオックス? 本当だ。何をしているのか知らないが、一人の子供が羊のような体躯をした魔物の背に乗って、川の袂で立ち往生している。ああ、そうか。フェルンは、王子が遊んでいたという広場から続いていた羊の足跡を追っていたのか。しかし、王子とマッドオックスを繋げて考えていたという事は、やはりフェルンも王子の事を知っていると言う事か。

 

 

 

「困ったな。ここで匂いが途切れてる……。――!? 誰だっ!」

 

馬を並足に戻しゆっくりと少年の元に近づいていく俺達だったが、その接近に気づいた少年が俺達を振り返りそう誰何(すいか)する。そのくせっ毛の強い黒髪と強い意志を宿した蒼い瞳が、俺にあの原作における主人公の姿を想起させた。歳も……、そうだ、奇しくもダイと同い年のはずだ。

 

「初めまして。レックス王子ですね? 私の名はフェルン。こちらはロックとカナタ。あなたのお母上にあなたの捜索を頼まれた冒険者です」

 

「レックス……王子。城の奴らが心配していたぜ。こんな所で何をしているんだよ?」

 

レックス……。それがパプニカの王子の名前か。ふふ、良い名前じゃないか。

 

しかし、それはそれとして、どういう事だろう。初めまして……? レックス王子……? 本当にこの二人は分からないな。フェルンの背中にそんな疑念の視線を投げていた俺だったが、レックス王子の返答に目を剝く事になる。

 

「嫌だ! まだ帰らないぞ! あいつらは俺の友達を誘拐したんだ!」

 

 

 

 

 

「では、広場で遊んでいたあなたの友人を、その不審者達がかどわかしていったという事ですか? それで王子はその友人を助けるために、こんな場所まで?」

 

レックス王子の訴えを要約したフェルンに王子はこくりと頷くが、すぐに悔し気に顔を歪める。

 

「でも、多分あいつらはここから船を使って何処かに行ったんだ。ゴートの鼻でもここから先が追えないみたいで……」

 

ゴートとは、レックス王子の側で悔しそうに顔を歪めているマッドオックスの事なのだろう。大きな羊の姿の魔物が「キュルルル……」と鼻を鳴らす。

 

「しかし、本当かよ……? 子供の誘拐だなんて、最近じゃあ聞いた事が無いぞ」

 

「本当だよ! 俺、遠くからだったけど目が良いから見えたんだ。裸の上に緑色の帽子とパンツ一丁の姿をした大男! それと、眼帯を付けたおじさんもいた!」

 

――!

 

裸の上に緑色の帽子とパンツ一丁の姿をした大男って、それってつい先ほどパプニカの城で話題に上がったカンダタの事じゃないのか? 俺は、前世で知識として知っていたカンダタの容貌を頭に思い浮かべたが、フェルンとロックは違うアプローチで思う所があったようだ。

 

「そいつはカンダタじゃねぇか! あの野郎、こんな所に居やがったのか!?」

 

「どうやらそのようね。そんな特徴的な格好をした男なんて、世界中探してもいやしないわ」

 

二人の様子に俺が「ロックさんもフェルンさんも、カンダタと面識があるんですか?」と問いかけると、二人は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 

「面識があるもなにも、俺達は1年前にそのカンダタを捕まえた事があるのさ」

 

「そう、あれは確かカール王国からの依頼だったわね」

 

「えっ!? 捕まえた!? で、でもそれならどうしてそのカンダタが今無罪放免になっているんですか?」

 

その至極当然の俺の問いに、ロックが苦々しい表情で「逃げられたんだよ……」と応える。

 

「……逃げられた。お二人がいてですか?」

 

二人の実力を知っているからこそ余計にその言葉が信じられなかったが、俺のその問いにフェルンが応える。

 

「そうよ。1年前私達は確かにカンダタを捕まえた。でも、逃げられないように全身を紐で縛っていたのに、あの男は私達が目を離した隙に姿を消していた」

 

「姿を消していた……。それって、キメラの翼か移動呪文(ルーラ)を使って逃げ出したとか?」

 

「いえ、彼を捕えた時、私達は彼の持ち物は全て回収していたわ。移動呪文(ルーラ)も、彼の魔法力ではまず唱える事は出来ないと断言して良いわ」

 

キメラの翼や移動呪文(ルーラ)で逃げたわけではない……。では、カンダタは一体どうやって、この隙の無いベテランの冒険者である二人から逃げ遂せたのだろう。

 

「もうっ! そんな事どうだって良いだろう!? 今は俺の友達を助け出す事が大事なんだから!」

 

とっ……、俺が二人とそんな問答を交わしていると、レックス王子が焦れたように声を張り上げた。そ、そうだった。この子にとって大事なのは今だったんだ。

 

「ごめんなさい、レックス王子。でも、ここで匂いが途切れたのなら、これ以上カンダタを捜索するのは難しいんじゃないかしら」

 

「うーむ。フェルンの言う通りだな。この川の向こうはベルン大森林だろう? そこに逃げ込まれたのなら、手掛かりなしじゃあ探しようがないぜ。ここはいったん城に戻って、王女さんに助けを求めたらどうだ?」

 

「嫌だ! そんな事をしている間に友達がもっと遠くに連れ去られたらどうするんだよ! 俺は絶対に諦めないからな!」

 

フェルンとロックの言葉を真っ向から否定し、その蒼い瞳に火花がスパークするような色彩が混じり唾を飛ばすレックス王子。その友人を想う心に俺は何とかして報いたいと思い始めていた。

 

……そう言えば、先ほどレックス王子はカンダタに加えて気になる事を言っていたな。

 

「ねえ、レックス王子。さっき言っていた誘拐犯の容貌だけど……」

 

 

 

「……どうだい、王子? あそこで露店を開いている男が、カンダタと一緒にいた男じゃないかい?」

 

俺は、パプニカの町の中央広場にある噴水の影からそっと顔だけを出してレックス王子に問いかける。その王子は俺の顔の下からやはりひょこっと顔を出してじぃっと人相の悪い行商を凝視する。

 

「うーん……。似ている気がするけど、あの時は遠くから見ただけだったし、ローブを深く被っていたからはっきりとは分からないよ」

 

「そっか……。でも、他に手がかりも無いんだし、ちょっと餌を蒔いてみようか?」

 

「餌……? どういうこと、カナタ?」

 

俺達の側でやはり行商を陰から覗いていたフェルンが俺を振り返ってそう問いかける。俺はこくりと頷き、皆を引き連れて一度物陰に移動する。

 

「良いですか? 俺が考えているのは……」

 

 

 

そして語った俺の作戦に、皆がギョッとする表情を浮かべた。

 

 

 

「ちょっと待ちなさい、カナタ。それはいくらなんでも危険すぎるわ」

 

「そうだぜ、カナタ。そんな危ない橋を渡らなくても、あいつが怪しいのなら一度締めあげてみれば良いのさ。そんでもってカンダタのアジトを割らせたら良いんだ」

 

しかし俺はロックの言葉に首を左右に振る。

 

「いえ、それは駄目です。もしあの眼帯の男がカンダタと繋がっていたとして、眼帯の男に何かあったと知られてしまったら、肝心のカンダタに逃げられてしまうかもしれません。逃げ足の速さはお二人が一番よく分かっているはずです。それに、眼帯の男が口を割るかどうかだって確かではありませんよね?」

 

俺の言葉に、実際にかつて逃げられてしまったロックが、むむっと唸り声を上げる。

 

「で、でも、お兄ちゃん。この人達が言うように、確かに危ないよ。もしかしたらお兄ちゃんまで……」

 

俺が作戦を語ってからずっと沈黙していたレックスが、俺を見上げて気づかうような視線を向ける。その様子に思わず笑みが浮かんだ俺は、膝を曲げて彼と視線を合わせた。

 

「大丈夫ですよ、王子。俺にはそれなりに成算があります。きっとうまく行きますよ」

 

彼の感じている不安を少しでも取り除こうと俺は、意識的に笑みを顔に浮かべる。それに、成算があるという俺の言葉は、決して嘘では無かった。

 

おそらくはポップ・マーカストン本人のものだろうと思われる紙片の存在。その紙片をあのように人目に付く場所に置いている行商。行商と繋がりのあると思わしきカンダタ。そしてカンダタは、かつての英雄達の遺物に執着している。

 

点と点が一つに繋がり、線となる。そんなイメージが俺の脳裏に構築されていく。

 

……? いや、一つだけ分からない事がある。何故カンダタはこの王子の友人を誘拐したのだろうか? カンダタがこの誘拐によって金銭を得る事を目的としていたのなら、友人よりも王子本人を誘拐する方が早かったのでは無いだろうか?

 

俺は、未だに心配そうに俺を見上げているレックス王子に視線を投げる。動きやすそうな服装は決して華美ではないが、見る物が見れば品質の良い衣服である事に気づくだろう。何より、レックス王子が腰に差しているナイフの鞘にはパプニカ王家の紋章が刻まれている。仮にも盗賊団を名乗る連中なら、これに気づかないとは考えられないんだけどな……。

 

「あの、王子。一つだけ聞かせて下さい。王子の友人っていったい――」

 

「……レックス」

 

俺の言葉を遮るように発せられた王子の言葉に、俺は首を傾げた。そんな俺に焦れたように王子は続ける。

 

「だから、王子じゃなくて、レックスって呼んでってば! 今度そんな他人行儀な呼び方したら、口をきかないぞ!」

 

予想もしていなかったその言葉に唖然としていた俺だったが、そのやり取りを黙って見つめていたフェルンのコホンっという咳払いに俺は我に返る。

 

「あ、えっと。だけど、俺は平民であなたとは身分が――「そんなの関係ないじゃないか!」」

 

――! 俺の言葉を、今度は怒りの成分の混じった蒼い瞳で否定するレックス王子。その強い光を発する蒼い瞳を見つめていると、俺は自分の方こそ彼に差別をしていた事に気づいた。

 

「……失礼しました。いや……、その、ごめんよ、……レックス」

 

「ふふふ。許してあげるよ、カナタ!」

 

しかし、『口をきかないぞ!』か。くっくっく。しっかりとレオナ姫の血もその身体に流れているようじゃないか、レックス。

 

その語レックスと和解した俺は、改めて作戦の詳細を彼らに伝え、ほんの少しの準備をした上で、(くだん)の行商の元へと一人歩いて行った。

 

 

 

 

 

~~~~行商(ザイル)~~~~

 

side ザイル

 

ちっ、今日も外れか。賢者の国と謳われるパプニカならこの暗号を解ける賢者がいるかもしれない、と言う親分の言葉に従いここまで来たが、誰一人としてこの暗号文を解読できる奴が現れねぇ。

 

まあ、良い。あいつの買い手が後4日で到着すると、カンダタ親分が言っていた。正直、あの時目の前にいたパプニカの王子の方が金になりそうだったが、親分曰くリスクとリターンを考えた場合、あいつが最適だと言う事だ。

 

親分の言葉はいつだって正しい。俺達がこの十数年、世界を股にかけて活動していてもこれまで追手の手から逃れていられたのは親分の力のおかげだ。ロロイの谷で見つけたあいつだって、親分の手で完璧に蘇った。

 

この町とも後4日でおさらばさ。首尾よく金が入ったら、次はベンガーナ辺りで豪遊してやるぜ!

 

俺が一人そんな事を考えていると、盗品を並べたシートに不意に人影が落ちた。「いらっしゃい!」と、精いっぱいの愛想笑いを浮かべた俺だったが、顔を上げた瞬間に無駄な事をさせやがって、と今にも悪態をつきそうな表情を浮かべた。

 

「またお前か! 冷やかしなら帰れって言っただろう!」

 

その男は、3時間ほど前にも会った、成人したばかりのように見える若い男だった。くたびれた旅人の服と、腰に巻いている今にも底に穴の開きそうな薄汚れた鞄を見ただけで分かる。こいつは金目のものなど一切持ってねぇ。

 

犬を追い払うように手を払う俺だったが、その男はおもむろにしゃがみ込み、ポップ・マーカストンの残したメモに目を落とす。ちっ。またこいつは。

 

このメモは、ここに並べている他の商品同様盗品だ。だが、その効能や性能が眉唾な他の商品とは異なり、こいつだけは正真正銘の本物だった。

 

ベンガーナ王国にあるランカークスの町にほど近いエウレカの里。親分の指示で遭難を装ってその里に入れてもらった俺は、首尾よくポップ・マーカストンの残した書物の一部を手に入れる事に成功した。

 

だが、その書物は噂で聞いていた通り、複雑な暗号で記されていて、その内容は秘匿されていた。エウレカの里で盗み出す際に、警戒心の欠片もなかった魔物が「それなら、生前ポップがこのページを指して言っていた」と教えてくれたので、内容の推察は出来る。内容の推察は出来るが、これまでその内容を口にした奴は一人たりとも現れなかった。

 

たく、賢者でも解き明かせなかったこいつを、お前みたいな学のなさそうな貧乏人が解けるはずがないだろう。

 

そう考えた俺は、前回同様に目の前の男を付き飛ばそうと手を伸ばした。……が、その寸前にこいつが口にした言葉が、俺のその行動を止めた。

 

「……このメモは、ポップ・マーカストンの幻の秘匿呪文『ゴッドハンド』の事を指していますね?」

 

「――!? て、てめぇ! これが読めたと言うのか!?」

 

信じられん! ここパプニカだけでなく、世界各地でこのメモを道行く者に見せて来たというのに、誰もその言葉を発した者はいなかった。あのベンガーナ医療大学の講師ですら!

それを、このとっぽい兄ちゃんがだと!?

 

俺が驚愕に目を見開いていると、そのとっぽい兄ちゃんが俺にすっと手を差し出した。

 

「……? な、何の真似だよ、兄ちゃん?」

 

「ふふふ。昼の会話を聞いていましたよ。この暗号文が解読出来たら、店の商品を何でも一品頂けるんでしょう?」

 

「お、おお……。そ、そうか。そうだったな」

 

そうだった、そんな設定だった。今までに一度もこんな状況を迎えた事が無かったものだから、すっかり忘れていたぜ。

 

「ああ、良いぜ。何でも一品選びな」という俺の言葉に嬉々として店の商品に目を落とす兄ちゃん。くっくっく。この後どうなるかも知らずに幸せそうな事だな。

 

「うん、これにします。この『はね帽子』をいただけますか? ふふふ。羽根飾りがとてもお洒落で気に入りました」

 

「そいつかぁ。良い品を選ばれちまったなぁ。仕方ねぇ。兄ちゃんにやるよ。だけど、ちょっと待ってくんな。こいつは兄ちゃんの頭には少し大きすぎるようだ。調整して後で兄ちゃんの泊っている宿に届けてやるよ。もうすぐ陽が落ちる。どこか宿を取ってんだろう?」

 

俺の言葉に「サービスが良いですねぇ。是非お願いします。宿は、この先の……」と呑気な男。

 

くっくっく。そりゃあサービスもするさ。何と言っても、お前にはこれから俺達カンダタ盗賊団のためにポップ・マーカストンの残した書物を解読する作業が待っているんだからな!

 

 

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