転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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211話 閑話⑫ 氷の大賢者の足跡を追って その9 虎穴に入らずんば

『せんぱーい! 俺の何処がいけなかったんですか? どうして彼女達、連絡先の交換すらしてくれなかったんですかね!?』

 

『さあなぁ。あっ、すいません、ハイボール1つ下さい』

 

『またですか。BARに来たらいつもそれじゃないですか。よく飽きませんね、先輩』

 

『良いんだよ、俺はこれが好きなんだから。そんな事より、お前飲みすぎだぞ。烏龍茶にしておいたらどうだ?』

 

『嫌です! マスター、ソルティドッグ!』

 

やれやれ……と、肩を竦める先輩の肩越しにBARのマスターがカクテルを作り始める姿が俺の視界に映る。

 

『さっきの話だけどな、お前、がつがつ行き過ぎなんだよ。あれじゃあ、女子達も引くよ』

 

「おい」

 

『そう言う先輩は、草食過ぎるんですよ! 美和さん、絶対に先輩に気がありましたよ!?』

 

『馬鹿言うなよ。そんなわけあるわけないじゃないか。そんなミスキャンの才女が俺に気があるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないさ』

 

「おい、起きやがれ」

 

『ほんっとに、先輩ってば……。あーもう、良いです! 先輩、今日は先輩のアパートに泊めて下さいね!』

 

『“今日は”って、“今日も”、だろうが……。たく、仕方ない奴だなぁ……』

 

「おい、こら、ガキ! 起きろって言ってんだよ!」

 

 

 

『……先輩。先輩のお葬式で……美和さん……泣いてた―「ドカァッ!」 ――痛っ!?』

 

 

突然腹部を襲った痛みによって俺の意識は覚醒する。暗い……。どこだ、ここ?

 

上半身を起こし薄暗い部屋の中でキョロキョロと周囲を伺う俺だったが、突然髪の毛を引っ掴まれて思わず痛みに顔をしかめる。

 

うっ、臭え。俺の視界いっぱいに迫った緑色のおかしな帽子を被った男の吐く息に、痛みとは別の意味で顔をしかめる俺。

 

「ようやく起きやがったか、全く。おい、ザイル! こんなとぼけたガキが本当にポップ・マーカストンの残した暗号を解読したのかよ?」

 

「間違いありやせんって、親分。こいつは確かにあれを見て『ゴッドハンド』って口にしたんでさぁ」

 

「本当かよ? それが本当なら、あいつに加えて今回のパプニカ遠征は大成功って事になるがなぁ……」

 

俺は彼らがそんな会話を交わす間に、そっと周囲に視線を走らせる。薄暗い部屋、と思ったが、どうやらそれは間違いだったようだ。部屋ではない。周囲はむき出しの岩盤で囲まれている。広さはせいぜい5m四方という所か。床は埃だらけ。壁面の一片には武骨な鉄格子がはめられている。壁に設置されている松明の明かりが、俺の周囲を囲むように立つ3人の影を岩盤に映しこむ。

 

「はね帽子を頂けるはずだったんじゃないんですか……?」

 

俺はその3人のうちの一人にそう問いかけるが、顔を向けられた眼帯の男はニヤニヤと下卑た笑いをその顔に浮かべて応える。

 

「へへへ。はね帽子程度なら後でいくらでもくれてやるさ。ただし、お前がきっちりとポップ・マーカストンの残した暗号の全てを解き明かしたらな。おいっ!」

 

眼帯の男が傍らの男にそう声をかけると、その男は手に持った紙の束を四つん這いの俺の前にバサッと放った。

 

「……これは?」

 

「へっへっへ。それは露店でお前に見せたポップ・マーカストンの残した紙片の一部だ。ほら、広場でやったようにこいつを解読してみろよ」

 

次いで、カンダタと思わしき男がしゃがみ込んで俺の髪を掴んで起こす。

 

「そんなに心配すんなよ。こいつを解読したらお前に用はねぇ。俺達は義賊なんだ。ちゃーんと解放してやるって」

 

何が義賊だ。義賊なら盗んだ金を庶民にばらまけって話だ。ていうか、臭いんだよ、お前の息。近づけんじゃねえよ。

 

俺は精一杯の強がりのつもりで髪を掴んだカンダタの手を振り払い、目の前にあるポップ・マーカストンの残した紙片を手に取った。

 

どの紙片も無理やり引きちぎったのか、左方が引きちぎられたように破れていた。俺がそれに目を落としている間、カンダタ達は一言も口を挟まず俺を見つめていた。

 

はーー。俺は内心でそっと溜息をつく。何を期待しているのか知らないが、こいつはあんたらが思っているようなものじゃないんだけどな……。

 

「……どうだ、読めるか?」

 

しびれを切らしたように問いかけて来た眼帯の男に俺が「ええ、読めますよ」と応えると、おおッと歓声の声が上がった。

 

「よしっ! なんて書いてある!? 早く言わねえか、ガキ!」

 

カンダタが眼の色を変えて俺にそう詰め寄る。だから俺は意趣返しのつもりで淡々と読み上げてやる。

 

「●の月●●の日 今日も師匠は俺の前で幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)を使ってバニー嬢の胸にタッチした。俺が封印されている事を分かってやったんだ。まったく人が悪い。本当にこれでも師匠なのだろうか?」

 

「ああ……? 何言ってんだ、てめぇ?」

 

カンダタに付き合う事無く、俺は紙片を捲って更に続ける。

 

「●の月●●の日 ワーナー・ブレイン、許すまじ。あれほど俺がオフレコだって言っておいたのに、よりによってあの後すぐにメルルに俺がゴッドを研究している事を漏らすとは……! おかげで俺は今しがたまでメルル達に正座で説教を受ける羽目になったじゃないか! 痛いんだよ、足が!」

 

「ちょ、ちょっと待て。お前は一体何を言っているんだ」

 

「だから読み上げているんですよ、こいつを」

 

唖然としている彼らに俺は紙片をひらひらと掲げてみせる。

 

「何か勘違いをしているようですが、こいつはただのポップ・マーカストンが残した日記ですよ?」

 

「日記……だと?」

 

「ええ、日記です。あなた方が執着しているゴッドハンドという呪文は、察する所飲み屋で女の子に対してHな悪戯をするための呪文じゃないですかね。はい、残念でしたーー♪」

 

「――! てめぇっ!」

 

俺の揶揄する言葉にカンダタが激高し、俺を背後の岩肌に押し付ける。

 

「痛っぅ……」

 

きつく首を絞めつけてくるカンダタから身をよじり、俺は更に続ける。

 

「……あのさあ、八つ当たりしないでくんない? だいたいあんたら、ポップ・マーカストンを何だと思ってんの? 勇者一行(パーティー)の頭脳? 地上界最高の魔法使い? 違う、違う。ポップ・マーカストンっていうのは、目立つ事が嫌いで、でも面倒見が良くて、臆病で、でも時に勇敢で、女心に疎くて、でも良い女には変にモテる、そんなちょっとおかしな普通の男に過ぎないんだぜ?」

 

「こ、こいつ……! 良い度胸だ! ばらしてやろうか!?」

 

いつの間に抜いたのか、俺の頬にピタピタとナイフを当てて凄むカンダタ。

 

「ま、待ってくだせぇ、親分! 殺したらいけねぇ。きっとこの紙片が特別だっただけですぜ。またあの魔物の暮らしている里に行ってあの時奪えなかった残りのメモを奪ったら、こいつに解読させたら良いじゃねえですか」

 

「くっ!」

 

それは、ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえるかのようだった。憎々しい目で俺を見つめたカンダタは、「こいつをここに閉じ込めておけ! 逃がすんじゃねえぞ!」と言い残し、檻の向こうに消えていった。

 

ガシャンッ!

 

檻の扉が閉まり、頑丈そうな南京錠がその扉を固く施錠する。カンダタの子分らしき奴らが少し離れた場所で俺を監視するかのように雑談しながら佇んでいる。

 

 

 

ふーー、ここまでは作戦通りだな。俺は絞めつけられた事で跡の出来た首に手を触れ、回復呪文(ホイミ)を唱える。ジンジンとした痛みが途端に薄らぎ、俺はここまでの事を脳内で整理する。

 

やはり奴らの狙いは、ポップ・マーカストンの遺物を手に入れるために彼の構築した暗号文(ただの日本語だが奴らの目にはそれが暗号と見えているのだろう)を解ける事の出来る人間を見つけ出す事だった。

 

そんな所に俺が呑気に現れた事で、奴らには正に俺が葱を背負ってやってきた鴨に見えた事だろう。

 

しかし、実際名うての盗賊団だけあって手際は良いな。俺が宿泊している宿にあの眼帯の男がはね帽子を持ってやってきた事までは覚えているが、そこから先の記憶が無い。おそらく眠り薬か何かで眠らされ、このおかしなアジトに運ばれたのだろう。

 

さて、これまでの事を考えるのはもう良いだろう。大事なのはこれからだ。しかし、あいつらめ。見事に俺の身ぐるみを剥がしてくれたな。今の俺の姿は、文字通り肌着一丁だ。ご丁寧に靴まで脱がしやがった。

 

俺は檻の向こう側に顔を向ける。そこには、無造作に剝ぎ取られた俺の衣服が転がっている。靴もだ。しかし、どうしてあいつらはそこまで俺を警戒しているんだろうな。靴まで脱がす必要があったのか?

 

……? 今一瞬俺の脳裏にその答えが浮かんだ気がしたが、それがはっきりと形作られる前にそれは霧散する。

 

まあ、良いだろう。それより、あまり待たせるとフェルン達がやきもきする事だろう。そろそろ行動に移すとしよう。ふふふ、爆竹を鳴らすなんて何年ぶりだろうな。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ドォォォォーーーーン!!!

 

突如として、鼓膜が破れるかと思える程の激しい爆発音が檻に閉ざされた狭い洞穴内で響いた。直後、床に溜まっていた埃が吹き込む風もないのに何故か舞い上がり、洞穴内は一瞬で白く染まった。

 

「――何だ! 何が起きた!?」 耳を抑えて顔をしかめていた男が、キンキンする耳の痛みを堪え、大声を張り上げた。その声に、彼と同様に耳を抑えていた男が大声で応える。

 

「あ、兄貴! 今のは爆裂呪文(イオ)の爆発音だ! あの野郎、僧侶のくせに攻撃呪文まで使えやがったんだ!」

 

「くっ、爆発の煙で奥が見えねぇぞ! おい、早く鍵を空けろ! あのガキ、奥の壁を爆裂呪文(イオ)で破壊して逃げ出しやがった!」

 

カチャンッ! 

 

南京錠が外れ床に落ちる音に、カンダタの手下が牢屋内にばたばたと駆け込んでくる音が続く。

 

「ちくしょう! 白煙が邪魔だ! おい、どこが崩された!?」

 

「い、いや、兄貴。それがどこも崩れてないような気が……」

 

目を抑えながら奥の壁にペタペタと手を触れていた男が不思議そうに言葉を発する。

 

「ああっ!? そんなわけ無いだろう! とんでもない音だったじゃ――「ガシャンッ!」」

 

突然彼らの背後から門を施錠する音が響いた。皆が驚きと共に背後を振り返った時、固く閉ざされた檻の向こう側に、虜囚の身となっていた少年が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

「て、てめぇ! いつの間に!?」

 

「ああっ、鍵がねぇ! お前、いつの間に!」

 

「ここを開けやがれ!」

 

先ほどまでとは立場が逆転する形で檻の中に閉じ込められた3人が口々にそう喚くが、少年はそれには取り合わず、黙々と散らばっていた自身の服を身に着ける。そして「じゃあな。後でパプニカの兵隊さん達が開けに来てくれるさ」と、彼らの神経を逆なでするような言葉だけを残して少年はその場から去っていった。

 

 

 

~~~~カンダタ盗賊団のアジト 近傍~~~~

 

「大丈夫かなぁ、カナタ?」

 

カナタの運び込まれた山肌にぽっかりと空いた洞窟。その洞窟の入り口を茂みの中から心配そうに見つめていたレックスが呟く。

 

「ま、ここまではあいつの作戦の通り進んでいるんだ。それほど心配しなくても良いんじゃないか」

 

「そうね。実際、ポップ・マーカストンの残した暗号を解読するためにはカナタの知識が必要なんだから、命の心配は無いんじゃないかしら」

 

楽観的な二人にいら立つようにレックスは彼らを振り返った。

 

「だけど、そんなの絶対に大丈夫だって保障は無いじゃないか! だいたい、どうしてカナタは出会ったばかりの俺のために、あんな危険な事をしてくれるのさ? フェルンとロックは何か知っているの?」

 

そのレックスの訴えに二人は顔を見合わせる。

 

「……知っているわけじゃないが、あいつの関係者ならあのお人よし具合も納得って言うか……」

 

「そうね。……本当に懐かしい。まるで彼が生き返ったような……」

 

「あいつ……? 彼……? 二人とも一体誰の事を――「ドォォォーーーン!!!」」

 

「「「!?」」」

 

突然発生した轟音に三人の顔が強張る。

 

「ロック! フェルン!」

 

「ああ、爆竹呪文(バクチク)の音だ!」

 

「――行くわよ!」

 

フェルンが駆けながら放った矢が、洞窟の入り口でやはり轟音に右往左往していた男の肩を貫いた。

 

「ぐあっ!?」

 

「だ、誰だぁ……。かはっ!」

 

突然仲間の肩に矢が突き刺さった事で敵襲に気づいた男だったが、彼もまた背後に突然現れた男によって一瞬で意識を刈り取られていた。

 

「す……すっげぇ。まるで島にいたあの人達みたいだ……」

 

手を出す隙も無かったレックスが、手並みの良すぎる二人にそう感嘆の声を上げる。フェルンは肩を射った男を昏倒させながら洞窟の奥に視線を投げかける。

 

「さあ、行くわよ。カナタがこの先で待っているわ!」

 

「「おう!/うん!」」とそれぞれ返事をしながら、二人は暗い洞窟の奥に向かって駆けていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「無我夢中で逃げて来たけど、どこだろう、ここ?」

 

ここが洞窟の中という事は間違いないと思うが、辿り着いた大空洞の上空には、何故か無数の星々が煌めいていた。それが飾り物などでない事は、上空より入ってくる冷たい外気で明らかだった。

 

「……ここだけ天井がぽっかりと空いているんだ。……ん? どんどん剣戟の音が近づいてきているな?」

 

遠くから微かに聞こえてくる喧噪の声で、既にフェルン達がこの洞窟に突入している事を把握する俺。レックスの力は未知数だけど、フェルンとロックの力が隔絶したものだという事はこれまで3週間近く彼らと共に旅をしてきた事で分かっていた。

 

「ここまで追い込んでいる、というより、敵がここに逃げ込もうとしている……?」

 

この行き止まりのように見える大空洞に? 確かに上空は空いているが、掴むところも無いし、逃げられるような高さじゃないぜ……?

 

首を傾げながら上空を見上げていた俺だったが、不意に先ほど頭に浮かんだ思い付きが俺の脳裏で構築される。

 

「もしかして、前にあのフェルンとロックからカンダタが逃げられた理由って……」

 

ふむ……。となると、俺が取るべき行動は……。

 

 

 

俺がちょっとした細工を終えた時、大空洞の入り口からカンダタと眼帯の男が転がり込む様に駆け込んできた。カンダタは何故か、虫かごのような物を脇に大事そうに抱えている。

 

その直後、彼らを追いかけるように現れるフェルン達。レックスもしっかりついてきている。

 

ふふ、どうやら役者がそろったようだ。さあ、早い所レックスの友人とやらを助け出すとしますかね。

 

 

 

俺は、カンダタが抱えている小さな籠に視線を投げかけながら、そんな事を考えていた。

 

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