転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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213話 閑話⑭ 氷の大賢者の足跡を追って その11 別れ

「レックス、俺にもその友人を紹介してもらっても良いだろうか?」

 

俺は、ひとしきり友人との再会を喜んでいたレックスにそう声をかけながら近づく。

 

「え……。あ、ごめんよ、カナタ。うん、紹介するね。こっちがゴールデンメタルスライムのゴメちゃん! ゴメちゃんは、子供の頃からパプニカのお城で一緒だった俺の一番の友達なんだ。ゴメちゃん、こちらはカナタにロックにフェルン! 皆、ゴメちゃんを助けるために力を貸してくれたんだよ」

 

その紹介に、ロックはカンダタをロープで縛る作業の手を止め、「おう!」と手を上げ、フェルンはわずかに口角を上げて会釈をする。

 

そして俺は宙を飛ぶゴメに手を差し出す。

 

「ゴメちゃんって言うんだ。じゃあ、ゴメって呼んでもいいかな? 良かったら俺の友達になってくれないかい、ゴメ?」

 

俺のその言葉に、ゴメは何かを思い出すかのように目を大きく見開き、俺をまじまじと見つめる。その様子を訝しんだのか、レックスが「どうしたの、ゴメちゃん?」と問いかけると、ゴメははっとした表情を顔に浮かべ後、俺の手をその翼で取った。

 

「ピピピィィッ!!」

 

「ははは。カナタ、ゴメちゃんが是非友達になって欲しいってさ!」

 

レックスの通訳を聞くまでも無かった。ゴメのその仕草に俺も既に満面の笑みを浮かべていた。

 

「しかし、どうしてカンダタはこいつを誘拐したんだろうな?」

 

空を飛ぶゴメの身体をチョンチョンとつつきながらロックがそう口にすると、フェルンがそれに応える。

 

「それはおそらく、リンガイアで週末に開催されているチョコボレースが関係しているんじゃないかしら?」

 

「「「チョコボレース?」」」

 

フェルンを除く全員の声が重なる。

 

「ええ。あなた達、リンガイア王国が管理しているチョコボレースの規約、とりわけ第99条を知っているかしら?」

 

知るはずが無い。俺を含めた皆が首をふるふると横に振る。それを確認したフェルンは更に続ける。

 

「チョコボレース規約 第99条 『チケットの購入に際して、翼を有する黄金色に輝く水滴型の魔物を同伴する事を禁ずる』 聞いた事ない?」

 

「……そう言えばあります。デルフィン島に来る出稼ぎの作業員が言っていました。随分前からその条項が存在するけど、一体何を意味しているのかさっぱり分からないって」

 

俺がかつて島に働きに来ていた作業員から聞いた話を口にすると、フェルンは頷いた。

 

「そう、その条項が出来たのはずっと昔。ポップ・マーカストンがまだ生きていた頃の話よ。何故か特定の人物に万馬券が集中するのを不審に思ったポップ・マーカストンが調査すると、どうやらその人物がこのゴールデンメタルスライムに馬券を選ばせていたという事が判明したの。それからよ、この第99条が新たに定められたのは」

 

「えっと、という事はつまり、もしかしてカンダタは、ゴメをギャンブル好きの貴族か誰かに売りつける事でお金儲けをしようと?」

 

俺のその問いかけにフェルンは「そんな所でしょうね」と頷く。

 

「そ、そんな。それじゃあ、元を辿ればその大昔にゴメちゃんを連れてギャンブルをして荒稼ぎをした奴が悪いんじゃあ……」

 

「そうね、レックス。私もそう思うわ。……だから、その大昔のどこかの誰かさんは反省しないといけないわね」

 

ドカァッ!

 

「ぐあっ! 痛ってぇぇっ!!」

 

突然フェルンに足の甲を踏み抜かれたロックが悲鳴を上げるが、その様子を俺とレックスは首を傾げながら見つめていた。

 

 

 

「さて、これでカンダタ盗賊団も壊滅だと思うけれど、せっかくだから彼らが各地から盗んで貯め込んでいた宝物を探しておきましょう。確か、空飛ぶ靴の他にもドラゴン・ローブやカール王家の宝物も何点か盗まれていたはずよ。私としては、この大空洞に隣接しているあの小部屋のどれかが怪しいと思うのだけど……」

 

本当だ。フェルンの視線を追って壁際に目を移すと、カンダタ達と戦っている時は気付かなかったけれど、この大空洞には隣接している小部屋がいくつかあった。

 

「じゃあ、手分けして探してみましょうか。俺は右手の扉を覗いてみますね」

 

「それじゃあ、俺はあっちの扉を調べるよ。ゴメちゃん、行こっ!」

 

「ピピッ!」

 

レックスは早速ゴメを引き連れて、小部屋の一つに駆けて行った。

 

「それじゃあ、私とロックは左方の小部屋を調べるから、そっちはよろしくね、カナタ」

 

そのフェルンの言葉に、俺は「分かりました」と応え、いくつか並んだ扉の内の一つを押し開き、中に足を進めた。

 

 

……ふむ。どうやらこの部屋は当たりだったのかもしれない。5m四方程度の岩盤がむき出しになった小部屋の中には、大小さまざまな大きさの宝箱が雑多に置かれていた。俺は、一番手前にあった宝箱の前にしゃがみ込み、その蓋に手をかけた。

 

「どれどれ……。なーにが出るかな♪」

 

こういう宝箱を前にして心がうきうきするのは男子の宿命のようなものだな。うきうきで俺は一つ目の宝箱を開ける。でてきたのは……。

 

「こ、これは! もしや、イラストでしか見た事の無いあの『危ない水着』では!?」

 

俺は際どい衣装の水着を箱の中から取り出し、両手でそれを広げまじまじと見つめる。どうしてこんなものが宝箱の中から!? むっ、まだある! 俺はいったん『危ない水着』を丁寧に横に置き、更に宝箱の中に手を突っ込む。

 

「ちょっ、ほんとにどういうことだ!? 今度はバニースーツだと!? うおっ、うさみみバンドに、あみタイツまで!」

 

それらの品を次々に宝箱から引っ張り出し、丁寧に見分していく俺。カンダタはこれをいったい誰の遺物として収集していたんだ? 知りたいような、知りたくないような思いに捉われたが、俄然やる気が出た俺は、意気揚々と次の宝箱に手をかけた。

 

「ふむふむ……。でっかいハンマーと……、お、これはもしかして……」

 

俺はどこかで見た事のあるアイテムに手を伸ばし、それを宝箱から取り出す。そしておもむろにそれを自身の顔に装着し「でゅわっ!」の掛け声とともにポーズを決める。

 

……。

 

しーーん。静寂。ミストバーンすら爆笑してくれた必見のギャグだというのに、聴衆がいなければただ虚しいだけだな……。

 

そう、俺が今顔に装着しているアイテムは、勇者アバンが破邪の洞窟を踏破中に取得した『ミエールの眼鏡』だった。眼鏡の左右の外枠に怪しげな角が生えており、呪いのアイテムと言われたら信じてしまいそうな様相であるが、原作最終盤で死神キルバーンの仕掛けたトラップのほとんどを看破する働きをしたある意味チート級アイテム。

 

だけど、どこかが違うな。ああ、そうだ。眼鏡のレンズが、原作のような牛乳瓶底レンズではないんだ。何だろう、アバン先生ってば、戦役後にこのアイテムを改良したのかな?

 

俺が一人沈考していると、背後から「どう、カナタ? 盗まれた品はあった?」とフェルンから声が投げかけられたので、思わず振り返る俺。

 

「……ああ、うん。これなんか、カールから盗まれた品じゃないかな?」

 

「くすっ。どうやらそのようね。よく似合っているわよ、カナタ」

 

俺が顔に装着した『ミエールの眼鏡』を指差しながらそう応えると、フェルンがさもおかしそうに口に手を当てて笑みを浮かべた。

 

「その『危ない水着』とかの服は、多分ネイル村のマーカストン宅から盗まれたものじゃないかしら。後で返しておきましょう。どうかした、カナタ?」

 

「あ、いえ。何でもありません。そうですね、返しておきましょう」

 

言えない……。いつかデルフィン島に帰る時に、ミラ姉へのお土産として持って帰る事を密かに考えていたなんて。

 

 

 

その後レックス達と合流しそれぞれが発見した盗難品を照らし合わしたが、15年前にカンダタ盗賊団によって盗まれたと言われるポップ・マーカストンの遺物 ドラゴン・ローブは見つからなかった。

 

「ま、仕方ないさ。カンダタのアジトはここだけじゃないんだ。おそらく他の大陸のアジトにでも隠しているのさ。肝心のカンダタはこの通り捕えているから、後はこいつの口を割らせて探し出すしかないんじゃないか?」

 

「そうね。ここだけでもベンガーナとカール、それにネイル村から盗まれた品はあらかた見つける事が出来たし、上出来と言えるわ。それより、そろそろ夜が明けるわ。早くレックスを城に連れて帰らないと、女王陛下を含めた城の皆が心配しているんじゃないかしら?」

 

フェルンの言葉に、途端にレックスが顔色を無くす。

 

「くっくっく。まあ、凱旋とはいかないかもしれねえが、こうしてゴメも助け出せたんだ。胸を張って戻ればいいさ」

 

 

 

そして俺達はカンダタのアジトを後にしパプニカの城に戻ったが、着いた時にはもう夜は明けていた。

 

 

 

~~~~パプニカ王城 女王の私室~~~~

 

 

俺達が王城に明け方に戻ると、何故か俺達は謁見の間ではなく女王の私室に通された。20畳程の広さの部屋の中には天蓋付きのベッドと品の良い調度品が置かれており、一面の壁に備え付けられている本棚には分厚い本が整然と並べられていた。

 

その部屋の中央にはテーブルを挟んで両サイドに3人ほどが腰かけられそうな大きさのソファが置かれてあり、女王はその一方にゆったりと腰を降ろしている。

まだ20代のように見える美しい女王が、ソファに腰かけたまま俺達に笑みを浮かべ頭を下げた。

 

「この度は、息子レックスの捜索並びにパプニカ王家の友人であるゴメちゃんをカンダタの手から救ってくれてありがとうございました。パプニカ王家を代表して謝意を表します。ありがとうございました、フェルン、ロック。そしてカナタ」

 

俺達はテーブルを挟んで反対側のソファに腰を降ろした状態で、幾分姿勢を改めその謝意を受け止めた。

 

レックスは、女王陛下の隣に腰かけて俺達に笑みを浮かべていた。ゴメはそのレックスの肩の上で翼を振ってこちらを見つめている。

 

「とくにカナタ。あなたには命を失ってもおかしくなかった危険な役割を果たしてもらったと、この子から聞きました。聞けばあなたはカールの国民で、来月よりベンガーナの大学に通う身との事。そのような大事な時期にパプニカの問題の解決に尽力していただき、心より感謝します。何かお礼をしたいのですが、望みのものはありませんか?」

 

その問いかけを半ば予想していた俺は、あらかじめ考えていた返事をする。

 

「それでは、もしよろしければ私達をギルドメイン大陸のテランの里までパプニカが誇る気球で送っていただけませんでしょうか? 一度で良いから気球という物に乗ってみたかったのです」

 

俺のその返答に女王は目を見開いた後、口元に手を当てて可笑しげにコロコロと笑った。

 

「まあ、そのような事でよければいくらでも。今日にでも旅立ちますか?」

 

「いえ、できれば明日の朝送っていただければと思います。実は昨日から一睡もしておりませんので、本日はここパプニカで休息を取りたいと考えています」

 

「ほんと!? じゃあ、今日も一緒に遊べるね、カナタ!」

 

「ピィ、ピィッ!」

 

俺の言葉に、レックスとゴメが途端に嬉しそうにハイタッチをする。おいおい、俺の言葉を聞いていたのか、お前達は。今俺は休息を取りたいと言ったはずだろうが……。ジトッとした視線を俺は一人と一匹に送るが、同時にその視線は女王からも注がれていた。

 

「レックス……。それにゴメちゃん……」

 

「うっ!?/ピピッ!?」

 

女王からの絶対零度の視線と言葉を至近から浴びせられた彼らは、長ソファの端まで身を逸らし女王から距離を取る。

 

「今回はこのように旅の方の助力によって何事もなく終わりましたが、まかり間違えば取り返しのつかない事態になっていましたよ。その事を二人は分かっていますか……?」

 

しゅんっと肩を落とした二人をじろっと見つめながら女王陛下の説教は続く。

 

「まずゴメちゃん。聞けば、カンダタ達に『おにぎり』を餌に釣られたとか……。あれほど知らない人から食べ物を貰ってはいけない、と言っていたでしょう?」

 

ぷっ。どうやってゴメがカンダタ達に攫われたのか知らなかったが、そんな古典的なやり方で連れ去られていたのか。しかし、口では厳しい事を言っているが、女王陛下もゴメちゃんの友達の一人なんだな。その言葉の裏には愛情が隠しようもなく含まれている事に俺は気付いた。ゴメちゃんもそれに気づいているのか、「ピィィ……」と申し訳なさそうに(こうべ)を垂れている。もしかしたら女王陛下が子供の時には、ゴメちゃんは今のレックスのように彼女の遊び友達だったのかもしれない。

 

その様子を呆れつつも安堵の表情で見つめていた女王陛下は、次いでレックスに視線を投げかける。

 

「そしてレックス。あなたはやみくもにゴメちゃんの捜索に出る前に、私や城の者に事情を説明すべきでした。それを怠ったために、カナタ達や城の者達は不眠不休の労働を強いられ、皆に過度な心配をかけたのです」

 

「で、でも、お母さん。あの時はゴメちゃんを助けなきゃって必死で――」

 

「それでもです。あなたはいずれこの国を統べる立場の人間です。そのあなたが全てを自分の力だけで解決していては、周囲の者がその存在意義を見出せません。『一人の強者に頼った国は、多数の弱者が結束した国に劣る』。この言葉は新生パプニカ王国の初代女王レオナの残した言葉ですが、あなたは皆に頼る事を覚えなければいけません」

 

その言葉に、ゴメと同様にしゅんっと肩を落とすレックス。そんなレックスを見つめていた女王陛下だが、俺達に一瞬視線を投げかけて続けた。

 

「とは言っても、今回あなたはこちらのカナタ達に事情を説明し助けを求めました。自分に出来ない事をきちんと出来ないと自覚し、素直に他者に力を借りる事が出来る事は素晴らしい事です」

 

一転してお褒めの言葉を貰ったレックスは喜色で俯いていた顔を上げるが、女王陛下の話はまだ終わっていなかった。

 

「……ですので、本来ならあなたには、大聖堂で1週間は勉強付けの生活を申し付けるところですが、ここはパプニカ王家伝統の折檻で手を打ちましょう」

 

「げっ!? 伝統の折檻!?」

 

女王陛下の凄まじくにこやかな笑みとは対照的に、レックスの顔が心底嫌そうに歪む。パプニカ王家伝統の折檻……? 何だ、それは? まさかお尻ぺんぺんの刑とか? 俺がそんな風に考えながら親子のやり取りを見ていると、女王陛下は目の前のテーブルの下部に備え付けられている小さな引き出しをスラっと手前に引く。

 

そして女王は、その引き出しの中から薄い横長の木箱を取り出しそれをテーブルの上に置いた。

 

俺がその木箱の中を首を伸ばして覗くと、高級そうな紫の布地の上に、艶やかな光彩を放つ大小さまざまな大きさの瑪瑙が小さい順に並んでいた。

 

宝石箱……? いや、どうやら宝石は宝石でも、それは観賞用に並べたわけでは無いようだった。

 

「瑪瑙の10番は……これね」

 

女王陛下は、その木箱の中から最も大きく濃緑色の光彩を放っている拳大の瑪瑙を手に取り、それを右手に握りしめた。いや、瑪瑙が大きすぎて握り込めていない。

 

ちょっ、待って。まさかパプニカ王家伝統の折檻って、あれか!? あれなのか!? そんな、どこぞのヤンチャな中坊がやる喧嘩のような所業を、一国の女王がするのか?

 

そして女王陛下がおもむろにソファから立ち上がる。レックスはもう諦めたのか、少しでも痛みを和らげようと、ソファの上で正座をして歯を固く噛みしめている事が分かる。その様子を見て、つい俺は口を挟んでいた。

 

「お待ちください、女王陛下」

 

俺の言葉に、女王陛下はレックスから視線を剥がし俺を見つめた。

 

「レックスが多くの人に心配をかけたと言うのでしたら、その責任の一端は私にもあります。レックスは私の提案した作戦に従っただけです」

 

「カナタ、これは私とレックスの問題――」

 

「いえ、二人だけの問題ではありません」

 

俺は女王陛下の言葉を遮り続ける。

 

「私があえて敵に連れ去られる事で敵のアジトを掴もうと言う作戦は、秘匿性が何より重要でした。どこまでカンダタの手の者が王城内に浸透しているか分からなかったので、私はレックスに沈黙を求めたのです」

 ですから、その件でレックスを責めるのでしたら、その責任の一端は自分にもあります。どうでしょうか? その瑪瑙の10番、二人で折檻を受けるという事で、瑪瑙の5番辺りに変更ききませんか?」

 

「ぷっ! くっくっく……」

 

俺の交渉が可笑しかったのか、隣のロックが噴き出すように笑いだす。フェルンも声には出していないまでも、いつもよりその口角が上がっていた。

 

「あー、陛下。それなら俺達も王子の捜索を依頼されておきながら、王子を城に連れ戻すことなく一緒に行動させていました。だから、俺達もその折檻を肩代わりしますよ。俺とフェルンも加わるので、えーと……瑪瑙は4番辺りになるのかな?」

 

「切り上げて3番ですよ、ロック」とフェルンが続く。

 

そんな2人のやり取りを静かに見つめていた女王陛下は、ふっと口元に笑みを浮かべ「あなた達の頭に折檻を落としたら私の手の方が壊れるので、遠慮します」と応える。

 

その後彼女は、テーブルの上の木箱に巨大な瑪瑙を戻し、今度は最も小さな瑪瑙を取り出した。

 

そしてそのまま彼女は、レックスの頭にその小さな瑪瑙を握りこんだ拳を勢いよく振り下ろした。

 

ごつんっ!

 

いくら小さくても重りを握りこんだ拳を受けるのはつらかったのか、涙目で痛そうに頭を押さえてうずくまるレックスと、心配そうにその周りをパタパタと飛ぶゴメ。そんなレックスの背中に女王陛下はそっと手を回し抱きしめた。

 

「お帰りなさい、レックス。無事でよかったわ。あなたはもう少しだけ、自分が他者にどれほど愛されているのかを自覚しなさい。良いわね?」

 

「……うん。ごめんなさい、お母さん」

 

「……良いのよ。あなたにこんなに素敵なお友達が出来た事に免じて、今日の所はこれで勘弁してあげるわ。あ、でも今日は遊びに行くのは許しませんよ。昨日1日お勉強をさぼっているんですから、今日は目いっぱい勉強の時間に当てるわ」

 

「ええっ!? そんなぁ……」

 

その情けない王子の声に、その場にいた全員の笑い声が重なった。

 

 

 

「それでは、明日改めてお伺いします。ご面倒をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「ええ、分かったわ、カナタ。ふふふ、ベンガーナ医療大学を卒業したら、遠回りになるけど、パプニカにも是非寄ってらして。フレデリカ女王には私の方からお話しておくわ」

 

「うん、絶対寄ってよ、カナタ! 後、カナタって、1年間はベンガーナの大学にいるんだよね? 大学が休みの日に遊びに行っていい?」

 

その言葉に俺が「もちろん!」と返事をするが、レックスは女王陛下から「カナタの勉学の邪魔をしてはいけませんよ」と釘を刺されている。

 

ぷっ、なんか原作で見る事の出来なかったダイとソアラ姫のやり取りを見ているようで微笑ましいな。

 

そして俺達はレックスとゴメを残し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

カラン、カラン……。

 

俺が扉を開けると、扉に備え付けられていた鈴が涼し気な音を発した。中に足を一歩踏み入れただけで、そこはまるで異国に来たかのように錯覚してしまいそうになるほど、外とは異なる空気が流れていた。

 

入り口から遠い奥の広いステージではちょうどバニー姿の女性達がステージの上でダンスに興じていた。そしてそのステージの周囲に多くの観客が集まっている事で、入り口手前のカウンターやテーブル席には空席が目立っていた。

 

「お一人? カウンターで良いかしら?」

 

BAR風のカウンター席の向こう側にいる赤毛の20代と思わしき女性が、俺を手招きする。その招きに応じた俺は、指示されるままカウンターの端の椅子に腰かける。

 

「この店は初めてよね? 何が良いかしら?」

 

俺はテーブルの上に置かれてあるメニュー表に素早く目を走らせ、ソルティドッグを、と注文する。

 

俺の注文に頷いた女性が棚に陳列されたお酒に手を伸ばす様子を眺めていた俺は、不意に壁に貼られた色紙に気づき、思わず目を細めてそれを見つめる。

 

「はい、どうぞ」と、手際よく注文したお酒を俺の前に滑らせた女性は、俺が色紙を一心不乱に見つめていた事に気づいていた。

 

「あなたも、有名なポップ・マーカストンの馴染みの店を一目見たくて来た感じの旅人かしら?」

 

あなたも、という事はそういう客は多いという事か。別に隠す事でもないので、俺は「そうですね」と頷き、彼の事で何か知っている事は無いか目の前の女性に尋ねてみる。

 

「そうねー。私の知る限り、彼はいつもこの店に来ては――」

 

「ハイボール……じゃないですか?」

 

「――! そう、ハイボール! 彼はいつもハイボールばかり注文していたのよ。さすが、彼目当てに店に来ただけあって、彼の好みをよく把握しているわね」

 

ははは……。別にこの世界に来て把握した訳じゃないんだけどな。ただ、俺の知っている先輩はいつもこういうBARではハイボールを頼んでいた、というだけだ。

 

「そうですね。でも、あなたは見た所お若いようですが、ポップ・マーカストンを接客した先輩からその話を聞いたわけですか?」

 

俺のその問いに、目の前の女性はクスっと笑みを浮かべ悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ううん、違うわよ。私がこの目で見て知っているの」

 

「この目で……? しかし、あなたはどう見ても……」

 

目の前にいる煽情的なドレスを着ている女性はどう見ても20代。いや、こういう店だから多少若作りしていたとしても、40代以上という事はないだろう。そもそも、ポップ・マーカストンが亡くなってから今年でちょうど80年経っているんだから、面識があると言うのなら少なくとも目の前の女性は80歳は超えているという事になる。

 

「ふふふ。不思議そうな顔してるぅ♪ じゃあ、アリエルちゃんが特別に君にヒントを上げちゃおうかな。これ、なーんだ?」

 

小悪魔のようにウインクしながら彼女はカウンターの向こう側でドレスの裾をめくりあげる。

 

「ちょ、な、何を……?」

 

顔が赤らんでいる事を自覚しながら、たくし上げられる裾から目を離す事が出来なかった俺だったが、その裾が彼女の太もも辺りまで捲られた時、俺は違う意味でそこから目を離す事が出来なくなった。

 

その太ももの一部にはなんと、虹色の鱗があったのだ。

 

「鱗……。――! まさか、あなたは、人間ではなく……、人魚ですか!?」

 

「せーいかーい! はい、正解した君にかんぱーい♪」

 

「か、かんぱい……。お、驚きました。人魚の方もこの店で働いてらっしゃるんですね」

 

彼女とグラスを重ねながら、俺はそう問いかける。

 

「そうよー。でも、別に私だけじゃないわよ。この店には私以外にも3人の人魚が働いているわよ。ふふふ、私達が水槽で見せるダンスカルテットは、大人気なんだから」

 

「そ、そうだったんですか。それは寡聞にして知りませんでした。失礼しました」

 

「良いのよぉ。ふふふ、この『月のバニー』はね、先々代のオーナーだったルイーダが『魔物使い』って呼ばれるほど魔物への偏見がない人だったの。そんな彼女を慕って人魚はもちろん多くの魔物がこの店に集ったってわけ」

 

そうだったのか、と俺が感心していると、アリエルと名乗った人魚の女性は、ポップ・マーカストンとの思い出を語ってくれた。

 

「だいたい彼はいつも誰かと一緒にこの店に来るんだけどね、1年の内の特定の日だけは決まって一人で来店するの」

 

「へえ……、それは彼にとってどういう日だったんでしょう?」

 

「私は会った事がないんだけどね、それは彼の魔法使いとしての師匠の命日だったらしいわ。いつもその日には決まって一人で現れて、自分にはハイボールを、隣の空席にはウイスキーのロックを注文していたわ」

 

そんな事を……。俺の知らない先輩のエピソードを聞く事ができ、俺は先輩がこの世界で骨をうずめる覚悟で暮らしていた事を知った。

 

「他には、どんな事が――」

 

カラン、カラン。

 

「あっ! やっぱりここにいやがった。ほら、フェルン! 俺の言った通りだっただろう? あいつの関係者なら絶対ここを素通り出来やしないってな!」

 

「それはロックが単にこの店に来たかっただけでしょう? まあ良いわ。カナタ、良かったら一緒に飲みましょう」

 

鐘の音を鳴らして現れたのは、旅の共である二人だった。

 

「ええ、是非。でも二人ともやっぱりこの店の事をご存じだったんですね」

 

「当り前だろう。よう、アリエル。元気にやっているか?」

 

「もちろんよ。ロックちゃんも元気そうね。前に会ったのは何十年前だったかしら……?」

 

「ふふ。アリエル、違うでしょう? それを言うなら何十日前、よ。こんな商売をしているんだから、人族語はもう少し勉強した方が良いわよ」

 

「……ごめんなさーい。だって、人族語って難しいんだもーん。カナタって言うんだね、君。人数が増えたからあっちのボックス席に移動しよっか」

 

そして俺達は場所を変え、パプニカの夜を満喫する。

 

さあ、明日はいよいよギルドメイン大陸に戻る事になる。大陸を離れた時から数えて既に3週間近く経過している。

 

俺はこの旅でなりたい事が見つかったのだろうか。知りたい事は知り尽くしたのだろうか。旅の当初からは想像もできないほど未来の事が頭によぎるようになったが、それでも俺はまだこの旅の終わりをどこと見定めるべきか、決めかねていた。

 

先輩、もう少し。もう少しだけあなたの後を追わせてください。どこかで踏ん切りがついたら、俺はあなたから独り立ちしますから。

 

だからどうか、もう少しだけ……。

 

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