がた、がたがた……
馬車の荷台がときおり上下に揺さぶられ、そろそろ腰が痛くなってきた。荷台から見える周囲の景色は、テランの里ほどではないものの、手つかずの自然が残っている事が分かる情景ばかりだった。
2日前にテランの里を後にした俺達は、ベンガーナ王国の王都ベンガーナを経由して、ランカークスの町を目指していた。
途中その王都ベンガーナでは乗り合い馬車の待ち時間で半日ほど滞在しただけで、ベンガーナを後にしていた。ロックが「せっかく大都市に来たんだから、一泊ぐらいしていこうぜ」、と駄々をこねていたが、フェルンが取り合わなかったため、しぶしぶ俺達の後を付いてきた。
しかし、短時間とはいえ、その待ち時間の間にベンガーナの市街地に建造されている『ポップ発明記念館』を見学できたのは、俺にとって楽しい時間だった。
その博物館の中には、ポップの発明した多種多様な品々が並んでいた。それは魔道具だけに限らず、たとえば『たこ焼き機』や『水汲みポンプ』と言った魔法と関係のない品も展示されていた。そのラインナップの中に『女性水夫用衣装』(つまりセーラー服ですよね、先輩……)や『メイド服』(分かってますねぇ、先輩)があったのを見つけた時、思わず俺は「グッジョブ!」と叫んでしまっていた。
もちろん魔道具も興味深い物がたくさんあった。勇者アバンと共同で開発した『写真機』、あらかじめ指定した場所に飛んで移動できる『空飛ぶ靴』(俺が見た時は紛失中になっていたが、直に博物館に戻ってくるだろう)もそうだし、横になった状態で空を飛べる『空飛ぶベッド』という魔道具も展示されていた。
ちなみにその『空飛ぶベッド』の側には、『ポップ・マーカストンからテラン王国国主フォルケン王に寄贈されたこのベッドだが、空を飛ぶと言う機能を知らないまま就寝したフォルケン王が翌朝目覚めると、何故かベッドはテラン湖の上に浮かんでいた』という真偽の怪しい説明書きが添えられていた。
後、興味を惹かれたのは、ポップ・マーカストンが大魔王戦役から僅か半年後に開発したとされる『嘘発見器』だった。それは、基本的に小型化を好むポップ・マーカストンの発明した魔道具としては異例中の異例というほど大型で、縦横1mをゆうに超えるサイズの直方体の魔道具だった。
ただ、肝心のその魔道具の内部機関が消失されており、説明書きにはそれについて『量産化された際の社会構造への影響が大きすぎるため、とある秘密組織が内部機関を強奪した可能性が指摘されてる』と記載されていた。
個人的には、ポップ・マーカストンの性格と直方体の天井部にはめ込まれていた水晶球からとある推測が導き出せるんだけど、今となってはその推測が正しいかどうか確認する術が無いのが悔しい所だ。
「お、見えて来たぜ、カナタ。ほら、あれがポップの生まれた町、ランカークスの町だぜ」
『魔獣の咆哮』と呼ばれるトンネルを抜けて馬車で進む事、約1時間。ギルドメイン大森林を背景とした人口3,000人を数える、ベンガーナ王国東部の町、ランカークスの町が見えて来た。
「あれが、ランカークスの村……、あ、いえ、ランカークスの町、ですか。想像していた以上に大きいですねぇ」
本当に想像以上だった。ランカークスの村は何度か原作でも描写があったが、これほどの大きさの村では無かった。大戦から150年が経ったという事を否応なく感じさせる変化だな、これは。
「カナタも知っていると思うけど、今ランカークスの町にマーカストン姓を継ぐ家は、町の東部に居を構えている武器屋『マーカストン工房』ね。その系譜を紐解けば、ポップとマァムの間にできた3番目の子供に行きつくわ」
マーカストン工房。確かにその名は知っている。というか、マーカストン姓を現在でも名乗っている一族の中で、その工房が一番有名じゃないかな。『ふぶきの剣』を始めとする質の良い武具は、ベンガーナ国内のみならず他国、あるいは他大陸から商人がはるばる買い付けに来るほど広く知れ渡っている。
「なるほど……。では、そのマーカストン工房に行けば、ポップ・マーカストンに関する情報を最も入手できそうですね?」
しかし、俺のその言葉にフェルンは顎に指を当て、考える素振りをした。
「その可能性も高いと思うけど、私としてはランカークスの町長を訪ねてみるのも手だと思うわ」
「町長を……? どうしてですか?」
「今のランカークスの町長は、生前のポップ・マーカストンと面識のある人物だからよ」
生前に面識……? いや、驚く事ではないか。ポップが逝去したのは今から80年前なわけだから、ロモスで出会ったあの老師のように幼少時にポップの人生と交差した人がいてもおかしくはない。
「なるほど。血筋を優先するか、直接顔を合わせた人物を優先するか、の話ですね。うーん、どちらにしようかな……」
「そんなの悩む事はねえだろう。両方訪ねてみたら良いんだ。近い場所から行ってみたらどうだ?」
ロックが提案したその直球の解決法に俺は乗っかる事にした。
「それもそうですね。それじゃあ、この馬車は役場前に到着予定ですし、まずは町長の所に行ってみる事にします」
そしてランカークスの町に着いた後の行動を決めた俺達は、町の側を流れているセーヌ川という川の清らかな流れに、しばし目を落とす。気づけば、馬車はいつの間にかランカークスの町の中に入っていた。
ゆっくりと町の中を進む馬車の荷台から俺は周囲に視線を走らせる。小さな、しかし手入れの行き届いた教会の前を通る。一瞬だが、教会のシスターらしき女性が庭の履き掃除をしている姿が目に入る。路地裏では数人の子供達が鬼ごっこのような遊びに興じていた。この町でポップ・マーカストンは14歳までを過ごしたのか。俺は、もう彼がいるはずもないのに、何故か目に映る人の中に彼の姿を探してしまっていた。
「町長、お客様がおいでですが、お通ししてよろしいでしょうか?」
俺は町役場の受付の女性の案内で、役場の3階にある町長室までやってきていた。今この場にはフェルンもロックもいない。彼らは、「役場の中で危険が及ぶ事なんて無いだろう」と口にし、町に入ってから目にしていた魔物が開いていた露店に興味を持ったらしく、そちらの方に嬉々として出かけて行った。
「かまわないよ。入ってもらって」
女性職員の声に応えるように、扉の向こう側からそんな涼し気な声が届く。女性職員もその声を聞いて微かに頷いた後、俺を振り返った。
「では、どうぞお入りください」
「ありがとうございます」と礼を言い、俺は女性職員が開いてくれた扉から部屋の中に足を踏み入れた。
ランカークスの町の町長は、町長と書かれた銘板の置かれたデスクの向こう側で椅子に座って……いや、椅子には座っていなかった。何故かその町長は、宙にふわふわと浮いている。その状態で町長は戸口に立つ俺を見て、「やあ」とその何本かの手を掲げて見せた。
「こんにちは。僕がこの町で町長をやらせてもらっているホイミンです。僕は見ての通り魔物だけど、できれば怖がったりしないでくれると嬉しいな」
……。いや、怖がったりはしない。でも、驚きで一杯だ。ポップが『魔物達の解放者』と呼ばれている事は知っていたが、こうして実際に町の町長を魔物がやっているなんて……。しかも、俺の目の前にいるこのホイミンという名のホイミスライム族は、人間の姿を模すのではなく魔物姿のままでこの部屋で執務をしている。その証拠に、ホイミンと名乗ったホイミスライムの触手の内の何本かはペンを握っていた。
「もしもし……? ごめんね、驚かしちゃったかな?」
「――! あ、す、すいません。失礼しました。事前に伺っていなかったもので、つい茫然自失になってしまいました。お許しください」
「全然良いんだよ。君の反応はある意味普通だしね。ところで、君の名前を教えてもらっても?」
そう問われ、俺は初めて自身が名乗っていない事に気づく。
「こ、これは失礼しました。俺の名前はカナタ。カール王国デルフィン島の出身です」
「カナタ、カナタ……。うーん、どこかで聞いた名前のような気が……。――! 思い出した。君、ベンガーナ医療大学の次期入学生候補でしょう?」
「ど、どうしてそれを……?」と問いかける俺に、ホイミンは応えてくれた。なんと、カール王国からベンガーナ医療大学に向かう行程で、この町はその通過地点になっているようだった。大学に入学する生徒達に町に泊まってもらった時に、町長であるホイミンは彼らと交流を持ったそうだ。そして彼らの口から、本来一緒に行動しているはずの生徒の一人が行方不明だと言うことを聞いたとの事だった。
「ああ、それなら大丈夫です。確かに他の同期とは行動を共にしておりませんが、まだぎりぎり入学式に間に合います。それに、最悪間に合わなくても初日は入学式だけですので、遅れても特に問題は無いかと」
そう口にした俺だったが、ホイミンはむむっと眉間に皺をよせ、9本の触手をうねうねと動かした。
「僕の前でその発言は聞き逃せないな、カナタ。これが見えるかい?」
ホイミンの身体から伸びた黄色い触手のうちの一本が、町長室の机の上に飾られている証明書のようなものに触れた。その書類をどれどれ、と覗き込んだ俺は思わずうめき声をあげていた。何故ならその書類は、今俺の目の前にいるホイミスライム族のホイミンが、ベンガーナ医療大学の講師である事を証明するものだったからだ。
「ふふふ、僕はこの町の町長と医療大学の講師の二足の草鞋をはいているんだよ。だからカナタ君。入学式を欠席するなんて事は許さないよ。分かった?」
「は、はい。よく分かりました」と応えながら、俺はホイミンに促され一人掛けのソファに腰を降ろす。そしてホイミンもテーブルを挟んだ向かい側のソファの上に浮かんだ。
「それで、どうしてカナタは他のカール王国から来る学生さん達とは、別行動を取っているのかな?」
俺はその問いかけに応える前に、フェルンが今の町長がポップと面識があると言っていた事を思い出す。そうか、そりゃあ魔物だから、がっつり生前のポップと同じ時間を生きていた可能性があるわな。
そう考えた俺は、正直にポップ・マーカストンについて調べる旅をしていると、ホイミンに伝える。そのホイミンは、ポップ・マーカストンの名前を俺が口にした瞬間から、何故か目に光るものを溜めていた。
「あ、あの……どうかされましたか? もしかして生前のポップ・マーカストンとは親密な関係だったのでしょうか?」
「親密? そうだねぇ、その表現も間違ってはいないけれど、より正確に言うなら友人、あるいは師弟、あるいは戦友、あるいは同僚、という事になるのかな」
ホイミンは黄色い触手を器用に操り、自身の目に浮かんだ涙をぬぐいながらそう応えた。
「友人に加えて師弟であり戦友。その上同僚……ですか。そうか、ホイミンさんはベンガーナ医療大学の講師という事ですし、ポップ・マーカストンの同僚だった事もあるという意味ですか?」
「そうだね。僕は医療大学の最古参の講師で、勤続150年を今年で数えるからね。あの大学でポップとは60年以上に渡って一緒に仕事をしたよ」
なんと……。幼年期にポップと会った事があるというレベルでなく、それほど長い期間ポップと同じ時間と同じ空間を過ごした人物が目の前にいるとは。俺は思わず前のめりになって、問いかける。
「あ、あの……ポップは、ポップはどんな人物でしたか? 何でも結構です。あなたが知っているポップ・マーカストンの姿はどのようなものでしたか?」
「そうだねぇ。正直その質問はよく受けるから、僕はいつも決まってこう答えるよ。彼は医療魔法の普及に力を注ぐと同時に、3人の妻と7人の子供を一途に愛し、時に破天荒な言動で周囲を困惑させつつも、それでも皆彼の人柄に魅せられていた、とね」
そう口にしたホイミンは、ちらっと俺を探るような目で見た後、続ける。
「……だけど、君が知りたいのはそんな表面上の彼のエピソードではなさそうだね。ふむ……、デルフィン島のカナタと言ったね? でも、君の本当の故郷は……“地球”という名前じゃ無いかい?」
――! その単語を俺が耳にしたのは、この世界に来て初めてだった。
「地球……。その名を知っているという事は、あなたはポップからそれを打ち明けられたのですか?」
「打ち明けられたと言うか、あれはいつだったかな。そうだ、そうだ。彼が高齢を理由に学長の座を退く日の前の晩に、一緒にお酒を飲んだ時の事だった。「学び舎で酒盛りするなんて、学生達には内緒だな」と、まるで彼自身が悪戯をする学生のように振舞いながら医療大学の学長室でグラスを傾け合った時に、ふとポップがそんな言葉を口にしたよ」
「……それを彼が打ち明けたという事は、あなたは彼から随分と信頼されていたのですね」
ホイミンは俺の言葉に、触手をくねくねさせて苦笑いをその顔に浮かべる。
「信頼……、というか、もう僕と彼の関係は腐れ縁のようなものだからね。僕はね、カナタ、ずっと人の世界で人と一緒に暮らす事が夢だったんだ。その夢をポップが叶えてくれた。驚いたよ。いくら医療魔法を覚えたと言っても、大学で人を相手に教壇に立ってくれと誘われた時は……」
「確かに驚くでしょうね。……でも、あなたはその誘いを受けたんですね? そしてそれから150年経った今でも教壇に立っている」
「うん……。ポップが、絶対に後悔はさせない、なにがあっても責任は俺が取る、って言って、彼の友人達も一緒になって僕を説得するために何度も里に足を運んできたからね。最後は根負けしたよ」
「……どうでしたか、150年間教壇に立ってみて?」
俺のその問いに、不意にホイミンは町長室の天井を見上げて嘆息すると同時に口を開いた。
「……楽しかったよ。ポップや彼の家族、友人達と過ごす時間は想像以上に楽しかった。もちろん学生達との交流も。僕なんかを師と慕ってくれるような学生もいた」
そこまで語って、ホイミンは「でも……」と続ける。
「でも……、ほんの少し、ほんの少しだけ後悔もしている」
「後悔……ですか」という俺の問いに、ホイミンはぽつりと呟く。
「……寂しいんだよ。ポップのように仲良くなった人間、僕を師と仰いでくれる人間が、一人また一人と櫛の歯が欠ける様に僕の前から姿を消していく。そんなの、定命の人間と一緒に暮らしてみたいと考えていた時から分かっていた事なのに、いざその中に身を置くと堪えるものがあるね」
「ホイミンさん……。でも、それでもあなたは彼が亡くなった後もこうして教壇に立っている」
「……うん、僕は今でも教壇に立っている。時々、かつて学生だった人の子供や、孫が大学にやってくるんだよ。『父があなたを師と慕っていました』、『祖母があなたに渡せなかった恋文を、預かってきました』なんて、口にして入学してくる学生もいるんだよ? ふふふ、おかしいよね」
そう笑みを浮かべる彼の表情からは、先ほど彼が口にした後悔という感情は、この150年間で彼が抱いた感情のほんの一つの側面だけだと言う事を俺に悟らせていた。
「……櫛から欠けた歯は欠けたままじゃなかったという事ですね。欠けても、欠けても新しい歯が生えてくる。あなたは、そういう生き方を選んだんですね」
「そうだね。君の言う通り、新しい歯は生えてくる。そしてそれは、君にも言えるね。ようこそ、この世界へ。僕は、僕達は君を歓迎するよ」
そう言ってホイミンが9本の内の触手の一本を俺に差し出したので、俺は笑みを浮かべてその手を取っていた。
「さて、お互いの事情も聞けたところで、君には試練を与えようか」
「試練……?」と首を傾げる俺にホイミンはこくり、と頷く。
「そう、僕の所には実に多くの人間がやってくる。やれ、『ポップ・マーカストンの秘匿呪文を教えろ』、『俺をエウレカの里に連れていけ』などとね。そんな彼らに僕は一つ試練を与えているんだよ。カナタ、後ろを振り返ってごらん」
「後ろ……?」
振り返ってみろと、促された俺は首を背中に回し背後を伺う。背後には先ほどこの部屋に入ってきた木製の扉だけが……、いや、違う。その扉と天井の間の壁には、一枚の横長の掛け軸が架けられていた。その掛け軸には、墨汁で書かれた十二の文字。
「あれは、死期を悟ったポップ・マーカストンが書いた自筆の文字だよ。あれを読めるかい、ベンガーナ医療大学149期生のカナタ君?」
その文字を見て唖然としている俺を、面白がるような口調で尋ねるホイミン。そのホイミンに、俺は掛け軸から目を離さないまま応える。
「あれをポップ・マーカストンが書いた時、ホイミンさんは側にいましたか?」
「うん、いたよ。この町長室で、僕の目の前で彼はあれを書いた」
その言葉を聞いた俺は、「そうですか。では……」と呟きソファから立ち上がる。
「彼はあれを書いた後、こういうポーズを取りませんでしたか?」
そして俺は、両足をしっかりと踏みしめ、右拳を町長室の天井に向けて突き出して見せた。調子に乗った俺は
途端に、町長室にパチパチパチと拍手する音が響く。
「あはははは! 凄い、どうして分かるの、カナタ! そうそう、ポップはそれを書き上げた後、そのポーズを取ってしばらく動かなかったんだよ!
振り返ると、ホイミンがその9本の触手の全てを使って俺に拍手を送っていた。
……そ、そうなんだ。
その掛け軸には、達筆でこう書かれていた。
『わが生涯に一片の悔いなし』
それは、ポップ・マーカストンがこの世界を全力で生き切った証の言葉だった。
次回 魔王ポップ