転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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216話 閑話⑰ 氷の大賢者の足跡を追って その14 魔王ポップ

「ホイミン町長、子供達からそろそろ稽古を始めると連絡がありましたが、いかがなさいますか?」

 

ポップ・マーカストンが残した12文字の文字を解読した後も、彼の思い出話に花を咲かせていた俺達だったが、町長室をノックして入ってきた女性職員が、ホイミンにそう声をかける。

 

「ああ、もうそんな時間なんだね。うん、子供達の元気な様子も見たいから予定通り行くよ。そうだ、カナタ、君も一緒にどうかな?」

 

「一緒に……? あの、なにが始まるんですか?」

 

俺のその問いにホイミンはふふ、と笑みを浮かべて応える。

 

 

「来週に迫ったランカークス祭で子供達が演劇する予定の『セシル王子の嫁取り物語』の練習風景の視察さ」

 

 

 

「どう、皆? 準備は出来た? 今日の稽古は、ホイミン町長が見ているからしっかりね」

 

俺とホイミンが役場1階のホールにちょこんと置かれたパイプ椅子に腰かけていると(ホイミンは宙に浮いているが)、前世で言う所の小学校高学年ぐらいの年かさの女の子が周囲の子供達にはっぱをかけながら裏口から現れた。

 

ホイミン町長は子供達に慕われているようで、ホールに入ってくるなりホイミンの姿を見つけた子供達が「あっ、ホイミンだっ!」、「きゃー、ホイミンちゃん、今日もかわいい!」とはしゃぐ声。

それにホイミンは、「こらこら、君達。まじめにやらないとルール―に叱られるよ」と触手をひらひらと振りながら返す。

 

おそらく先ほど皆にはっぱをかけていた少女がルール―という娘なのだろう。「ちょっと皆! ちゃんとホイミン町長って呼ばなきゃ駄目でしょ!」と、声を張り上げる。

 

くすっ。まるで委員長みたいなタイプの女の子だな、と思って彼ら彼女達のやり取りを見つめていたら、本当に彼女は委員長だったようで「委員長は固いなぁ」、「きゃあ、委員長が怒ったぁ」などの声が飛ぶ。

 

そういう騒動がひとしきり収まった後、彼女達は劇を通しで始める前の最終確認を始める。その様子をワクワクしながら見つめていると、ホイミンが俺に顔を向ける。

 

「カナタは、『セシル王子の嫁取り物語』の話を知っているかい?」

 

「もちろんです。俺はカールの出身ですから、俺自身何度か劇に参加した事すらあります」

 

『セシル王子の嫁取り物語』は、およそカールに住まう者なら知らぬ者はいないと言われるほど知られている劇だ。その内容は、勇者アバンとフローラ女王の第一子であるセシル王子が、大賢者ポップの長女であるサクラを妻に望んだ際、サクラの父である大賢者から試練を与えられたという実話を元にしていた。

 

ただ、主人公がカールの王太子なのに、何故ランカークスの町でこの劇が……と考え、俺は、はたと膝を打った。そうだった、この劇の主人公は確かにカールの王太子セシルだが、劇中における魔王的役割を果たすもう一人の主人公と言える人間がポップ・マーカストンその人だった。

 

ポップ・マーカストンは愛娘との結婚を望むセシル王子に対して3つの試練を与えた。一つ目と二つ目の試練は、それぞれ炎のリングと水のリングを取ってくる事というもの。炎のリングはデルムリン島の火山でとあるリザードマンが、そして水のリングはオーザム国のとある魔剣士が守っていた。

 

「そう、それじゃあ概要は説明しなくても分かるね。あ、そろそろ始まるようだよ。うふふ、皆気合が入っているなぁ」

 

ホイミンの言葉に、俺は前方に視線を戻した。

 

 

 

「じゃあ、今日は最初の試練のラストから行くよ! はい、ルカ君!」

 

先ほど皆から委員長と呼ばれていた水色の髪をショートに纏めた少女が、小太りの少年に向かって声を張り上げる。少年はその言葉にこくりと頷いた直後、胸を押さえてホール中に聞こえるほどの大声を張り上げる。

 

「ぐわあああ――ッ!!」

 

その叫び声の後、もう一人の少年が、悲鳴を上げて床に横倒しに倒れた少年の方を見ながら、「クロコダイーーーン!」と幾分棒読み感のある声を上げる。

 

ぷっ。このやり取りを聞いただけで、俺は彼らがどのシーンを演じているのかを理解した。

今のは、全3部構成の内の第1部のラスト。炎のリングを守るリザードマンをセシル王子が破った所を演じたのだろう。

 

もっとも、劇中ではセシル王子がリザードマンを破ったとなっているが、実際の所はリザードマン、つまりクロコダインだな。彼がセシル王子を知らなかったはずもないし、ポップの協力願いに苦笑いしながらも了承し、最後は手加減して勝ちを譲ってあげた姿がありありと脳裏に浮かぶ。

 

「ルカ君! 今の『ぐわあああ――ッ!!』はなかなか良かったよ! 後は、目をおっきく見開くと完璧だよ!」

 

「分かった!」

 

どうやら今の『ぐわあああ――ッ!!』は、委員長兼演劇監督でもあるらしき少女の合格ラインに達していたようだ。そして彼らは俺達が見ている前で、3部の劇の準備に入る。なんだ、2部の練習はしないのか。まあ、そうだろうな。俺達が孤児院で劇をした時も2部はほとんど尺を取らなかった。

 

何故なら、2部の魔剣士はセシル王子とは戦わなかったからだ。魔剣士は、セシル王子が水のリングを取得に来た際、『あいつを義父とするとは、愛する女のためとはいえ、お前に同情するよ』とニヒルな笑みを浮かべ、『ほら、持っていけ』とリングを手渡す。

 

そこに戦いは存在しない。おそらくポップとしては、ここでセシル王子を食い止めて欲しかったのだろうが、彼の兄弟子でもある魔剣士はそれに付き合う事を良しとしなかった。そういう事だろう。演じる劇団によっては、ここで「『桃園の誓い』はどうなった!?」というポップの恨み節が入るが、どうやら今回の劇ではそれは省略しているようだ。

 

そしてセシル王子は、いよいよポップが与えた3つ目の試練に挑戦する。その3つ目の試練とは、『魔法戦あるいは格闘戦のいずれかで、自身を負かす事』という試練だった。

 

この試練にセシル王子は二度失敗する。彼は当然ながら、世界最高の魔法使いと名高いポップに対し魔法戦を挑む愚は犯さず、格闘戦を選択するのだがその戦いに二度とも敗れるのだ。

 

セシル王子は父アバンの血を引くだけの事はあって、年若いなれど十分に一流の魔法戦士と言って差し支えなかった。アバン流刀殺法も上伝である空烈斬の習得まではできずとも、中伝である海破斬の習得は出来ていた。対してポップの方はアバン流の初伝止まり。魔法戦はさておき、格闘戦ならセシル王子に分があるというのは皆が思っていた所だった。

 

ただし、それはポップがその手に『ブラックロッド』を装備していなければ……の話だが。

 

そう、本気で娘を嫁に出したくなかった彼は、この戦いで長い間封印していたブラックロッドを持ち出すのだ。自身の魔法力を打撃力に変換し攻撃する事の出来るこの武器。しかも彼は、その上この戦いに、やはり大魔王戦役時に愛用していた『ドラゴン・ローブ』まで引っ張り出してきている。

 

『セシル王子の嫁取り物語』の劇が、『恋愛劇を下地にした活劇でありながら喜劇でもある傑作』と評価され、長く人気を博しているのはこのためである。このどこまでも勝利にどん欲な大賢者の姿に、ある者は呆れ、ある者は涙を流して笑い、ある者は娘持つ父としていたしかたなしと深く同調するのである。

 

 

「ひ、卑怯ですよ、お義父さん! いくら何でもブラックロッドは反則じゃないですか!?」

 

「そうよ、お父さん! それってもう魔法力を使って戦っているのと一緒じゃない!」

 

「黙れ、黙れ! 魔法力は打撃力に変換されているんだから、これは魔法力ではない! 見苦しいぞ、セシル! それでもアバン先生の息子か! やれやれ、そんな事ではサクラは嫁にはやれんな。顔を洗って出直してくるがいい! あと、まだ俺をお義父さんと呼ぶんじゃない!」

 

おお、目の前の子供達の劇も熱が入ってきている。まあ、ここは全体を通しても上位に入る見どころだからな。ていうかポップ役は、先ほどの委員長なんだ。女性だが、実に見事にポップ・マーカストンらしさを演じられている。ここで規模の大きい劇団だったら、『ポップさん、いくら何でもブラックロッドは……』、『エルサ母さん、私、娘として顔から火が出そう』などの外野の声が飛んだりもするのだが、ここでは人数の関係なのか、カットしているようだ。

 

 

 

「父上。どうしてもブラックロッドを装備したポップさんに勝てません。僕はいったいどうすれば……?」

 

「セシル……」

 

場面変わって、2度目の敗北の後、父であるアバンに相談を持ち掛けるセシルのシーンが目の前で展開されている。今日は書き割りまでは用意していないようだが、ここはカール王城の一室、王配アバンの自室のシーンだ。形から入るタイプの子供なのか、アバン役と思しき黒縁眼鏡をかけ頭から掃除のモップの先をくっつけた少年が、その眼鏡をキラッと光らせセシルに応える。

 

「良いですか、セシル。戦いにおいては、いかに敵の意表を突くかがポイントです。あなたがポップとの戦いにおいて魔法戦を避け、格闘戦を選択するのは、言ってみれば常道。それゆえにポップに読まれているのですよ。

彼はかつて、大魔王戦役であの大魔王バーンをも欺いた稀代の策士です。そんな彼に勝つためには、まず彼にとって想定外となる攻め方をせねばなりません。だからセシル。次は魔法戦を選択してみてはどうですか?」

 

おお、この長台詞を詰まる事無く一気に行くとは。あのモップを頭からかぶった少年。なかなかの名演技だ。

 

「し、しかし父上。確かにそれは意表をつけるかもしれませんが、それでは魔法戦であのポップさんに勝たなくてはいけなくなります。そのような事、僕ではとてもとても……」

 

「ノープロブレムですよ、セシル。私に良い考えがあります。良いですか、よくお聞きなさい……」

 

 

 

そして場面変わって、ポップ役をしている委員長の少女が、主人公であるセシル役の少年に対して高笑いをする。

 

「ほう! この私に魔法戦で勝負を挑むとは良い度胸。かかってきたまえ!」

 

「頑張れ、セシルくーん! 分からず屋のお父さんなんか、やっつけちゃえ!」

 

両者の間に立っているサクラ役の少女がそう声を張り上げる。

 

「――爆裂呪文(イオ)!」

 

セシル役の少年がそう叫ぶと同時に、彼の背後からいくつものシャボン玉が出現し、それが団扇であおがれポップ役の少女の方に一斉に飛んでいく。

 

「――甘い! ――閃熱呪文(ギラ)!」

 

ポップ役の少女が両手を突き出し(その手の中には子供の遊具である水鉄砲が)、自身に向かってくるシャボン玉に次々に水を発射し、それを破裂させていく。ひとしきりそのシュールな光景が目の前で展開された後、セシル役の少年が「むううんっ!」と裂帛の気合と共に右拳を前に突き出す。さすがは主役に選ばれているだけの事はある。思わず引き込まれそうになるほど見事な演技力だった。

 

「これならどうだぁっ! ――閃熱呪文(ベギラマァ)!!」

 

彼の手から、やはり子供の遊具である飛び出す糸がポンッと音を立てて宙を飛び、ポップの方に向かう。だが、即座に大きな鏡のような物を持った少年二人が、ポップ役の少女の前に立ちはだかる。

 

「な、なんだ、その光の壁はっ!?」と叫ぶセシル役の少年。それに対して、ポップ役の少女は渾身のどや顔で言い放つ。

 

「……覚えておくのだな。これが呪文返し(マホカンタ)だ……!」

 

セシル役の少年の放った糸がポヨンっと鏡に弾かれると、「うわぁっ! 跳ね返ってきたぁっ!」と、大げさなアクションで場を盛り上げる少年。

 

ホールの床に這いつくばるセシル役の少年が身を隠す場所が無いかと周囲に視線を走らせる。その様子を睥睨しながらポップ役の少女が無情に告げる。

 

「フッフッフ……。大賢者からは逃げられぬ」

 

恐らくマァム役の少女なのだろう。「どこかで聞いたセリフね。ポップったら、ずっと根に持っていたのね。まったく、セシル君に八つ当たりして。すいません、フローラ様。後でポップを叱っておきます」という声が飛ぶ。

 

この呪文の応酬は、この劇中最大の見せ場だ。俺はまだ見た事が無いが、カール国立劇場で演じられる際には、この場面は光と音の演出が極致を極めていて、実に見ごたえがあるそうだ。そして次にポップの放つ一撃も。

 

「さあ、止めは、かの大魔王バーンすらこの呪文の有用性を認め模倣した私の独自呪文で勝負を決めてやろう。さあ、いけっ、火炎呪文(フェニックス)! 忌まわしい記憶と共に!!」

 

ポップ役の少女が、いつ手渡されたものなのか、巨大な鳥の姿に似せた赤い折り紙を、えいっとばかりに放ち宙を飛ばせる。

 

だが、ここで勇者アバンが息子のセシルに授けた秘策が牙を剝く。モップを頭からかぶった少年が叫ぶ。

 

「――今です、セシル!」

 

「はい、父上! ――変身呪文(モシャス)!!」

 

 

セシル役の少年の足元に煙幕が投げつけられ、彼の姿が白煙に消える。少年がその場からそそくさと退出し、変わって別の少女がその場に駆け込むのを俺は見なかった振りでスルーする。

 

そして白煙が収まると、そこには10歳前後のスクール水着を着た少女が立っていた。胸の白い布地には、ご丁寧に『まぁむ』とペンで書かれており、その頭にはうさみみバンドが。

 

「げえっ!? マ、マァム!? そ、その恰好は――!?」

 

「――セシル!」 モップを頭からかぶった少年が叫ぶ。

 

「――真空呪文(バギ)!!」

 

動揺して動きの止まったポップに対して、バニー嬢の姿に扮したマァム(セシル王子)が真空呪文(バギ)を唱える。シュルシュルシュルと彼女の手からブーメランが放たれ、それが先ほどからポップ役の少女の頭にくっついていた赤い風船にヒットする。

 

途端に、パンッ! と、音を立てて破裂する風船。

 

これで勝負は決した。

 

「やった! 勝った、勝ちましたよ、父上! サクラ、僕はとうとう試練を突破したよ」

 

「よくやりました、セシル」と満面の笑みで頷くモップを頭からかぶった少年と、「え、ええ……」と若干引き気味のサクラ役の少女。

 

これで劇は終わりかな、と思っていたら、今敗れたばかりのポップにスポットライトが当てられる。ははは、どうやらこの劇はポップ・マーカストン生誕の地らしく喜劇色を強めているらしい。前に孤児院で劇をした時は、セシル王子が勝った段階でグランドフィナーレだったけど、まだ劇は続いている。

 

ポップ役の少女が迫真の演技で妻達の元に駆け寄り訴える。

 

「た、大変だ、マァム、メルル、エルサ。俺にこんな弱点があったなんて……! うちにはまだ3人の娘がいるんだ。悪い虫に同じ対応を取られる前に、早急に対応策を考えなければ!」

 

「……一応聞いておくけど、どんな対応策かしら?」と、マァム役の少女。

 

「そ、それはもちろん皆にバニー嬢の衣装を着てもらって俺に耐性をつけるって――、い、痛いってば! ちょっ、何で!?」

 

「うるさい、このお馬鹿!」

 

ホールの中を右から左へ逃げるポップ役の少女を、箒を手に追い掛け回す3人の少女達。その様子に、隣のホイミンを含め、仕事の合間に見物していたたくさんの職員達が、目から涙を零すほど笑い転げ拍手を送っていた。もちろん、俺も。くすくすくす。さて、これは最初に劇を披露したカール国立劇場の演出家の脚色なのだろうか? それとも、この劇に監修として携わっていた勇者アバンが実際に見聞きした史実なのだろうか。

今となっては真実は不明だが、先輩の人となりを知っている俺は、遠からずこのようなやり取りがあったのではないかな、と推測する。

 

俺の視線の先では、サクラに「ごめん、セシル君。さすがに、お母さんのあんな姿に変身呪文(モシャス)するような人との結婚は、もう一度考えさせてくれないかな?」と告げられたセシルが「――そんな!?」と絶望的な声を上げている。

 

その様子を妻達に追いかけられながら見たポップが、「ふっ、このポップ・マーカストン。試合に負けて勝負に勝ったとはこのこと。残念だったな、セシル!」と足を止めポーズを決めるのと、その彼の頭に3本の箒が叩き込まれるのは同時だった(ちなみにポップ役の少女はいつのまにかヘルメットを頭にかぶっていた)。

 

爆笑の渦で最後のシーンの稽古が終わった彼らだったが、まだ納得しきれていない所があるのか、もう一度1部から稽古を始める準備に取り掛かっていた。

 

その様子を見て、俺はそっと立ち上がる。隣で浮かんでいるホイミンがこちらに顔を向けた。

 

「行くのかい、カナタ?」

 

「はい。ホイミンさんが言っていた、かつてポップが通った道をなぞってみたいと思います」

 

「分かった。旅の扉の封印は解いておくよ」と言ってくれたホイミンに俺は頭を下げて踵を返す。……が、「そうそう、言い忘れていた」、とホイミンの声が俺の背中に届く。

 

「カナタの二人の連れだけど、一足先に行っておくってさ」

 

どこへ、とは聞かない。振り返った俺は、「分かりました。色々とありがとうございました、ホイミン先生。入学式でお会い出来るのを楽しみにしています」と返事をする。

 

「大学で待っているよ」という声を背に、俺は今度こそその場を後にした。

 

 




本日の投稿はここまでとします。明日残り2話を投稿してこのシリーズは終了です。
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