転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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217話 閑話⑱ 氷の大賢者の足跡を追って その15 エウレカ

「と、とと……、これはちょっと、酔いに弱い奴なら耐えられないだろうな」

 

俺はよろめいた拍子に手を付いた岩壁から手を離し、今しがた転移してきた魔法陣の外に足を踏み出す。洞穴内は薄暗いものの、目が全く効かないというわけでは無かった。ちょうど目の前がこの洞穴の出口のようで、そこから明るい光が入ってきているためだ。

 

うっ……。外に出た途端、足元が白一色に覆われており、信じられないほどの冷気が俺を襲う。風が強い上に冷たい! それもそのはず。ここは恐ろしく高い山の中腹で、眼下には鬱蒼とした深緑の絨毯が何処までも続いていた。

 

……どこなんだ、ここ?

 

俺はホイミンに教えられた通り森の中に入り、何かに導かれるように獣道を辿り、着いた先にあった岩の祠に足を進めた。そこには不思議な紋様の魔法陣が浮かんでいて、そこに足を踏み入れた途端、このおかしな場所に転移していた。

 

「よう、遅かったじゃないか、カナタ」

 

「迷子になったんじゃないかと心配したわよ」

 

不意に横合いから投げかけられた言葉に、俺はその声の方を向く。そこには、ロモスからこれまで共に旅をしてきたロックとフェルンがいた。

 

「いえ、少しランカークスの町長との話が盛り上がって遅くなりました。お二人も旅の扉から転移してきたんですか?」

 

「いいや、俺達は瞬間移動呪文(ルーラ)で来たさ。お、なんだ、なんだ? 瞬間移動呪文(ルーラ)が使えるんならこれまでの旅でも使えって言いたげだな?」

 

「そんな事は言いませんよ。瞬間移動呪文(ルーラ)での移動は、ただの移動じゃないですか。俺は移動ではなく旅がしたかったので、それでよかったんですよ。旅でしか得られないものも、得る事ができましたし」

 

火炎呪文(メラ)に頼らない火の起こし方はロックから教わった。獲った魚のさばき方はフェルンから。旅の間に知り合った人達からその土地土地の風習を教わり、食べ物を分けてもらった。パプニカではレックスという友人が出来た。それにもちろんゴメも。

 

「ふふふ。かわいい子には旅をさせよ、という言葉があると聞いた事があるけれど、本当ね」

 

「その言葉……、誰の言葉ですか、フェルンさん?」と問う俺に、フェルンは目を細めて微笑むだけだった。

 

「そら、ここまで来たんなら、あそこに行かなきゃ始まらねえだろう。あそこでお前なりの答えを見つけてきな」

 

そう言ってロックは、人が二人も横に並べばいっぱいになりそうな狭い山道の先を指差す。その指の先にはぽっかりと空洞が出来ていた。なるほど、あそこがかつてポップが修業をしたと言うエウレカの里か。

 

俺はロックに頷き、白く化粧されたその山道に一歩足を踏み出すが、後に続く物音が無いことを不思議に感じ後ろを振り返る。ロックとフェルンはその場から動こうとせずただ俺を見つめていた。

 

「カナタ、私達は挨拶をしたい友人がいるからそちらに行っているわ」

 

「そう言う事。心配すんなよ、カナタ。そんな顔をしなくても、いきなりいなくなったりはしねえよ」

 

そう言ってカラカラと笑うロック。良かった。ここまで俺の旅に同行してくれて、これほどお世話になったと言うのに、お別れの言葉も言えずにさよならされるなんてあんまりだ。そして彼らは俺に背を向け、俺が向かう山道とは反対の山道に雪面に足跡を残しながら進んで行った。

 

俺の鼻腔に、微かに桃の花の香りが漂った。

 

 

 

「ここであっているのかな……。真っ暗だ。……照明呪文(レミーラ)

 

山道の突き当りにあった洞穴に足を踏み入れた俺は、照明呪文(レミーラ)によって視界を確保して奥へ奥へと進んで行く。その途中、三又に分かれた地点に出くわし足を止める俺。どの道の大きさもほぼ同じでどれが主要な道なのかが分からない。しばしそこに佇んでいると、不意に俺の旅人の服のズボンの裾をくいくい、と何かに引っ張られる感覚が。

 

……? 俺が足元に視線を落とすと、そこには子猫ぐらいのサイズの魔物がいて、俺のズボンの裾をその小さな口に咥えて引っ張っていた。この子、ベビーパンサーだよな? でも、ちょっと毛の色が……? 見た目こそ鳥〇明先生がデザインしたままのベビーパンサーの容貌だが、毛の色が俺の知っているそれと若干異なっていた。ベースとなる毛の色は黄色で間違っていないが、その中に若干灰色の毛が混ざっている。

 

「お前、誰だい?」と、その場でしゃがみ込んで俺のズボンの裾を加えて離さないベビーパンサーの頭を撫でると、ベビーパンサーはようやくズボンから口を離してくれ、俺の指をペロリと舐めた。

 

その後ベビーパンサーは三又に分かれた通路のうちの一つにたたたっと軽快な足取りで進み、その後俺を振り返った。その目は俺に早く来い、と言っているかのように感じた。

 

「そっちが正解? くす、まあ、不正解でも良いか。時間はたくさんあるんだ」

 

そして俺はおかしなベビーパンサーの誘いで、通路を奥へ奥へと進んで行った。

 

 

 

「うわっ、まぶし!」

 

薄暗い通路から突然燦燦と照らされた大空洞に出た俺は、思わず手を目にかざし光を遮る。そうしていると、徐々に日の光に慣れていった。薄目でいた目をはっきりと開いた時、俺の視界の先には何十体もの魔物がいた。

躍る宝石に爆弾岩、ゴーレム、リリパット、ドロヌーバ、さまよう鎧、等々。初めて会う面々だと言うのに、不思議と俺を見つめる彼らの目は親し気だった。そんな彼らの中から、一人前に出てくる魔物が。

 

その魔物には右腕が存在せず、隻腕だった。逆三角形の肉体に、首から足下まで続く長いローブをまとっている。ローブの隙間から時折覗く肌は、真っ赤な色をしている。頭はヤギ頭で、左手には杖をついていた。その魔物の目も、やはりほかの魔物と同じく親し気だった。

 

「……もしかしてサーラさん……ですか」

 

「ほう。儂を知っておるかね?」

 

「もちろん。ポップ・マーカストンに修業を付けたエウレカの里の里長でありながら、大魔王戦役前より正体を隠しながらランカークス村の村長を続けていたメッサーラ族のサーラ。戦役後に正体を明かすも、ポップ・マーカストンを含む多くの住民の推挙で引き続き村長としてランカークス村の発展に務めた。ちょっと歴史を齧った事のある者なら、誰でも知っている話です」

 

「ほっほっほ。そうか、そうか。面と向かってそう言われると照れるのう。さて、ホイミンから話は聞いておる。ふふふ、あの掛け軸の文字を読み解いてこの里を訪問したのは、カナタ、そなたが初めてじゃぞ」

 

そりゃあそうだろう。あんな言葉、地球人、とりわけ日本人でもない限り絶対に読み解けないだろう。

 

「……まあ、同郷としては、外せない所でしたね」

 

「ふむ。では、そなたもポップのように『腕が……うずく……!』や『クセになってんだ、音殺して歩くの』などと口走りながら珍妙な動作を取るのかね?」

 

「あ、いえ、さすがにそのレベルはちょっと。一緒にしないでいただけると助かります」

 

「そうかね。久しぶりにあの珍妙な行動を目にすることができるかと期待していたのだが……」

 

そう言って本当に残念そうに肩を落とすサーラ。なんだか文献を読んでイメージしていたより、ずっとおちゃめな魔物なんだな。

 

だが、気落ちした様子のサーラが、気を取り直したように顔を上げた。

 

「いかん、いかん。そんな事より、こうしてあの文字を解読してこの里に来たからにはポップとの約束通り、あれを見せねばならぬな。カナタ、着いて来るがいい」

 

そしてサーラは俺に背を向けて大空洞の奥の方に歩き出す。その背中を俺は慌てて追いかけていた。

 

 

 

「サーラさん、ここは……?」

 

「ここは儂の部屋じゃよ。ランカークス村の村長も引退したし、いい加減この里の長も引退させてくれと皆に言うておるのじゃが、この部屋を自由に使える事だけはありがたいのう」

 

へー、サーラの部屋か。周囲を見渡すと中央に広い縦長のテーブルが置かれていて、壁際に置かれている棚には、用途が形からは推測できない魔道具がいくつも並んでいた。

 

俺達が部屋に入ってすぐに扉がゴンゴンとノックされる。サーラが扉を開けると、何やら箱のような物を抱えたゴーレムがのそっと中に入ってきた。

 

「ご苦労じゃったな、ゴレムス。そこに置いてくれるか」とサーラがゴレムスという名のゴーレムを労うと、そのゴレムスは箱を俺の前に置いた後、軽く頭を下げて部屋から出て行った。

 

「さて、カナタ。ホイミンから聞いておるかもしれぬが、これがポップ・マーカストンがその生涯に渡ってつけておった日記じゃ。巷では大仰に『ポップ・マーカストンの書』などと呼ばれておるらしいが、そんなたいそうな物ではないわ」

 

その言葉を聞きながら、俺は床に置かれた箱の中から一冊の手帳を取り出しパラパラと捲っていく。ああ、確かにこれは日記だ。そしてこの筆跡は間違いない。これを書いたのは先輩だ。

 

俺が紙に記された文字にそっと指を這わせていると、サーラは「ゆっくり読んでいくと良い」と言い残して部屋から出て行った。

 

部屋に一人残された俺は、その好意に甘え、書物のつまった箱の前に胡坐を組んで腰を落とした。

 

それでは……、改めて。俺は幾分姿勢を整えて、(それでは読ませてもらいます、先輩)と日記の束にぺこりと頭を下げてから、最も古そうな日記から手を伸ばした。

 

 

●●年●●の月●●の日

 ヒュンケルが地底魔城に戻って行ってしまった。アバン先生からヒュンケルの事を頼まれていたのに……。せっかく原作より早いタイミングで『魂の貝殻』を奴に聞かせられたと言うのに、結局原作と同じ展開になるのだろうか。いや、そんな事はさせない。たとえこの身を投げ出す事になっても、あいつをこちら側に引き戻してやる……!

 

(それは、先輩の焦燥が伝わってくるような記録だった。一刻も早くヒュンケルを闇の呪縛から解き放してやりたいとう先輩の想いがこの短い文章から感じられた)

 

 

●●年●●の月●●の日

 後1時間ほどで、バルジの島へ再突入する時間になる。一度突入してしまえば呑気に日記をつける時間も無いだろうから、今のうちに記録しておく。レオナ姫は先のバルジの塔での戦いで、俺が最善の行動を取ったと評価してくれたが、それは違う。あの時最善の行動を取れたのはマリンさんだ。俺があの時、マリンさんが選択したように幻惑呪文(マヌーサ)を詠唱していれば、フレイザードの行動を止められたかもしれない。

 俺は慢心していた。フレイザードの五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)を受けきった事で、俺は自分の力だけで事体を打開できると過信した。忘れるな。何度も、何度も読み返せ。俺は慢心していた。二度と同じ過ちは繰り返さない!

 

(バルジの島……。原作でも描写のあった二度目のバルジの島への突入直前の描写か。俺は一度目のバルジの島でどのような攻防が展開されたのかは知らない。俺からすれば、レオナ姫が最善の行動だったと評価した時点で、先輩は水準以上の働きが出来ていたと思えるんだけど、先輩はまだ満足していなかったんだな。でも……、どこか先輩らしくない。まるで生き急いでいるような、贖罪を果たそうとしてるかのように見える。いったい、先輩に何があったんだろう……)

 

●●年●●の月●●の日

 いかんな、馬車がガタガタと揺れるせいで字が上手く書けない。俺の視線の先では、昼食前とは打って変わって、メルルとマァムがそれまでの分を取り戻すかのようにおしゃべりに興じている。

 しかし、二人の仲が良いのは結構なんだが、その二人の話題が主に俺に関する情報の共有に終始しているのは何故だ?

 

『ポップさん、ピーマンが苦手なんですか? 駄目ですよ、好き嫌いをしていては』

『ちょっとポップ。マリーさんって誰よ? 私、聞いてないわよ?』

『ポップさん、ロモスのその女性僧侶には気を許してはいけませんよ。私の水晶球がそう言っています』

『ポップの無茶って子供の頃からだったのね。まったく、他人の事ばかりじゃなくて、少しは自分を優先しなさいよ』

 

本当にもう勘弁してくれないかな……。

 

(ぷっ、この二人に、先輩の葬儀でさめざめと涙を零していた美和さんの事を伝えてあげたかったな。きっと面白い事になっただろうに。でも、多分彼女達の存在が先輩の緊張の糸を解しているんだろうな。だって、この文面からは先輩の悲壮感は全く感じないから)

 

 

●●年●●の月●●の日

 今メルルは、顔なじみの所に俺達のために食事を貰いに行ってくれている。マァムはあれからずっとダイに付き添っている。

ダイが原作通りバランによって記憶を奪われてしまった。俺があの時バランを説得できてさえいれば、この事態は防げたかもしれないのに。ゴメのあの寂しそうな涙も、姫さんのぶつけどころのない怒りの涙も、流させる事が無かったかもしれない。これは俺が招いた事態だ。意地汚くも原作通りの展開になるよう皆を誘導してきた俺の。それほど皆にちやほやされたかったのか? それほど傷つくのが怖かったのか?

 良いさ、覚悟は決まった。原作通りの展開というのなら、あれも織り込み済みだろう。その時が来た時にぶるって失敗しないよう、今から覚悟を決めておこう。

 

(それは違います、先輩……。俺は知っています。先輩のその必死の行動がバランの硬い氷のような心を溶かしたんです。だから、自分を卑下しないで下さい。胸を張って下さい。先輩がそんな先輩だったから今の世界があるんです)

 

 

●●年●●の月●●の日

 

明日にはパプニカに戻らないといけない。今やるべきことはやり終えたはずだ。師匠には零式から太陽爆発呪文(フレア)の開発までと、本当にお世話になってしまった。あと残る不安と言えば、ミストバーンとキルバーンの事だ。あの二人の秘密だけがどれだけ考えても解き明かせない。くそっ、どうして俺はあいつに原作を全て借りて読んでおかなかったんだ。知ってさえいれば、全てが解決しただろうに……!

 

(……すいません、先輩。まさかあの時は、先輩がこの世界に転生するなんて事、想像だにしていなくて。知っていればいの一番に先輩にお知らせしたのに。でも先輩……。きっと全てを知っていた俺がこの時代に転生するより、先輩の方がよりよい未来を構築できていますよ。俺には、ダイ君がレオナ姫と添い遂げる未来を手に入れる事なんてできなかったと思います)

 

 

そのまま俺は日記を読み進める。記録はいつしか戦役後まで飛んでいた。

 

 

●●年●●の月●●の日

 

世界会議に出席していたカミーユがとんでもない事を言ってきた。どうして俺とマァム達の結婚式がその開催地選びでストップがかかるんだよ! 何やらベンガーナのクルテマッカが強硬に自国開催を主張しているらしいが、本当にろくでもない事しかしないな、あいつ。ノスタル爺になったらどうするんだよ!

 

もういい。アバン荘も俺達だけになったのに、これ以上待っていられるか。親族だけを呼んでゲリラ結婚式を仕掛けてやるからな! 

 

●●年●●の月●●の日

 

やった。なんとか明日のダイの結婚前夜祭に間に合わす事が出来た。明日はこの新開発した真・変身呪文(シン・モシャス)でダイをあっと言わせてやるぜ。通常の変身呪文(モシャス)では闘気までは偽装できず、闘気の扱いの長けた人間には看破されてしまう。しかし、この真・変身呪文(シン・モシャス)は闘気すら模写する事が出来る。

とっ、呪文の開発の次は、明日の余興で姫さんに模写する面子を選ぶ必要があるな。うまくいったら、そのままダイにキスをされる可能性のある余興だからな。人選は慎重に行かなければならない。まず俺は除外、と。いくら何でもそんな新しい境地を開拓するような危険は犯せないし、犯したくない。マァム、メルル、エルサも却下だ。俺は嫉妬深いからな。絶対に駄目だ。

 

となると誰が良いだろう? おっさん……もやめておこう。せっかく最近セリーヌと良い雰囲気になっているのに、ここで万が一おっさんを衆道に走らせる事になれば目も当てられない。

 

そうだ、チウにしよう。うん、それが良い、そうしよう。後はそうだな、ああ、ゴメにしよう。ゴメなら喜んで参加してくれそうだ。これで本物の姫さんを含めて三人。あと一人ぐらいは欲しいな……。

 

あっ、あいつがいた! そうだ、そうだ。最近世界を余すところなく旅して来て見分を深める事が出来たとどや顔で言っていたから、ここらであいつにまだ見ぬ新しい世界への扉を開かせてやる機会を与えるのも良いかもしれない。きっと小説の執筆ネタにもなるはずだ。

 

ふふふ。明日が楽しみだぜ。

 

 

 

……。何だろう、戦役後の先輩がノリノリで生きている事が、文面からひしひしと伝わってくる。やりたい放題だな、全く。そりゃあ、あの辞世の句を残したくなるよ。

 

俺は軽く頭を振りながら、彼の残した最後の日記に手を伸ばす。その日記の最後のページにはこう書かれていた。

 

●●年●●の月●●の日

 

そろそろこの右腕をサーラさんに返す時が来たようだ。あれから70年借りっぱなしだったが、この右腕のおかげで7人もの子供を抱く事ができ、それに倍する数の孫まで抱く事ができた。

だけど、もう十分だ。まだ身体が動くうちに、エウレカまで返しに行こう。だから、今日の日記が、私が残す最後の日記という事になる。さて、何を書こうか。これまでさんざん記録してきたから、もうネタ切れに近いな。

 

そうだ、もし万が一将来私の故郷からこの世界に転生してきた者がいた時のための言葉を残すとしよう。

 

 

君へ。この文章が読めているという事は、君は地球の日本という国から来たのだろう。時代はいつかな? 私がこの世界へ転生した時の地球の西暦は20○○年だったから、少なくとも20○○年以降という事になるのだろうか。時間の流れが向こうとこちらで一定という保証は無いが、まずは一定と仮定して話を進めよう。

 

ふむ、となると、あと10年足らずでそちらは22世紀という事になるか。ドラえもんは誕生しているだろうか? いや、すまない。ほんのジョークだ。

 

さて、今これを読んでいる君は、君を取り巻く世界をどのように感じているだろうか? 退屈かな? それとも刺激に溢れている? 正直、どのように感じてもらっても私は一向にかまわない。

 

ただ、これだけは言わせて欲しい。今君を取り巻いている世界は、紛れもなく私達が守ろうと必死に努力した世界だ。私達は、決して完全ではないこの世界をとても愛おしいものと考え、それを滅ぼそうとした者と命を賭けて対峙した。

 

君がもし『ダイの大冒険』という漫画の知識を有しているのなら、一度それは捨てた方が良いかもしれない。この世界はあの漫画の世界と似ているようでいて異なっている。何故なら、この世界に住んでいる人間や魔物達には、一人たりともNPCと呼ぶにふさわしい者はいないのだから。皆、楽しい事があれば笑い、悲しい事があれば涙を零す。決まった時間に決まった場所にいる……? ふふふ、ありえない。時に寝坊し、時に体調を崩し、時にくしゃみをする。それはとても、0から9の10個の数で構成される10進法で現わせられるようなものではない。

 

そしてそれはもちろん、君にも当てはまる。君は、顔も知らない上位者から何かの役割を与えられたキャラクターではない。君がこの世界の主人公だ。君だけではない。人の数だけこの世界には主人公がいる。

 

決してやさしい世界では無いこの世界だが、自身が望めば何者にもなれるのがこの世界だ。

君はこの世界で何がしたい? 何になりたい? 何でもしてみるがいい。何にでもなってみるがいい。この世界は、君のその欲求にきっと答えてくれるはずだ。他ならぬ私自身がそうだったのだから。

 

私はこの世界で思うがままに生きた。私が感じた後悔も、反省も、喜びも、悲しみも全て私が行った事に起因している。

 

だから私はこの人生に一片の悔いも残していない。

 

君はどうだろうか……? どうかこの世界を、狭い箱庭のような世界だと思わないで欲しい。この世界は君に十分に答えてくれるはずだ。確かに地球とは違うだろう。色々と不便に思う事もあるかもしれない。だけど、それらは決して君にとってマイナスの影響だけを与えるものでは無いはずだ。

 

この世界は君の想像以上に広く、深く、美しい。この世界に君が絶望する前に、君はこの世界の事を知るべきだ。

 

探せ。見つけろ。

 

もう一度言う。この世界は君の欲求にきっと応えてくれるはずだ。

 

いつか君が、この世界でなりたい自分になれる事を心より祈っている。

 

 

追伸

 

すまない。一つだけ私の頼みを聞いてくれないだろうか。……。

 

 

 

 

ぽたっ、ぽたっ。汚してはいけない貴重な日記だという事は分かっているのに、俺は彼の最後の日記を読み終え、一人涙を零していた。

 

先輩……。先輩は見つけたんですね。この世界で自分のなりたい姿を。俺は……、俺はまだ見つけていません。でも、先輩の言う通り、まずはこの世界を知ろうと思います。先輩が必死に守ったこの完全でない世界を。

 

それを知るまで俺は死にません。知った後は、俺の成りたい自分を見つけたいと思います。先輩、ありがとうございました。先輩からのLINEの返信、80年遅延しましたけど、ちゃんと俺まで届きましたよ。

 

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