転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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この話は、199話エピローグ④の直後のお話です。本当はまとめてエピローグ④にしようと思っていたのですが、余韻がマァムとの2ショットで終わらせた方が良いと感じたので、泣く泣く削っていた話に加筆して一つのエピソードとして再構築してみました。



222話 閑話㉓ 彼らを静かに見守るアバン荘

「ただいまー」

 

俺がマァムとパンを伴いアバン荘に戻ると、ちょうど晩御飯の準備をしていたのか、玄関の扉を開いたとたん、食欲を誘う良い匂いが俺の鼻孔をくすぐった。

 

「あっ、お帰りなさい、ポップさん、マァムさん。あらっ、マァムさん――」

 

玄関口まで出迎えてくれたメルルはマァムの顔を凝視する。そのマァムは何処か後ろめたい事があるのか、唇を右手で抑えながら「な、何っ!? 何かおかしいかしら!?」と挙動不審になるが、メルルは笑みを浮かべながらマァムの桜色の髪にそっと手を伸ばす。

 

「コリエルの葉が髪についていましたよ。ふふふ、もう秋ですね。……? 唇、どうかしたんですか?」

 

「えっ!? な、何でも無いわっ! え、ええ、何でもないの!」

 

メルルは少しだけ首を傾げたが、直ぐにパンに顔を向けて「パンちゃんもお帰りなさい。パンちゃんは、いつもいつも良いタイミングで帰ってきますね」と、口からジュルっとよだれをこぼしているパンをクスクスと笑う。

 

「メルル、パンおなか空いた。ごはん、まだ?」

 

「もう少しですよ、パンちゃん。今日はエルサさんが、パンちゃんの好物のお肉がたくさん入ったビーフシチューを作っていますよ」

 

話題がパンに移った事でほっと安堵の息を吐くマァムの隣で、俺は彼女を揶揄するように(唇、どうかしたんですか、マァムさん?)と耳元で囁くと、直ぐに脇腹に肘が入る。もちろんやったのはマァムだ。

 

(痛っう……。ひ、ひどくない?)

 

(も、元はと言えばあなたのせいでしょっ!? あ、あんな所でっ! は、反省しなさいっ、反省を!)

 

顔を真っ赤にしたマァムが俺をキッと睨んで小声でそう言い放つ。マァムだって断らなかったじゃないか、と言いたいところではあるけれど、照れたマァムがあまりに可愛らしくて、まあ良いかと言葉を飲み込む俺。

 

俺達が玄関でそんなやり取りをしていると、メルルに続いてエルサも手についた水気をエプロンで拭きながら現れる。

 

「お帰りなさい、ポップさん、マァムさん。それにパンちゃんも。今日は何処で遊んできたんですか?」

 

「やあ、エルサ、ただいま」とあいさつを返しながら、俺はエルサが身に着けているエプロンに目を止める。彼女が身に着けているエプロンの刺繍は、可愛くデフォルメされた悪魔神官に通行止めマークが付与されたもので、ここまで来るとエルサは逆に悪魔神官の信奉者なのではという気がしないでもない。どうしよう、いつかモーニングスターを両手にフリフリしながら祈祷するエルサが爆誕したりして……。

 

「どうかしましたか、ポップさん?」

 

「い、いや、何でもないよ、エルサ。そのエプロン、とても似合っているよ」

 

俺の言葉に、「え、そうですか。やだ、恥ずかしい……」と頬を染めるエルサ。その愛らしい姿からは、巷で“悪魔神官キラー”とも“氷の女王”とも恐れられている様子は微塵も見受けられない。

 

「遅くなってごめんなさい、二人とも。私も料理を手伝うわ、エルサ」

 

ようやく動揺の収まったマァムが今日の晩御飯の当番であるエルサを手伝うために厨房へと入っていく。そう言えばダイは何処にいるんだろうと周囲を見渡すと、ちょうどリビングの奥からダイの笑い声がかすかに聞こえてきた。

 

ああ、ダイは風呂場か。よし、俺も晩御飯の前に汗を流しに行くとするか。

 

そう考えた俺は、着替えを持ってリビングを抜けた奥にある風呂場に向かった。

 

 

 

「どうだ、ダイ? これぐらいの強さで良いか?」

 

俺はダイの背中をタオルで擦ってやりながらそう声をかける。そのダイは、ゴメの水滴型の身体を優しく擦りながら返事を返す。

 

「うん、ちょうどいいよ、ありがとう、ポップ。ゴメちゃんもどう? 気持ちいい?」

 

「ピィィーー♪」

 

ゴメは身体中を泡に包まれて気持ちがいいのか、上機嫌に返事を返す。

 

今俺達は、ゴメ、ダイ、俺の順で縦に並んで身体の洗いっこをしていた。時間が合えば俺達はいつもこうして一緒に風呂に入っているから、それは慣れたものだった。これにいつもならルーンもいるんだが、今日は一足早く風呂に入っていたようだ。

 

ひとしきり互いの身体を洗い終わった俺達は、一緒に湯船につかる。ここアバン荘の浴槽は、前世でいうところのヒノキ風呂に酷似した造りの浴槽だった。ちゃぷんと肩までお湯に浸かり目を瞑ると、まるで周囲を鬱蒼とした木々が囲っているかのような濃密な木の香りが鼻腔を漂う。

 

「うーん、気持ちいいなー。ねえ、ポップ。どうしてアバン荘のお風呂ってこんなに大きく作ったの?」

 

「うん? そりゃー、大きいほうが足を延ばせてゆっくり入る事ができて良いじゃないか。それに、広けりゃこうやって大人数で入れるしな。ゴメだって皆と入れた方が楽しいだろう?」

 

そうダイに返事を返しつつ、湯面にプカプカと浮いて気持ちよさそうにしているゴメに声を投げかける。

 

そうなのだ。ここアバン荘のお風呂は、大の大人が4、5人は足を延ばしてゆったり入れるほど大きく拵えている。湯船が大きいという事は、それだけ水をためたりお湯を沸かしたりが大変なのだが、そこは大賢者の住まうアバン荘。お湯を発生させる温水呪文(メラータ)の呪文を刻み込んだ魔道具を浴室に設置する事で、その問題を解決している。

 

「ああ、そうか。この間泊まりに来たクロコダインがいい湯だったって言っていたし、クロコダインが遊びに来る事も考えてポップは作ったんだね」

 

「ん? ああ、まあ……そんなところだな」

 

俺もゆったりと湯船に浸かりながら、ダイのその言葉を肯定する。ふふふ、だけどな、ダイ。確かに結果的におっさんもゆったり入れるほどの大きさの湯船になったわけだが、それは副次的な産物だぜ?

 

俺がこれほど大きな湯船をネイル村の大工さんに作ってもらった理由。それはかつてデルムリン島で粘り強い交渉の末に獲得したマァム達との約束事、『結婚したら混浴解禁』いうあの時の約束をいつの日か叶えるためだった。

 

そういう意味ではこの湯船はまだその本来の役目を果たしていない事になるが、それも時間の問題だ。俺はいつかこの湯船に……ふふふ。

 

「……ポップがまた変な顔しているよ。ポップがこんな顔をする時は、だいたいマァム達に叱られているのに、懲りないなー、ポップは」

 

「ピィ、ピィ!」

 

「失礼な。俺は今、魔王戦役の時のように百年の大計をだな……」

 

はいはい、とダイとゴメの呆れたような声を気にせず妄想を膨らませていた俺は、ルーンの『みんな、ご飯の支度ができたから、早く出ておいでって姉さんが言っているよ』の声掛けに、ようやく浴室を後にしたのだった。

 

 

 

「にく、たくさん。パン、しあわせ♡ はぐはぐ……」

 

「ほら、パン。そんな風にお皿を傾けて食べてたら、口の周りがべとべとになっちゃうわよ。スプーンを使いなさい、スプーンを」

 

エルサの作ったビーフシチューに目がないパン。そのパンのべたべたになった口の周りを、呆れた様子のマァムが、テーブルの向かい側から手を伸ばしてハンカチで拭ってあげる。マァムはパンに対して一番遠慮が無いが、その実一番パンの面倒を見ているのも彼女だったりする。

 

「くすくすくす。パンちゃん、そんなに慌てて食べなくても、いっぱい作ってますよ。あ、ポップさん、このピザも良かったらどうぞ。村長さんからいただいた新鮮な野菜をたくさん乗せて焼いたんですよ」

 

エルサが、テーブルの上のこんがりと焼き目のついたピザを、俺に勧めてくれる。

 

「ああ、いただいているよ、エルサ。野菜ももちろん美味しいけど、このソースも絶品だね」

 

俺は、ピザ生地に薄く塗られたソースに舌鼓を打つ。このソースは、この間エルサと一緒に開発した照り焼きソースだった。

 

「本当だよ、姉さん。このソースって、この間姉さんが焼いたハンバーグにも合うんじゃないかな」

 

ルーンも照り焼きソースが気に入ったのか、両手にピザを持ってそれをバクバクと口に運んでいる。そのルーンの隣では、ルーンに負けじとダイも大きな口を開けて、ピザとビーフシチューを交互に食している。

 

ははは、アバン荘には育ちざかりがいるから、毎日食事の時間は戦場のようだな。俺は、戦役中にとある仲間が装備していた馬鹿でかいひのきの棒から切り出した1枚板テーブルを囲むようにして食卓についている皆を見つめて、苦笑いを浮かべる。

 

「あっ、そうそう。ポップ、今度道場の門下生に炒飯を御馳走したいんだけど、大きな中華鍋を作ってくれないかしら?」

 

パンの口元を拭ってあげていたマァムから投げかけられた言葉に、俺は首を傾げる。

 

「作るのは良いけど、中華鍋だったら台所に大きめの中華鍋が無かったか? それを持っていったら良いんじゃないの?」

 

「あれじゃあ、小さすぎるのよ。少なくとも、一度に50人前は作れる中華鍋が欲しいの」

 

「50!? 大きすぎるだろう、それ! そんな大きな中華鍋を振えるのかよ!?」

 

とんでもない数字がマァムの口から飛び出したが、マァムはあっけらかんと答える。

 

「え、全然問題ないわよ。最近門下生がどんどん増えているから、もっと大きな中華鍋でも良いくらいよ」

 

……。マァムの言葉に、俺は直径2m近い中華鍋を片手でエイヤッと炎の上で振うマァムを頭に思い浮かべる。ありえる……。俺がやれば一振りで手首が折れる事確実だが、マァムなら確かに軽くやってしまいそうだ。

 

「そ、そうか……。いいよ、作るよ。だけど、うちの工房じゃあそんな大きな中華鍋は作れないから、今度ランカークスの実家に帰った時に、父さんの工房でやってみるよ」

 

うちの工房とは、庭の片隅に俺が趣味で構えた小規模な鍛冶炉(かじろ)の事だ。簡単な物ならこれでささっと作ってしまえるんだが、さすがにそんな大きな物を作るのには対応できていない。

 

「ありがとう、ポップ!」

 

「どういたしまして」と返しながら、俺はパンに全部食べられる前にと、ビーフシチューのお代わりをエルサから頂く。

 

 

 

「それにしても、パンの変身呪文(モシャス)も随分と上手になったのに、相変わらず耳と尻尾だけは隠せないのね」

 

この日5杯目のビーフシチューをズビビ……と飲んでいるパンに、その向かい側に座っているマァムが呆れたように言葉を投げかける。

 

「ん……? パン、みみとしっぽ、もうかくせる。ほら」

 

マァムのその言葉を耳にしたパンが、首を傾げながらそう返事を返す。そして、その言葉の通り、パンは皆が興味津々に見つめる中、器用に獣耳と尻尾をシュッと縮めて見せる。獣耳と尻尾が消えたパンは、どこからどう見ても、小麦色にこんがりと焼けた健康的な美少女そのものだった。

 

燃えるような赤髪の間から獣耳をぴょこんと飛び出させたパンの姿しか見た事のなかったマァム達が、そのパンの初めて見る姿に驚きの表情を露わにする。

 

「パ、パンちゃんったら、知らない間にそんなに上手に変身できるようになっていたんですね。驚きました……」

 

「うん、俺も驚いたよ。パン、その恰好だったら、絶対にみんな人間だと思うよ……」

 

メルルとルーンがそう感嘆の声を上げるが、エルサがパンの姿を見ながら首を傾げる。

 

「でも、パンちゃん。どうしてそんなに上手に変身呪文(モシャス)が使えるようになったのに、今までその耳と尻尾を隠さなかったんですか?」

 

「そうよ、パン。どうせ人間に変身するんなら、その恰好の方がより人間らしいじゃない」

 

エルサに続いてマァムにまでそう問いかけられたパンは、あっけらかんと答える。

 

「ん……。ポップ、パンのみみとしっぽ、すき。ポップ、ときどきパンのみみとしっぽをさわりたがる」

 

「――!? ご、ごほっ! がはっ! ば、馬鹿、パン! それは内緒だって言っただろう!! ――!」

 

暖かで和やかだった食事の場が、急に氷点下になったかのように感じる俺。同時に、刺すような3つの視線が俺に向けられる。

 

「……ポップ。今のパンの言葉は、どういう意味かしら?」

 

「そう言えば学園祭で猫耳カフェの希望が匿名の教職員からありましたけど、あれってまさか……」

 

「いけません、ポップさん。私の中の氷の魔力が暴走しそうです……」

 

マァム、メルル、エルサから向けられる冷え冷えとした視線に、俺は一瞬で顔色を失う。ていうか、俺の左隣に腰かけているエルサからは、物理的な冷気が漏れ始めているし、マァムの背中からは黒いオーラが立ち昇っているような気が。メルルは……いったい何に使うつもりなのか、水晶球を手元に引き寄せている。

 

こ、これはまずい……。俺は助けを求めて相棒であるダイ(+ゴメ)、それに弟分であるルーンにすがるような眼差しを送る。しかし2人+1匹は、この降ってわいたような騒動に巻き込まれる事を恐れてか、決して俺と目を合わせようとしない。

 

魔王軍の残党に暗殺されかけた時以来の命の危機を感じ始めた俺だったが、突如リビングに来客を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

「あっ、お客さんが来たみたいだ! 俺が見てくるよ!」

 

これ幸いとすっくと席を立つ俺。「待ちなさい、ポップ!」というマァム達の静止の言葉に従うはずもなく、俺はそそくさと玄関に向かう。

 

 

 

「おうっ、ポップ! どうした、顔色が悪いではないか!」

 

玄関の扉を開けた俺の視界に映ったのは、見上げるほどの巨躯を誇るおっさんだった。

 

「おっさん、よく来てくれたな! いやー、さすが持つべき者は頼りになる義兄弟だよ! さあ、入ってくれ!」

 

まさに地獄に仏といった感じで、突然来訪したおっさんを俺は家に招き入れようとする。だが、来訪者はおっさんだけではなかったようだった。おっさんの大きな体に隠れて気づかなかったが、おっさんの背後から現れる、生き死にの戦闘を共にした仲間達。

 

「おい、ポップ! 僕も来ているんだぞ! 忘れるんじゃない!」

 

「くっくっく。チウは気づいてほしかったらもう少し背を伸ばさないとなぁ」

 

「ふっ、久しぶりだな、ポップ」

 

「チウ! それに、ヒムにシグマも来てくれたのか! ははっ、2人とも久しぶりだなー」

 

おっさんの背後から現れたチウ、ヒム、シグマを、俺は諸手を上げて歓迎する。特にヒムとシグマは、デルムリン島を離れて世界を旅している事が多く、それこそ久しぶりの再会だったから、喜びもひとしおだった。

 

「シグマ、この間お前から送られてきた草稿、読ませてもらったぜ! 良いじゃないか、ハドラー親衛騎団の冒険! 絶対に人気が出るよ」

 

「そうか。柄にもない事をしてしまったが、君にそう言って貰えると自信になるな。実は、まだ物語のタイトルを決めかねているんだ。後で相談に乗ってくれるとありがたい」

 

「もちろんだよ」と、俺が言葉を返すのと同時に、ヒムが苦い顔をシグマに向ける。

 

「たくっ、ハドラー様の物語を書くのは良いが、なんだっていつもヘマをする役回りが俺なんだよ! たまにはお前がやられ役になってみろってんだ」

 

「それは心外だな、ヒム。私はただ、実際の君ならこういう行動をとるだろうと想像した上で、物語を創作しているだけだ」

 

くくっ。シグマが筆を取り始めた経緯を知っている俺は、目の前で揉め始めた二人を見て思わず笑みをこぼした。シグマは、誰よりもハドラー親衛騎団への愛着が強く、それゆえに何らかの形でハドラーや仲間達の記録を後世に残したがっていた。そんな思いを知った俺は、だったら親衛騎団を主役にした架空の物語を書いてみろよ、と勧めて出来上がったのが、先日俺宛に送られてきたシグマ著の草稿だった。ああ、原稿のタイトルを決めるついでに、シグマのペンネームも決めないといけないな。それも後でシグマと相談しよう。

 

「ちょっとポップ。いい加減にさっきの話の続きを――。あら、クロコダイン! それにチウに、皆も! こんばんは、皆、よく来てくれたわね!」

 

「あっ、マァムさん! お久しぶりです! お元気でしたか!?」

 

「おう、マァム。どうした、物騒な暗黒闘気が身体から漏れているぞ?」

 

マァムの全身を覆う闘気に気づいたクロコダインがマァムを凝視すると、マァムはジト目で俺を見ながら「え、ええ……、ちょっとポップがね……」と応える。やっぱりあれ暗黒闘気だったんだ……。

 

「がっはっは! 相変わらずだな、お前達は。ほら、捕れたてのカナーデ(前世で言う所のカツオだ)を持ってきたから機嫌を直せ、マァム」

 

クロコダインは、背中に背負っていた丸々と太ったカツ……、いや、カナーデをドーンと玄関口に置く。

 

「わっ、凄い。でも、こんなに食べきれないし、海の幸はネイル村ではなかなか手に入らないから、村の人達にも分けて良いかしら?」

 

「もちろんだ」とクロコダインが応えた所で、食事中だった皆も「どうした、どうした?」と集まってくる。

 

「あっ、クロコダイン! いらっしゃい、入って、入って! チウ達もほら早く早く!」

 

ダイが皆を家に上がる様に促し、皆がどやどやと家の中に入ってくる。すると、早速チウの喧しい声が漏れ聞こえてくる。

 

「パンちゃんっ! またデルムリン島に遊びに来なよ! 僕が島を案内するからさ」

 

「ん……、きがむいたら。それよりチウ、てぶらできたの?」

 

「まさかっ! ほら、まんげつ草で作った花冠だよ。きっとパンちゃんに似合うと思って!」

 

「はー……、パン、たべものがよかった。チウ、あいかわらずダメダメ」

 

「そ、そんなぁっ……!」と天を仰ぎ、がっくりと肩を落とすチウ。

 

「がっはっは! チウ、そう落ち込むな! 次はもう少しパンの希望を聞いてだな――」とチウの背を叩いて慰めるおっさんだが、そんなおっさんにもパンが苦言を呈する。

 

「くろこだいんもおなじ。かあさん、お魚よりお肉のほうがすき」

 

「そうだったのかっ!?」

 

目を大きく見開いて驚くおっさん。くっくっく、そう言えば空飛ぶワニの目撃情報には、決まってそのワニが大きな魚を大事そうに抱えているという情報も付随していた。

 

「くっくっく、おっさんもチウも女心ってものが分かってないな。どれ、この大賢者ポップが相談に乗ってあげよう」と俺が二人に声をかけると、その二人は目を剝いて「「お前が言うなっ!」」と声を重ねる。

 

そんなやり取りを眺めていたダイやルーン、それにヒムやシグマ達が、「ははは」と、お腹を抱えて笑う。ゴメも楽しそうに羽根をパタパタと羽ばたかせて宙を舞っていた。

 

ああ、楽しいな。これからもこのアバン荘は、こういった俺達のやり取りを静かに見守ってくれるのだろう。リビングの柱には成長期のダイやルーン、パンの背比べの跡が残り、いずれはまだ見ぬ子供達の線がこれに加わる事だろう。厨房にはバカでかい中華鍋が、飾り棚には水晶球が、壁には悪魔神官の刺繍されたタペストリーが架けられているかもしれない。巣立つ者、新たに加わる者、そう言った全ての人達の人生を見守りながら、アバン荘は時を経て後世に残って行くんだろうな。

 

そんな感傷的な気分に浸っていた俺に不意に声がかけられる。それは、カナーデを調理するためメルルとエルサと共に厨房に向かうマァムからだった。彼女は、厨房の手前で足を止め俺を振り返る。

 

「ポップ、さっきの件は後でゆっくりと聞かせて貰うわよ」

 

マァムの後ろでメルルも首をそっと傾げながら良い笑顔で「貰いますね?」と続く。そしてエルサは「ふふふ、今なら無意識に冷気が漏れているので、余ったカナーデを冷凍保存するのにちょうど良さそうです。ついでにポップさんも……。くすくすくす、冗談ですよ」と口に手を当てて、氷の微笑を浮かべる。

 

 

……。先ほどのアバン荘の将来の姿に一つ加えるとしよう。もしかすると将来アバン荘には、忽然と姿を消した俺を探す名探偵の姿があるか、割れた水晶球が転がっているか、あるいは俺に酷似した氷の彫像が鎮座しているかもしれない……と。

 

 

 

 




お盆休みを使って作成しましたが、オチの無いとりとめのない日常回になりました。まあ、平和だという事で。よろしければ感想など頂けると幸いです。
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