転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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25話 原作開始 1年前 別れの言葉

「……そうか、いよいよ村を出て、大海に足を踏み出すか。ふふ、我が子の巣立ちを見守る親の気持ちがようやく分かったわ」

 

サーラさんが俺にそう話しかける。ここは、エウレカの里の大洞窟だ。昨日アバン先生と正式な弟子入りの契約手続きを済ませた俺は、別れの挨拶のためにこのエウレカの里を訪れている。

 

弟子入りしたら、先生は直ぐにこの村を旅立つのかと思っていたけど、先生によれば大森林で調査をしたいこともあるので、もともと3日程度は村に滞在する予定だったらしい。

 

だから、俺にはその間に村でお別れをしたい人達に挨拶してくると良いって言ってくれた。あの後父さんが、先生が剣を新調する予定ということを聞いて、「大事な息子の師匠になるんだ、俺のオーダーメイドの剣を使ってくれ」と言って、先生に剣を新しく打って渡すことになった。その仕上がりも3日程度必要と言うことなので、俺が旅立つのは今日から3日後と言うことになった。

 

「サーラさんを始め、エウレカの里の皆さんには本当にお世話になりました。皆さんの期待に応えられるよう全力を尽くしてきます。」

 

「そう肩肘をはらんで良い。そなたをこの里に迎え入れた時には、そなたに大魔王の脅威に対抗して貰いたいと確かに言ったが、1人の人間で成しえる事などたかが知れておる。仲間と力を合わせ、そなたらしく生き抜いてみよ」

 

「はい、俺らしくこの世界を生き抜きます。皆も本当にありがとう」

 

「頑張れよ、ポップー」

 

「メッキッキー♪」

 

「ごぼごぼごぼ」

 

「怪我しないでね?」

 

スライムのスラリンが激励をくれる。スラリンは、俺が修行で疲れて倒れた時に、良く冷えた水をその身体から取り出して俺に分けてくれた。キメラのメッキーは、俺の瞬間移動呪文(ルーラ)の開発によく協力してくれた。キメラの翼には移動呪文が付与されやすい事から、その翼を羽の一部が薄くなるほど俺のために提供してくれた。おかげで他者転移呪文(バシルーラ)の魔法を身につけることが出来た。ドロヌーバのルーサは、俺に泥沼呪文(ドロヌーバ)の魔法を授けてくれた。おかげで、泥沼呪文(ドロヌーバ)の魔法で敵の体勢を崩し、そのまま氷付けにして身動きを取れなくする俺の必殺コンボが誕生した。ホイミスライムのホイミンには、回復呪文(ベホマ)を教えて貰った。俺が覚えるまで根気強くつき合ってくれて、いつも最後は魔法力が途切れて空中に浮くことが出来なくなるほどだった。

 

そして、エウレカの里の里長サーラさんには、火炎呪文(メラ)変身呪文(モシャス)の呪文、それに魔道具の作り方を教えてもらった。どうしてサーラさんが変身呪文(モシャス)を覚えているのか不思議だったんだが、何かの役に立つじゃろうと言って教えてくれた。

 

ただ、今のところあまり使い道が思いつかない魔法だ。後、魔道具の作り方を教えてくれたのはとてもありがたかった。おかげでオリジナルの魔道具を色々と作ることができた。メルルにプレゼントしたネックレスも、サーラさんに教えてもらいながら作ったものだ。

 

 

「ニャニャーン」

 

パンが俺の足にすり寄ってくれる。パンはこの8年あまりでほんの少し大きくなったが、まだちょっと大きめの猫と言える程度の大きさだ。母さんが作ってくれたお弁当のサンドイッチを、よくパンと分け合って食べた。パンには、何と言っても医療魔法開発のきっかけを作ってくれた恩がある。

 

「また一緒に母さんのサンドイッチを食べような。次に会ったとき、どれくらい大きくなっているか楽しみにしているぞ」

 

セリーヌは優しげな目で俺のことを見つめていた。防御光幕呪文(フバーハ)の魔法はセリーヌが教えてくれた。キラーパンサーって防御光幕呪文(フバーハ)を使えたのかなと思ったこともあるが、どこか神秘的なセリーヌを思えば、それも納得できる自分がいた。今思えば、このセリーヌに認められたから俺はこの里にたどり着いたんだよな。セリーヌには感謝しても仕切れない。

 

ちなみに、通常防御光幕呪文(フバーハ)の魔法はブレス攻撃は防げても魔法による攻撃は防げないとされているが、俺は術式の一部に少し手を加えて魔法攻撃も防げるように改良を施している。これによって、俺の防御光幕呪文(フバーハ)はとても使い勝手がよくなった。もちろん、俺の魔法力をぶち抜くほどの攻撃を喰らえば破られるというのは変わらないが。

 

「セリーヌ、大魔王を倒したらまた会いに来るよ。元気でいてくれよ」

俺はセリーヌにも別れの挨拶をして、その他にも、俺の周りに集まってくれている里の住民達に挨拶した。この8年間で、俺は里の皆からたくさんの知識を授けられた。この恩は、これから俺が成すことで返すしか無い。俺は皆と挨拶をしながら、そう考えていた。

 

 

「ポップ、本当に村を出るのか? 寂しくなるじゃないかよ」

 

「ポップ、いよいよなんだね。ポップがいなくなるのは寂しいけど、きっとまた会えるよね」

 

「ポップ君、無茶しちゃ駄目だよ? ポップ君直ぐに無茶するから心配だよ」

 

「大丈夫だよ、きっと戻ってくるよ。皆もそれまで元気でね」

 

俺は、エウレカの里を出てから、今度はランカークス村の広場でいつもの3人組に別れの挨拶をしていた。

 

「ジーン、これ俺が考案した料理のレシピなんだ。良かったら時間のあるときに作ってみてよ」

 

「良いのか、ポップ!? すっげー! どんだけあるんだ、これ? 絶対作ってみるよ!」

 

ジーンは、俺が渡した前世で好きだった料理のレシピ集に感激の声を上げた。好きだった料理? ラーメン、ギョウザ、シュウマイとかだよ。この世界、パン料理とかは比較的多くあるのに、

麺料理や蒸し料理があまり発達していない。いつかその辺りの研究もしたいと思っていたが、魔法の修行で忙しくて中々手が出せなかった。食いしん坊のジーンが、このレシピ集を元に前世の料理を再現してくれると俺としても嬉しい。

 

「ルッツには、これを渡しておきたい。……もしも俺が戻らなかったら、ルッツの手でこの魔法を世間に広めてくれないか?」

 

そう言って俺はルッツに厚めの手書きの本と、医療魔法 診断呪文(インパディ)医療呪文(ベホマメント)の呪文構造を書き写した紙を渡した。

 

「ポップ、これは……」

 

「うん、俺が医療魔法を開発したことはこの間話しただろう? だけどそれだけじゃあ、この魔法を世間に広めることが出来ないんだ。だから、俺は自分の知っている限りの医学の知識をこの本に書き込んだ。もし俺が戻らなかったら、これを……」

 

「戻らないなんて事を言うな、ポップ! これは君が世界に発表すべきものだ。それまでは僕がしっかり預かっておくよ。だからポップ、必ず戻ってこいよ」

 

ルッツは父親を病気で亡くしてからずっと、病気への対抗手段について、忙しい村長の手伝いの間に勉強をしていた。俺は、もし医療魔法をこの世界に広げられるとしたら、俺以外ではルッツが適任だと思っていたから、この資料をルッツに預けようと思った。だけど、そうか……。ちょっと弱気だったかな。

 

「……ごめんよ、ルッツ。うん、ちゃんと戻ってくるよ。もし良かったら、俺のまとめたこの本を読んでみてくれ。きっと何かの役に立つと思う」

 

「ああ、絶対に読ませて貰うよ。ありがとう、ポップ」

 

最後にライカだけど、……。

 

「ああ、ポップ君、私には何も必要ないわよ。それより、ルッツ君に渡した本、私も読ませて貰って良いかな?」

 

「え、ああ、もちろん。是非読んでみてくれ」

 

「うん、ありがとう。あ、ポップ君、出発するの3日後でしょ? 旅に役立ちそうな干し肉とか用意しておくから、村を出発する前に忘れずに取りに来てね」

 

「本当? それ、めちゃくちゃうれしい。ありがとう、ライカ」

 

「どういたしまして。……ねえ、ポップ君。多分ポップ君はさ、もしかしたら、これからすっごく有名な人になると思うんだ。だけどね、私達と過ごしたこの村のこと、忘れないでね?」

 

「……もちろんだよ、ライカ。ジーンやルッツ、ライカと過ごしたこの村のこと、忘れるわけないだろ? 皆、これから色々あるだろうけど、絶対元気でいてね。ルッツ、ライカ、その預けた資料はいつか受け取りに来るから、それまでよろしくな。ジーン、美味しい料理が出来たら食べに来るから、頼んだぞ!」

 

西の山々に太陽が沈み始め、綺麗な夕日が目に映った。修行や店番のない日は、俺はこの3人と夕日が沈むまで良く遊んだ。色々とおかしな行動を取る俺を邪険にすること無く、屈託の無い笑顔で俺とつき合ってくれた、かけがえのない友達だ。この世界では、15歳になれば成人したとみなされ、一人の大人として扱われる。

 

だから、次に会った時には4人とも今のような子供ではいられないかもしれないけれど、その時はきっとまた新しい関係を構築できるはずだ。俺は後ろ髪を引かれる気持ちを振り払って、3人に一時の別れの言葉を贈り家路についた。

 

次の日、俺は朝から自警団の詰所に向かった。今日は、午後から自警団の人達は隊商の護衛に隣町との境まで行くらしい。だから俺は、会えるなら今しかないと思い詰所に急いでいた。

 

「おはようございます、皆さん」

 

俺が詰所に入ると、自警団の人達は遠征の最終確認か、それぞれの持ち物をチェックしていたところだった。

 

「おう、ポップ。よく来たな。聞いたぞ。とうとう村を出るらしいじゃないか?」

近くで弓矢の調整をしていたスティーブさんが声をかけてくれた。

 

「はい、アバン先生という方のもとで修行を積みながら世界を旅するつもりです」

 

「そうか。まあ、お前にこれ以上修行が必要かどうかと言う疑問はあるが、若いうちに世界を知ることは良いことだ。まあ、頑張ってこい」

 

「はい!」

 

俺がスティーブさんと会話をしていると、俺の声が聞こえたのか、奥にある隊長室の扉が開いて、ライナー隊長が俺を手招きした。

 

「ほら、ライナーの奴が呼んでるぜ。行ってきなよ」

 

「はい、ではまた後ほど」

 

俺はそう返事をして、詰所の奥に向かった。途中途中で団員の皆が声をかけてくれた。俺はここ数年、時々自警団の仕事を手伝っていたからメンバーの全員を知っている。皆、「寂しくなるな」、「戦力的に痛いな」とか言ってくれた。スティーブさんには森での狩りの仕方、ジョンさんには、仕留めた魔物や動物の捌き方を、ケネディさんには斥候としての立ち振る舞いを教わった。

 

話しかけてくれる皆に返事を返しながら、俺は隊長室に入った。この部屋には、これまでに自警団の仕事の手伝いで何度か入ったことがある。余計なものがほとんど置いていない簡素な部屋だったけど、最近では子供が書いた似顔絵(ライナー隊長と奥さんかな?)が飾られていることがあるので、微笑ましい。

 

その隊長は、隊長用の机の向こう側にある簡素な椅子に腰を下ろして俺を待っていたので、俺もその机を挟んで向かい合う形で置かれている椅子に腰を下ろした。

 

「よう、ポップ。いよいよだな」

 

「はい、いよいよです」

 

俺とライナー隊長の間では、余計な前置きは必要ない。ライナー隊長には、俺の目標を話していたし、隊長はその目標のためにと、俺を自警団の手伝いに連れ出し様々な知識を伝授してくれた。

 

森の中で食べられる植物と食べてはいけない植物。魔物の名前やその習性。撤退時の罠の仕掛け方、罠の見破り方。ライナー隊長が冒険者生活と自警団生活で身につけた様々な知識を俺に教えてくれた。

 

「……お前が自警団の手伝いを始めて3年ほどになるか。いつかここを抜けていくのは分かっていたが、いざその時が来ると離れがたいものだな」

 

「ライナー隊長を始め、団員の皆さんには大変お世話になりました。村の外のことを全く知らない俺に一から手ほどきをしていただき、感謝しかありません」

 

「なんの。こちらもお前の魔法には何度も救われた。この3年、自警団員から一人の死者も出なかったのはお前のおかげだ。隊長として改めて感謝する」

そう言ってライナー隊長は俺に頭を下げた。いやいや、こちらこそ感謝だよ。村内外の治安維持を担っている自警団はこの村の宝だ。この人達がいるから、俺はこの村を旅立てるんだ。

 

「頭を上げてください、隊長。それより、どうですか、……最近の周辺の様子は?」

 

「……そうだな、やはり不安定だな。邪気の多すぎる魔物がいたかと思えば、普段よりむしろおとなしい魔物がいたりする。邪気の濃淡の差が大きいっていうのかな? その変動の差が徐々に大きくなってきている気がする」

俺は隊長から、以前からそういう傾向があることを聞いていたので、改めて尋ねてみたが、やはりそうか。

 

「……そうですか。では、やはり準備が必要かも知れませんね」

 

「そうだな、武器や防具の確保はもちろん、糧食も長期戦が出来る程度には確保しておく必要があるかもしれん。団員の練度向上も必要だろう。正直、そういう時期にお前に抜けられるのは、隊長としては引き留めたくもなるが、そうもいかん。……これはただの俺の勘だが、恐らくお前の旅自体が、今後発生するだろう異変の解決の為に必要な事だと思っているからな」

 

「俺の旅がどう進み、どこで終わるのかはまだ分かりませんが、アバン先生に師事して、出来るだけの事をしたいと思います」

 

「アバンか……。あいつは昨日ここにも挨拶に来たよ。聞けばあいつ、カール王国のジニュアール家に連なる人間だそうだな。俺は、昔あいつの爺さんと一緒に仕事をしたことがあるよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「ああ、あいつの爺さんは変わった御仁でな、貴族のくせに庶民を見下さずに、どういうわけか庶民向けの道具をいくつも開発していたよ。そら、今ではこの村にも普通にある脱穀機も、あいつの爺さんの発明品だ。俺は昔、その爺さんに頼まれて森での探索の護衛をしたことがある」

 

「へえ、そうだったんですね。それじゃあ、アバン先生とも面識が?」

 

「いや、あいつとは昨日会ったのが初めてだ。だけど、なかなか底の知れない人間だな。魔王を討った勇者だとは聞いているが、それも納得するだけの雰囲気があった。正直、今更お前に師が要るのかとも思っていたが、あいつからなら学べる事もあるだろう。まあ、故郷のことは俺達に任せて、お前はお前にしか出来ない事を成し遂げるんだな」

 

「はい、皆さんがおられるので、俺も安心して旅に出ることが出来ます。村のことを宜しくお願いします」

 

「おう、任された。……ポップ、絶対に死ぬなよ。どんなときでも諦めず最後まであがくのが、冒険者魂だ」

 

「……はい、ライナー隊長に教えて頂いた冒険者魂、絶対に忘れません」

 

その後、俺は自警団の皆と会話を交わし、詰所を後にした。そして、その足で教会に向かった。

 

教会の前庭には、1人の女の子とマリーさんがいて、2人で仲良く掃き掃除をしていた。女の子は、俺が教会の門をくぐって入ってくるのを見るなり近づいて来て、「ポップ! 外に出ても、女の子でみをもちくずちたりしないようにね!」とニコッと笑いながら言い放ってきた。

 

俺は軽い頭痛を覚え、こめかみを押さえながら、マリーさんの方を向いて声をかけた。

 

「……マリーさん、いったいリンちゃんに普段何を教えているんですか?」

 

「うーん、こんな言葉教えてないんだけど、どこからか覚えてくるのよね……」

 

リンちゃんは、マリーさんとマイル神父のお子さんだ。もうすぐ3歳になろうかという歳だが、女の子らしく口が立つから、俺は教会の手伝いに来る度にこの子にやり込められている。

 

「でも、リンの言う通りよ、ポップ君。大きな町には誘惑がいっぱいなんだから。ポップ君も気をつけないと」

 

「ははは。大丈夫ですよ、俺なんか多分見向きもされませんから」

 

「あら、そんなこと無いわよ。本当に気をつけないと、ダメよ。何か間違いが起こっちゃうと、いつかメルルちゃんに会ったときに刺されちゃうわよ」

 

「……なんでそこでメルルが出てくるんですか?」

 

「メルルちゃんって、いつかポップのお嫁さんになる人なんだよね? リンも会ってみたいなー」

 

「いやいや、リンちゃん、それ違うから。メルルは、お嫁さんどころか現状まだ恋人ですら無いからね。友達だよ、友達」

 

「ポップ君はそう思っていても、メルルちゃんが同じように思っているかは分からないわよ。……これはお姉さんからの忠告よ、ポップ君。何か間違いが起きそうな時は、メルルちゃんの顔を思い浮かべること。分かった?」

 

「あはは、そんな、いい年してお姉さんって……」

 

「……何か言った、ポップ君?」

 

「――! い、いえ、何でもありません……。そ、そうだ、旅立ちの挨拶に来たんです。マイル神父はおられますか?」

 

あーびっくりした。マリーさんの背中から一瞬、ゆらりと蒸気が噴き上がった気がするぜ。うん、やはり女の子に年の話題は禁句だな。まあ実際、マリーさんは今でも綺麗なお姉さんだしな。実は、今でも新しい魔法を覚えたら1番にマリーさんに見せに行って、すごいすごいと、抱きつかれる事を繰り返しているのは、マイル神父やリンちゃんにも内緒だ。

 

「お父さん? うん、中にいるよ。リンが案内してあげる!」

 

「お、ありがとうリンちゃん。じゃあ頼むよ。マリーさん、それじゃあまた後で」

 

「ええ、ゆっくりしていって」

 

俺はリンちゃんに手を引かれながら、教会の扉を開いた。扉を開いて中に入ると、広い講堂がまず目に入る。いつも神父さんやマリーさん、リンちゃんが掃き清めているからとても清廉な雰囲気が漂っている。

 

講堂の左右の高い位置にある窓にはステンドグラスがはめ込まれていて、そこから日の光が中に差し込んでおり、床に幻想的な模様を描いている。怪我人が多い時は、この講堂の長椅子に治療を待っている冒険者が座っているが、今日はいないようだ。

 

リンちゃんは、そのまま講堂の奥の小部屋に向かって歩いて行く。その部屋は、俺がかつて回復魔法のホイミの契約をしてもらった部屋だった。……あれから、ずいぶん経ったな。俺は少し感傷的な気分になった。

 

「お父さん、ポップが来たよ」

 

そう声をかけて、リンちゃんが小部屋に通じる扉を開けた。

 

「リン、呼び捨てにしたら駄目だよ。いつも言っているだろう? ポップ君もしくはポップさんと呼ばないと」

 

「えー、だってポップはポップだもん。良いよね、ポップ?」

 

「うん、良いよ、リンちゃん。でも、他の人にはちゃんとさん付けをしないといけないよ。こんにちは、マイル神父。今日は旅立ちの挨拶に来ました」

 

俺はリンちゃんにそう返事をして、部屋の中で書き物をしていたマイル神父に声をかけた。

 

「はい、こんにちは、ポップ君。話は聞いていますよ。いよいよ旅立つようですね」

 

「はい、マイル神父やマリーさんには本当にお世話になりました。……俺が初めて魔法を覚えたのはこの部屋でした。あれから9年が経ちました。長かったような、短かったような、不思議な感じです」

 

「……そうでしたね。この部屋で君は回復呪文(ホイミ)の魔法を覚えたんでしたね。あの時君が覚えた魔法はたった1つでしたが、今君は無数の魔法をその身に宿している。才能……、の一言で片付けては君に失礼ですね。君があれからどれほどの努力をしてきたのかを、私やマリーは知っています」

 

「マイル神父やマリーさんが僕を支えてくださったからです。僕だけではここまで来れませんでした」

 

「ふふふ、そうでしたね。私はてっきり、ポップ君はマリーに抱きしめて貰うために新しい魔法を次々と覚えて来るのかな、と思っていましたよ」

 

やべっ! バレてるじゃん、俺!

 

「あ、い、いえ、あれはその……、た、ただの偶然の産物で!」

 

「ふふふ、良いんですよ。マリーも、ポップ君が次はどんな魔法を覚えてくるのか、いつも楽しみにしていました。それは、私もですよ」

 

「そ、そうですか。ははは……」

 

「この部屋は、もしかすると後世まで語り継がれる部屋になるかも知れませんね。無数の魔法を操る不世出の大賢者ポップが初めて魔法契約の儀式を行った場所、として」

 

「い、いやー、さすがにそんなことは無いでしょう……」

 

俺がそんな会話をマイル神父としていると、突然リンちゃんが頬に手を当てて叫び声を上げた。

 

「えーー!! この部屋、そんなに有名になるの? ダメだよ、そんなに有名になったら!」

 

俺とマイル神父は顔を見合わせて首をかしげる。何がダメなんだ?

 

「リン、一体どうしてダメなんだい? お父さんにお話ししてごらん」

 

「えー、どうしよっかな……。お父さん、怒んない?」

もじもじしながらそんなことを言うリンちゃん。

 

「怒らないから、お父さんに言ってごらん」

 

マイル神父にそう言われたリンちゃんは、おずおずと、小部屋の壁の置物に隠された部分を指さして、「ここにね、お絵かきしてるの……」と言ってその落書きを見せてくれた。それは、マイル神父とマリーさんがリンちゃんを抱っこして笑っている絵だった。

 

その絵を見た俺とマイル神父はお互いの顔を見合わせ、そして大笑いした。リンちゃんはといえば、絵を笑われたことでプンプンと怒っている。

 

……ああ、勝たないとな。俺達が負けると、この笑顔が失われてしまう。俺は改めてそう思った。

 

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