転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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28話 原作開始 1年前 妖魔師団の胎動

「いやー、ポップのこの魔法、温水呪文(メラータ)と言いましたか。実に便利な魔法ですねー」

 

「お役にたてて良かったです。湯加減はこれぐらいで大丈夫ですか?」

 

「バッチリですよ、ポップ。まさかこんな山奥で、温かいお湯のシャワーを浴びることができるなんて」

 

今俺は、アバン先生の上に伸びている木の枝によじ登って、そこからアバン先生に右手から熱湯をシャワー状にして放出している。この魔法、合成魔法なんだけど水流呪文(ウォーター)火炎呪文(メラ)という単純な魔法構成だから片手で発動できる。俺もアバン先生の後で、身体を洗う予定だ。

 

今日はルミナの森で修業を始めて6日目にあたる。いよいよ明日からこの森を出て、ベンガーナの町に向かう予定になっている。今はその前に、森での修行で汚れた体をシャワーで綺麗にしているところだ。

 

「ありがとうございました、ポップ。私はもう十分ですよ。食事の準備をしているので、ポップもゆっくり身体を洗ってください」

 

「分かりました」

 

そう返事をして、俺も服を脱いで自身の右手からシャワーを流して身体を清めた。

 

「ふん、ふん、ふーん」

 

俺がシャワーを浴びて服を着た後、修行中のベースキャンプにしていた広場に行くとアバン先生が鼻歌を歌いながら食事の準備をしていた。おっ、今日は鍋か。アバン先生の鍋料理はおいしいんだよな、楽しみだ。

 

「アバン先生、手伝います」

 

「いえいえ、もう出来上がるところですので、そのまま座っていてください」

 

アバン先生と鍋を挟んで向かい合う形で地面に腰を下ろして待つこと5分ほど。そろそろ食べごろらしく、アバン先生がお椀に鍋の料理をよそってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

お椀を受け取りながら、俺はアバン先生にお礼を言った。

 

「ポップは私と違って育ち盛りですからね。もりもり食べていただかないと。次にランカークス村に行った時にポップが痩せていたら、私がポップのご両親に会わせる顔がありません」

 

「ははは、そんな事は無いと思いますが。あ、これ良い出汁がでていますね。昨日採った山鳥の骨を使ったんですか? とても美味しいです」

 

「ええ、それとこの森で採取したキノコも使いました。……うん、我ながらいい出来です」

 

俺とアバン先生はそんな会話を交わしながらしばし鍋料理に舌鼓を打った。

 

「それにしても、この森でポップと6日間を過ごしましたが、思いのほかポップは森での活動に慣れていましたね。動植物の特徴や、この辺りに出没する魔物の情報、森の中での歩き方など良く身についています」

 

「ああ、それはここ数年自警団の一員として森でも時々活動していたからですね。自警団のライナー隊長を始め色々な方に、冒険者としての技能を教えていただきました」

 

「なるほど。自警団のライナー隊長とはランカークス村で一度お会いしました。あの方からは、経験豊富な一角の人物という感触を抱きましたね。なんでも元冒険者だとか。ランカークス村は良い人材に恵まれましたね」

 

「はい、本当にそう思います。ところでアバン先生、ベンガーナの町はここから西に進んだところだと聞いていますが、どうして南の街道を進む予定なんですか?」

 

「ああ。ポップも最近、地域によって邪気の濃淡の違いがある話を聞いたことがあるでしょう? これから向かう南の街道はどうにも邪気が濃い気配がありますので、ベンガーナの町に行く前に様子を確認しておこうと思っているんですよ」

 

そうなのか。確かにライナー隊長もその傾向があると言っていたな。南の街道は邪気が濃い……。これは、一筋縄ではいかないかもしれないな。

 

「なるほど。そういえば、ベンガーナの南の方からランカークス村に来る隊商が滞りがちと聞いたことがあります」

 

「そうでしょう。もしかすると、何か良からぬ事が起きているのでは無いかと私は危惧しています。さあ、明日は朝早くからここを出立しますよ。食事を終えたら早めに休んでください」

 

「はい、アバン先生」

 

俺は食事を終えた後、鍋や皿を水流呪文(ウォーター)の魔法で簡単に洗い、熱風呪文(メラパ)(熱風を発生させる火炎呪文(メラ)突風呪文(パキ)の合成魔法だ。この森での修業期間中に開発した生活魔法だ)をかけて乾かした。

 

そして、たき火をアバン先生と囲むようにして地面に布を敷いて横になった。俺達の周囲には、アバン先生の持っていた輝聖石を置いている。これを置いておけば、よっぽどの魔物でない限り、俺たちの側に近づけないらしい。この輝聖石のおかげで、俺達は夜間の見張りを交代で行う必要なく、ゆっくりと寝ることが出来る。とはいっても、就寝中に何か危険が迫った時はアバン先生なら即座に気が付きそうだ。……俺は無理だけどな。

 

俺は、身体は今日の修行で疲れ果てていたが、明日からの新しい旅路に意識が向かっており中々寝付けなかった。この6日間、森でアバン先生との修行に明け暮れた。内容は、新しく覚えた魔法の練度を上げることや、戦士としての技能を身につけるための基礎体力の向上などだ。俺の肉体は、まだ棍を使った修行が出来る状態じゃ無いらしい。まあ、身体を動かすのは俺も苦手な分野だし一足飛びに上達するとは思っていない。基礎の大切さはよく知っているから、焦らずじっくり教えて貰うつもりだ。

 

後、魔法力向上のための瞑想も、アバン先生からより効率的なやり方を教えて貰い、それを実践していた。瞑想は幼い頃から行っていて慣れていたはずなんだが、アバン先生から聞いたやり方で実践すると更に練習効率が良いことが分かった。なんでも、アバン先生が昔マトリフ師匠から教えて貰ったやり方らしい。やはりマトリフ師匠は博識だな。早く会って直接師事してみたいぜ。そんなことを考えていたら、俺は知らぬ間に眠ってしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

「ポップ! そちらを片付けたら、右手上空のキメラをお願いします!」

 

「はい、アバン先生!」

 

俺は前方に複数匹展開している大型のサル型モンスター『マンドリル』に対して閃熱呪文(ベギラマ)を放った。右手から閃熱呪文(ベギラマ)の熱線を地面を舐めるように横なぎに照射し、横に展開していた5、6匹のマンドリルの集団を一網打尽に焼き尽くした。すぐさま俺は、生き残りがいないかどうかを目の隅で確認しながら、右手上空で飛行しているメイジキメラの群れに目をやった。

 

「――はぁっ!」

 

「グギャー!!」

 

背後からは、アバン先生が猪の顔をしたモンスター『オーク』にミスリルの剣で斬りかかる声が聞こえる。アバン先生は既に10体以上のオークを倒しているが、まだ怪我を負った様子は無い。

 

さすがだな。

 

今アバン先生は、前衛の戦士としての役割を果たしていて、1匹たりとも後衛の俺に敵の刃を届かせていない。おかげで俺は、遠距離からの魔法戦に集中できている。俺はアバン先生のいる方向から意識を離して、メイジキメラの方に集中することにした。

 

すると、5匹ほどのメイジキメラが氷結魔法ヒャドを放ってきた。1匹辺りの魔法ならそれほど脅威では無いが、5匹も集まるとそれなりの威力になりそうだ。――だが、甘い! 俺は即座に右手を前につき出し叫んだ。

 

「アバン先生、こちらに! ――防御光幕呪文(フバーハ)!」

 

俺の唱えた防御光幕呪文(フバーハ)は、俺だけでは無く、背後で戦っていたアバン先生、それと先ほどから腰を抜かして俺の足下で座り込んでいる旅の商人を青色の半円状の光で包み込んだ。防御光幕呪文(フバーハ)の発動から時を置かず氷系呪文(ヒャド)が襲ってくるが、防御光幕呪文(フバーハ)の光の中には一切その冷気は入ってこない。俺はそれを確認して、今度は左手を上に突き出して叫んだ。

 

爆裂呪文(イオ)(×3)!」

 

俺の左手から、魔力圧縮の技能で通常の3倍に威力を増幅させた爆裂呪文(イオ)の球体が5個浮かび上がり、その後メイジキメラの群れに飛んでいった。

 

ドドォーン!!

 

直後に大きな爆発音が辺り一帯に響き渡り、白煙が空を覆った。そして、メイジキメラだったものの残骸がぼたぼたと地表に落ちてきた。氷系呪文(ヒャド)を放って油断していたところに爆裂呪文(イオ)の直撃だ。メイジキメラにとっては何が起こったか分からなかっただろう。

 

爆裂呪文(イオ)は、攻撃対象の選別が出来ないため味方のいるフィールドでは使いにくいが、敵しかいないフィールドでは実に効果的だ。ほとんどのメイジキメラが身体のいずこかを欠損しており、到底生きているとは思えない。

 

すると、この轟音に驚いたのか、先生と対峙していたオーク達が我先にと森の方に逃げていった。……良かった、どうにか戦闘が終了したようだ。辺りには、魔物の燃えた生臭い匂いと、血のにおいが漂っている。

 

「どうにか撃退できましたね。ポップもお疲れ様でした。良い働きでしたよ」

 

「いえ、先生が敵の接近を防いでいてくれたので、安心して魔法を放てました。ありがとうございます」

 

俺が先生と会話していると、足下で腰を抜かしていた商人が起き上がってきて俺達に声をかけてきた。

 

「いやー、危ないところをお助けいただきありがとうございました。おかげで命を失わずに済みました。あっと、私は旅商人のヘンケンと言います」

 

「これはご丁寧に。私はアバン、こちらは弟子のポップです。それにしても間一髪でしたね。お一人で旅をしていたのですか?」

 

「いやいや、護衛を雇っていたのですが、あの魔物の群れを見るなり、私を置いて逃げ出されてしまったんですよ。何が俺達に任せておけば安心だ。とんだ食わせ者をつかまされましたよ」

 

「それは災難でしたね。私達はこのまま、この街道の先にあるラドルの村に行くつもりですがご一緒に行かれますか?」

 

「おぉ! 私もその村に行くところだったのです。ぜひお願いします。いやー、不幸中の幸いとはこのことだ」

 

それから俺達は、旅商人のヘンケンさんと一緒にこの先にあるラドルの村に向かった。俺とアバン先生がこの旅商人が襲われているところに遭遇したのは、偶然だった。

 

ルミナの森を出発し、ベンガーナの町へ大きく南へ迂回しながら街道を進んでいると、前方で荷馬車が横倒しに倒れているのを発見し、同時に人の悲鳴と複数の魔物の雄たけびを耳にした。

 

俺達が急ぎ駆けつけると、腰を抜かしたヘンケンさんが今にも魔物に襲われる寸前だった。かろうじて助けることができたけど、次から次へと現れる魔物には辟易した。

 

「なるほど、ポップ君はその若さで親元を離れて、アバン殿のもとで修業をしているというわけですね。先ほどの魔法といい、実に将来有望な少年ですね! いやー、素晴らしい!」

 

「あ、いえ、そんな大したことでは……。それより、ヘンケンさんはいつもこの付近で商いをしているんですか?」

 

「ええ、そうですよ。主にベンガーナの町、ルミナの町、ラドルの村を中心に商いをさせて貰っています。あ、最近ルミナの町からアクセスしやすくなったランカークス村にも行ったことがありますよ。……しかし、今まではこの街道ではあんな魔物は出没したことがなかったんですよ。出没したとしても、私でも倒せるぐらいのせいぜいスライムに毛が生えた程度の魔物ばかりだったのですが……。まさかあれほど凶暴な魔物が大量に出没するとは」

 

俺とアバン先生はヘンケンさんの荷馬車に乗せてもらい、一緒にラドルの村に向かっている。荷車を引いているのは、かつて見たチョコボに似た黄色いダチョウのような生き物だ。この生き物、名前はカルッサというらしい。

 

でも、俺の心の中では永遠にチョコボ呼びだ。さっきの闘いでいったんは逃げていたようだが、戦いが終わるとまた戻ってきた。よく調教されていて賢いな。

 

「お二人はラドルの村に行った後、どちらに向かう予定なんですか?」

 

「そうですね。ラドルの村を出た後は北上してベンガーナの町に向かうつもりです。ヘンケンさんはどうされる予定で?」

 

「私は、しばらくラドルの村で行商を行う予定です。さっきの件もそうですが、ちょっと私のような小規模な旅商人では、気軽に街道を移動できない状況になってきています。命あってのもの種ですからね」

 

俺はアバン先生とヘンケンさんの会話を聞きながら、こういう形で旅商人が町から町に移動できない状況になっているのは、おそらく世界規模で発生しているんだろうなと考えていた。町と町を移動する人が少なくなると、物流が止まるだけでなく、情報網も滞ることになるだろう。この世界は、前世の世界のようにインターネット等があるわけではない。情報は人が媒介して運んでくるものだ。それが止まるということは、気が付いたら隣の村が魔物によって壊滅していた、ということが平気で起こるようになるし、魔物に対抗するため村や町同士の協力、()いては国と国が一致団結して事に当たるという事も出来にくくなるという事だ。

 

……まずい状況だな。本格的な魔王軍の襲来はまだ先だろうけど、今の状態は十分その先触れと言っていい事態だ。この危惧を各地の責任ある立場の者が抱いて、備蓄を増やしたり、独自の情報網を構築するなどできていると良いんだが……。

 

「ああ、見えてきましたね。あれがラドルの村です」

 

ヘンケンさんのその声に俺は顔を上げて、街道の先を見た。

 

「本当だ。建物が見えます。でも、ちょっと小さいですね? ランカークス村の方がずっと大きいような……」

 

「ああ、ポップ君はランカークス村の出身でしたね。ですが、ランカークス村と比べてはいけませんよ。あそこは背後にギルドメインの森がそびえていることで、行商を行う商人や一攫千金をもくろむ冒険者が多く集まる村ですからね。ちょっとした中規模の町程度の大きさはありますよ。それに比べると、ラドルの村は、南にアルキード王国があった時にはベンガーナ国とアルキード王国の通過点に当たってそれなりに人の出入りもあったのですが、10年以上前にその王国も消え去ってしまいましたからね。今はほとんど通過する人もおりませんよ。今ラドルの村の人口はだいたい200人~300人と言うところですね」

 

そうか、ベンガーナ国の南はアルキード王国だったのか。原作知識はあったが、地理までは覚えていなかったから知らなかったな。アルキード王国と言ったらあれだよな。ドラゴンの騎士であるダイの親父さんが、奥さんが死んだ怒りで滅ぼしたって言う。王国に住んでいた住民全員死んでしまったのかな? 親父さんの怒りも分かるけど、いくらなんでも無関係の人も巻き込んで皆殺しなんて、さすがにどうかと思うけどな。

 

「ポップ、それにヘンケンさん。ちょっと注意して村に入ってください。少し様子がおかしいようです」

 

アバン先生がそう俺たちに注意した。様子がおかしい? どうおかしいんだろう? ここから見てもよく分からないな。でも、ヘンケンさんは気が付いたようだ。

 

「……確かに妙ですね。普段の様子と違います」

 

「どの辺りが妙なんですか、ヘンケンさん?」

 

「ああ、それはですね、ポップ君。ほら、今は夕刻が近いでしょう? だから家々で夕飯の支度を始めているはずなのに、その家々からでる煙の数が少ないと思いませんか? それはつまり……」

 

「……なるほど。それはつまり、夕飯の支度どころでは無い事態がラドルの村で発生していると?」

 

「そういうことです……。私はこの村に何度も来たことがありますが、こういう事態は初めてです」

 

俺達3人はラドルの村の入り口に着いた。確かに妙な雰囲気だ。人口は300人程度と少ないらしいが、目につく範囲に人影が全く見当たらないというのも変だ。

 

「アバン殿、ポップ君。村の中央に広場があります。おそらく村の人達はそこに集まっているのでは無いでしょうか?」

 

「なるほど。会合する広場と言うことですね。では、そこまで行ってみましょう」

 

アバン先生とヘンケンさんの後を俺は付いていった。しばらく歩くと、遠目にヘンケンさんの言っていた広場とその周辺に人だかりが見えてきた。良かった。少なくとも住民皆不在という事態ではないようだ。そのまま人だかりに近づいていくと、俺達の耳に子供の叫び声が聞こえてきた。

 

「だから、俺は姉ちゃんを助けに行きたいだけなんだ! 離せよ!」

 

「お前一人が行って何になるんだ! ベンガーナの王様に知らせを送るから、それまで待て!」

 

「いつまで待てば良いんだよ! その間に姉ちゃんが殺されちまうよ!」

 

「もしもーし。ちょっとよろしいですか?」

 

「あぁ! 何だよ、お前は! よそ者は引っ込んでな!」

 

「はい、私、確かによそ者です。ですが、きっと何かのお役に立てると思いますので、事情をお聞かせ願えませんか?」

 

アバン先生が、叫んでいた10歳くらいと思われる子供とスキンヘッドのおっさんとの間に割り込んでいった。アバン先生のこのコミュニケーション能力の高さは見習うべき所だな。俺にはとても真似できないや。

 

「だから、あんたに話して何が……」

 

「まあまあ、リックさんも落ち着いて」

 

「――ヘンケン! あんた、いったいいつ村に来ていたんだ?」

 

「つい先ほどですよ。それより、こちらの剣士と魔法使いの方達は、十分な力を有する信頼に値する人達ですよ。話だけでも聞かせてくれませんか?」

 

どうやらヘンケンさんは、あのスキンヘッドのおっさん、リックというのかな? その人と知り合いらしい。それもそうか。こんな小さな村で行商しているんだ。村内のほとんどの人間と顔見知りなんだろう。ヘンケンさんにそう諭されたリックさんとやらは、一瞬迷った表情をした後、事情を話し出してくれた

 

「……実は、ほんの数刻前のことなんだが、魔王軍の妖魔司教ザボエラの臣下バルバロッサとか名乗る魔族がこの村に現れたんだ。それで……」

 

妖魔司教ザボエラの名前を聞いて、俺はドキッとした。そいつのことは、原作知識で知っている。絶大な魔力を買われて魔王軍軍団長の地位に着いている卑怯者の代名詞のような魔族だ。

 

だけど、こいつの臣下というバルバロッサという奴は知らないな。そのバルバロッサという奴が突然この村に現れ、今後はこの村の人間を定期的に邪神への貢ぎ物として献上しろと宣言してきたらしい。そして、手始めだと言って、運悪く目にとまったこの男の子のお姉さんを邪神への貢ぎ物の1人目として連れて行ってしまったらしい。

 

「……なんと、そんなことが。エルサとルーンは、両親が亡くなった後も姉弟2人で助け合いながら生きてきていたというのに。神はなんという試練を2人に与えるのだ……」

 

ヘンケンさんは事情を聞き、そうつぶやいた。どうやらさらわれたお姉さんがエルサと言い、今俺の前で悔しそうにうつむいている男の子がルーンと言うらしい。

 

「姉ちゃんを邪神なんかの貢ぎ物には、絶対させない! 俺は姉ちゃんを助けに行くんだ!」

 

「だからお前一人じゃ何にもならないって言っているだろうが!」

 

ルーンとリックさんがまた先ほどのやりとりを始めだした。それを、この村の住民が皆痛ましそうな顔をしながら見つめている。

 

「リックさん、1つお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「……なんだい、えっと……アバンさんと言ったか?」

 

「はい、アバンと申します。お尋ねしたいのは、そのバルバロッサという魔族は、邪神への貢ぎ物にすると言ってエルサさんを攫って行ったのですね?」

 

「ああ、そうだよ。確かにそう言った。あの時この場にいた奴は皆聞いているよ。なあ、皆?」

 

そうだ、そうだという声が俺達の周りから聞こえた。

 

「……ふむ、そうであれば、今すぐエルサさんを助けに行けば救出できるかも知れません」

 

「な、何故そう言い切れるんだ、あんた」

 

「魔族が邪神への貢ぎ物にすると言ったということは、祭壇上で命を奪うはずです。そして、その儀式は深夜0時から行われますので、それまでは命を奪うことはありません。彼らは、そのあたりきっちりしていますから」

 

「……な、なるほど。し、しかしそうだとしても、どのみちその時間になればエルサは殺されるんだろう? ベンガーナからの救出部隊が来たとしても、絶対に間に合わないぞ」

 

「問題ありません。私と弟子のポップが救出に向かいますから」

 

アバン先生のその言葉に、村の広場に集まっていた皆が息をのんだ。だけど、俺はこの展開を当然のように予想していた。アバン先生なんだぜ、当然だろう? 唯一ヘンケンさんが、やはり、と言う顔をしてしきりに頷いているのが可笑しい。

 

「あ、あんた達が助けに言ってくれるというのか? だけど、どうして見ず知らずのあんたらがそんな危険なことを……」

 

「確かに私達は見ず知らずの旅人ですが、そのような非道な行いを聞いて黙ってみていられるような薄情な人間ではありません。ねえ、ポップ?」

 

「はい、もちろんです、アバン先生!」

 

当然俺も先生に追随する。ただ、問題は……。

 

「ですが、アバン先生。問題は、どこにそのエルサという女性が連れて行かれたかです。どなたか分かる人はいませんか?」

 

「それなら、儂が聞いたぞ! あやつは、東にある『嘆きの峡谷』で供物を邪神に捧げると言っておった!」

 

俺達の会話を聞いていた高齢の男の人がそう言ってきた。嘆きの峡谷? またとんでもない名前の峡谷があったものだな。嫌な予感しかしない地名じゃないか。

 

「ふむ。嘆きの峡谷……ですか。それはどこにあるのでしょう。リックさん、ヘンケンさん、ここからどの程度の距離か分かりますか? わざわざこの村に貢ぎ物と言う名の生け贄を求めている以上、ここからそれほど離れているとは思えませんが……」

 

「私は名前は聞いたことがありますが、行った事がありませんね。リックさん分かりますか?」

 

「いや、俺も名前は聞いたことがあるが、行った事はねえな……」

 

中々嘆きの峡谷とやらまで行った事がある人が現れない。まずいな、アバン先生も俺も土地勘が無いから、だれか案内できる人がいないと、そこまでたどり着くことが困難だ。もう日が落ちる寸前だ。急がないとエルサさんの命が危ないのだから、確実にたどり着けるよう案内が出来る人の同行が必要だ。

 

 

「俺は行った事がある! 俺が案内する!」

 

突然そう宣言したのは、エルサさんの弟のルーンだった。

 

「ルーン、何言っているんだ! お前はまだ……」

 

「嘆きの峡谷なら、2年前に父さんに連れられて行った事があるんだ。俺なら案内できる! あんたら、姉ちゃんを助けに行ってくれるんだろう? 俺も役に立つから連れて行ってくれ!」

 

リックさんの止める言葉を遮って、ルーンが俺達に訴えかけてきた。……よりにもよって、案内できる人間が、まだ子供のルーンだけか。相当危険な所に行く事になるけど、良いのかな、これ?

 

「どうします、アバン先生?」

 

「そうですねー。……ルーン君と言いましたか? お姉さんは魔族のアジトとも言える場所に連れて行かれています。案内をしていただけるのは大変ありがたいですが、命の危険がありますよ。大丈夫ですか?」

 

「命の危険なんか百も承知だ! 姉ちゃんのためだ。……俺にはもう姉ちゃんしかいないんだ。お願いだよ、アバンさん。俺にも手伝わせてくれよ!」

 

ルーンは必死な様子で、アバン先生に同行させてもらいたいと切望している。

 

「アバン殿、ルーンを案内に連れて行ってあげてくれませんか。エルサとルーンの姉弟は、ご両親を2年前に流行病で亡くして、それからずっと2人で生活してきました。残されたたった1人の肉親なんです。とてもでは無いですが、ここでおとなしく姉の帰りを待つという選択肢はとれないでしょう。それに、ルーンはこう見えて健脚です。移動に関して、お二人の足手まといになることは無いと保証しますよ」

 

「おい、ヘンケン。良いのかよ、そんなよく知らない旅の人間にルーンを預けるようなことして。何かあったら……」

 

「大丈夫ですよ、リック。このお二人の実力と人柄は私が保証します。きっとエルサを助け出してくれますよ」

 

ヘンケンさんがリックさんにそう言って、ルーンを案内役にする事を後押しする。俺は2人の会話を聞きながら、西の方に目をやった。既に太陽の半ばが地平線に沈みかけている。もう深夜まで6時間足らずだ。急がなければ。

 

「アバン先生、どのみち案内してくれる人は必要なんですし、ここはルーン君にお願いしませんか?」

 

「……そうですね。それに、一刻も早く救出に向かわなければなりません。ここで議論している時間はありません。ルーン君、それでは案内を頼めますか?」

 

「ああ、任せてくれ。それと、俺のことはルーンで良いからな。アバンさんに、ポップさん!」

 

 

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