~side アバン~
私は、先ほどまで神官の格好をしていた魔物と対峙している。
戦闘を開始して早々に悪魔神官はこの姿に変貌した。元々大柄だったその身体は倍以上に膨れ上がり、神官の服を破って現れたその肉体は醜悪そのものだった。
肉体の表面に無数の、恐らく人間のものだろうと思われる心臓が張り付いており、今もその心臓の1つ1つがドクドクと脈打っていることが分かる。
身体の中央辺りに1箇所だけ心臓が張り付いていない部分があるが、おそらくそこに先ほど救出したルーン君のお姉さんの心臓を貼り付けるつもりだったのだろう。
「何者だ、貴様! 我は魔王軍軍団長が1人ザボエラ様の一の配下、バルバロッサ。我に対するその不敬な態度、万死に値するぞ!」
「あいにくと、悪しき魔物に対して名乗る名前は持ち合わせておりません。ただの通りすがりの剣士ですよ」
「……ほう。では通りすがりの剣士よ。あそこにいる魔法使いの小僧共々まとめて我のコレクションに加えてやるとしよう。お前の心臓はさぞかしいい音で脈動することだろう。クックック……」
「お言葉ですが、私の心臓は私のものです。あなたは本日、この場で私が討ち果たしますので、その醜悪なコレクションがこれ以上増えることはありませんよ」
「小癪な事を! 死ねい!」
バルバロッサと名乗る魔物はその両手にモーニングスターを握りしめ、腕を鞭のようにしならせ私にたたきつけてきた。
咄嗟に私は、両手でロングソードを操りその攻撃をしのぐ。かなりの攻撃速度だ。油断は出来ない。
だが、力任せにモーニングスターを叩きつけて来るだけで、そこに技術は無い。だから攻撃が読みやすく対処がしやすい。
私は叩きつけられるモーニングスターをロングソードで捌きながら、徐々に間合いを詰めていった。
背後では弟子のポップが戦闘を行っている音が聞こえてくる。先ほどは一瞬ひやっとする場面があったが、今は落ち着いて対処できているようだ。
敵の数は100体を超えるが、彼なら抑えきるだろう。それぐらい出来て当然と私に思わせる程、彼の力は突出している。
彼は私の弟子という事になるが、わずか2週間程度行動を共にしただけで、既に彼は私にとって弟子と言うよりは、相棒と言ってよいほどの存在になっている。
そうでも無ければ今回のような作戦は立案していない。文字通り、私達は今背中を預け合って戦っているのだ。
初めて出会った時から、彼の賢者としての力量はほぼ完成の域に達していた。足りていなかったのは経験だけだ。
後は私のもとでその経験を積むことで、かつて私の仲間だったマトリフをもしのぐ魔法使いになるだろう。
彼は次世代の勇者の魔法使いになりたいという。
次世代の勇者には私もまだ出会えていないが、きっとその勇者の方も彼ほどの魔法使いが仲間に入ってくれることを心から望むだろう。
私は、まだ見ぬその次世代の勇者にほんの少しだけ嫉妬した。
「お、おのれー! ならば、これならどうだー!」
私との剣戟の応酬にしびれを切らしたバルバロッサが、口を大きく開き、まがまがしい紫色の息を私に向けて吐き出してきた。
この見た目からして『猛毒の息』といったところだろう。そう見当を付けた私は、即座に両手持ちのロングソードを右手1本に持ち替え、左手を突き出し「
風の刃がない分殺傷能力は減じられているが、その分発動に要する時間がごく短時間ですむため、このように臨機の対応が必要なケースでとても有効だ。
私の発する突風に遮られ、バルバロッサの放った猛毒の息はこちらに到達しなかった。
逆にその息をまともに受けてしまったバルバロッサは、毒への耐性はあったものの紫色の息に視界が塞がれたのか、両手での攻撃がひどく緩慢になった。
私はここが攻め時と考え、その両手からの攻撃を、剣を巧みに操る事で大きく宙に跳ね上げた。そうして出来た一瞬の隙に、私は剣を片手逆手持ちに持ち替え、身体を大きく沈み込ませた。
一瞬の後、跳ね上げられた両手に握られたモーニングスターが再び私の頭上目がけて襲いかかってくる。
だが、既に私の闘気は十分に練り上げられおり、その手に握る剣は明るい光を発し始めている。
私は前傾姿勢のまま、バルバロッサに向かって叫び、剣を振り放った!
「これまであなたに虐げられてきた全ての人々の怒りを思い知りなさい! ――アバンストラッシュ!!」
私の剣から放たれた斬撃が光となってバルバロッサに向かう。そして、そのままバルバロッサの身体を左脇腹から右首まで打ち抜き背後の闇に消えていった。
……一瞬の静寂の後、バルバロッサの身体が斜めに分断され、横倒しに倒れた。
私はなおも警戒を抱きながら、地面に横たわるバルバロッサに足を進めた。
そこには、口から緑色の血を吐き出しながら今にも息絶えそうな様子のバルバロッサがいた。
「お、おのれ……。ア、アバン……ストラッシュ……だと? き、貴様まさか、アバ……ンだったのか?」
「……ええ、そうですよ。私がアバンです。あなたは自らの犯した行為故に今ここで滅びるのです」
「ク、クックック……。可笑しな、事を。魔物が……人間を、駆逐する、のは当然ではないか。し、しかしまさか……ここでアバンと、出会うとは……。……ザ、ザボエラ様、お役に立てず、申し訳……」
そこまで言ったところでバルバロッサは息を引き取った。それと同時に彼の亡骸は黒いチリのように細切れとなって、風と共に夜空に消えていった。
私はようやく安堵の息を吐き、背後で戦っているであろうポップの方を振り返った。
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俺は、右手で
この戦法に隙は無く、特に危なげなく進撃してくる魔物を駆逐していく。
更に少し前からは、
今もライオネックから放たれた
そう、俺は
俺は次々に襲ってくる
「……ふっ。当たらなければどうと言うことは無い」
いつかは言ってみたいと思っていた、前世で有名すぎるこのセリフを俺はこの世界に来て初めて発していた。
これで赤い服を着てサングラスがあったら完璧だったんだが、無いものは仕方ない。俺は満足だ。
この世界に『中二病』という単語は存在しない。つまり、誰も俺をその言葉で責め立てることは無い。
俺は、この世界に来て上から3番目ぐらいの感動をかみしめていた。
おっと、いかんいかん。戦闘中に遊んでいると後でアバン先生に怒られてしまう。
集中しよう。
既に敵は死に体だ。これまでの戦闘で7、80体以上の魔物が俺の前に屍の山を築いており、残るはおおよそ30体程度といったところだ。
逃げ腰になっている魔物もいて、もはや積極的にこの炎の壁に囲まれた死地に足を踏み入れようとする魔物はいない。
そんな事を考えていると、背後からものすごい衝撃音が聞こえてきた。
思わず後ろを振り返ると、アバン先生が有名すぎるあの体勢で静かに佇んでいた。
そして、その奥に仁王立ちしていたバルバロッサの身体が次第に斜めにずれていき、そのまま仰向けに倒れていった。
本当に身体が斜めにずれるのなんて、アニメの世界でしか見たこと無かったよ。
その様子を見て、俺はようやくこの作戦が終了したことを悟った。
やっぱアバン先生、半端ねえなー。結局、敵の親玉を1人で倒しちまったよ。
あー、でもアバン先生のあの体勢、絶対決めの技はアバンストラッシュだったんだろうな。見たかったなー、あの技。俺も小学生の頃傘を使って散々練習したぜ。
「キーキッキー!」
「キキキー!」
ん? 遠巻きにこちらを見ている魔物達が騒がしい。
そちらに目を向けると、残った魔物達が一目散にこの渓谷から逃げ出し始めている。そうか、あいつらも自分達の親玉が倒されたのを見て、これ以上の戦いが無意味だと判断したんだろう。
まあ、大半の魔物は倒したし、あの程度の残党ならまとめる立場の者がいないと大した脅威でも無いだろう。放っておくか。
……と言いつつ、俺は逃げ出し始めた魔物の群れに特大の
俺のイオラを免れた魔物はほんの5体ほどだった。その5体もよろよろとしながらこの場を逃げ出していく。まあ、さすがにこの辺で良いだろう。
ようやく俺は戦いへの緊張と警戒を解いた。
俺は、戦闘開始時点からずっと左右に展開していた
おかげで、さっきまでは真夏のような暑さだったが、徐々に涼しげな風が吹き込み始めた。
炎の壁を消した途端、辺りが薄暗くなったが、今日は満月で月明かりが照らしているから、魔法で灯りをともすほどでも無さそうだ。
今の月の位置から考えると、現時刻は午前1時頃と言ったところだろうか。だいたい1時間近く戦闘をしていた計算になるな。さすがに疲れたぜ。
俺はルーンとエルサさん達が身を潜ませている祭壇までゆっくりと歩いて行った。アバン先生も遠くからゆっくりとこちらに向かってきている。
遠目で見た限り特に怪我は負っていないようだが、念のために確認しておこう。
あ、エルサさんの身体の状況も見ておかないといけないな。俺達がここに来る前に奴らに何かされていたら一大事だ。
「ポップ、お疲れ様でした。怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です、アバン先生。アバン先生こそ怪我はしていませんか?」
「私も大丈夫ですよ。お互い無事なようで何よりです」
「あ、あの、この度は私を助けるためにこんなところまで来ていただき、ほんとうにありがとうございました!」
俺達が合流してそんな会話をしていると、エルサさんがお礼を述べてきた。
「俺からもお礼を言うよ。本当にありがとう、アバンさん。それに、ポップの兄貴!」
はは。兄貴か。俺も出世したな。
「ふふ、ルーン君もよくやってくれましたよ。これは皆の勝利ですね。いやー良かった」
「……そんな、俺なんて。俺は、姉ちゃんを助けた後は2人の戦いを後ろで見ているだけだった。アバンさんもポップの兄貴もすげえよ! 俺も2人みたいになりたい! なあ、俺に戦う技を教えてくれないか! あ、いや、教えてくれませんか!」
「ルーン、いきなり何言っているの。そんなこと言ったらお二人を困らせてしまうだけじゃ無い。駄目よ、そんなの」
「でも姉ちゃん。……俺もう嫌なんだよ。俺の大事な人が悪い魔物に襲われても、それを助けることも出来ない無力な自分が! なあ、アバンさん、頼むよ」
「……ふむ。ルーン君の願いは分かりました。ですが、今はまず村に帰りましょう。エルサさんも長時間魔物に捕らわれていて疲れ切っているでしょう。ポップ、エルサさんの身体に何かおかしな所はありませんか?」
「そうですね。エルサさん、ちょっと失礼しますね。……
俺はエルサさんに断りを入れて、その身体におかしな所が無いか、医療魔法の
エルサさんの頭の少し上に手を置き魔法を唱えると、その頭の上に緑色の輪が発生し、その輪がそのまま頭から足先までゆっくりと移動していく。
イメージしているのは前世で言うところのMRI検査だ。この魔法は身体に直接触れること無く肉体の異常を把握することの出来る魔法だから、こういうケースで使用するのに最適だ。
魔法をかけるために俺はエルサさんの目の前に移動したから、その綺麗な顔が目の前にある。
……そう、今までは戦いに意識が飛んでいて気が付かなかったんだけど、エルサさんって、びっくりするほど綺麗なんだよ。髪は薄い金色で、背中の中程まで伸びている。目鼻立ちははっきりしていて、前世で言うところの北欧系の美人さんみたいな感じだ。
歳は、ルーンが言うには17歳だという事だから、俺より3歳ほど年上のはずだ。
そして、改めてみるとエルサさんの服装って首から足下まで続いている簡単な白い服1枚しか着ていない。
俺は顔を赤らめて思わず明後日の方向を向いてしまった。視界の隅では、そのエルサさんも何やら顔を赤らめて手持ち無沙汰に自分の髪をいじっている。
「……はい、終わりました。特に異常は見られません。エルサさんはどうですか? 何か気になる所はありますか?」
「い、いえ……、その、診察ありがとうございました、ポップさん。魔物に連れさられた後、そのままこの祭壇に縛られていましたので、特におかしな事はされてはいないと思います」
「それなら良かったです」
「良かったな、姉ちゃん!」
「ふむ、どうやら問題無さそうですね。それでは、ラドルの村の皆さんも心配していることでしょうから、いったん村に戻りましょう。ポップはかなり魔法を行使しているでしょうから、ここは私が
おっ。マジか。何気に
アバン先生って行った事のある町や場所でも、歩くこと自体が修行ですって言ってよっぽどのケースじゃ無いと
どんな感じになるのかな? 酔ってしまうようなものなんだろうか?
俺がそんなことを考えていると、アバン先生が両手に俺達全員の肩を抱いて「
すると、途端に足先が宙に浮いた状態になって、そのまま上空に引っ張られた感じで俺達は高速で空を飛んだ。
飛んでいる最中、目の前の景色があまりに高速で移動するものだから目がチカチカしてしまった。
そんなことを考えている事、およそ10秒程度だろうか。
徐々に身体に重量を感じられるようになって、足先が地面に付いたのでゆっくりと目を開けると、そこは数時間前に出発したラドルの村だった。