俺達が着いたのは、ラドルの村の中央にある広場だった。もう深夜の1時を回っている時間だったが、そこにはたいまつが焚かれていて、数人の男が警戒に当たっていた。
あのスキンヘッドのおっさん、リックさんだったかな? リックさんと、それに商人のヘンケンさんも所在なげに立っていた。
俺達のことを心配してくれていたんだろう。突然
「よく戻ってきたなー、エルサ! ルーンもよく無事で!」
「エルサ、ルーン、本当によく無事で。アバン殿、ポップ君、二人を本当にありがとうございました」
「皆さん、ご心配をおかけしました。アバンさんとポップさんに危ないところを助け出して貰って、どうにか戻って来れました」
「リックさん、俺ちゃんと道案内したんだぜ。なあ、アバンさん!」
ルーンが誇らしげにリックさんに胸を張っている。ああ、ルーンは立派に役割を果たしたよ。大したもんだ。
「ええ、ルーンは立派に役割を果たしてくれましたよ。エルサさんを直接助け出したのも彼です」
アバン先生もルーンを褒め称える。
「……そうか、姉ちゃんを助けるために頑張ったんだな。ルーン、よくやった」
リックさんがルーンの頭をがしがしと撫でている。痛い痛いと言いながらも本人や周りの人間達皆笑顔だ。
エルサさんもこの突然の深夜の騒動で集まってきた村の女性陣に囲まれて、涙ながらに無事を喜ばれている。
良かった、皆のこの笑顔を見られただけで、頑張った甲斐があったというものだ。
「……それで、アバン殿。バルバロッサという悪魔神官はいったい?」
ひとしきり、エルサさんとルーンの帰りを喜ぶ人達の騒動が落ち着いたところで、ヘンケンさんが聞いてきた。
そりゃー、気になるよな。あいつが生きていたら、この村は引き続き貢ぎ物という名前の生け贄を定期的に要求されるんだ。そのヘンケンさんの言葉に、集まっている人達は一斉に言葉少なになり、アバン先生の回答に耳を澄ましている。
そんな人達を見回して、アバン先生はニパッと笑顔になり、Vサインをしながら言った。
「ご心配には及びません。バルバロッサは確かに我々が討伐しました。もうこの村にあの魔物が現れることは無いでしょう!」
ああ、この人は本当にこういう姿が絵になるよな。そこにいるだけで安心するって言うか、この人さえいれば、きっとなんとかしてくれるという安心感を感じる。
俺なんかではとても到達出来ない領域だ。やはりこの人は、今後の魔王軍との戦いで絶対に必要な人だ。
「ヘンケンさん! アバンさんとポップの兄貴、本当に凄かったんだぜ! あの悪魔神官だけじゃ無くて、100匹以上の魔物がいたんだけど、たった2人でほとんどの魔物を倒しちまったんだ!」
アバン先生の宣言とルーンのこの言葉で、広場に集まった人達が一瞬静まりかえり、その後爆発的に喜びの声が上がった。
いやいや、今深夜だよ。そんな大騒ぎしたら近所迷惑だよ、と考えていたが、よく考えるとこの辺り一帯の住民のほとんどがこの場所に集まっているから別に良いのかと思い直した。
「さあ、みんな。エルサもルーンも無事だったんだ。積もる話もあるだろうが、今日はもうこんな時間だ。アバンさん達も疲れている事だろう。今日のところはこれぐらいにして、2人を休ませてやろう」
リックさんが広場に集まっていた村人たちにそう言うと、次第に村の人たちはそれぞれの家に帰って行った。
そういえば、俺たちはどこに泊まったらいいんだろう。この村について宿も取らずにエルサさんの救出に行ったから、今の俺たちは宿を確保していない。
もう真夜中だからな。今から宿をとるというのも……。
「アバンさん達は、俺の家に泊まると良い。狭い所だが、歓迎するぜ!」
「リックさんの家は、ゴミの山じゃないですか……。よかったらアバン殿たちは私がこの村で行商する際に使用している家に来ませんか?」
「お前のところだって、似たようなものじゃねえか!」
「リックさんの家よりはましですよ!」
リックさんとヘンケンさんが、不毛なやり取りを始めてしまった。まあ、俺もアバン先生も野宿には慣れているから、正直どちらでもいいんだけどな。
俺はアバン先生と顔を見合わせてどうしようかという顔をしてしまった。
「なあ、アバンさん、ポップの兄貴! よかったら家に来なよ!」
さて、どうしたものかとアバン先生と思案していると、横からルーンが俺たちに話しかけてきた。
「それはいい考えね、ルーン! アバンさん、ポップさん、ルーンの言う通り、是非私たちの家で休んでください」
ルーンの言葉に反応したエルサさんも、俺たちにそう言ってきた。
その言葉を聞いたリックさんとヘンケンさんが、「いやいや、ここは自分の家で……」となおも食い下がってきたが、エルサさんの「でも、お二人の家では、満足なお食事も出せませんよね? 私ならご用意できますよ?」の一言で黙らされてしまった。
ふむ、食事つきか。これは俺もエルサさんにご厄介になりたいところだな。
「それに、私達、お二人に助けられてばかりで、何もお返しできていません。だからせめて、お二人がこの村に滞在している間だけでもお世話をさせてください」
このエルサさんの言葉に、リックさんとヘンケンさんも納得し、ようやく俺たちの宿泊先が決まった。
「エルサさんにルーン君。それではお言葉に甘えさせていただきますが、本当によろしかったんですか?」
「もちろんです、アバンさん。狭いお家で恐縮ですけど、是非ゆっくりしていってください。」
「やった! 俺二人に色々聞きたいことがあったからちょうどよかったぜ!」
「あら、だめよルーン。今日はもうこんな時間だし、お二人とも疲れているんだから、早く休んでいただかないと」
「分かってるよ、姉ちゃん。……でも、アバンさん。俺、嘆きの峡谷で言った事本気だから。考えておいてくれないかな?」
「ええ、分かっていますよ。詳しいことは明日相談しましょう」
「本当か! やった、じゃあ、早く家に帰って休もうぜ! 俺も本当はくたくただったんだ!」
俺達は、エルサさんたちとそんな会話をしながら2人の家に向かった。
~~~2週間後~~~
「ほら、ポップ。もうすぐ山頂ですよ。頑張りなさい」
アバン先生が坂道の先で俺にそう声をかける。先生は相変わらず元気いっぱいだ。俺は、息も絶え絶えの状態でようやく先生に返事を返す。
「ぜえ、ぜえ……。は、はい。頑張ります……」
朝早くに俺たちはラドルの村を出発した。見送りは村全員が集まったんじゃないかと思えるほど盛大なものだった。
エルサさんもルーンも泣きながら見送ってくれた。リックさんやヘンケンさんも見送りに来てくれた。
あの後、結局俺達は2週間ラドルの村に留まることになった。
実はラドル村の村長だったリックさんが、あの騒動の翌日ラドル村の有志の人達に自衛のための技術を伝授してほしいと頼んできたためだった。
それをアバン先生は快く了承して、アバン先生は戦士系の技能伝授を、俺は魔法系の技能伝授を2週間行うことになったのだ。
俺まで先生役をするのか、と驚いたが、アバン先生から「人に伝授することも自己の研鑽に繋がる」と言われては断ることが出来なかった。
その有志の中にエルサさんとルーンも当然のように含まれていたので、今では2人は俺の弟子ともいえる存在だ。
エルサさんは回復魔法が得意かと思いきや、意外にも氷結魔法に適性があった。
悪魔神官を模した人形に、笑みを浮かべながらグサグサと氷の槍を叩きつけるその姿を見て、エルサさんだけは怒らせてはいけないと俺は思った。
ちなみにエルサさんには、本人たっての希望だったので俺の改良版
いや、美人にあんな風に頼まれて断れる男なんていないだろう!
習得できるかどうか分からなかったが、そんな理由で一応教えてみたところ、見事に習得した。槍の本数こそ俺の半分にも満たないが、エルサさんは嬉々として使用していた。
ルーンの方は、本人の直情傾向とは別に意外にも補助魔法に適性があった。
ルーンは、アバン先生からも指導を受けていて、拳を用いた打撃になかなかの才能が見られるらしい。
将来は、自身に補助魔法をかけて能力アップを図り、敵を接近戦で打倒する武闘家になるかもしれない。
俺達は結局ラドルの村に滞在している間、エルサさん達の家でずっとお世話になっていた。
食事の世話から衣服の洗濯までエルサさんがしてくれて、俺もアバン先生も恐縮しっぱなしだった。
さすがに2週間昼夜を問わずエルサさんとルーンと一緒に過ごしたので、俺達はとても仲良くなった。昨日のラドル村最後の夜には、4人でお酒をいただきながら楽しく過ごすことが出来た。
エルサさんとルーンには、もっとこの村にいてほしいと涙ながらに言われたが、そういう訳にはいかなかったので、名残惜しかったが村を離れることになった。
ラドルの村を立った後の俺たちの目的地はベンガーナの町だ。ベンガーナの町はラドルの村から北に約1週間ほど進んだところに位置する。
ラドルの村を出てすぐに小高い丘があり、今俺たちはその丘の頂上付近に差し掛かっている。ギルドメイン山脈の方角から吹いてくる風が、火照った体に心地いい。
エウレカの皆、元気かな?
「ほら、ポップ。後ろを見てごらんなさい。遠くにラドルの村が見えますよ」
アバン先生は俺の後方を指さしてそう言った。俺もその声に後ろを振り返った。本当だ。ラドルの村が見える。
さすがにエルサさん達の姿が見えるほど近くではないけど、皆確かにあそこにいるはずだ。
「そろそろお昼といったところですね。丁度いいですからここらでお昼にしましょう」
そう言いながら先生は腰を落ち着けそうな場所を探し始めた。俺も疲れているとはいえ、師匠にだけそんなことをさせて休んでいては弟子失格なので、一緒になって休めそうな場所を探して、休憩することにした。
「うーん、この卵焼き絶品ですね。さすがはエルサさん。相変わらずの料理上手ですね~」
「ええ、本当に。あ、先生このパンにつけられているジャム、先生の好きなやつですよ」
「おや、本当ですね。うーん、やはりおいしいですね。このジャムの作り方はエルサさんから伺っているので、ベンガーナの町に着いたら早速試してみましょう」
俺達は、休憩に良さそうな丘の上の広場で、エルサさんから渡されたお弁当を広げて食べている。
ふと、俺は、自分の左手首に巻いているミサンガに目を落とした。
このミサンガはエルサさんが作ってくれたものだ。皆に見送られて旅立とうとしていた直前に、エルサさんが貰ってほしいと言って俺に渡してくれたものだ。
ミサンガの意味はもちろん知っている。前世でサッカー部のキャプテンが女子生徒に貰っているのを見ていたからな(ちなみに俺はもらったことが無い。悪かったな!)。
俺がぼーっと手首に巻いたミサンガを眺めていると、アバン先生が声をかけてきた。
「ポップは、ミサンガの意味を知っていますか?」
俺はミサンガから目を話し、アバン先生に返答した。
「ええ、知っていますよ。切れるまで肌身離さず身に着けていたら願い事がかなうんでしょう? もちろん俺は、魔王軍との戦いの勝利を願いましたよ」
要するに、勝利の願掛けだよな。エルサさんにはありがたいものを貰った。
「? 何ですか、それは? ミサンガの意味は、……。いえ、やめておきましょう。いずれ知る時が来るでしょう。しかし、ポップ。そのミサンガは、メルルさんと会う時は外しておくことをお勧めしますよ」
「へ? それってどういう意味……。えっ!? ちょ、ちょっと待ってください。今アバン先生、メルルと言いました? ど、どうしてその名前をアバン先生が?」
俺はアバン先生の口からメルルの名前が出たことに驚いた。何故なら今までアバン先生にはメルルの事を話していなかったからだ。
「おや、私が知っているのがそれほどおかしいですか? メルルさんは、あなたと再会することを心から待ち望んでいる様子でしたよ?」
「い、いや、だからアバン先生、メルルと一体どこで会ったんですか?」
「ふふふ、それは……秘密です!」
先生は指を1本立てて、なぜかドヤ顔で俺に宣告する。
「そ、それは無いですよーアバン先生! 教えてくださいよー!」
丘の上に俺の焦った声がこだましていた。