「さあ、見て行ってよ。今日はパプニカ国から珍しい絹織物が入荷されているよ」
「そこの戦士さん。カール王国から上物のロングソードが入っているよ」
ベンガーナの商店街は、多くの人で賑わっていた。
今日はアバン先生から1日自由行動と言われていて、それぞれ別行動を取っている。
どうやらアバン先生はこの町で昔なじみの知り合いがいるらしく、その人に会いに行っているらしい。
俺は、明日からの旅に必要な糧食を補充する目的で、商店街にやってきた。旅の間の糧食を含む消耗品の準備は、弟子である俺が担当している。
この商店街には、海が近いからか潮の匂いが時折漂ってきている。
遠くの方に目をやると、大型の帆船が何隻も停留している様子が見える。
帆船なんて前世でも実際に見たことが無いから、買い物が終わったら見に行ってみよう。楽しみだ。
この通りの反対側には百貨店があり、さっきまではそこで商品を物色していたが、どうにも値段が高く、とてもでは無いがここでは買い物できないと思って、この商店街にやってきた。
しかし、前の世界で馴染みのあった百貨店をこの世界で見物することが出来、何も買うことはなかったがとても楽しい経験だった。
エレベーターも久しぶりの経験で楽しくて、つい何度も移動してしまった。
動力源が電気から魔道具に変わっているが、体感的には前世のエレベーターとほとんど同じだった。
「おや、兄さん。何を探しているんだい? その体格なら、ショートソードかい?」
武器屋と書かれた看板の置かれた店の前で、恰幅の良いおばさんが俺に問いかけてきた。
「いえ、俺は魔法使いなので、魔法の杖とかどういうものがあるのかなって思って……」
俺はアバン先生との旅の中で、特別魔法使いらしい服装(例えばローブとかだ)をしておらず、一見軽装の旅人っぽい姿をしているから、見た目で魔法使いと言われることはまずない。
ただ、細身なのでロングソードのような長い剣を扱う戦士に間違えられることも無い。
「へー、兄さん、魔法使いなのかい? その若さで大したもんだ。でも、あいにくと魔法使い用の杖となると、うちではこれくらいしか置いてないんだよ」
武器屋のおばさんがそう言って指し示してくれたところには、埃を被ってしばらく買い手が付かなかっただろうと思われる杖が数本寂しく並んでいるだけだった。
うーん、まあ最初から買うつもりは無かったけど、これだけ大きな町で、魔法の杖の在庫ってこんなものなのかな。
「あんまり種類が無いだろう? この町では、昔から魔法使いより戦士の方が人気があってね、あまり杖やロッドといった魔法使いが使う武器は置いていないんだよ」
そうなんだ。ベンガーナ国王自体があんまり魔法使いに重きを置いていないようだったから、町でも人気が無かったりするのかな?
「そうなんですか。あっ、このロングソード……」
俺は、店の壁に飾られている1本のロングソードに気が付いた。
「おや、魔法使いなのに、剣に興味があるのかい? そいつは昨日入荷したばかりの品だよ。その剣は、時々別の町から流れてくる剣だけどね、いつも入荷しては直ぐに売れちまう人気商品だよ。切れ味と耐久性のバランスが極上と評判さ」
店のおばさんが、そういって俺が言ったロングソードを指さした。確かに、他の剣と比べて一段高い位置に陳列されていて、金額も他の剣よりかなり割高だ。
「へー、そうなんですか。確かに凄い切れ味のようですね」
俺はそんな会話をおばさんとしながら、その店を後にした。先ほどのロングソードの評判が良いようで、俺はとても嬉しくなった。
……なぜなら、そのロングソードは父さんが打った剣だったからだ。
父さんは自分の打った剣に銘は刻まないが、刃に入った波紋や柄の形で俺は父さんの打った剣は直ぐに見分けが付く。
おそらくランカークス村の武器屋で買った剣を、商人がベンガーナの町で転売しているのだろう。
村で売っていた金額の倍近い値段が、先ほどの剣に付いていた。
あれならランカークス村でももっと高値で売り出せるだろうに、それをすると馴染みの客が買いにくくなると思っているんだろう。
父さんの相変わらずの商売下手に、俺はニヤッとして次の店を覗きに行った。
商店街はとても楽しかった。
ランカークス村では見たことの無い調味料や香辛料が売られていて、もしかすると前世で好きだった料理をこの世界で再現することも可能かも知れないと期待に胸を膨らませた。
色々買い物を済ませた後、俺は港の方に足を伸ばしてみた。港には、大型の帆船が3隻ほど停泊していた。
船に乗っている人の服装が船毎に違うから、もしかするとベンガーナ国外から来ている船かも知れない。帆を見ると、3隻ともよく知らない国旗が描かれていたから、おそらくそうなんだろう。
あいにく俺は、国の国旗なんて覚えていないからさっぱり分からないが。
少し遠くの方に目をやると、5隻の軍艦も港に停泊していて、その甲板上では水兵と思わしき人達が忙しそうに作業していた。いずれも同型艦のようで、その両舷には複数の大砲が備え付けられている。
多分あれもベンガーナ王の自信の源なんだろうな。だけど、あれがどこまで魔王軍に通じるのか果たして疑問だなと思いながら、俺は宿に戻った。
~~~翌日~~~
次の日、俺とアバン先生はテランの方向に向かう行商の馬車に乗せて貰う事が出来て、馬車でテランに向かう事になった。
ベンガーナからテランまでの道中は、前世で言うアメリカにあったグランドキャニオンのような岩と土が所々隆起する中々の景勝地だった。
「いやー、ちょうどテラン方面に向かう方がおられて助かりました。便乗させていただきありがとうございます」
「なんの、こちらこそ魔物が現れたときには頼りにさせて貰いますので、お互い様です」
そう言いながら、馬の手綱を握りながらロンテという名前の行商の方がアバン先生と会話している。歳は20代くらいだろうか。
今アバン先生はロンテさんの隣に座っていて、俺は後ろの荷台の隅の方に腰を下ろしている。
俺の周りにはロンテさんが仕入れた商品が沢山積まれている。
小麦や米の詰まった麻袋、色々な種類の野菜、瓶詰めされたお酒に、絹織物まであるな。ロンテさんってずいぶん手広く商売をしているんだな。
ん? あの小瓶に詰められた茶色の液体は何だろう? 俺は小瓶に顔を近づけて見てみたが、良く分からなかった。……まあいいか。何かの調味料なんだろう。
「この商品はテランの方向けに仕入れた商品なんですか?」
俺は後ろからロンテさんに問いかけると、ロンテさんは手を振りながら俺に答えた。
「いやいや、これらの商品はテランを超えたずっと先にあるランツェという名の港町で売るための商品です。テランの国は昔から地産地消の国でして、あまり余所から持ち込んだ商品は売れんのですよ」
そうなのか。俺はこの間アバン先生からテランの名前を聞いて、ようやく思い出していた。確かテランの国って、原作でも出てきていたな。
優しそうな高齢のおじいさんが王様を務めていたような気がする。
ただ、よく覚えているのは、ダイの親父だった竜の騎士との死闘がテランの城周辺で行われたって事ぐらいで、他はあんまり覚えてないな。
「そうなんですね。じゃあ、テランという国は少し閉鎖的な国と言うことでしょうか?」
俺のその問いにはアバン先生が答えてくれた。
「閉鎖的という表現はあながち間違ってはいませんが、独特の信仰が根付いている国という言い方が正しいですね。あの国は、自然主義に回帰する方針をとっている国で、技術革新的な生き方を望まない国です。だから、あまり他国の商品も売れないんですね」
「アバンさんの言うとおりです。あと付け加えるとすれば、テランは国という体裁は残っていますが、実際は住民が国全体でも100人前後しかおらず、そもそも商売の相手になる人間が少なすぎると言う点も大きいですね」
「100人ですか! それは少ないですね」
100人か、それは確かに少ないな。俺の出身地だってもっといたし、この間までお世話になっていたラドルの村でも200人は超えていた。
国民全体で100人って、それもう国としてどうなのってレベルだな。
「そういうわけで、あの国を訪れる外国人は珍しいんですよ。アバンさんはテランにお知り合いでもいらっしゃるんですか」
「ええ、以前テランの王にお世話になったことがありましてね。久しぶりにお会いしてみようかと」
アバン先生がそうロンテさんに答える。へー、テランに行く目的は王様に会うためなのか。
ベンガーナ国王とも面識があったみたいだし、さすがにアバン先生は顔が広いな。
俺がそんなことを考えながら遠くに目をやると、何やら鷲が羽を休めているように見える岩が高い丘の上に見えてきた。
「アバン先生、あそこにある岩、何か鷲みたいに見えますね?」
「ああ、あれは、『コンドルの谷』という名前で有名な場所ですね。ポップが今言ったように、コンドルが羽を休めている姿に似ていることから付けられています」
「コンドルですか。なるほど、確かにそっくりですね」
俺はこの世界でまだコンドルは見たことが無いが、どうやら前世と同じような鳥がこの世界にもいるんだな。
そうして、馬車に揺られること約3時間。
その間、2度ほど魔物に襲われたが、俺が遠くからイオを魔物に向けて放つと、いずれも慌てて逃げ出す始末だったので、それほどの苦労もしなかった。
「ああ、見えてきましたよ。あそこがテランの城です。」
馬車に揺られて良い感じにうつらうつらしていた俺の耳に、ロンテさんの声が聞こえてきた。
俺は寝ぼけた頭を左右に振って、ロンテさんが言った方向に目を向けた。
そこには、周囲を森に囲まれた小さな城が建っていた。ただ、城と言ってもベンガーナの城を見た後では、ちょっと拍子抜けするぐらいの大きさだったが、まあ、確かに城だ。一応兵士らしき人も城の城壁の上に立っているのが見える。
「ふふ、前にここを訪ねたのは15年以上前になりますが、この城は変わっていませんねー」
アバン先生が城を見てそう感想を述べる。自然回帰って言っていたもんな。そりゃー変わらないわな。
ロンテさんが言うには、この国では便利な道具も使えないから、徐々に国民が不便な生活を嫌って、直ぐ近くのベンガーナ国に流出しているという話だった。
それはそうだろうな。俺も色々発明してできるだけ便利な生活を送りたいと思っているから、この国に移住することだけは無いだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にかロンテさんの馬車は城の前に着いていた。
「それでは、私はここで失礼します。アバンさんとポップ君がいてくれたので、安心して旅が出来ました。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ助かりました。引き続き無事に旅が出来ることを祈っています」
「ありがとうございました、ロンテさん。色んな話が聞けて楽しかったです。」
アバン先生と俺はロンテさんに別れの挨拶をして、城に向かった。
テランのお城は、入り口に当たる所に2人の兵士が立っていたので、テラン王に会いたい旨を伝えると、2階に進むようにと指示された。
ベンガーナの城では待合室で待つように言われたが、どうやらここではそのような段取りは踏まないらしい。
城の兵士の案内も無いまま、俺とアバン先生が2階に足を進めると、廊下の先では既に扉が開いていて、その先に王様が玉座に座っている様子が遠目から見えた。
荷物や武器になりそうな物を預けなくて良いのかなと思いながらも、アバン先生が歩く速度を落とさず進むので、俺もその後ろを付いていった。
扉をくぐると、そこはベンガーナの城ほどでは無いにしろ、少し開けた場所になっていて、奥にテラン王らしき人が椅子に座っていた。
その人物は、かなりの高齢に見え、立派な口ひげを携えていた。
「お久しぶりです、フォルケン王」
アバン先生がそのまま椅子に座っている男性のもとに近づき、そう声をかけた。
ベンガーナ王との謁見時とは違い、立ったままだ。俺はどうしたらいいんだろうと、アバン先生の右後ろでおどおどしながら立っていた。
「おお、久しぶりじゃな、アバン殿。何年ぶりになるじゃろうか?」
フォルケン王と呼ばれた高齢の男性が、笑みを浮かべてアバン先生に返事をする。
フォルケン王の左右には槍を持った兵士が立っているが、アバン先生とフォルケン王のやりとりを静かに見守っている。
「そうですねー。魔王との決戦前になりますから、もう15年以上前になりますかね?」
「ほう。もうそれほどになるか。あの頃はまだ少年の面影が残っていたそなたも、今は立派な青年になったようじゃの」
「いやー、お恥ずかしい。年ばかり取って中身はさっぱり変わらないと、フローラ様にいつも叱られてばかりです」
そうか、魔王と戦っていたときはまだアバン先生も少年の面影があったんだ。
今のちょっとお茶目な完璧超人みたいな先生しか見たこと無いから、ちょっと想像できないな。
俺がそんな2人の会話を聞いていると、フォルケン王が俺に話しかけてきた。
「それで、そちらにいる少年はどちら様かな?」
「あっはい! 俺は、いや、私はアバン先生の弟子をしていますランカークス村のポップと言います。どうぞよろしくお願いします」
「ほっほっほ。そうかしこまらなくても良い。見ての通り、儂の国は、国とは名ばかりの小さな所帯よ。そんな国で王をしている儂に、何も遠慮することなぞ無いぞ」
「あ、い、いえ。……そういう訳には」
「ふふ。ポップ。フォルケン王はこの通り気さくなお人柄の方です。そう肩肘を張らなくて大丈夫ですよ」
「あ、は、はい。分かりました」
俺はアバン先生にそう返事をした。
「今日は久しぶりに楽しい客人に会えた。アバン殿、良かったら今晩はこちらに泊まっていかれよ。良ければ最近の世界の情勢などを聞かせてくれるとありがたい」
「ええ、もちろんです。私もフォルケン王と話が出来るのを楽しみにしておりました」
「そうか。それはうれしい事を言ってくれる。では、部屋を用意する故そちらでくつろいでおってくれぬか。夕食の用意が出来たら案内をよこすからの」
その日の夕食は、フォルケン王とアバン先生と俺の3人でいただく事になった。
豪勢な食事という訳では無かったが、こちらを精一杯もてなそうという気持ちが感じられる素朴な料理が沢山並んでいて、とても美味しかった。
それに、フォルケン王のお話もとても面白かった。ご高齢なだけあってか、とても博識で俺の知らない話を色々してくれてとても勉強になった。
どうやらこの城には、古い書物が多く所蔵されているらしく、俺が興味を持った事に気づいたフォルケン王が、「この城に滞在している間好きに読むと良い」と言ってくれたのもとても嬉しかった。
次の日、城の兵士の方からフォルケン王を通じて、『高名なアバン殿に武術の手ほどきをお願いしたい』と要望があったらしく、それを聞いたアバン先生が快諾したことから、急遽この国に長居をすることになった。
結局、この国に俺達は2週間ほど滞在した。
その間、俺は午前中は城の人達と一緒にアバン先生に武術を習い(俺は棍を習ったが)、午後は魔法の修行をしたり、城の蔵書を読ませて貰ったりして過ごした。
この国は竜の騎士の信仰が残っているらしく、竜の騎士について記述した書物も多くあり、実に興味深いものだった。