「ここなら良いだろう」
俺の前を歩くノヴァがそう呟き立ち止まった。
俺は、ノヴァと取り巻きの兵士達に前後を挟まれる格好で、城の受付の場所からほど近い、城壁と城壁に囲まれた見通しの悪い広場に連行されていた。
周りを見渡すと、壁際に剣や槍を模した木刀や木槍が立てかけられていた。人の形をした的のような物も置かれているところを見ると、どうやらここは兵士の練兵場のようだ。
だけど、今は誰も居ない。
「ノヴァ様。ここは俺が。さあ、ポップと言ったな。まずは俺と武術交流を図ろうじゃ無いか? 武器は何を使う? 何でも良いぞ」
そう言って、先ほどからノヴァ様ノヴァ様とうるさかった兵士の一人が壁に掛けられていた木刀を手に取って俺の前に立った。
何が武術交流だ。無理矢理連れてきておいて交流も何も無いだろうに。しかし、まいったな。魔法さえ使えたらこいつら全員叩きのめすことも、ここから逃げ出すことも出来るのに、今俺は魔法を使えない。
……そう、今俺はアバン先生から課された卒業試験の真っ最中だ。
俺は今日の午後8時までは一切の魔法の使用を禁じられている。
そんなことは最初から分かっていたのに、アバン先生を侮辱したこいつらに腹が立ってついケンカを買ってしまった。
しかたないな、これは身から出た錆だ。どこまでできるか分からないけど、やるだけやってみるか。まさか死んだりはしないだろう。
俺は軽くため息をついてから、城壁に近づき、その壁に掛けられている武器の中から棍を手に取った。
「……へえ、棍か。軽装で武器も持たないくせに、何で戦うのかと思っていたが、棍とは……」
ノヴァが、俺が棍を手に取ったのが不思議なのかそう独り言を言っている。
ああ、そうか。俺の今の服装は旅人の服だ。多分ノヴァもその取り巻きの兵士達も、俺を戦士職だと思っているんだろう。
これが、この間アバン先生に買って貰ったみかわしの服でも着ていれば違った印象を持たれたのかも知れないが。
俺はヒュンヒュンと軽く棍を振りながら、木刀を構えた兵士の前に立った。
「よし、互いに向かい合ったな。では、これより勇者アバンの弟子ポップとリンガイア兵の交流稽古を始める。両者、構え」
ノヴァが俺と兵士の間に立ってそう声をかける。
へー、意外にしっかり1対1の体裁を取るんだな。
俺は、最悪同時に複数人を相手取らされることも考えていたから、少しだけノヴァに対する評価を上方に修正した。
……少しだけだけどね。
「始め!」
ノヴァのその声に呼応し、俺の前に立っていた兵士が打ちかかってくる。俺は身体を半身にして棍を両手に持ち相手の攻撃をじっと見つめる。
……遅いな。アバン先生と比べたら、とんでもなく遅いし、攻撃が分かりやすすぎる。アバン先生の攻撃はもっと鋭く、直前までどこを狙ってくるのか分からない。
もしかして、わざと隙を見せているのかな? 少し迷ったが、まずは迎撃しないと始まらないと思い、俺は向かってくる兵士の手を棍で打ち据えようと、棍を前に突き出した。
「――ぐっ!」
俺の棍が、兵士の木剣を握っている手を打ち据える。あまりのあっけなさに少し拍子抜けたが、その兵士が痛みからか木剣を手離したので、俺は間髪を入れずに棍で相手の足を払い、ひっくり返した。そして、そのまま仰向けに倒れた兵士の喉元に棍の先を突きつける。
「それまで!」
ノヴァが立ち会いの終了を告げる。ふー、どうにか勝てたな。意外に接近戦もいけるのかな、俺?
「……なかなかやるね。ロイは下がって。次、マーロイ前に」
「はい!」
マーロイと呼ばれた兵士が俺の前に立つ。ロイと呼ばれた俺と戦っていた兵士は、悔しそうに俺の方を睨みながら後ろに下がる。
うーん、連戦か。マーロイと呼ばれた兵士を含めてまだ3人もいるし、ノヴァだっている。俺、体力少ないのに最後までやれるかな。
「それでは、始め!」
おっと、始まってしまった。集中しよう。マーロイと呼ばれた兵士は先ほどのロイという兵士が鮮やかにやられたことを警戒してか、即座に近づいてこようとしない。
棍の届かない距離でこちらの様子をうかがっている。
……それなら、これならどうかな? 俺は棍の先を少し手前に引いて故意に隙を作ってみた。すると、好機とみたのか、木剣を構えたマーロイが突っ込んできた。
先ほどの俺とロイとの戦いで学習したのか、木剣の持ち手を俺の棍から狙いにくいようにして接近している。
だが、一般に剣士は下半身への攻撃に対する気構えが薄い。俺は突きを3度マーロイの足下に連続して繰り出す。2度までは躱されたが、3度目の突きがマーロイの右足の太ももに突き刺さる。
ぐぅっと、うめき声を上げて足を止めたから、そこから先はロイにしたのと同じように足を払って、棍を突きつけて勝利した。
その後、残る2人の兵士に対してもなんとか勝利を収めることが出来た。
最後の兵士は中々手強く、何度か木剣の間合いで打ち合うことになったが、俺が棍の持ち手を臨機に変えて打突点を交互に変えることで、相手の木剣の連続攻撃にどうにか対処できた。
最終的には、大振りになってきた相手の腹部に突きを決めることができ、なんとか勝利できた。
俺は普段から左右両手で魔法を行使しているからか、右手、左手を問わず武器を扱うことが出来る。魔法スキルも接近戦に応用できることがあるんだな。
俺は疲労から棍を杖代わりにして立った状態で、先ほどまでの戦いを思い返していた。
「……まったく、皆帰ったら再特訓だよ。こんなレベルの戦士に負けるなんて」
ノヴァがそう兵士達に声をかけながら、俺の前に立った。
俺に敗れた兵士達は皆申し訳なさそうに俯いている。ノヴァの手には、さきほど俺と戦った4人目の兵士が落とした木剣が握られている。
「さあ、次は僕が相手だよ。僕を彼らと同じとは思わないことだね」
ノヴァがそう言って俺に対して無造作に構える。
彼らと同じように思うな、か……。確かに違うな。佇まいからして、さっきの兵士達よりむしろアバン先生のそれに近いものを感じる。
アバン先生以上と言うことは絶対に無いが、アバン先生の足下ぐらいとは認めても良いかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ノヴァが「来ないのならこちらから行くよ!」と向かってきた。
「――はあっ!」
気合いと共にノヴァが俺にうちかかる。俺は、それをどうにか棍で受け止めるが、重い!
「――くっ!」
ノヴァの攻撃は、一撃一撃が先ほどまでの兵士達と比較にならないほど重い。俺は棍を左右にいなしながら続くノヴァの連続攻撃に対処する。
――くっ、確かにこいつ、口だけじゃ無く強い。
俺は後ろに下がりながらノヴァの攻撃を捌くが、次第にノヴァの攻撃が俺にかすり始める。このままじゃじり貧だ。
俺は反撃に出ようと、ノヴァの木剣を大きくはじく。そしてその隙に、沖田総司よろしく3段突きをノヴァの身体に向けて放つ。すると、ノヴァはその場で華麗な足捌きを踏み、俺のその攻撃を全て躱して見せた。
「――なっ!?」
「……何を驚くんだい? 僕は北の勇者だよ? これくらいの芸当朝飯前さ!」
驚く俺を余所に、ノヴァはそう返して更に踏み込んでくる。
ノヴァの攻撃が俺を徐々に打ち据えるが、急所は微妙に外されている辺り、俺をもて遊んでいるんだろう。
ノヴァの予想の範疇を超える強い一撃が必要だ。
俺はそう考え、少しずつ闘気を溜めていった。闘気と言っても俺には良く分からないが、ようするに力を溜めていく感覚だ。
「ほらほら、どうしたんだい。そんなんで勇者アバンの弟子だなんてよく名乗れたもんだね!」
ノヴァは次々に攻撃の手を繰り出す。俺は体中傷だらけになりながらも、どうにかなけなしの闘気を溜めることが出来た。
――よし! 今だ!
俺は先ほどと同じくノヴァの木剣を大きくはじき上げる。そして、その隙に闘気を纏わせた棍を上から下へ一気に振り下ろした。
「――アバン流棍殺法 地竜閃!!」
「――なっ!?」
ドンッという破裂音と同時に舞い上がった土埃で一瞬のうちに俺達の周りは視界が利かなくなった。パキの魔法を使うわけにはいかないので、俺はその煙が晴れるのを少し後ろに下がって待っていた。
どうかな? うまくいっただろうか?
次第に土煙が晴れてきた。すると、そこには大きく裂けた地面と、その裂けた地面の上で片膝を突いて俯いているノヴァの姿があった。ノヴァの握っている木剣は、その手元から折れているようだ。
おおっ、やった!
始めて地竜閃が成功したぞ。俺はアバン先生から伝授された地竜閃を今まで成功させたことが無かったが、この地面の状況から判断すると、初めて成功したようだ。
俺が初めて成功した地竜閃に感動していると、ずっと片膝を突いて俯いていたノヴァがふらりと立ち上がった。
頭を左右に軽く振りながら顔を上げるノヴァを凝視すると、口から一筋の血が垂れていた。
おいおい、地竜閃をまともに食らってその程度しかダメージ受けてないのかよ。
それぐらいなら、むしろ俺の方が多くの血を流しているぞ。
「……まさかあんな技を隠し持っていたとはね。勇者アバンの弟子というのも、あながち間違いでは無かったと言うことか」
ノヴァが口から流れた血を左手で拭き取りながら、俺の方を爛々とした目で見つめてくる。
ノヴァはまだやるつもりだ。正直これ以上戦える気がしないから、もう終わりにしたいんだけどな。
「――今度はこちらの番だー!」
そう叫んだノヴァが俺に向かって突進してくる。
――早い!
咄嗟に魔法を唱えそうになってしまったが、禁止中だったのを思い出し俺は棍で防御態勢を取る。突進する勢いのまま、ノヴァが上段から折れた木剣を俺に向かって振りおろしてくる。
ん? なんで折れた木剣で? あれ、なんか木剣が光っているような……。
ザンッ
――熱っ! 咄嗟に頭の上で横に構えた俺の棍が、半ばから2つに切断された。しかもそれだけではなく、俺の左肩口から腹にかけて縦に鮮血が吹き出す。
――くっ、傷は浅そうだけど、とにかく痛い!
大体何で折れた木剣でこんな切れ味が出せるんだよ!
俺がノヴァの手に握られている折れた木剣を見ると、それは相変わらず白く光っている。……なんなんだよ、いったい。
そんなことを考えている間にも、ノヴァは縦横無尽にその木剣を振るってくる。
俺は左右の手に持った2本の棍の残骸でそれを捌こうとするが、まともに受けると簡単に切断されるので、ろくに防御も出来ない。
あっという間に俺の身体は切り傷だらけになっていく。
「ノヴァ様、やり過ぎです!」
「それ以上はいけません、ノヴァ様!」
後ろで見ている兵士達のノヴァを制止しようとする声が聞こえるが、ノヴァは頭に血が上っているのか、それに一切反応しようとしない。
そして、再びノヴァが強く踏み込み、上段から木剣を振り下ろす。
駄目だ、受けきれない!
俺はもう無理だと思い目をつむり、来る衝撃に備えようとした。
……?
棍の残骸を頭の上で交差させて目を瞑っていた俺は、とっくに来るはずの衝撃が来ないことを不思議に思い、目を開けてみた。
すると、そこには、木剣を俺の頭とノヴァの木剣の間に差し込み、完璧に衝撃を受け止めているアバン先生がいた。
「アバン先生! ……あれ?」
俺は、待望のアバン先生が来てくれたことに安心しきってしまい、つい力が抜けてしまいその場に膝から崩れ落ちてしまった。
「おっと。……全く、あなたときたら。一体何をしているんですか。 ……
アバン先生は崩れ落ちそうになった俺を咄嗟に抱きかかえてくれ、呆れ顔になりながらも、
うわー、アバン先生の回復魔法よく効くなー。切り傷や打ち身だらけだった俺の身体が徐々に癒やされていく。
「ア、 アバンだと? あなたが勇者アバン?」
自身の渾身の一撃を、同じ木剣で片手でいなされた形のノヴァが、アバン先生を凝視しながらそう呟く。
「ええ。私がアバンですよ。あなたは、バウスン将軍の息子のノヴァさんですね」
アバン先生はノヴァにそう返事を返す。うん? アバン先生なんか怒ってるぞ? 普段激高することなんて無い温厚なアバン先生だけど、俺はもうアバン先生とは半年以上一緒に生活している。
この感じは怒っている感じだ。それも相当。
「ふーん。想像していた容姿と少し違うな。……まあ、いいや。アバンさん、僕と一戦してみないかい? 世界を救った勇者アバンと、北の勇者と呼ばれている僕だ。きっと良い勝負が出来ると思うよ」
ノヴァがそうアバン先生に声をかける。
馬鹿か、こいつ。お前がアバン先生と良い勝負? 俺とやるのならともかく、お前程度でアバン先生の相手が出来るわけが無いだろう。
俺がそう憮然として考えていると、アバン先生がノヴァに返答をした。
「ふむ。最初はそのつもりでこの国に来ましたが、それはさきほどリンガイア国王に拒絶されましたからね。せっかくのご提案ですが、辞退させて頂きます。……ほら、ポップ。怪我は治っても失った血までは戻っていないでしょう。私におぶさりなさい」
アバン先生はそう言って、俺に向けて背を向けてしゃがむ。
「い、いや、さすがにそんな真似は……」
「シャラーップ! 四の五の言わない! ……早くしなさい、ポップ」
俺はそんな子供みたいな真似をするのが恥ずかしく拒否をしたんだが、アバン先生が強く俺を促すものだから、しぶしぶ観念した。
俺が恐る恐るアバン先生の背中におぶさると、アバン先生は立ち上がり、「それでは皆さん、ごきげんよう」と声をかけその場から歩き出した。
「――なっ! 逃げるのか、勇者アバン!」
アバン先生に立ち会いを断られて呆然としていたノヴァが我に返って、後ろで喚いているが、アバン先生は気にするそぶりも見せず、俺をおぶったままその場を離れた。
「……それで、どうしてあんな事になっていたのですか?」
アバン先生が、堀の上にかかっている橋の上を歩きながら、背中におぶさっている俺に話しかける。
「えっと。あいつらが、俺を虚弱だとか言って絡んできたんでつい……」
俺はそもそものケンカの原因をぼかしてアバン先生にそう答えたが、それは通じなかった。
「それは嘘ですね。私が知っているポップは、たとえ自分を嘲笑して来た相手でも、わざわざケンカを買うような真似はしません」
うっ……。アバン先生の言葉に反論できず俺は押し黙ってしまった。
「大方、私のことまで嘲笑されたので、ついケンカを買ってしまった、というところではないですか? 全く、向こう見ずなんですから」
うう。見透かされている。
「……すいません。つい、我慢が出来なくて……」
「……まあ、良いでしょう。この話の続きは後にしましょう。それより、ポップ。こちらをごらんなさい」
アバン先生が、俺に顔をこちらに向けるように言うので、言われたとおりアバン先生の顔を見た。すると、アバン先生に何か呟かれたと思うと、突如俺を睡魔が襲い俺はそのまま意識を失った。
「……
アバンは、初めて闘気を用いた技を使用した際の疲労の激しさを知っていた。そのため、ポップに休息を取らせるために睡眠魔法を唱えていた。ポップを見つめるアバンの目は優しい目をしていた。
「……知らない天井だ」
お腹が空いて目が覚めた俺の目に最初に映ったのは、見知らぬ天井だった。上半身を起こして周りを見渡すと、ベッドが二つ並んでいるだけの小さな部屋だ。
俺はそのうちの一つのベッドの上で横になっていた。あれ? 俺はいったい? 確かリンガイアの城に行って、それから……。
ああ、あの小生意気な小僧に会って、ケンカを買ったんだ。あれ、その後は……そうだ。ノヴァという奴にボロボロにされて死にそうになったところをアバン先生に助けて貰ったんだった。
その後俺はアバン先生と町に帰ったはずだけど、うーん、何でだろう。そこから先の記憶が無いな。
ふと、俺の鼻先に美味しそうな匂いが漂ってきた。
この匂いは……。その匂いは右手にある扉の先から漂ってくる。俺は立ち上がり、その扉まで移動して、扉を開けた。
「おや。目が覚めましたか、ポップ? その様子では、大方匂いにつられて目を覚ましたという所でしょう?」
扉を開けた先では、アバン先生がエプロンをして台所で料理をしており、俺が扉を開けたのに気づいた先生が、こちらを振り返りそう声をかけてきた。
テーブルの上には既に美味しそうな料理がいくつも並んでいるが、まだアバン先生は何かの煮込み料理を作っている。
「……はい、何だか良く分かりませんが、いつの間にか寝ていたようです。あの、アバン先生、ここは?」
「ここは、今日の宿として借りた部屋ですよ。奮発したので、リビングキッチンと寝室付きのゴージャスなお宿ですよ」
アバン先生はニコッとVサインしながら俺に答えてくれた。
リビングキッチンと寝室付き? それは本当にリッチだな。どうしたんだろう、普段はこんな贅沢はしないのに。
「へー、すごいですね。でも、料理も凄いご馳走のようですけど、何か良いことでもあったんですか?」
俺は、目の前のテーブルに並べられている料理の数々を見て、アバン先生に声をかける。
「良いことですか? それはもちろんですよ。さあ、座って下さい。今シチューもよそいますからね」
おお、あの鍋の中身はシチューだったのか。シチューは俺の大好物だ。俺は、先生だけに料理をさせてしまった申し訳なさを感じながら、勧められるままテーブルに備え付けられている椅子に腰を下ろした。
「では、改めて……」
アバン先生も俺の向かいの椅子に座り、そう声を発する。何だろう? 何かあったっけ?
「ポップの賢者育成コースの卒業試験合格を祝って、かんぱーい!」
アバン先生がそう発声して、俺の手に握られているグラスと自分のグラスをぶつけ合う。
「えっ? 合格? 何がですか?」
俺は咄嗟のことにアバン先生が言っていることが理解できずに目をぱちくりさせていた。
「覚えていないのですか? ほら、これをご覧なさい」
アバン先生はそう言って、懐のポケットに手を入れて、懐中時計を取り出し俺に見せた。
「今は午後8時30分と言ったところですよね。私が課した1週間の魔法使用禁止という試験を丁度満たしたことになります。……おめでとう、ポップ。あなたはもう、何処に出しても恥ずかしくない、立派な賢者ですよ」
そうか。確かに今日で1週間経ったことになる。昼間までは覚えていたのに、あの騒ぎですっかり忘れてしまってた。
「……ありがとうございます、アバン先生。俺、本当に嬉しいです」
俺の言葉に満足したのか、アバン先生はニコッと笑い、ポケットから1つのネックレスを取り出した。あっ、これって。
「それでは、卒業試験に合格したポップに私から卒業の印を与えましょう」
そう言ってアバン先生は俺の手にそのネックレスを握らせる。これはやっぱりあれだ……。
「このネックレスは、私が卒業を認めた弟子に与えているものです。輝聖石という希少な石を、私の家系に伝わる秘伝の技術で加工した特別なネックレスなんですよ。是非受け取ってください」
「はい……。確かに頂きます。ありがとうございます、アバン先生」
俺は本当に嬉しくて、アバン先生にそう感謝を述べながら自分の手の中にあるこの『アバンのしるし』を眺めていた。
輝聖石が、眺める角度によって違う色合いに見える。緑色? いや虹色かな?
俺のそんな様子を眺めながら、アバン先生は更に言った。
「それと、ポップにはもう一つ、アバン流棍殺法の『初伝』を与えます」
初伝? 何のことだろう?
「アバン先生、初伝って何のことですか?」
「地竜閃ですよ。ポップ、今日の昼間お城で地竜閃を使ったでしょう? 直接見てはいませんが、あの痕跡を見れば分かりました。まあ、使った場所とタイミングについては色々と言いたいことはありますが、めでたい席ですのでそれはいったん置いておきましょう。地竜閃を使えたと言うことは、アバン流棍殺法『初伝』と言って差し支え有りません」
……ああ、そうか。確かに俺は地竜閃を初めて使う事が出来た。だから初伝か。
うわー、これは嬉しいな。なんか賢者育成コースを卒業できたことより感無量な気がする。
俺は、前世の記憶を取り戻してからずっと魔法の修業をしてきて、たくさんの魔法を覚える事が出来た。でも、俺は心のどこかでそれを、借り物の身体で成し遂げた実績とも思ってきたように思える。
それで、原作ポップも覚えていなかった戦士技能を自身の力で身に付けたいと思い、今日それをアバン先生に認めてもらった。
他でもない、俺自身の努力が報われた気がして、本当にうれしかった。
「うれしいです、アバン先生。『初伝』、確かにいただきます」
「ええ。ですが、まだまだアバン流棍殺法の先は長いですよ。次は『中伝』。その次は『奥伝』と続きますからね。精進してください。ああ、それとポップにはこれも渡しておきましょう。アバンのしるしとはまた別の、私からのポップへの卒業祝いです」
そういって、アバン先生は懐から小さな指輪を取り出した。
「アバン先生、これは?」
「これは、私が作成した『祈りの指輪』です。祈れば、魔法力が少しですが回復します。魔法使いにとって、魔法力は生命線です。賢者育成コースを卒業したポップには、ちょうど良いと思いまして」
『祈りの指輪』……。ゲームで聞いた事はあったな。確か祈れば魔法力が回復するけど、一定確率で壊れてしまう、貴重な品だ。ダイの大冒険の世界では、俺が知っている限り見たことが無い。
「良いんですか、アバン先生。こんな貴重な品を」
「もちろんです。実を言うとこの品は、ポップがメルルさんに作ったネックレスに感化されてずいぶん昔に作っていたものなんですよ。この指輪も、良い持ち手が見つかって喜んでいる事でしょう。さあ、右手を出してください、ポップ」
俺はアバン先生に言われるまま右手を出した。すると、アバン先生は俺の右手の人差し指にその指輪をはめてくれた。リングの中央に小さな青い宝石が付いている、装飾品としての価値もありそうな指輪だった。
「ありがとうございます、アバン先生。……大切に使わせてもらいます」
「実用品なので、壊れる事を恐れずドシドシ使ってくださいね。さあ、今日はポップの好きなものを沢山作っていますよ。いっぱい食べてください」
「はい! いただきます、アバン先生」
アバン先生と楽しく食事を取りながら、俺はアバン先生に聞いてみた。
「でもアバン先生。今日の城での騒動で、どうして俺が魔法を使ってないと思ったんですか? 使っていてもおかしくない状況だったのに」
俺のその質問にアバン先生は半ばあきれ顔になりながら答えた。
「そんなことは、ポップの傷の具合を見れば分かることです。あなたが魔法を使って彼らを相手取ったのなら、あなたがそんな傷を負うはずが無いではないですか」
なるほど。俺が魔法を使ってあいつらを相手していたら、こんな傷を負うはずが無いだろうということか。
俺は、アバン先生のその俺への信頼に少しむず痒くなってしまった。
「それより、ポップ。逆に聞きますが、どうして魔法を使わなかったのですか? 別に使ったとしてもまたもう1度試験に挑戦すれば良いだけだったでは無いですか?」
アバン先生は逆に俺にそう聞いてきた。
「それは、だって、前に俺は、アバン先生に試験は一度だけのつもりで挑むって言いましたし。それを覆すのは格好悪いじゃ無いですか」
「格好悪いって……。全く、あなたときたら……」
アバン先生はあきれ顔になって俺にそう言った。
あ、そういえばノヴァは……。
「そういえば、アバン先生。ノヴァへの修行はどうなったんですか? 今日はあんな事になりましたけど、明日もう一度会いに行ってみるんですか?」
俺は、俺達の最初の目的が、ノヴァに会って可能なら技術指導をアバン先生が行う予定だったことを思い出してアバン先生に問うてみた。
「うーん、それなんですが、ノヴァ君のお父上であるバウスン将軍の了承は取れたのですが、リンガイア国王に反対されてしまいまして。ちょっと難しいですね」
「どうして、リンガイア国王が反対されるんですか? 自国の兵士が強くなることに何か問題が?」
俺はリンガイア国王が反対する理由が分からなかった。
「それは、私が元カール王国騎士だったと言うことが影響しているようです。元とは言え、かつてカール王国の騎士だった私がリンガイア国の兵士であるノヴァ君に指導することで、リンガイア国としての誇りが汚されると、リンガイア国王はお考えになったようで」
……誇りが汚される? アバン先生は世界的な名声のある人物だ。そんな人物から直々に指導を受けることが出来るなんて、むしろ名誉なことだと思うんだけどな。
しかもこんな不安定な情勢で、自国の兵士の力が強化される機会を自分から断るなんて。
「誇りが汚されるって……。失礼ですが、リンガイア国王は正気ですか?」
思わず俺はアバン先生にそう尋ねた。
「それは、本当に失礼ですよ、ポップ。余り大きな声では言わないように。……まあ、政治の世界には色々あると言うことでしょう。こればかりは私にもどうにも出来ません」
アバン先生は苦笑しながら俺にそう答えてくれた。
「まあ、王様に言われたら仕方ないですね。ところで、アバン先生はあのノヴァという少年をどう見ましたか? 才能は有りそうでしたか? あ、そういえばノヴァ、俺におかしな技を使ってきたんですよ。なんか剣が白く光って……」
「ええ。最後だけですが、私も目にしました。あれは、闘気剣ですね」
「闘気剣? なんですか、それは?」
「まあ、私の奥義であるアバンストラッシュに似た技ですね。自身の闘気を剣に伝えそれで敵を切る。ポップの使った地竜閃と原理は同じですよ」
へー、あの白いのが闘気なのか。確かにアバン先生のアバンストラッシュも剣が白く光っているな。
「でも、俺の地竜閃は、白く光ったりはしていませんよ?」
「それはポップの闘気の練度がまだ低いからですよ。彼の闘気剣はかなりのものです。……それだけに、指導を断られたのは惜しいですね。彼ならきっと更なる高みに登れたでしょうに」
……そうなのか、俺の地竜閃がいまいち威力不足なのは闘気の練り具合が低いからなのか。
地味にアバン先生の指摘に傷ついた俺は、やはり接近戦を俺の主要戦術の一つに含めるのは止めておこうと心に決めた。
あくまで魔法戦闘の補助技能の一つとして考えておかないと、なんとかの生兵法という事になりそうだ。
「でもアバン先生、あいつ性格最悪でしたよ? アバン先生を侮辱したんですよ。許せませんよね」
俺は、いくら才能があるからと言っても、あの時のノヴァの言い様に今更に腹が立ってきてアバン先生にそう言った。
「ふふ。私を侮辱した事はどうでも良いことですよ。ですが、ポップ。私が防いだ彼の最後の攻撃ですが、彼は最初からあの攻撃を直前で止めるつもりでいたと思いますよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうですよ。あの攻撃を受け止めた私だから分かります。確かに彼はあの時激高していましたが、最後の一線は越えないだけの理性はあったと思いますよ。ポップとはあまり良くない出会いをしたようですが、彼は根は純粋な人間のような気がします。いつかまた彼と会う時があれば、仲良くしてあげてくださいね」
そうなのか。確かにそう言われると、あいつと俺の戦闘技術は雲泥の差があるのに、しばらく立ち会いが続いたのも、あいつなりに加減していたのかな?
周りの人間にちやほやされて勘違いしているだけなら、いつかわかり合える時がくるんだろうか。
まあ、アバン先生の観察眼は確かだからな。俺はあいつに対する評価を、いったん保留することにした。
「分かりました。会うことがあるか分かりませんが、その時は仲良くする努力をしてみます。それで、アバン先生。明日からどうする予定なんですか?」
俺達がこのリンガイア国に来た目的は、北の勇者ノヴァに会う事だった。リンガイア国王によってノヴァへの指導を断られた俺達は、目的を達することが出来ず次の行動を決めなくてはいけなかった。
「そうですね。ノヴァ君への指導は出来なくなりましたからね。……せっかくリンガイアに来たのですから、国内の他の町や村を回りながら修行をするというのはどうですか? リンガイアには、首都の他にも2つの町と5つの村があるそうですよ?」
アバン先生が少し考えて、他のリンガイア国内にある町や村を回ってみる提案をしてきた。おお、それは面白そうだ。
「良いですね。俺もこの町以外の町並みを見てみたいです。せっかくリンガイアまで来たんですし、是非行ってみましょう」
そうして、俺達の当面の行動指針が決まった。明日からはリンガイア国内巡りの旅だ。楽しみだぜ。
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後に、リンガイア国は大魔王戦役時に魔王軍による猛攻を受け、わずか1週間で壊滅することになる。
当時のリンガイア国王アイスン7世及びその家族を含めた王族や当時リンガイアの町に住んでいた多くの住民は、魔王軍により虐殺され命を失ったと言われている。
大魔王戦役の終結後に、廃墟となった王城より発掘された王宮文書の中から、当時のリンガイア国王アイスン7世とアバン・デ・ジニュアール3世の戦役前の面会記録文書が発掘された。
その記録文書によると、当時リンガイア国一の勇者と名高かったノヴァ・ヴァレスタインへのアバンによる技術指導を、国王自らが断った旨が記録されており、この事はリンガイア国滅亡の一因とも言われ、アイスン7世の狭量さが後世において強く非難された。
この事は、海を挟んだ隣国のオーザム国の当時の国王ライオネル王が自ら望んでアバンに教えを請い、多大な犠牲を払いながらも大魔王戦役時に国を守り切ったことと対比され、後世に広く知れ渡っている。
なお、大魔王戦役後、リンガイア国の西の外れにあるヤマガイの村に、リンガイア国王アイスン7世の落とし子が存在する事が判明し、バウスン将軍をはじめとする生き残ったリンガイア国首脳部の強い要請によって、その落とし子(名をカミーユという)が新生リンガイア国の初代国王となった。
カミーユ王は、廃墟と化したリンガイア国首都を、その巧みな内政手腕により大魔王戦役からわずか10年で再建し、その後の新生リンガイア国発展の礎を築いた名君として現在まで知られている。
この新生リンガイア国の急激な復興の背景には、戦役前にカミーユ王と偶然知り合い親交のあった、氷の大賢者ポップ・マーカストンに新生リンガイア国顧問の地位への就任を要請し、それを受けた彼の果たした役割も大きかったと新生リンガイア王国建国史には記録されている。