アバン先生と俺がリンガイア国首都を離れ、リンガイア国内の町や村を旅し始めて3ヶ月が過ぎた。今は2の月を数えており、寒さが厳しい季節だ。
この間俺とアバン先生は、2つの町と4つの村を訪れた。最後に訪れたヤマガイという名前の小さな村では、カミーユという名の少年と不思議な出会いをした。
俺より3歳年下なのに、実に聡明で、母親思いの優しい子だったが、母親が結核を患っていたからか、その住居は村の外れに追いやられていた。カミーユは病床にある母親の看病をしながら、その小さな身体で色々な仕事を請け負っており、見ていて辛くなるほどだった。
偶然森の中で薬草を採取していたカミーユと知り合った俺達は、母親の病症を聞き、直ぐに彼の自宅に赴き医療魔法を使った。その効果は劇的で、それまで母親の身体を蝕んでいた病巣を見事に消し去ることが出来た。
母親の命はもうあまり長くないと内心密かに覚悟をしていたらしいカミーユの喜び様は、それはもう大変なものだった。
俺は医療魔法を開発して良かったと心から思い、早くこの魔法を世界に広めないといけないと改めて心に誓った。
病気から回復したと言っても、長年病床にあった事により体力の落ちていたカミーユの母親が心配で、カミーユの強い希望もあり、俺とアバン先生はそのままカミーユの家に1ヶ月ほど滞在した。
カミーユは魔法の才能があったようで、その滞在期間中に俺はカミーユに
カミーユはずいぶんと喜び、カミーユの家に滞在している間、ずっと俺の側にいたがっていた。俺もなんだか急にかわいい弟が出来たような気になり、とても心安らぐ時間を過ごすことが出来た。
ある時、アバン先生はカミーユの家の棚の上に飾られているペンダントを見て、首を傾げていた。
カミーユにこのペンダントは誰の者で、誰から貰ったのか聞いていたが、あのペンダントに何か意味があったんだろうか? 後で俺がアバン先生に聞いてみても、上手くはぐらされて結局教えてくれなかった。
1ヶ月ほどカミーユの家に滞在し、母親の体調も大分回復したことから俺達はヤマガイの村を旅立つことにした。
その時のカミーユの悲しげな顔を、俺は今でも思い出すことが出来る。
「旅が終わったら必ずまた会いに来て欲しい」と涙を浮かべながら言ってくるものだから、俺も必ず会いに来ることを約束した。
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「ヤマガイの村では、ポップに可愛らしい弟が出来たようで、良かったですね」
アバン先生が、たき火の上にかけている鍋の中身を箸でかき混ぜながら俺に話しかける。辺りはすっかり日が落ちていて、だいぶ大陸の南の方に来たとは言え、周辺には季節柄まだ少し雪が残っていた。
鍋の中には、先ほど仕留めた雪兎の肉が入っている。山菜や香辛料も沢山入れていて、とても良い匂いが漂っている。
「そうですね、とても慕ってくれたので、俺も嬉しかったです」
俺は手元で粘土をこねながらアバン先生に答える。
「カミーユ君は、もしかするとこれから先、数奇な運命が待っているかも知れません。もしそうなったら、ポップが助けてあげると良いですよ」
数奇な運命? 確かに利発で賢い子だったけど、それが数奇な運命に繋がるのかな? 良く分からなかったが、とりあえずアバン先生に「分かりました」と頷いておいた。
「……ところでポップは、先ほどから何をしているのですか?」
アバン先生が俺の手元の粘土を見ながらそう声をかける。
「ああ、これですか? これは魔法で粘土を固めながら、楽器を作っているんです」
「楽器? ポップは楽器を使えるのですか?」
「ええ、使えますよ。1番得意なのはリュートなんですよ。でも、リュートは嵩張るから旅に持って歩けないじゃないですか。だから、持ち歩けるサイズの小さな楽器を作ってみようかなって思って。……ほら、できました」
俺はアバン先生に答えながら、丁度完成した小さな楽器をアバン先生に見せた。
「……ほう、これは初めて見る形の楽器ですね。何という名前なんですか?」
アバン先生は、俺の手の中にある楽器をじっと眺めた後そう尋ねてきた。
「これは、オカリナという楽器です。と言っても上手く出来ているかは分からないんですが。ちょっと吹いてみて大丈夫ですか?」
俺はアバン先生に確認した。笛の音で魔物を呼び寄せるかも知れないからな。
「この辺りには魔物はいない様ですので、大丈夫ですよ。私も聞いてみたいですし、是非吹いてみてください」
アバン先生がそう言ってくれたので、俺は作ったばかりのオカリナを口元に持って行った。
少し息を吹き込み、高音と低音を確認して大丈夫そうだと思った俺は、目をつむり前世でよく吹いた曲を吹いてみた。
「~~♪ ~~♪」
俺が吹いた曲は、前世で名曲と有名だった『荒城の月』という曲だ。俺はこの曲が好きで前世でよく聞いていた。
諸行無常、栄枯盛衰というか、決して楽しい曲では無いんだけど、人間の小ささ、刻の移り変わりを見事に表現している曲で大好きなんだよな。久しぶりに吹く曲に俺自身も感激しながら、最後まで吹ききった。
うん、我ながら上手に出来た気がする。オカリナの調子も良さそうだ。
俺がそんな風に余韻に浸っていると、目の前から拍手する音が聞こえてきたので目を開けた。そこには、満面の笑みで手を叩くアバン先生がいた。
「いやー、素晴らしい演奏でした。こんな音色と曲は初めて聞きましたが、いったい何という曲ですか?」
「この曲は、『荒城の月』という曲です。以前ランカークスの村を訪れた旅の吟遊詩人の方に教えて貰いました」
俺は、前世で有名だった曲だなんてアバン先生に言えないので、旅の吟遊詩人に教えて貰ったと言っておいた。
旅の吟遊詩人マジ便利。色んな所で名前を使わせて貰っている。
「そうですか。……なんと言いますか、決して明るい曲ではありませんが、何か心にぐっと残る曲ですね。良かったらまた今度聞かせてくださいね」
「はい、もちろんです、アバン先生」
良かった。荒城の月は、ダイの大冒険の世界でも受け入れられたようだ。名曲は世界を超えるんだな。
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「ポップ。一つ頼みがあるんですが、聞いて頂けませんか?」
アバン先生がそう言って、俺に話しかけてきたのは、野営中の夕食後の事だった。
場所は、ベンガーナ国の北。
既に俺達はリンガイア国を出国していて、2日前は久しぶりにランツェの町に立ち寄ったところだった。
ランツェの町は、町の至る所からたこ焼きソースの匂いが漂っていて、飲食店の店先では、多くの人がたこ焼きを求めて長い行列が出来ていた。
俺もその行列に並び1皿たこ焼きを買ったが、その味に驚いた。
以前この町でたこ焼きを作ったときはただのソースを使っていたので若干の物足りなさを感じていたが、このソースは正真正銘たこ焼きソースだった。
ソースの開発者であるロンテさんにたこ焼きに合うソースの改良を助言していたけど、たった半年足らずでここまで味の向上が見られると思わなかった俺は、あまりの旨さに思わず涙が出た。
たこ焼き文化は順調に根付いていっているようだと、俺は安心したものだった。
おっと、話を戻そう。
「何ですか、アバン先生。そんな改まって?」
アバン先生からこういう風に頼み事をされることはあまりない。ほとんどのことは自分でされてしまう人だからだ。そんな先生だから、いったい何事だろうかと思って少し背筋を伸ばしてアバン先生に向かい合った。
「実は、……私に万一のことがあった時に、ポップに、ある人物にこれを渡して欲しいのです」
そう言ってアバン先生が自分のバッグの中から取りだした物は、小さな宝石入れのようだった。アバン先生が俺の前でその箱を開く。中にある物を見た瞬間、俺は驚いて息をのんだ。
「アバン先生。これは、いったい……」
「これは、『魂の貝殻』と呼ばれる死にゆく者の最後のメッセージを吹き込むことが出来るアイテムです。」
『魂の貝殻』……。俺はこれを実際に見るのは初めてだったが、このアイテムの存在はよく知っている。これは、確かヒュンケルを育てた骸骨騎士バルトスがヒュンケルに残した最後のメッセージが込められたアイテムだ。
だけど、このアイテムは現時点では、確かパプニカ王国近くの地底魔城の隠し部屋に有るはずのものだ。どうして、これが今アバン先生の手に……。
「ポップ? どうかしましたか?」
「あっ! い、いえ、大丈夫です。それより、このアイテムを一体誰に渡して欲しいんですか?」
俺はアバン先生に問いかけられ、我に返った。そして、ある程度答えを知っていながら俺はアバン先生に問いかける。
「ポップには、一から話しておきますね。あれは、私が魔王ハドラーを倒した直後にさかのぼります」
アバン先生がそう言って、俺に語ってくれた内容は大体の所は俺が前世で読んだ話と同じだった。
ただ、違ったのは最後の方の話だ。
なんとアバン先生に、このアイテムの存在を示唆したのは、メルルの祖母ナバラさんだと言う。それを占いで聞いたアバン先生は、旅の行き先を地底魔城のあるホルキア大陸に変更し、見事地底魔城の奥底にしまわれていたこのアイテムを発見したらしい。
どうして原作の流れが変わってしまったんだろう? このアイテムは確か原作が動き出した後、ヒュンケルに捕らえられたマアムが地底魔城で偶然発見する流れだったはずだ。何があったんだ?
前世でこういうパラドックス的な現象が起きることを、バタフライエフェクトと言ったと思うが、それと同じようにどこかで蝶の羽ばたきが変わったんだろうか。……うーむ、分からん。
「……と言うわけで、私の後始末をポップに託すようで大変申し訳ありませんが、いざという時はお願いできませんか?」
アバン先生が、最後に俺にそうお願いして先生の話が終わった。
「……アバン先生。先生のお話は良く分かりました。ですが、それはあくまで先生に万が一のことが起こった場合の話ですよね? じゃあ、そんなことは起こりませんよ。僭越ながら、先生の事は僕が絶対にお守りしますから」
俺は、そんな万が一の事態など絶対に起こさせないとアバン先生に宣言した。
俺より強いアバン先生に守るも何も無い話だが、そんなことは関係無い。アバン先生はこれからの大魔王との戦いに絶対に必要な人だ。いや、必要とか必要ないとかの話では無く、俺自身がアバン先生をこの世界から失う事が許せないんだ。
アバン先生と共に旅を始めて後2ヶ月ほどで1年になろうとしている。その間、アバン先生の人となりを1番身近で拝見し、俺はアバン先生に心の底から心酔している。
絶対に先生は守る。たとえ、あのハドラーが相手だったとしてもだ……。
俺のそんな決意を知ってか知らずか、アバン先生はふっとわずかに笑みを浮かべて言った。
「……そうですね。万が一のことなど考えていてはいけませんね。……では、ポップ。先ほどの話はいったん忘れてください」
「……『いったん』では無く、俺はずっと忘れていますからね。絶対ですからね!」
「はいはい、分かりました。では、ずっと忘れていてください」
アバン先生は俺の返答に苦笑しながらそう返して、「さあ、もう寝ましょう」と言って横になった。
俺はそんなアバン先生を眺めながら、万が一は絶対に起こさせないと改めて心に誓っていた。
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「アバン先生、ここはもうカール王国に入っているんですか?」
日の落ちた森の中。
俺は、たき火の周りに刺している鳥の串焼きをくるくると回転させながら、向かいにいるアバン先生に話しかけた。
串焼きからは、良い匂いが漂ってきているが、食べごろまでもう少しというところか。
今俺達はベンガーナ国を東から西に横断し、今はギルドメイン大陸の西部に足を踏み入れようとしていた。
季節はもう4の月になっていた。
冬の間はみかわしの服の上に、オーザム国で貰った防寒着を着ていたが、今はその必要がないくらい穏やかな気候になっている。
そうそう、俺は先週に15歳の誕生日を迎えていた。アバン先生には、特に俺の誕生日のことは言っていなかったが、最初から知っていたのか、当日履き心地の良いブーツをプレゼントしてくれた。
確かに俺が履いていた靴は、長旅でだいぶくたびれていたからとてもありがたいプレゼントだった。貰ってばかりだ、と恐縮しているとアバン先生は師匠として当然だからといって笑うだけだった。
「そうですね。ここはもうカール王国と言って良いでしょう。明日の夕刻には、カール王国最東部の町キヨナの町にたどり着けると思いますよ」
アバン先生は、熱いお茶を飲みながら俺にそう返答する。
「アバン先生のご実家はカール王国の貴族だと聞いていますが、どこか領地のようなものがあるんですか?」
「いえいえ、そのようなものはありませんよ。私の家は、貴族とは名ばかりですので、元々領地もカール王国から頂いておりません。せいぜいカール郊外に小さな家を貰っているぐらいです」
「そうなんですか。……ところで、アバン先生は、カール王国のフローラ女王とはご結婚なさらないんですか?」
「――ぶはっ!」
アバン先生は、俺のその質問に思わずお茶を気管に詰まらせてしまったらしく、ゴホゴホと咳き込みだした。ふっ、きっとこうなると思って、実はアバン先生が優雅にお茶を飲んでいるタイミングを狙って質問したのは、俺の軽いいたずら心だ。
「げ、げほっ、げほっ……。ポ、ポップ……。あなた、分かっていてやりましたね?」
「え、何のことですか、アバン先生?」
「ま、まあ良いでしょう。だ、だいたいどうしてフローラ様と結婚なんて言う話が……」
「だって、アバン先生時々フローラ女王と文通しておられるじゃないですか? それを見てると、二人はやはり相思相愛なのかなって」
そう、アバン先生は時々フローラ女王宛てに手紙を送っている。残念ながらこちらが頻繁に場所を移動しているので、フローラ女王からの手紙は余り届かないが、偶に長期滞在している時に手紙が届くことがある。
先日、リンガイア国のヤマガイの村でカミーユの家にやっかいになっていた時もフローラ女王からの手紙が届いていた。俺は、内容はもちろん見ていないから知らないが、アバン先生がその手紙を優しい表情で読んでいる様子を見ていた。
「ぶ、文通って……。全く何を言っているんですか、ポップ。私達はただ互いの近況を報告し合っているだけですよ。ポップが考えているような内容ではありません。ええ、決して!」
アバン先生が俺の言葉を否定する。そうかなー、フローラ女王の表情は分からないけど、アバン先生の方はまんざらでも無さそうなんだけどな……。
「そうなんですか。でも、このまま西に進んでいけばカール王国の首都に着きますよね。そうなれば、久しぶりにフローラ女王にもお会いできて、アバン先生も嬉しいんじゃないですか?」
「……全く。師匠をからかうものではありませんよ、ポップ。確かにカールの町に着けば、フローラ様にはお会いしようと思いますが、それはあくまで世界の情勢をお伝えするため。嬉しいとか嬉しくないとかいう次元の話では……」
アバン先生は、そういう風に何やらごにょごにょ言っているが、一緒に旅をしていてもカール王国に近づくにつれアバン先生のテンションが少しずつ上がっていくのに俺は気づいていた。
俺はそんなアバン先生を温かい目で眺めながら、火にかけていたやかんから温かいお茶をコップに注ぎ、口に含んだ。
「……ところでポップは、メルルさんに会った時に、エルサさんのことをどう言い訳するのか考えついたんですか?」
アバン先生のその言葉に、俺は口に含んだばかりのお茶をぶはっと吐き出してしまった。
「――ぐっ、ご、ごはっ!」
俺は気管に入ってしまったお茶を必死で咳き込み排出した。
「……な、何で今、その話を。い、いやそもそも俺は、やましい事は何も……」
俺は、咳き込みすぎて涙目になりながらアバン先生を見やると、アバン先生は『お返しです』、と言わんばかりにそっぽを向いて口笛を吹いていた。
ちくしょう。まだまだアバン先生にはかなわないな。
2人旅もそろそろ終わりを迎えるころ。ポップは後に、この楽しかった日々を懐かしく思い返すことでしょう。