ピチョン、ピチョン。
岩に水滴が1滴、2滴と落ちる。人気の無い暗い洞窟内に、時折人工の構造物が設置されている。いや、そもそもここが洞窟なのかどうかも怪しかった。
一体のローブを被った大柄の魔物が、洞窟内に設置されているらせん状の階段を上っている。
「行くのか、ハドラー」
「――!」
その声に、大柄の魔物は即座にその場で片膝をつき頭を下げた。
「はっ! 大魔王様。これより勇者アバンの始末に行って参ります」
ハドラーと呼ばれた魔物が、姿が見えず声だけ聞こえる存在に対して返答する。その態度からは、いかにこの魔物がその声の主に対して畏怖の念を抱いているのか、うかがうことが出来る。
「勇者アバンは、弟子と共に各地を旅しているようだ。アバンに対するお前の執着は知っているが、アバンを始末する前の露払いを行う者を連れていってはどうだ?」
その言葉に、ハドラーの肩がわずかに動いた。
「……恐れながら、大魔王様。たかがアバンの弟子。何人いようとも私の敵ではありません」
その言葉からは、勇者アバンとそれに連なる者だけは何としても自らの手で始末してくれるという暗い執着心がうかがえる。
「確かにお前の肉体は、以前より遙かに強力になっておる。予もそなたが勇者アバンに後れを取るとは、微塵も思っておらぬ。だが、勇者アバンは予の計画実現のためには、確実に葬らねばならぬ存在。そこに抜かりは一遍の要素もあってはならぬ。……聞けば、勇者アバンはその弟子と共に各地に配置した魔将の何体かを既に討伐しているとか。不確定要素は一つでも残して置いてはならぬ。既にミストバーンに、お前の供をする魔物の選定を指示しておる。その者を連れていくとよい。……良いな、ハドラー」
ハドラーは、姿なき存在のその言葉に対して奥歯をギリッとかみしめながら、返答をした。
「……はっ。大魔王様の仰せのままに」
ハドラーは、顔を伏せたまま姿なき存在の声に対して、そう返事をした。
~~~~修行3日目~~~~
俺達は、朝からデルムリン島の中心部にある大きな洞窟に来ていた。
「うーん、実に修行に適した大きさの洞窟ですね。パーフェクトです。案内していただき、ありがとうございます、ブラスさん」
「いえいえ、これしきのこと。しかし、アバン殿。何故この洞窟に?」
「今日はポップに、少々強力な炎の魔法を使ってもらいますので、万が一にも火が燃え移らない場所で修業を行いたかったんですよ」
確かに、この洞窟は随分広いな。エウレカの里の大洞穴ぐらいの大きさがある。
ここなら、俺が全力で魔法を使っても、島の木々に火が燃え移るという事もなさそうだ。
「アバン先生、炎の魔法といいますが、何を使いましょうか?
恥ずかしながら、俺はまだ火炎魔法の上級にあたる
「……そうですね、ポップは火炎呪文と真空呪文の合成魔法『
「いぃ!? ちょ、いくらなんでもあの魔法はやばいですよ、アバン先生! 下手したら、いくらダイでも燃え尽きてしまいますよ!」
確かに俺は合成魔法
あれは、まさに炎の竜巻と言って良いほどの超高熱の炎が広範囲に広がり敵を襲う魔法だ。あまりの威力に、俺はまだ
「確かに危険は伴います。……ですが、海波斬を会得するには、それほどの威力の火炎魔法でなくては意味がありません」
「で、ですがアバン先生……」
俺がなおもアバン先生に食い下がっていると、ダイの手が俺の肩に触れた。
「……ポップ。俺、その魔法で良いよ。絶対に海波斬を会得して見せるから」
「……ダイ」
俺は、ダイの(俺を信じてくれ)と言わんばかりのその目を見て、それ以上言えなくなってしまった。
「ポップ。ダイは、あなたがずっと探し求めていた次代の勇者なのでしょう? だったら他ならぬあなたが、ダイを信じなくてどうするんですか」
アバン先生がそう言って俺を諭した。
「そう、ですね……。俺がダイを信じなくて誰が信じるかと言う話ですね。……分かりました。
ダイ、信じているからな。絶対に海波斬を会得しろよ!」
「うん!」
ダイは俺の言葉に力強く頷いた。
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side ダイ
俺は、正面に距離を置いて立つポップとアバン先生をじっと見据えていた。呪文の影響が及ばないようブラスじいちゃんとゴメちゃんは、アバン先生の背後に立って心配そうに俺を見つめている。
その様子を見ていると、ポップがゆっくりと両手を前に突き出した。
そして、ポップが何かを呟いたと思うと、ポップの右手には炎がチロチロと立ち上がり、左手には空気の渦が巻き始めた。
ポップが、俺の目を見据えて大声を出した。
「ダイ、今から魔法を放つからな! 絶対死ぬんじゃねえぞ!」
ポップが、心の底から俺の事を心配していることは、その目を見ればよく分かる。俺は、まだポップと出会って3日ほどしか経っていないけれど、ポップがとても優しい奴だという事は今日までのポップの態度でよく分かっていた。
今もポップは、自分自身の魔法で俺を傷つけるかもしれない事をとても恐れている。照れくさくて口には出さないけれど、俺は内心ではポップの事を兄貴のように思い始めている。
「うん! 大丈夫だから、全力でやってくれ!」
俺は、ポップを心配させないようそう声を上げた。
俺の言葉にポップがわずかに頷いた。ポップは、左右の手のひらを胸の前で合わせるような行為を行った後、その手の平を上空に向け声を上げた。
「――火炎竜巻
――ゴオォォォ!
突如洞窟内に巨大な火炎竜巻が出現した。その炎は俺の視界を埋め尽くすほど巨大なものだった。
――熱い!
ポップの両手から、洞窟の天井に届きそうな勢いで炎の竜巻が吹き上がる。すごい、まるで火炎がとぐろを巻いた竜のように見える。
まだその火炎の矛先は俺に向いていないのに、圧倒的な熱量を既に俺の肌は感じている。
俺は、この攻撃を捌かなくてはいけないという事を一瞬忘れて、やっぱりポップは凄いやと思っていた。
火炎呪文と真空呪文の合成魔法なんて、前にパプニカ国からデルムリン島にやってきた賢者達でもやっていない事だった。
俺なんて、そのどちらか1つだけでも苦労しているのに……。
「――行くぞ、ダイ! 避けろよ!」
ポップが俺に向かって叫ぶ。その声に俺は、ハッとして再びポップに意識を集中した。
ポップが上空に向けている両の手を俺に向けて振り下ろすと、上空を覆わんばかりだった火炎竜巻が俺を目がけて、まさに……落ちてきた。
「―うわ!」
咄嗟に、俺は横っ飛びでその火炎竜巻を躱す。だけど、火炎竜巻の影響範囲が広すぎるため、竜巻の外縁部で身体を焦がされ、火傷を負ってしまった。
俺は、火傷によるチリチリとした痛みに思わず顔をしかめる。
「……くっ!」
「――ダイ!」
ポップが俺の怪我を気にしたためか、一瞬火炎竜巻の威力が減退した。駄目だ、俺のことを気にしていたら。俺は、ポップに向かって叫んだ。
「俺のことは良いから、ポップは全力でやってくれ!」
俺の言葉を聞いてもまだポップは躊躇しているようだったけど、アバン先生がポップに何かを話しかけ、ポップの火炎竜巻は再び勢いを取り戻した。
ポップは、俺のための魔法使いになると言ってこの島まで来てくれたんだ。ポップの実力なら、本当なら俺よりも強いやつとパーティーを組んだり、どこかの王様の側で働く事だって出来たと思うのに。
そんなポップと肩を並べて戦うためには、俺自身の力がポップに近づくしかないんだ!
そうでないなら、ポップに相棒だなんて言って貰う資格は、俺にはない!
俺は、身体に感じる痛みを意識から切り離して、洞窟内を壁際沿いに走った。ポップが俺のその動きを見て、火炎竜巻を横薙ぎにふるう。
俺の背後から、火炎がとぐろを巻いて迫ってくる。このまま横に走っていてもいずれは追いつかれて火炎に巻かれてしまう。
俺は咄嗟に、空中に高くジャンプした!
俺のその動きを見てポップは、両の手のひらを空中にいる俺にむけた。
――来る!
そう考えた瞬間、ポップの両の手から俺目がけてもう一度火炎竜巻が襲ってきた。
正面から見る火炎竜巻
俺はこの時、アバン先生の言葉を思い出していた。力の大地斬に対して、海波斬は速度だと。速度を上げるにはどうすれば良い?
余計な動作を一切省き、ただ最短で刀を振り抜くことだ。
俺は空中でアバン先生から預かった真剣を構え、迫ってくる火炎竜巻をじっと見据えていた。
――今だ!
「たぁぁー!!」
火炎竜巻
――ズバァッ!
俺の剣から発せられた衝撃波は、完璧に火炎竜巻を真一文字に両断し、なおもその先にいるポップへ向かっていった。
……あ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ダイが、火傷の痛みに苦しそうにしている。やはり、火炎竜巻はやり過ぎだったんじゃないのか。そう思った俺は、思わず魔法への意識を途切れさせてしまい火炎竜巻が一瞬縮小したが、アバン先生から「……ポップ。過ぎた情けは、彼自身の成長を閉ざしますよ」と言われ、俺は心を鬼にして再びダイに魔法を行使した。
ダイは、洞窟の壁際を横に向かって走っている。
俺はそのダイを追いかけるように、火炎竜巻をダイの進行方向に向ける。この合成魔法は広域滅殺魔法だから細かな方向の調節が難しい分、魔法の影響範囲がとにかく広い。
完全にダイを捉えなくとも、この火炎竜巻の外縁部に触れただけでダイはダメージを負ってしまう。俺は可能な限りこの魔法の影響範囲が狭まるよう腐心していたが、そうすると逆に火炎竜巻の中心部の熱量が上がってしまうことになるため、そのバランスに苦慮していた。
「ピィー、ピィー!」
ゴメが、これ以上ダイをいじめるなと言わんばかりに俺の頭をその身体から生えている翼でパシパシ叩く。
許せ! ゴメ! 俺も辛いんだ!
ブラスさんは、先ほどから心配そうにダイの様子を見ている。
ダイが空中に飛び上がり、横薙ぎの火炎竜巻を避ける。
ここに至っては、俺もダイに向かって火炎竜巻を放つ以外の選択肢はない。
俺は空中にいるダイに向かって手のひらを向け、そして再び火炎竜巻
ダイ、信じているからな!
ダイは自身に迫る火炎竜巻に対して剣を構えているだけで、全く回避行動を取ろうとしていない。
大丈夫なのか? まともに火炎竜巻を食らったら、いくらダイでも……。
俺がそんな心配をしていると、ダイが突如動きを見せた。裂帛のかけ声と共に振るわれる剣。すると、剣から発せられた衝撃波がソニックブームと化し、見事に俺の火炎竜巻を真ん中から両断した。
すごい、完璧に俺の火炎竜巻
「やったぜ、ダイ!! ……ん? ぎ、ぎゃあー!!」
待て待て待て! ソニックブームがこっちに向かってきてるって! 死ぬ、死ぬ、これ絶対死ぬ奴ー!!
あ、死んだわ、これ……。絶望の余り、俺の髪が何本か抜けて風に飛ばされるのを感じる。
既に俺の目には走馬灯が見えている。だって、何故かソニックブームがスローモーションのように俺の正中線めがけて飛んできているのが見えているから。
……マジか。原作開始直後にダイの放った技で死ぬって、想定外過ぎだろう……。そして俺は、静かに目を閉じた。
ごめん、父さん、母さん。ごめん、メルル。
「はっ! ――海波斬!」
ズッガァーン!
突如すさまじい衝撃音が俺の耳を襲った。な、何が起こったんだ。
俺は、死を覚悟していた目を開けて周りを見回した。すると、俺の隣でアバン先生が、ダイが海波斬を放った体勢と同じような体勢をとっていた。
「……ふー。危ないところでしたね、ポップ」
アバン先生が、体勢を元に戻しながら涼しげに俺にそう言った。
「な、何……」
俺は、一時は死を覚悟した程の混乱の真っ最中で、アバン先生に咄嗟に返答できずにいた。
「ダイが海波斬を会得すれば、こうなることは分かっていました。だから私は、最初は自身を
「そ……」
「そ? 何ですか、ポップ?」
「……そ、そんなことは、先に言えーー!!」
俺はこの日初めて、タメ口でアバン先生にぶち切れていた。
「いやー、申し訳ない。そういえば注意していませんでしたね。失敗、失敗」
アバン先生は、そう言ってニコニコ笑いながら頭をかいている。……何が失敗、失敗だ。俺はもう少しで死ぬところだったんだぞ。
少なくとも、俺の髪は何本か抜け落ちたんだからな! 俺はジトーとアバン先生を見つめていた。
「…………」
「い、いやー、ほらポップもそろそろ機嫌直して。ポップがそんなんでは、ダイの海波斬成功を祝えないではないですか?」
「ポ、ポップ。ごめんよ。俺、魔法を破ることしか考えてなかったから、あんな思いっきり……」
ダイまで俺に謝りだした。いかんな。ダイには何の罪もないのに。
悪いのは、あんな大事な事を事前に俺に言っていなかったアバン先生だ。
あ、でもそうか。原作でアバン先生がドラゴンに変身してダイと対峙したのはそういう意味があったからなのか。
……はー、そんなところを忘れていた俺も悪いと言えば悪いか。
「いや、ダイは悪くないよ。それより、海波斬の習得おめでとう。これで、ダイはアバン流刀殺法『中伝』だな。しっかし、アバン流棍殺法『初伝』の俺を、たった3日で追い抜くとは……。兄弟子としてへこみそう、俺」
「な、何言ってんだよ、ポップ! やめてよ! 魔法を使われたら、俺なんてポップに全然かなわないよ!」
ダイは、本気で俺に『そんな事を言わないでよ!』とばかりに腕を振って抗議をする。はは、ダイは本当に純真だな。
「ふふ。あなた達は良いコンビですね。接近戦のダイに遠距離戦のポップ。二人揃えば、どこまで強くなれるでしょうかね」
そんな会話をしている俺達二人を見て、アバン先生が俺達をそう評した。
だけど俺は、その評に若干不満があったので、アバン先生の言葉に付け加えた。
「……そうですね。それに三人目としてアバン先生が遊撃を担当してくれたら、その強さも盤石になるんじゃないですか?」
俺の言葉に一瞬アバン先生は目を瞬かせた後、言った。
「私が遊撃ですか? 良いですねー、確かにそれは良いパーティーになりそうです」
ああ、良いパーティーになるさ。なんとしてもそのパーティー、実現させないとな。俺がそんなことを考えていた時だった。
……突然洞窟内に地響きが轟いたのは。
ゴゴゴゴゴゴ………
「な、何じゃ、火山の爆発か!?」
「ピ、ピィイー!?」
「な、何この音!? 地面が揺れているよ!」
「落ち着け、ダイ! アバン先生、これはもしかして……」
俺は慌てるダイを落ち着かせ、アバン先生に問いかける。
「……ええ。何者かが私の
アバン先生が洞窟の入り口を見つめながら、厳しい表情でうめいた。