転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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49話 意志を継ぐ者

 

「う、うーん……。い、いったい……ここは?」

 

な、何だ。……妙に眩しいぞ。それに……体がだるい。……いったいどうしたんだ、俺?

 

「ポップ! 良かった! 気が付いた!?」

 

「ポップ君、気が付いたか!」

 

「ピ、ピィイイ!」

 

……ダイとブラスさん、ゴメの顔が俺の視界いっぱいに映る。あれ、俺もしかして横になっているのか? 何で皆泣いているんだろう? ダイ達がこぼした涙が俺の顔に当たって、くすぐったいんだけど……。  

 

――!

 

ハドラーは!? 突然フラッシュバックするように現状を思い出した俺は、上半身を起こす。

あっ、痛っ! あまりの痛みに俺は思わず顔をしかめる。俺の胸から、何かがボロボロと崩れ落ちる。

 

一瞬何だこれ? と思ったが、そんな事を気にしている場合じゃない。

 

「ポップ! 駄目だよ! 急に動いたら! 傷が開いちゃうよ!」

 

「そうじゃ、ポップ君! まだ安静にしとらんといかん!」

 

「ピ、ピィイイ!」

 

ダイ達が俺を押しとどめようと手を伸ばしてくるが、そんなダイの手を俺は握りしめて叫んだ。

 

「ハドラーは! ハドラーはどうなった!? ア、アバン先生は何処に!?」

 

俺のその声を聞いて、ダイは悲しそう顔をして俺から目を逸らして俯く。 

 

――! 嘘だろう? 誰か嘘だと言ってくれ! 

 

俺はブラスさんの方を振り返る。しかし、ブラスさんもまた言いづらそうに下を向く。

 

どんどん膨らんでくる嫌な予感に俺は呆然とする。そんな、まさか……。俺は変えられなかったのか?

 

「ア、 アバン先生! アバン先生、何処ですかー!」

 

俺の絶叫が洞窟内にこだまする。だけど、その声に返事を返してくれるあの人は何処にもいなかった。

 

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……。

 

「……アバン先生は、自己犠牲呪文(メガンテ)を使ったんだ」

 

ダイが俯きながら、そうボソッと呟く。俺はダイを振り返り凝視する。ダイは俯いた姿勢のままポロポロと涙をこぼしていた。

 

「お、俺が弱かったから……。アバン先生やポップ程強くなかったから、アバン先生は……。ご、ごめん、ポップ。俺が、アバン先生を殺したんだ……」

 

涙を流しながらそう独白するダイを、ブラスさんが優しく抱きしめている。ゴメも涙を流してダイの肩に乗っている。

 

「ポップ君。あの後の……」

呆然としている俺を見て、ブラスさんが俺が倒れた後の事を話してくれた。

 

 

ブラスさんが俺に話してくれた内容は、ほとんど原作と同じ話だった。は、ははは。……何のことは無い。

 

俺は何も変えられなかったんだ。この一戦に全てをかけて生きてきたというのに。

何て無能なんだ、俺は……

 

俺は、止めるダイ達の手を振り払い、よろよろと立ちあがった。爆心地……。なんて嫌な響きだ。俺は、爆発したと思わしき痕跡の中心部にふらつきながらもたどり着いた。

 

いつの間にかダイが俺に肩を貸してくれている。

 

中心部には、アバン先生愛用のメガネがポツンと転がっていた。俺は、その場で崩れ落ちるように膝をつき、そのメガネを胸に押し抱いた。

 

「アバン先生、アバン先生。ごめんなさい……。俺がもっとうまくやれていたら、先生は……」

 

俺は、その場でポロポロと涙を流した。すると、ダイが同じように地面に座り込んで俺に抱き着いてくる。

 

「違う、違うよ、ポップ。……俺が弱かったから、俺が馬鹿だったからアバン先生が死んだんだ。俺があの時、ハドラーなんかに声をかけたから。あんな言葉をかけなかったら、ポップも、アバン先生も無事でいられたんだ。全部、全部俺が悪いんだ! ……う、うわあぁーん!」

 

そう言い放って、ダイが俺の胸にしがみついて大粒の涙を流す。

 

 

 

俺はそんなダイを見て、まだこんなに小さな体のダイをこのままにしてはおけないと思った。

 

……いや、違うな。アバン先生から『ほら、兄弟子なら早くダイを慰めてあげなさい』と耳元で囁かれたような気がしたんだ。

 

「違う、それは違うよ、ダイ。ダイは悪くない。あそこで、ハドラーにも情けをかけられる優しいダイだから俺は、ダイとパーティーを組みたいと思ったんだ。俺は、情け容赦のない機械みたいなやつとパーティーなんか組みたくない。……ダイはそのままで良いんだ。そのままで成長していってくれ」

 

俺はダイの肩に両手を置いて、しっかりとダイの目を見ながらそう言った。ダイは、しばらく俺の目を見つめた後、ウワーンと俺の胸に抱き着いて再び涙を流した。

 

そんなダイの背中を優しく撫でながら、俺は『これで良いんですよね、アバン先生』と洞窟に空いた穴から見える空を眺めていた。

 

 

 

 

「身体の具合はどうじゃ、ポップ君」

 

「ええ。先ほど自分で回復呪文(ベホマ)をかけましたから、痛みはもうありません。ただ、ちょっとふらつくというか、色々あったせいか疲労がたまっているみたいです」

 

ブラスさんが、食事の用意をしながら俺を気遣ってくれるので、俺は返答をした。

 

あの後、俺はダイとブラスさんに身体を支えてもらいながら、ダイ達の家に戻ってきていた。

アバン先生の形見のメガネと、愛用のミスリルの剣、それと俺が倒れていた場所に置かれていたアバン先生の鞄を拾って。

 

アバン先生が俺の傍に鞄を置いて行った事の意味は、もちろん分かっている。

 

まだ中身を確かめたわけではないが、間違いなくあれが入っているのだろう。

俺に後の事を託す、か……。ひどいな、アバン先生。あの時、俺はアバン先生がやるべきことだって言ったのに。

 

結局、俺に押し付けるのかよ……。ひどいよ、アバン先生……。

 

くそっ、駄目だな。アバン先生の事を考えると、また涙が出そうになる。

 

 

「ポップ。食事の支度が出来たら呼ぶから、ポップはまだ横になっていなよ」

 

「ピィ、ピイィー……」

 

ブラスさんの隣で食事の支度を手伝っているダイが俺に声を掛ける。ゴメはテーブルの上で、『そうだ、そうだ』と言わんばかりにその体をプルプルと震わせている。

 

俺は、椅子に腰かけたまま、ダイとゴメに大丈夫だと手を軽く振る。

 

「大丈夫だよ。……ていうか、横になっていると色々考えすぎちまって、きついんだよ。ここにいさせてくれ」

 

俺のその言葉に、ダイもブラスさんも思う事があるのか、神妙そうな表情で頷きを返す。

 

 

 

 

「さあ、こんな時じゃが、食事も摂らんと元気は出んじゃろう。大したものはないが、腹いっぱい食べると良い」

 

「わー! 美味しそう! じいちゃん、ありがとう!」

 

ブラスさんが、俺とダイのためにテーブルの上に温かい食事を並べてくれる。みんなが空元気でいることに俺は気づいていたけれど、空元気でも、元気のうちだ。

 

悲しい記憶は、いずれ時が癒してくれるだろう。

 

「ありがとうございます、ブラスさん。とても美味しそうです」

俺もブラスさんに、空元気だという事を意識しつつも、笑顔でお礼を言い食事をいただいた。

 

ブラスさんが言ったように、『食事をとらないと、元気が出ない』というのは本当だな。ブラスさんの用意してくれたご飯を食べた俺達は、昼間の衝撃からほんのわずかでも立ち直ることが出来た気がする。

 

 

 

 

俺は食後のお茶を飲みながら、そういえば聞こうと思って聞き忘れていた事を思い出した。

 

「……そういえば、ブラスさん。俺が倒れていた時に、胸の上に何か壊れたペンダントのようなものが乗っていたように思えるんですが、あれはなんだったんですか?」

 

「ああ、あれはの、アバン殿がお守り代わりと言って、倒れたポップ君にかけた物じゃよ。じゃが、不思議なことにポップ君が息を吹き返す頃には、壊れてしまっての。そういえば、あれはいったい……」

 

「……」

何だって? 俺は、ブラスさんのその言葉に一瞬頭が真っ白になってしまった。アバン先生がお守りだと言って俺にかけてくれたペンダントが、俺が命を吹き返すと同時に壊れた? 

 

嘘だろう……。俺は最悪の想像をしてしまった。……今すぐその壊れたペンダントを確認しないと。

 

 

「ど、どうしたんじゃ、ポップ君! 顔が真っ青じゃぞ!」

 

「ポップ、どうしたの! やっぱりまだ怪我が治っていないんじゃあ!」

 

ブラスさんとダイが急に豹変した俺の表情を見て、口々に心配する。ゴメは、テーブルの上で心配そうに俺を見上げている。

だけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない!

 

「ブラスさん! その壊れたペンダントは、何処にありますか!? まだ洞窟の中ですか!?」

 

俺は、ブラスさんに掴みかからんばかりに詰め寄り、その所在を尋ねた。

俺のその様子に驚いた表情をしつつもブラスさんは答えてくれた。

 

「い、いや……。あのペンダントなら、ここに持ち帰ってきておる。今は、ポップ君達の使っておった部屋に置いてあるが……」

 

俺はその言葉を聞くや否や、俺達が使わせてもらっていた部屋に急いだ。そして、アバン先生の使っていた寝具の枕元にそれが置かれていることに気が付いた。

 

俺は、ゆっくりとその壊れたペンダントに近づき、慎重に手に取った。ところどころ崩れているが、逆三角形をした灰色のペンダントだ。

 

俺はこのペンダントの形に見覚えがあった。そうだ、アバン先生がいつも肌身離さず身に着けていたやつだ。

 

確か俺の記憶では金色だったはずだが、今はくすんだ灰色をしている。俺の手は震えていた。アバン先生は、何と言っていた?

確かカールの女王様から貰った大切なペンダントと言っていなかったか? 

 

王族から貰ったペンダント……。俺はますます嫌な予感がしながら、逆三角形の中央部にはめ込まれている宝石をじっくり調べた。

 

宝石の中央にある小さな窪みに魔結晶が埋め込まれている。魔結晶……。魔道具のコアとして使用されている。

 

やはりな……。俺は、本当はもうこの時点で答えが分かっていたんだ。

 

慎重にその魔結晶を取り出した俺は、それを裏返した。そしてその小さな結晶体に刻み込まれている呪文を俺は確認する。

 

……長い呪文だ。その長い呪文を、恐ろしいほど精緻に結晶体に刻み込んでいる。これは、俺の契約している魔法ではない。

 

ほとんどの部分が理解できない。だけど、全体の構造は推測できた。

 

これは、『身代わりの石』だ。

 

敵から即死呪文(ザキ)自己犠牲呪文(メガンテ)などと言った呪文を喰らった時に、装備者の代わりにこの石が攻撃を受ける。金色だったペンダントが、くすんだ灰色になった理由がそれだ。

 

この石は、役目を果たしたんだ。俺の命を救うことで。

 

そこまで理解した時、俺は最悪の想像をしてしまった。

 

それは、原作の『ダイの大冒険』の世界で、アバン先生は本当は死んでいなかったんじゃないのか、という事だ。

俺は原作を途中までしか読んでいない。俺が読んだ範囲では、確かにアバン先生は死んだという扱いだった。だけど、アバン先生はこの『身代わりの石』を所有していたはずだ。

 

 

もしかすると、俺が原作を読むのをやめた以降の話で、アバン先生が蘇る展開があったんじゃあないのか?

 

そこまで思考を進めた俺は、突然猛烈な吐き気に襲われ思わず口をおさえた。

 

じゃあ、この今俺が生きている世界でのアバン先生はどうなる? 本来なら、アバン先生はこの『身代わりの石』の力で蘇るはずだったんじゃあないのか? 

 

しかし、その『身代わりの石』は俺の命を救うために砕け散った。じゃあ、アバン先生は? アバン先生は本当なら蘇るはずだったのに、俺のせいで本当に死んだということになるんじゃないのか?

 

俺は思わず部屋を飛び出していた。部屋の外では、ダイ達が俺のことを心配そうに見つめていたが、今の俺にはそれに応えるだけの余裕が無かった。

 

ダイ達の住居を飛び出し、俺は飛翔呪文(トベルーラ)で空に飛び立った。向かった先は、昼にハドラーと死闘を繰り広げ、アバン先生が死んだ洞窟だった。

 

天井に空いた大穴から、洞窟の中に降り立つ俺。俺はそのまま、アバン先生のメガネが落ちていた場所まで行って座り込んだ。

この時には、俺はもうさっきの自分の想像が間違いないものと確信していた。

 

どれほどそうしていただろうか。1時間、いや2時間は経ったか。俺は、自分でも気が付かないうちに、大粒の涙をぽろぽろと流していた。そして、アバン先生に詫びた。

 

……それは、慟哭だった。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい、アバン先生。俺が、アバン先生を殺してしまいました」

 

本当だったらここで死ぬはずではなかったのに、貴重な魔道具を俺のために使ったからアバン先生は死んでしまった。

原作のポップでも、俺ほどアバン先生の足を引っ張ったりはしなかった。

 

何が、ランカークス村の小さな賢者だ。俺は、……何て無能なんだ。

 

「どうしたらいいですか、アバン先生。俺が死んだら、アバン先生は生き返ってきてくれますか? 答えてくださいよ、アバン先生!」

 

アバン先生は答えてくれない。俺の記憶の中のアバン先生は、にっこりと笑ってVサインを返している。

 

「アバン先生、生き返ってくるつもりだったんですよね? 本当に死んじゃってどうするんですか! 俺は一体、これからどうすればいいんですか? 教えてくださいよ! アバン先生の無事を祈って身代わりの石を渡したフローラ女王に、……俺はいったいどう詫びればいいんですか!」

 

そうだ、フローラ女王は失望する事だろう。アバン先生ではなく、俺の命なんかを救うために身代わりの石を使われて。

 

「……もう、もう嫌ですよ、アバン先生。アバン先生の助けが無くて、こんな世界生き抜いていけるわけないじゃないですか」

 

アバン先生なら、復活された後みんなの先頭に立って、大魔王に敢然と立ち向かったことだろう。

 

誰もが、アバン先生のもとで共に戦いたいと思ったことだろう。

 

誰もが、アバン先生がそこにいるだけで安心したことだろう。

 

でも、アバン先生は復活しない。いったい、誰がその役目を果たすんだよ。

 

 

 

……駄目だ、もう詰みだ。そうだ、終わりにしよう。この周回はリセットだ。

 

俺は自身の右手首に、真空呪文(バギ)の魔法を唱えた。……そして俺は、徐々に真っ赤に染まる手をじっと見つめていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「――何やっているんだ!!」

 

突然の大声が洞窟内に響いた。俺が、声のした方にゆっくりと顔を向けると、そこには息せき切ったダイがいた。

 

ダイ? どうしてここに? 俺は、霞がかかったように働かない頭でそんな事を思った。

 

ダイが、一目散に俺に駆けてくる。何をそんなに慌てているんだろう。俺のもとにたどり着くなり、ダイは俺の両肩に手を乗せて叫んだ。

 

「何をやっているんだよ、ポップ! 血だらけじゃないか! 早く回復魔法を使えよ!」

回復魔法? 誰に? ダイにか?

 

「ダイ、お前なんでこんなところに――」

 

「そんなこと、どうでもいいから! 早く傷を治せよ、ポップ!」

 

俺の言葉などどうでもいいとばかりに、ダイが俺の肩をつかんで激しく揺する。ちょ、待っ――。ガクガクと頭を揺らされた俺は、ダイに抗議をしようとダイの顔を見た途端、そのダイの瞳から視線を逸らすことが出来なくなった。

 

至近で見るダイの瞳は、透き通るように青く、綺麗だった。

 

俺はその瞳に思わず魅入られていって、そして、……霞が晴れた。

 

 

「――痛っ! あれ、俺どうしてこんな……」

 

俺、どうしてこんな……。俺は、先ほどまでの自分自身を捉えていた思考と行動に戸惑っていた。詰み? リセットをする? 出来るわけないだろう。この世界はゲームじゃないのに。

 

死んだらそこで終わりだ。どうしてあんなことを俺は……。

 

「ポップ! 気が付いた? じゃあ、早く回復魔法を使うんだ! 血が止まらないよ!」

 

ダイが、俺の右手首から流れる血を止めようと両手で傷口を押さえている。ああ、そんなことしていたら、血だらけになるじゃないか。

 

「……ダイ。ほら、服に血が付くぞ。たく、何やってんだよ」

 

俺がのんきにそう声をかけたのが、気に入らなかったんだろう。さっきまで俺が綺麗だと思っていたその瞳に、今は燃えるような炎が灯っていた。

 

「何やっているんだよ、は俺の言葉だ、ポップ!! 良いから早く回復魔法を使え!」

 

「お、おう……」

俺は、ダイのそのあまりの剣幕に思わず頷く事しかできなかった。

 

「……回復呪文(ホイミ)

 

俺が自分自身に唱えた回復呪文(ホイミ)は、俺の右手首の怪我を優しく癒した。

 

ダイは、俺が自分の怪我を癒したのを見て、ようやく安心したんだろう。

はーーと、ホッとしたような溜息をつきながら俺の向かいに腰を下ろした。

 

「どうして、あんな事をしたんだよ、ポップ……」

 

ダイは、顔をうつむけて俺にそう尋ねた。

 

俺が、その問いにどう答えたものかなと考えていると、膝の上で握ったダイの拳に水滴がポタッポタッと落ちた。

 

「俺が、……俺が弱いから嫌になったのかよ。俺が頼りないから……」

 

「ダイ……」

 

俺は、今ダイを泣かせているのが自分だという認識を持っていたから、ダイに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「……ごめんな、ダイ。……違うから。ダイが弱いから嫌になったとかじゃあ、ないんだ」

 

「じゃあ、何でだよ! 何であんなことしたんだよ!」

 

ダイが、涙でくしゃくしゃになった顔を上げて俺に詰め寄る。

 

……何でだろうな。俺も、自分が何であんなことをしたのか分からないよ。……ああ、そうか、俺は多分諦めてしまったんだろうな。

 

「……俺、アバン先生のいないこの世界に絶望しちゃったんだろうな。そこにいるだけでどうにかしてくれる、そんな気にさせてくれるアバン先生はもういない。……俺がアバン先生の代わりをしても、うまくできっこない。だから、――」

 

「何で、ポップだけでアバン先生の代わりをするんだよ! 」

 

「……え?」

 

「ポップだけがアバン先生の代わりをしなくてもいいじゃないか! 俺だってアバン先生の弟子なんだ! 俺にもアバン先生の代わりをさせてよ!」

 

ダイが、その瞳に怒りの炎をまとわせて俺に抗議をする。

 

アバン先生の代わりを俺だけがしなくても良い? 不思議なことに、ダイのその言葉を聞いて俺は、どこかホッとしている自分がいることを自覚した。

 

「……ダイも、アバン先生の代わりをしてくれるのか?」

 

「当り前だろ! そりゃー、俺はアバン先生やポップみたいに強くないけど、絶対今より強くなって、俺もアバン先生の代わりが出来るようになるよ!」

 

……そうか。何も、俺一人で世界を背負うような気概を持つ必要はないのか。

 

皆と力を合わせて、だな。アバン先生がよく言っていた。はは。情けないな。こんな単純な事に気が付かなかったなんて。俺はこんなにも傲慢だったのか。

 

「は、はは……。馬鹿だな、俺。本当に馬鹿だ」

 

「……ポップ?」

 

俺を見つめて不思議そうにしているダイを見て、俺は本心から言った。

 

「……ダイ。俺、お前に会えて良かったよ。これからもよろしくな、相棒」

 

ダイは、きょとんとした顔で俺を見ていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

瞬間移動呪文(ルーラ)は使わないの、ポップ?」

 

「そうだな、ちょっと今は歩きたい気分なんだ」

 

俺とダイは、洞窟を出てブラスさんの待っている家に帰っている所だった。ダイの言う通り、瞬間移動呪文(ルーラ)を使えばすぐなんだけど、どうしてだか今は歩きたかった。

 

「それより、明日は忙しいぞ、ダイ」

 

「ロモスの国に行くんじゃないの?」

 

ダイは、以前知り合ったパプニカ国のレオナ姫の事が心配でたまらない。だけど、パプニカ国への行き方が分からないから、以前行った事のあるロモス国にまず行くつもりだ。俺がパプニカ国に行った事があったら、瞬間移動呪文(ルーラ)で一気に行けるんだが、あいにく俺も行った事が無い。

 

「ロモスには向かうけど、……その前にアバン先生のお墓を作ろうぜ」

 

「お墓……。うん、そうだね! 行く前に絶対に作ろう!」

良かった。俺のせいでダイを泣かせてしまったけど、どうにかダイも持ち前の元気が出てきたようだ。

 

「ハドラーの墓じゃなくて、アバン先生の墓なら作ってもいいからさ」

俺がそう軽口をたたくと、ダイは一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にして怒った。

 

「――ポップは、意地悪だ!」

 

「ハハハハ!」

 

デルムリン島に、ようやくそんな笑い声が響いていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「アバン先生、行ってきますね。どうか俺達の事を見守っていてください」

 

俺は、作ったばかりのアバン先生のお墓に手を合わせていた。ここは、デルムリン島内の見晴らしのいい高台だ。

俺とダイは、ここをアバン先生のお墓にした。土の中にアバン先生はいない。墓標替わりに、アバン先生の愛用したミスリルの剣を鞘に納めた状態で地面に突き刺している。

 

俺の隣では、ダイが目を瞑ってアバン先生に手を合わせている。

 

「……行こうか、ダイ」

 

俺は、そろそろかと思い、ダイに声をかけた。俺のその声に、ダイはゆっくりと目を開けて、頷きを返した。

 

「アバン先生の剣、ダイが使っても良かったんだけど……」

 

俺は、この日何度目かになるその言葉をもう一度だけと思ってダイにかけてみた。

 

「それは、もう言っただろう、ポップ。俺はまだアバン先生の剣を使えるほど強くないから、このナイフで良いんだ。いつか、俺がアバン先生の剣を使ってもおかしくないぐらい強くなったら、アバン先生に借りに来るよ」

 

そうか、まあ、それも良いだろう。効率性を考えると、ここでダイには、アバン先生の使っていたミスリルの剣を使ってもらった方が良いんだろう。

いくら父さんがアバン先生に合わせて打った専用の剣と言っても、その辺の鋼の剣よりはずっと使いやすく高性能だ。

 

だけど俺は、いつかアバン先生に借りに来ると言ったダイの心に打たれた。

 

アバン先生。俺、どこまで先生の代わりが出来るか分かりませんが、ダイと力を合わせてやるだけの事をやってみます。

 

どうか、見ていてくださいね。

 

俺は、アバン先生のお墓に背を向け、その場を立ち去った。

 

 

 




少し短いですが、切りがいいのでこれで3章完です。

ここまでお読みいただいた皆様、どうもありがとうございます。自分などがよく50話近くも投稿できたものだなとびっくりしています。

第4章はもちろんロモス動乱ですが、2章の最後で記載した通り、ストックが心許なくなってきた事と、年度末が近付き仕事が忙しくなってきた事もあり、4章以降は少し充電期間を置いてから投稿させていただこうと思っています。

また落ち着きましたら投稿を再開しますので、どうかそれまでお待ちください。

後、活動報告というプラットフォームがせっかくありますので、後日、投稿における悩みなどをつらつらと書いてみようかなと思っています。

以上です。これからもどうぞよろしくお願いします。

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