Side ジャンク
俺の名前はジャンク。このランカークス村で武器屋を営んでいる。家族は妻のスティーヌと5歳になったばかりの息子のポップの3人家族だ。スティーヌは俺なんかには申し訳ないほどできた女房で、結婚した当時は周りのやっかみがひどかった。
こいつには苦労ばかり掛けているから、少しでも楽をさせてやりたいと思っているんだが、なかなかうまくいかない。
もともと俺は城勤めだったんだが、城には気に入らないやつが多くいて、それに嫌気がさして実家のあったこのランカークス村に越してきたんだ。
「お父さん、水の補充終わったよ」
「おう、ご苦労だったな。疲れただろう、もう休んでいいぞ」
「大丈夫だよ。これくらい。明日は教会に魔法を習いに行くから、その分お手伝いをさせてよ」
この子がポップだ。まだ5才なんだがとてもしっかりした子だ。いや、親の欲目じゃないはずだ。
周りの子と比べても、やはりしっかりしていると感じる。ただ、最近たまに奇行を行っているのが若干心配ではあるが、うん、まあ、あれは何かの間違いだろう……。
この子が魔法を学びたいと言い出した時にはびっくりした。俺も、俺の親父も鍛冶師だったから、こいつも漠然と、鍛冶師になるのだろうと思っていたからだ。
しかし、よく考えたら親の仕事を息子が必ずしも継ぐ必要はないんだ。この子がなりたいと思う職業を目指せばいい。そう考えた時、確かにこいつは利発な子だから、魔法使いというのはいい職業なのではと思った。ただ、あまり危ないことはしてもらいたくないがな。
息子が神官のところから帰ってきた。あの神官は昔スティーヌに気があったようなそぶりをしやがったから、あんまり好かんのだがな。まあ、それは今はいいだろう。さて、結果はどうだったかな?
「お父さん、僕
「そうか! でかしたぞポップ! これでいっちょまえの僧侶の端くれだな!」
「いっちょまえの僧侶の端くれってどういう意味だよ、お父さん。あっ痛い、痛いよお父さん。やめてよ」
ポップがぶつぶつ言っているが、俺はこいつの頭をガシガシと撫でてやった。よくやったぞ、ポップ!
「ふふふ、ただいまあなた」
「ああ、お帰り。うまくいったようだな」
「ええ、マイル神父様がおっしゃられることによると、ポップは大変な才能を秘めているみたいよ」
「ほう・・・」
この言葉にはすんなりと喜びを表現することはできなかった。大きな才能を秘めているということは、それはこの先ポップに大きな試練が待ち受けていることを意味するのではと感じたからだ。
「あなた、ポップはまだ子供よ。この先何が起きても大丈夫なように、私たちでしっかりポップを導いてあげましょう」
「ああ、そうだな。その通りだ」
やはりスティーヌも同じ不安を抱いたらしい。そうだ、ポップならきっと大丈夫だ。俺たちもできるだけのことをポップにしてやろう。
……それにしても、神父め。スティーヌにいらぬ不安を与えるような事をわざわざ言いやがって。あいつとは、今度じっくり話し合う必要がありそうだな。
「お父さん、手を出してよ」
「うん、どうした? 手に何かついているか?」
ポップは差し出した俺の両手に自分の手を当てたかと思うと、「
すると、俺の手からいつも感じている軽い痛みが引いていった。俺は、鍛冶場で火を扱う仕事柄から、いつも小さな火の粉が手に飛んできて、日常的に軽い火傷をおっている。
これは鍛冶師の宿命のようなもので、ちりちりとした痛みとはこれからも付き合っていく覚悟があったんだが……、こいつは驚いた。あっという間に痛みが引いたぞ。
「……すごいな、ポップ。本当にすごい。お前がなりたかったのはこういうことだったんだな……」
息子の成長が本当にうれしいと感じたのは、今日が初めてなんじゃないだろうか。覚えたばかりの
いや、違うこれは鼻水だ。決して涙ではないはずだ。
「良かったわね、あなた……」
スティーヌも思わず涙目になっている。いかん、湿っぽいのは苦手だ。よし、今日はごちそうだな!
「よし、ポップが見事
「ごちそう!? やったー! 僕ね、ハンバーグが良い! それとえーと、ロウの実も食べたい!」
「はいはい、分かったわ。それじゃあ、夕ご飯の準備をするから、ポップも手伝ってね」
「うん、分かったよ。やったー!」
やれやれ、しっかりしているようで、やっぱりポップもまだまだ子供だな。しかし、その子供らしい姿に安心している自分もいる。どんなに才能豊かでも、身をもち崩す奴はいくらでも見てきた。
こいつはそんなふうにならないよう、俺たちがしっかりと育てていこうとこの時あらためてそう決意した。
Side スティーヌ
今日はポップが神父様のところに回復魔法の契約をしてもらいに行く日。朝から私と、それから夫であるジャンクもそわそわしている。
ふふ、あの人が気にしていないふりをしていても、私にはすぐに分かるわ。左手で頭の後ろに触れる仕草は、そわそわしているときの彼の昔からの癖。
でも、無理もないわね。今日はある意味ポップの未来に向かっていく方向性が決まる日。
急に魔法を習いたいと言い出した事には驚いたけれど、なぜだか納得もしたわ。決してこの子に鍛冶師が向いていないとは思わないけれど(意外に手先も器用だしね)、不意に、この子が魔法使いとして人様のお役にたっている姿が頭に思い浮かんだの。どうしてかしら?
教会に来ても、ポップの態度はいつもと同じだったわ。少し緊張はしているようだけど、それよりも初めて入る部屋に対する好奇心の方が上回っているみたい。この子はいつもそう。緊張や恐れを感じる時でも、いつも好奇心の方が勝っているみたい。
ポップに比べると、私の方が緊張している気がするわね。おかしいわね、私が儀式を受けるわけではないのに。
そうか、これは緊張というより少しの恐怖を感じているのかも。
おそらくポップは契約に成功する。それも大成功に近い形で。私には何故かそういう確信がある。
……だからこそ、私は恐怖を感じているんだわ。ポップがどこか遠いところ、私もジャンクも手が届かないところに一足飛びにいってしまうんじゃないかという恐れを抱いている。
家路の途中、手をつないだポップが鼻歌を歌っている。
この子は時々、私も夫も知らないようなメロディーの唄を口ずさむ。一度どこで覚えたのって聞くと、少しさびしげな顔をしながら「旅の吟遊詩人の人が教えてくれたんだ」と言った。そんな機会この子にあったかしらと首をかしげていると、我が家が見えてきた。まだ煙が立っているから、あの人はまだ武器屋の方にいるようね。ああ、私たちに気が付いたみたい。
あの人がポップと楽しげに語らっている。思っていた通り、ポップの契約の儀式は成功した。そのあとの怪我人への施療もそばで見ていたけど、とても初めての魔法の行使とは思えないくらい、堂々としていた。
母親としてはとても誇らしい気持ちになるのだけれど、やっぱりさっき感じたポップがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、どこか沈んだ気持ちになる。
いけない、ポップはすごい事をしたんだから。しっかりほめてあげないと。
そう気持ちを改めて2人の様子を見ていると、突然ポップがあの人の両手をとって回復魔法をかけた。それを見た瞬間、私はポップのことを本当の意味で分かっていなかったことに気が付いた。
そう、ポップは優しいのだ。いつも私たち家族のことを思っていてくれて、あの人のもう慣れっこになったと言っていた小さなやけどを治してくれた。
ふふ、あの人ったら涙が出ているわ。鼻水だって言い張っているけど、そんなはずないのにね、ふふ。おかしいわ。私、あの人のあんなうれしそうな顔を見たの久しぶりだわ。その涙を引き出したのが、私たちの息子ポップだと思うと嫉妬も浮かばないわね、ふふ。
ありがとう、ポップ。私たちの宝物。いつかあなたは遠く羽ばたいていくのだろうけど、もう少しだけ私達の子供でいてね。お願いよ。