~~~~ロモス王国 ネイル村~~~~
side マァム
私は、今ポップを探して村の中を歩いていた。母さんから、そろそろ夕飯の時間だというのを伝えてほしいと言われているためと、同時に彼に伝えておきたい事があるためだった。ポップ達は、今日はもう一日私の家で過ごし、明日早朝に旅立つことになっている。
ネイル村は小さな村だ。さほど時間をかけることなく見つけることが出来るだろうと思っていると、案の定村の外れの広場で彼を見つけた。
彼は、その広場で横になって休んでいるようだった。彼の服装は、昨日まで彼が身に着けていた『みかわしの服』ではなかった。
その服は、胸の所に大きく穴が空いていて破れていたから、それを見た母さんが今は預かっていて、さっきまで家で縫い直していた。だから、彼が今着ている服はただの旅人の服だ。
母さんの裁縫の腕前は村一番だから、彼のあの服も新品同様になって返ってくるはずだ。
ただ、母さんも私もその『みかわしの服』の胸部に空いた4つの穴に、彼が受けた傷の重さを慮った。明らかに致命傷といえる跡だった。いったい、どれほどの死地を彼は超えてきたのだろうと。
私は、彼に近づいて呆れてしまった。彼は完全に熟睡しており、口からはよだれが垂れていた。いくら魔法使いと言ってもそばに誰かが近づいたら普通は目覚めそうなものなのに、彼は一向に目覚める様子が無い。
私は呆れた気持ちになりながらも、気持ちよさそうに寝ている彼を起こすのは忍びなく、横になっている彼の隣に腰を下ろした。
彼の横顔を見ていると、私はまだ彼と出会って丸1日すら経っていないという事に気が付いた。しかし、私は既に彼と死線を潜り抜ける戦いを経験していた。
出会いは、とてもではないが良いと言えたものではなかった。小さな子供(ダイの事だ)だけ戦わせて、自分は高みの見物をしている。そんな風に誤解して、彼に対してひどい言葉を投げかけてしまった。
その後すぐ、ダイとララおばさんにそれは違うと言われて、私は自分の考えが早合点だったことに気が付いて彼に謝罪した。幸い、彼は全く気にした様子も無く謝罪を受け入れてくれたからホッとした。
でも、その時二人で一緒に倒れこんだ時の事は……。……やめよう。あの時の事を思い出すと、今隣りで眠っている彼の頭を、またはたきたくなってしまう。
アバン先生が亡くなったという事が私にはまだ信じられない。もちろんポップやダイが嘘をつくとは思っていないけど、あのとぼけた、それでいて全てを受け止めてくれそうなあのアバン先生が既にこの世界からいないなんて、考えるだけでも……。
いけない。アバン先生の事を考えると、また涙が出てしまう。私はそっと涙を拭った。
まだポップは目覚めない。
私は、昨夜起こった出来事を思い出していた。百獣魔団長クロコダイン。私は、あれほどの強敵に出会ったのは初めてだった。いえ、ただ強敵と言うだけではなかった。
クロコダインは、この森に生息する魔物を束ねる立場という事だったのに、たった一人で私達を迎え撃っていた。罠を仕掛けようと思えばいくらでも仕掛けられる立場だったのに、その気配もなかった。
敵として出会っていなければ、尊敬する武人として接していたかもしれない立派な立ち振る舞いの魔物だった。
そのクロコダインの強さは想像を絶していた。私は、ダイとポップと共にクロコダインと対峙したけれど、クロコダインと戦力的に拮抗していたと言えるのはポップだけだった。
初めてダイと出会った時に、ダイが「俺は早くポップに追いつかないといけないから」と言っていた意味がその時ようやく分かった。
臨機応変に攻撃魔法を駆使してクロコダインに手傷を負わせ、効果的な補助魔法で私達を援護しつつ、クロコダインを弱体化させる。私はあの戦いが始まるまで、正直彼をあれほどの魔法の使い手とは思ってもいなかった。
彼にかけられた
私は、自分の腰に吊るしている魔弾銃に軽く触れた。昨夜の戦いで、魔弾銃は何の役にも立たなかった。後衛の彼に対するクロコダインの攻撃を抑えるため、とっさに
この武器が通じないと、私は有効な攻撃手段を持たないことになってしまう。ハンマースピアによる攻撃がクロコダインに通じたのも、彼の魔法が効果を発揮してからだ。
ポップは、クロコダインに接近を許しても、クロコダインの目に土埃が入るという偶然もあってどうにか攻撃をかわすことが出来た。だけど、本来後衛の彼に攻撃を加えられる事を防げなかった時点で、前衛のダイや私は失格と言ってよかった。
いえ、ダイはクロコダインを撤退させるとどめの一撃を放っている。役に立っていなかったのは私だけだ。
私は、昨夜の闘いの模様を思い出して思わずため息をついた。
今日の朝、私が目覚めて窓から外に目をやると、家の裏手でダイとポップがそれぞれ剣と棍の型を練習していた。ほんの数時間前にクロコダインとあんな戦いをしたんだからその日ぐらいは休んだ方が良いのでは、と思ったけれど、二人は真剣な表情でそれぞれ剣と棍を振っていた。
ダイが剣の練習をするのはわかるけど、魔法使いのポップが棍を使うとは思わなかった。でも、一朝一夕でできるとは思えないほどの流れるような棍捌きで驚いてしまった。
朝食後に、ポップはおかしなことを言い出した。その内容は、ネイル村の村人に対する健康診断を行いたいというものだった。健康診断と言う言葉は初めて聞くものだったけれど、内容を詳しく聞くと特に悪い事でもなさそうだったので、村長さんに相談すると2つ返事で了承された。
健康診断の会場は村の広場だった。もともと今のネイル村はほとんどの男性がロモス王国の防衛に出払っているので、今の村の住民は50人に満たないほどだ。それほどの時間をかけず、ポップは集まった人全員の健康診断を終えたようだった。足を痛めているなどして広場に来れなかった高齢の人の所には、ポップ自ら赴くほどの念の入りようだった。
スムーズに診断できるよう、私とダイも集まった村人の整理を手伝った。そうしながら時折ポップの様子を伺うと、彼はとても慣れているように思える仕草でその健康診断と言う作業を行っていた。時折、「『かるしうむ』が足りていないので、牛乳を飲む事」など初めて聞く言葉の助言をしていたけれど、あれはいったいなんだったんだろう?
健康診断を受けた村人の何人かは、ポップに病気回復特化型という初めて聞く魔法をかけられていた。私には、ポップがどういう基準でその魔法をかけているのか分からなかった。だけど、ポップが魔法をかけた人達は、確かに『最近食事が喉を通らない』、『胸が苦しい』などと訴える体調不良の人達だった。
病気回復特化型の魔法なんて聞いたことが無かったけど、ギルドメイン大陸では一般的なのかしら。そんな魔法がある事を知っていたら、お父さんも病気で早くに亡くなることもなかったのにと私は思ってしまった。母さんは、あれは呪いだから病気ではないと言っていたけれど、それでも、もしかしたらと私は思わずにはいられない。
村人に対する健康診断の後、ポップは私とダイにも健康診断を行った。若くても何があるか分からないからと言うポップの言葉に仕方なく受けたけど、ダイの健康診断の後ずいぶんと興奮した様子のポップが私を診察する時に服を脱がそうとしてきたから、頭をはたいておいた。
軽くはたいただけなのに、ポップはしばらく悶絶していた。本当に、大げさなんだから。
ダイは、その健康診断の手伝いの後、長老様のところで魔法の修業を行っていた。私がさきほどダイの所に顔を出すと、ちょうど休憩中だったのでダイと少し話す事が出来た。その時、ダイから聞いた言葉に私は衝撃を受けた。
「……ポップには言わないんで欲しいんだけどね。ポップ、デルムリン島でアバン先生が死んじゃったことで、自殺しようとしたんだ」
自殺? ポップが? どうして? 私は彼の事をまだそれほど知らないけれど、飄々としていてそんな事をしそうな人間には、とても見えない。そんな彼だから、その理由が分からなくて混乱したけれど、ダイがその後言った言葉で少し理解が出来た気がした。
「ポップは、アバン先生の代わりをしようと思い過ぎちゃったんだと思う」
つまりポップは、アバン先生の果たすはずだった役割を自身が果たさないといけないと思い詰めてしまったのだろう。そして、それが不可能だと悟り、それに絶望して……。
だからダイは、早く強くなってポップのその重圧を少しでも軽くしようと努力している。
残されるネイル村の人達の事が心配で、ダイ達と一緒に付いていくかどうかまだ迷っていた私は、この時決心がついた。
「う……、うーん。ああ、良く寝た……。はれ? マァム、そこで何してんの?」
ようやく、ポップが起きたようだ。寝ぼけ眼で私の事を見つめている。こんなにとぼけた様子で、本当にそんな重圧を背負っているんだろうかと私は思った。
でも、やはりダイの言った事も正しいのだろう。どこが、とは言えないけれど、彼には何かピンと張りつめた糸がその奥底にある気がする。おそらく、それが……。
そして私は、ダイと同じように彼の背負ったものを軽くしてあげようと思い、彼に告げた。
side ダイ
「やった! 出来たよ、長老様!」
「おお! うむ、見事なものじゃ、ダイ君!」
俺の放ったメラの炎が、攻撃目標としていた木の枝に当たってそれを燃やしている。
俺は、初めて自分の力だけで
じいちゃんは、前に俺の額に紋章が現れた時には
だけど、ポップに追いつくにはまだまだ先は長いな……。俺は、昨日の闘いを思い出して小さくため息をついた。
昨日戦ったクロコダインは、とても強かった。それは、前にデルムリン島で戦ったハドラーのような強さと感じた。いや、力の強さと身体の頑強さは、間違いなくハドラーを超えていたと思う。
俺は、腰につるしたレオナに貰ったナイフに目をやった。このナイフは、剣より当然短いけれど、とても切れ味が良くて今までこのナイフで切れないものは無かった。なのに、昨日はクロコダインの固い皮膚に弾かれてほとんどダメージを与えられなかった。
ダメージを与えられるようになったのは、ポップが何かクロコダインの防御力を下げる魔法を使ってからだった。
多分その魔法を使ったのは、あの時だろう。ポップがクロコダインの攻撃を躱して、ほんの少しだけクロコダインの身体に触れたあの一瞬。
俺はあの時、ポップを集中的に狙い始めたクロコダインを止める事が出来なかった。アバン先生だったら、絶対にそんな事は無かったと思うのに……。
さっきマァムと話をしたけれど、マァムはあの時、クロコダインの目に土埃が入った事を偶然だと思っているようだった。
だけど、俺はそれは違うと思った。
あの時ポップの姿はクロコダインの大きな体で見る事が出来なかったけれど、あのクロコダインの攻撃の瞬間ポップは魔法を使ってクロコダインの目を潰したはずだ。
だって、ポップはこれまで一度も偶然に頼った戦い方はしていなかったから。ポップのやる事には、いつだって意味があった。
ふふふ、ポップのそういう所はアバン先生にそっくりだ。アバン先生も、その時には意味が分からなかった修行も、修行の最後には意味があったと思わせてくれる人だった。
良いな、ポップは。アバン先生と1年以上も一緒に旅が出来て。俺ももっと早くアバン先生とポップに知り合って、3人で旅をしてみたかったな。きっと楽しかっただろうな。
俺は、長老様に魔法の修業に付き合ってもらった事にお礼を言って、マァムの家に向かった。
マァムとマァムのお母さんのレイラさんには昨日からずっとお世話になっている。
マァムが、俺達の旅に付いて来てくれるかどうかはまだ分からないけれど、俺はこの村に来て2人に出会えて良かったと思った。
レイラさんからは、アバン先生とパーティーを組んでいた頃の話を聞くことが出来た。
凄いな、アバン先生は。アバン先生が魔王ハドラーと戦ったのは16歳ぐらいの時の事だったらしい。16歳って事は、今の俺より4歳上っていうだけだ。俺はあと4年で、アバン先生ぐらい強くなれるのかな。アバン先生みたいに、勇者と呼ばれる人間になれるんだろうか。
アバン先生……。俺がハドラーと戦った時にあんな失敗をしなかったら、アバン先生は死なずに済んだはずなのに。ポップはその事で俺を責めたことは一度もない。
あの時、ポップが俺の事を庇ってくれたから俺は今生きていられる。何度もポップにお礼を言おうとしたけれど、パーティーを組んでいる仲間同士なら当たり前の行動だからって言って、いつも笑って済まされてしまう。
そういえば、俺はポップにデルムリン島の洞窟での事は言うなよ、と釘を刺されていたけれど、ついマァムに喋ってしまった。
どうしてだろう……。
俺は歩きながら考えた。……そうか、分かった。
俺は、マァムにもっとポップの事を知って欲しいと思ったんだ。昨日初めて俺達がマァムに出会った時、マァムは、ポップの事を俺だけ戦わせて高みの見物をしている卑怯者と思ったようだった。
俺はポップがそんな奴じゃないって知っていたから、それは違うって必死でマァムに説明して分かってくれた。それと、昨日のクロコダインとの戦いで、ポップの強さも分かってくれたと思う。どうして俺がポップに追いつくことが目標、と言っていたかを。
だけどそれだけじゃなくて、ポップにも弱いところがあるっていう事を、マァムにも知っておいてもらいたかったんだ。
頭が良くて、優しくて、とても強いポップだけど、弱い部分もある。俺はそういう所も全部ひっくるめてポップが大好きで、マァムにもポップはそういう奴だと言う事を知ってもらいたかったんだ。
「おーい、ダイ! お前
遠くからポップの声が聞こえてきた。俺がその声のする方向に顔を向けると、ポップとマァムが並んで立っていた。
どうしてだか俺は、その二人の様子を見て、明日からの旅にマァムも同行してくれることになったんだなと感じていた。