転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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57話 ロモス攻防戦①

それは、突然の出来事だった。ロモスの町を全方位から、百獣魔団が襲ったのは。

 

地上からは、地響きを上げて魔物が押し寄せ、上空からは翼を持つ魔物が襲いかかる。

 

まだ日が昇ったばかりの時間帯だった。ほとんどの住民がまだ眠りについていたが、突然の地響きと魔物の雄たけびに皆一斉に飛び起きた。

 

城の兵士は緊急事態発生の鐘を鳴らし、持ち場に急ぐ。だが、城壁からみた魔物の集団は、とても防ぎきれるとは思えないほど大規模なもので、皆が今日がロモス王国の終わりになるかもしれないと覚悟を決めた。

 

 

「ポップ! あいつが!」

 

ダイが2階にある部屋の窓から、凶鳥に肩をつかまれて飛翔するクロコダインを見て声を上げる。

俺が下の方に目を向けると、路地を地響きを上げて移動する魔物の群れが見えた。

 

やっぱり今日だったか。……正念場の1日になるな。

 

「――王様を助けに行かないと!」

そう言ってダイは一目散に部屋を飛び出して行く。ちょ、待てって!

 

「ダイ、待て! ……あーもう、このきかん坊が!」

俺がとめる間もなく、部屋を飛び出したダイに対して思わず愚痴が飛び出た。

 

「ポップ! 私達もダイを追わないと!」

飛び出したダイを心配してマァムが声を上げる。俺は少し考えて、マァムに答えた。

 

「落ち着け、マァム。ダイを追いかけるだけじゃあ、駄目だ。見て見ろ」

俺は、マァムを窓の方まで手招きして、外を指さした。

 

「ほら、この進撃はロモスの町全体に及んでいる。これをなんとかしないと、王宮でクロコダインの相手をしているうちに、町全体にとんでもない被害が出る事になる」

 

マァムが俺のその言葉を聞いて、顔を青ざめている。

 

「で、でも、それじゃあ、どうすれば……」

 

「マァム。お前はダイを追って王宮に向かってくれないか。俺は、先にこの町全体を襲う魔物をどうにかしてから王宮に向かおうと思う」

 

「で、でもこの町全体を襲う魔物って、そんな大群、いくらポップでも一人じゃあ……」

マァムが、俺を心配そうに見つめる。

 

「大丈夫さ。手伝ってもらうつもりの人達もいるから。俺に考えがあるんだ。だから、マァムには王宮に行ってもらって、俺が到着するまで持たせて欲しい。どうだい? 頼めるか?」

 

マァムは俺の言葉を少し思案していたようだが、すぐに顔を上げて言った。

 

「分かったわ。ダイの事は私に任せて。だから、ポップも気を付けてね。無茶しちゃだめよ」

 

「ああ、分かっているよ。マァムこそ気を付けて。絶対に後から追いかけるから」

 

マァムは強く頷いた後、部屋を飛び出して行った。

 

さて、俺の方もやることをやりますかね。逃げられる前に。俺は部屋を出て、昨日偽勇者のでろりん達が泊まっていた部屋に向かった。

 

鍵がかかっていなかったので中に入ると、部屋の中では案の定でろりん達が町から逃げ出すための荷造りをしているところだった。危ない危ない、ぎりぎりで間に合ったな。

 

「でろりんさん、それに皆さん。おはようございます。昨日はゆっくり眠れましたか?」

 

そう暢気に声をかけると、慌ただしく荷物をまとめていたでろりん達が俺を振り返った。

 

「ああん!? ――ってお前、昨日の! どうやって入った!?」

 

「どうやっても何も、鍵かかってなかったし。それより、昨日の約束のお願いを聞いて貰いたいんだけど、今ちょっと良いですか?」

 

「良いわけねえだろ! お前、この状況分かってんのかよ! 魔王軍が大軍で押し寄せてきて――」

 

ガシャーン!

 

でろりんが喋りきるかきらないかのタイミングで突然、部屋の窓ガラスが割られて、キメラが飛び込んできた。

 

「ぎゃー! お助けー!」

「まぞっほ! あんた何後ろに隠れているのよ!」

「魔物。……来た」

でろりんの背後にいた仲間達が、大声を上げて部屋の隅の方に逃げ出す。でろりんは、あんぐりと口を開けて声も出ないようだ。

 

「キーキッキー!!」

 

うるさいよ、話し中に。俺は、右手の指を飛び込んできたキメラに向けて一言「……閃熱呪文(ギラ)」と唱えた。その閃熱呪文(ギラ)は寸分の狂いも無くキメラの眉間に吸い込まれていき、そのままキメラは部屋の床に倒れて動かなくなった。

 

「さあ、でろりんさん。また邪魔が入る前に早く話し合いを始めましょう」

 

俺は良い笑顔で(俺はそう思っている)、右手の人差し指からゆらゆらと炎を灯しながら、でろりんにもう一度声をかけた。

 

「……わ、分かった、分かったよ。俺達に一体何をやって欲しいんだよ!」

 

顔を青ざめたまま、でろりんはそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

「良いですか、この町は今全方位から魔王軍に攻められています。逃げ場はありません。ここで魔王軍を退却させないと町から逃げ出すことも出来ません。ここまでは、良いですか?」

 

俺の言葉にでろりん達が苦々しげに頷く。うん、でろりん達も町からの脱出が容易でないと言うことは理解していたようだ。

 

「そこで、です。俺は今から、この町全体を覆う破邪呪文(マホカトール)をかけるつもりです。この魔法をかけることができれば、一定の力以下の魔物はこの町から退却せざるをえなくなります」

 

破邪呪文(マホカトール)じゃと! お主にそんな魔法がかけられるのか! あれは、伝説の魔法じゃぞ!」

 

おっ、さすが魔法使い。破邪呪文(マホカトール)のことを知っていたか。

 

「かけられます。術式はアバン先生から教わっていますから」

 

「ア、 アバンだと!? あの勇者の!? じゃ、じゃあ、お前もしかしてアバンの弟子だったのか!?」

 

「ええ。不肖の弟子ですが。そんな事より、時間がありません。話を続けさせて貰います」

そう言って俺は、部屋の壁から取り外したロモスの町の全体図をテーブルの上に広げた。

 

「良いですか? さきほど言った破邪呪文(マホカトール)の魔法ですが、俺だけでは完成させられません。完成させるためには、この輝聖石を今から言う場所に設置して、その力を借りる必要があります」

 

俺が、4つの輝聖石を鞄から取り出して皆に見せると、「でか! お前これとんでもない貴重品だぞ!」とでろりんが騒いだが、とりあえず無視をしておく。

 

「皆さんには、この4つの輝聖石を町の東西南北にそれぞれ設置して貰いたいんです。東は、この闘技場。西は、この大教会。南は、この広場。そして北はこの時計台です」

 

俺は、地図上で各点をそれぞれ指し示しながら説明する。今言った4ヶ所はおおよそロモスの城を中心に等間隔で建造されている。ちょうど城を中心に菱形を構築する形で、全てを線で結ぶとロモスの町のおよそ7割ほどはカバーできる広さとなる。

 

「俺は、中央のこの場所で魔法の執行を行います。俺が執行を行う時間までに、皆さんにこの輝聖石を今言った場所まで持って行って貰いたいんです。これが皆さんに聞いて貰いたいことです。

……お願いできますか?」

 

俺はそこまで話して、皆の顔を見渡した。皆一様に、うーんと唸りこんでいる様子だ。無理もない。

既に魔物は町の中に入り込んでいる。その中を突っ切って輝聖石を運べだなんて、さすがに昨日の賭けの報酬とはいえ、過大な要求過ぎると言うことは俺も自覚している。

 

だけど、これが出来ないと、町の住民に多大な被害が出てしまう。

 

俺が皆の返事を待つことしばし。ずるぼんが声を上げた。

 

「……私は、良いわよ。やってやろうじゃない」

 

「ほ、本当ですか! ありがたいです!」

 

「運ぶだけでしょう。それぐらいならあたしにだって出来るわよ。それに、……君には昨日の借りもあるしね」

ずるぼんが、自分の左手を擦りながら、俺にウインクした。おお、女性には優しくしておいて正解だったな。

 

「お、おいずるぼん。そうは言ってもこの魔物の中運ぶだけでも大仕事だぞ。危なすぎるんじゃあ……」

 

「なーに言ってんだい、でろりん。どのみちこれをやらなきゃ、あたし達は魔物にやられてお終いなんだよ。せっかくこの子が対抗策を出してくれているんじゃないかい。乗っからなくてどうするんだい?」

 

「む……。そ、そうだな。それさえすれば、この町から魔物を追い出せるんだもんな。……よ、よし! やるか! 皆もそれで良いか!?」

 

「やれやれ、仕方ないのう。儂が運ぶ場所は、ここから近い場所にして貰うぞい」

 

「問題ない。……頑張る」

 

「皆さん、ありがとうございます!」

 

良かった。皆の協力を取り付けることが出来た。これで、破邪呪文(マホカトール)発動の目処がついた。

 

その後、俺が魔法を執行する時間を午前7時(今から20分後だ)とすることと、各自の担当エリアを決めて、皆作戦に取りかかることになった。

 

話が付いた俺は、そのまま彼らの部屋の窓から飛翔呪文(トベルーラ)で飛翔しようと窓枠に足をかけたが、不意にでろりんが声をかけてきた。

 

「なあ、お前」

 

「何ですか、でろりんさん?」

 

「お前、俺達がこの輝聖石をこのままネコババするとは思わなかったのか?」

その言葉に俺は一瞬きょとんとした。そうだな、言われてみるとその可能性もあったな。いや、今からでも可能性としてはあるか。何で俺はそう思わなかったんだろうか? 俺は少し考えたが、答えが出なかった。

 

「はて、どうしてでしょう? どういうわけか、そんな事は考えなかったですね。……ネコババするんですか?」

 

「……お前はどう思うよ?」

 

「ネコババする人なら、そんな事は聞いてきませんよ。気をつけてくださいね。それじゃあ!」

 

俺は、でろりんにそう返事を返して、今度こそ空に飛び出した。

 

 

 

 

 

でろりんは、空に飛び出したポップを見つめていた。考えなかっただと? そんなわけ無いだろうに。俺達がそんな立派な人間に見えるって言うのかよ。たく、人を信じ切った目をしやがって。

 

「よし、それじゃあ、俺達も行くぞ! 気合い入れろよ、お前ら!」

でろりんは、仲間に声をかける。

 

その言葉で、偽勇者一行は部屋を飛び出した。その姿は、とても『偽』というようなものでは無く、やるべき事を与えられ、それを果たそうとする堂々とした勇者一行の姿そのものだった。

 

 

 

 

 

~~~~南の広場~~~~

 

ずるぼんは、パーティーの内で最も先に南の広場に到着していた。宿から一番近い地点だったため、戦闘力に一番不安のあるずるぼんが担当することになったが、逆に言えば最も長い時間輝聖石を守り切らねばならず、ある意味困難を極める地点であった。

 

「近づくんじゃ無いよ! ――真空呪文(バギ)!」

 

ずるぼんは、地面に置いた輝聖石の傍で、近づこうとする魔物を魔法で牽制する。

 

「ルーニー小隊! 右側面から来るぞ。奴らを近づけるな!」

 

「はい!」

 

ずるぼんの隣には、城の兵士を束ねる兵士長がいた。

 

「この場所を、後15分守り切れば良いのですね、お嬢さん!」

 

「ええ、そうよ! そうしたら、きっとあの子が何とかしてくれるわ!」

 

ずるぼんは、兵士長にそう返事を返す。兵士長が共に戦っている理由は、この地にずるぼんが来た時には、この地は既に兵士と魔物が入り交じった激戦地であったが、ずるぼんが事情を説明し、兵士長の協力を取り付けることが出来たためだった。

 

実は、兵士長がずるぼんの言葉をすんなりと受け入れたのには理由があった。昨夕、魔の森の魔物におかしな動きがあるという旅人からの情報を兵士長が耳にしたのは、既に夜になろうかという時間帯であった。兵士長は、聞き捨てならない情報と捉え、その旅人から詳しい話を聞きたかったが、門番はその旅人のそれからの動向を確認しておらず、聞き出すことが出来なかった。

 

しかし、ずるぼんから輝聖石を預けた人物の外見を伺うと、どうやらその旅人の外見と一致すると判断した兵士長は、ずるぼんの言葉を信頼に値すると評価した。

 

「今度は左から来るぞ! 一匹たりともお嬢さんに近づけるな! ロモス王国兵団の意地を示せよ!」

 

「はい!」

 

南の広場では、依然として激戦が続いていた。

 

 

破邪呪文(マホカトール)発動の時間まで、後15分。

 

 

 

 

 

~~~~東の闘技場~~~~

 

へろへろは、全力で闘技場目指して走っていた。一番宿から近かった南はずるぼんが、次に近い西はまぞっほが担当することになったため、2番目に距離のある東の闘技場がへろへろの担当だった。

 

へろへろは、重装備の鎧を着込んでいるためその動きは鈍重であったが、体力には自信があったため、時間までに闘技場に辿り着くことに不安は無かった。

 

しかし、その途中で崩れた家の瓦礫に挟まれた女性を助けようとしている幼い男の子が目に付いたため、へろへろは、その足を止めた。

 

すぐにへろへろは、その女性の傍に向かう。その女性の息子と思われる子供は、その小さな手で必死に母親にのしかかっている瓦礫を持ち上げようとしていたが、その小さな手では不可能な事は一目瞭然であった。

 

「……下がっていろ」

 

へろへろは、そう男の子に声をかけて、自身の手を瓦礫にかけた。そして、全力で瓦礫を上に持ち上げる。へろへろの両肩の筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がる。その両の手の平は、尖った瓦礫の切断面により血がにじみ出している。

 

その甲斐もあって、わずかずつであるが、瓦礫が持ち上がる。もう少しだ。もう少しでこの女性の身体を瓦礫の下から引きずり出せる。

 

へろへろがそう思っていた時だった。

 

突如として、巨大なカエルの姿をした魔物フロッガーが路地裏より現れた。へろへろは、瓦礫を持ち上げているため、両手が塞がっていて反撃が出来ない。

 

「……逃げろ」

 

へろへろは、自身の傍でしがみつくようにして立っている男の子に声をかけるが、男の子は母親が心配なのか立ち去ろうとしない。

 

その長い舌を伸ばしながら徐々に近づいてくるフロッガー。

へろへろは、自身の鎧でその攻撃にどの程度耐えられるだろうかと考えていたが、突如上空からフロッガーに対して降り注ぐ物体があった。

 

それは、氷の槍だった。13本の氷の槍が一瞬で上空よりフロッガーに降り注ぎ、フロッガーを串刺しにする。フロッガーは、断末魔の悲鳴を上げることも出来ず、その目から徐々に光を失い絶命していった。

 

思わずへろへろが上空を見上げた時には、既にそれを行った人間は次の戦場に飛び去っていた。

 

その後へろへろは、女性を瓦礫の下から助け出し、すぐに闘技場目指して走り出した。男の子は、そんなへろへろの背中をいつまでも見続けていた。

 

 

破邪呪文(マホカトール)発動の時間まで、後10分。

 

 

 

 

 

~~~~西の大教会~~~~

 

まぞっほは、大教会前に余裕を持って辿り着いていた。一番近かった南の地点は、ずるぼんに取られてしまったが、次に近かったこの西の大教会は絶対に譲らんと、仲間に主張し勝ち取った場所だった。

 

ここ大教会には、次々と怪我人が運び込まれてきている。中には、到底助かりそうも無いほどの火傷を負った者もいた。大教会の中では、回復魔法を行使できる者がひっきりなしに魔法を使用しているのだろう。回復魔法の使いすぎで魔力枯渇状態に陥り地面に横たわっている神官が多数いた。

 

まぞっほは、そんな神官達の様子を見つめながら、自身がかつて修行を行った今は存在しない町のことを考えていた。

 

師匠は厳しい人だったが、暖かい人間でもあった。そして、自身が修行についていけず落ち込んでいると、決まって兄者が励ましてくれた。

 

自分は途中で修行から逃げ出してしまったが、おそらく師匠はもう亡くなっていることだろう。兄者はどうだろう? 兄者も既に高齢になっているはず。師匠に魔法技能の一部を教わっていながら、こんなところでくすぶっている自分を見て、兄者はどう思うだろう。

 

まぞっほは、昨日のポップという名の若者との魔法勝負を思い返していた。あの若者は、うらやましいほどの才能の持ち主だった。自身にもあれほどの才能があれば、と思った。良い師匠に恵まれたのだろう。思わず感嘆をしてしまうほどの、魔法技術の高さだった。

 

特に、火炎呪文(メラミ)の魔法の威力を途中から増幅した技術。あの技術は、かつて師匠が提唱していた魔力圧縮技術に酷似しているように見えた。自身はその技術を習得できなかったが、まさかあの若者がその境地に辿り着いているとは。

 

彼は、その魔法技術の高さに反して、自分程度が習得できている火炎呪文(メラゾーマ)を習得できていない様子だった。その点も、師匠と類似しているとまぞっほは考えていた。師匠も、幻の極大閃熱呪文(ベギラゴン)を習得するほどの魔法使いであったが、一時期火炎呪文(メラゾーマ)を習得できていない時期があったと聞いたことがある。

 

火炎魔法と閃熱魔法は、似ているように見えて異なる点がある。それは、魔法の直進性だ。閃熱魔法は、その魔法を構成する呪文内に運動方向と運動量を決定づけるベクトルの術式が含まれているが、火炎魔法には運動方向の術式は最小限でありその大部分は運動量の術式で占められている。

 

そのため、一般的には閃熱魔法の方が習得が難しいと言われているがそれは一面で正しく、一面で正しくない。

当然ベクトルの術式が含まれている分、閃熱魔法の方が難しいのであるが、運動方向がほとんど規定されていない火炎魔法の方が難しいという人種もまれにいる。それは、人より極端に大きな魔法力を持つ一握りの人間である。

 

運動方向の規定されていない大火力の魔法を内包するというのは、いつ暴れ出すか分からない魔法を常に制御し続けなければならないという困難さがつきまとう。おそらくあの若者は、火炎呪文(メラゾーマ)を唱えた際の火力の制御に困難を極めているのだろう。当然だ。火炎魔法には、閃熱魔法ほどの方向性が与えられていないのだから。

 

師匠は、それを克服するためにどうしたと言っていただろうか。まぞっほは、当時の記憶を探っていた。

 

……そうだ、確か『器を用意する』と言っていたはずだ。

 

さて、あの若者にもう一度会う機会があればこの事を伝えてやるとしようか。

 

まぞっほがそう考えていた時、空から氷雪が降ってきた。

 

 

破邪呪文(マホカトール)発動の時間まで、後5分。

 

 

 

 

 

~~~北の時計台~~~

 

「――爆裂呪文(イオラ)!」

 

でろりんは、道を塞いでいる羊に似た角を有するマッドオックスと、空を浮遊する毒蛾に、爆裂呪文(イオラ)の爆球を放った。マッドオックスはその爆発により壁に叩きつけられ絶命し、毒蛾は地面に叩きつけられその鱗粉をまき散らした。

 

「……ハァッハァッ。たく、手こずらせやがって……」

 

そう毒づきながらでろりんは、時計台へと続く道を走り出す。でろりんは、ここに着くまでに既に何度も魔物の群れと遭遇し、その度に交戦してきたため、体力も魔法力も限界に近かった。

 

だが、それもあと少しで終わる。この角を曲がればそこが時計台のはずだ。

 

 

気づいたのは、偶然だったのかも知れない。でろりんは、半ば無意識にほんのわずか首を後ろにそらした。

 

直後、先ほどまででろりんの首があった場所を一条の剣閃が閃いていた。

 

「――な!? だ、誰だ!」

 

でろりんが、自身の首を狙って剣を振ってきた魔物を凝視した。その魔物は、でろりんの前に急に現れた。人間の下半身ほどの背丈の緑色のスライム。そのスライムの上には、青銅の鎧を着た人型の騎士が血濡れた剣を構えて鎮座しており、その兜に隠れた両目はこちらを見つめていた。

 

「今の攻撃、良く躱したな、人族の戦士よ。……相手にとって不足はない。――いざ、尋常に勝負!」

 

そう口上を言ったかと思うと、その魔物は、スライムの身体をバウンドさせるかのように地面を飛び跳ねてでろりんに肉薄してきた。

 

「チッ! スライムナイトかよ! ――こんな時に!」

 

でろりんが焦るのも、無理は無かった。スライムナイトは、それほど多くの個体は確認されていないが、いずれも人語を操り、接近戦と魔法戦の両方を高い次元で行う強力な魔物である。

 

でろりんは咄嗟に、左手に握っている盾でスライムナイトの剣を受け止める。そして、スライムナイトに剣で斬りかかるが、その攻撃は逆に盾で止められた。そして、剣戟が始まる。

 

「くっそー! こんな事している場合じゃないってのに!」

 

「ふふふ。中々やるではないか、人間。そうこなくてはな」

 

両者の剣技はほぼ互角と思われた。でろりんは、接近戦ではらちがあかないと判断し、一度大きく後退し、爆裂呪文(イオラ)の魔法を唱えた。爆球がでろりんの左手より発生し、スライムナイトに襲いかかる。

 

「ふむ。今少し剣戟を続けたかったが、仕方有るまい……。――爆裂呪文(イオラ)!」

 

しかし、スライムナイトもでろりん同様爆裂呪文(イオラ)の魔法を唱え、互いの爆球が中間地点で激突して周辺に大音響を響かせた。

 

爆裂呪文(イオラ)まで使えるのかよ! ちっくしょう! ――ああ、もう止めだ、止め!」

 

でろりんは、先ほどポップに頼まれた目標地点が目の前にあったが、爆裂呪文(イオラ)による爆発の余波が収まらぬうちに、スライムナイトに背を向けて逃げ出した。

 

「――む! 敵に背を向けて逃げるとは! 逃がさん!」

 

即座に、そのでろりんを追いかけるスライムナイト。しかし、追跡を始めてすぐに下半身に当たるスライムがフラフラとよろめき始めた。

 

「こ、これは一体どうしたというのだ!?」

 

スライムナイトが自身の下半身のふらつきに動揺し自問するが、その答えはスライムナイトのすぐ側からかけられた。

 

「あんたのスライムは、この毒蛾の粉で麻痺したんだよ!」

 

「――!」

 

その言葉を発すると同時に、でろりんは鋼の剣を一閃し、スライムナイトをその青銅の鎧ごと肩口から縦に一刀両断した。

 

「――ガ、ガフッ! ……そ、そうか後ろに下がりながら、毒蛾の粉を散布、……したのか」

兜の中の口から青色の血を吐き出しながら、スライムナイトは息も絶え絶えに自身の敗北の原因を推論した。

 

「そういう事。ついでに言えば、毒蛾の粉はついさっきあんた達のお仲間の毒蛾から新鮮な奴を入手していたからな。よく効いてくれたぜ」

 

「クッ……。み、見事……」

 

スライムナイトは、そう最後に口にして絶命した。

 

カラーン、カラーン、カラーン……

その直後、時計台から7時の鐘が鳴り響いた。

 

「うぉっ! やっべ! 早くこいつを置きに行かないと!」

 

でろりんは、そう叫び一目散に時計台に走った。

 

 

破邪呪文(マホカトール)発動の時間まで、後0分。

 

 

 

 

 

~~~~遡ること20分前~~~~

 

俺は、ロモスの町上空を飛翔しながら、町全体を俯瞰して見ていた。みかわしの服が、上空を吹く強い風に煽られてバタバタと波打っている。至る所で魔物が町を破壊して回っている。昨日肉まんを買ったテントも、今は無残に焼け落ちている。ひどいことをしやがる。

 

ロモスの兵士達はよく戦っているように見える。だが、森とは反対の方向から新たな空飛ぶ魔物の集団が近寄ってきているのが見えた。あれは、まさかサタンパピーか? あの魔物を見るのは初めてだが、アバン先生から聞いたことがある。確か、火炎呪文(メラゾーマ)を使用できる凶悪極まりない魔物だったはずだ。あんな魔物を放置していたら、ここが火の海となってしまう。

 

俺は、破邪呪文(マホカトール)の魔法を行使する前に、この新たな敵を駆逐することが町の被害軽減に繋がると判断した。

 

「――爆裂呪文(イオラ)!」

 

俺は右手を上空に突きだし、爆裂呪文(イオラ)の魔法を唱えた。空に浮かぶ俺の更に上空で大きな爆発音が発生した。

 

無論、これは囮だ。案の定、今の魔法を行使したのが空中に浮かぶ俺と認識したサタンパピーの集団は、一斉に俺目指して向かってきた。……多いな。20、いや30体は下らない数だ。

 

さて、こういう時のための広域殲滅魔法を、俺は2つ開発している。そう、『火炎竜巻  火炎真空呪文(メラゾロス)』と、『氷刃嵐舞 氷系真空呪文(マヒアロス)』だ。

 

だけど、ここはロモスの町の上空だ。『火炎竜巻 火炎真空呪文(メラゾロス)』を行使して、火だるまになった魔物が町に落ちると、いたるところで火事を誘発することになる。

 

そう考えた俺は、使用する魔法を決定した。

 

俺はこれまで、戦闘において必要に迫られない限り、積極的には合成魔法は使用してこなかった。それは、アバン先生との旅の間でもそうだった。

 

合成魔法は、強大な威力を有する反面、左右両手を拘束されるというデメリットが存在する。

元々片手でしか魔法を使えない術者なら特に気にはならないだろうが、俺は左右両手で異なる魔法を使用できる。つまり、俺は通常魔法なら左右両手で2手放てるが、合成魔法では強力ではあるものの1手しか放てない。

 

元来慎重なタイプの俺は、これまで戦闘時にはどちらか1手は不測の事態としてできるだけ温存しておく戦い方をしているが、合成魔法はその瞬間だけでも2手拘束されるから、俺の好みの戦闘スタイルではない。

 

だけど、ここでは、その合成魔法の超威力が求められる場面だ!

 

俺は、どんどん接近してくる魔物を見つめた後、静かに目を閉じ精神を集中した。右手に氷結系魔法特有の氷の結晶が次々と発生する。左手には、真空魔法の刃を封じた風が渦を巻き始める。

 

「……氷刃嵐舞 氷系真空呪文(マヒアロス)

 

俺は、左右両手の掌を身体の前で合わせ、氷結魔法と真空魔法を合成できたと判断した後、その掌を向かってくる敵に向けた。

 

 

それは、白い氷雪の暴風だった。

 

 

最も俺に近づいていた集団は、それを喰らった瞬間白く凍り付き、その直後粉々に砕け散った。そこから少し離れた集団も、やはり一瞬で白く凍り付き、その直後風の刃でズタズタに引き裂かれて地面に落下していく。

 

その氷雪の嵐が過ぎ去った後、サタンパピーの集団は跡形もなく消え去っていた。

 

 

6の月のロモスの空に、白い粉雪が舞っていた。

 

 

 

 

 

「よし、ここで良いだろう」

 

俺は、ロモスの城の裏手に当たる広場に降り立ち、破邪呪文(マホカトール)を行使するのに良さそうな場所を探していた。

俺の周囲には、ロモスの兵の皆さんがいる。俺がこの場所に降り立つと、「氷の賢者殿のお手伝いをさせてください」と言ってぞろぞろと集まってきて俺の警護を買って出てくれたんだ。

 

破邪呪文(マホカトール)発動時は無防備になるから、この申し出は正直ありがたかった。

 

ちなみに『氷の賢者』と言う呼び名は、先ほどの俺の『氷刃嵐舞 氷系真空呪文(マヒアロス)』を地上から見ていたからだそうで、兵士の皆さんの中ではもうそれで通っているらしい。後、なぜ魔法使いでなく賢者なのかというと、俺が上空から死にかかっている人や怪我をしている人を発見する度に、辻回復呪文(ホイミ)をしていた事も把握していたかららしい。

 

俺がこの地に降り立つのを見て、周辺の兵士の皆さんがぞろぞろと集まってきたから、さすがに多すぎると言うことで、俺は各地点の輝聖石を設置予定の場所に人を回して欲しいとお願いした。

 

今頃は、東西南北の輝聖石設置地点に兵士の皆さんが着いているはずだ。

 

俺は、遠方に見える時計台を振り返った。もうすぐ午前7時の鐘が鳴る。でろりん達は、作戦通りたどり着けただろうか。

 

……いや、信じよう。ここからは、俺の仕事だ。

 

 

 

カラーン、カラーン、カラーン……

 

俺がそんな事を考えていると、時計台が7時の鐘を鳴らした。……よし、始めよう。

 

「始めます! 皆さん、申し訳ありませんが術が発動し終わるまで、護衛の方をお願いします」

俺は、自身の周囲で油断なく外に目を光らせてくれている兵士の皆さんに声をかける。

 

「はっ! どうぞ、氷の賢者殿!」

 

俺は目を閉じ、深く集中をした。この魔法を発動するのは、初めてアバン先生に破邪呪文(マホカトール)を教わった時以来になる。ああ、もう一度あの時に戻れたら……。いや、よそう。これは未練だ。今、こうしている間にも魔物に命を奪われている人達がいるんだ。

 

一刻も早く破邪呪文(マホカトール)を発動させよう。

 

よし、行くぞ!!

 

「――邪なる威力よ退け! 破邪呪文(マホカトール)!!」

 

俺はその言葉と同時に、自身の足元にその魔法を込めた右手を、叩きつけるように放った。

 

すると、途端に俺を中心にブワッとロモスの町を覆うほどの緑の円状の輪が上空に浮かび上がった。そして、その円状の輪を支えるように東西南北の各地点から大きな光の柱が立ち上がっていく。その後、円状の輪からカーテンのように地上に向けて緑色の幕がゆっくりと降り注ぐ。

 

 

 

良かった、成功した。あの光の柱は輝聖石の光だろう。でろりん達は、上手くやってくれたようだ。し、しかし、これは……。

 

「ハァ、ハァ、ハァ! で、出来ました。マ、破邪呪文(マホカトール)成功です……。――く!」

 

俺は、あまりの疲労感にその場に思わず膝を突いてしまった。だ、駄目だ。とんでもない量の魔法力を持って行かれた。く、苦しい……。

 

「け、賢者殿! 大丈夫ですか!?」

俺の護衛をしてくれていた人達が、慌てて俺に駆け寄ってくる。

 

だめだ、通常の魔力枯渇以上にきつい。な、何か魔法力を回復するアイテムを。俺がそう思っていると、不意に自身の右手人差し指にはまっている『祈りの指輪』が目に入った。

 

――そうだ、これだ! 俺は、無我夢中でその『祈りの指輪』で祈った。すると、少しずつだけど魔力が回復していく感じがして、俺は徐々に息切れが収まっていった。

 

よ、良かった。これを持っていて。俺は、アバン先生から賢者育成コース卒業のお祝いにと貰った『祈りの指輪』とアバン先生に感謝した。

 

しかし、アバン先生はあの時デルムリン島全体を覆うほどの破邪呪文(マホカトール)を使ったのに平然としていた。それに対して今俺がかけた破邪呪文(マホカトール)はその半分にも満たない面積なのに、これほど魔力を消費してしまうとは。やっぱり、破邪魔法は血統が一番物を言うんだろうな。

 

「ギャアオー!」

「ギャオ、ギャオ!」

「キー、キー!」

 

俺がそんな事を考えていると、町の至る所から魔物が破邪呪文(マホカトール)の範囲外に退却している様子が見えた。よっぽど苦しいんだろう。どの魔物も一目散に破邪呪文(マホカトール)の外に逃げ出している。

 

良かった、これで破邪呪文(マホカトール)の影響範囲内にいさえすれば、魔物に襲われることはない。

 

ズズーン!!

 

俺がそんな事を考えていた時、突然王宮から爆発音が聞こえてきた。王宮の壁が中から吹っ飛んでいる様子が見えた。

 

……やっているな。俺はこんな所で休んでいる場合じゃないと思い、立ち上がった。

 

「俺はこれから王宮に向かいます。皆さんは、破邪呪文(マホカトール)の範囲外に取り残されている人達の救出をお願いします。あと、この範囲内なら回復魔法の効果も上昇しているはずです。教会の人達にその事をお伝えください」

 

「はっ! 賢者殿もお気をつけて!」

 

兵士の皆さんは、そう俺に返事をして、きびきびと動き出した。潮目がこちらに向いたことを感じているんだろう。先ほどまでの悲壮な表情は、ずいぶんと薄れている。

 

俺は、王宮に目を向けた。さあ、待っていろよ、ダイ、マァム。今行くからな。

 

しかし俺は、その王宮で思いも寄らぬ人物に出会うことになることを、この時点では分かるはずもなかった。

 

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