転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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62話 ホルキア大陸への船旅②

~~~~渡航5日目~~~~

 

「……? ……ポップ、何か言った?」

ダイが、俺を見上げて問いかけた。

 

「いんや? それより、今日の締めに電撃呪文(ライデイン)を撃つんだろ? さあ、雨雲と標的は用意したから、撃って見なよ」

 

「うん! 俺、次は上手く当てられる気がするんだ! 見ててよ、ポップ。――電撃呪文(ライデイン)!」

 

威勢よく、指先を標的の氷塊目がけて突きつけるダイ。

 

しかし、何故か雷は落ちてこなかった。

 

「あ、あれ? どうしてだろう? さっきはちゃんと撃てたのに……。電撃呪文(ライデイン)! 電撃呪文(ライデイン)!」

 

しかしダイがどれほど呪文を唱えようと、一向に雷は落ちてこない。首を傾げるダイ。

 

「ははは。ダイ、お前まだ自分の魔力量を掴んでいないな? 昼前にやった電撃呪文(ライデイン)の修業で、お前の魔法力は尽きていたんだよ。残念だったな」

 

「おかしいなー、まだ数回は撃てると思っていたのにな……」

 

「そんな事より、そろそろ日も陰ってきたし、今日はお終いにしないか? 俺、腹が空いたよ。食堂にご飯食べに行こうぜ」

 

俺のご飯と言う言葉に、ピクンと反応を示すダイ。ははは、さすが育ちざかり。現金なものだ。

 

「うん、俺もお腹空いたよ! 行こう、行こう!」

 

そして、俺達は今日の修業を終え、食堂に向かった。

 

 

 

 

俺は、めくったトランプのカードが俺の希望のカードだった事に、思わず声を上げた。

「来た! ダイヤの9! フルハウス!」

 

俺は手に持った5枚のカードを食堂のテーブルの上に広げた。

 

「うわ、またやられた!」

それを見て頭を抱える馴染みの船員さん。

 

よっし! これで4連勝! 今日の俺の勝利は全てダイヤの9で役が出来ているし、このカードは俺のラッキーナンバーだな。

 

俺は食後、馴染みになった数人の船員さん達とポーカーをして遊んでいた。船員さん達が悔しげな顔をしながら、俺に小銭をよこす。

 

「ちくしょう! 今日は賢者の兄ちゃんの日だな! やられたぜ……!」

 

「くっそー! 次だ、次! 次こそは勝ってやる!」

 

「ふふふ。良いでしょう、まだ夜はこれからですからね。受けて立ちましょう……!」

俺は再戦を望む皆さんに、堂々と宣言した。

 

しかしそんな俺達に、俺の隣で暇そうにポーカーを眺めていたダイとゴメが不服の声を上げた。

 

「えー、まだやるの、ポーカー? 俺、それルールが分かんないから、つまんないよ。ねー、ゴメちゃん」

 

「ピィ、ピィ!」

 

おっと、いかんな。ダイとゴメをほったらかしにして、ポーカーに熱中してしまった。

 

「ああ、ごめんごめん。じゃあ、次はババ抜きをやろうか。あれなら分かるだろう?」

 

「うん、昨日やった奴だよね! やろう、やろう!」

 

俺はポーカーで盛り上がっているグループから抜けて、ダイとゴメの3人でババ抜きを始めた。ゴメも、器用に翼でトランプを掴んで遊ぶんだよな。しかもとんでもなく運が良いのか、まずジョーカーを引く事がない。この運の良さ、少しは俺に分けてもらいたいもんだよ。

 

「そう言えば、賢者の兄ちゃん。明後日に、お仲間の姉ちゃんを迎えに行くんだろう?」

 

「え? そうですね、予定通りいけばそうなると思います」

 

俺は、隣の席から声を掛けてきた船員さんにそう返事を返した。

 

「だったら、その時間があるか分からねえけどよ、アシムの港町に一緒に行ってみると良いぜ」

 

「アシムの港町ですか? そこに何かあるんですか?」

 

「アシムはパプニカのすぐ近くにあるからよ。パプニカからちょっと足を延ばしたいカップルに人気の町なんだよ。パプニカに住んでいる奴らからは、恋人の聖地とか言われているんだぜ?」

 

「へー、恋人の聖地……。良いですね、それ。頭に入れておきますね」

 

そう返事を返しながらも、俺とマァムがその町に行ったところで、特に何があると言う事も無いだろうなと思っていた。

 

マァム、元気にやっているかな。たった1週間ほど顔を見ていないだけなのに、俺は無性にマァムに会いたくなっていた。

 

 

~~~~渡航7日目~~~~

 

ロモスの港を出港して、今日で7日目だ。

ネルソン船長によると、もうすぐパプニカの町の1つ手前にあたる港町に寄港予定との事だ。

 

俺はマァムを迎えに行った後瞬間移動呪文(ルーラ)で戻ってくるために、周りの景色をできるだけ頭に入れておこうと、先ほどから甲板上の手摺りに手を置いて外の景色を眺めている。

西の水平線に夕日が沈みかけていて、海が赤く染まっている。その赤い海を、時折イルカのような生物が海面上を飛び跳ねている。それは、こんな状況だと言うことを一瞬忘れてしまいそうになるほどの、美しさだった。

 

既にホルキア大陸はその視界に入っているが、海上から見えている範囲では、その内情は窺えなかった。ただ、少なくとも俺達以外の船を見る事は無かった。

 

ダイは今も、甲板上で素振りをしている。この7日間、俺もダイもそれぞれに出来ることをやったという実感がある。

ダイは、俺の水球による攻撃を目隠しした状態でほとんど迎撃できるようになった。電撃呪文(ライデイン)の方も、ほぼ狙い通り目標に撃ち込む事が出来るようになっている。

 

本当によくやったと思う。

 

ダイには、修行を過剰に詰め込みすぎているという思いが俺にはあったが、本人が「早くポップと肩を並べられるぐらい強くなりたい!」と言って次々と新しい事に挑戦しようとするから止められなかった。

 

俺の方は、火炎呪文(メラゾーマ)の習得に一定の目途がついた。正直火炎呪文(メラゾーマ)の習得にそこまでの必要性は感じていなかったが、まぞっほがコツを教えてくれたし、工夫次第では閃熱呪文との使い分けが出来そうだと考えた俺は、それなりの時間をこの習得のために充てていた。

 

まだ試してはいないが、理論上は問題ないはずだ。後は実践だが、さすがに船の上でそんな大火力の火炎魔法を唱える勇気は無く、まだ試してはいない。

 

そして、ずっと試行錯誤を繰り返しているあの魔法。先日のダイの様子を見ると、良い感じに仕上がってきていると思うんだが、相手が相手だ。万全を期するためにも、まだまだ研鑽が必要だ。

 

「ポップ君。そろそろアシムの港町が見えてきたぞ。こちらに来てみたまえ」

 

俺がそんな事を考えていると、ネルソン船長が俺に声をかけてきた。俺は、ネルソン船長の側に移動しながら、船長が見ている方向に目を向けた。

 

本当だ。港町が見える。小さな漁船もたくさん港に停泊している。そうか、2日前に船員さんに聞いた恋人たちの聖地と呼ばれている町が、寄港予定の町だったのか。

 

しかし、妙だな。人の動きが全く見えない。俺は嫌な予感がした。ネルソン船長も、俺の隣で訝しげに目を細めている。

 

「ネルソン船長、この港町はいつもこんな感じ……では無いですよね?」

 

「……ああ、もちろんだ。私はこの航路を何度も通っているが、アシムの港町はいつもこの時間帯は、港に戻ってくる漁船とそれを受け入れる人達で賑わっていたはずだ。一体何が起きたのか……」

 

ネルソン船長は、アシムの町を見つめながらそう呻くように言った。

 

 

 

その後、ネルソン船長は船を海上に停泊し、小舟を出してアシムの町を確認する事にした。

 

確認の結果、アシムの町には町人が誰もいなくなっていたそうだ。

ただ、血痕や家が破壊された跡などは無かったから、おそらくこの町に住んでいた人達は、集団で疎開したのだろうと言う事だった。

 

なるほど。確かにこの町は、パプニカの町から近すぎる。パプニカの町に起こった異変を知って、皆この町を離れる決断をしたんだろう。

俺は、この町の人達が、早くまたここに戻ってこられると良いと思った。

 

「ポップ君。この船は念のために、アシムの沖合で停泊しようと思う。ここから仲間を迎えにいけそうかね?」

 

ネルソン船長のその言葉に、俺は船上からアシムの町に目を向けた。瞬間移動呪文(ルーラ)は行った事のある所に加えて、視界に入る程度の距離ならそこにも移動は可能だ。ただし、それには自身をその場所に置いたと仮定した際に見える景色を、認識できていないといけない。

 

ここはどうだろう? 町の内部が視認できる程度には船は近づいている。俺は少し首を振り、アシムの全体像も捉えた。船が接舷している桟橋が、海に突き出している。その背後には、簡素な石造りの建物が整然と建ち並んでいる。

 

それほど複雑な地形ではない。うん、大丈夫だろう。何となくだが、カチッとはまった感覚がある。

 

「はい、大丈夫だと思います」

 

俺の言葉にネルソン船長は頷き、船員の皆さんに碇を下ろしてこの場で停泊する事を指示した。

 

さて、俺はダイとゴメに一声かけてから、マァムを迎えに行くとしますかね。

 

「ダイ、俺は今からマァムを迎えに行ってくる。直ぐに戻るからここで待っていてくれ」

 

ダイは俺のその言葉を聞いて、素振りを止めて近づいてきた。

 

「分かった。気をつけてね」

 

「まあ、瞬間移動呪文(ルーラ)で行って帰ってくるだけだから、特に何も無いとは思うけどな。ダイの方こそ気をつけてな」

 

俺はゴメの翼も握って、バイバイと伝えた。ゴメも、もうすぐマァムと会えるのがうれしいのか、翼をブンブンと振っている。

 

そして、俺は今一度この地の風景を頭に叩き込むように周りを見渡した後、目を閉じて集中した。

 

……切り飛ばされた平らな山。ブロキーナ老師の住んでいた素朴な住居。 ……よし、捉えた!

 

「――瞬間移動呪文(ルーラ)!」

 

途端に、俺の身体は宙に引っ張られるかのように、空に飛び出していった。

 

 

 

 

 

おっとっと。俺は、一瞬着地でたたらを踏んでしまった。今俺の足は船の甲板ではなく、大地を踏みしめていた。この1週間というもの常に鼻に漂っていた潮の香りではなく、突然濃厚な新緑と土の香りが俺の鼻を漂った事で、俺は少なくとも大陸に移動した事を理解した。

 

 

「……どうやら無事着いた、かな?」

 

俺はそう独り言を言いながら辺りを見回した。しかし、瞬間移動呪文(ルーラ)を使用する前の海上ではまだ明るかったが、時差のせいなのか内地だからだろうか、既に辺りは暗くなっていた。

 

俺は、周りの様子を確認しようと、明かりを灯す魔法を唱えた。

 

「……照明呪文(レミーラ)

 

フワッと、俺の頭上に小さな光の球が出現する。その球が周囲を灯したことで、ようやく俺は周辺を見渡すことが出来る様になった。ああ、あそこにブロキーナ老師の住居が見える。

 

良かった、無事着いたようだ。

 

俺がそんな風にホッと息をついた時、突然俺の背中に衝撃が加えられた。

 

「――怪しい人間め! この僕が討伐してくれる!」

 

俺は突然背中に加えられた衝撃で吹き飛ばされ、目の前の岩に身体を強打した。

 

――い、痛っ! くっ、完全に油断していた。まさかこんな所に凶暴な魔物がいたとは!

 

俺は、即座に自身に回復魔法をかけて、俺を突き飛ばしたその魔物を視認した。その魔物は、『大ねずみ』だった。容姿は、そのままネズミを大きくしたような姿形で、俺の背丈の半分もないほどの大きさだ。

 

大ねずみ? あれ、今人語を喋ったのってこいつか? 大ねずみって人語がしゃべれたかな?

 

ま、まあ良い。こいつは凶暴な魔物だ。とりあえず凍らせよう。ネズミは凍らせるに限る。ネズミ駆除なら俺はこの道10年のベテランだ。

 

「よくもやったな! これでも喰らえ! ――氷系呪文(ヒャド)!」

 

俺の突き出した右手から、白い霧状の冷気が発生し、大ねずみに向かって行く。しかし、その冷気が大ねずみに届く直前に、俺を制止する声が聞こえてきた。

 

「――待って、ポップ! 攻撃しないで!」

 

俺はその声を聞いて、考えるより先にまず魔法の発動を止めた。俺の氷系呪文(ヒャド)は、大ねずみをギリギリの所で凍らせる事は無く、そのひげを数本凍らせた程度でどうにか止めることが出来た。

 

「……マァムか?」

 

俺は、その声がかかってきた方向に顔を向けた。ああ、やっぱりマァムだ。俺は1週間ぶりに見たマァムの元気そうな姿に安堵した。マァムは今、こちらに駆けてきている。

 

「マ、マァムさん!」

 

ん? 大ねずみがマァムの事を知っているのか? ていうか、本当に何で大ネズミのくせに人語を操っているんだ?

 

俺がそんな事を考えていると、マァムが俺達の所にやってきた。

 

「久しぶり、ポップ! あなたもダイも、元気にしていた?」

 

「ああ、もちろん。約束通り、パプニカの町の近くまで船が着いたから、迎えに来たよ。マァムの方の修行はどうだった?」

およそ1週間ぶりに見るマァムに、特に変わった様子は見えない。服装も同じだが、髪は頭の上で束ねているようだ。動きやすさを重視したのかな?

 

「ええ、順調よ。本当は後1週間ほどここで修行が出来たら良かったんだけど、これからは1人ででも修行ができるぐらいにはなっているわ」

 

「そうか。それなら良かった。 ……ところで、こいつは一体誰なんだ、マァム?」

俺は、さっきから俺の事を凄い目つきで睨んでいる大ねずみを指さして聞いた。

 

「こいつとは、何だ! 僕の名前は、チウだ! お前こそ、誰だ!? マァムさんとどんな関係だ!」

どんな関係って……。ていうか、本当に人語を話すんだな、この大ねずみ。あれ、でもこいつからは妙に邪気は感じないな。乱暴だけど、エウレカの里やデルムリン島の魔物に近いような……。

 

「こら、チウ! 少し落ち着きなさい。ポップ、この子はね……」

 

マァムから聞いたチウの話は驚きだった。このチウと言う名の大ネズミは、今から3年ほど前に人里で悪さをしていた所をブロキーナ老師に懲らしめられ、それ以来老師のもとで武術の修行を行い、魔王の邪気を跳ね返すほどの意志の強さを身につけたらしい。

 

「へー、すごいな、自力で魔王の邪気を跳ね返すって。あれ、でも、この間来た時はいなかったような……」

 

「ああ、この間来た時は、ちょうどチウは、少し離れた場所にある滝壺で修行中だったのよ」

 

なるほど、だからこの間マァムを送って来た時は会えなかったのか。俺は、さっきから俺を睨み付けているチウと目線を合わせて挨拶をした。

 

「チウって言うんだな。俺の名前はポップ。マァムとパーティーを組んでいる仲間だ。よろしくな!」

 

俺がチウにそう言って手を差し出すと、チウはそんな俺の手を払って喚きだした。

 

「ふん! 何がよろしくだ! お前、おおかたマァムさんの元カレだろう! 今更マァムさんとよりを戻そうたって、そうはいかないぞ!」

 

も、元カレ……。そんな言葉、この世界に来て初めて聞いたぞ。まさかそんな言葉を、大ネズミから聞かされるとは。

 

「い、いや、マァムとは只の仲間で、彼氏だった過去はないし、これからもそんな事あるわけないだろう……」

 

(ボソッ)「……ふーん。無いんだ……。そっか……」

 

「ん? 何か言ったか、マァム?」

俺は背後から聞こえた小声に、マァムを振り返った。

 

「え? う、ううん、……何も言っていないわよ?」

 

マァムは、少し寂しげな様子でそっぽを向いていた。……? 何だろう? うーん、まあ、いいか。

そして俺は、もう一度チウに向き合った。

 

「そういう訳だから仲良くしようよ、チウ。チウは、魔王の邪気を自力ではねのけて理性を保っているらしいじゃないか。そんな事できる奴ってめったに見ないぞ。すごいな、チウ」

 

ゴメやガルーダみたいなもんだな。うん、実際大したもんだ。

 

「ふふん。そうだろう、そうだろう。僕はこう見えても凄いんだ。お前なんかとは、比べものにならないんだからな」

 

チウは、そう言って俺に胸を張っている。はは、なかなか面白い奴だな。っと、いけない。あまり悠長におしゃべりをしている暇は無いんだ。

 

「いけない、マァム。あまりゆっくりしている暇は無いんだ。向こうが少し不穏な気配だから早くダイのもとに戻らないと。ブロキーナ老師はどこだろう? 挨拶して、特に問題ないなら早く戻りたいんだけど」

 

「分かったわ。私の方は直ぐにでも大丈夫よ。老師は……」

 

「……儂ならここじゃよー」

 

わっ! びっくりした。突然ブロキーナ老師が俺の背後に現れた。いったい、いつからいたんだ?

 

「お、驚かさないでくださいよ、ブロキーナ老師」

 

ブロキーナ老師は、先週お会いした際と同じ服装で、俺の背後に静かに佇んでいた。

 

「マァムがお世話になりました。約束通りマァムを迎えに来ましたが、よろしいですよね?」

 

「うん。構わないよ。……マァム、君には武神流の基礎を伝えたよ。これからは、ポップ君達と旅を続ける中で更に研鑽を積んで、武神流の奥義を身に付けていくと良い」

 

「はい、老師。修行をつけていただき、ありがとうございました」

マァムがブロキーナ老師にそう言って、深々と頭を下げている。

 

「えっ! マァムさん、もうどこか行っちゃうんですか!? 僕も、僕も一緒に行きたい!」

 

突然、チウが騒ぎ出すが、それをブロキーナ老師が抑える。

 

「チウは駄目だからね。君にはまだまだここでの修行が必要」

 

「そんなー。マァムさんがいない毎日なんて考えられないー」

チウが涙を流しながら、よろよろと崩れ落ちた。うーん、『ダイの大冒険』の世界観では、あまり見なかったタイプだな。実に面白い。マァムが俺の隣で、やれやれといった表情で肩をすくめている。

 

 

 

 

 

「じゃあ、行こうか、マァム」

俺がそう言ってマァムの肩に手を置くと、マァムは頷きを返した。チウは相変わらず泣き崩れていて、ブロキーナ老師は俺達に静かに手を振っている。

 

俺とマァムは、老師に手を振り返した。

そして、俺はアシムの港町を思い浮かべて瞬間移動呪文(ルーラ)を唱えた。

 

 

 

 

 

どうにか無事アシムに移動できたようだ。瞬間移動呪文(ルーラ)で着地した場所は、町から海に向かって突き出した桟橋の上だった。少し沖合に、俺達がここまで乗ってきたロモスの船が浮かんでいるのが見える。

 

マァムは、初めて見るアシムの町にキョロキョロとしている。まあ、人っ子一人いないから恐ろしいほど静まりかえっているんだが。

 

さて、後は飛翔呪文(トベルーラ)で船まで移動しようかと思っていたところで、俺はマァムに渡す物があった事を思いだした。

 

さっきはチウがあまりに騒々しくて、ついつい渡しそびれていたんだった。

 

「マァム。良かったらこれ、使ってくれないか」

そう言って俺は、鞄の中からメタルフィストを包んだ袋を取り出した。

 

「え! ポップ、これって……」

マァムは、受け取った袋の中から、メタルフィストを取り出して目を丸くしている

 

「武闘家になったからには、これからは拳や足を使った戦いがメインになるだろう? あまり嵩張る物はマァムの戦闘スタイルに合わないかも知れないと思って、手に握り込むタイプの武器を作ってみたんだ。もし馴染むようなら使ってくれ。使いにくいようなら、無理に使わなくても構わないから。ああ、その袋の中に取扱説明書も入っているから」

 

「無理に使わなくて良いって……、もう、そんな訳あるわけ無いじゃない。……ありがとう、ポップ。大切に使わせて貰うわね。ふふ、ポップは、最初から私が武闘家に転職できるって信じていてくれたのね。ありがとう、ポップ」

 

そう言ってマァムは、俺の渡したメタルフィストを胸に抱いて喜んでくれた。しかし、信じるも何も、そりゃーあれだけ武闘家としての片鱗を見せられて、転職に失敗するとは誰も思わないだろう。クロコダイン戦の獅子奮迅の働きもそうだし、石を真っ二つにする怪力もしかりだ。

 

ただ、俺は空気を読んで「マァムならきっと転職できると信じていたよ」と答えておいた。

 

「……ポップ」

 

 

 

アシムの港町の桟橋を、星明りが僅かに照らしていた。海面にさざなみが立ち、ザザーン、ザザーンという規則的な音と共に、俺達が立っている桟橋に綺麗な波紋を広げていく。

 

俺がそんな波打ち際の様子を、なんとはなしに見つめていると、不意に頬に視線を感じた。

俺は顔を、その視線の先に向けた。

 

視線の先では、マァムが俺の顔をじっと見つめていた。

 

 

気が付いたら、俺達は見つめ合っていた。

 

 

 

穏やかな潮風が俺達の間を凪いだ。その風が、メタルフィストを包んでいた袋から1枚の紙を覗かせた。

 

「……あ、あら、まだ何か紙が入っていたわよ。何かしら? …………」

マァムが若干顔を赤らめながら、袋の中に手を入れた。

 

よ、良かった。今なんかおかしな雰囲気になった気がする……。まだ胸がドキドキする。

 

 

 

ん? どうした? 何やらマァムが固まっている。あれ、マァムが手に持っている紙はなんだろう? あんな紙、俺入れたかな?

 

「……ねえ、ポップ? ……これ、いったいどこで貰ったのかしら?」

マァムが頬を引くつかせながら、俺にその紙を見せた。ん? 暗くてよく見えないな。

 

……どうしてだろう。マァムから、『ゴゴゴゴ……』という擬音が聞こえそうなほどの威圧感を感じる。

 

俺は、警報の赤ランプが脳内に点灯し始めた予感に苛まれながら、先ほどマァムと見つめあった時に胸に感じたドキドキとはまた違ったドキドキを、感じ始めていた。

 

そして、マァムの手にあるその紙に書かれていた文字を、顔を近づけて見た瞬間、俺は意識を失いかけた。

 

その手紙には、こう書かれていた。

 

『氷の賢者君、とっても楽しい夜だったわ♪ 是非またお越しくださいね。 byクラリス ~~クラブ バニー~~』 *キスマーク付き

 

「――! な、何でこんな物が!? あ、いや、これは、でろりんが無理矢理……! あいつが全部悪いんだ! ちょ、聞いて、マァム!!」

ま、まずい! どうしてこんな紙が、マァムに渡した袋の中に入っていたんだ!? ていうか、俺はこんな手紙を貰った記憶すら無いと言うのに!

 

「ポップったら、私が老師のもとで修業している間に、こんなお店に行っていたんだ……。ふーん。あ、そうそう。私ね、随分修行で力が上がったのよ。ポップにも、知っておいてもらわないといけないわね」

 

マァムは、目は全く笑っていない実にいい笑顔で、軽く屈伸を始めた。

 

「いや、十分! 十分知っているから、マァム!」

 

「あら、いけない。いただいたばかりの、このメタルフィストの具合も確かめておく必要があったわね」

 

そう言ってマァムは、右手に俺の渡したメタルフィストを装着した。

 

「ま、待って、マァム! こ、これには深い訳が! そ、そう、これは社会勉強の一環で!」

 

「――ハァァァ!」

 

 

――ズガンッ!

 

 

俺が作ったメタルフィストの犠牲者1号は、俺だった……。

 

 

 

 

 

2時間後、俺とマァムは船に移動した。俺達がアシムの町に瞬間移動呪文(ルーラ)で戻っていた事を船員の皆さんはその着地音で知っていたようで、それから約2時間この船に戻ってこない俺達を噂していたようだ。まあ、男の考える事なんてみんな一緒だ。

 

「はははは、賢者の兄ちゃんも隅に置けねえなー。2時間もご休憩してたのか?」

「延長しなくて良かったのか? なんなら1泊でも良かったんじゃねえか?」

 

俺は、口の悪い船員さんからのそんな冷やかしの言葉を憮然とした表情で受けていた。

 

うるさいんだよ! その2時間イコール俺がマァムの一撃を受けて気絶していた時間なんだよ!

 

俺のクールイケメン計画は、見事に頓挫したようだった。

 

 

 

 

 

~~~~鬼岩城~~~~

 

ペタタタタと鬼岩城内部を早足で歩く音が響いている。その音を発している者は、右腕の再生を終えたばかりの妖魔師団長ザボエラであった。

 

ザボエラは、魔軍司令ハドラーの居室の前に立っているガーゴイルに、逸る様子でハドラーへの取り次ぎを申し出る。

 

「ハドラー様にお会いしたい! 取り次いでくれ!」

 

しかし、ガーゴイルの返答は、魔軍司令は心臓(ハート)の間に、との答えであった。

 

心臓(ハート)の間じゃと!? ……あそこは魔法の儀式をおこなう場所……」

 

ザボエラが、そのハドラーの行動を訝しげに思った時、鬼岩城内を突然激震が襲った。

 

ドオオオーン!!

 

ザボエラとガーゴイルは、突如足元から走ったその激震に、思わず体が浮くような衝撃を感じた。パラパラと鬼岩城の天井の石が落ちてくる。

 

「――な、何だ!?」

心臓(ハート)の間の方だ……!」

 

「こ、この衝撃は……!? ま、まさか、呪文か!?」

魔道に長けたザボエラは、この激震が呪文によって行われたものではないかと推測していた。

 

 

 

 

 

「ハドラーよ……。これが閃熱系最強の呪文 ベギラゴンだ。お前に与えたその新たな肉体と共に、アバン抹殺の褒美として受け取るがいい」

 

「……素晴らしい! これで俺は閃熱と爆裂の頂点を極めたことになる……!! バーン様、この力で必ずや世界を制圧して見せましょう!」

 

ハドラーは、姿の目えない大魔王バーンからかけられた言葉に、ニヤリと笑いながら宣言した。幾重にも魔法防壁を張っていたはずの目の前の心臓(ハート)の間の壁は、先ほど放ったベギラゴンによる衝撃で完全に崩壊していた。

 

「ハ、ハドラー様! そ、そのお姿は……!?」

心臓(ハート)の間に駆けつけたザボエラは、ハドラーの生まれ変わったその姿に驚愕の声を発した。

 

「……ザボエラか……」

 

「……はっ……!」

 

「悪魔の目玉を使い、全軍に指令を伝えよ! 残り4人の軍団長を鬼岩城に集結させるのだ!」

ハドラーは装いを新たにし、ザボエラに指令を発した。

 

 

 

 

 

~~~~鬼岩城 左肩(レフトショルダー)の間~~~~

 

「……遠路はるばる、ごくろう……!」

 

魔軍司令ハドラーは、鬼岩城 左肩(レフトショルダー)の間に集まった魔王軍軍団長の面々を労った。その部屋に備え付けられた円卓を囲っている軍団長は、竜騎将バラン、妖魔師団長ザボエラ、氷炎将軍フレイザード、魔影参謀ミストバーンと言った面々だった。

 

バランが口火を切る形で、ハドラーに問いかけた。

「ハドラー殿。獣王クロコダインが敗れたと聞きましたが、真ですかな?」

 

「事実だ。クロコダインは、ロモスで勇者ダイを中心とする勇者一行(パーティー)に敗れ去った」

 

そのハドラーの言葉に、フレイザードが嘲笑する。

「けっ! 情けない奴だ。ガキにやられちまうなんざ……」

 

しかし、バランがそのフレイザードの嘲笑に疑問を投げかける。

「ふむ……。クロコダインは、妖魔師団長殿と共同戦線を張っていたと聞いていたが、クロコダインが死んだというのに、その妖魔師団長殿は何故この場におられるのかな?」

 

「む……。クロコダインの奴は、儂が必勝の策を授けてやったにもかかわらず、その手を取らずにただ馬鹿正直に奴らとぶつかり、敗れたのよ。あまつさえ、奴は魔王軍を裏切り儂にまで手を出しおった。死んで当然よ。ヒッヒッヒ」

 

「……」

バランは、ザボエラのその言葉に不快感を隠せずにいた。バランは、ザボエラなどよりはるかにクロコダインを買っていた。軍団長の中では、数少ない尊敬できる武人とさえ思っていた。

大方、ザボエラの下らぬ奸計が逆にクロコダインの首を絞めたのだろうと思い、空席になっている椅子に目を向け、哀悼の意を密かに示した。

 

ハドラーがフレイザードに目をやった。

「クロコダインが死んだ事で頓挫したロモスの攻略は、ひとまず置いておこう。それより、フレイザード。オーザムの攻略の方はどうなっている? オーザムの町の攻略では随分と手こずった様子と聞いているが?」

 

「ケッ! 心配には及びませんぜ、ハドラー様。確かにオーザムの町を取り囲む城壁にはちっとばかり手こずったが、既にその城壁はもちろん、町もろとも燃やし尽くしているぜ! オーザムの奴ら、とんだ弱兵ぞろいだったぜ! 城壁が落ちた後は、ろくに踏みとどまりもせずに逃げに逃げて、最後は城に火を付けて自分から死を選びやがった! カーカカカ!」

 

フレイザードのその言葉にハドラーは満足そうに頷いたが、バランは僅かに違和感を持った。逃げに逃げたと言うが、それはつまり撤退に次ぐ撤退の末、最後は自ら城に火を付けたという事だろう。……妙だ。フレイザードは弱兵ぞろいと言うが、撤退戦を徹底して行い、最後は城に火を放つほどの覚悟を持った兵に弱兵はいない。何か裏があるのではと……。

 

しかし、今自分が何を言ったところで、フレイザードは激高し無駄ないさかいを生むだけだろう。

そう考えたバランは、自身のその疑念をあえて伝えずにいた。

 

「そんな事より、ヒュンケルの野郎はいつ現れるんですかい? 緊急招集に遅れて来るとは、ふてえ奴だな」

 

ハドラーはそのフレイザードの問いかけに、苦渋の顔で皆に詫びた。

 

「それがな、諸君には申し訳ない事になってしまった……」

 

その言葉に、その場にいた全員が驚きを示した。

 

「俺は、全軍団力を集結させ、ダイを叩くつもりだった。だが、大魔王様が直接ヒュンケルにダイ抹殺の勅命を与えてしまったのだ……!」

ハドラーは、ギリッと歯ぎしりをしながら、うめくようにそう声を発する。

 

「な!? ふ、ふざけるな! 納得がいかん!! ヒュンケルだと! あの青二才がぁ! 少しばかり大魔王様に気に入られているからって、図に乗りやがってー!!」

 

フレイザードがハドラーの言葉に激高し、自身の左半身の炎が煌々と燃え盛った。

 

「……フッフッフッフ」

 

突如その場に響いた笑い声に、一同は驚きの表情を浮かべた。何故ならその笑い声をあげた男が、一度口を閉ざしたら数十年は口を開かないと言われたミストバーンだったからだった。

 

そしてミストバーンは静かに立ち上がり、更に言葉を紡いだ。

「……大魔王様のお言葉は、全てに優先する……」

 

その言葉に反論できる者は、この場にいなかった。激高していたフレイザードすらも悔しげに俯くのみだった。

 

ただ、バランだけは一つ懸念をハドラーに伝えた。

「ふむ……。勇者一行(パーティー)には、高位の賢者が存在すると聞いておりましたが、戦士であるヒュンケルだけで大丈夫なのですかな?」

 

バランのこの問いは、パーティー内に優れた賢者が存在した場合、パーティー全体の総合力が飛躍的に跳ね上がるという事を十分理解していた上の発言だった。

 

そのバランの問いかけに、ハドラーは僅かに頷いた。

 

「……ふむ。確かに勇者一行(パーティー)には小賢しい賢者が含まれており、ロモスではその賢者の行動がクロコダインの敗北につながったと聞いている。だが、それでもヒュンケルはダイ達を倒すのにうってつけの男だ。何故なら、奴には……」

クックック。奴は、魔法の通じない鎧をバーン様より授かっている。あの小賢しい賢者も、ヒュンケルには手も足も出せず敗れる事だろう。

 

ハドラーはダイ達勇者一行(パーティー)の敗北を確信し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

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