「あ、ポップ。お鍋に良さそうな食材があったわよ」
「お、良いねー。傷んでいなさそうな奴を選んで持ってきてくれるか」
俺とマァムは今、城の厨房があったらしき場所から、煮炊き用の食材を探していた。ここパプニカの城は、半分ほどの区画が瓦礫と化していたが、意外にも死体は発見されなかった。
これには俺達もホッとして、ダイも上手くレオナ姫を含む城の人達は襲撃を免れてどこかに逃げ出しているのではと、希望を持っている。
まあ、俺はレオナ姫がバルジ島に避難していることを知っているが、まずはヒュンケルの問題を解決してからだ。俺は、あいつにアバン先生から託されたアイテムを渡さなければならない。
そのヒュンケルはと言えば、俺との戦いの後からずっと眠ったままだ。かれこれ戦いから5時間は経っているというのに、まだ目覚める気配がない。
それは、俺が時々
そんなわけで俺達は、腹が減っては戦が出来ぬとやらで、この崩れ落ちた城の片隅で野営するべく食材を探していた。
「だいたい集まったかな。そろそろダイの所に戻ろうか」
「そうね。ヒュンケルの事も心配だしね」
「お待たせ、ダイ。何か燃やせそうな木はあったか?」
「あ、お帰り、ポップ、マァム。うん、ちょっと燃やすにはもったいないけど、壊れた椅子と机があったからそれを集めておいたよ」
俺とマァムがダイの所に戻ると、お願いしていたとおりダイは焚き火用の木を集めていてくれた。
ヒュンケルは、とチラッと見ると、石の床の上でまだぐっすりと眠っている。まあ、こいつは食事の準備が出来てから起こしたら良いか。
俺はふと、崩れかけた壁に立て掛けている『鎧の魔剣』が目に入った。今この鎧の魔剣は、剣が分厚い鎧に変化する鞘の中にしっかりと収まっている。鎧の魔剣はヒュンケルが意識を失った時に、自然と装備から外れてこの形態になっていた。
俺はその鎧の魔剣に近づき、少しだけ剣を鞘から引き抜いてその刀身を軽く指で弾いてみた。『ピィーン』という独特の反響音を俺の耳は捉えた。うん、この刀身の素材はミスリル銀だ。間違いない。
ただ、分からないのはこの鞘に当たる鎧部分だ。
俺は剣を元に戻し、今度は鞘を軽くコンコンと叩いてみた。初めて感じる手応えだ。素材は何だろう? ミスリル銀ではなさそうだ。俺は、鍛冶屋の息子としてこの鎧に俄然興味が沸いてきた。
魔法をほとんど通さない素材。しかも原作では、損傷しても自動修復される機能があったはずだ。自動修復って、それは素材にもともと備わっている力なのだろうか? それとも、この鎧の魔剣の製作者が付与した能力なんだろうか?
……うーむ、ますますこの鎧に興味が湧いて来たぞ。そもそもこの鎧は、俺の
俺はこの魔剣に触れた状態で、
………。
何も起きない。何故だ? この鎧の魔剣に使用者として登録されていないからなのか? それとも、俺が戦士職ではないからか? その可能性の方が高いのかも知れない。ゲームの中でも、職種によっては装備の出来ない武器や鎧があった。
俺は、焚き火台の周りに木を並べていたダイを手招きして呼んでみた。
「どうしたの、ポップ?」
「いや、ちょっとこの鎧に興味があってさ。この鎧に触れた状態で、アムドと言ってみてくれないか?」
「えー、それって、ヒュンケルがこの鎧を着る時に言っていた言葉だろう? なんか怖いなー」
ダイは少し腰が引けた様子で言うが、俺の好奇心は抑えられなかった。
「まあまあ、どんな風になるか面白そうじゃ無いか。俺じゃあ、動かなかったんだよ。ダイならどうかなって思ってさ」
俺がそう頼み込むと、ダイは渋々と鎧の魔剣に手を置いて、
「――わっ!?」
途端に、鎧の魔剣の鞘が分裂し、ダイを包み込んだ。一瞬激しい光を発光したので、目をそらしたが、その光が止んだ後ダイを見ると、しっかりとダイに鎧の魔剣が装備されていた。
「おー、ちゃんと装備出来たじゃ無いか。……しっかし、とてもじゃないが勇者様には見えないおどろおどろしい格好だな。おまけにサイズが合ってないし。 ぷ、く、くくく……」
そうなのだ。鎧の魔剣はしっかりダイに装着されているんだが、背丈がまだお子ちゃまなダイでは、鎧に着せられているというか、子供が背伸びして大人の鎧を着ているような感じになってしまっている。
兜に装着されている蛇腹状の剣が、ダイの背後で地面に接して引きずられている。く、くくく……。こ、これは腹が痛い……。
ゴメも実に楽しそうに、そんなダイの周りを飛び回っている。
俺が思わず含み笑いをしていると、ダイが抗議の声を上げる。
「ひどいよ! ポップがやって見ろって言ったんじゃないか!」
「ごめん、ごめん。く、くくく……」
「ちょっと、2人とも! その鎧、ヒュンケルの鎧でしょう? 勝手に触ったりしたら駄目じゃない!」
俺がダイとそんなやりとりをしていると、マァムが見かねたのか注意をしてきた。
「え、駄目なの? 俺、これからこの鎧を着たダイを相手に、
「そんなの、駄目に決まっているじゃない! もう、何を考えているのよ、全く……」
マァムが腰に手を当ててプリプリ怒っている。む、この剣幕ではやらせてもらえそうに無いな。せっかくの機会だから、この鎧の強度を確認しようと思っていたのに、駄目なのか……。残念だな。
「うーん、……ダイ。せっかく着て貰ったけど、マァムが怒るから駄目みたいだ。脱いでくれるか?」
「うん、分かった。……あれ? ……ねえ、ポップ、これどうやって脱ぐの?」
「……え?」
「兜は脱げるけど、身体の所とかどうやったら外れるのか分からないよ。着る時だって、勝手にくっついたし……」
ダイはそう言って、身体の各所をペタペタと触っている。
え……マジ?
「き、着る時と同じように
「
本当だ。鎧の魔剣は、ピクリとも反応しない。え、原作ではヒュンケルはどうやって脱いでいたんだ? あれ、そういえば脱ぐ所って描写が無かったような……。
「じゃ、じゃあ、えっと、そ、そうだ! エクスペリアームズという言葉はどうだ?」
「え、えくすぺり……、あ、あーむず? え、なんなの、この言葉?」
どうやら駄目らしい。一応、武装解除という意味の言葉だったはずだが……。え、他に何かあったかな?
「う、うぅん……」
俺がどうしたものかと焦っていると、突然ヒュンケルがそんな声を上げた。あ、やべ、今起きられるのは、まずい。
「――
俺は即座に、ヒュンケルの頭部目がけて
さすがに今目を覚まされると、まるで俺達が敗れた敗者から装備をはぎ取って悦に浸っている山賊扱いされかねん。そんな誤解を受けてしまうと、この後の『ヒュンケルの説得 その2』計画に支障が出てしまうからな。
「ちょ、ちょっと、ポップ! さっきから、バシャバシャとヒュンケルにその魔法をかけているけど、その魔法大丈夫なんでしょうね!? 何か後遺症とか――」
「大丈夫、大丈夫。ヒュンケルはマグマに飲み込まれても生きていられるほど頑丈な奴だから、何の心配もいらないって」
「何言っているのよ! マグマに飲み込まれて生きていられる人間なんているわけないじゃない!」
うーむ、さっきからマァムがヒュンケルを気にしすぎている気がする。もしかして、原作通りヒュンケルに惚れかけているんだろうか? ……何かムカつくな。やっぱり、さっきあいつのイケメン顔を燃やしておいた方がよかっただろうか?
「……ねえ、ポップー。そんな事より、早くこれ何とかしてよー。いい加減重くなってきたよ」
ダイが情けない声を上げる。
いけない、そんな事を考えている場合じゃなかった。早くこれをなんとかしないと、本気でダイが勇者っぽくなくていけない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、良い方法を考えるから!」
結局その後、悪戦苦闘すること約1時間。どうにかこうにか、ダイから鎧の魔剣を外すことが出来た。
ちなみにその外し方は、ダイに兜を脱いでもらい、その状態でダイに
さすがのマァムも開いた口が塞がらない様子だったし、ダイはダイで装備を外すためだけに強制的に眠らされたことで、目覚めてから機嫌を直してもらうのが大変だった。
ちょっと俺もこれにはさすがに反省して、最近巷で囁かれている『賢者』の看板を返上した方が良いのかもしれないと少しだけ思った。
「そろそろ、良い感じに煮えてきたな」
俺は、グツグツと煮えてきた鍋をお玉でかき回しながら、ダイとマァムに声を掛けた。辺りには、鍋から発せられる良い匂いが漂ってきている。
「本当だ。良い匂いがしてきた。これがアバン先生の味付けなんだね」
「懐かしいわ。前にアバン先生が修行を付けてくれた後、よく作ってくれたのよね」
マァムが昔を懐かしむように目を細めている。そうか、ダイはデルムリン島でアバン先生の料理を食べていないから、初めてなんだな。
俺はアバン先生との旅の間に何度もごちそうになっており、しっかりこの料理のレシピを受け継いでいた。初めてアバン先生のお鍋をいただいたのは、ランカークス村の隣のルミナの町近くの山中だったな。
俺は、この匂いを嗅いであの時の事を思い出してしまった。一緒にシャワーを浴びて楽しかったな。
思えば、遠くに来てしまったもんだ……。
既に辺りは暗くなっている。ここは高台にある城の一角だから、本当だったらここからは眼下のパプニカの城下町が見渡せたはずだ。しかし、城下町には今誰もいないため、その生活の灯りはともっておらず、痛いほどの沈黙と共にこのパプニカの国が本当に滅んでいるのだという事を俺達に実感させた。
「そろそろヒュンケルを起こしてあげましょうよ、ポップ」
マァムが横になっているヒュンケルの方をちらっと見て俺にそう言った。
「そうだな。じゃあ、起こそうか。……
俺はヒュンケルに対して、眠りから目を覚まさせる魔法
「……う、うう。くっ、こ、ここは……」
ヒュンケルが頭を振りながら上半身を起こす。俺達は、そんなヒュンケルの様子を見つめていた。俺達は特にヒュンケルを拘束していない。まあ、そんな事はマァムが許さなかっただろうし、俺もヒュンケルに対して、一度口にしたことは履行するだろうという事を信じていた。
「目が覚めたか、ヒュンケル? 随分長い時間眠っていたぞ。最近寝不足だったんじゃないのか?」
俺はそんなヒュンケルに声を掛ける。俺の隣りでマァムが、(あなたの魔法のせいじゃないのかしら)と言いたそうなジト目で俺を見ていた。
「――! き、貴様ら!」
ヒュンケルは俺達に気づき、即座に飛び起きる。そして、いつでも飛び掛かれるように戦闘態勢を取る。
対して俺達は、焚き火を囲んで腰を下ろしており、のんきなものだ。
ヒュンケルはそんな俺達を見て、不審な表情を隠そうともしない。
「いったいどういうつもりだ? なぜ俺を生かしている?」
「何で殺す必要があるんだよ。最初から勝負に勝ったら24時間何でもいう事を聞いてもらうって話だっただろう? 殺したら聞いてもらう事も出来ないじゃないか」
ヒュンケルは、そう返答した俺に苦々しげな表情をする。
「貴様……。あんな戦い方をしておいて、よくもそのような……」
「何だよ。お前が魔法の通じない鎧を着たりしているから、あんな戦いになったんだろう? それとも何か? お前は、父バルトスの誇りをかけていた勝負を反故にするつもりなのか?」
「ぬ、く……!」
ヒュンケルは悔しげに俺を睨むが、バルトスの誇りを持ち出されると弱いのだろう。突然飛び掛かってくるような事はせずにいる。
「……まあ、ちょうど食事の用意が出来たところなんだ。一緒に食べようや」
俺はヒュンケルに、そう声を掛けてみる。
「食事だと!? 敵である貴様らと何故そんな――」
「父バルトスの誇りをかけた……」
「――! くっ!」
ヒュンケルの育ての親であるバルトスの名前を出すと、途端に静かになるな。なんかちょっと面白いかも……。
「ほら、ヒュンケル。そんなに怒らないで、一緒に食べましょうよ」
マァムが、お椀にお鍋の中身をよそって、ヒュンケルに差し出す。
「うん、一緒に食べようよ、ヒュンケル。良い匂いするでしょ?」
「ピィ、ピィ♪」
ダイとゴメも無邪気にまだ突っ立ったままのヒュンケルに声を掛ける。
「くっ……。これがお前の言う、聞いてもらいたいことの一つという訳か?」
ヒュンケルが憎々しげに俺の事を睨む。
「そうだな。でも、他にもあるぞ。例えば、後でお前には場を盛り上げるために、裸踊りでもしてもらうつもりだから」
「――ポップ! 大丈夫よ、ヒュンケル。そんな事私がさせないから。さ、ここに座って。そんな風に立っていたら、食べられないでしょう?」
マァムに促されたヒュンケルは、しぶしぶと俺達と同じように焚き火を囲む車座に加わった。
それを見てマァムは、俺とダイのお椀にも鍋の中身をよそってくれる。
「じゃ、いただきまーす」
俺はそんな事を言いながら、食事をいただく。うん、美味しい。キノコの出汁がよく利いている。後は、厨房の隅で発見した乾燥ホタテも良い味を出している。これだよ、これがアバン流クッキング術さ。
「美味しいー! ポップ、これすっごく美味しいよ」
「ええ、本当ね。とっても美味しいわ」
そうだろう、そうだろう。なんせアバン先生直伝だからな。俺がダイとマァムの反応に満足していると、ヒュンケルも一口飲んで驚いた表情をした。
「――! ……これは」
俺は、ヒュンケルが一瞬昔を懐かしむような表情をしたのを見逃さなかった。良かった、少しでもアバン先生との修業時代を懐かしんでくれるようなら、まだ希望があるかもしれない。
「「おかわり!」」
俺とダイの声が、ハモってしまった。マァムが「はい、はい」と苦笑しながらお椀に追加をしてくれる。
「ヒュンケルは? まだいっぱいあるから、良かったら……」
「そうそう、お前ろくな食事をとっていなかっただろう? 遠慮せず食べろよ」
「いや、俺はもう結構……」
「父バルトスの――」
「――分かった! いただく!」
ふふ。やはり面白いな。おっと、俺が面白がっているのをマァムには気づかれているようだ。(ヒュンケルをあまりからかうな)という視線を俺に向けている。マァムは怖いからな。ヒュンケルをからかうのは、ほどほどにしておこう。
それからしばらくは、皆、言葉少なに食事をいただいた。ヒュンケルも、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、きちんと食事を味わって食べているようだった。
皆が、だいたい食べ終わったようだ。
……さあ、ここからが本番だな。
「うーん、喰った、喰った。ごちそう様。……なあ、ヒュンケル。この城には誰もいないんだけど、パプニカ王国の王族とかはどこに行ったか知らないか? それに、町の人達も誰もいないけど、何か知らないか?」
俺は気になっていたことを聞いてみた。
ヒュンケルは俺の質問に答える必要などないと言った顔を一瞬するが、直ぐに自分には逆らう権利が無いと思いだしたのだろう。憮然とした表情で俺のその問いに答えてくれた。
「……パプニカの国王なら、ここから北にある平原で俺の不死騎団とパプニカ魔法兵団がぶつかった際に陣頭に立っていたが、それから先は知らんな。パプニカ王国第1王女レオナは、その場にはいなかったはずだ」
レオナ姫の名前が出てきて、ダイが一瞬肩をピクンと震わせた。大丈夫だよ、ダイ。レオナ姫は無事のはずだ。レオナ姫はな……。
「この町の住民は、俺の軍団が北の平原でパプニカ魔法兵団を破ったのを知って、一斉に逃げ出したんだろう。北の平原での戦いから3日後にこの町への侵攻を開始したが、その時には無人の町となっていた」
不死騎団には休息など必要ないだろうに、平原の戦いから3日後に侵攻を開始したのは、非戦闘員を戦いに巻き込みたくなかったこいつの情けかな?
しかし、魔法兵団員にも家族がいただろうし、この町から逃げ出した住民も逃げた先で別の魔物に襲われたりして死んだ人もいるかもしれない。
戦争なんだ。非戦闘員の死者が1人もいないという事は、ありえないだろう。
俺は、これから先ヒュンケルが感じる事になるだろう罪の重さを慮り、憂鬱な気分になった。
ダイもマァムも、同じアバンの使徒であるヒュンケルが犯してしまった取り返しのつかない所業に胸を痛めている様子だ。
さて、聞きたかった事は聞けた。後は、余計な邪魔が入る前に一番の目的を果たすとするか。
「分かった。じゃあ、ヒュンケル。俺の言う事を聞いてもらうのは、次で最後で良い。何も言わず、これを受け取って聞いてくれないか」
俺はアバン先生の鞄の中から、『魂の貝殻』の入った箱を取り出し、ヒュンケルに手渡した。
アバン先生、きちんとヒュンケルにこれを渡しましたよ。俺はようやく、アバン先生から託された荷物の一つを下ろせたような気がした。
「……これは? ――! こ、これは『魂の貝殻』!」
俺の渡した箱を開いたヒュンケルは、『魂の貝殻』を目にして驚きの表情を浮かべた。
「その『魂の貝殻』には、お前の育ての父バルトスの残した最後の言葉が記録されている。お前には、それを聞く義務がある」
「何!? と、父さんの言葉だと!?」
ヒュンケルは、『魂の貝殻』を耳にあて、その言葉を聞き始めた。俺達はそんなヒュンケルの様子を静かに見つめている。
『我が最愛の息子 ヒュンケルよ。お前に真実を伝えたいがゆえに、ここにワシの魂の声を残す。
あの日、ワシは、アバン殿と戦った。……。しかし、戦いの最中、アバン殿はワシにも愛する家族がいる事を知って情けをかけてくれた。ワシはアバン殿に、ヒュンケルを強く正しい戦士に育ててくれることを頼み、アバン殿はそれを快く引き受けてくれた。
ワシはその後、ハドラー様が敗れるとともに消えていくことを覚悟しておったが、ハドラー様はかろうじて生き延びられておった。しかし、そのハドラー様はワシを役立たずと呼び、その命を奪っていった。……。
ヒュンケルよ、どうか人間らしく生きてくれ。そして、アバン殿を決して恨んではならん。恨むなら、魔物の分際で人間の子供を育ててしまったこのワシを恨め。……。
最後にもう一度だけ言わせてくれ。……思い出を……ありがとう』
俺は既に『魂の貝殻』に刻み込まれたメッセージを聞いていた。ダイとマァムは聞いたことが無かったはずだが、今この一帯は痛いほどの静寂が覆っている。途切れ途切れでも、メッセージの内容が聞こえているようだ。
ダイは、自身の境遇と似たヒュンケルに同情の目を向け、マァムはバルトスのヒュンケルを想う心に打たれて涙を流している。
「ば、馬鹿な! それでは、父の命を奪ったのはハドラーだったというのか……!? そして、アバンはそれを知りつつ俺を見守っていてくれたというのか……!? う、嘘だ! 嘘だー!!」
取り乱したヒュンケルは、手にしていた『魂の貝殻』を床に叩きつけた。
「……嘘じゃねえよ。現実から逃げるなよ、ヒュンケル」
「――何!?」
「今、バルトスの最後の言葉を聞いただろう? その『魂の貝殻』は、お前の事を片時も忘れていなかったアバン先生が、ずっと昔にこの地底魔城で探し出したものなんだよ」
「――ア、アバンがこれを!?」
「そうだよ。アバン先生は、本当ならそれを自分の手でお前に渡したがっていたんだよ。だけど、自分に万が一の事があった時に、って言って俺にそれを託したんだ。……アバン先生は、お前の事をずっと探していたんだぜ?」
「う、嘘だ……。こ、こんな……」
ヒュンケルは、わなわなと身体を震わせている。これからだろうな、ヒュンケルが既に犯してしまった事に対する罪の意識を感じ始めるのは。
……はー、ヒュンケル1人に背負わせるのは、同門として駄目だな。
「さっきも言ったぞ、ヒュンケル。現実から逃げるなよ。どんなに認めたくない現実でも、な。なに、アバン先生からお前の事は託されているんだ。お前一人に背負わせたりしないさ。俺も一緒に背負ってやるさ」
「――! ふざけるな……! 俺は、魔王軍の魔剣戦士ヒュンケルだ! 今更、今更こんな事が信じられるか……!!」
……ヒュンケル。
「ヒュンケル! アバン先生はあなたのお父さんの仇ではないはずよ! ポップだけじゃない。私も、あなたのしてしまった事を背負うから。だから、現実から逃げないで!」
「そうだよ、ヒュンケル。俺も、ヒュンケルと同じで、魔物に育てられたんだ! 今からでも遅くないよ! アバンの使徒として一緒に――」
「黙れー!! 今更アバンの使徒なぞ名乗れるものか! 俺は、魔剣戦士ヒュンケル! ポップ、ダイ、マァム! 明日太陽が最も高く昇った時刻、地底魔城まで来るが良い! そこで、決着をつけてやる!」
ヒュンケルは、壁に立てかけていた『鎧の魔剣』を手に取り、その場を立ち去ろうとした。
……が、不意に立ち止って俺達を振り返った。
その目は、先ほどまでの激昂した様子から一転して澄んだ目をしていて、その目は俺を見つめていた。
「……ポップ。お前に殴られた一発は、アバンからの一発だと言ったな」
「ああ、言ったよ……」
「今までで、一番効いた一発だった……」
それだけを言うと、ヒュンケルはもう後ろを振り返らず、その場を立ち去って行った。
明日、地底魔城でヒュンケルと会った時、俺達はもう一度ヒュンケルと殺しあうことになるんだろうか。
俺は、先ほどのヒュンケルが見せた澄んだ瞳に、一筋の希望を持っていた。