俺達は、地底魔城を見渡せる高台から、先ほどまで立っていた闘技場を見下ろしていた。既に闘技場内はマグマが渦を巻いており、地下迷宮までそのマグマが流れ落ちている様子が見てとれる。
俺の隣でその様子を見ていたヒュンケルが一言、「……すまない、モルグ」と呟いた。モルグ……。誰だったっけな? ああ、そういえばそんな名前の執事服姿のアンデッドがいたな。あんまり原作に登場しなかったから、忘れていたが。
ヒュンケルが闘技場から目をそらしたタイミングで、俺はヒュンケルに話しかけた。
「さて、ヒュンケル。これからの事を話し合いたいんだけど、お前はパプニカの王族、つまりレオナ姫が見つかるまでは俺達と行動を共にすると言うことで良いな?」
「……ああ、それで良い」
ダイとマァムが、どうしてレオナ姫が見つかるまでなんだろうと不思議そうな顔をしているが、詳細を話す必要は無いだろう。ヒュンケルがレオナ姫に断罪されたがっているという事は、俺だけが知っていれば良いことだ。
「ちなみにヒュンケルは、パプニカの兵士達に顔は知られているのか?」
「さあ、どうかな……。パプニカには俺が鎧を装備せねばならないほどの強者はほとんどいなかったから、北の平原で戦った時には『鎧の魔剣』を装備していない。だから、俺の顔を知っている者も中にはいるはずだ」
「なるほど……。それじゃあ、今の素顔のままじゃあ、レオナ姫を見つけるまでの間に不必要なトラブルが発生しそうだな……」
これから俺達は、氷炎将軍フレイザードと対峙することになるのに、不死騎団長ヒュンケルの存在まで判明したら、とりとめが付かなくなることは容易に想像できる。
「よし、じゃあ、ヒュンケルには当面変装をしておいてもらおう!」
「「「変装?」」」
おっ、3人の言葉が重なったな。そうだ、変装だ。俺はこんな時のために、この魔法を覚えていたんだ。今まで使う機会が無かったが、ようやく出番が来たぜ。
「そ、変装さ。そら、……
――ボン!
俺が
「これは……」
「すっごいや……。髪が伸びてるし、色も変わってる」
「ええ。それに顔の印象も変わっているわ。これが、
うん、良い感じに変装出来た気がする。今のヒュンケルの髪を長い黒髪にして、目は少し垂れ気味になった。これだけで大分印象が変わっているから、今のヒュンケルを不死騎団長とは誰も思わないだろう。
「おい、ポップ……」
ヒュンケルが不服そうな表情でいる。まあ、こいつの気性からいって変装などという手段が気に入らないのは分かるけどな。
「レオナ姫が見つかるまでの間だ、ヒュンケル。余計な騒動が発生したら、レオナ姫の探索にも支障が出る」
「む……」
不承不承ながらも了承してもらえたようだ。
「あ、それじゃあ、名前も変えておかないといけないんじゃない? せっかく見た目を変えても、ヒュンケルの名前で元不死騎団って分かったら一緒のことになるし……」
ダイがそんな事を言い出した。確かにそうだな……。
「名前……。何が良いかしら? ヒュンケルは何か希望はある?」
「何でも良い。……どうせ短い間の呼び名だからな」
……短い間の呼び名か。すぐに正体を明らかにするつもりだからか、すぐにこの世から別れを告げるつもりだからか、どちらのつもりで言った言葉なんだろうな。どうせ後者のつもりなんだろうが、そうはさせないからな、ヒュンケル。
おっと、名前を考えないと。
「ふーむ……。名前、名前か……。――そうだ! 『ひゅんけるもどき』なんてどうだ?」
確かモシャスで変身した敵が現れた時の名前が○○もどきだったはずだが……。
「ポップー……」
「……」
どうやら皆には不評のようだ。ダイが呆れたような声を発し、ひゅんけるもどきは無言の抗議をしてくる。
「……あのねー、ポップ。それじゃあ、全然ヒュンケルの名前が隠れてないじゃない……。真面目に考えなさいよ、真面目に」
マァムが額に手を当てて、ため息と共に俺を非難する。
やはり、駄目か。まあ、そりゃそうだろう。俺も本気で採用されるとは思っていない。しかし、名前ねー。ヒュンケル、ヒュンケル……。
――そうだ! ユンケル! は……駄目か。どうしても、あのスポーツ選手の名前が頭に思い浮かんでしまって、顔を見るたびに笑ってしまいそうになる。
「そうだわ! ヒューイっていう名前はどう? ヒュンケルの頭文字を取っているし、呼びやすくないかしら?」
「ヒューイ……。うん、良いね。凄く呼びやすい!」
「……俺はそれで構わん」
む、……ヒューイか。確かにヒュンケルの頭文字が使われているから呼び間違ってもフォローがしやすい。しかし、ヒューイか……。無駄にイケメンぽい名前で、なんか悔しいな……。俺なんてポップなのに。いや、別に名付けてくれた両親に不満があるわけではないけれど……。
「何よ、ポップは何か不満があるの? 『ひゅんけるもどき』なんて名前よりよっぽど良いでしょ?」
「あ、いや、不満はないよ。ヒューイね。了解」
俺がその名前に不満を持っているとマァムに詰問されてしまったので、俺は自分の内心を隠して、その名前に了承した。
「じゃ、バダックさんも待っているし、城に戻ろうぜ。
俺の言葉に、皆頷いた。
城に辿り着いた俺達を迎えてくれたのは、やはりバダックさんだった。
「おお! お前達! 突然マグマが噴き出したから心配しておったぞ! ……おや? 1人増えておるようじゃが、お主は?」
バダックさんがヒュンケルを見て、疑問の声を上げる。
「ああ、こいつは同じアバンの使徒でヒューイと言います。偶然地底魔城で一緒になったんで、同行しているんです」
「なるほど! 4人目のアバンの使徒というわけじゃな! これは頼もしい! わっはっはっは!」
良かった。バダックさんには少なくともバレなかったようだ。この様子なら他の人に会っても多分大丈夫だろう。
俺は、気になっていた事を小声でヒュンケルに確認した。
(なあ、ヒュンケル。お前の鎧の魔剣って、もう直らないのか?)
(いや、あの鎧は刀身さえ無事なら自然に修復される。だが、ダイとの戦いで激しい損傷を受けたからな。あれほどの損傷を受けると直ぐには直らん)
そうか。やはり直ぐには直らないか……。もしかすると、船上でダイに空裂斬の修行をさせた事で、原作以上のダメージを鎧の魔剣に与えてしまったのかもしれないな。まあ、あの時はそれが最善と思ったんだから、今更言っても仕方ないことだけど……。ヒュンケル用の剣を別に拵えないと、こいつが戦力にならないな。
(そうか。……ところで、あの鎧を脱ぐには、どうすれば良いんだ?)
(? ……何故そんな事を聞く?)
(あ、いや、……別に)
まあ良いや。この件は、今度ヒュンケルが鎧を脱ぐ時に傍で聞き耳を立てておくとしよう。
「ところでバダックさん。ヒューイは剣士なんですが、地底魔城の戦いでその剣を失くしてしまったんです。城の武器庫とかにヒューイが使えそうな剣があったら、貸して頂けませんか?」
「おお! そんな事ならお安いご用じゃ。ロングソードで良いんじゃろ? 今持ってきてやるわい」
バダックさんは、俺のお願いを快く聞いてくれて、武器庫があるらしい場所に向かっていく。
よし、これでひとまずヒュンケルの武器はどうにかなる。
次は、花火の打ち上げだな……。
「こんな所に連絡用の火薬玉があるんですか、バダックさん?」
「ああ、そうじゃ。ここなら見晴らしが良いからの。お前さん達が不死騎団を倒してくれたんじゃ。早く知らせてあげんとのう」
俺達はバダックさんに案内され、城の横に併設されている神殿跡地にやってきていた。
「むむっ! 何たることじゃ。この扉の下にその火薬玉があるというのに、瓦礫が扉を塞いでおるではないか……。これを除けるのは骨じゃのー」
バダックさんが、何やら柱の残骸が折り重なっている一角で嘆きだした。
本当だ。僅かに床に扉のようなものが見えるが、その上に瓦礫が山積みになっている。
確かに、一筋縄ではどかせられない感じだ。
さて、俺が魔法で除けても良いんだけど……。
「俺、俺がやりたい! 俺に任せてよ!」
案の定、ダイがやる気を見せてきた。
「良いよ。じゃあダイ、やってごらんよ。……」
「うん! じゃあ、行くよ! ――
ダイが剣に手を添えて
「どうした、ダイ?」
「うーん、おっかしいなー。
俺は、思惑通り剣に
「……短くなっている……。耐性か……?」
「何が短いの、ポップ?」
「ん? ああ、いや。今は日が出ている時間が短い時期だから、もし打ち上げた火薬玉を見てくれても、態勢を整えてこちらまで来てくれるのは、明日になるかもしれないって思って……」
「確かにそうかもしれないわね。じゃあ、私は野営に良さそうな場所を探してくるわね」
「ああ、頼むよ、マァム」
さて、その後の展開は、原作と同様だった。
ダイが火炎剣を使って扉の上に積もっていた瓦礫を吹っ飛ばす。
更にその火が地下にあった火薬玉に引火して、盛大な花火を上げるところまで原作と同じ展開だった。まあ、実際これでも3賢者(確かエイミさんだったかな?)が気がついて迎えに来てくれるんだから特に問題はない。
しかし、時刻はもう夕刻にさしかかっている。今日のうちには気球はやってこないかもしれないな。
俺達は神殿跡地で野営をするべく、準備を始めた。
――シャッ、シャッ、シャッ
――カン、カン、カン
丘の上の神殿跡地に規則正しい音が響いていた。その音は、俺とバダックさんの手元から発生している。
俺はダイとヒューイの鋼の剣を研いでおり、バダックさんはダイの鋼のプロテクターを修理していた。
「ふむ、ポップ君は魔法使いじゃのに、鍛冶までできるのか。手先が器用じゃのー」
「ははは。俺の実家は武器屋ですからね。研ぐぐらいの事は、父さんから教わっているんですよ。
バダックさんこそ、よくそんなに損傷したプロテクターを器用に修理されますね?」
デルムリン島を出てからこちとら、ダイの装備している武器のメンテナンスは俺が面倒を見てきているから、慣れたものだ。
「うむ。儂もパプニカでは発明王として名をはせておるからのー。これしきの事、何という事はないよ。ほら、直ったぞ、ダイ君」
「わー、ありがとう、バダックさん!」
ダイが修理の終わった鋼のプロテクターをバダックさんから手渡されて喜んでいる。
俺も、ちょうど研ぎ終わったダイとヒューイの鋼の剣を2人に渡す。
「ほら、2人とも。こっちも終わったぞ」
「ありがとう、ポップ!」
「すまない……」
今俺達は、昨日と同じく再び焚き火を囲んで車座になって座り込んでいた。
昨日と違うのは、バダックさんがいることぐらいか。
後は、ヒュンケルが昨日より幾分憑き物がとれた表情でいることも違いといえば違いか。
「そろそろ、ちょうど良い具合に焼けたみたいよ。ポップもバダックさんもお疲れ様。」
マァムがそういって、火であぶっていた鶏肉の刺さった串を俺達に勧めてくる。
「ありがとう、マァム」
「おお、すまんのマァム君」
俺とバダックさんがその串を受け取る。ダイとヒューイもそれぞれいただき、香ばしい匂いのする焼き鳥にかぶりついた。
うん、美味しい。
俺は満天の星が広がる夜空を見上げた。結局、今日の所は気球は来なかったな。来るとすれば明日の朝だろうか? ダイが、自分の失敗で怪しまれて気球が来ないんじゃないかと気にしていたから、早めに来てくれると良いんだけどな。
そしてこの日は、焚き火を囲みながらめいめいが床に付いた。
~~~~その翌日~~~~
「じゃあ、レオナは無事なんだね! 良かったー」
ダイが気球の上で安心した声を上げている。俺たちは朝方に、気球で迎えに来てくれた3賢者の1人エイミさんに会うことができて、今は皆でバルジ島に向かっているところだ。良かった、今日来てくれなかったらどうしようかと思っていた所だ。
レオナ姫達は昨日の火薬玉の一斉打ち上げを見ていたらしいが、既に日が沈みかけていた事と、その不規則な打ち上げを警戒して、見通しのきく朝方に確認に行く事にしたらしい。
そして、レオナ姫の護衛もあるため、その確認には3賢者の一人エイミさんと数名の魔法兵が遣わされていた。
エイミさんは、原作通り大人の女性って感じでとても綺麗な人だった。原作ポップが鼻の下を伸ばしていた気がするが、その気持ちも分かるというものだ。
そして、そのエイミさんの隣にはヒューイ(ヒュンケルの事だ)が静かにたたずんでいる。
原作ならヒュンケルはこの場にいなかったんだけど、今はおとなしくヒュンケルも気球に乗っているから不思議なものだ。
「ヒューイだったかしら? その長髪、縛った方が良いんじゃないかしら。あ、ちょっと待ってね」
エイミさんはヒューイの長髪が気になるらしい。ポケットから紐を取り出して、ヒューイの髪を軽く縛った。
「これでどうかしら? うん、なかなか似合っているわよ」
「……すまない」
エイミさんとヒューイがそんな会話を交わしている声を聞きながら、俺は、眼下に見える大小様々な大きさの島々を眺めていた。この島の何処かにマトリフ師匠がいるはずだが、ちょっと上空からでは分からないな。
しかし、クロコダインは今頃どうしているのだろうか? 原作では、俺達がヒュンケルと最初に対峙した時に俺達を助けるために現れてくれたが、昨日は現れなかった。
気球を待っている間に、ヒュンケルにクロコダインの事を知らないかと聞いてみたが、ロモスで俺達に敗れた後魔王軍に戻ったという話は聞かないという事だった。
あの時、クロコダインはザボエラに対して明確に敵対行動に出た。あの時は、魔王軍軍団長の地位までは捨てたわけでは無かったが、ザボエラなどから言わせると、あの時点で裏切り者扱いされていても不思議ではない。
鬼岩城で治療を受けられず、回復が遅れているのだろうか。命さえ無事ならそれで良いんだけどな。どんなに遅くなってもいいから、俺達のもとへやってきて欲しいものだ。
「見えてきたわ、あれがバルジの島、そして中央に見えるのがバルジの塔よ」
俺がそんな事を考えていると、エイミさんが前方を指さした。
本当だ。島の中央に塔が見える。そして、バルジの島の手前、俺たちの気球のほぼ真下には大きな渦が見えている。すごい渦だな。呑み込まれたら絶対に助からないだろう、これ……。
「あそこに、レオナが……」
ダイが、一刻も早くレオナ姫に会いたい様子で呟いた。レオナ姫か……。歳は俺より1つ下ぐらいだったかな? よく覚えていないや。でも、深窓の令嬢とは対極にある元気あふれるお姫様だった事はしっかり覚えている。ダイではないが、俺も会えることが楽しみだな。
おや、塔の上にもう1つ気球が見えるな。
「エイミさん。塔の上にもう一つ気球が見えますね。パプニカは気球を2つ所有しているんですか?」
「え? ああ、あれは非常用の予備ね。普段は塔に仕舞われているんだけど、今は非常時だからいつでも使えるようにああして塔の上に用意しているのよ」
なるほど。ルーラを使える人間は限られているし、この世界気球は貴重だからな。ていうか、3賢者って誰もルーラを使えないんだよな。使えたらこれほど便利な魔法もないのに……。
「なるほど。ちなみにエイミさんは、
「それが……、契約は出来ているんだけど、使えないのよね……。姉さんもアポロも同じで。落ち着いたらポップ君に教えてもらいたいと思っているんだけど、良いかしら?」
「え? ええ、それは良いで――」
ドォーン!
俺がエイミさんと会話していると、突如として前方に見えるバルジの塔から爆発音が響き、その最上階付近にある窓から炎が吹き出した。
――やはり来たか!
「な、何じゃ何じゃ! いったい何が起こっておるんじゃ!?」
バダックさんが泡を食って、驚いている。他の皆も、一様に驚きの声を隠せない。
「ダイ、
俺はこれだけを伝えると、ダイの手を引いて気球から