すいませぬ。
ライオンヘッドにより負傷した自警団の方達の施療を終えた教会からの帰り道、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ポップー。今帰りかー?」
「ポップ、教会からの帰りのようだけど、自警団に何かあったの?」
「ポップ君、服に血が付いているよ!怪我したんじゃないよね!?」
そう言って、俺の所に駆け寄って来たのは同じランカークス村に住む同年代の男の子2人に、女の子1人。この3人、前世でよく読んでいた推理漫画に出てくる少年探偵団の3人に印象がよく似ていて面白いんだ。
もちろん、小さな名探偵やクールビューティーを除いた方の3人だ。男の子は、髪が茶色でちょっとふくよかな体型をしている方がジーン、髪が薄緑色でさらさらヘアがルッツと言って、女の子はライカと言う名前だ。ライカは薄い赤毛で少しくせっ毛があるのがチャームポイントの可愛らしい女の子だ。
「いや、僕は怪我はしていないよ、ライカ。これは返り血だから大丈夫。ルッツ、自警団に怪我人は出たけど、だれも亡くなるような事は無かったから安心して。ジーン、ジーンはまた丸くなってないか? 少し食べ過ぎじゃ無いのか?」
俺はそれぞれにそう声を返していった。
ジーンはランカークス村で糧食屋を営んでいる店の息子だ。糧食屋とは、小麦や塩などと言った食料品の売り買いをしているお店だ。
そして、ライカはこの村で食堂兼宿屋を経営している店の娘さんだ。とても明るく頑張り屋さんで、よく家の食堂のお手伝いをしている。将来は立派な看板娘になること間違いなしだ。
で、俺は少しルッツを気にして、更に声をかけた。
「ルッツ、最近どう?お母さんは元気になったかな?」
「うん、大丈夫だよ、ポップ。お母さんも最近では涙ぐむこともほとんどなくなったよ。」
ルッツはそう返事を返してくれた。良かった、ルッツの声にも大分力が戻ってきた気がする。
そう、ルッツは今から1ヶ月前ぐらいに、自警団員だったお父さんを病気で亡くされているんだ。
~さかのぼること1ヶ月ほど前~
「お願いだ、ポップ!僕の家に今すぐ来てくれないか!?」
ルッツが突然俺の家にやってきて、こう声を張り上げた。時刻は夕方になろうかという所だった。
「分かった! 直ぐに行くよ! お父さん、お母さん、ちょっと行ってくるね!」
俺は両親の返事を聞く間も惜しむかのように、家を飛び出してルッツと一緒に彼の家に走った。
俺は走りながら考えていた。おそらくルッツが俺を呼んだのはお父さんの関係だろう。ルッツのお父さんが数ヶ月前から体調を崩して寝込んでいることは耳にしていた。
その話を聞いた時、マイル神父に、回復魔法をかけて治してあげられないか聞いてみたことがある。しかし、マイル神父からは、ルッツのお父さんの体調悪化は、怪我が原因ではなく病気が原因なので、回復魔法では癒やしてあげられないと言うことを聞いたんだ。
病気は回復魔法で癒やせないという事にショックを受けたんだけど、それでも何か出来ることは無いかと思って、一度ルッツの家を訪ねたことがある。
その日はルッツのお父さんも幾分か体調が良かったみたいで、ベッドの上から、「いつもルッツの遊び相手になってくれてありがとう、回復魔法でこれからも村のことをよろしく頼む」と言われた。
俺は、ルッツのお父さんの顔を見て、ああ、たしかにこれは回復魔法では癒やせないなと思った。ルッツのお父さんの顔にはいわゆる黄疸(おうだん)が出ていたのだ。俺は前世で医学部生だったから、この症状を引き起こした原因はおそらく癌だろうと推測した。それも胸の辺りを押さえて息を苦しそうにしているから、おそらく肺の病ではないだろうか。
でも、それでも何かこの人のためにしてあげたくて、
もちろん、その痛みが緩和された時間はほんの少しだったんだろうけど、少しの時間でもその痛みから逃れられたのがうれしかったようだ。
そんな事があったなと考えながらルッツの後ろを走っていると、直ぐにルッツの家に着いた。そのままルッツの家の2階、ルッツのお父さんの横たわっている寝室に案内された。
「ああ、ポップ君! 急にごめんなさいね……。あんまりこの人が苦しそうだったから、ちょっとでも苦しさを和らげてあげたくて……。ポップ君、この間の魔法をもう一度この人にかけてもらえないかしら?」
「ポップ、頼むよ! 父さんを楽にしてあげたいんだ!」
ルッツとそのお母さんが俺にそう声をかけてきた。ルッツのお母さん、ずっと看病していたんだろうな。普段は緑色のさらさらとした髪が綺麗だったけど、今は少し髪が荒れているように見える。目の下にクマも見えるから、睡眠もあまり取っていないのかもしれない。
「分かりました。……では、少し前を失礼します」
俺は、ルッツの母さんにそう声をかけて、ルッツの父さんの横に立った。ルッツの父さんはもう意識がもうろうとしているようで、俺が側に来ていることにも気づかない様子だった。
いけない、もう余り時間が無いのかもしれない。俺は急いで呪文を発動させた。
「
俺の右手から緑色の淡い光が発光し、その後、ルッツのお父さん全体をくるむかのように緑色の光が広がっていった。……それから数秒の後、効果が現れた。
「……、う、うーん。い、いったいこれは……」
ルッツのお父さんの意識が戻ったのだ。病気が治ったわけではないだろう。だけど、身体をむしばんでいた病魔による痛みが一時的にでも引いたことで、意識が覚醒したようだ。
「あ、あなた! 痛みはもう無くなったの!? ポップ君が魔法をかけてくれたのよ!」
「と、父さん! 僕だよ! 分かる!?」
ルッツと、その母さんが必死に話しかけている。
「……ああ。……前の時と同じだ。痛みが、……急に……引いていったようだ。
ポップ……君、……あり……がとうな」
「いえ、良いんです。少しでもお役に立てたようで良かったです」
俺はそう声をかけてルッツとそのお母さんに場所を譲った。おそらく長くは持たない。痛みが引いて意識が戻っているうちに、少しでも長く別れの言葉を家族で交わして貰いたいと思った。
俺は、家族だけにしてあげようと思い、部屋を出て扉をしめた。そして、そのまま廊下に背中を預けてしばし待つことにした。
部屋の中からは、時折鼻をすする音やすすり泣きのような声が聞こえてきた………。最後の言葉を交わせているのだろうか。……そうだと良いな。
10分ほど経っただろうか? 不意に部屋の扉が開いて、ルッツの母さんが俺を部屋に招いてくれた。
「ごめんなさいね、ポップ君。待たせてしまったでしょう? どうか中に入って頂戴」
ルッツのお母さんの目は赤く腫れていた。でも、目には先ほど感じなかった確かな力を感じた。
俺は無言で頷きを返し、そっと部屋に入った。部屋では、ルッツのお父さんに横から抱きつくような格好で、ルッツがおじさんにかかっていた布団に顔をうずめていた。
「ついさっきね、あの人が逝ったのよ……。……でもね、ポップ君のおかげで私達、最後のお別れがあの人と出来たわ。あの人に言いたかった言葉、あの人が私たちに残したかった言葉、時間は短かったけど、きちんと言えたし、聞くことが出来たわ。だからポップ君、本当にありがとうね。あなたには心から感謝しているわ」
うそだ、本当はもっと長い時間を与えて欲しかったはずだ。こんな、痛みを和らげてあげるだけじゃなくて、病気そのものを治して貰いたかったはずだ。何がランカークス村の小さな賢者だ! 俺は自分の無力感にさいなまれ、拳を握りしめうつむいた。
「……本当だよ、ポップ。俺もお母さんも、ポップには本当に感謝しているんだ。だからお前がそんな泣きそうな顔をするなよ、ポップ」
いつの間にか布団から顔を上げていたルッツが、俺の方を向いてそう声をかけてきた。ルッツの顔は涙でぐしゃぐしゃだったけど、その目には落ち着いた光が宿っていた。
「でも、俺おじさんの痛みを和らげることしか出来なかった……。俺がもっとちゃんとしていたらおじさんの病気も治せたかもしれないのに……」
「それは違うよ、ポップ。ポップは今できるだけのことを俺や母さん、それに父さんにしてくれたんだ。俺たちは本当にポップに感謝しているんだ。だから、ポップは胸を張ってくれよ」
「……そうよ、ポップ君。あの人が最後に言っていたわ。家族に残したい言葉を伝えることが出来た。ポップ君にはくれぐれも俺が感謝していたと伝えてくれって」
俺は、必死で涙をこらえていた。今一番辛いのはルッツとその母さんなのに、俺がここで涙を流して慰めて貰ってどうする! ……そう心に刻み込み、必死で涙をこらえていた。
ルッツの家を退去する頃には辺りは薄暗くなっていた。ルッツの母さんが、暗くなる路地を見て、心配して送ろうかと言ってくれたが、丁重に断った。今2人は、できるだけおじさんの側にいてあげて欲しい。
「走れば完全に真っ暗になる前には家に着きます。大丈夫です。それよりおばさん、あまり寝ていないように見えます。辛いとは思いますが、休息もしっかり取ってくださいね」
「ええ、そうするわ。私がしっかりしないとルッツに迷惑が掛かるものね。今日は本当にありがとうね、ポップ君。気をつけて帰ってね。落ち着いたらスティーヌさんとジャンクさんにも必ずお礼に行くわ」
「ポップ、今日はありがとうな。……………また一緒に遊ぼうな」
「ああ、また一緒に遊ぼう。絶対だぞ」
俺はそう挨拶を交わし、家路についた。家までの道のりをかけながら、俺は密かに決心していた。
そう、それは『この世界に医療魔法を創成してやる!』というものだ。この世界の平均寿命は俺の前世から見てずいぶんと短い。
今まで、俺の身近な人間で病気で亡くなる人がいなかったから知らなかったが、この世界の医療技術は極端に遅れている。
病気で身体の調子が悪かったら薬草頼みしか取るべき手段がない。
この方面の医療技術の停滞は、なまじ怪我を容易に治すことの出来る回復呪文が存在するからかもしれない。
でも、回復呪文では怪我は治せても、病気は治せない。俺のホイミは病気の患者の痛みを軽減できた。これは、マイル神父やマリーさんのホイミでも現れなかった現象だ。何故だろうか?
俺が前世で、少しでも医学知識を身につけていたからだろうか? 病気の原因をある程度推測することが出来た事が、その違いを生んだのだろうか?
俺は、いつかこの原因を突き止め、この世界に医療魔法を確立させることを心に刻みつけた。
俺が密かな決心をした日から1ヶ月過ぎた。ルッツはもうあの悲しみから立ち直っているようだ。
「それなら良かった。おばさんは、どうしている?」
すごいな、ルッツ。もし俺の父さん、母さんが亡くなったとしても1ヶ月じゃあ、こんな風に立ち直れないぞ。
「母さんは、ハイネさんの倉庫で働き出したよ。自警団の団長さんが、口を利いてくれたんだ。今の時期丁度収穫した小麦の仕分けで人手不足だからね。忙しそうにしているよ」
そうか、本当に良かった。
「自警団の人たちが襲われたって事は、森で強い魔物が出たのか?」
ゲン太……いや、違う、ジーンがそう問いかけてきた。
「うん、そうみたい。ライオンヘッドだって。討伐できていないから、しばらくは森の奥地には入らないようにって、自警団の人達が言っていたよ」
「えー、そんなのつまんないぜ。今ちょうどクコの実が、木につき始めた頃なのに」
ジーンがそう唇を尖らせて文句を言っている。まあ、気持ちは良く分かる。クコの実というのは今ぐらいの時期に、クコと言う名前の木に出来る実で、かるくあぶって食べると実に香ばしくて美味しい。俺たち子供の、この時期だけの貴重なおやつだ。
「しかたないよ、ジーン君。ライオンヘッドって、すっごく怖い魔物でしょ? 私、そんな魔物に会いたくないよ。それに、来週は『手紙送り』があるじゃない! あれだって、すっごく楽しいよ」
ライカがそう言って、ジーンをなだめている。『手紙送り』というのは、年に1度だけ行われるイベントだ。この村の横に流れている川に、手の平サイズに作った木の船をみんなで流すんだ。既に亡くなってしまった故人に、生きている自分たちの近況を報告するという目的があって、船には小さく折りたたんだ故人に宛てた手紙が添えられている。
船を流す場所には、色々な出店や楽団が出店され、子供達はこのお店を見て回ったり、様々な旋律を奏でる楽団を見物することを楽しみにしている。
「ちぇ、まあそれで我慢しておくか。ポップも行くんだよな?」
「うん、僕も行くつもりだよ。僕も色々な楽団を見るのは楽しみなんだ」
「ポップ君も見に行けるの!? 去年は確か教会の手伝いで行けなかったよね? じゃあ、私がポップ君の案内してあげるね!」
ライカがそう言って、僕の手を取って飛び跳ねて喜んでいる。ふふ、かわいいな。ん、
おいおい、ジーンとルッツがじっとライカと俺が繋いでいる手を睨んでいるじゃないか……。ああ、そういうことか……。こいつらおませさんだな。まだ前世で言ったら皆小学1年生くらいだろう?それでこんな感情を抱くのかよ。
「ジーンもルッツも行くんだろう? じゃあ、一緒に見て回ろうよ」
俺が男の子2人組にも声をかける。どうだ、フェアだろう?
「しょうがないな~。お前あんまりこういうのに参加したこと無さそうだから、つきあってやるよ」
「そうだね。ベンガーナの首都から、有名な楽団がくるらしいから、教えてあげるよ。」
男の子2人組が、仕方ないなー風を装いながら、一緒に回ることを了承する。お前ら、分かりやすすぎだよ……。
「え、皆一緒に回るの? うーん、ま、いっか……。……2人きりは、またの機会を見つけようっと」
ライカがなにやらごにょごにょ言っているが、無事4人で祭見物することが決まった。
うん、良いね。何か前世のお祭りを思い出して、俺は楽しくなってきた。