兜が外れて地面に落ちる。
俺は、その素顔が確認できた時点で、
リンガイアにいたはずのこいつがどうして、魔王軍に? それにザイードだって? 俺は、ノヴァの背後にいるザボエラを見ておおよその見当をつけた。
おそらく、ザボエラがリンガイアにいたこいつを攫ってきたんだろう。ロモスで俺に対してしようとしたように。そして、何らかの手段でこいつの意識を操り、新しくザイードという名前をつけた……。確証は無いが、概ね間違っていないはずだ。
「くっ……!」
ノヴァが顔に手をやって、悔しげに呻く。
「ノヴァ! お前はザイードなんていう名前じゃない! お前はリンガイア国の戦士ノヴァだ! 父はリンガイア国の将軍、バウスン! 決して、後ろにいるザボエラは、お前の父なんかじゃないぞ!」
ないぞ!」
「ノヴァ? 僕の名前はザイードでは? リンガイア国……? バウスン……? う、うう……」
ノヴァは、俺の言葉に少し呆然とした様子でつぶやいた後、頭を押さえて呻きだした。どうだろう? 少し反応があった気がするが……。
「ええい! 貴様! でたらめを言うでないわ! ザイード! さっさとあれを使わぬか!」
そのザボエラの言葉に呼応したように、突如ノヴァの装備している黒衣の鎧の表面に無数の口が現れた。な、何だ、あの鎧!?
「ヒッヒッヒ……。それで良い、ザイード。さあ、ザイード。ここには多くの養分が転がっておるぞ。それを喰らうと良い」
ザボエラは、突如左手から複数の光弾を放出した。その光弾の向かう先は、先の戦いでザボエラの
光弾の着弾した悪魔神官が、まるで吸い寄せられるかのようにノヴァの鎧に張り付いていく。そして、その鎧の表面に浮かんだ無数の口が悪魔神官をクチャクチャと咀嚼する。
う……。俺は、あまりのその醜悪な光景に思わず目を背けた。ノヴァは、何故かうつろな表情で自身の装備している鎧の行為を見つめていた。
黒衣の鎧の、死体の咀嚼はあっという間に終わった。
「……げぇっぷ」
信じられないことに、悪魔神官の死体を食べ尽くした鎧がゲップをした。この鎧は、まるで……。
「ヒッヒッヒ。腹がいっぱいになったようじゃの。――では、その姿を現すがよい!」
突然、ノヴァの身体が発光する。俺は思わず目を手で覆うが、その光は一瞬だった。光が収まった後、そこには全長10mにも達しそうなほどの醜悪な容貌の生物がいた。いや、これを生物と言って良いのだろうか?
その体表には皮膚が無く、ピンク色の肉塊があるのみだった。巨大ではあるものの、かろうじて人の形をとっている。そして、その肉塊の表面は絶えず自壊しており、ドロドロと周囲に体液らしきものが流れ落ちている。俺はこの容貌を見て、思わず前世で見た国民的アニメの巨神兵を想像してしまった。
この状況に、さすがに隣で戦っていたダイ達もミストバーンとの戦いを中断してこちらにやってくる。
「ポップ! これは……!」
「なんて大きさ……!」
2人も巨神兵もどきの姿を見て唖然とした表情をした。そりゃーそうだろうな、俺もびっくりだよ。ノヴァは、もしかしてあの化け物の中に取り込まれているのか? 息はできているんだろうか?
「ヒッヒッヒ。これぞ儂の研究している超魔ゾンビの試作品よ! あの人間は、この形態になるための媒体に過ぎんわ。さあ、やれ、ザイード!!」
超魔ゾンビ? 何だ、それは? 死体を活用して自己を強化しようっていう研究か。ノヴァ、お前そんな研究の材料にされてしまったのかよ……。くそっ、今助けてやるからな、ノヴァ!
そんな事を考えていた時、突然バルジの塔を挟んで反対側にある炎魔の塔が崩れ落ちた。
「やったよ、ポップ! 炎魔の塔が……!」
「ああ、どうやらヒューイ達がやってくれたようだな」
これで、2つの塔が消滅した事になる。つまり、氷炎結界呪法は今破れたという事だ。だが、急がないといけない。すでに日が昇って大分経つ。マリンさんの命が保つと言われている正午まで、もういくらも時間が残されていない。
「……生きて……いたのか」
突然ミストバーンが炎魔の塔があった方向を見つめ、そう呟いた。
『生きていたのか』だって? 今のは誰に対しての言葉だ? もしかして、ヒュンケルか?
そして、俺の疑問をよそに、当のミストバーンは、突然その場から姿を消した。
「き、消えた……。逃げたのかしら?」
マァムがその様子を見て呟くが、俺は違うと見ていた。もしかしたら、ミストバーンは向こうの戦場に向かったのかもしれない。だとしたら、まずいな……。向こうにはおそらくハドラーがいる。そのハドラーに加えてミストバーンまで向かったとなると、いくらヒュンケルでも……。しかもあいつ、鎧の魔剣を装備していないからな。
「――ミ、ミストバーンめ! 自分だけさっさと退却するとは!」
ザボエラもミストバーンの突然の戦場離脱に驚きの声を上げている。急がないといけない。マリンさんの救出、ザボエラ&ノヴァへの対応、ヒュンケルへの加勢。今は、この3つのタスクをこなす必要がある。
「ダイ、マァム! あの化け物の内部には、リンガイア国の戦士が捕らわれている! 俺はあの化け物を始末して、その戦士を助け出したい。すまないが、手伝ってくれ!」
「うん、分かった!」
「分かったわ、ポップ」
俺の言葉を受けて、ダイとマァムが化け物に向かっていく。やつは、腕を振り回して弾き飛ばそうとするが、その動きは鈍い。ダイ達は自身の間合いに入るなり、化け物に攻撃を仕掛ける。
俺もトベルーラで上空に飛び上がり、イオの魔法を化け物の頭部めがけて放つ。しかし、表面が半液体のようになっている化け物には、攻撃を受けた部位の液体が飛び散るだけで、ダメージが入っているようには見えない。
っと、化け物がその腕を振り回して俺を捕まえようとしてくるので、俺はそれをヒラリと躱す。動きが遅いから特に危険は感じない。なんだ、こいつ。これならむしろノヴァと戦っていた時の方が脅威だったぞ。
しかし、攻撃が通じないのは参ったな。これならバギを唱えても刃が表面を撫でるだけで、効果は無さそうだ。あまり大規模な魔法はノヴァへの影響が心配だし、何と言っても俺の残魔法力がそろそろ限界に近づいている。大技は、放てて後1発ぐらいといったところか……。
足下の方を見ると、ダイも苦戦しているようだ。いくらダイが剣で切りつけても、液体をかき混ぜているだけのような状態になっている。だが、マァムの方も同じかと思い見てみると、どうやら冷気を纏わせたメタルフィストでの打撃は、一定の効果を現しているように見える。
――そうか! 半液体だからダメージが通らないんだ。だったら、無理矢理固体にしてしまえば良いはずだ。
マァムの戦い方にヒントをもらった俺は、打開策が浮かんだ。
「ダイ、マァム! いったん下がってくれ! 今からこいつを固めてしまう! その後、一気に決めてくれ!」
俺の言葉に、二人とも即座に化け物から距離をとる。それを確認した俺は、残り少なくなった魔力を振り絞った。
「喰らえ! ――
俺の右手から放出された氷雪の嵐が、化け物の周囲を覆っていく。そして、その嵐が過ぎ去った後、残ったのはガチガチに凍り付いた化け物の姿だった。
「ダイ! 頼む!」
「うん!」
ダイは既に十分に闘気を練っていたようだ。鋼の剣を逆手に構えた右手に、徐々に闘気が伝達されていく。剣がまばゆく光る。
「――アバンストラッシュ!」
ダイがその場で剣を大きく振り切ると、アバンストラッシュの斬撃がソニックブームとなって化け物に向かっていき、その巨体に直撃した。
直後、凍り付いていた化け物の身体が破裂するように爆発し、内部から黒い鎧を着たノヴァが現れた。
良かった、一瞬俺はアバンストラッシュのあまりの威力に、中にいるノヴァまでぶった切られたんじゃないかとヒヤヒヤしたが、どうやらそんな事はなかったようだ。
しかし、安心したのはそこまでだった。
意識を失ったノヴァが不意に空中を浮遊し、ザボエラの側に引き寄せられた。
「ヒッヒッヒ。大した威力じゃのー、勇者よ。しかし、良いデータが取れた。おかげで儂の超魔ゾンビの研究が更に進んだわ。感謝するぞ」
しまった! ザボエラの動きは警戒してしかるべきだったのに、注意が足りなかった……!
「ザボエラ! ノヴァを離せ! もうそいつに用は無いだろう!」
俺は、ノヴァを解放するようザボエラに声を張り上げた。
「ヒッヒッヒ。何をいうか。まだまだこやつには媒体としての役割が残っておるわ。しかし、ハドラー様への義理もこれで十分果たしたと言えるじゃろうて。儂はここらで退散するとしようかのー。ヒーヒッヒッヒ」
「待て、ザボエラ!」
しかし、俺の呼びかけも空しくザボエラはその場から忽然と姿を消してしまった。ノヴァを連れて……。
くそっ! もう少しでノヴァを助けられたのに! ミストバーンといい、ザボエラといい、どうして奴らはあんな風にふらっと消え失せることができるんだよ!
「ポップ……」
マァムが、俺を気遣わしげな表情で見つめてきた。
「ああ、ごめん、マァム……。……うん、ちょっと頭を冷やすよ」
「ポップ、あのノヴァって人は……」
ダイがアバンストラッシュの構えを解いて、俺の元にやってくる。
「ん……。以前アバン先生と旅をしていた時に、リンガイア国で知り合った奴でさ。性格はちょっとやな奴って感じだったんだけど、あんな扱いをされて当然って奴じゃあないんだ。……助けてやりたかったよ」
正直あいつとは、良い出会いをしたとは言えない。だけど、アバン先生はあいつをきちんと評価していた。だから俺も、次に会った時はしっかりその人柄を確かめようと思っていたのに。まさか自分の名前も忘れさせられるような扱いを受けているなんて……。
……畜生。俺は、再びザボエラに対する怒りがふつふつと沸いてきた。
「次は絶対に助けよう、ポップ! きっと、また俺達の前に現れるよ!」
「そうよ、ポップ。次こそ彼を助けましょう!」
ダイとマァムがそう言って、俺を励ましてくれた。そうだな、生きていれば次の機会があるはずだ。それまで死ぬなよ、ノヴァ。
「ああ、そうだな! 次こそは助けだそう。すまないけど、その時は助けてくれるか?」
「もちろんだよ!」
「当たり前じゃない、何言っているのよ、ポップ」
「よし、それじゃあ――」
――ドォォォーン!!
突如、炎魔の塔が存在した辺りから、とんでもない規模の炎の塊が立ち上った。あの炎は、まさか……。
「ポップ、あの炎は……!」
マァムが血相を変えて、天高く立ち上った炎を見上げている。
「ああ。多分、炎魔の塔は砕いても、まだあそこでは激戦の真っ只中って事なんだろう……」
そして、あれはおそらく
「助けにいかなきゃ、ポップ!」
ダイが俺を振り返る。確かに、助けにいく必要がある。だけど、ここは……。
「ああ、助けにいこう。ただし、助けに行くのは俺だけだ。2人にはこのままバルジの塔を目指して欲しい」
「どうしてだよ、ポップ!? 皆で行かないと……!」
「いや、駄目だ。俺達の目的を忘れたのか、ダイ? 俺達は正午までに氷漬けになったマリンさんを助けないといけないんだ。今からあそこの救援に向かって、その後バルジの塔を目指していたんじゃあ、絶対に間に合わない。ここは機動力のある俺が救援に行って、ダイとマァムにはバルジの塔を目指してもらう方がいいはずだ」
「だけど、それじゃあ……」
ダイが、俺の言葉にまだ悩む様子を見せている。
「いえ、ダイ。ポップの言う通りよ。私達は、マリンさんを助けるためにここまで来ているのよ。ヒューイ達の事はポップに任せて、私達は先に進みましょう!」
マァムは、俺の言葉に賛成のようだ。
「マァム……。……うん、分かった! 俺達は、バルジの塔に向かうことにするよ」
良かった。ダイも納得してくれたようだ。ていうか、バルジの塔にはフレイザードがいるんだ。あいつを倒すには、空裂斬に開眼したダイで無いと駄目なんだ。適材適所なんだよ。
「よし、じゃあ俺達はいったんここでお別れだ。バルジの塔ではフレイザードが待ち構えているはずだ。だけど、あいつの性格から言って、おとなしく塔の最上階で待っているとも思えないからな。塔に近づいたら決して油断するんじゃないぞ! 後、ダイは船上と師匠の島での修行を思い出せよ! 禁呪法生命体であるフレイザードは、空裂斬でないと倒せないからな!」
俺は原作知識で知り得ている情報を、できるだけ自然に聞こえるよう二人に伝える。
「分かったわ! ポップも気をつけてね! 絶対に無茶しちゃ駄目よ!」
「空裂斬、きっと習得するよ! こっちの事は心配しないで!」
そして俺は、バルジの塔に向かって駆けていくダイ達を見送った。さて、俺は炎魔の塔があった所に行く必要があるんだが、既に俺の残魔法力はカツカツだ。
そんな状態の俺が行ったところで、逆に足手まといになる事は目に見えている。
はー……。俺は内心ため息をつきながら、アバン先生から引き継いだ鞄を開いた。そして、1本の小瓶を取り出す。その小瓶の中に入っている液体は毒々しい青色をしていて、時折コポコポと底から泡が噴出して弾けている。
これ、本当に効果があるんだろうな……。飲んだ瞬間、卒倒しないだろうな?
そう、この小瓶は師匠の部屋の宝箱の奥に転がっていたものを、師匠が持って行けと言って渡してくれたものだった。その名は『エルフの飲み薬』。このアイテムについては、ゲームの知識で知っている。飲むだけで魔法力が全回復するという、魔法の聖水など比較にならない程のとんでもない貴重品だ。
しかし、俺はどんな飲食物にも賞味期限というものがある言う事を知っている。師匠に聞くと、この小瓶は前大戦時に手に入れた代物らしい。ということは、最低でも15年は経っているということだ。
大丈夫なのだろうか、その刻の経過は……。冷蔵庫で保管していたわけではないんだぞ。当然ながら、この小瓶には賞味期限を書いたラベルは貼られていない。
だが、飲まなければ俺はこれからの戦いに何の役にも立てない。できれば、このアイテムは使わずに済ませたかったんだが、そうも言っていられないだろう。俺は小瓶の蓋を外し、しばし眺める。すさまじい異臭が鼻をついたが、それもすぐに麻痺して感じなくなった。
あれ、そういえばこのアイテムは、『エルフの飲み薬』という名前だな。という事は、さっきのザボエラの話じゃないが、本当にこの世界にはエルフがいるのかもしれないな。
もしかすると、エルフのお姉さん方がこのアイテムを作った可能性も無きにしも非ずか。
よし、飲んでみるか! 男は度胸だ! 俺は目を瞑り、覚悟を決めて小瓶の中身を飲み干した。