~~~~パプニカ王城跡地~~~~
俺達はあの後、
時刻はすでに夕方になろうとしている頃だった。パプニカに攻め入ってきた不死騎団や氷炎将軍は撃退したといっても、パプニカの王城や町に残る破壊の爪痕はまだそのままの状態だ。俺は、ヒューイがこのパプニカに戻ってから表情に影が差している事に気づいていたが、何も声をかけることができなかった。
レオナ姫は、明日からパプニカの復興に全力を尽くすことを決意されたが、今日だけはパプニカ奪還の喜びを皆で分かち合おうという事で、ささやかながら祝勝会を催すことになった。
といっても、コックなどはいないため、皆が厨房の跡地に残っていた食材を使って、それぞれ得意な料理を調理し、持ち寄って食べる形式だ。小麦粉が残っていたから、俺もマァムとダイ、それにヒューイにも手伝ってもらって、カレーとナンを作った。バダックさんは焼き鳥を焼いていたし、こういう趣向もそれぞれの意外な側面を知ることができて面白いなと思った。
後、思っていた通りヒューイは料理作りにほとんど役に立たなかった。だってあいつ、包丁を持たせたら、まな板ごと切断するんだぜ? 意味が分からんよ……。その癖、舌が肥えていないためか、何を食べさせても旨いとしか言わないから、味見役もできやしない。
ああ、そうそう。お酒の貯蔵庫は無傷で残っていたから、お酒の心配だけはしなくて良かった。クロコダインとか無茶苦茶豪快に飲みそうだしな。
「さあ、皆に飲み物は行き渡ったかしら? それじゃあ、かんぱーい!!」
「――乾杯!」
レオナ姫の挨拶に続き、皆がグラスを合わせ乾杯と唱和する。とたんに、王城跡地に集った兵士の皆さんの間に弛緩した空気が漂う。
ここには、バルジの塔に集っていた兵士だけではなく、散り散りになってパプニカ近郊で息を潜めていた兵士達も集まっていた。
皆、涙を流さんばかりに互いの無事を確認し合い、グラスを傾け合っている。
俺も、隣にいるダイとマァムと軽くグラスを合わせて、グラスに満たされたワインを軽く口に含んだ(もちろんダイはお子様だから、葡萄ジュースだが)。
うん、パプニカは南の平野で葡萄の栽培が盛んなため、その葡萄を搾って作ったワインが有名だ。このワインもとても芳醇な香りと味で、とても美味しい……と思うんだが、俺はこの後の展開を予想して、その味を楽しむどころではなかった。
「ポップ……」
ヒューイが俺の前に来て、そう呼びかけてきた。そうだ、この件を片付けないと俺はゆっくり飲み食いができる状況にはならない。アバン先生から渡された重荷も、まだ半分は俺の肩に乗ったままだ。
クロコダインが、壁際でビール樽を片手に俺達をじっと見つめている。
ダイとマァムも、思うところがあったのか、グラスをテーブルに置いてヒューイを見つめる。
「はー……、分かったよ。最初から状況が落ち着くまでは、という約束だったもんな」
俺は頭をバリバリと掻きむしりながら、ヒューイに声をかけた。そのヒューイは、言葉を返すこともなく、ただ頷いただけだった。
「レオナ姫、少しよろしいですか?」
俺は、乾杯の音頭の後、3賢者と談笑していたレオナ姫に声をかけた。
「あら、どうしたの、ポップ君? そんなにあらたまって?」
レオナ姫は俺を振り返り、不思議そうな表情をしている。まあ、そうだろうな。バルジの島では俺はレオナ姫を姫さん呼びしていたし、敬語なんかも使っていなかったから。
「すいません、ちょっと真面目な話があるんで、この口調のままで続けさせてください」
「……ええ、良いわよ、ポップ君。それで、話っていうのは何かしら?」
俺のその言葉と態度に、何か気づいたんだろう。レオナ姫が態度を改めた。そしてレオナ姫の纏う雰囲気が変わると、3賢者はもとより周囲のパプニカ兵の皆さんもそれを敏感に察する。
周囲に静寂が漂い始めた。皆が、俺が何を言うつもりなのかを注目し始めた。ああ、この雰囲気嫌だ嫌だ……。だけど、ヒュンケル1人に任せておくと何を言い出すか分からないからな。ここは俺も話に入っておかないといけない。
「えっと、話というのは、……後ろのヒューイの事なんです」
「ヒューイ? ヒューイがどうかしたのかしら?」
レオナ姫が俺の後ろにいるヒューイに視線を向けた。エイミさんもレオナ姫の後ろで不思議そうな表情をしている。
「実は、ヒューイは――」
「――ポップ。後は俺から話そう」
ヒューイは俺の言葉を遮り、俺の隣に立った。
「……レオナ姫。俺の本当の名はヒューイではない。俺の本当の名は、ヒュンケル。この国を滅ぼした不死騎団長ヒュンケルだ」
そう言ってヒューイは、いや、ヒュンケルは自分の意思で、俺にかけられた
ザワザワザワ……。
レオナ姫、3賢者はもとより、祝勝会に参加している人々が驚愕の声を上げて、姿を現したヒュンケルを見つめている。
「ヒューイが、不死騎団……」
レオナ姫は目を大きく見開き、ヒュンケルを見つめている。一部の兵士が、素早くレオナ姫とヒュンケルの間に割って入ろうとする。
ああ、お願いだからそんな事をしないでくれ。ヒュンケルは丸腰だし、あなた達が心配するような事は絶対に起きないんだから。
「俺は、一度このパプニカの国を滅ぼした。たとえどんな償いをしようとも、その事実だけは拭いようがない。……幸いにも一度命を拾い、姿形を変える事でダイ達やレオナ姫達の力になる事が出来た。もはや思い残すことは無い」
そしてヒュンケルは、その場に片膝をついた。
「……レオナ姫……。あなたの手で俺を裁いてくれ。この場で切り捨てられても、俺は一向にかまわん……」
俺は、ヒュンケルの言葉に続けて口を開いた。
「そういう事です、レオナ姫。ヒュンケルが今までその姿形を変えていたのは俺の提案です。ヒュンケルは直ぐにでもレオナ姫に全てを打ち明け、罪を裁いて欲しがっていましたが、俺が止めました。その事について罰するとすれば、俺にお願いします」
俺の言葉に、チラッとレオナ姫がこちらを見た。祝勝会に参加している皆がこちらを見つめている。ダイとマァムもいつの間にか俺の側に来ている。
俺は、ヒュンケルの隣で一緒に膝をついて、寛恕を請う事も考えた。しかし、それをしてしまうと、おそらくダイやマァムも続いてしまうだろう。それは、俺達をこの件に巻き込ませたくないと考えているヒュンケルの本意では無いだろうし、何よりレオナ姫の断罪に予断を許してしまいかねない。
ダイという友人に免じてヒュンケルの罪を許した、とレオナ姫が周りから見られるのもよくないだろう。同時に、俺達のおかげでヒュンケルの罪が許されたと周りに思われてしまっては、こうして覚悟を決めて全てを受け入れるつもりでいるヒュンケルの気持ちを、蔑ろにしてしまう事になるだろう。
もう打てる手は打っているんだ。悔しいが、これ以上の事は俺には出来ない……。
だから俺は、冷たいようだがこれ以上ヒュンケルのための動きはとらず、じっとレオナ姫の動向を注視した。
レオナ姫は、一度深く息を吐いた後、ヒュンケルに対して足を一歩踏み出して口を開いた。
「分かりました。……ヒュンケル。望み通り、このパプニカの王女レオナが判決を下します」
ヒュンケルは頭を下げた姿勢のまま、静かにその言葉を聞いていた。
「あなたは、確かに過去に大きな罪を犯しました。しかし同時にあなたは、その過去を悔やみ、このパプニカを魔王軍の手から奪還する大きな力となってくれました。そんなあなたに私から命じる言葉は一つだけです。あなたには、残された人生の全てをアバンの使徒として生きる事を命じます……!」
ハッとした顔でヒュンケルが頭を上げた。
「友情と正義と愛のために、己の命をかけて戦いなさい。そしてむやみに自分を卑下したり、過去に囚われ歩みをとめたりする事を禁じます。 ――以上! いかがかしら?」
「……承知しました……!」
ヒュンケルの目から涙がこぼれたのを、俺は見た。
……良かった。……ありがとう、レオナ姫。これで俺も、ようやくアバン先生から託された重荷を全て下ろす事ができた。
俺がそんな風に安堵して後ろに下がると、バダックさんが隅の方から何かを取り出して来た。
「バダックさん、それって……?」
「ふっふっふ。ポップ君がリュートを弾けると聞いておったからの。王城の隅に転がっていたリュートを持ち込んでいたんじゃよ。せっかくの祝勝会じゃ。音楽が無いと寂しいじゃろう? 何か演奏してくれんか、ポップ君?」
バダックさんが、ニヤッと笑いながら俺にリュートを手渡した。
「良いですねー。久しぶりなんで、上手に弾けるかどうか分かりませんが、お受けしましょう」
俺は2つ返事でバダックさんに了承した。うん、こういう場面で音楽を奏でるのはとても良い。一体感が出るからな。
しかし、問題は選曲だ。何にするべきか? 俺の十八番の『荒城の月』はさすがにまずい気がする。だって、ここはまさに荒城だし、その荒城をもたらした人間がここにいるんだ。
せっかくヒュンケルがその罪を許してもらったばかりなのに、また一騒動起きそうな気がする。うん、『荒城の月』だけはやめておこう。俺は空気を読める男だからな。
うーん……。一体感が出て、皆が歌いやすい曲。あっ、かなり古いけれど、あの曲はどうだろう?
俺は、この場にふさわしいと思った曲のメロディーを頭に思い浮かべて、ゆっくりとリュートの弦を弾いた。
「~~~~~~♪ ~~~~~~~♪」
俺がリュートの音色に併せて歌を歌い始めると、この場のみんなの視線が俺に集中した。うまく歌えているだろうか……。演奏自体は前世での部活動で慣れていたが、さすがにソロで歌うのは緊張するな。しかもこの世界の皆は、初めて聴く曲だろうし。
しかし、どうやら俺のその心配は杞憂だったようだ。歌が2小節目に入ると、会場の一部から俺の歌と併せて一緒に歌う人達がチラホラと出始めた。
そして、3小節目に入ると大合唱となった。皆が顔を夜空に向けて、大声で歌っている。
俺が奏でた曲は、前世で昭和の時代にヒットを飛ばした『上を向いて歩こう』という曲だ。歌手は残念ながら不幸な飛行機事故で亡くなってしまったが、この曲は歌詞が難しくなく、たとえ文化が違っていても意味不明な単語が出てこない。
これから復興に力を尽くそうと決意した人々にとって、希望を胸に歩き出してもらう意味で良かったのではないだろうか。
あ、ヒュンケルも空を見上げて歌っているよ。それこそ、涙がこぼれないように……。そんなヒュンケルと肩を組んで歌っているのは、クロコダインだった。歌というより怒声のような音量だけど。
……いい光景だ。マァムもダイも、姫さんも歌っている。俺もリュートを弾きながら歌った。
荒廃したパプニカ王城の夜空に、大勢の人々の思いを乗せた歌声が響き渡っていた。
あの後、俺は連続して10回近く同じ曲を弾き続けた。とんでもない規模の大合唱になったので、1曲終わってはい終わりという雰囲気にはならずに、次から次へとリピートする事になった。まあ、全員すぐに歌詞を覚えて勝手に歌ってくれるようになったから、途中から俺はリュートを弾くだけにしておいたが、さすがに指が疲れた。
そして、俺は今クロコダインのおっさんとバダックさんと一緒に酒を酌み交わしている。
「いやー、さっきのポップ君の弾いた曲は実に良かったのー! 儂も、かつてパプニカの歌唱王と呼ばれた血が騒いで、久しぶりに熱唱したわい。初めて聞く曲じゃったが、あれはポップ君の故郷の曲かの?」
「いえ、あれは旅の吟遊詩人の方が故郷に来た際に教えてくれた曲なんです」
俺はいつも通り、旅の吟遊詩人に全てを押しつけていた。ふふふ。後世で、『旅の吟遊詩人、その正体は!?』 みたいな事になったりして……。いや、さすがにそれは無いか。
「ガッハッハッ。ポップは多才だな! 俺も初めて歌というものを歌ったがなかなか良いものだな!」
クロコダインのおっさんが、樽に入ったビールをがぶ飲みしながら上機嫌に笑っている。
「いやいや、おっさんの歌声も、なかなかの美声だったぜ。おっ、バダックさん、この焼き鳥旨いですね!」
「おお、そうじゃろう! それは儂の家に伝わる秘伝のタレで焼いておるからな。ほれ、クロコダインもどんどん食ってくれ!」
「うむ、これは旨いな、爺さん!」
おっさんは豪快にバダックさんから進められた焼き鳥を口にしている、と思っていたら、何やら幾分真剣な表情で俺に問いかけてきた。
「なあ、ポップ……。1つ聞かせてくれぬか。お前は、かつて故郷の近くの森でライオンヘッド、いや、バクーモスと戦った事があると耳にしたが、本当か?」
ん? なんだろう、この質問は? 本当かも何も、あれはメルルと出会った際の事で、忘れもしない出来事だ。もしかしてあのバクーモス、おっさんの友達だったんだろうか? うーん、でもおっさんに嘘はつきたくないからな。正直に答えよう。
「ああ、本当だよ。もう5年以上前になるかな……。森の中で、1対1でやりあったよ」
「そうか……。バクーモスは強かったか?」
「そりゃーもう、思い出したくもないほどの強さだったよ……。俺が今まで戦った敵の中でも、ハドラーやおっさんを含めた軍団長クラスを除いたら一番手強い敵だったと思うよ。ほら、見て見なよ、俺のこの傷跡」
そう言って俺は、おっさんに左腕をまくって上腕部を見せた。そこには、5年前にあいつとの戦いで付けられた傷跡がくっきりと残っていた。メルルには言えないが、あの時の傷跡は結局残ってしまったのだ。
「な? だから、無茶苦茶、強かったんだって。俺はあいつとの戦いで、両手で魔法を使う技術を習得したようなものだよ」
「そうか、強かったか。ふふふ……。それなら良い。おまえがそう思ってくれているなら、あいつも浮かばれるというものだろう……」
なんだろう、やっぱりあいつ、おっさんの友達だったんだろうか? 悪い事をしたかな? だけど、あいつはメルルを狙っていたし、放置しておくと村にも確実に危険が及んだ。俺はあいつを討伐した事を、全く後悔していないぜ?
「ふーむ。事情は分からんが、そのバクーモスとやらが紡いだお主らの誼みに乾杯と言ったところかのう」
お、バダックさんが上手い事言って締めてくれた。うん、もうバクーモスの話題は良いよ。
「ところでポップ君。君がヒューイ、いやヒュンケルじゃったのう。あの青年をバルジの戦いで儂らのパーティーに入れた理由は、あの青年の覚悟と心意気を儂らに直接見て貰いたかったから、なのかのう?」
「……ええ。おっしゃる通りです。それだけが理由ではありませんが、言葉だけではなく行動で示しているあいつの姿を、パプニカの人達に見て貰いたかったというのが一番大きな理由でした。ヒュンケルは、どうでしたか? あいつの覚悟は伝わったでしょうか?」
「ああ、それは十分に伝わったのう。わが身を顧みず、献身的に姫や儂らに尽くしてくれたわ。まさかそんな事情があったとは、ついぞ分からんかったがのう。じゃがのう、ポップ君。儂は、前陛下、つまり姫のお父上に長い事お仕えしておった。じゃから、あの青年に全く思う所が無い、という訳にはなかなかいかんのじゃ」
「……そう、ですね……」
……だよな。姫さんが許したと言っても、そんな簡単に割り切れるものじゃないよな。でも、バダックさんに言われると辛いものがあるな。
「じゃが、それでものう、あの青年の背中を見ておると、そんな過去の事に囚われておってはいかんとも思うようになって来たわ。クロコダインにも言うたが、誰しも誤る事はある。あの青年は自分の過ちを忘れるのではなく、受け入れた上で未来を向こうとしておる。その姿を見ておると、儂などが昔の事をグダグダという事が愚かに思えてきたわ」
「バダックさん……」
「これからは、お主達若い者の時代よ。儂も、まだわだかまりを持っておる同僚に、あの青年がいかに勇猛果敢に儂らのために戦ってくれたか伝える事にするよ。……あの青年には幸せになってもらいたいからのう」
「ありがとうございます……バダックさん」
俺は、前王が姫さんにバダックさんをお付きの者として付けた理由が分かった気がした。バダックさんは、人の心に寄り添い、優しく包み込んでくれる人だ。この人がヒュンケルの味方に付いてくれたなら、きっとヒュンケルに対する風当たりは弱まるはずだ。
「おい、ポップ! お前、師匠をほっぽり出して、何こんな所で飲んでんだよ! お前には、いろいろと言ってやりてえことがあるんだ! ちっと来い!」
……と、俺がおっさんとバダックさんと楽しく飲んでいたら、女の子に蹴り飛ばされて軽くあしらわれた師匠が、俺を連行しようと現れた。
「はいはい、分かりましたよ、師匠。それじゃあ、おっさん、バダックさん。また後で!」
「ヒューイ……じゃなかった、ヒュンケルだったのね……」
「ああ、名前を騙っていてすまなかった、エイミ。それと、これを返しておこう」
ヒュンケルは、隣に座ってワインを傾けているエイミに謝罪すると同時に、黒髪長髪だった際に髪を縛っていた髪留めをエイミに返す。
「……良いわよ、別に。事情も聞いたし、今ではそれも仕方無かったって理解しているし」
エイミはそう返答しながら、その髪留めを静かにヒュンケルから受け取った。
「そうか……」
エイミはヒュンケルから返された髪留めに目を落としながら、ようやくバルジの島でのヒュンケルの態度に納得がいった気がしていた。『俺などに回復魔法を使うな』や常に最も危険な場所に身を置こうとする態度など、これら全て自身の犯した罪に対する罰と捉えていたのだろう。
確かにヒュンケルは、かつて闇にとらわれて多くのパプニカの人達を殺した敵だったのだろう。だが、それでもエイミはヒュンケルのその闇にとらわれた痛みを軽くしてあげたい気持ちでいた。
「ねえ、ヒュンケル……。あなたの育ての親だったバルトスっていう魔物の事を聞かせてくれない? 私、あなたの子供の頃の話を聞きたいわ」
「……なぜそんな事を聞きたがる? そんなことより、もう俺の事は気にしないでくれ。俺のそばにいれば、君にまで迷惑が……」
「あら、さっき姫が『むやみに自分を卑下する事を禁ずる』って言っていたのを忘れたの? そういう態度を取ることは禁じられているのではなくって?」
「それはそうだが、君に迷惑をかけるのは……」
「そうそう、落ち着いたら食事に行こうっていう約束もちゃんと覚えておいてよね?」
「あの約束は……。確かに君とその約束はしたが、もう状況が――」
「でも、あの時ヒュンケルは、私の気が変わらなければって言ったじゃない。私の気は変わっていません。……だから、あの約束はまだ有効なのよ」
エイミは、言質は取っていると言わんばかりに指をピンと立てて、胸を張った。
ヒュンケルは、自ら進んでやっかいごとに首を突っ込もうとしているようにしか見えないエイミのその態度に困惑していた。
「エイミ。俺は戦うことしか知らない男だ。そんな事をしている暇はない」
「あら、でもさっきポップ君の演奏に合わせて歌っていたヒュンケルは、戦うことしか知らない男の顔じゃなかったわよ。アバンの使徒なんでしょう? 一度交わした約束を破ってはだめよ」
ヒュンケルは、さきほど目に涙を浮かべながら歌っていた様子を口にされ、思わず苦りきった顔をした。
そんなヒュンケルの様子を見て、エイミはヒュンケルの肩に軽く額をつけて、呟いた。
「……あなたの育ての親だったバルトスさんも、あなたが戦いだけに生きることを望んでいないはずよ。歌を歌っても良いじゃない。辛いことがあったら泣いたって良いじゃない。過去を悔やむ事と、未来に希望を持つ事は別なのよ、ヒュンケル……」
「エイミ……」
「ようやくゆっくり話せるわね、ダイ君」
レオナは、テーブルを挟んで向かいに座ったダイに笑みを浮かべて話しかけた。こういう風に落ち着いた状態でダイと向き合えたのは、以前デルムリン島に赴いた時以来だと感じていた。
レオナは改めてダイを見つめる。デルムリン島で会った時より幾分背が伸びている。男の子の成長の早さに、レオナは思わず目を細めた。
「うん、そうだね! 俺、レオナにずっとお礼を言いたかったんだ!」
「お礼? 私がお礼を言うことはあっても、ダイ君の方に何かお礼を言う事なんてあったかしら?」
レオナは、マリンの救出も含めたパプニカ王国の奪還に助力してくれた、ダイ達アバンの使徒に対して心から感謝していたため、ダイのその言葉に首を傾げた。
「アバン先生を、俺の家庭教師としてデルムリン島に連れてきてくれた事だよ! レオナからの手紙で俺の教師としてやってきた、ってアバン先生言っていたよ。そのおかげで俺、短い間だったけどアバン先生の修行を受けられたし、ポップとも知り合えたんだ! だから俺、レオナには本当に感謝しているんだ!」
ダイは眩しいほどの笑顔をレオナに向けた。
「そう言えば、そうだったわね。もっと早く手配ができれば良かったんだけど……」
レオナは確かに、そういえばそうだったと思った。そして同時に、もう少し早く勇者アバンに連絡がついていればとも思った。……いや、やめよう、たらればを言い出したら切りがない。
少しだけでもダイ君が勇者アバンの指導を受けられた事を、良かったと思わなければ。
「ダイ君は、アバン先生がお亡くなりになった後、ポップ君と2人でデルムリン島を旅立ったのよね。2人だけの旅で大変じゃなかった?」
「ううん、大丈夫だったよ。ロモスに着いたらすぐにマァムも仲間になってくれたしね。そうそう、ポップって凄いんだよ! 色んな魔法を使って、ハドラーにも勝っていたし、ロモスでも町全体を覆うぐらいの破邪魔法を使って、じいちゃんを助けてくれたんだよ。絶対ポップって、世界一の魔法使いだよ!」
レオナは、そんな風に声を張り上げるダイの背後で、ヒュンケルの肩に頭を乗せてアンニュイな雰囲気を醸し出しているエイミの姿が目に入った。
いけない事とは分かっているが、今眼を輝かせて無邪気に仲間がいかにすごいかを力説しているダイと自分の関係性と対比して、内心レオナはため息をついた。だめよ、ダメダメ。まだダイ君は12歳なんだから。私がこれから教育して理想の男性に育て上げるのよ。レオナは密かにそんな決意をしていた
「だいたいなー、ポップ! ヒック。お前のあの魔法は何だ!? 一体何の役に立つんだよ!」
「ヒック。何のことですか、師匠? いくら師匠でも、俺の魔法を馬鹿にしたら許しませんよ。ヒック」
俺と師匠は今、ワイン片手に魔法談義をしていた。うーん、しかしさっきまで女性魔法使い見習いの娘達が次々にワインを注ぎに来てくれたものだから、ついつい飲み過ぎてしまった。
「この魔法が契約できないんです……」、「噂の火の鳥、見せてくれませんか?」、「今度私のために歌ってくださいね♪」等々実に微笑ましい反応で、ヒュンケルの事が一件落着した開放感もあり、俺はかなりハイペースで飲んでしまった。
ただ、とても楽しい時間を過ごしていたというのに、気がついたらその娘達はそそくさと離れてしまっていた。何故だろう? ……どうせ師匠がまたセクハラしまくったからだろう。全く、困ったものだ。弟子として俺は恥ずかしいよ。
「
何ですと? 俺はその師匠の言葉を、聞き流すわけにはいかなかった。
「何を言っているんですか、師匠? 師匠ともあろうお人が嘆かわしい……。ヒック。
俺はこの数時間後、どうして
「良いですか、ちゃーんと見ていてくださいよ。ヒック」
俺は、少し離れた場所で立ち話をしている姫さん、マァム、エイミさんの姿を視界に入れた。
俺の視線につられて、師匠もその3人を凝視する。俺達のテーブルで、俺と師匠の会話を聞いていたパプニカ魔法兵の皆さんも興味津々な様子で見つめていた。
うんうん、ギャラリーが多い事は良いことだ。ヒック。これは全て、俺の愛する
俺は、
後から思い返すと、やめるならこのタイミングだったのだろう。しかし酩酊していたこの時の俺は、そんな理性をどこかに丸めて放り捨てていた。
集中を始めてそれほどたたないうちに、彼女達の足下に小さなつむじ風が発生した。
それを見て仕込みは十分と判断した俺は、どこぞのスキンヘッドの戦闘民族よろしく右手の手のひらを上にした状態で、人差し指と中指を揃えて、『クンッ』と跳ね上げた。
――ブワーーー!
途端に下から上に巻き上がる突風。その突風に煽られて、女性陣の着ていたスカートが捲り上がる!
「「「キャーー!」」」
マァム達が、足下で突然発生した突風に悲鳴の声を上げる。必死でスカートを押さえようとしているが、甘い! 俺の
――白! ――黒! ――紫!
「「「「オオオオオオーーーーーーーー!!!!」」」」
俺達のテーブル席でその一部始終を見ていた男性陣から、大歓声が上がった。師匠は瞬き一つせずその光景を凝視している。うんうん、良い反応だ。これで皆さんにも、
時間にして10秒程度だっただろうか。突風が過ぎ去った後、マァム達は荒い息を吐いていた。
……俺は、この時俺自身の死刑執行書に自らサインをした事に気がついていなかった。
「どうですか、師匠? ヒック。これで
俺は、いまだに彼女達の方を凝視し続けている師匠に問いかけた。
師匠はそんな俺の問いかけに、目だけは彼女達を見続けたまま断言した。
「俺は、……今日ほどお前を大した奴だと思ったことは……無いっ!!」
はい、いただきました! 原作ポップでも言われなかったであろう、師匠最大の褒め言葉!
「ふふふ。お分かりいただけたようで何よりです。ヒック。どうですか? 良かったらこの魔法、師匠に教えて差し上げましょうか? もちろん、例のあの魔法と交換で……」
「――! い、良いだろう……。ま、まあ、なかなか悪くない魔法だからな。うむ、覚えてやらん事も無い」
「お、俺にも! 俺にも教えてくれ!」
「あ、ずるいぞ、お前! ポップ殿、俺にも是非!」
俺が師匠と『お主も悪よのう』的な交渉をしていると、その様子を見ていたパプニカ魔法兵の皆さんからも熱烈なラブコールがあった。
「良いでしょう、希望される皆さんにお教えしましょう! この神風魔法『パキ』を!」
俺の言葉に皆さんから響めきの声が上がり、
「「「パーキ! パーキ! パーキ!」」」
俺はこの大合唱を背に、この世の絶頂を感じていた。
日本の皆さーん!! 俺はこの異世界の地で、神風を吹かせましたよ!
……あれ? どうしたんだろう? 俺がふと気がつくと、先ほどまでの
何だろう? 特に凍り付いてもいないのに、まるで極寒のような冷気を感じる。もしかして、魔物か? まさか魔王軍が、この祝勝会で油断した瞬間を狙ってやってきたのだろうか?
俺が、先ほどまでパキの魔法を崇め奉っていたパプニカ魔法兵の皆さんを見ると、皆がお行儀よく膝をそろえて椅子に座り、まるでお通夜のように俯いている。しかも皆、一様にガクガクと震えているではないか。
ハッと俺は隣の席の師匠を見ると、その師匠は頭に大きなたんこぶをこしらえて机に突っ伏してしまっていた。
俺の頭の中で、ギャラルホルンの笛が鳴り響いた。まずい、ここから離れなければ! ――今すぐにだ!!
俺がガタンッと椅子を蹴って立ち上がった瞬間、俺の肩に俺のよく知った手が置かれた。それは、『ポン』と軽い音を立てて、しかし俺の肩甲骨は確実に『ミシリ……』と鈍い音を発していた。
「……ずいぶんと盛り上がっていたようね、ポップ」
俺が、鈍い痛みを発している肩の痛みに耐えながら恐る恐る背後を振り返ると、そこには3匹の般若がいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
side レオナ
私は、目の前で片膝をつくヒューイ、いや、ヒュンケルを見つめていた。この人物が、パプニカ王国を滅ぼした不死騎団長ヒュンケル……。直接手を下したかどうかは知らないけれど、配下の不死騎団を操り、父や多くの兵士を殺害した憎い敵……。
しかし、私は同時にバルジの島でのヒュンケルの献身的な戦いもよく覚えていた。あの時はヒューイと名乗っていたけれど、自身が傷つく事を全くいとわず、常に私達の盾となって戦ってくれた。アポロやエイミ、バダックもそんなヒューイに全幅の信頼を寄せていた。
そして、バルジの島に向かわなかったパプニカの兵達もそのヒューイの献身的な戦いぶりを耳にして、彼に対して心を開いていた。
私は少しだけ、ヒュンケルの隣に立つポップ君に目をやった。バルジの塔に突入する前に、彼が私達のパーティーにヒュンケルを加える事を提案した本当の理由が分かった気がした。あの時は彼の言う、接近戦の出来る人間が私達のパーティーに足りていないという言葉に納得したけれど、彼の本当の狙いはこれだったのだ。
彼は、ヒュンケルが本当に過去を悔いて魔王軍から離反しているという事実を、直接私やパプニカの兵達の目に知らしめたかったのだろう。
私はヒュンケルに下す罰を既に胸の内で決定している。しかし、その決定を周囲の人間が私と同じように受け入れられるかどうかは別だ。いや、反発する人間はいるだろう。当然だ。親しい同僚、家族が亡くなった人間も大勢いる。……私も含めて。
だからポップ君はそのような反発を少しでも和らげようと、ヒュンケルの献身を私達に目に見える形で見せた。それでも事情を知らない人間はこの場に多くいて、心の内で反発する者もいるだろう。だけど、ヒュンケルの献身をその目で見て、耳で聞いている者の反発は少しでも和らぐはずだ。
ポップ君は、私が下すであろう罰を半ば予想していたのだろう。そしてその決断を下した後のヒュンケルへの反発、引いてはその決断をした私に対する臣下の反発を少しでも抑える事を考えて事前に手を打っていた。
私は、断罪を待つヒュンケルの前に一歩を踏み出す。ヒュンケルには、ポップ君の考えは全く頭に無いだろう。ただヒュンケルは自身に死罪を言い渡される事を待っている、いや期待しているはずだ。そんな事はさせない。……させてなるものか。……生きる事自体が戦いなのだから。
不意にリュートの音色を私の耳が拾った。音の発する方向を見ると、ポップ君がリュートを胸に抱え、慣れた手つきでリュートの弦を弾き、歌い始めた所だった。その隣ではバダックが手拍子を打っていた。
「~~~~~~♪ ~~~~~~~♪」
聞いたことの無い音色と歌詞だった。でも、不思議とその音色が、これからパプニカを復興しようと決意していた私達の心にしみ入った。
誰ともなくポップ君の声に合わせて歌い始めた。難しい歌詞ではないから私もすぐに覚えた。気が付いたら、皆が瞳に涙をためながら夜空を見上げて歌っていた。悔しいけれど、私もその1人だった。
辛い事がたくさんあった。たくさん涙を流した。だけど、最後はこうして生き残った皆と感涙にむせぶ事が出来ている。お父様、私、頑張りますね。頑張って、パプニカ王国と、王国に住まう人々を守ります。どうか、空で見守っていてください。
ダイ君としばらくお話しした後、私は、エイミとマァムが談笑している輪に加わった。
「エイミ。ヒュンケルとは、食事に行く約束は取り付けれたのかしら?」
私は、バルジの塔での戦いの後、エイミがヒュンケルに対して食事にお誘いしていた事を知っていたから聞いてみた。
「姫! ど、どうしてそれを!?」
「そんなの、見ていれば分かるわよ。で、どうだった? うまくいった?」
「は……はい。日は決めていませんが、一度行くことに……」
エイミは顔を赤らめてモジモジしてそう返答を返した。うん、良い事よ。ヒュンケルは、少し戦い以外の事を頭に入れた方がいいと思うわ。
「え!? エイミさん、ヒュンケルの事が!?」
マァムが驚きの声を上げる。マァムは私達とは別の場所で戦っていたから、エイミのヒュンケルへの思いに気がつかなかったのかしら?
「ち、違うのよ、マァム! 私は、た、ただ食事にお誘いしているだけなの! ただそれだけなのよ!」
「へー……。エイミさんって、意外に積極的なんですね……。良いな……」
マァムがそう呟きながら、その視線を少し離れたテーブルでマトリフ殿と談笑しているポップ君に向けた事に私は気がついた。大方、自分も2人で食事に行きたいなとか考えているんだろう。
その様子を見て、私は少しマァムをからかってみたくなった。
「マァムは、彼とはどこまで進んでいるのかしら? もうキスまでは、いった?」
その私のストレートな質問に、文字通りマァムは真っ赤になって慌てだした。
「な、何を言っているの、レオナ! 私とポップはそんなんじゃあ!」
「あら、私は別にポップ君だなんて言っていないわよ?」
思ったとおり、マァムは私の言葉に引っかかった。
「あ……。う、うう……。レオナァ……!」
「ふふふ。ごめんごめん。でも、エイミじゃないけど、マァムも少し積極的にならないと、誰かに取られちゃうわよ、彼?」
実際さっきも、ポップ君にはパプニカの魔法使い見習いの娘達がひっきりなしにお酒を注ぎに言っていた。ある一人なんか、彼の腕を胸に抱え込んで、何か彼に耳打ちしていた様子だった。
まあ、そんな彼女達の背後でマァムが剣呑な殺気を飛ばし始めた事に彼女達は気がついたようで、皆、堰を切ったように退散していったが、いつもマァムの目が届く範囲にポップ君がいるとも限らない。
特にこんなご時世だ。女性が強い男性に惹かれるのは当然の事だろう。そういう意味では、ポップ君は優良物件の最たるものだ。アバンの使徒としての名声、賢者としての絶対的な実力。おまけに思慮深く、先ほどは甘い歌を歌って見せる器用さも見せつけた。これでモテない方がどうかしている。
「でも、もう彼には、心に想っている人がいるようだから……」
マァムが少し伏し目がちにそう呟いた。心に思っている人? そういえば、彼の左手首にはミサンガが巻かれていた。想い人とは、その人の事だろうか?
「あら、そんなの気にする必要ないんじゃない? 恋は戦争よ。どうしても手に入れたければ、行動に移さないと!」
「そ、そんな事、できるわけないじゃない……!」
私はマァムに発破をかけながら、彼の事を考えていた。
私は、彼の本質は現実主義者だと感じている。そして、その本質に彼は博愛の衣をまとわせている。いや、もしかすると逆かもしれない。
いずれにしても、先のバルジの島への再突入など、その2面性が現れた最たるものだろう。ヒュンケルの覚悟を私達に知らしめ、同時に魔王軍の幹部を打倒するチャンスだと計算する現実主義者としての側面と、1人の女性を助けるためだけに危険を冒す博愛の側面。
そして、そんな2つの側面を包み隠すような普段の飄々とした振る舞い。
ただ、私の見たところ彼は……。
「彼は、危なっかしいわね……」
私はついそんな独り言を口に出していた。そしてマァムが、そんな私の言葉に反応する。
「危なっかしい? そんな事はないわよ、レオナ。ポップは、私達の誰よりも強いわ」
「え? ……ああ。そういう意味じゃないの。彼の強さは、私も承知しているのよ。魔法力はもちろん、彼の傑出した洞察力と判断力には、私も全幅の信頼を置いているわ。それこそ、この魔王軍との戦いが終わったら、彼をパプニカにスカウトしようと思っているくらいよ。私が言っているのは、彼の内面的な話の方ね。上手く言えないんだけど、誰しも内面に色々な基幹となる要素があると思うんだけど、彼の一番深い根っこの所にある糸は、ピンと張られすぎている気がするのよね。」
「糸がピンと張られている……」
「ええ、何か思い詰めているというか、追い詰められているというか、とにかく余裕が無いように見えるわ。もちろんその周囲に存在する糸は十分撓んでいるから、それをすぐに周りに悟らせたりはしていないんだけど……。私の言いたいこと、分かるかしら?」
「……ええ、分かるわ、レオナ」
「そう……。ピンと張りすぎた糸は切れやすいわ。誰かが、彼のその糸を緩めてあげられると良いんだけど……」
それは、かつては彼と共に旅をしていた勇者アバンがしていたのかもしれない。しかし勇者アバンは既にこの世にいない。
私は思った。そのピンと張りすぎた糸を緩める事のできる誰かが、彼の心を射止める事ができるのではないかと。
そして私の見る所、既にマァムはその資格を手にしているように見えた。何故なら、マァムと会話をする時の彼の表情は、明らかに他の女性と話す際と違うように見えていたから。
あら、何かしら? 不意に私達の足下に、小さなつむじ風が巻いている事に気がついた。こんな所で?
そう疑問に思った直後、そのつむじ風は、突如私達の足下から上空に向かって突風となって吹き上がった。
「「「キャーー!」」」
私は必死になってスカートを押さえようとした。マァムとエイミも同じだ。しかし、この突風はまるで意思を持っているかのように、前を押さえたら後ろを、後ろを押さえたら前のスカートをまくり上げる。
時間にして10秒ほどだっただろうか。私はその突風が収まった後も、突然の事態に息をゼーゼーと吐いていた。一体何だったのだろう、今の突風は……。そういえば、似たような突風を何処かで見たような。あれは、バルジ島から脱出する時だっただろうか?
ふとマァムに目を移すと、彼女は遠くのとある一点を冷ややかな目で見ていた。私とエイミも、思わずその視線を辿った。
そこでは、ポップ君を中心にパプニカ魔法兵の男性陣が騒いでいた。私の耳に、「パーキ、パーキ、……」という賑やかな声が聞こえてくる。あろうことか、白とか黒とかいう言葉も聞こえてくる。
私は全てを察した……。そして同時に、先程ヒュンケルに対して下さなかった『死罪』という言葉を、彼に下すべきだと思った。
「……どうやら、彼には緩みきった糸もあるようね」
「ええ、そうね、レオナ。そんな緩んだ糸は、ピンと張る必要があるわね……」
「……お手伝いします、姫、マァム」
私達は、実に楽しそうに騒ぎ立てている彼らのテーブルに向かって足を進めた。
彼らに死罪を申し伝えるために……。
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大魔王戦役終結から150年が過ぎた現在、新生パプニカ王国の歴代国主は、現女王で第8代を数えている。8名の国主の内訳としては、国王が2名、女王が6名であり、世界でもカール王国と並び女王の比率が高い国となっている。
これは、傑出したリーダーシップとその竹を割ったような性格から絶大な人気を博した、初代女王レオナの再来を期待する国民の後押しがあった事が、最も大きな要因と言われている。
新生パプニカ王国の王家は、他国の王家に先立ち、ある習わしを取り入れた事で広く知られている。その習わしとは、王家直系の男子、女子は満10歳になる年から12を数える歳までの2年間、ラインリバー大陸南のデルムリン島で生活するといったものである。
その習わしは、『その血を引く者が、人族だけの狭い世界しか知らずに生きていくべきでは無い』と提言したとされる大賢者ポップ・マーカストンの言葉に、初代女王レオナ及びその王配が全面的に賛同した事から始まっている。
そのため、この習わしを初めて履行した者は、初代女王レオナの双子の王子、王女であり、それ以降、この習わしは現在に至るまで続けられている。
なお、他国の王家でもこの習わしは順次取り入れられ、パプニカ王家ほどの期間ではないにしても、時折デルムリン島において魔物と共に各国の王子、王女が生活している様子が話題にあがっている。
また、この時の祝勝会でポップ・マーカストンが演奏した『上を向いて歩こう』という曲は、新生パプニカ王国の新たな国歌に定められ、大魔王戦役から150年経った現在でもパプニカ王国内の様々な場面で使用されている。
この曲の作詞・作曲者については紆余曲折があり、現在は作者不詳となっている。これについては、この曲をポップ・マーカストンに伝えたとされる流浪の吟遊詩人の行方を当時のパプニカ王国首脳部が数年の歳月をかけて捜索したものの、とうとうその足取りが掴めなかったためである。
この流浪の吟遊詩人については、当時『謎多き天才吟遊詩人の行方』、『謎の吟遊詩人 そのしらべ 全集』などの書物が発刊されるほどの話題をさらったが、後に、この吟遊詩人は魔族であり、魔界に旅立ったとされる説が定着した。
そしてこの説を後押しするように、前述した書物『謎多き天才吟遊詩人の行方』の中で、ポップ・マーカストンが「その説に全面的に賛同する。何故なら、彼からは魔界の風を感じたからだ」と述べたとの記載が残されている。
以上の経緯から、この曲は極めて異例の事ではあるが、国歌としては世界で唯一『作詞・作曲者 不明』のまま新生パプニカ王国の国歌として定められた。
この曲の『たとえ今が辛くとも、未来に希望を抱いて歩んでいく』心情を綴った歌詞は、当時希望を胸に復興を始めたパプニカ国民の思いを代弁しており、作詞・作曲者が不明であるという事は、彼らにとって何の問題にもならなかった。