転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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78話 閑話① 大魔道士と大賢者

~~~~バルジ島近海 マトリフ住居~~~~

 

「よう、生きていたか? ――って、すげえ顔しているな、お前!」

 

マトリフ師匠が、俺の腫れ上がった顔を見て驚きの声を上げる。俺は祝勝会の翌日の昼下がり、師匠の住まいである洞窟を訪れていた。

 

「は、ははは……。自業自得ですので仕方ないですね。さすがに、しばらくお酒は控えておこうと心に誓いましたよ。それに、もう見た目ほどは痛くないんですよ」

 

「痛くねえ? ――! ははーん、相変わらず器用な真似をしてやがるな、お前」

 

「ははは。回復魔法でこの怪我を癒やす事を禁止させられてしまいましたからね。必要に駆られて、という奴です」

 

俺と師匠は互いにニヤッと笑いあった。

 

「まあ、良いだろう。それで? 昨日聞いた話じゃあ、破邪魔法の適性を上げるにはどうしたら良いかという相談だったか?」

 

「はい。俺はアバン先生ほど破邪魔法に対する適性がありません。ロモスではアバン先生から受け継いだ輝聖石の力を借りてどうにか破邪呪文(マホカトール)の発動に成功しましたが、やはりアバン先生ほど上手くはできませんでした。この先の戦いでも、破邪魔法が求められる場面が出てくるかもしれません。アバン先生がいない以上、破邪魔法は魔法使いである俺が行う他ありません。ですから、破邪魔法の――」

 

「あー、待て待て」

突然師匠が、俺に手を向けて話を遮った。何だろう?

 

「お前の聞きたい事は分かった。だから、結論から言うぞ。破邪魔法の適性をあげる方法はねえ」

 

「な、無いんですか?」

 

「無い。そんな事は不可能だ」

師匠は俺に対してはっきりと断言した。

 

「無い……。で、でも、俺は輝聖石の力を借りることで破邪呪文(マホカトール)を発動できました。何か道具を使う事で適性を上げたりとかは……」

 

「やめておけ……。確かに大量の輝聖石を補助として用いる事で、今以上に破邪魔法を使えるようになるかもしれねえが、そんな事をするとテメエの寿命が縮んじまうぞ……」

 

「じゅ、寿命が縮む!? 破邪魔法を使うことでですか!?」

俺は、寿命が縮むという師匠の言葉に驚きを隠せなかった。

 

「そうだ。魔法には、人間が使うと寿命が縮んじまう禁呪と呼ばれている呪文がある。破邪魔法自体は禁呪ではないが、適性の無い体で無理な呪文を使えば禁呪と同じ結果になる。アバンがお前に渡した輝聖石は4つだったか?」

 

「いえ、1つだけでした……。後の3つは、アバン先生の死後、鞄を受け継いだ時に……」

 

「そうだろう。アバンも分かっていたんだよ。お前に4つの輝聖石を必要とする規模の破邪魔法

を唱えさせる事は、体に無理が行き過ぎるってな」

 

そうだったのか……。確かに、あの時アバン先生が俺に貸し与えてくれた輝聖石は1個だけだった。あの時は貴重な物だからと思っていたが、そんな意図もあったのか……。

 

あれ? と言う事は……。

 

「じゃあ、俺がロモスで使った破邪呪文(マホカトール)は……」

 

「そうだ。間違いなく、その時お前の寿命は縮んだはずだ。破邪呪文(マホカトール)の発動後、通常の魔力枯渇以上の苦しみが無かったか?」

 

……あった。立っていられないほどの胸の痛みを、あの時俺は感じていた。そうか、あれは魔力枯渇に加えて、寿命が縮んだ事の痛みだったのか……。

 

師匠は、俺の表情で全てを察したようだった。

「……あったようだな。という事だ。破邪魔法については諦めな。俺だって、破邪魔法に関してはアバン程の適性はねえんだ」

 

 

そうか、寿命が縮むか……。

 

……だけど、それがどうしたというのか。どのみちこの戦いを生き抜かなければ、その先の人生は無いんだ。無理をしすぎて魔王軍との戦いの最中に寿命が尽きるという事にならない限り、俺一人の寿命で済むぐらいならベットする価値はあるのではないだろうか? 

 

……輝聖石だ。輝聖石を探そう。輝聖石さえ大量に確保できれば、適性のない俺でもより高度な破邪魔法を使えるはずだ。

 

 

 

「分かりました。寿命が短くなるのは嫌ですからね。破邪魔法については諦めます」

 

俺のその言葉に対し、師匠は胡散臭そうな顔をして俺を見返した。そして、無造作に右手を俺に出した。

 

……? 何だろう?

 

「出しな……。 その鞄の中に入っているんだろう?」

 

「何をですか?」

俺は、師匠の意図が分からない風を装って返事を返した。すると、途端に師匠は目をギラッと光らせて俺を睨み付けた。

 

「おい、俺の目を節穴とでも思っているのか? お前、破邪魔法を全然諦めてないだろうがよ。早く出せよ、輝聖石を。それとも、無理矢理奪われてえのか……?」

 

う……。

 

「で、ですが、師匠……」

 

「ですが、……じゃねえんだよ!! 弟子が師匠に口答えしてんじゃねえ!」

 

 

 

結局俺は、鞄の中に入れていた輝聖石を、4つ共師匠に取り上げられてしまった。

 

「ほら。1個だけ返してやるよ。お前には、これを使って発動できる程度の破邪魔法がお似合いなんだよ」

 

「……師匠、その3つの輝聖石、売り払わないでくださいね? そんな事したら怒りますよ?」

まるで山賊に有り金全部巻き上げられたような悔しさを俺は感じ、師匠にそんな軽口をたいていた。

 

「売らねえよ! それで? 他に相談事っていうのは無いのかよ?」

 

「あ、実はもう一つあるんです。瞬間移動呪文(ルーラ)なんですが、しっかり目標とする地点のイメージはできているのに移動できないっていう事があったりするんでしょうか?」

 

「……。あるぜ……。一つは、その場所に外部からの干渉を阻害する何らかの魔法的な結界が張られている場合。もう一つは、その場所の現況が術者のイメージした光景と大幅に変貌してしまっている場合だ」

 

なるほど……。今の師匠の説明でいうところの前者は、多分違うだろう。となると、……。

 

「……カールか」

 

「――!」

 

俺は、一発で師匠に言い当てられた事に驚いた。この人の洞察力は……。

 

 

そう、カールだ。俺は、昨日の祝勝会の前、そして今日ここに来る前と2回カールに移動しようと瞬間移動呪文(ルーラ)を唱えていたが、いずれも移動出来なかった。理由はもちろん、アバン先生が想っていたフローラ女王にお会いしたかったからだ。……謝罪するために。

 

「あそこも激戦地になっていると聞いている。もう、お前の覚えている光景は残っていないという事なんだろうよ……」

 

「そんな……」

あの光景が残っていない……。花びらが空を舞っていた、まるで花の都のようだったカールの町が。いつかアバン先生と行こうと話していた劇場も、ドルファンさんが管理していたアバン先生の屋敷も、皆無くなってしまったというのか。

 

「おい、ポップ。前にも言ったが、お前1人で全部抱え込むんじゃねえぞ。カールの事は、カールの者がまず対応すべき事なんだ。なーに、俺はあの国の女王を知っている。あれは女だが傑物さ。きっと、まだくたばったりはしていないはずだ。……いつか会う機会だってあるさ」

 

「はい、師匠……」

そうだ。フローラ女王はきっと生きておられるはずだ。いつか会おう。そしてアバン先生が死んでどうして俺が生きているのかを説明して、謝罪しよう。

 

「よし、お前の話はこれで終わりだな? じゃあ、次はこっちの話だ」

 

こっちの話? 何の事だろう?

 

「おい、ポップ。お前、いつまであの魔法を封印しているつもりなんだよ?」

 

う……、あの魔法……。封印している魔法というと、あれか。痛いところを突かれた俺は、師匠から思わず目を背けてしまった。

 

だが、厳しい師匠はそんな俺の様子を見てもその舌鋒を緩めない。

 

「魔法使いが魔法を恐れるのは良い。俺だってあの魔法は怖え。だがな、しっかりそれと向き合って恐れるのと、ただ逃げ出して恐れるのは違うだろうがよ」

 

「……はい」

師匠の言われるとおりだ。俺はあの魔法からただ逃げ出している。それは、かつて自身が消滅しかけたあの恐怖がトラウマとなっているからだ。

 

「……たく、しょうがねえなー。おい、俺が見ていてやるから、いい加減あの魔法を使いこなせるようになれよ。あの魔法は、使いようによっちゃあ、誰が相手でも負けねえ希望の力にもなるんだからよ」

 

「……はい。ありがとうございます、師匠。よろしくご指導願います」

 

「おう! じゃあ、場所を変えようぜ。付いてきな。ああ、ついでに他の魔法も教えてやるから、2、3日野営できる準備をしておけ」

 

「はい、師匠!」

元々俺は、師匠の元で数日かけて魔法の伝授をしてもらうつもりだったから、その用意はできていた。

 

俺は鞄を背中に担いで、師匠に続いて洞窟を後にした。

 

 

 

 

 

~~~~2日後~~~~

 

「出来たじゃねえか、ポップ」

 

「はい、出来ました……」

 

俺は、弓矢を放った直後のような体勢のまま、半ば放心しながら目の前に広がる光景を見つめていた。俺の目の前には岸壁が存在しており、その中央部には巨大な空洞ができていた。

 

師匠とともに人気のないこの場所に来てから、2日が過ぎていた。昨日は、極大爆裂呪文(イオナズン)極大真空呪文(バギクロス)等を契約させてもらい、そして今日は……。

 

そう、俺は初めて意識して極大消滅呪文(メドローア)を放つ事ができていた。以前偶然この魔法を発動した時は、暴走し始めた魔法力を無我夢中で山肌にぶつけ、事なきを得ることができた。

あの時は本当に生きた心地がしなかった。

 

しかし、この魔法を覚える際に師匠が、『この魔法を覚えるには、その身をもって喰らうしかねえ』などと言って、俺に極大消滅呪文(メドローア)を撃ち込もうとしたものだから焦った。

 

何そのスパルタ、って感じだったから俺はそれを必死に思いとどまってもらい、どうにか俺自身の手であの時と同様に左右の手で火炎呪文(メラ)氷結呪文(ヒャド)を発現し合成させた。

 

しかし、この魔法はやはりめちゃくちゃ難しい。左右の手で違う魔法を使うというのは俺にとって難しいものではなかったが、その左右の魔法力を全く同一にしなければならないという所が非常に難しい。

 

だが、師匠が側に付いて見ていてくれているという安心感からか、どうにかこうにか習得する事ができた。

 

師匠の言われるとおり、確かにこの魔法は、使い道を間違わなければ誰が相手でも負けない希望の力となるだろう。たとえそれが大魔王バーンが相手だったとしてもだ。

 

俺はこれまで、魔法使いでは大魔王には絶対に勝てないと思っていた。その考え自体は今でも変わっていないが、魔法力ならともかく、魔法技術に限って言えばつけ入る隙があるかもしれないと考え始めていた。

 

きっかけは、あのバルジの島でのハドラーとの極大閃熱呪文(ベギラゴン)の撃ち合いだった。あの戦いは『俺vsハドラー』という体裁を取ってはいたが、実際は『大魔道士マトリフの魔法技術vs大魔王バーンの魔法技術』だったと俺は思っている。

 

あの戦いで確かに師匠の極大閃熱呪文(ベギラゴン)は、大魔王の極大閃熱呪文(ベギラゴン)を上回っていた。いかに何千年生きた神のような存在が相手だったとしても、たかだか100年足らずしか生きられない人間でも戦いようによっては勝てるんだ。

 

俺はあの戦いで、師匠からそんな勇気をもらっていた。

 

 

 

「おい、ポップ。極大閃熱呪文(ベギラゴン)極大爆裂呪文(イオナズン)極大真空呪文(バギクロス)に加えて極大消滅呪文(メドローア)まで覚えたんだ。お前をもう、ただの賢者と評するのは無理があるぜ。ていうか、賢者と区別しとかねえと、逆に同じくくりで語られるあのヘボ賢者共が困ることになるぜ?」

 

あのヘボ賢者って……。アポロさん達の事を言ってそうだけど、相変わらず口が悪いな。

 

「区別といっても、大魔道士という肩書きは師匠だけのものですから。師匠と同じ大魔道士というくくりで語られると、逆に俺が肩身が狭いですよ……」

 

「けっ! お前は前にもそんな事を言っていたな。だったら、……そうだな。『大魔道士』という肩書きが俺だけのものと言うのなら、お前はこれから『大賢者』を名乗ったらどうだ?」

 

「大賢者……」

 

「おうよ、大賢者だ。まあ、俺の大魔道士ほどのドスはねえが、俺の弟子なんだ。それぐらいでちょうどいいだろうぜ」

 

「……大賢者。ははは、でもなんだか自称みたいで恥ずかしいですね」

俺は脳裏に、北の勇者を自称していたノヴァが頭に浮かんだ。

 

「馬鹿野郎! 実力が伴わない奴が名乗ったら恥ずかしいんだよ。お前は十分、その実力が備わっている。俺が太鼓判を押してやるよ」

 

師匠の太鼓判か。それは自信になるな。

 

「へへへ。アバンの奴がお前を賢者として卒業させたんだ。なら俺は、お前を大賢者として卒業させてやるよ」

 

そう言って、師匠は何も握っていない右の手を俺の前に突き出した。その右の手の甲には、長年の魔法の酷使による影響か、ミミズが這ったような痕が至る所に残っていた。

 

「俺がお前に授けるものは、輝聖石のようなお綺麗なものじゃねえ。だが、これが俺がお前に授ける『マトリフのしるし』だ。受け取りな」

 

俺は思わず、目頭が熱くなってしまった。『マトリフのしるし』……。確かに何もない。だけど、俺の体の中には師匠からいただいた数々の魔法が確かに根付いていて、その両の手には確かに師匠の呪文を使った証とも言える火傷跡が残っている。

 

「……ありがとうございます、師匠。『マトリフのしるし』、大賢者の称号と共に確かにいただきました」

 

俺は、師匠のその突き出された傷だらけの右手を、両の手で包み込むように握った。

 

 

 

 

「へへへ。まあ、さすがに卒業の贈り物が何もねえっていうのも、俺の大魔道士としての沽券に関わるからな。お前は杖は使わねえだろうから、……そうだ、特別に俺が昔使っていたベルトをやるよ」

 

「あ、それはノーサンキューで」

 

「――何でだよ!?」

 

「だって、呪われたベルトなんて、俺いりませんもん」

 

「――呪われてねえよ!」

 

「いえ、呪われています。しっかりと。ああ、どうせいただけるなら師匠の部屋に転がっていた魔道士のマントの方が良いですね。あっちをいただけませんか?」

 

「――お前には何もやらねえよ!」

 

 

 

 

 

###########################################

 

大魔王戦役において、圧倒的強者であった大魔王バーンを打倒せしめた最大の要因は何だったのか。大魔王戦役から現在までの150年間に数多くの識者がその要因を分析し、その研究成果を発表している。

 

その要因分析の内容は識者により様々であるが、そのほとんどに共通している事項としては、数多くの出会いの奇跡があった事をあげている。

 

たとえばそれは、『勇者アバンと(ドラゴン)の騎士ダイ』、『大賢者ポップとエウレカの民』、『アバンの使徒と神託の巫女』等々数えきれないほどの出会いの奇跡が取り上げられており、その中には必ず『大賢者ポップと大魔道士マトリフ』の出会いも取り上げられている。

 

大魔道士マトリフと大賢者ポップは、共に当代を代表する偉大な魔法使いの師弟であったが、一面で両者は非常に親しい忘年の友であったとも伝わっている。パプニカ王国内で当時から現在に至るまで営業が続いている老舗の酒場、『月のバニー』の店内には2人が残した色紙が現在も飾られており、当時2人が仲睦まじくその店を訪れていた事を証明する貴重な資料となっている。

 

この両者の人生が交差した瞬間は僅か数年であったが、この邂逅が無ければ、大魔道士マトリフの90年余にも及ぶ洗練された魔法技術の数々が大賢者ポップに継承されず、大魔王バーン打倒は不可能だっただろうとは、多くの識者が指摘している所である。

 

 

大魔王戦役終結から30年後に、故人である師マトリフについての想いを大賢者ポップが述べた言葉が現在も残されている。

 

以下に、当時の記者がルポ形式で大賢者ポップに取材した際の抜粋記事を紹介する。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

新たな草木が芽吹く新緑の季節、私はラインリバー大陸 ロモス王国南にあるネイル村を訪れていた。それは、大魔王戦役終結30周年を記念した弊社の企画『時代を彩った英雄達 彼らの今を訪ねて』の第2回の紙面に掲載させていただく予定の大賢者ポップに取材するためだった。

 

……大賢者ポップ。大魔王戦役を勝利に導いた英雄達の中でも、その魔力と知謀は群を抜いており、戦役において勇者一行(パーティー)に進むべき道を指し示す、導き手としての役割を果たした人物。

 

英雄達の中で、彼ほど多くの異名で呼ばれている者はいない。戦役中は『氷の大賢者』、『勇者一行(パーティー)の頭脳』、『2重魔法詠唱者(ダブルキャスター)』とも呼ばれ、戦役後は『医療魔法の開祖』、『生活魔法の父』、『リンガイアの両翼』、『味の伝道師』などなど枚挙にいとまがない。

 

また、彼を好まない一部の人間からはやっかみを込めて、『簒奪者』、『ディアブロの右腕』、『ベンガーナの犬』、『ジェノサイド・ドム』、『天然ジゴロ』などとも呼ばれている。

もっとも彼は、これらの悪意ある言葉のほとんどを笑って受け流している。

 

彼の自宅は、ネイル村の外れに建っていた。この家は、かつて魔の森と呼ばれた森から切り出された木で建てられているという。聞く所によれば、大賢者達がこの村に居を構えると知った当時の村人が、総出で作ってくれた住居との事だ。

 

案内されたリビングは、あまり他では見かけない木の香りが漂う吹き抜け構造となっており、壁際にあつらえられた階段で2階に上がれるようになっていた。おそらくそちらがプライベートルームなのだろう。リビングと広い庭との間には、陽射しが優しく降り注ぐテラスが併設されている。

 

3家族が住めるのではと思えるほどの広さではあるが、高名な大賢者の住居と考えると逆に質素にも思える。実際、リビングに置かれている家具に華美な要素はなく、家人のひととなりが伺える居心地の良い空間が構築されていた。

 

その広い庭の片隅には別宅にも見える建物が建っており、その玄関の扉は優に3mを超えている。大賢者によれば、古い友人達が訪ねてきた時はそこで夜通し語り合ったり、宿泊してもらっているとの事だった。

 

今、私と大賢者は、気持ちのいい風の吹くテラスの椅子に腰を下ろし、かぐわしい香りの漂うコーヒーを飲んでいた。

 

戦役中は15歳だった彼も、今は45の歳を数えており、その目元には年相応のしわが刻まれている。彼のトレードマークだったバンダナは、現在はしていないようだ。テーブルの上に置かれている彼の両手、とりわけ左手には、大戦時に負ったものだろうと思われる火傷跡が深く刻みつけられていた。

 

私の、多忙な折にお時間を作っていただき申し訳ないと言う言葉に、「なんの、今は妻と穏やかにここで暮らしているだけなので、忙しいなんて事はありませんよ」と優しい笑みを浮かべる大賢者。

 

しかし私は、彼のその言葉を額面通りに受け止める事が出来なかった。彼は未だにリンガイア国の要職についており、同時にベンガーナ医療大学の講師も務めている。また、3ヶ月後に迫ったマーカストン医学賞の受賞者選考作業と、今は多忙を極めているはずだ。

 

大賢者の貴重な時間を無駄に出来ないと考えた私はまず、この対談で最も窺いたかった彼の魔法技術の師に当たる大魔道士マトリフに対する彼の想いを聞いた。彼はその私の問いかけに、そっと空を見上げた後、静かに私の目を見つめた。

 

「大魔道士マトリフは、私にとって魔法技術の師と言うだけではなく、私の人生における友でもあります。彼は私を時に厳しく、時に優しく導いてくれます。私が彼に直接的に師事した期間は、彼の晩年にあたる僅か数年でした」

 

私は、その大賢者の言葉に僅かに違和感を持ったが、大賢者は更に言葉を続けた。

 

「しかし私は、彼の残した数々の呪文の術式を解き明かす事で、今でも彼との対話を行っています。彼の残した術式からは、彼の人生観、趣味、嗜好等を知ることができ、私は今でも彼に時折叱咤されたように感じる事があります。大魔道士マトリフは、彼の残した数多の呪文の中に、今でも生き続けているんですよ」

 

穏やかな表情でそう語る大賢者ポップ。私は、先ほど感じた違和感の正体に気が付いた。彼は、大魔道士マトリフの事を語る際、過去形ではなく現在進行形で語っていたのだ。そして同時に、それが私の質問に対する、言葉に現れない彼の大魔道士マトリフへの想いなのだろう、と言う事にも気が付いた。

 

続けて私は、今はどのような呪文を紐解く事で大魔道士マトリフと対話をしているのか、と尋ねた。

 

その問いかけに、大賢者はこれまでとは打って変わって厳しい顔つきになり私に顔を寄せたが、何かに気が付いたのか直ぐに顔を離した。

 

不思議に思っていると、そっと空になった私のカップに、湯気の立っているコーヒーが新たに注がれた。それを注いでくれたのは、大賢者の奥方だった。私が礼を述べると、長い髪を揺らしながら「どうぞ、ごゆっくり」と、微笑みながら下がっていった。

 

彼女は大賢者とほぼ同年代のはずだが、その容貌は20代としか思えないほど若々しく、思わず息をのむほどの美しい女性だった。彼女もまた、先の大戦の英雄の一人であるため、この後インタビューをさせていただく予定になっていた(*第7回に掲載予定)。

 

大賢者ポップが、彼女が立ち去っていく様子を確認し、再び私に顔を寄せた。そして、私にしか聞こえないほどの小さな声で、「かつて手にし、大戦の最中にこの手からこぼれてしまった大魔道士マトリフが編み出した至高の呪文。私は、過ぎ去りし時を求めて、その呪文を紐解く事で大魔道士との対話を試みています」と語った。

 

その呪文の名を問う私に、大賢者は少し逡巡した後、「……ゴッドという名を冠する呪文です。それ以上は……」と答えてくれた。

 

ゴッド……。その神の名を冠する呪文が、この不世出の大賢者ですら言葉にする事を躊躇する呪文。先ほどの大賢者の奥方に対する気の配り様から察するに、大賢者はこの呪文の研究をしている事を奥方にすら内密にしているのだ。

大賢者が、妻をこよなく大切にしている愛妻家である事は、周知の事実である(同時に、恐妻家としてもよく知られている)。

おそらく大賢者は、無用の心配を奥方にさせないために、その神の名を冠する呪文を研究している事を内密にしているのだ。

 

私は話題を変えようと思い、20年前に開催された世界パートナー・オブ・ザ・イヤーで優勝した際の事を伺った。大賢者は、「また古い話を……」、と苦笑いを浮かべながらも答えてくれた。その年の同賞は、ゲストとして大会に招かれていた新生パプニカ王国女王夫妻の飛び入り参加が話題になりつつも、それをはねのけて優勝した大賢者夫妻が話題となった年だった。なお、新生パプニカ王国女王夫妻は惜しくも4位と言う結果に終わっている。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

出典 『時代を彩った英雄達 彼らの今を訪ねて 第2回』 聞き手(ワーナー・ブレイン)

 

 

 

 

上記の特集記事は第13回まで発刊され、当時を生きた英雄の人となりを知る貴重な資料として、一部の記述は教本にも掲載されるほど広く知られている。

 

このインタビュー記事により、未だ存在が確認されていない大賢者の魔法の粋を集めた遺物は、一部の者達から別名『ゴッド』と呼ばれている。

 

大魔道士マトリフから大賢者ポップに受け継がれた幻の極大消滅呪文をも超えると噂される、神の名を冠する至高の呪文。

 

しかし、ポップ・マーカストンが、存命中にその呪文を手に掴みえたかどうかは不明のままである。少なくとも、彼が問題ないと判断し公表している彼とその師が開発した一連の呪文の中には、その名は見当たらない。

 

従って、今に至るもその呪文の詳細は、一切が謎に包まれている。

 

 

いずれにしても大魔王戦役から150年経った現在、大魔道士マトリフはもちろん大賢者ポップも他界し、既にこの世に存在しない。しかし、大賢者ポップのこの時の言葉が正しいとするならば、彼が公表している魔法技術を紐解くことで、現在に生きる我々も彼らの息吹を感じる事が出来るのだろう。

 

なぜなら、今でも彼らは、そこに生き続けているのだから……。

 

 

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