今日は、『手紙送り』の日だ。昨日は曇り空だったので少し心配していたが、どうにか晴天に恵まれたようだ。
『手紙送り』は、ランカークス村の隣を流れているセーヌ川の河川敷で行われる。
とても大きなイベントで、この日ばかりはランカークス村だけでなく近隣の村からも大勢参加者がやってくる。
人が多く集まるから、セーヌ川の河川敷には多くの店が出店し、様々な楽団がやってくる。
「じゃあ、お父さん、行ってきます」
「行ってきますね、あなた」
「ああ、気を付けてな」
俺と母さんは、父さんに声をかけて、家を出た。
せっかくのお祭りの日だが、武器屋は平常営業だから、父さんは留守番だ。
俺は、父さん手製の木製の船を片手に持っている。母さんは、母さんの両親宛の手紙と、父さんから預かったやはり両親宛の手紙を持っている。
『手紙送り』は、船に手紙を乗せて川岸から流すイベントだから、船と手紙を忘れたら話にならない。
「お父さんも行けたら良かったのにね」
「そうね。来年は一緒に行けると良いわね」
俺は母さんとそんな会話をしながら、2人で川の方向に向かった。お祭りの会場は、家から徒歩で30分ほどの距離だ。
俺たちの周囲には、同じようにお祭りに参加するつもりのように見える人達が、同じ方向に向かって歩いている。
「ポップは、手紙送りが終わったら、お友達とお店を見て回るんだったわよね?」
「うん、そうだよ。ルッツ達と約束しているんだ」
「今日は人が多いから大丈夫だと思うけど、暗くなる前には帰ってくるのよ?」
「分かっているよ、お母さん」
お祭りとはいえ、村の外で行われるイベントだから、心配性の母さんは、少し俺の事が心配な様子だ。
だけど、今日は自警団の人達も万が一が起こらないよう警護しているし、心配するような事は起こらないと思うけどな。
『手紙送り』の会場は、既に多くの人で賑わっていた。俺と母さんは、まず手紙を送るために、この日のために特別に川岸に設置されている木製の桟橋に向かった。
手紙を乗せた船は、この桟橋からそれぞれの参加者の思いを乗せて流されていく。
母さんは、人で賑わっている桟橋を少し見て、ちょうど2人分のスペースが空いている場所を見つけたようだ。
「あそこが、空いているわね。行きましょう、ポップ」
そう言って、俺の手を引いて歩いていく。
「ポップ。船を置いてくれる?」
「うん、分かった」
俺は母さんに促され、右手に持っていた船を川に浮かべた。流されないようまだ手は放していない。母さんは、その船に2通の手紙を慎重に置いた。
「うん、これで良いわね。いいわよポップ、手を放して」
俺は母さんのその言葉で、船が流されないように押さえていた手を放した。セーヌ川の流れはそれほど速くはないけれど、この桟橋は少し川の中に突き出して設置されているから、手を放すと船はゆっくりと川下に向かって流れていった。
その様子を見ながら、母さんが静かに手を合わせている。俺も母さんにならって手を合わせておいた。母さんのご両親、それに父さんのご両親は共に10年以上前にランカークス村で発生した流行り病で亡くなったそうだ。俺が生まれる前の話だから俺は会ったことは無いけど、母さんが以前孫の顔を見せてあげたかったと寂しげに言っていたことを覚えている。
俺たちの周りでも皆が次々に船を流しているため、俺たちが流した船は直ぐにその中に埋もれていく。
だけど、父さんが作った船は重心がしっかりしているからか、まっすぐに風下に流れていくから、他の船との判別がとてもしやすかった。
俺と母さんは、船が本当に小さくなり見えなくなるまでしっかりと見届けることが出来た。
船が見えなくなるほど遠くまで流れて行ったので、俺は首を振って少し離れた場所にも設置されている桟橋を、なんとなく見てみた。
すると、そこにはルッツとそのお母さんがいて、ちょうど船を川に流そうとしているところだった。……そうか、ルッツの所はつい先月お父さんが亡くなったばかりだからな。あの船に乗せている手紙は、おそらくお父さん宛なんだろう。
俺は、二人が手を合わせて船を見送っている姿を遠くから眺めていた。今二人が流している船は、父さんが作ったものだ。父さんが、うちのものを作るついでだって言って、ルッツの家用の船を作ってくれたんだ。ルッツもそのお母さんも、船を作る余裕が無かった状態だったから、とても喜んでいた。
父さんの作った船は、途中で沈むこともなく、小さくなるまでまっすぐに流れて行った。俺も、その様子を見ながらもう一度手を合わせておいた。
「ここで、皆と待ち合わせしているの、ポップ?」
「うん、そうだよ。あっ、ほら、もうみんな集まっているよ」
手紙送りの儀式を行った俺と母さんは、一緒にルッツ達と待ち合わせをしている場所までやってきた。たどり着くと、もうジーンにルッツそれとライカが集まっていた。
「おーい、ポップ。ここだぞー」
「ポップ、こっちこっちー」
「ポップ君、おっそーいー!」
3人も俺に気づき、声をかけてくれる。
「ごめんごめん。手紙送りの儀式が興味深くて、つい見入っちゃって……」
「ごめんなさいね。皆、今日はポップの事をよろしくね」
俺と母さんもそれに返答を返す。
「あ、ポップ君のお母さん! 私、ポップ君の事で色々聞きたい事があるんです。今度教えていただけますか?」
……おいおい、ライカ。母さんにいったい何を聞くつもりなんだよ。
「まあ! ええ、もちろん良いわよ、ライカちゃん。どんな事を聞きたいのかしら。ポップがいつまでおねしょしていた事とかかしら?」
……いやいやいや。そんな訳ないだろう。ていうか、何だよそのチョイスは。もう少しまともな返しがあるんじゃないのか、母さん。
「……お、お母さん。後は僕たちだけで大丈夫だから。お母さんはこの辺で……」
「あら、もう少しだけ良いじゃない。私だって、お店に興味があるわ」
「だ、駄目だよ。今日は僕たちだけで回る計画なんだから……」
その後、渋る母さんをどうにか説得し、先に家に帰ってもらった。
「はー、疲れた……。さあ、みんな。それじゃあ、まず最初にどこを見に行ってみる?」
「この道を少し行ったところに、ベンガーナの首都から来ている『アルルカン楽団』のテントがあるんだけど、まずそこを見に行ってみない?」
俺がみんなに意見を伺うと、ルッツがそう提案した。
「あ、その楽団ベンガーナから来たお客さんに聞いたことある! すっごい上手なんだって。うん、そこに行ってみようよ」
「俺もそこで良いぜ! でも途中で旨そうな店があったら買っていこうな!」
ライカとジーンが、ルッツの提案に賛同したので、俺に否やは無かった。ていうか、俺も元軽音楽部の端くれだったから、この世界の楽団が奏でる演奏にはとても興味があった。うん、楽しみだ。
「へー、ここかー。あ、ちょうど次の公演がもうすぐ始まるみたいだぜ。早く並ぼうぜ」
ジーンが、テント前に立てかけれられている看板を見てそう言った。本当だ。もうすぐ次の公演が始まるようだ。受付を見ると、確かに人気の楽団なのだろう。既にかなりの行列が出来ていた。
「ルッツ。ルッツはこの楽団の事をどこで知ったの?」
俺は行列に並んだ後、この楽団を鑑賞することを提案したルッツに聞いてみた。
「うーん。本当はね、僕はこの楽団の事をあまり知らないんだ。……知っていたのは父さんなんだ」
「父さん? どういう事?」
「うん。父さん、昔からこの楽団のファンだったみたいでね。実は今回この楽団がランカークス村に来る時も、自警団の一員として警護できることを楽しみにしていたんだ。だけど、父さんはその前に死んじゃっただろう? だから、父さんがそれほど楽しみにしていた楽団の演奏を一度聞いてみたいと思ったんだ。……ごめんね、こんな理由でみんなを巻き込んで」
「……そうだったんだ。何言っているんだよ、立派な動機じゃないか。それ聞いて、俺もめちゃくちゃ楽しみになったよ」
俺達の話を聞いていたジーンとライカも口々に言った。
「へへへ。都会の音楽か。どんなんだか、楽しみだなー」
「うん。私もすっごく楽しみ。ルッツ君、お父さんの代わりにいっぱい演奏聞かないといけないね」
「……ありがとう、みんな」
ルッツが、笑顔でみんなに答えていた。
おっ、行列が動き出したぞ。いよいよ中に入れそうだ。俺達は、ゆっくりとテントの中に足を踏み入れた。
「うーん、すっごい良かったねー。ポップ君はどうだった?」
「うん、凄かった! 俺は特にリュートの音色がびっくりした。リュートってあんな音が出せるんだね」
俺達は、1時間弱のアルルカン楽団の演奏を聴き終え、テントを出た所だった。ライカが感想を聞いてきたから、俺は思ったことをそのまま答えた。いや、本当にどの音楽も良かったんだけど、俺は特にリュートに感動したよ。リュートという楽器は、前世でも古楽器として知られていたが、実際に聞いたことは無かった。まさか、あんな繊細な旋律を醸し出す楽器だったとは。
どうやらこの世界には、ギターが無いようだったので(少なくとも俺は村で見たことが無い)、ギタリストだった俺はその事を残念に思っていたんだけど、さっきのリュートの演奏を聴いて、リュートを弾いてみたいと思ってしまった。
「ルッツ。お父さんが熱烈なファンになるのも頷ける楽団だったね」
俺は隣を歩くルッツにそう声を掛けた
「うん。僕もそう思う。今度は母さんも一緒に聴けると良いな」
ルッツも満足そうに笑みを浮かべている。
「ねえねえ。次、どこに行ってみる? この時間だと、あと1つくらいしか回れそうにないけど……」
ライカが、早速次に見に行く場所の相談を始めた。
「サーカスとかどう? 南の大陸からライオンを連れてきているサーカス団が来ているらしいよ」
「へー、ライオンか。確かに見てみたいかも」
ルッツがサーカスの見学を提案した。ライオンがいるのか。前の世界のライオンと同じ容姿をしているのかな? ちょっと興味あるかも。
「良いわね、サーカス。じゃあ、次はサーカスを見に行くので良い?」
ライカも賛成の様子なので、サーカスで決定かな? と思っていたら、ジーンが突然立ち止まって口を開いた。
「あ、ごめん、みんな! 俺、この後家の手伝いがあるんだ。だから、俺ここで帰るよ」
家の手伝いというと、家業の糧食屋の手伝いという事かな? まあ、こんなイベント時には糧食屋も忙しいのかもしれないな。
「家の手伝いがあったんだ、ジーン? それじゃあ、仕方ないね。サーカスの感想は今度聞かせてあげるよ」
俺はジーンの方に振りかえってそう返答をする。
「うん、残念だけど仕方ないね。ジーン、気を付けてね」
「ジーン君。来年は一緒にサーカス見ようね」
ルッツとライカも立ち止まり、それぞれジーンに返答する。この世界、子供と言えど時には普通に家の仕事を手伝ったりする。だから、家の仕事と聞けば無理に引き止めたりは、まずしない。
「みんな、本当にごめんな。じゃあ、また明日! 」
ジーンが家に帰った後、俺達3人は言っていたようにサーカスを見に行った。こちらもなかなかの人気なようで、テントの中の客席はほとんど満席状態だった。
サーカスの出し物は色々あったが、個人的にツボにはまったのは、円形の檻の中を、黄色いダチョウのような鳥に乗った人間が、檻の中を縦横無尽に走り回る出し物だった。これって、前世ではバイクに乗った人間が円形の檻の中を縦横無尽に走り出す定番の出し物だったのに、この世界ではバイクではなく黄色いダチョウになっている。いや、実際黄色いダチョウがすごいスピードで檻の中を動き回っているから、お見事の一言しかないんだけど、前世の知識とのあまりの違いにとても笑える出し物だった。
でも、あの黄色いダチョウ。まるでチョコボみたいだったな。ふふ、ドラクエの世界観にチョコボ似の鳥が出てくるなんて、面白いな。
他には、腹話術をしている人もいたけど、まるで本当に人形がしゃべっているんじゃないかって思えるほどのレベルだった。そうそう、ライオンも確かにいた。見たところ、この世界のライオンと前世のライオンは同じように思えた。
「うん、サーカスも楽しかったね。ポップ君は、ずいぶん檻の中を鳥が走り回る出し物に受けていたね。そんなに面白かった?」
テントを出て、通りを歩きながらライカが俺に聞いてくる。
「そうだね。なんかあの狭い檻の中を必死で走っている鳥の姿が、ツボにはまっちゃって。でも、他の出し物も面白かったよ」
「僕は腹話術が面白かったかな。まるで本当に人形が話しているみたいに感じたよ。どうやるんだろうね、あれ?」
ルッツは、どうやら腹話術芸が気に入ったようだった。
そうやって、俺たちが先ほど見た出し物の感想を互いに話しながら通りを歩いていると、ふと耳に気になる話し声が聞こえてきた。
「……おい、そりゃー、危ないんじゃないのか。今ギルドメインの森は立ち入り禁止のはずだろう?」
「ああ。そうなんだけどな。俺もそう思って声をかけたんだが、その子は、『ちょっとクコの実を取りに行くだけだから、すぐ戻る』って言って橋を渡っていっちまったんだよ」
「どこの子供だい、その子は」
「うちの村じゃないから、多分ランカークスじゃないかな」
そんな話をしている見知らぬ2人組の声を偶然聞いてしまった俺達は思わず立ち止まり、顔を見合わせた。
「ねえ、今の話って……」
「うん、僕も嫌な予感が……」
ライカとルッツがそんな事を言いながら俺の方を見つめる。……同感だな。俺も嫌な予感しかしないよ。
「……もう少し詳しい話を聞いてみようか」
俺のその提案に2人とも静かに頷いた。
「あのー、すいません。ちょっと良いですか?」
俺はさきほどその話をしていた2人にそう声をかけた。
「……ん? 何だい、君達?」
2人組のおじさん達は、突然声を掛けてきた3人の子供達に驚いている。
「すいません。先ほどお二人が話していた内容を偶然耳にしたんですが。その橋を渡っていったランカークス村の子供というのは、少し太った茶色の髪の子供では無かったですか?」
「ああ! そうそう。そんな感じの子供だったよ。歳も君たちと同じぐらいだろうと思うよ。
あれ、君達、もしかしてその子を知っているのかい?」
俺達はその質問にすぐに返事を返すこと出来ず、みんなして頭を押さえて俯いてしまった。
……ジーンだよ。間違いないよ。
全く何やっているんだよ。大方、どうしてもクコの実を取りに行く欲求を抑えきれなくて、家の仕事の手伝いだって俺達に嘘をついて森に向かったんだろう。
全くもう。
「ど、どうしよう、ポップ君。 もしジーン君がライオンヘッドに出くわしちゃったら……」
「どうする、ポップ? ジーンを連れ戻しに行くか、自警団の人に伝えに行くか……」
ライカとルッツが真剣な表情でおれに問いかける。うーん、今すぐに連れ戻しに行かないといけないだろうとは思うけど、ルッツとライカをどうするか……
「ジーンを連れ戻しに行こうと思う。だけど、2人は……」
「私たちも行くよ! だよね、ルッツ君」
「ああ、もちろん。だいたいポップ。君は、ギルドメインの森のどこにジーンがクコの実を取りに行っているか分からないだろう?」
……確かに分からない。俺はこれまで、ジーンと一緒に森にクコの実を取りに行った事が無かったから。俺が答えに窮していると、ルッツがさらに言った。
「僕は前にジーン、ライカと一緒にクコの実を採りに行った事があるんだ。ジーンが行ったところは多分そこだと思う。僕とライカが案内するから、今すぐ連れ戻しに行こう!」
ふー、仕方ないか。確かに俺一人ではどこを探せばいいのか見当もつかない。
「……分かった。だけど、森に入ったら俺が指示を出すから、それには従ってくれよ?」
「もちろんよ、ポップ君。さあ、急ぎましょう!」
「ポップの事は信頼しているから、指示には従うよ」
2人の約束が取れたことから、俺達はギルドメインの森にジーンを連れ戻しに行くことにした。
ジーン、無事でいろよ!