転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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83話 罠に嵌った大賢者

一見何もないように見える空間上で、緋色の糸が俺を取り囲むように張られている。

 

ああ、ようやく確信が持てた。やはりここは、何者かが設定した殺傷領域(キルゾーン)だ。そして俺は、狩る側ではなく、狩られる側の哀れな獲物というわけだ。

 

えてして、捕食者は自身が狩りに夢中になっている時は、自身が狩られる側に回っている事に気がつかないと聞いた事があるが、今の状況がまさにそれだな。いや、狩られる前に気がついただけマシか……。

 

しかし、いったい誰がこんな手の込んだ真似を……。こんな真綿で首を絞めるような巧妙な罠をしかける奴なんて……。

 

ハドラーではないな。あいつに、こんな真似ができる程の頭は無い。可能性が高いのはザボエラか? いや、違うな。あいつも卑劣だが、これほど洗練された手口は、下品なあいつには似つかわしくない。バランは論外。コミュ症のミストバーンも違うだろう。

 

俺の知らない新たな敵か? ……いや、待て。そういえば、1人だけこれをやりそうな奴がいなかったか? 少しだけ原作に出てきたあいつ。あいつの名前は、確か……。

 

――ゴォォォ!

 

おっと! 再びサタンパピーが、火炎呪文(メラゾーマ)を放つと同時に突進してきた。まだ敵の数は優に20体を超えていた。

 

――ぎりっ!

俺は奥歯を強くかみしめ、覚悟を決めた。良いだろう、獲物は獲物でも、俺は牙のある獲物だと言う事を教えてやるさッ!!

 

正直言って、後から思い返しても俺はここから先の戦闘の記憶がほとんど残っていない。

 

 

どれだけの数のサタンパピーを倒しただろうか。5体までは数えていたが、途中からそんな余裕もなくなり、数えるのをやめた。

氷の槍を、前方と右方から迫るサタンパピーに叩きつける。左方から迫ったサタンパピーには、全身に氷の槍が突き刺さったままのサタンパピーの死骸を叩きつける事でその行動を阻害した。

 

直後、背後から強烈な熱気を感じた。俺は飛翔呪文(トベルーラ)でほんの少しだけ身体をずらし、その熱気をかろうじて躱す。やはり火炎呪文(メラゾーマ)だった。火炎呪文(メラゾーマ)による熱気が俺の髪を焦がし、嫌な匂いが俺の鼻をつく。

 

俺は、氷の槍が突き刺さったままのサタンパピーの死骸を、俺の衛星のように俺の周りで高速回転させ、突進してくるサタンパピーに力任せに次々に叩きつけていく。叩きつけられたサタンパピーが吹っ飛んでいく先は、赤い滴がしたたる見えない刃だ。

 

火炎呪文(メラゾーマ)を防ぐ盾にしたり、敵にぶつけたりしたからだろう。俺の衛星と化したサタンパピーの死骸が、直ぐに使い物にならなくなった。新しい死骸を用意しよう。どれにしようかな、と哀れなサタンパピーを物色していたその一瞬の隙を突かれ、俺は背後から火炎呪文(メラゾーマ)の直撃を受けた。

 

「かはッ!!」

熱い……! 今なら口から炎を吐けそうだ。しかし、直後俺の身体を冷気が包み込み、その熱を中和していった。……そして同時に、その冷気が視野狭窄に陥っていた俺の頭を覚ましてくれたようだった。

 

 

俺は一体、何をしている? こんなバーサーカーのような戦い方が俺の戦い方か?

 

『良いか、ポップ。良く覚えておけ。魔法使いってのは、常にパーティーで一番クールでなけりゃならねえんだ』

 

師匠の言葉が頭に思い浮かぶ。……はっ、情けない。ちょいとばかり追い込まれただけで、頭に血を上らせるとは。俺まで脳筋の仲間入りしたら、誰があいつらの面倒を見るんだよ。

 

幾分冷静になった俺に、上下左右からサタンパピーがその獰猛な口を開いて突っ込んできた。どこに俺の把握していない刃があるか分からない現状では、これまでの闘いのように飛翔呪文(トベルーラ)で高速かつ広範囲に飛び回るのは、自殺行為に等しい。

 

俺は即座に氷系呪文(ヒャダルコ)を唱える。そしてそれによって創生した氷の槍を、上下から襲ってくるサタンパピーに叩き込み確実に絶命させる。

 

まだまだ! 俺は間髪を入れずに氷系呪文(ヒャダルコ)を解除し、最も早い発動速度を誇る神風呪文(パキ)の魔法を唱え、右から迫ってきたサタンパピーに叩きつけた。その突風にあおられ背後に吹っ飛んだサタンパピーは、赤い水滴のしたたる透明の刃に激突し、その身体をバラバラに切断される。

 

――左は間に合わないかっ! 俺は少しでもダメージを抑えようと、魔道士のマントで身体を包みこみ、致命傷だけは負わないで済むよう身体を丸めた。

 

――ズガガーーン!!

 

その時、俺の左手から迫っていたサタンパピーに直上より稲妻が落ちた。

 

いや、違う! これは、電撃呪文(ライデイン)だ!

 

その電撃呪文(ライデイン)は、射線軸上にいた複数のサタンパピーを一瞬で黒焦げにしながら、地上に糸を引く様に落ちていった。至近で放たれた電撃呪文(ライデイン)による強烈な雷光に、俺は思わず顔を背けた。その威力を物語るかのように、電撃呪文(ライデイン)が消えてもなお、バシバシッと音を立てる青白い残光が発せられている。

 

電撃呪文(ライデイン)……。これを誰が放ったかなんて考えるまでもない。これを放てる奴なんて、世界中を探しても2人しかいない。ふふ。だけど、ダイ。次はもう少し、俺から離れたところで頼むぜ。ちょっと前髪が縮れちまったよ。

 

俺がそんな事を考えていると、突然俺の身体を青く優しい光が包んだ。その光は、俺が全身に負っていた怪我を優しく癒していった。これは回復呪文(ベホイミ)の光だ。回復魔法をこの距離で放てる手段を持っているのは、彼女しかいない。正直、1手しか放てない今の状況では、回復まで手を回す余裕が無かったから、これは助かる。

 

……ありがたい。俺は1人で戦っている訳ではないと言う事だ。俺は地上からのその援護に勇気づけられ、残ったサタンパピーの集団に対峙した。

 

 

 

 

~~~~ 百貨店 屋上 ~~~~

 

レオナは、炎に包まれたポップの身体に氷系呪文(ヒャド)の魔法を放ち、その効果をじっと見つめていた。

 

「どうやら、上手く中和出来たみたいね。ついでに、頭も冷やしてくれたら良いんだけど……。あんな無茶な戦い方をしていたら、いつか死んじゃうわよ」

 

マァムは上空で戦うポップをジッと見つめて、ほんの少しだけ安堵の息を漏らした。

 

「ううん、ありがとうレオナ。多分、いつものポップに戻ったと思うわ。光も……」

 

「……光? それって――」

 

レオナが問いかけた時、甲高い風切音のような音が直ぐ近くから発せられた。

 

その音は、ダイの額から発せられていた。紋章を浮かび上がらせたダイは、上空で戦うポップを瞬きひとつせず見つめ、突然指を突き上げて叫んだ。

 

「――電撃呪文(ライデイン)!」

 

その雷光はポップに当たるのではと思える程の至近を、天から地上に向かって駆け抜けて行った。何体かのサタンパピーを巻き添えにして。

 

レオナが突然の雷光に眩しそうに顔を覆った時、ドンッという炸裂音がダイの反対側から聞こえた。それは、いつの間にか片膝を屋上の床について魔弾銃の狙いをつけていたマァムが発したものだった。

 

「当たったわ! それにポップも私達に気づいたはずよ。ダイ、レオナ、このままポップの援護を続けましょう!」

 

「うん!/ええ!/ピィ、ピィッ!」とダイ達が声を上げた。

 

その時、ガチャッと屋上に続く扉が開いた音を、マァムの耳朶が拾った。驚いてマァムが背後を振り返ると、同い年ぐらいに見える黒髪の少女が立っていた。咄嗟にマァムは声を上げた。

 

「こちらに来たら駄目よ! 中に入って!」

 

マァムとしては、その少女の身を案じての言葉だったが、その子は何故か上空のポップを見つめたまま微動だにしなかった。その子の口が『ポップさん』と動いた気がしたが、マァムはそれを気のせいだと思う事にした。

 

……何故? 分からない。マァムの胸中を、得体のしれない胸騒ぎが占めていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「はぁっ、はぁっ! ――お前達で最後だ!」

 

ゆうに30体を数えたサタンパピーの集団も、ダイ達の助けを借りる事で、やっと残り2体となっていた。俺は荒い息を吐きながら、なおも俺に対する殺意を維持したままのサタンパピーを睨みつけた。しかしこいつら、本当に異常な程の闘争本能だ。味方の命を顧みず、むしろ巻き込む形で攻撃を仕掛けてくるから、俺の全身は既に火傷だらけの血だらけだ。

 

そして残り2体になっても、サタンパピー達は血走った目をして俺の前後より襲いかかってくる。

 

俺は背後から迫ってきたサタンパピーに氷の槍の半数を叩き付け、確実に絶命させた。そして即座に前に向き直り、そちらにも残りの氷の槍を叩き付け、ようやく敵を全滅させる事ができた。

 

俺は少しだけ息を吐き、ほっと一息をついた。

 

その時、俺の耳に悲壮な声が届いた。

 

「ポップさん! ――後ろッ!!」

 

俺は考えるよりも先に行動に移していた。ずっと発動直前でとどめていた左手の魔法。それを俺は背後に展開した。

 

ズギャッ!

 

直後に俺の背後から鈍い音が発生し、氷の欠片がパラパラと俺の背に降り注いだ。俺が背後をゆっくりと振り返ると、俺の首まで後数センチと言う所まで、不気味な黒い鎌が突きつけられていた。その黒い鎌は、俺の展開した分厚い氷の壁を半ばまで切断し止まっていた。

 

危なかった……。あと少しでも氷系壁呪文(アイスウォール)の強度を落としていたら、あるいは、あの注意を促す声が無かったら、この鎌は俺の首にまで達していたかもしれない。

 

俺は少し距離を取り、その鎌の手元を握っている男に視線を移した。

 

なんとその男は、先ほど俺が倒したサタンパピーの腹部を裂いて現れており、ピエロのようにも見える仮面と衣装を纏っていた。

 

その男の周辺だけ、まるで夜のとばりが下りているかのような異質な空気を感じ、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ウフフフフ。もう少しだったんだけどね。やはり駄目だったか」

 

「キャハハハ。残念、残念♪」

 

そのピエロのような外見をした男の背後から、一つ目をした小さな魔物が現れ、不快感を感じる甲高い声で笑い声を上げた。

 

 

「……誰だ、お前達?」

 

「ウフフフ。高名な『氷の賢者』に名前を尋ねられるなんて、光栄だね。僕の名前はキルバーン。口の悪い友達は、死神なんて呼ぶけどね。こちらは、使い魔のピロロ。以後、お見知りおきを。ウフフフ」

 

「よろしくね♪ キャハハハハ」

 

「……この殺傷領域(キルゾーン)は、お前が設置したものだな?」

 

やはりこいつらか。覚えているぞ。確か……大魔王バーン直属の殺し屋と描写されていたような……。

 

「そうだよ。お気に召してくれたかい? しかし、さすがは勇者一行(パーティー)の頭脳とも目されている氷の賢者だね。僕の仕掛けた鳥かごを見抜いただけでなく、あまつさえ生還までするとは。……正直言って、驚いたよ。後学のために、どうしてあれが罠だと気づいたか教えてくれないかい?」

 

うますぎた話だったからだよ。俺は、『うまい話には裏があると思え』、と前世の親から教えてもらっているんだよ。といっても、こんな事をわざわざ敵に教えてやる自虐趣味は俺には無い。

 

「そんな事、教えるわけないだろう? 後で反省会でもして、自分達で考えるんだな」

 

「けーち、けーち! キルバーン! こいつ、けちだよ!」

 

「そう言うものじゃないよ、ピロロ。仕方ない、教えてもらうのは諦めるとしようか。しかし、惜しかったね。あそこで、ロモスの時と同じように隙の大きい大魔法を唱えていれば、そこで君の首は胴から離れていたものを……」

 

俺は、キルバーンと名乗った男の独白を黙って聞いている。

 

「罠に気づいてからの君は、どれだけ追い詰められても、とうとう最後の1手を放たなかったね。……素晴らしい洞察力と胆力だよ」

 

キルバーンは、ニヤリと笑みを浮かべながら右手に持った鎌を一閃し、まだ構築されていた氷の壁を粉々に砕いた。

 

「サタンパピーの腹部を割いて現れたな? 他のサタンパピーも、いや、ヒドラやドラゴンからして様子がおかしかったが、お前が何かやったんだな?」

 

「ウフフ。ピエロに種明かしは本来ご法度なんだけど、先ほどの奮戦に敬意を払って特別に教えてあげるよ。彼らには、僕が顕現するための仕込みを事前に施していたのさ。ついでに、死を恐れぬよう感情も抜いたかな」

 

「反吐が出るな。仮にも仲間だろうに……」

 

「仲間? 何を言っているんだい? 僕以外の存在は、全て道具に過ぎないよ。ウフフフ。道具に生命(いのち)なんて……無いだろう?」

 

……駄目だ、こいつと会話をしていると、毒でも飲んだみたいに気分が悪くなる。

 

「……それで? 今から2回戦を始めるつもりか? 俺はそれでもいいぜ?」

 

俺のその挑発に、キルバーンは足元のダイをチラッと見た。

 

「まさか。今日は挨拶のようなものだよ。実は、魔王軍で勇者ダイ君の正体が話題になっていてね。超竜軍団から竜を借りて僕が彼の正体を見極める事になったのさ。君を鳥かごに招待したのは、そのついでと言った所だね」

 

「なるほどね。……で? ダイの正体は見極められたのかい?」

 

「もちろんだよ。この後、勇者には試練が待ち受ける事になるだろうね。そして、勇者の一番の右腕である君も、それに必然的に巻き込まれる事になる。フフフ。君は僕が直接、その澄ました顔を恐怖に歪ませてから殺してやると決めたよ。僕以外の者の手にかかって死なない様、せいぜいあがいてみる事だね。それでは、またね」

 

そう言って、キルバーンとその使い魔は俺の前から忽然と消えた。

 

 

……ついで、ね。あれほどの仕込みをしておいてぬけぬけとよく言う。これは、俺も魔王軍にとって抹殺の最優先対象になっていると思っておかないといけないな。しっかし、なんか……しんどいな、あれ。俺、何やらズシンッと、胃に来ちゃったよ……。

明らかに今までに戦った魔王軍の奴らとは毛色が違う。でもまあ、俺が標的になっている限り、マァムやダイがあいつに害される可能性は低いだろう。それだけは、良かったと思っておこう。

 

……ダイに訪れる試練か。そんな事、言われるまでなく分かっているさ。そうだ、ようやくここまで来られた。もう少しだ。もう少しでダイは、真の(ドラゴン)の騎士としての覚醒を果たす。俺の最低限の仕事は、そこまでダイを導く事だ。もちろん最大限の仕事は、ダイと共に大魔王バーンを打倒する事だが、俺は最低限の目標をそこに設定している。そこまでたどり着ければ、俺は……。

 

「ポップー!」

 

俺を呼ぶダイの声が下から聞こえる。足元を見下ろすと、ダイにマァム、姫さんが心配そうにこちらを見上げていた。俺は彼らに、心配はいらないと、軽く手を上げた。

 

 

そして俺は、ダイ達のいる百貨店の屋上に降り立った。

 

 

 

 

 

「ありがとう、みんな。おかげで助かったよ」

 

俺は、ダイ達に感謝の言葉を伝えた。ダイやマァムはもちろん、姫さんからも援護をしてもらっていた。サタンパピーの放った火炎呪文(メラゾーマ)の直撃を受けた際に、その高熱を中和してくれたのが、姫さんの放った氷系呪文(ヒャド)だった事に俺は気づいていた。

 

ダイが、俺のボロボロの出で立ちを見て、今にも泣き出しそうな顔をした。

「ポップ、マントも服もボロボロだよ。血もそんなに……。怪我は……」

 

「大丈夫だよ、ダイ。出血はもう止まっているよ。マァムが癒してくれたからな。マァム、さすがだな。あの距離で俺に魔弾を命中させるなんて」

 

「そんな事より、本当にもう怪我をしている所は無いの、ポップ?」

そう言ってマァムは、俺の身体にペタペタと触れ、本当に傷が癒されているのかを確認した。

 

「ないない。心配性だな、マァムは。マァムこそ、ヒドラにやられたダメージがあるならしっかり治しておけよ。姫さん、援護ありがとう。おかげで助かったし、頭も冷めたよ」

 

姫さんが放ってくれたあの氷結魔法には、俺に冷静になれ、という意図も込められていた事を悟っていた。

 

「ふふふ。良いのよ、そんな事。それより、ポップ君。さっきのピエロみたいな奴、最初から君を狙っていたように見えたわ。それに、ダイ君の事も……」

 

「ああ。それについては、後でゆっくり話そう。俺も皆に伝える事があるから。だけど、少しだけ待ってくれ」

 

俺は姫さんにそう返事を返し、顔を、俺達から少し離れたところで佇んでいる黒髪の少女に向けた。屋上を吹く横風にあおられ、その少女の黒髪がたなびいている。

 

……もう5年になるのかな。俺は、5年前のあの日のランカークス村での別れを思い出していた。

 

『……いつかまた会おう。それまでは、このネックレスがメルルを守ってくれるように、おまじないをかけておいたから。約束だ』

 

『私、この村でポップさんと会えて本当に良かったです。私も、いつかまたポップさんと会いたいです』

 

……ようやく、会えたな。背が伸びている。しかし、控えめなようでいて、実は芯の強いその眼差しは変わっていない。

 

今彼女は、その眼差しを俺の一挙手一投足に注いでいるように見える。どうやら彼女も俺の事を覚えてくれていたようだ。ありがたい。

 

……参ったな。せっかくの再会だと言うのに、俺の姿は見られたものじゃないほど、ボロボロだ。羽織ったマントはところどころ切り裂かれていて、みかわしの服はまともな所が無いんじゃないかと思える程、全体が黒く焼け焦げてしまっている。これでは、彼女を失望させてしまっているんじゃないだろうか。

 

気づけば俺は、手を伸ばせば届きそうなほどの距離まで彼女に近づいていた。

 

至近で見る彼女は、確かな時を感じる程美しく成長していた。その黒い瞳が俺を見つめている。果たして俺は、彼女の成長ほどに、恥ずかしくない成長を遂げたと胸を張れるのだろうか。……彼女の目に、俺はどう映っているのだろうか。

 

 

 

「久しぶりだね、メルル。今度は、俺が助けてもらったね。ありがとう」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side メルル

 

 

私は今、ベンガーナの町で一番大きな建物、百貨店の階段を駆け上がっている。エレベーターはどこかが壊れたのか、何故か動いていなかった。大勢の買い物客が避難するために上階から降りて来ていて、階段は人で溢れかえっていた。そんな中、私はその流れに逆らうように上階へ進んでいるため、人の波に押されて思うように進めない事がもどかしかった。

 

早く、早く、早く!

 

一刻も早くこの百貨店の屋上に辿り着かなければ。

 

私は、今これほど焦燥感に駆られている理由を、私自身説明できないでいた。

 

 

 

 

私は先ほどまで、百貨店の周辺で、魔物によって怪我を負った人達の避難を手伝っていた。その避難誘導は、偶然その場に居合わせていた、とてもリーダーシップのある少女の指示で行われていた。私より年下のように見えるその少女は、怖気づいて逃げ出そうとしていた男性を叱咤し、多くの住民を安全な後方に避難させる事に腐心していた。

 

この地を襲ってきた魔物は、首が5つあるヒドラと言う魔物と、5匹のドラゴンだった。ただ、私がこの場所にたどり着いた時にはもう、5匹いたというドラゴンはこの場から遠く離れた場所に移動していたようだった。

 

そして、残るヒドラには、2人の冒険者の出で立ちをした男女が相対していた。1人はまだ子供のように見えるのに、勇猛果敢にヒドラに剣で対峙している。そして、もう1人は私と同い年ぐらいに見える女性の武闘家だった。ヒドラのブレスを、軽業師のように掻い潜って、拳と足のみでヒドラを打ち据えている。

 

私は、その2人の戦いぶりを見つめ、この人達ならこの窮地を救ってくれると感じていた。しかし、女性が逃げ遅れた住民を助けるために見せた一瞬の隙をヒドラに突かれて、捕らわれてしまった。

 

私の身長よりも太く長い首に絞めつけられて、その女性が苦悶の声を上げる。私は助けに行きたくても足が竦んでしまい動けなかった。なんて、情けない。ここに来る前に、逃げないと決心したばかりだと言うのに……!

 

でも、直ぐに、その女性と一緒に戦っていた少年が助けに行った。その戦いの様子に私は声もなく立ち尽くしてしまった。

 

あれは、まさか、伝説に聞いた……! 私はその少年の額に浮かんだ紋章に、目を奪われてしまった。

 

「……まさか、この目で見る事が叶うとは思わなんだ……。」

 

いつの間にか私の傍にいたお婆様が、放心するようにつぶやいていた。

 

「お婆様、それでは、やはりあれは……」

 

「うむ……。あの紋章、間違いあるまい。あれこそが、伝説の(ドラゴン)の騎士様じゃ……」

 

やっぱり……。私の祖国テランが信仰している(ドラゴン)の騎士様。あんな子供が……。

 

 

その時、私は突然空から発せられた強烈な悪意を感じ、思わず両腕で身体を抱きしめた。いったい、何が……? 私は、ガクガクと震えながら自問した。これほどの悪意を感じた事は、初めてだった。リンガイアを脱出する時ですら、これほどでは無かった。

 

その悪意は私しか感じていない様子だった。お婆様もまだ、(ドラゴン)の騎士様の闘いぶりに目を奪われている。

 

私は空を見上げた。そこでは、1人の少年がたくさんの魔物の群れと戦っていた。皆、地上の戦いに気を取られて、それに気づいていなかった。あまりに遠くて、その顔がはっきり見えない。

 

私は、その少年の姿に目を奪われた。たった一人で何十体もの魔物に囲まれて、とても苦戦しているように見える。時折、その少年から血しぶきが飛び、同時にその身体を炎が包む。だけど、少年は決して諦めている様子は無くて、次々と襲い掛かってくる魔物に対し果敢に立ち向かっている。

 

――!

 

不意にその姿が、5年前に私をバクーモスから救ってくれたあの少年の姿と重なった。

 

……ポップさん。ああ、あの少年がポップさんだ。あの少年こそ、私が、ずっと、ずっと、会いたくてたまらなかったあの人。

 

でも、私は先ほど感じた悪意に思い至った。あの大勢の魔物の気配を、私は悪意と感じたのだろうか。

 

――!

 

私は気が付いた。黒い霧のようなものが、先ほどからポップさんの背後に現れては消えている。ポップさんは、それに気が付いていないようだ。

 

いけない、ポップさんに伝えないと! ここからでは声が届かない。そう考えた私は、この周辺で一番大きな建物である百貨店に飛び込んでいた。

 

 

 

はぁっ、はぁっ!

 

私は、息を切らしながらも、ようやくこの建物の屋上にたどり着いていた。

 

ポップさんは!?

 

私は、この建物の屋上より更に上空にいるポップさんを見上げた。私はポップさんの姿を見て、思わず口を覆っていた。

 

ポップさんは、その周囲を、悪意を実体化したような赤い糸に取り囲まれながらも、未だに大勢の魔物と対峙していた。その全身は真っ赤に染まっており、その上その衣服からは絶え間なく煙が発せられていた。

 

でも、ポップさんは一人で戦っているわけではないようだった。先ほど地上でヒドラと戦っていた(ドラゴン)の騎士と思わしき少年と武闘家の女性、それに地上で避難誘導を行っていた女性が、必死に援護を行っていた。

 

私は、おそらくポップさんの仲間だろうと思わしきその人達が行う援護を、ただ見つめていた。

 

私は、なんて無力なんだろう……。

 

私だって、彼らのようにポップさんを助けたいと思っているのに、私にはただポップさんの無事をここで祈る事しかできない。

 

 

 

いえ、いえ、違うわ! 私は、そんな風に嘆くためだけに、ここまでやってきたわけではないはず。

 

――しっかりしなさい、メルル!

 

私は、自分自身を叱咤して、上空のポップさんを見つめた。見えない。だけど、深く集中して()()事で次第に黒い霧が見えてきた。

 

だれも、あの黒い霧のような存在に気が付いていない。ポップさんも、(ドラゴン)の騎士様である少年さえ気が付いていないようだ。あの黒い霧は、ポップさんの背後に時折現れては姿を消す事を繰り返していた。

 

それはまるで、舌をチロチロと出しながら、ポップさんの疲労を確認し一番効果的なタイミングを狙って飛び掛かろうとしている蛇のように、私には思えた。

 

(ドラゴン)の騎士様の放った神の光が、複数の魔物を打ち払った。残る魔物は、2体だ。ポップさんが、5年前も使っていた氷の槍を操り、その残った2体を打ち倒した。

 

「やったわ!」

武闘家の女性が喜びの声を上げた。

 

だけど私は、ポップさんの背後で黒い霧が爆発するように膨れ上がる光景を、この目に捉えていた。だから、叫んだ。

 

「ポップさん! ――後ろッ!!」

 

 

 

 

 

ポップさんが、ゆっくりと近づいてくる。私は、鼓動が速まるのを感じていた。戦っていた時とは、うって変わって優しげな微笑みを浮かべている。……同じだ。ポップさんは、5年前に私をあの森で助けてくれた時も同じ微笑みを浮かべていた。

 

今、私の目の前にポップさんが立っている。手を伸ばせば届きそうな距離に。

 

5年ぶりに見るポップさんは、私の記憶にある顔より精悍な顔つきをしていた。あれから、どれだけ危ない事をしてきたんだろう。その手も、ボロボロに破れた服から覗く身体も傷だらけだ。

 

約束、したのに……。

 

「久しぶりだね、メルル。今度は、俺が助けてもらったね。ありがとう」

 

もう、我慢が出来なかった。私は、返事も返さず、思わずポップさんに抱き着いていた。

 

「ちょ、メルル!? だ、駄目だって! 俺の身体、血だらけだから、そんな事したら汚れちゃうってば……!」

 

汚れる? ポップさんは、私がそんな事を気にすると思っているのだろうか? そんな風に思われている事も心外に感じた私は、ずっと心待ちにしていた再会だというのに、思わず声を荒げてしまっていた。

 

「……無茶しないでって言ったじゃないですか! ポップさんは、……嘘つきです……!」

 

私はポップさんの胸で涙を流しながら、ポップさんを責めていた。責めるのは筋違いだって事は分かっている。ポップさんは魔王軍と戦っている。ポップさんの性格から言って、無茶をしないなんて事はあり得ないと言う事も分かっている。だけど、それでも……それでも、私は……!

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

俺は戸惑っていた。再会した途端、メルルに胸で泣かれている。しかもポカポカと俺の胸をたたきながら、俺を嘘つきと責め立てる。

 

――はっ!?

 

これって、はたから見ると俺って、とんでもない女たらしのように思われているんじゃね? 

 

……あ、やっぱりだ。俺が恐る恐る背後を振り返ると、姫さんがジトーとした目で俺を見つめていた。ダイとゴメは、ポカンとした顔か……。マァムは、――。

 

「久しぶりじゃな、ポップ」

 

ん? 親しげにかけられたその声に俺が視線を戻すと、メルルの後ろに占い師の姿をした高齢の女性がいた。ああ、お変わりないな、この人は。

 

「ええ。久しぶりですね、ナバラさん。お元気そうで、何よりです」

 

「うむ……。不憫じゃな、ポップ。その年で修羅場をくぐった男の顔になっておるの。ほれ、メルル。いい加減に泣き止まぬか。ポップが困っておるぞ」

 

ナバラさんが、いまだに俺の胸に顔を押し付けて涙を流しているメルルを諭してくれる。しかし、メルルはそんなナバラさんの言葉にも耳を貸さず、イヤイヤとばかりに首を振る。うーん、ナバラさんでも駄目か。

 

「……えっと、メルル。大丈夫だよ、俺は。こんななりであれだけど、見かけほど無茶はしていないんだ。俺には、頼りになる仲間もいるしさ。だから、あの日メルルと交わした約束は破っていない。セーフだ」

 

俺のその言葉に、メルルの肩がピクンと跳ねた。おっ、分かってくれただろうか。ふとナバラさんに目をやると、額に手を当てて呆れたような顔をしている。……あれ?

 

突然メルルが顔を上げて、俺に声を張り上げた。

 

「無茶、しているじゃないですか!? 手も、胸も傷だらけです!! 今だって、身体中血だらけなのに、どうして、無茶していないって言えるんですか! や、約束したのに……」

 

そう言って、再びメルルは俺の胸に顔を押し付けて泣き出した。

 

「あ、いや、ごめん、ごめんってば、メルル。確かに、ちょっと無茶しちゃった気がしないでもない。約束、破っちゃってごめんね。俺が悪かった」

 

「ちょっと、じゃないです!」

 

「あ、そ、そうだね。ちょっとじゃないね……」

 

これ、誰か助けてくれないかな……。なんか俺達以外にも屋上に様子を見に来た人がちょくちょく増えて来ていて、遠巻きに俺の方を見てひそひそと話しているんだけど……。え、これ後で変な噂が立たない?

 

「はいはい。彼も十分反省している事でしょうし、それぐらいで許してあげてくれないかしら。えっと、メルルで良かったかしら?」

 

俺が困り切っていると、いつの間にか近づいてきていた姫さんが、助け舟を出してくれた。おお……。姫さんも役に立つ事があるんだな、と俺は初めて姫さんに心から感謝した。その姫さんは、貸しひとつよ、と言いたげな視線を俺に送り、メルルの肩に手を置いた。

 

「メルル。私の名前はレオナって言うの。さっきは、ポップ君の窮地を助けてくれてありがとう。私達、誰もあんな敵が潜んでいた事に気が付かなかったわ。それに、さっき町の人の避難誘導でも率先して手伝ってくれていたわよね? 改めてお礼をさせて。ありがとう、メルル」

 

「あ、い、いえ。そんな、お礼を言われるほどの事は……」

メルルも、ようやく俺から身体を離してくれた。

 

「メルルって言うんだね! 俺はダイ! さっきはポップを助けてくれてありがとう!」

 

「――! そ、そんな、(ドラゴン)の騎士様にお礼を言われるような事はしていません!」

 

メルルは、ダイにお礼を言われた事に、事更に恐縮している。そうか、やはりメルルはダイの額の紋章を見ていたか。丁度良いとも言えるな。

 

(ドラゴン)の騎士? 何それ?」

初めて会った女の子に、(ドラゴン)の騎士様と敬われて、きょとんとしているダイ。

 

「ダイ。そのあたりの事も含めて、一度じっくりと話し合おう。メルル、ナバラさん。さっきの敵も、ダイの事を(ドラゴン)の騎士と呼んでいたんだ。(ドラゴン)の騎士の事を知っているなら、教えてくれないか?」

 

俺の言葉に、メルルとナバラさんは顔を見合わせた。

 

「良いじゃろう。儂らの祖国テランに伝わる伝承じゃ。(ドラゴン)の騎士様のお役にたてるのなら幸いじゃ」

 

そして、俺達は互いの情報を共有することにした。

 

 

 

やれやれ、どうにか原作どおりメルルと会う事が出来たか。キルバーンの策略のおかげで、思いもかけずメルルに怒られる羽目になってしまったが、とにもかくにも再会できて良かった。

 

この後メルルに、忘れられているかと思った、と俺が伝えると、メルルに「忘れるわけないじゃないですか!」となじられ、再び泣かれてしまった。

 

そして、今のもポップが悪い、基本的に全部ポップが悪いと、俺は女性陣に散々なじられてしまった。

 

はー、アバン先生に買ってもらったみかわしの服も、師匠から譲り受けたばかりの魔道士のマントも、ボロボロになってしまった。なんだか今日は踏んだり蹴ったりな1日になってしまったな……。

 

あれ? 何か頭がぼうっとするな。

 

……何だろう、これ……。地面がせり上がってくる……。変なの……。

 

 

 

薄れゆく意識の中で、マァムが俺の名を叫んだ気がした……。

 

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