~~~~ギルドメイン大陸 ランカークス村 郊外~~~~
月明かりの下、9体の魔物がベンガーナ王国ランカークス村郊外に潜んでいた。その魔物は、『地獄の使い』を筆頭とした悪魔神官の一団だった。
「ナーガ様、あの一番長い煙突の家が、ザボエラ様が言っていた勇者
「うむ……。まったくこれほど簡単な仕事もこなせんとは、妖術師共も不甲斐ない……」
ナーガと呼ばれた、仮面を被り頭部より2本角を生やした容貌の地獄の使いは、背後の悪魔神官達を振り返る。ナーガは、主であるザボエラの側近の1人であり、そのザボエラから勇者
ナーガはザボエラから受けたその命を、これまでは配下の悪魔神官や妖術師に任せていたが、あろうことか既に2度の失敗を犯していた。
過去2度の失敗のうち、1度目は、この村を警護している自警団に発見され討伐された。そして、2度目にあたる前回は、突如何者かの襲撃を受け瞬く間に全滅の憂き目に遭っていた。
そして、一向にザボエラの命を果たせない事に苛立ったナーガが、今回直接指揮を執るためこの地にやってきていた。
「よし、闇夜に紛れて忍び込むのだ。悪魔神官A~Dは私についてこい。悪魔神官E~Hは陽動のため、村の反対側で派手に暴れるのだ」
「「「ははっ……!」」」
悪魔神官A~Gはそのナーガの命令に返事を返した。
「む? おい、悪魔神官Hはどうした? 悪魔神官H、返事をせぬか!」
しかし、悪魔神官Hは返事を返さない。その時、悪魔神官Cが声を上げた。
「ナーガ様! 悪魔神官Hがあそこに!」
その悪魔神官Cが指し示す場所を見ると、悪魔神官Hは体の上半身を川に浸けた状態で、横たわっていた。
「――おい、悪魔神官H!」
悪魔神官Aが駆け寄り、その体を揺する。
だが、返事がない。ただの屍のようだ。
鋭利な牙で傷つけられたのか、Hと書かれた胸部には大きな裂傷があった。その傷口から溢れ出ている緑色の血液が、川の水に混ざり下流に運ばれていた。
ナーガは、そこにいたって自分達が敵の襲撃を受けている事を悟った。
「散開しろ! 敵がすぐ近くにいるぞ!」
だが、その言葉が配下に浸透するより前に、突如川岸にいた悪魔神官Aの足下が泥土と化した。
「――!? ナーガ様! た、助けて……!?」
悪魔神官Aが声を発せられたのは、そこまでだった。あっという間に、悪魔神官Aの身体は泥の中に沈み込み、その姿を消した。
「う、うわーッッ!?」
今度は悪魔神官Dが叫んだ。悪魔神官Dの周りには、黒い霧のようなものがとぐろを巻いており、その霧は、不気味な呪詛の言葉を悪魔神官Dにひそひそと囁いていた。
「あ、あれは、
ナーガが驚くのも無理はなかった。自身は、悪魔族として当然
しかし、ナーガはこの段階で致命的な判断ミスを犯していた。それは、今、自分達を強襲している敵を人族であると誤認した事だった。
そして、そのツケをナーガはこの直後支払う事になる。
「――!?」
目の前を黄色い何かが横切ったと認識した直後、自身のモーニングスターを握った右腕は永遠に失われていた。凄まじい激痛がナーガを襲い、腕の切断面からは噴水のように体液が噴出される。
「グ、グォォォー! おのれ、一体、誰が!!?」
右腕を失った痛みに必死に耐えながら、ナーガは視線を目の前に突如現れた魔物に向けた。
ナーガの目の前にいたのは、地獄の殺し屋と名高い『キラーパンサー』だった。しかし、その生息地域は主に魔界。このような邪気の濃度の薄い地に現れて良い魔物ではなかった。
そのキラーパンサーは、ナーガの右腕を口に加え、背筋の凍るような目でナーガを見据えていた。
「な、なぜキラーパンサーがこんな所に!? ま、まさかこの襲撃は……!」
ナーガが周囲を見渡すと、既に五体満足でいる悪魔神官は一人もいなかった。先ほどザキの魔法を受けていた悪魔神官Dは既に物言わぬ骸となっている。悪魔神官Bは、全身を氷に覆われ既に絶命していた。悪魔神官Fは、全身を矢で射貫かれピクピクと末期の痙攣を上げている。
暗闇の中、それら骸の周囲に何やら別種の魔物が蠢いている気配をナーガは感じた。
「う、うぉぉー! 何者だ、貴様らー!! ――
怖気の走ったナーガは、手当たり次第に
そしてどこからともなく、先ほど自身が放った
仮面の下で、奥歯をギリッと噛みしめるナーガ。
「くっ! 貴様ら! 何故、大魔王様の邪気を受けず人間の味方などをして――! ――グアッ!」
突如、ナーガの眼前に猫のような大きさの魔物が現れ、ナーガの仮面をその鋭い爪で切り裂いた。その鋭い爪は、ナーガの仮面ばかりかその下の視神経まで一息に切り裂いており、ナーガの視界は暗闇に覆われた。
その直前ナーガは、襲ってきた魔物の首に白い鍾乳石のような物が架けられている事に気がついたが、視界が失われた今それ以上確認する事が出来なくなっていた。
ナーガは出血の続く顔を手で押さえ、よろめきながら声を張り上げた。
「お、おのれー! 貴様ら、大魔王様が地上を席巻なされた暁には、皆殺しにしてくれる!! 必ずだ! 覚えて――! ――ガフッ!!」
ナーガは、最後まで言葉を発する事が能わなかった。何故なら、ナーガに飛びかかったキラーパンサーの鋭い爪が、そのナーガの首を半ば以上切断し、絶息せしめていたからだった。
ホー、ホー。
先ほどまでの騒乱から打って変わって、森から聞こえるフクロウの鳴き声のみが響く静寂が、一帯を支配していた。
そんな中、地獄の使いを含む悪魔神官達の骸は、その骸直下の地面が泥沼へと変化した事で、少しずつ、しかし確実に泥の中に埋没していった。
その様子を静かに見つめていた魔物達は、次第に1体、また1体とギルドメインの森に帰っていった。
ただ1体、大きめの猫のように見える魔物だけは、「ニャーーン」と上機嫌で鳴きながら、ランカークス村の武器屋の方に向かって行った。
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「ええい、ナーガから連絡はまだ来ぬのか!?」
「は! ランカークス村郊外に到着したとまでは掴めておりますが、それ以降音沙汰が無く……!」
「くっ! 役立たずどもめ! もう良いわ、下がれ!」
配下からの報告を受けて、ザボエラは荒れていた。ここは、ザボエラが密かに研究を進めているとある大陸の洞穴であった。
苛立ちを隠せないザボエラは、ええいっ、と足下に研究用として置いてあった何かの種族の頭蓋骨を蹴り上げる。
ザボエラは、ロモスでも、パプニカでも、あの多彩な魔法を操るポップという名の魔法使いを手に入れる事ができなかった事を悔いていた。
まさか、あの人間が大魔王様と同じ魔法まで使用するほどの魔法使いだったとは! 逃がした魚は大きかったとはよく言ったものよ、とザボエラは考えていた。
自身の研究のために、あの多彩な魔法を使う人間を是が非でも手に入れたかった。そのため、ロモスで講じた策と同じ搦め手を再び講じてみるも、度重なる失敗にザボエラは荒れていた。
「……仕方あるまい。リンガイアで手に入れたあの小僧で、我慢するしかないようじゃの」
ザボエラは、一人独白し、その小僧を拘束している研究室に向かった。
「どうじゃ? 腹一杯食っておるか、ザイード?」
ザボエラは、三方を岩に、一方を鉄格子に囲まれた部屋で一人座り込んで何かを手に掴んでいる様子の黒騎士に、鉄格子の外から声をかけた。
くちゃ、くちゃ……。
食事中だったらしい黒騎士は、父親が来てくれた事に喜びの声を上げた。黒騎士の周囲には、おびただしい量の魔物の死体が転がっていた。
「ああ、親父か。こんなもんじゃあ、足りないぜ。もっと、もっと屍肉を持ってきてくれよ」
それは、黒騎士の頭部から発せられたものではなかった。
その声は、黒騎士の装備している鎧の胸部に開いた大きな口から発せられていた。鎧の表面に浮かんだ大きな口の周りにも、無数の小さな口が浮かんでおり、どの口からも血肉が滴っていた。
ザボエラは、その無遠慮な物言いに少しだけ眉を潜めたが、あと少しだけの辛抱よと思い、その言葉に相づちを売った。
「そうか、そうか。では次からは量を増やすよう係の者に伝えておくとしよう。媒体の様子はどうじゃ? ちと、兜を外して見せてみい」
「ああ。分かったぜ」
ザボエラの言葉に、漆黒の鎧は返事を返し、自身の両の手で兜を脱いだ。
兜の下から現れた、かつてノヴァと呼ばれていた少年は、その虚ろな瞳に何も映し出していなかった。
ザボエラは、じぃっとノヴァのその虚ろな瞳を観察した。
「ふむ……。そろそろこの媒体も限界のようじゃの。しかし、よく保ったとも言えるか。常人ならとっくに命を落としておってもおかしくはないからのう。どうじゃ、ザイード? この者の魔法は習得できたか?」
「へへへ。見てみな」
ザイードと呼ばれた漆黒の鎧は、右腕の篭手を動かし、その右の掌から次々と氷の結晶を放出した。
「うむ、しっかり習得できておるようじゃな。それでは、お主の研究成果を回収するとしよう」
そう言ってザボエラは、懐から透き通った手のひらサイズの結晶を取り出し、ブツブツと呪文を唱えたかと思うと、その呪文をザイードに向けて放った。
白く発光するザイード。その発光が終わった時、ザボエラの手に握られた結晶は黒く変色していた。
「ヒーヒッヒッヒ……。これで、儂の超魔生物の研究がまた一歩前進したわ」
ザボエラは、黒い結晶を見つめて歓喜の声を上げた。ザボエラはかねてより、超魔生物という新たな生物を作り出す研究を行っていた。しかし、その超魔生物には、その生物に成り果てると自身の生命力が大きく失われ、魔法も使用できなくなるという欠点があった。
そのためザボエラは、その研究と並行して密かに、自身に何のデメリットも存在せず超魔生物の長所だけを取り入れる事ができないかと、研究を進めていた。それは、まだ構想段階ではあるものの、自身ではなく魔物の肉体を超魔生物のベースとする事で、絶大な攻撃力と防御力を兼ね備えた戦闘フォームになる事を構想していた。
しかし、残念な事にその研究の過程において、魔法を使用できないという弱点は未だ克服できずにいた。それは、自身を、魔道を極めた並ぶ者のない魔法使いと自負しているザボエラにとって、到底容認できない弱点であり、どうにかしてこの弱点を克服するために頭を悩ませていた。
それを克服するために使用したのが、魔界で拾った『呪いの鎧』だった。この『呪いの鎧』は、かつて大魔王バーンの指令で
まだ自我が芽生える前の幼生体とも言える『呪いの鎧』を手に入れたザボエラ。そして彼は数年前より、その『呪いの鎧』に魔法技術を習得させた上で、その鎧を超魔生物との連結コネクタとして使用する事で、将来的に超魔生物を身体にまとった際、魔法を使用する事が出来るのではと考えていた。
その研究のために必要な素材は、2つだった。
まず『呪いの鎧』に自我を芽生えさせるため、生命力の強い媒体が必要だった。これは、過去に攫った人族で何度も試していたが、皆、『呪いの鎧』に自我を芽生えさせるだけの生命エネルギーを保有しておらず、研究中に壊れてしまった。
生命力の高い人族が必要だ。そう悩んでいたザボエラは、悪魔の目玉による映像で偶然目にした北の勇者と名高い少年に目をつけた。そして、竜騎将バランとの戦いに敗れた直後の彼をすぐさま手に入れ、『呪いの鎧』の媒体とする事に成功した。
だが、そこまではザボエラの思惑通りであったが、この後研究が頓挫する事になる。それは、『呪いの鎧』に魔法を習得させるための媒体を入手する事に失敗したためであった。
元々、ザボエラにとってノヴァという人間は、『呪いの鎧』に自我を芽生えさせるためだけに使用する媒体で、自我が芽生えた後は、その媒体をロモスで見つけたポップという名の魔法使いに変更する予定であった。
「あのポップという小僧さえ手に入れる事ができていれば、数多の魔法を使用できる超魔生物が誕生したというものを……。返す返すも、口惜しゅうてならんわ。それもこれも全てあの頭の悪いワニのせいよ……!」
ザボエラは、自身の計画を潰した元魔王軍六大軍団長クロコダインに、今更ながらに悪態をついた。
そのザボエラの呟きに、ピクリ、とノヴァという名の少年が反応を示したため、ザボエラはノヴァの顔に目を向けた。
「キーヒッヒッヒ。しかしお主は、拾いものであったのう。生命力が優れておるだけではなく、かように魔法の扱いにも優れておったとは。お主のおかげで、ロモスでの失敗をいくらかは帳消しにできたわ……。ヒッヒッヒ」
そう、ザボエラはロモスでポップの入手に失敗したため、本来『呪いの鎧』に自我を芽生えさせるためだけの道具と考えていたノヴァを、『呪いの鎧』に魔法を習得させるための媒体としても使用していたのだった。
「欲を言えば、やはりあのポップなる魔法使いを手に入れたかったが、仕方あるまいの……」
そう呟き、ザボエラは、牢屋に背を向けた。その背中に、ザイードと名付けられた『呪いの鎧』が声を張り上げた。
「親父! 新しい屍肉を早く持ってきてくれよ」
「分かっておる。心配するでない。ヒーヒッヒッヒ」
ザボエラは後ろを振り返る事なくザイードに返事を返し、その場を後にした。もはやザボエラは、牢の中の存在に一切の関心を払っていなかった。それは、欲しかった研究成果は既に、自身の手の中にある黒く濁った水晶に移していたからだった。
ザボエラが、薄暗い洞穴の道を戻っていると、前方に1人の男がたたずんでいた。その男の顔は、洞穴内に等間隔で灯されている松明による明かりの外に立っていて、ザボエラからは顔が伺えなかった。
だが、ザボエラはこの研究施設の場所を知っている人物が限られている事から、その人物が誰であるかは最初から承知していた。
「ここで何をしておる、ザムザ。お主はロモスで仕込みをしているところでは無かったのか?」
ザムザと呼ばれた青年は、ゆっくりとザボエラの前に姿を現した。その男は、青白い幽鬼のような肌の色をしており、魔道士の着るローブをその身に纏っていた。ザボエラが今少しこの青年の事を気にかけていれば、そのローブはかつてこの青年が『悪魔の目玉』を開発した褒美に、自身が与えてやった物である事に気づいたであろうが、他者に関心のないザボエラはやはり気がつかなかった。
「父上。この研究施設で、面白い鎧の研究をしているとお聞きしました。成果の方はいかがですか?」
「ヒッヒッヒ。今しがたその研究成果を抜き取ってきたところよ。ほれ、見てみい」
そう言ってザボエラは懐から先ほど黒く塗りつぶした水晶を取り出し、ザムザに見せびらかした。
「……なるほど。研究が進展したようで何よりです、父上。では、奥にいるその鎧と媒体はいかがなされるので?」
「あれらに、もう用はないわ。全ての研究成果はこの中に移したからのう。『呪いの鎧』は媒体共々あそこで朽ちていくのみよ」
ザボエラはニヤリと笑みを浮かべ、ザムザに語った。ザボエラは最初から研究成果を抜き取ることさえできれば、あの自我の芽生えた『呪いの鎧』自体は必要としていなかった。もちろん、出がらしとも言える内部の媒体すらも。
ザボエラを父と呼ぶ青年、ザムザはそのザボエラの物言いに特に感情は動かさなかった。父がそのような人物である事はとうに分かっていたから。
そしてザムザは、本当の息子である自分自身についても、父ザボエラにとっては、必要がなくなれば関心をたちまち無くすだけの存在でしかないであろう事も自覚していた。
「では、父上。用無しになった『呪いの鎧』とその媒体とした人間は、私がいただいてもよろしいでしょうか? ロモスで何かの道具として使用したく思いますので」
「おお、かまわぬぞ、ザムザ。好きに使うがいい」
自身の研究成果を首尾よく入手できた喜びも相まって、ザボエラはそのザムザの言葉を快く了承した。
光の差さない牢獄の中で、虚ろな瞳のままノヴァはゆっくりと思考していた。ずっと心に引っかかっていた。あのリンガイアの城でほんの少しだけ邂逅したアバンの弟子。
先ほど、ザボエラの放った言葉によって、ようやく思い出す事ができた。
「……ポップ……。……そうだ……。……そんな名前だったな……」
ノヴァのそんな呟きに返事を返す者は誰もいなかった。