ガタ、ガタガタ……
俺達の乗った馬車が小刻みに揺れながら、街道を進んでいる。この馬車は、テランの集落で姫さんが借りてくれたものだ。
俺達は今朝、テラン国へ
御者台に座る姫さんが、俺達の乗っている荷車を振り返って言った。
「ポップ君、本当に新しい服を買わなくてよかったの?」
「ああ、俺はこれで良いよ。昨日寝ている間に、メルルが大きな穴の開いたところは繕ってくれたし」
俺は目の前に座ってるメルルに、改めて視線で感謝の気持ちを伝えると、メルルはニコッと微笑んでくれた。
「そうは言うけど、いい加減その服も買い換えないと、継ぎ接ぎだらけになってきているじゃない。ポップ君は立場も立場なんだし、少しは見た目も気にしなきゃ駄目よ」
まあ、姫さんの言うことも分からないでもない。いくらメルルが繕ってくれたといっても、俺の着ている『みかわしの服』はもうボロボロだ。特に昨日の戦いで、所々生地が炭化しているし、俺の血は洗濯しても取り除けないほど生地に染みついてしまっている。
本来『みかわしの服』は薄緑色をしているんだが、もうその色が残っている部分はほとんどなく、全体的にくすんだ灰色っぽくなってしまっている。
「別にいいよ、そんなのは。それに、
俺の右手に握った魔弾に、
「はい、マァム。リクエストのあった魔法は全部詰め終わったよ」
俺はメルルの隣に座っているマァムに、いくつか新しく魔法を込めた魔弾を手渡した。
「ありがとう、ポップ」
マァムに返した魔弾に込めた魔法は、
以前魔の森で魔弾に魔法を込めた時は中級の攻撃魔法を込めていたが、あの時とはマァムの戦闘スタイルは大きく変わっている。あの時は攻撃の主軸をこの魔弾銃に置いていたが、今のマァムは格闘戦中心の戦い方に変貌している。
必然的に魔弾銃も補助的な扱い方に変わっていて、おそらく低級から中級の魔法を幅広く揃えていた方が、臨機応変に使えて良いと判断したのだろう。
俺は馬車の外に目を向けた。行き交う馬車はもちろん、住民はほとんど見かけない。カール王国と違い、街道の整備もほとんどできていないから、ガタガタと揺れる振動でいい加減お尻が痛くなってきた。
俺がもぞもぞと腰を摩っていると、俺の隣に腰掛けていたダイが気遣わしげな視線を向けてきた。
「ポップ、大丈夫? 俺、別にそんなに急いでテランに行かなくても良かったのに。やっぱり、竜の泉に向かうのは明日にして、もう一日休んだ方が良かったんじゃあ……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと腰が痛くなっただけだよ。それに、ダイだって早く自分のルーツを知りたいだろうから、俺のせいで足止めをさせる訳にはいかないさ」
ダイは、原作では少しでも早く額に浮かぶ紋章の謎を知りたくて焦っていたように思える。せっかく紋章の事を知っているメルル達に会えたのに、ここで足踏みをするのは辛いだろう。
「……そんなの全然構わなかったのに。竜の泉は別に逃げたりしないしさ。俺は、額の紋章の事を知る事より、ポップの身体の方が心配だよ」
ダイ……。どうしたんだろう、この原作との違いは? 俺がダイの言葉に驚いていると、俺達の会話を聞いていたらしいメルルが、クスクスと含み笑いをした。
「ふふふ。ダイさんは、ポップさんの事を本当に慕っているんですね」
「うん、でも俺だけじゃないよ。クロコダインにヒュンケル、それにマァムも、ポップの事が好きだよね」
ダイのその純粋な言葉に、マァムが突然挙動不審になる。
「えっ!? あ、え、えっと、そ、そうね。……な、仲間として別に嫌ってはいないわよ、うん……」
そう消え入りそうな声で呟くマァム。そして、何故かメルルも蚊の鳴くような声で「……そうなんですね。ポップさんは、皆さんに好かれているんですね」と発した後、何か思い詰めるように無言になる。
うーん、何だろう……。気のせいかなと思ってたけど、やっぱり何か空気が重いんだよな。朝からこの荷車の中の空気がおかしい。……マァムの奴、まさかメタルフィストに付与した重圧呪文を誤って起動しているんじゃあるまいな。
御者台に座る姫さんと、行き先をその隣に座って案内しているナバラさんは除くとして、今荷車には俺とダイ(+ゴメ)、それにマァムとメルルがいる。
おかしいのは、マァムとメルルだ……。この2人、俺やダイとは会話を交わすんだが、お互いが会話をしている様子を、俺はほとんど見ていない気がする。女の子が複数集まれば、普通はきゃっきゃ、きゃっきゃと、かしましく言葉を交わすものじゃないのか? 少なくとも、前世の学校のクラスメイトの女子達はそんな感じだったぞ?
しかし何故かこの2人、妙にぎこちない会話しか交わさない。相性悪いのかな? 俺は2人とも好きだから、仲良くして欲しいんだけどな。
いったい何故、こんな事になっているんだろう? 俺は隣に座るダイに小声で問いかけた。
(なあ、ダイ。マァムとメルルってなんか変じゃないか? 昨日俺が意識を失っている間に、なんかあったのか?)
(え、うーん、何も無かったと思うけど……。でも、そう言えば晩ご飯の時も静かだった……気がする。あ、後、レオナがなんか胃が痛いって言って、胸の辺りを押さえてたよ)
(へえ……。メルルはちょっと引っ込み思案な所があるけど、マァムなんてグイグイ行きそうなのにな……。昼間のヒドラとの戦いで疲れてたのかな? 姫さんの方は、どうせ昼にたこ焼きを食べすぎてお腹を壊しただけだろう?)
(うん、俺もそう思う。レオナ、いくら何でも昨日食べ過ぎてたもんね)
俺は、ゆっくりと移ろっていくテランの牧歌的な景色に目を移す事で、この今までの人生で感じた事の無い異様に重たい空気を、頭の中から追い出そうとしていた。
「皆、少し早いけれど、休憩をかねてお昼ご飯をいただきましょう!」
馬車に乗って2時間ほどが過ぎた頃、姫さんがそう言って馬車を見晴らしの良い丘の上に止めた。時刻は午前11時を少し回った頃だった。
馬車を降りた俺は、大きく伸びをする。うーん、良い風が吹く丘じゃないか。気持ちいいや。皆も長時間の乗車に疲れていたのか、それぞれ身体を伸ばしたり、軽く身体を動かしていた。
姫さんは何やら馬車の上でごそごそしている。どうやらお昼は姫さんが用意してくれていたらしく、どこに置いていたのか大ぶりの袋を取り出してきた。その袋からは、香しいソースの匂いが漏れていた。おや、これは……。
「今日のお昼ご飯は、たこ焼きよ!」
「あはは。姫さん、ベンガーナを出発する前にどこかに消えたと思っていたが、たこ焼きを買いに行っていたのか。昨日もあれだけ食べていたのに、よっぽど気に入ったんだな」
「当たり前じゃない! パプニカに戻ったら、ポップ君にはたこ焼きのレシピを教えてもらうわよ。ホルキア大陸でもたこ焼き文化を発信していくんだから! あ、ポップ君、温めよろしくね」
姫さんは拳を握りしめ、鼻息荒く宣言している。そうか、ホルキア大陸でたこ焼きか。そう言えば、バルジの大渦のあたりは海流が複雑だから上質のタコが捕れるかもしれないな。前世でも、鳴門海峡で捕れるタコは高級品だったし。ふむ……、ホルキア大陸では明石焼きとかも良いかもしれないな。
俺は姫さんから手渡されたたこ焼きを、
「まあ、たこ焼き文化が増えるのは、俺もうれしいから教えるくらいは良いけどね。あれ、マァムは食べないのか? 昨日気に入っていたようだったのに?」
「え!? え、ええ。いただくわよ。ふふ、やっぱり美味しいわね」
マァムも、手渡されたたこ焼きの一つを手に取り、口に入れている。だけど、やはり何か変だな? どこか上の空って言うか……。
「マァム、どこか体調でも悪いのか? もしかして昨日のヒドラに何か毒でも……」
「えっ? だ、大丈夫よ、ポップ! 何も毒なんて貰っていないから……」
「そうか? 調子が悪かったらすぐに言ってくれよ。
「ええ。ありがとう、ポップ」
その後俺達は、皆で黙々とたこ焼きを食べる。
だが、何だろう、この空気? やはり空気が重たいぞ。明るい姫さんが女性陣に加わったものの、この重たい空気は変わらない。やはり何かがおかしい。俺は、マァムの腰のベルトに吊されているメタルフィストに視線を送った。うん、やっぱり重圧呪文は発動していない……。
ダイは特に普段と変わりないように見える。今も、ゴメとたこ焼きを分け合って食べている。
ナバラさんは元々口数の少ない方だ。黙々とたこ焼きを食べている。
やっぱりおかしいのは、マァムとメルルだ。
マァムは、何か沈みがちな様子だ。時折ため息をついているように思える。
メルルも時折、俺に視線を送り、口を開きかけてはやめるという行動を取っているように見える。左手を見ている? この間の、
俺がそんな事を考えながらたこ焼きを頬張っていると、姫さんが小声で話しかけてきた。
(ちょっと、ポップ君! 何を暢気にたこ焼きを食べているのよ! この雰囲気、いい加減に何とかしなさいよ! せっかくのたこ焼きが美味しく食べられないじゃない!)
(あ、やっぱり姫さんも気がついていた? そうなんだよ、なんか空気がおかしいよな。特にマァムとメルル。姫さん、何か知っているの? 昨日、宿で同室だったよな?)
俺のその問いかけに姫さんは、信じられないとでも言いたそうな顔で俺を見つめた。
(ポップ君、あなた本当に分かってないの!? 全部、君がまいた種が原因なんじゃない!)
(はあ? 俺がまいた種? 俺、何の種もまいてないよ? あ、賢さの種ならまきたいけど、まだあれ見つかってないし……)
(何を訳の分からない事を言っているのよ! 昨日から私が、あの2人に挟まれてどれだけ神経をすり減らしているか分かっているわけ!? 絶対に許さないわよ! 大賢者なんでしょ! 今すぐ何とかしなさい!)
(何とかしろって言われても、俺に一体何をしろと――)
「あ、あのポップさん。今良いですか?」
「ん? 何だい、メルル? 何かあった?」
俺が姫さんとこそこそ話をしていると、食事を終えたらしきメルルが、俺に声をかけてきた。
姫さんは、いつの間にか俺から体を離していたが、耳だけはダンボのように大きく広げて盗み聞きをしている様子がありありと分かる。
メルルは、何をそれほど緊張しているのか分からないが、俺の前で一度深く深呼吸し、その後意を決したように口を開いた。
「……あの、……その、ポップさんの左手首に巻かれているミサンガなんですけど、もしかしてポップさん――」
「――メ、メルルさん!」
「――! は、はい、マァムさん。何でしょうか?」
びっくりした。メルルと俺が話している最中に、突然マァムが大声を出した。どうしたんだろう、先程までマァムは、メルルに話しかける事なんてほとんどしていなかったのに……。
「えーと、……そ、そう! 水を汲みに行きたいんだけど、手伝ってくれないかしら?」
「……? 良いですよ。それじゃあ、早速行きましょうか」
「水なら俺が
「――うるさいッ! もう君は余計な事をせずに、黙ってなさい! この鈍感大賢者!!」
ひどい言われようだ。黙っていろって……。さっきは、何とかしろと言っておいて、むちゃくちゃだな、姫さん。俺は突然姫さんにはたかれた頭に手をやりながら、連れだって歩いて行く2人に目をやった。どうやら、少し丘を下りた所に広がっている森の中に行くつもりのようだ。
ダイが、森の中に入っていく2人の背中を不思議そうに見つめていた。
「ねえ、ポップ。水ならポップが魔法で作り出せるのに、どうしてわざわざ川に水を汲みに行くんだろうね?」
「いや、俺もそこが分かんないんだよ、ダイ」と言った直後に、俺ははたと手を打った。
「あ、分かった……。あの2人、花を摘みに行ったんじゃないかな?」
「花を? でも、さっきレオナもそんな事を言ってどこかに行ったけど、何も摘んで帰ってこなかったよ?」
「ああ、いや、花を摘みに行くって言うのはさ、隠語の一つで、実際はその時姫さんは、おし――。――痛っ!!」
俺は、再び後頭部に走った激痛に、思わず頭を抱えて蹲った。
「――だから君は黙っていなさいって言っているでしょうがッ!!」
どうやら俺は、顔を茹蛸のように真っ赤にして拳を握りしめた姫さんに、拳骨を落とされたようだった。
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side レオナ
私が御者をしている馬車は、ゴトゴトと車体を上下に揺らしながらゆっくりと街道を進む。この街道によく慣れた馬のようで、特に何も指示しなくても街道に沿って進んでくれるから楽なものだった。今度馬車を返す時には、気前よくこの馬車を貸してくれたあの人好きのする笑顔を浮かべたお婆さんに、きちんとお礼をしておこう。
それにしても……と、私は背後の荷車を肩越しに振り返った。進行方向に向かって右側にマァムとメルルが、左側にダイ君とポップ君が向き合う形で座っている。そこは思っていた通り、とんでもない空気になっていた。
私は、この馬車に乗り込んだ時、真っ先に御者の位置を確保したあの時の自分を、我ながら褒めてやりたいと思った。最初はポップ君が御者席に座ろうとしていたが、私は彼を後方に蹴り飛ばす勢いで、荷車の方に放り込んでおいた。
本当に、彼ときたら……。おそらく彼は、あの空気が作られている原因が自分にあるなんて事は微塵も考えていないのだろう。誰がどう見ても明らかだというのに……。いったいどういう育ち方をしたら、あんな風に育つのだろう。
あれほどの洞察力と判断力を兼ね備え、勇者
私は、ポップ君の隣で彼を気遣うように座っているダイ君に視線を移した。いけない、いくらダイ君がポップ君を兄のように慕っていると言っても、ダイ君だけはあんな女心の分からないダメダメ男に成長させてはいけない。あの方面に関しては、ダイ君にはポップ君を反面教師にして成長して欲しい。私は、切実にそう考えていた。
今もダイ君は、「ポップの身体の方が心配だよ」なんて、私にも掛けてくれた事の無いしおらしい言葉を、彼に対して発している。
――はっ!? もしかして、私の最大のライバルはポップ君!?
そんな事を考えていたら、またダイ君が火薬庫の中に爆弾を放り込むような発言をする。私は絶対に巻き込まれてなるものかと、バッと顔を前方に戻し、彼らから視線を逸らした。
私はもう、あんなどんよりと澱んだ空気の中に身を置くのは、二度とごめんだった。私はそれを、昨日彼が出血過多で倒れてから朝彼が目覚めるまでの間、嫌と言うほど味わっていた。
そもそも彼女達を同じ部屋にしてしまったのが最初の過ちだった。いや、分かっていたのだ、私は。あの百貨店の屋上でポップ君に抱き着いて涙を流すメルルと言う少女を見た瞬間に。絶対に彼女とマァムを一緒にしてはいけないと。『混ぜるな、危険』というフレーズが、あの瞬間私の脳裏で生み出された。
しかし、お忍びでベンガーナを訪れていた時の馴染みの宿で部屋を確保できたまでは良かったが、急な話であった事と例のドラゴン騒動で4人部屋と2人部屋の2部屋しか確保できなかった。そして、私の素性を知っている女将さんは当然のように男女で部屋を分けてしまった。私は、混ぜてはいけない危険物が混在する空間に、放り込まれてしまったのだ。
ブルルッと、私は鳥肌が立って身体が震えた。今思い返しても怖気が走るわ。外から見ているだけなら面白いけれど、修羅場の中に身を置く事がどれだけ胃に応えるのか、私は初めて理解した。
これが、メルルがポップ君に相応しくない、ポップ君の名声に踊らされているだけの娘だったら、私は全力でマァムの応援をした。しかし、違うのだ。彼女は、ポップ君の本質をマァムと同じように深い部分で理解しており、ポップ君も彼女に対してマァムと同じように心を開いているように見える。
これでは、私はどちらの応援も出来ない。後はもう、ポップ君がどちらの女性を選択するのか見守る事しか出来ない。いや、その前にまず、ポップ君に2人から好意を向けられている事を認識させる方が先決か……。
私は、周囲の景色をぼーっと眺めているポップ君に再び視線を送った。まったく、その持ち前の洞察力の何十分の一かを自分自身に向ける事が出来たら、直ぐに気づく事でしょうに……。
マァムとメルルが連れ立って、森の方に歩いて行った。私はその背中を見つめながら良い傾向だと考えていた。いつまでもウジウジ、ウジウジとああでもない、こうでもないと考えるのは好きではない。互いに向き合って、想いをぶつけ合うべきなのよ。それが良い方向に向かわない事だってあるけれど、やらないで後悔するよりやって後悔する方がよっぽど良い。
私がそんなエールを2人に対して送っていると、私の耳朶がポップ君とダイ君の会話を拾った。
「ああ、いや、花を摘みに行くって言うのはさ、隠語の一つで、実際はその時姫さんは、――」
――!?
ドガッ!!
「――だから君は黙っていなさいって言っているでしょうがッ!!」
昨日から続いていた怒りの丈を全部張本人であるダメダメ男にぶつけた私の怒声が、風に乗ってどこまでも運ばれていった。