マァムが、目の前に広がる湖に感嘆の声を上げる。
「ここが、テランの湖……。綺麗な所ね……」
確かに綺麗な所だ。湖は神々しいまでに清く澄んでおり、その水面は日の光を眩しいほどに反射してキラキラと輝いていた。その湖の向こう側に、テランに住む人々の質素な家がひっそりと建っている様子が、ここから見て取れた。
以前、アバン先生とテランを訪れた際にこの湖は訪問しなかったから、俺も初めて見る。いや、俺はあの時荷馬車でうたた寝をしていたから、もしかしたら眠っていた間にここを通過していたのかもしれない。
「いくら綺麗な所でも、国民がたった50人しかいないんじゃ、商売は上がったりさ……」
ナバラさんが、湖を眺めながら寂しそうに言った。
「でも、私は好きです。この静かな故郷が……」
「ふん……。この娘は変わっているのさ……」
「ナバラさん。この国のどこに俺の正体が分かる手がかりがあるんですか?」
ダイが周囲の様子を静かに眺めながら、ナバラさんに問いかけた。昼休憩の時も思ったが、ダイが原作より明らかに落ち着いているな。もしかすると、自分が何者なのかという不安な思いが、少し薄らいでいるのだろうか? その原因が、先日キャンプでダイと語り合えたからだとしたら、やった甲斐があったというものだな。
ナバラさんは、そのダイの様子を見て「ついといで……」、と湖に突き出た形の小さな神殿に俺達を案内した。
そこには、小さな竜の石像が設置されており、その石像の土台には、ダイの額に浮き出る紋章と同じ紋様が刻まれていた。
「テランは、竜の神をたたえる国。そしてこの紋章は、竜の神の力の現れとして敬われ、恐れられておる。この紋章を額に抱く者こそ……
「
姫さんのその問いに、ナバラさんは、「
ダイが、『人かどうか分からない』という言葉に、不安そうに下を向いた。だから俺は、そんなダイの肩に手をそっと置いた。
「……ダイ。俺が前に言った事を覚えているか?」
俺の言葉に、ダイが顔を上げて俺を見返した。
「ポップ……。うん、覚えているよ。俺がたとえ何であっても、ポップだけは俺の傍にいてくれるんだよね」
「そういう事だ。だからダイ。安心して自分のルーツを確認して来いよ」
「ピピピィ!」
おっと、突然ゴメがボクもボクもと言わんばかりに、俺達の周囲を飛び回り始めた。
「わっ!? あはは、ごめん、ごめん。ゴメちゃんも俺の傍にいてくれるんだよね。ちゃんと分かっているよ」
「ピィ!」
はは。当然だと言わんばかりに、ゴメが胸を張っている。
「じゃあ、俺、行ってくるよ! その神殿で、俺、自分が何者なのかを確かめてくる!」
そう言って、ダイは一人湖に飛び込んで行った。
ダイ、つらい事実を知る事になるだろうが、お前ならきっと乗り越えられると信じているぞ。
「ちょっと、ポップ君。今のどういう事よ? ダイ君と何か2人だけで分かりあっている雰囲気だったじゃない?」
おや、姫さんが何やら文句がありそうな様子で突っかかって来たな。
「はは。そりゃそうさ。何と言っても、俺はダイの1番だからな」
「――何よ、それ!? ダイ君の1番は、私に決まっているじゃない!」
「おや、姫さん、焼きもちかい? 悔しかったら、姫さんもダイに傍にいて欲しいって言われる仲になるんだな。もっとも、俺とゴメが同率1番だから、姫さんはどう頑張っても3番手以下にしかなれないだろうけど」
「きーー! 言ったわね、見てなさいよ! 今に、ポップ君もゴメちゃんも追い抜いてあげるんだから!」
はは。姫さんが、顔を真っ赤にして悔しげに唸ってる。
「ポップさんとダイさんのお二人は、本当に信頼し合っているんですね。何だか、うらやましいです」
「そうなのよ、メルル。あの2人、この旅が始まった時からの付き合いだから、私も時々2人の間に入れなくて、悔しく思う時があるのよね」
マァムがメルルと穏やかに会話をしている。この2人、昼前に一緒にお花を摘みに行ってから随分と仲良くなったんだよな。まあ、ギスギスするより断然こっちの方が良いよ。歳も近いんだから、これからも仲良くして欲しいものだね。
「ピィ……」
俺がダイの潜っていった湖を1人見つめていると、俺の肩に乗っていたゴメがその湖を見つめて、不安そうに泣いた。
「……なあ、ゴメ。俺はダイが何者であっても、あいつから離れて行ったりはしないけどさ、それでもどうしても離れざるを得なくなる時が、あるかもしれないんだ……。その時は、ダイと一番昔からの友達であるお前が、ダイの傍にいてやってくれよ」
俺はゴメにそう語りかけながら、ゴメの身体を優しく撫でた。
「ピィ……?」
今は分からないか……。でも、直に分かる時が来るだろうさ。
「少しかまわぬか、ポップ?」
ナバラさんが、湖を見つめていた俺とゴメの元に近づき、そう尋ねた。
「ええ、もちろんです、ナバラさん。何でしょうか?」
「ふむ……。ポップよ、いや……、氷の賢者としての見解を聞きたい。あの子が
俺は、その質問に対する自分なりの答えをすでに持っていた。だから俺は湖に視線を向けたまま、特に考える素振りも見せずに口を開いた。
「調停者……でしょうね」
「ほう……」
「
「ふむ……。お主、その考えはいつから……」
まあ、当然そう聞かれるよな。俺は、先ほどナバラさんやメルルに説明された以上の事を、口にしたのだから。俺は、いつの間にか俺とナバラさんの会話を遠巻きに聞いていた姫さん達にも聞こえるように、振り返って答えた。
「最初からですよ。……正直に言いますと、俺はダイと一緒にデルムリン島を旅立った直後から、ダイの正体が
「ど、どうしてそんな事が!?」
驚く姫さんに俺は答える。
「俺は、アバン先生と修行の旅をしていた時に、このテラン国の王城で2週間を過ごしたんだ。その時に王城内の書庫で
これは、半分本当で、半分嘘だ。俺は当然
「じゃあ、どうして今までダイ君にその事を伝えなかったの?」
「それは、まだダイにその事実を受け止める下地が出来ていないと思っていたからだな。俺からの話を聞くだけでなく、ダイ自身の成長と共に、自然とこの地を訪問する事が一番無理なく、ダイがその事実を受け入れられると思っていた。だから、ベンガーナの町でテラン出身のナバラさんとメルルに会えたのは、僥倖だったとも言える」
これも半分本当で、半分嘘だな。本当の部分は、ダイには、旅を通じて自分は決して一人ではないと分かってもらってから真実を知ってもらいたかった部分。嘘の部分は、俺の知っている原作の流れを踏襲したかったからだ。……吐き気がするほど、俺は醜いな。
俺の言葉をじっくりと咀嚼するかのように考え込んでいたマァムが、突然焦ったような素振りをした。
「――ちょっと待って、ポップ。さっきのポップの話だと、じゃあ、ダイが
「そうだ、マァム。
「悪い事では無い……」
メルルが俺の言葉を口にする。
「そうだ。人族だって、良い人間もいれば悪い人間もいる。その事は、メルルもよく知っているだろう?」
メルルが静かに頷いた。俺と初めて会った時、メルルは人さらいに捕まりそうになっていた。旅の間に、魔物だけでなく、人間から危険な目にあわされた事だってあるだろう。
「ダイもそうだけど、俺も故郷にたくさんの魔物の友達がいる。その友達が不当に人間に迫害されるのなら、
俺の言葉に、姫さんが少し考え込んだ後、口を開いた。
「……そう、ね。そういう意味なら
さすがだ、姫さん。……鋭いところを突いてくる。
「……ああ、その懸念は正しいと思うよ。
「それって、どういう……」
その姫さんの問いかけを遮るように、突然湖に異変が生じた。湖の底から突然渦が巻き始めたのだ。
来たか、バラン。今更お前にどんなに言葉を尽くしても、その凍った心を溶かす事はできないだろうな。だけど、それでも言葉にして伝える事で、その凍った心にヒビぐらいなら入れられるかもしれない。
俺は、他でもないダイのために、まずバランと言葉を交わそうと決めていた。
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ダイは、湖の底にある
「……お前が、ダイだな?」
「そうだ! 魔王軍の軍団長がここに来たという事は、俺を倒しに来たんだな!」
「そうではない……。 私は、お前の力が欲しい! 私の部下になれ! ともに人間どもの世界を滅ぼそうではないか!」
そのバランの言葉に激高するダイ。ダイにとって、人間を滅ぼそうなどと、とうてい受け入れられる話ではなかった。ダイにとって人間とは、ポップやマァム、レオナと言った、いずれもダイが心から信頼する者を指していたから。
しかし、そんなダイに本来の
「だ、だったら、大魔王バーンの方がよっぽど悪いじゃないか! あいつはこの世界を征服しようとしているじゃないか!」
「いや、違う! バーン様は世界の平和のために、人間を滅ぼそうとなさっておられるのだ。悪いのは、人間だ……!」
「そんな! 俺は、誰が何と言おうと人間の味方だ! アバン先生の命を奪った魔王軍の手下になんかなるものか!」
そう言ってダイは、鋼の剣を抜刀し、バランに対して渾身のアバンストラッシュを放った。
しかし、バランはその攻撃を歯牙にもかけず、逆にダイを神殿はもとよりその遥か水上まで吹き飛ばした。
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今、俺の目の前で湖が渦を巻いている。マァム達は、突然の事態にあっけに取られている。
ダイ……。早く戻ってこい。お前の傍には俺が付いているんだから。一人で戦うな……。
俺は、湖の底で一人であいつと相対しているダイを慮っていた。
メルルが、湖の底に潜む凄まじい力の持ち主を感知した。……もうすぐだ。
ドオォォォーン!!
突如湖の中央に巨大な水柱が立ち上がった。俺は飛び散る水しぶきに顔をしかめながら、その水柱の中からダイを探した。
――いた!
「ポップ君、あそこ! ダイ君が!」
分かっている! 俺はその姫さんの言葉と同時に、空に飛翔していた。
地面に激突する寸前のダイを、どうにか空中で受け止める。
「ダイ、大丈夫か!? 今、回復魔法をかけるからな!」
皆がダイを心配して俺達の傍に集まる。
「ポップ! ――あれを!」
マァムが湖の上空を指し示す。そこには、一人の男が俺達を見下ろしていた。
……あいつが、バラン。ごくり……。俺はその圧倒的な威圧感に、思わず唾を飲み込んだ。これは、他の軍団長とは格が違うな。背には竜の意匠をかたどった長剣を背負い、その全身にはやはり竜の鱗を彷彿とさせる鎧を纏っている。そしてその左目には、4本の爪を合わせたような特徴的な飾りをつけていた。
「あ、あいつは魔王軍だ! 魔王軍の超竜軍団長 バランだ!」
ダイが俺の腕の中で、うめくように声を上げた。
「ダイ、大丈夫か?」
「うん、ありがとう、ポップ。おかげで楽になったよ」
ダイは俺にそう返事を返し、バランに対して剣を構えた。
「で、でもどうして、あの男の額に
姫さんがバランの額の紋章に驚きの声を上げる。
「そんなはずは……! 伝説によると、
「でもメルル! 現にあの男の額にはダイと同じ紋章が……!」
そんな俺達の動揺をよそに、バランが地表にゆっくりと降り立った。バランが俺達と同じ地表に足をつけた途端、先ほどに増してその圧倒的な威圧が俺達を襲った。俺も含めて皆が、グッと言葉にならない声を飲み込んだ。
バランは、その鋭い眼光でゆっくりと俺達を見渡した後、口を開いた。
「……そう。この私こそ、この時代唯一の真の
「嫌だと言ったはずだ! 何度も言わせるな!」
「何故そこまで人間に肩入れする? 人間どもは、いずれ必ず力を付けたお前を恐れ、疎み、迫害を始めるだろう。その時、地獄の苦しみを味わうのはお前なのだぞ!」
そのバランの言葉に、その恐れを脳裏に抱き仲間が自分から離れていくかもしれないと考えた事のあるダイは、グッと言葉に詰まったかのように下を向いた。
ダイ……、下を向くな。お前はいつも顔を上げていろよ。俺は、そんなダイの頭にポンと手を置いた。ダイはピクンと肩を震わせて、顔を上げ俺の顔を見返した。
そのダイに笑みを返した俺は、次いで眉間に皺を寄せたバランに視線を向けた。
「何でそんな風に決めつけるんだよ? 必ずだって? それって、必ずじゃなくてただのお前の感想だろう? 自分がそうなったからと言って、ダイまで同じ事になるなんて決めつけるなよ」
「貴様……」
バランの殺気が俺に飛ぶ。うん、怖い。だけど、ここで引くわけにはいかない。
「ダイには俺がいるんだ。いや、俺だけじゃない。お前と違って、ダイの事を想う人間は大勢いる。ただのお前の主観的な意見を、絶対的な事実のように言うんじゃねえよ。ほら、ダイも言ってやれ」
俺がダイに再び顔を向けると、ダイもうん、とばかりに頷いてバランに向き合った。
「確かに、お前の言う通り俺の事を恐れる人間はいるかもしれない。でも、絶対に俺を恐れないで、離れて行かない人間だっているんだ! だから俺は、絶対に魔王軍にはつかない!!」
「なるほど……。その口先だけは達者な男が、お前の心の支えという訳か。……では、その男がいなくなればお前の人間に対する未練が無くなると言う事だな」
バランは俺の顔を憎々しげに睨み、そう言った。
うっ……。バランから、更に凄まじい殺気が俺に対して放たれた。俺の背中を、冷たい汗が流れる。
「ポップ、後ろに下がって! レオナも離れて! 前には私とダイが! メルルとナバラさんは安全な所に避難を……! ダイ、行けるわね!?」
「うん、いける! いくら同じ
ダイとマァムが、俺とバランの間で盾になるように前に出た。だけど、ちょっと待ってくれ。俺は、もう少しバランと言葉を交わしたいんだ。
〇ろゆきのように『はい、論破』なんて言って、議論を終えるつもりはまだ俺には無いんだ。俺は、そのダイ達を押しのけるようにして前に出た。
「……バラン。ダイは、お前の息子だな?」
「「「「 !? 」」」」
俺の言葉に、皆が驚愕の顔を浮かべる。
「ちょ、ちょっと、ポップ君! それ、どういう事よ!」
「ポップ! あいつが俺の父さんだって言うのか!? 魔王軍なんだよ!?」
そうだ、残念だけど、これは事実だ。ダイの父親は魔王軍六大軍団長 バランだ。つらい事実だろうが、ダイはまずこの事実を受け入れなければいけない。
「……驚いたな。よくぞ気がついた。そうか、貴様がハドラー殿の言っていた賢者だな。ロモスでも、パプニカでも、我ら魔王軍に多大な損害を与えた……」
「ああ、俺の名前はポップだよ。各年代に1人だけの
俺の言葉に、バランは小さく息を吐いた後、答えた。
「そうだ。その子の名前は、ダイなどでは決して無い。お前の名前は、ディーノ! 紛れもなく、私の息子だ!」
「ディーノ……」
ダイが、バランのその言葉に思わずつぶやいた。
「……頭文字は『D』だな、ダイ」
「! ……うん、それじゃあ、あいつが、本当に俺の父親……」
「私の息子だと言う事を理解したようだな、ディーノよ。それなら、もう迷う事もないだろう。私と共に大魔王バーン様の配下となり、共に人間どもを滅ぼすのだ」
「おっと、それは発想が飛躍しすぎているぞ、バラン。ダイがお前の息子だという所までは良い。だけど、それがなぜお前と同じくバーンの配下に付く事に繋がるんだ?」
俺のその言葉にバランが怒声を上げた。
「父親である私の陣営に息子がつく事は当然ではないか!」
「だからそこが間違っているんだって。別に息子が父親と同じ道を歩む必要は、無いじゃないか。
実際、俺だって父親は武器屋をやっているけど、今のところ父親の後を継ぐつもりは無いぜ? 父さんも、『お前の人生だ、好きなようにしろ』と言ってくれている。いや、まあ、俺の事は良いんだ」
俺は一度小さく咳払いをして、さらに言葉を続けた。
「俺が言いたいのは、いくら息子だからって、父親が何でも好きにしていいって話じゃないって事だ。ダイは、既にダイという一個人なんだ。ダイの気持ちも尊重してやってくれないか」
「そ、そうよ! ダイ君の気持ちも考えずに、一方的に押しつけるなんて、父親のすることじゃないわよ!」
姫さんが俺の背後から援護の声を張り上げた。
しかし、バランには、まだ俺達の言葉は届かないらしい。
「黙れ!! それは詭弁だ!! 貴様らは、私の息子を、人間どもの勇者として担ぎ上げて利用したいだけではないか!」
ああ、バランの言葉は一理あるな。俺はもちろんそんなつもりはないが、俺達の陣営にそういう考えを持っている奴は皆無ではないはずだ。だから、ここは正直に答えるべきだろう。
「……確かにそうかもしれないな。勇者ダイは、魔王軍に対抗する俺達人間側の旗頭だ。正直、そのダイに魔王軍に寝返られると、俺達人間はお手上げだよ」
「ポップ! 俺はそんなつもりは……!」
「分かっているよ、ダイ。……だけどな、ダイ。お前も知るべきだ。なぜお前の父親が、これほどまでに人間を滅ぼす事に執着しているのかを」
ダイは俺のその言葉に、ハッとするようにバランを見つめた。
俺はバランに向き直った。
「……バラン。俺が思うに、お前とダイは、剣を突きつけ合う前に話し合いが必要なんじゃないかな。十数年ぶりの親子の再会なんだ。じっくり腹を割って話し合えよ。お前の記憶の中のダイはまだ赤子だったのかもしれないけれど、今はこの通り立派に育っているんだ。お前の言葉も、予断抜きでちゃんと咀嚼できるようになっているさ。
その話し合いの結果、ダイが俺達の元を去ってお前の元に行くというのなら、残念ではあるけれど、俺は仕方のない事だと思うよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
バランは、図らずも目の前の男の言葉に、自身の心がゆり動かされている事を感じていた。
……ディーノ。とうに失ったと思っていた我が心の拠り所。ザボエラより、人族の勇者の額に現れた紋章の事を聞き、ディーノが生きていた事を初めて知った。その時、バランの胸中には歓喜の感情が占めた。
しかし、同時にそのディーノが、人間どもの希望の象徴とも言える勇者に担ぎ上げられている事に、憤怒の感情を抱いた。
我が息子ディーノを利用している、小賢しくも汚らわしい人間どもめ、と。
しかし、このポップと言う名のまだ少年と言って良い歳の男は、ディーノを担ぎ上げている事を否定もせず、その上で親子としての話し合いを勧めてきた。その言葉の裏には、ディーノの事を信頼し、同時に心から案じている様子もうかがえた。
バランは、我が息子に良い友人ができたのだな、とさえも思った。
……だが、それはバランの胸中のほんの一部分を占めたに過ぎなかった。ポップの投げかけた言葉は、そのバランの凍りついた心を溶かすどころか、ヒビすら入れる事は出来なかった。
ポップはバランの胸中を、完全には推し量れてはいなかった。バランの、亡き妻への憐憫の思いと、愛する妻の最後の姿。それがどれほど、バランの胸の奥に黒いシミとなって、こびり付いているのかを……。それは、ただの凍り付いた心ではなかった。凍り付いた心の奥底で、黒い炎が燃えさかっていたのだ。
バランは、人生のほとんどを戦いに明け暮れて生きてきた男だった。穏やかな時を過ごしたのは、ほんの一時。愛する妻と息子に囲まれたわずかな時間。その尊い時間が過ぎ去った後、バランは、ただひたすら修羅の道を歩む事しかできなかった。
そんな人生を送っているバランの胸中を理解するには、ポップはあまりに境遇が異なりすぎていた。前世では、平和な日本で生まれ育ち、温かな家庭に囲まれて育った。この世界に生まれ落ちてからも、両親の愛情を一身に受けて育った人生。
話し合う事で解決できるのではないかというポップの考えは、修羅の道を歩んできたバランには通じるはずも無かった。
一言で言えば、『甘かった』の言葉につきるのだろう。バランの中で、話し合いを尽くす時期はとうに過ぎていたのだから。
そう、人間の負の部分を最悪の形で目にしたバランに、ポップの言葉は通らなかった。
少なくとも、今この時には……。
刹那の閃光。
誰も声を上げる暇もなく、バランの額から放たれた紋章の光がポップの胸部を貫いていた。