「……え? ……ぐっ!? ……ゴ、ゴフッ!」
俺の胸を、視認できない何かが一瞬通り過ぎたように感じた。ひやっとした寒気は感じたが、痛みはまるで感じなかった。
突然、俺の咥内いっぱいに液体が溜まった。思わず両手を口に添えたが、ほぼ同時にそれを吐き出してしまった。震える両の手を見て愕然とする。俺の両の手の平は、まるでトマトを手で握り潰したかのように真っ赤に染まっていた。
どこか現実逃避した思考で、この世界にトマトに似た野菜ってあったっけな、と考えていたが、突然下半身に力が入らなくなり、俺はへたへたとその場に両膝をついた。
ことそこに至って、背後のダイやマァムも俺の異変に気が付いたようだった。
「「――ポップ!!」」
フラフラと上半身を揺らしながら俺が地面に崩れ落ちる寸前、俺の両脇に誰かの手が差し伸べられた。この左右の手はダイと、マァムのものだろう、……おそらくは。
俺の視界は、既にぼやけていた。物が二重に見え、視界の端は白く曇っていて何も映し出さない。
「レオナ! ポップに回復魔法を!! ――早く!!」
聴覚はまだ生きているようだ。背後からバタバタと駆けてくる2つの足音が聞こえる。
「ポップ君、しっかり!」
「ポップさん! 駄目です、目を開けて!」
俺はその声を聞きながら、今この状況がなぜ発生しているのかを考えていた。俺が多分今死にかけている理由は、分かっている。おそらくあれを撃たれたのだろう。瞬き一つする時間すらなかった。あれは避けられんよ……。
バラン、どうして……。俺はお前とただ対話がしたかっただけなのに……。
いや、済んだ事は良いんだ。前を向こう。大事なのは、今この状況で残されるダイ達に、俺の打てる手が何かと言う事だ。
肺の中に空気は僅かしか残されておらず、刻一刻とそれは目減りしている。呪文を唱えられるとしても1つが限界だろう。
だったら、これを……。
俺は、かすかに瞳に映るダイとマァムの身体に恐ろしいほど重くなった手を触れ、「……
そして俺の意識は途絶えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ダイとマァムは、突然身体の敏捷性が上昇した事を感じた。そう感じた瞬間、2人ともポップに罵声を浴びせていた。
「ポップの馬鹿! 俺達に呪文を唱えている場合じゃないじゃないか!」
「そんな呪文かける暇があるなら、自分に回復魔法をかけなさいよ! 何を考えているのよ!」
それは、後から駆けつけてきた2人も同様だった。
「馬鹿じゃないの!? あなた、今にも死にそうになっているのよ! ああ、もう! ――
「もう魔法は使わないで、ポップさん! 今は回復する事だけに集中して下さい!」
ゴメは、「ピィ、ピィ!」と涙を流しながら、ポップの周りを飛び回っていた。
呪文を唱えた後、がっくりと頭を垂れて意識を失ったポップ。それに遅れるようにポップの胸からも血が吹き出し、ポップの纏っている『みかわしの服』を徐々に赤く染めていった。
ダイは、ポップの胸に自身の額に現れる紋章と同じ傷跡が刻まれている事に気づいた。同時に、ポップに対してどうしようもないほどの申し訳なさを感じて、唇を強く噛みしめる。
悲壮な表情のレオナとメルルが、ポップの両脇を支えて後方に下がっていく。レオナの
「バラン、どうしてポップを! ポップは、お前とただ話し合いをしようとしていただけじゃないか!」
「そうよ! いきなり攻撃を放つなんて、
ダイとマァムは、瞳に怒りの炎を宿して声を張り上げた。
しかし、そんな2人に対するバランの答えは、激高する2人の怒りの炎に油を注いだだけだった。
「邪魔だったから排除したまで。他者を貶める事しか出来ぬ下等な人間ごとき、いくら殺した所で問題なかろう」
「いくら殺したって、問題ないだと! ポップは、俺の事を弟だって言ってくれたんだぞ!」
「お前に兄などおらぬわ! ましてや、薄汚い人間など! お前には、私だけがいれば良いのだ! さあ、邪魔者は消えた。魔王軍へ来い、ディーノ!」
「邪魔者ですって!? ポップは、あなたと対話をしようとしていたじゃない! ダイの気持ちも、あなたの気持ちも酌もうとしていたのに、それをあなたは!」
「黙れッ!!
バランの額に、再び
ダイとマァムはバランのこの行動に、即座に反発を示した。2人は、バランに向かって駆けた。2人の始動は同じであったが、スピードに秀でたマァムがダイの前に出る。
そのマァムのメタルフィストを握り混んだ右の手からは、既に黒い粒子が糸を引くように放出されていた。
バランは、先頭を駆ける女武闘家に意識を切り替えながらも、視線を彼らの後方で治療を受けている賢者に向けたままでいた。それは、一つの疑問が拭いきれなかったためだった。
……何故、あの男は生きている?
そう、バランは、先の紋章閃による一撃の威力が思いの他小さかった事に僅かながら驚いていた。本来紋章閃による一撃は山をも砕く事が出来る程の威力であり、事実、先に滅ぼしたカール王国でも、精強な騎士団を束ねる騎士団長ですら一撃でその命を刈り取っていた。
それが、吹けば飛ぶような貧弱な体格の賢者に対し、魔法を使う余裕がある程度のダメージしか与えられなかったとは……。もしかすると私は、ディーノのよき友人と思われるあの男を殺す事に、抵抗を覚えたのか?
バランは、無自覚に取ったかもしれぬ自分自身のその行動に、ほんの少しだけ戸惑いを覚えていた。
バランは、その行動……、それこそがかつて捨てた人間の心が具現化したものであるという事に、気づいていなかった。
マァムがバランの至近にまで肉薄する。
自身の間合いに女武闘家が入った事を悟ったバランは、背中に納刀していた
その剣が無造作に上段よりマァムに振り下ろされた。唸りを上げてマァムの頭上より迫る凶刃。だが、この時マァムには3つの有利な要素が味方していた。
1つは
この3つの要素により、マァムはかろうじてこの斬撃を身体を半歩ずらす事で躱し、バランの懐に潜り込む事に成功した。
バランの懐に入ったマァムは、この機を逃さないとばかりに、黒い粒子の発する右拳をバランの腹に突き込んだ。
しかし、マァムは次の瞬間、拳に感じた感触に眉を潜めた。
完全に入ったと思ったマァムの右拳は、バランの身体の周囲を覆う謎の気流によって完全に防がれていた。
その直後ダイがバランに肉薄し、今度はダイがバランの肩口から鋼の剣で切りつけた。しかし、その刃はやはりバランには届かず、逆に撃ち込んだ鋼の剣の方が粉々に砕け散った。
「――な!?」
「そんな、どうして!?」
驚愕するダイとマァム。
そんな2人をよそに、バランは闘気を全開にしてその2人を後方に弾き飛ばした。
ゴロゴロと地面を転がりながらも、すぐに体勢を立て直して立ち上がる2人。しかし、2人は先ほどの攻撃を防がれた理由が分からず、驚愕の声を上げる。
「何で!? 完全に入ったと思ったのに!」
「私もよ! 何か気流のようなものがバランの全身を覆っていたわ! あれは一体……!?」
ダイは、砕け散った鋼の剣の代わりに、腰に差していたパプニカのナイフを手に取った。
そんな2人を見下ろして、バランが言い放った。
「まずは、よくぞ私に一撃を入れたと誉めてやろう。だが、あれこそ
「「
「そうだ……。この
そのバランの言葉に、マァムはこれまでの魔王軍との戦いでダイの額に紋章が輝いた際の驚異的な身体能力の向上に納得できるものを感じていた。
だが、ダイはバランの言葉にわなわなと身体を震わせていた。
「何が、
先ほど、ポップの胸に深く刻まれていた
「うぉぉぉぉー!!」
ダイからまばゆいほどの光が発せられ、その全身から闘気が溢れだす。その額には、バランと同じく
上空に雷雲が現れ、バランが驚きの声を上げた。
「うう! まさか……!?」
ダイが空高く飛びあがり、叫んだ。
「
その声に呼応するかのように、ダイの手に握られたパプニカのナイフに天空より雷が落ちる。ナイフからは、バリバリバリという甲高い音と共に、目も眩むばかりの光が発せられた。
そして既に、ダイはそのナイフを逆手に構えていた。――そして叫ぶ。
「ライデインストラーッシュ!!」
「あれは……!」
マァムはその攻撃を見て声を上げた。あれは、まだダイがアバンストラッシュを完成していない時に、敵であったヒュンケルに放った技。しかし、あれからダイはアバンストラッシュを完成させた。いったい、どれほどの威力の攻撃だろうと。
だが、バランはそのダイの放ったライデインストラッシュが自身に迫るのを見ても、顔色一つ変えなかった。
そしてバランは、自身の右手に握る真魔剛竜剣でそのライデインストラッシュの衝撃波を受け止めた。
「ぬううううん!!!」
その衝撃波は、ほんのわずかバランを後退させる程度の効果しか発揮しなかった。バランの右手に握られた真魔剛竜剣は、ダイのその攻撃を完全に制御化に置いたかのようにバチバチと雷光を発していた。
「う、受け止めた!?」
「そ、そんな、あのダイの攻撃を!?」
ダイとマァムはその様子に驚きの声を上げた。これまで、クロコダイン、ヒュンケル、フレイザードといった六大軍団長の強敵に放ってきた技の中でも、明らかに最も高い威力を持った一撃だったはず。それを避けるのでもなく、真正面から受け止めるなど、にわかには信じられるものではなかった。
バランは、そんなダイ達の驚愕の声をよそに、右手に握った真魔剛竜剣を両手で握り直した。
「ふむ。よくぞここまで
そしてバランは真魔剛竜剣を上段に構え、叫んだ。
「――
ドォォォーン!
直後その剣に、上空より雷が落ちる。その雷は、さきほどダイが唱えた
バランは真魔剛竜剣に落ちたその雷の力を完全に制御し、ダイに突進した。
「うぉぉぉーーッ!! ――ギガブレイク!!!」
――ズドォーン!
バランの振り下ろした真魔剛竜剣がダイを直撃し、ダイの纏っていた装備を粉々に打ち砕く。
衝撃のあまり空高く跳ね飛ばされるダイ。
「――ダイ!!」
マァムが悲壮な声を上げる。
しかし、直後突如現れた一人の男がそのダイの身体を空中で受け止めた。
その男は、紋章閃によりダメージを負い戦場から離脱していたポップだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギガブレイクの一撃は、周辺の地形をも変えていた。衝撃の余波を受けた湖の水は空高く巻き上げられ、今、バランに雨となって降り注いでいる。バランの足元はその雨によって生じた水たまりで濡れていた。
俺は宙でダイを抱えたままバランの様子をじっと見つめていたが、ハッと我に返った。……いけない。急ごう、おそらく効果は長くは続かない。
「ポ、ポップ? 良かった、無事だったんだね」
ダイが俺の腕の中で、ホッとした様子で笑みを向けた。
「無事だったんだね、は俺の
「うん、大丈夫。ありがとう、ポップが助けてくれたんだよね?」
俺はそのダイの言葉に笑みだけを返して、マァムの傍に降り立った。
「ポップ、良かった……。ダイもよく無事で……」
「ああ、ごめんよ、マァム。心配かけて。だけど、姫さんの魔法のおかげでほら、この通りさ」
俺は、もう怪我が癒えている事をアピールするようにマァムに胸を張った。そして、俺達から少し離れた場所で様子を伺っている姫さんとメルル、ナバラさんに向けて親指を立てた。
「貴様……。よくも邪魔を……」
バランが、静かに俺達に向き直って、呻くように言った。そうだ、俺は確かにあの瞬間、バランの邪魔をしていた。
と言っても、別段大したことはしていない。バランがギガブレイクを放つ瞬間、その足元の地面を
俺達は、再びバランに対して戦闘態勢を取った。バラン……。さっきはいきなり紋章閃を放ちやがって……。どうやら俺は、バランを見誤っていたようだ。こいつは、あれだ。昭和の頑固親父のようなものと考えるべきだ。そう考えると、さっきの紋章閃による一撃は、いきなり『ちゃぶ台返し』をされたようなものだな。
今、こいつに対してどれほど言葉を尽くしても無駄なんだろう。一戦交えて、心身ともに弱らせてからでないと、言葉も響かないと見た。
「ポップ。あいつには、ライデインストラッシュも通じないんだ。いったい、どうしたら……」
ダイがバランを睨みながらも、不安を口にした。
「ん……。確かにバランの
「うん、分かった。力を合わせるんだね!」
「任せて、ポップ! 必ずあの防御、破りましょう!」
「ほう? 私の
そう言ってバランは、真魔剛竜剣を上段に構えた。
「不可能かどうかはやって見なければ分からないだろう? 追い詰められた人間の底力をなめるなよ? ……2人とも、口火は俺が切る。必ずバランに隙を作って見せるから、俺を信じてくれ」
2人は、俺の言葉に何も言わずに頷きを返してくれた。
「……下らん。何を狙っているのか知らんが、先ほど邪魔をされた秘剣を貴様に喰らわせてやろう。貧弱な賢者如きがこれを喰らえば、灰も残らぬわ!!」
――来る!
再び、バランの頭上に雷雲が発生する。その雷雲は燦々と輝く太陽を覆い隠し、俺達の周囲は束の間、薄闇のヴェールに包まれた。
さて、ぶっつけ本番になったわけだが、上手くいってくれよ……。俺は、心臓の激しい鼓動を表に出さないよう、意識して表情を繕っていた。
「――
しかし、その声に呼応して落ちてくるはずの雷は存在しなかった。そればかりか、太陽を覆っていた雷雲は霧散し、薄闇のヴェールは徐々に剥がされていった。
「――なッ!? ば、馬鹿なッ! これはいったい――!?」
動揺を隠せない様子のバランが、消え去っていく頭上の雷雲を見上げて叫ぶ。ようやく、俺は内心でほくそ笑んでいた。
「はっ! どうやら魔法力が尽きたようだな、バラン! 今度はこちらの番だ! ――
俺のその言葉と同時にバランを中心に超重力磁場が形成される。ズシッっと音を立ててクレーター状に大地が陥没する。その中心で、バランは思わず膝をついていた。
「くっ! こ、この呪文は!?」
よしっ、原作では足止め程度しか効果を発せられなかったが、5Gの重力下ではバランに膝を突かせる事まで出来た。
「ダイ、マァム、今だ! 遠距離からバランに攻撃を!」
俺のその言葉を待つまでも無く、2人はそれぞれが修めている奥義の発動準備を終えていた。
「うん、今度こそ! ――アバンストラッシュ!!」
「これなら……! ――豪破一闘!!」
ダイが逆手に握ったナイフを振り切り、アバンストラッシュをバランに放つ。同時にマァムは直立不動の体勢から、全闘気を集中させた右足を横なぎに振り切り衝撃波を放った。
大地に片膝を付き無防備な姿を晒すバランに、唸りを上げて迫る2人の奥義。
「くっ!! いくら2人同時に技を放ったところで――」
「いいや、3人同時だぜ!」
「――!!」
2人の放った奥義の背後から、俺の放った火の鳥が猛然と加速していた。
直後、斬撃と灼熱の炎がバランの身を襲った。
「う、うおおおおッ……!!!?」
ズガアァァーン!!!
思わず顔を背けねばならないほどの巨大な爆炎がバランを中心に発生し、バランの姿を覆い隠した。
ゴゴゴゴ……。
未だにバランを中心に白煙と土煙が渦を巻いている。
「くっ……!」
その様子を見つめていた俺は、ズキズキと痛む胸に我慢の限界を感じ、思わず片膝を着いていた。
「「ポップ!」」
ダイとマァムが心配そうに俺の側に駆け寄ってくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ。実を言うと完全回復する前に飛び出してきちゃったから、傷口が開いてしまったみたいだ。今、回復するよ。
胸に当てた右手から青い魔法の粒子が放出され、胸に感じていた痛みが徐々に引いていく。ふー、ようやく一息つける。
俺はダイ達に「もう大丈夫だよ」と声を掛け、前方に視線を戻した。
さて、どうだろう……。
代わりに、ダイとマァムの武技、それに俺の魔法の合わせ技になったわけだが、威力としては申し分なかったと思うんだよな……。余裕があったら、
むっ……。 舞い上がっていた土煙が途端に周囲に放出されていく。
……出て来るな、バラン。
「ダイ、マァム。出て来るぞ。まだ戦いは終わっていない。気を抜くなよ……」
「うん、分かった!」
「ええ、もちろんよ」
土煙が完全に晴れ、バランが姿を現した。やはり
だが、……良し。バランの全身からは、闘気技による流血と猛火による火傷跡が見て取れる。
「……見ろ、ダイ。さっきの攻撃、しっかりとバランに通じたようだぞ」
「うん、俺達の技は、
「ええ、何度だってやってみましょう! 私達が倒れるのが先か、バランが倒れるのが先か……!」
バランも、全身に傷を負ってしまった事を自覚しているのだろう。静かに自身が流した血を見つめていたバラン。そして、おもむろに顔を上げ俺達を見据えた。
「……見事だ。これほどのダメージを負ったのは、冥竜王と対峙した時以来よ。ディーノ、いや、ダイよ。お前は恐ろしい可能性を秘めている。だから私は、この場で残る全精力を傾けてダイの力の根源を奪うとしよう」
「「なに!!」」
俺達の驚きの声をよそに、バランは闘気すら抑え、額の竜の紋章を輝かせる。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
その紋章からは、甲高い音が響き始めていた。
「――! 紋章が、勝手に! う、うわぁぁぁ!!」
直後、ダイの額の紋章も輝きだし、うめき声を発する。ダイだけではなく、俺達の頭にも割れるような音が響いた。
「な、何、この音は!?」
「共鳴しているんだわ! 2人の
マァムや姫さんも頭を押さえて苦悶の声を上げる。
くっ、共鳴現象の余波が、俺達にもこれほど及ぶなんて! ――ダ、ダイっ! ダイは!? 俺はダイの姿を探した。
ダイは、地べたに這いつくばり頭を押さえて呻いていた。
ダイ、記憶を無くすのかよ!? 俺との記憶だけじゃない。ブラスさんやゴメ、デルムリン島の皆との記憶を。あの湖畔の記憶まで!
嫌だ! 無くされたくない!! ダイの記憶は奪わせない!!
「――
ズシッ!!
「ぬ!? き、貴様!!」
俺は、頭の痛みを気合いで押し殺し、バランに対して再び
くそっ、駄目だ。集中が足りないためか、思うような出力が出ていない。バランは膝をつく事も無く、その額の竜の紋章の輝きも陰りが見えない。
「――邪魔をするなーッッ!」
――しまった!
そして、……ダイの叫び声が戦場に響いた。
「うわぁぁぁぁーッ!!!」
「ダイ! ……くっ、バラン! お前……!」
駄目だ、ダイは頭を押さえてピクリともしない。俺は、バランを睨みつけた。
そんなバランも相当無理をしたのか、立っているのもやっとな様子だった。
「息子には、もはや不要なものを……奪った。しかし、……思いのほか力を使い過ぎたわ……。この場はひとまず退かせてもらう。いずれ改めてディーノを貰い受けに来るぞ……!」
そう言って、バランは
不要だと……? 俺達の記憶を、絆を不要と言ったのか、こいつは……! 俺は思わず奥歯を噛みしめて、バランを睨みつけた。
「……待て、バラン」
俺の言葉に、バランは
「お前、最初に自分の事を真の
「……そうだな。貴様の言葉は正しい。私の人としての心は、とうに捨て去ったからな。だが、それがどうしたというのだ? 私は望んで捨てたのだ。今更、貴様の言葉などに動かされたりはしない」
――ふざけるな!! 俺は、いけしゃあしゃあとほざくバランにブチ切れ、指を突きつけ声を張り上げた。
「お前の事はどうだって良いんだよッ!! 俺が言いたいのは、その獣がダイをどうやって育てるつもりなんだという事だよ!! お前、ダイまで獣にするつもりかッ!!」
俺の言葉にバランは、ほんのわずかに逡巡する素振りを見せた。しかし……。
「……何とでも言うがいい。ディーノは私の息子だ。貴様如きに心配される謂われなど無い」
それだけ言い放ち、バランは戦場から去って行った。
「ダ、ダイ君? 大丈夫? バランの攻撃でどこか怪我をしたんじゃあ……?」
姫さんが、放心した様子のダイを心配して声をかけた。
そのダイは、首を傾げながら姫さんを見上げた。
「ダイ? ダイって僕のこと? お姉さん、だあれ?」
「「「――!?」」」
俺を除くこの場にいる全員に、衝撃が走った。
「な、何言っているの、ダイ君? も、もうそんな冗談はやめてよ、ダイ君」
顔を青ざめながらも、姫さんはなおもダイに語りかけていた。俺はそんな姫さんの肩に手を置き、ダイの前で膝をついた。
ダイと俺の視線が合った。ああ、この瞳はダイの瞳だ。変わっていない。純粋で、一片の曇りもない、かつて俺の心を救ってくれた俺の大好きな透き通るような蒼い瞳だ。
だけど、今その瞳に俺は映っていても、ただそれだけだ。これまで紡いできた俺とダイの絆は、すっぱりと断ち切られている。
あのデルムリン島の洞窟での出来事、魔王軍との戦いの日々、湖畔での思い出、みんな失われてしまっている。
「お兄ちゃん、大丈夫? ……とても辛そうだよ?」
ダイが、黙ってしまった俺を見て心配そうに言った。
「ああ、大丈夫だよ。ダイ……、ああ、ダイというのはお前の名前な。俺の名前はポップ。お前の一の親友だ。覚えておいてくれ」
そう言って、思わず俺はダイに抱きついていた。その小さな不安そうなダイの背中に両手を回して。ダイのぬくもりを感じる。記憶の一切を無くして、ここが何処だか、俺達が誰だか分からない様子で不安そうにしているダイ……。
思わず俺の目が霞む。……駄目だ、泣くんじゃない。辛いのはダイなんだ。……俺じゃない。
大丈夫だ、ダイ。きっと、お前の記憶は取り戻してみせるから。そうしたら、お前はまた前に向かって歩んでいける。大丈夫、お前の周りには、頼りになる仲間がたくさんいるんだから。
俺は、これから自分がやるべき事について、ようやく覚悟を決めた。
ダイの記憶を取り戻すためにはあの方法しかないだろう、と。
出来れば、その方法を取らなくて済むように立ち回りたいが、あのバランの様子ではそれが可能かどうか……。
……旅の終わりが近いのかもしれないな。
俺は、かすかに震えるダイの身体を抱きしめながら、そんな事を考えていた。