転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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90話 断たれた糸と新たに紡がれる糸

~~~~テラン国 森の中の小屋~~~~

 

 

夕刻より降り始めた雨が、激しさを増してきた。俺達は、あの戦いの後記憶を失ったダイを連れ、テラン城にほど近い森の中にある小屋に移動していた。この小屋は、顔の広いナバラさんが集落の代表者に相談して貸していただいていた。どうやら猟師の休憩所として使用していた小屋らしいが、最近の情勢の悪化から今は誰も使用していないとの事だった。

 

パシャ、パシャ、パシャ。

 

雨音に混じって、こちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。その足音で誰か分かった俺は、戸を開いてその人物を小屋に招き入れた。

 

「雨の中、ありがとう、メルル。濡れただろう? 火に当たると良いよ」

 

「いいえ、これくらいの事。あ、これ、分けていただいたお食事です。皆さん、少しは食事を取って下さいね。でないと、体が保ちません」

 

メルルは俺達を気遣うような視線を送りながら、パンや果物が詰まったバスケットをテーブルの上に置いた。メルルは、昔なじみの家に行って食事を分けてもらうために、外に出ていた。

 

「ありがとう、メルル。後で頂くわ。それより、こっちに来て。髪を拭かないと、風邪を引いちゃうわよ」

 

マァムが暖炉の前で布を手に持ち、メルルを手招きした。マァムの声に力は無いが、何か体を動かしている方が気が紛れるのだろう。ああ、その気持ちはよく分かる。アバン先生が亡くなった時の俺達も同じだった。

 

俺はその様子を横目に見ながら、バスケットから早速パンを2、3個取り出し、隣の部屋に向かった。部屋に入ると、ベッドの背もたれに上半身を預けていたダイと目が合った。

 

「あ、ポップ! うわー、美味しそうなパンだね。それ、食べていいの?」

 

「ああ、お腹空いているだろう? 腹一杯食べると良いよ。……姫さんもどう?」

 

俺はダイにパンを手渡しながら、もう1個のパンをベッドの横に置かれた椅子に腰掛けていた姫さんに渡そうとした。だけど姫さんは、ゆっくりと顔を振って受け取ろうとはしなかった。

 

「……そうか。ゴメもどうだ? 少し食べないか?」

 

ゴメは、ダイのいる布団の上で羽をペシャンとしおれたように投げ出して、ダイを見上げていた。そんなゴメに俺は声をかけたが、やはりゴメもそんな気分になれないようだ。

 

「食べないの、君? 美味しいよ?」

 

パンを口に頬張るダイにそう声をかけられたゴメは、目から大粒の涙をウルウルと流して、その水滴型の身体を小刻みに揺らした。ああ、辛いよな、ゴメ。お前は、ダイに君だなんて他人行儀に声をかけられる存在じゃないもんな。バランは、お前とダイの友情の絆まで断ち切っていったんだな。

 

「ダイ、この子はゴメっていう名前だ。お前がつけた名前で、ゴメはお前の一番古くからの親友だよ。良かったら、ゴメちゃんって、呼んであげてくれないか?」

 

「そうなんだ……。ごめんね、ゴメちゃん。俺、何も覚えていないんだ……」

 

そのダイの言葉に、ゴメはその身体をダイの胸にぶつけて、やはり泣いていた。

 

 

 

 

 

「それで、ポップ君はこの後、どうすればいいと思う?」

 

リビングで、姫さんが俺に顔を向けそう問いかけた。この場には、姫さんと俺、マァム、ナバラさんがいて、皆でテーブルを囲んで今後の事を相談していた。メルルとゴメには、ダイの休んでいる部屋で、ダイと一緒にいてもらっている。

 

「ん……。多分、明日には、バランがダイを連れ去りに来るだろうな。今のダイは俺達と過ごした記憶がすっぽりと抜け落ちているんだ。そのままダイをバランに会わせたりしたら、同じ(ドラゴン)の紋章を額に持つバランを父と思い、何の疑問も抱かずに俺達から離れていくかもしれない」

 

「そんな……! それじゃあ、そのままダイは魔王軍の一員になって、私達の敵になるって事!? そんな、ダイの気持ちも考えず、なんて酷い事を……」

 

マァムがそう叫んで、顔を落とす。そうだ、このままダイの記憶が戻らず、おとなしくバランにダイを引き渡せば、そうなる可能性が極めて高い。

 

「一度、ダイ君を連れてパプニカに戻ると言うのは、どうかしら? 今ならポップ君の瞬間移動呪文(ルーラ)でパプニカに飛んで、態勢を整えることもできると思うけれど……」

 

「姫さんの言う事も一理あるけど、多分それは問題の先送りに過ぎないと思う。そもそも態勢と言っても……」

 

正直、パプニカに戻ってアポロさん達3賢者やその他の兵士の方に戦力に加わってもらった所で、バラン相手には焼け石に水だろう……。人数を増やしてどうにかなる相手じゃない。俺の回復魔法だって、無限にかけられる訳じゃないんだし。俺の言外の意図を姫さんも察したんだろう。悔しげに顔を落とした。

 

あ、マトリフ師匠なら……。……いや、やはり駄目だ。確か原作では、師匠はこの時どこかに行っていて不在だった気がする。

 

「俺は、この地でバランを迎え撃つのが最善手だと思う。理由は、今ならバランが襲撃をかけてくるタイミングが分かっていると言う事が一つ。その上、周囲に被害が及ばないよう戦場はある程度こちらで設定できる。パプニカに戻ったら、バランがいつ攻めてくるか分からないし、守らなければならない対象が増えて、ただでさえきつい戦いがよりきつくなるんじゃないかな……」

 

「そう……ね。ええ、確かにポップ君の言う通りね」

 

「私もポップの意見に賛成だわ。でも、ポップ。この地でバランを迎え撃つとして、その間ダイはどうするの? 今のままじゃあ、ダイをバランの前に出せないわよね?」

 

そのマァムの問いには、姫さんが答えた。

 

「テラン王を頼りましょう。王城なら、ダイ君を一時的に外に出さないための場所だってあるはずよ……」

 

外に出さないための場所……。つまり、牢屋だよな。うーん、原作通りとはいえ、記憶を失ったダイをあそこに押し込めるのは気が咎めるな。しかし、俺も他に代案が浮かばないし、仕方ないか……。

 

結局、明日は朝からテラン王に面会し、ダイの保護を頼んでみようという事で決定し、今日の所は皆休む事になった。

 

さて、明日ここでバランを迎え撃つのは良いんだが、クロコダインとヒュンケルが戻ってきてくれないと、俺達に勝ち目はないんだけどな。鬼岩城を確認したらテランの城に来て欲しいとは伝えているが、果たして明日の決戦に間に合うのだろうか? もし間に合わなかったりしたら?

 

いや、あの2人は原作ではあれほどタイミングよく、絶体絶命の窮地に現れてくれていたんだ。今回だって、きっと来てくれるはずだ。頼むぞ、原作修正力。今こそ、その力を見せる時だ。俺に、ラッキースケベを発生させるだけの存在では無いという事を、証明して見せてくれ。

 

 

 

 

 

懐中時計を胸から取り出して、時刻を確認する。見ると、もう深夜になっていた。皆は明日に向けてとっくに休んでいる。今日は心身ともに消耗したからな。マァムを筆頭に、皆泥のように眠りについていた。

 

この小屋は、リビングと2つの小部屋があって、いわゆる2LDKの間取りをしている。2つの小部屋にはベッドが1つずつ備わっているので、今はダイとナバラさんがそのベッドを使用し、姫さんとマァムはダイの部屋で、メルルはナバラさんの部屋で壁を背にして休んでいた。

 

そして俺は今、リビングに置かれているテーブルに一人向かっていた。テーブルの上では、ゆらゆらとランプの灯りが揺れている。

 

俺は書き終えた手紙を折りたたみ、それを自分の鞄の奥に慎重に仕舞った。長時間、うんうんと唸りながら書いていたためか、知らぬ間に身体がこり固まってしまったようだ。俺は身体をほぐそうと、椅子から立ち上がって大きく身体を伸ばした。

 

部屋の窓に近づいて外を見ると、まだ雨がシトシトと降り続けていた。ちょっと眠れそうにないなと思った俺は、鞄からオカリナを取り出しそっと外に出た。

 

戸口から長く突き出た軒下に腰を下ろす。ここなら、雨に打たれる心配は無いだろう。小屋の周囲は長く続いた雨のためか、薄い霧が発生していた。俺はそっとオカリナを口にして、曲を奏でた。雨の音にかき消されて、その奏でた音はほとんど形をなさなかった。……だけどそれで良い。俺は目を瞑り無心でオカリナを吹いていた。

 

 

 

「ふむ……。まるでお主の今の心情を現したような音色じゃのう?」

 

――!

 

ちょうど、盗んだバイクで夜の帳を走り出すサビの所を心の中で熱唱していた俺は、突然真横からかけられた言葉に驚き、思わずオカリナを取り落とすところだった。

 

「……ナバラさん」

 

 

 

「すいません、雨の音でかき消されるだろうと思っていました。起こしてしまいましたか?」

 

「なに、年寄りはもとより眠りが浅いのよ。お主のせいでは無いわ。それに、他の皆はぐっすりと眠っておるよ」

 

そんな言葉を俺に返しながら、ナバラさんはいつの間にか俺の隣に腰を下ろしていた。

 

「お主がそれほど焦燥しておるとは……、の。よほど、今回は追い詰められていると見える」

 

「そう見えましたか? それは、お恥ずかしい……」

 

さすがは、年の功だな。心の内の葛藤を悟られたか。

 

「恥じる事ではあるまい。何といっても、相手は伝説の(ドラゴン)の騎士様じゃからな。いくら10の歳にバクーモスを討伐した麒麟児と言うても、無理からぬ事じゃろう」

 

「麒麟児って……。『小さな賢者』と呼ばれた事はあっても、そんな風に大仰な物言いをされた事はありませんよ、俺?」

 

「それはそうじゃろう。お主がバクーモスを若い身空で討伐したという事は、儂ら当事者しか知らぬ事で、村の外の人間にはまず漏れておらぬはずじゃ。少なくとも人族の世界ではな……」

 

漏れていない……? どういう事だ? 俺の疑問の表情を見て、ナバラさんは言葉を続けた。

 

「あの村の村長がの、関係者に箝口令を敷いたのよ。そのせいで、おそらくベンガーナの国王の耳にもその事は届いておらぬじゃろう。何故そのような事をしたか分かるか、ポップ?」

 

「箝口令……ですか。それは知りませんでした。でも、そうですね。それは、もしかして俺を守るためでしょうか?」

 

「恐らくそうじゃろうの。届いていれば、さすがにお主は今頃ベンガーナ王国に取り込まれておったじゃろう。それほど、かのバクーモスを単独討伐したという事実は軽くないという事じゃ」

 

そして、ナバラさんは俺にバクーモスがいかに脅威度の高い魔物か説明する。バクーモス1体のために、町が2つや3つ壊滅した事もあるだって? ……驚いたな。バクーモスってそんなにやばい奴だったのか……。いや、前におっさんと話したように、とんでもなく強かったというのは身に染みて分かっていた。それでも、俺はバクーモスをただライオンヘッドの延長線上の魔物の一種としか捉えていなかったが、どうやらその脅威度には世間の認識と俺の認識で随分と開きがあったようだ。

 

しかし、ランカークス村の村長か……。自分で言っておきながらなんだが、あの村長がそんな出来る対応を取るかね? ただ面倒ごとが村に降りかかるのを、防ぎたかっただけじゃないのか? エウレカの里の里長であるサーラさんと比べてはいけないが、あの吹けば飛ぶようなよぼよぼの村長を、俺はどうにもそんな出来る人間だとは思えずにいた。

 

俺がそんな風に首を傾げていると、ナバラさんは薄い霧のかかった森を見つめながら、呟くように口を開いた。

 

「……ふむ。まあ、これは余談じゃったな。さて、肝心の(ドラゴン)の騎士様のことじゃが……。のう、ポップ。熟慮に熟慮を重ねるのも良いが、時には行き当たりばったりでやってみるのも手じゃぞ」

 

どうやらこちらが本題だったらしい。

 

「そうは言いましても、事が事ですから、そんな風には考えられませんよ……」

 

「……ふむ。策士、策に溺れると言うではないか。直感もあながち馬鹿にしたものではないぞ。仕方あるまい。やはり星読みの結果に従い、お主により負荷をかけてみるとしようかのう」

 

そう言って、ナバラさんは「ヒヒヒ……」と思わず引いてしまいそうな笑い声を上げた。

 

「な……何を言っているんですか、ナバラさん?」

 

「……ポップ。お主、儂の孫娘がお主の事を好いておる事に気がついておるか?」

 

「……は?」

 

え、儂の孫娘って、メルルの事だよな? 他にいたりしないよな? え、メルルが俺を好いている? いや、それって……。

 

「は、ははは。何を言っているんですか? その好きって言うのは、友達としてって事でしょう? 俺だってメルルは好きですよ」

 

「違うの、ポップ。あの子は、お主を異性として好いておるんじゃよ。更に言えば、お主のお仲間のマァムというおなご、あやつもお主の事を好いておるのう。もちろん、異性としてじゃ」

 

「は、はあ!? な、ななな、何言い出しているんですか、ナバラさん! メ、メルルはともかくとして、どうして出会ったばかりのマァムの事までナバラさんが分かるんですか!?」

 

「逆に、分からんと思っておるお主が、儂には分からんわ。誰がどう見ても一目瞭然ではないか……」

 

そう言って、ナバラさんは呆れたような視線を俺に投げかけた。え、そんな呆れられるような事なのか、それ?

 

「い、一目瞭然……。え、ナバラさん、それじゃあ、メルルとマァムの両方が俺の事を好きだって言うんですか? マ、マジで言っています、それ?」

 

「ふぇっふぇっふぇ。勇者一行(パーティー)の頭脳ともて囃されておるお主を驚かすのは、楽しいのう。マジもマジ。大マジじゃ。ほれ、今日の昼じゃったかのう。2人が森の中からなかなか帰ってこんかったじゃろう? あれは恐らく、お主を巡って恋のさや当てをしておったに違いなかろうて……」

 

森の中って……。あれって、2人が連れだってお花摘みをしていたんじゃ無かったのか……。しかし、恋のさや当てって言葉、この世界にもあるんだな。あれ、でもあれって1人の女性を巡って2人の男が争う意味だったような……。

 

い、いやいや、今はそんな事、どうでも良いんだ! 何をしれっと爆弾発言してんだよ、ナバラさん!

 

「そ、それが事実だとして、どうして今それを俺に伝えるんですか? どう考えても、今じゃないでしょう!?」

 

「それが何故か、今伝えるべきというお告げが出たのじゃよ。……それで、どうじゃ、ポップ? お主はどちらを選ぶのじゃ?」

 

「お、お告げ? ど、どちら……? 選ぶ……?」

 

ど、どちらって、な、何を言っているんだ、この人は? 駄目だ、頭がパニックになって意味が分からない。前世を含めても年齢イコール彼女無し歴の俺は、もう頭がパンクしそうになっていた。

 

「そうじゃ、2人の女性がお主を好いておるのじゃ。どちらかを選ばねばならんじゃろう。儂としてはやはりかわいい孫娘のメルルを選んでほしいが、決めるのはお主じゃ。さあ、どちらをお主は選ぶのじゃろうのう。いや、どちらも選ばんという選択肢もあるし、あるいはもう一つの選択肢もあるのう」

 

どちらも選ばないという選択肢……。あるいはもう一つの選択肢……? 駄目だ、ナバラさんの言っている事がさっぱり分からない。俺が目を白黒させてナバラさんを見つめていると、そのナバラさんは、よっこいしょっ、とばかりに立ち上がった。

 

「……さて、お主に十分な負荷を与えたようじゃから、儂はこのあたりで戻らせてもらうとしようかのう。悪く思うなよ、ポップ。これが最善の結果を生むと言うのが、儂の星読みで出た答えなのじゃからな。ヒッヒッヒ……。夜は長いんじゃ。ゆっくり考えるとよい」

 

 

…………。

 

……パタン。

 

――ビクッ! 小屋の扉が閉まる音で、俺は我に返った。外は相変わらず雨が降り注いでいる。え、今の、夢……、だったとかじゃないよな……。

 

ど、どちらを選ぶだって? マァムか、メルルか? いや、選ぶってそんな、俺そんな偉そうな立場じゃないだろう? もちろん俺だって、マァムもメルルも2人共好きだ。大好きだ。

 

マァムは、棍の才能のない俺がずっと続けてきた努力を認めてくれた。どれほど魔法の才能を褒め称えられても、自分自身で為しえた力と今ひとつ思えなかった俺に、あのマァムの嘘偽りのない賞賛の言葉は心から嬉しかった。あの時から俺は、他でもないマァムに認められたいと思って、歯を食いしばってこれまでやってきたんだ。

 

メルルは、その嫋やかな見た目に反して、こうと決めたら意思を曲げることの無い強い娘だ。5年前も、俺がバクーモスと戦っている姿を最後まで目をそらさず見守っていた。そして、5年ぶりに会ったメルルは、意志の強さと包容力を併せ持つ娘に成長していた。だから俺は再会したばかりのメルルに、これまで誰にも打ち明けられなかった自分の弱い心の内を暴露し、思わずよりかかってしまった。メルルなら、受け止めてくれると心のどこかで感じていたから。

 

そのマァムとメルルのどちらかを選べだって? ……無理だ。少なくとも後1日しかない現状で、そんな事絶対に無理だ。

 

ん……? あるいはもう一つの選択肢……? それって何だ? 他に一体何があるっていうんだ?

 

どれほど考えても答えが出ない。 俺は頭を掻きむしる様にして、夜空を見上げた。……ああ、もう分っかんねえよ!

 

 

……もうこうなったら、いっその事ナバラさんを選んでみるか!?

 

『なんと、わしが好きと申すか!? そ、それはいかん! もう1度 考えよ!』

 

何故か、どこかで聞いたフレーズが俺の脳裏に浮かんだ。

 

いやいや、待て待てポップ。さすがにパニクリ過ぎだろう。ルドマンじゃないんだから。さすがにそんな選択をしたら、その場が阿鼻叫喚の場と化すぞ。試しに言ってみたというシャレが通じるとは思えない。

 

だいたい、今はそれどころじゃないだろう。そんな事より明日のバラン戦の事を考える方が先決だ。明日、ダイの記憶を取り戻せなければ、比喩でなく世界は終わる。この大地に生きとし生きる者、全ての命がかかっているんだ。

 

こんな、俺個人の色恋沙汰は頭の隅に置いておかなければ。

 

 

バラン……。原作通り竜騎衆は連れてくるんだろうか。そうなった場合、足止めには誰が行くべきか。俺は確定。あの1人だけ手強い奴は、どう対処しよう……。魔法使いにとって、あいつほど高スピードで動き回る敵は、天敵と言っていいんだよな。おまけにあいつはヒュンケルと同様に、魔法の通用しない鎧を所持しているし……。

 

……あの鎧。パプニカで鎧の性能を調べるチャンスがあったのに、マァムに止められたんだよな。

 

マァム……か。ナバラさんの言う事は本当かな? 俺、マァムに何度も頭に鉄拳落とされているんだけどな。本当に俺の事が好きなのか? 嫌われていると言われた方が、まだしっくりくるけどな……。

いや、でもそう言われると、アシムの港町でも、パトス湖でもマァムは俺に何かを言いかけていた気がする。……もしかして、本当に?

 

――はっ!? 俺は、いったい何を戦いと関係ない事を考えているんだ! 今はバランの事を考えるべきだろう……!

 

俺は煩悩を振り払おうと、頭をブンブンと振った。

 

バランと戦う時は、申し訳ないがダイは牢屋にいてもらうのが最善手だろう。だけど、さすがに1人だけにしておくのはかわいそうだから、ゴメにも傍についていてもらおう。姫さんは、……駄目だ。回復呪文(ベホマ)の使える姫さんは貴重な戦力だ。一国のお姫さんを戦力扱いするなんて許されない事だが、他に手がない。

 

ただ、ゴメだけにダイの面倒を見てもらうことはできない。ああ、そうだ。確か原作でもメルルとナバラさんは、ダイの傍に付いていてくれた。あの2人にもお願いしよう。

 

メルル……か。本当に俺の事が好きなんだろうか? さすがに俺もメルルに嫌われているとは思っていないが、友人として、昔なじみとして、好かれているとばかり思っていた。それが異性として好意を持たれているだなんて……。

 

ただ5年前に危ない所を俺に助けられたから、そう思っているだけじゃないのかな。ほら、何て言ったかな。ああ、そうだ、吊り橋効果ってやつだ。不安や恐怖を感じる場所で出会った相手に対し恋愛感情を抱きやすくなるっていうやつ。

そうだとしたら、そんな関係は長続きしないから目を覚まさせてあげないといけないんだけど。

 

 

――はっ!? どうして俺はまたバラン戦と関係の無い事を!?

 

 

ああ、もうっ!! 全然集中できねぇよ! ナバラさん、何て事してくれたんだよ! こんな事している場合じゃないって言うのに!

 

そうやって頭を抱えている間に徐々に夜は更けていき、俺は知らぬ間に意識を手放してしまっていた。

 

 

 

 

 

「ポップ! 起きなさい!」

 

ふぇ? 俺は突然身体をガクガクと揺さぶられて、徐々に意識が覚醒していった。う、まぶしい……。俺が膝の間に埋めていた顔を上げると、木々の合間から燦々と差し込んでいる日光がもろに顔に当たり、思わず手を前にかざした。

 

「くすくす。ポップさん、よだれの跡が付いていますよ?」

 

徐々に日の光に慣れて周囲を見渡すと、呆れたような顔のマァムと、口元が僅かに緩んだメルルがうずくまっていた俺を見下ろしていた。昨夜の雨が嘘だったかのように、今は柔らかな朝日が差し込んでいた。

 

「えっと。お、……お早う?」

 

「お早う、じゃないわよ、ポップ! どうして外で寝ているのよ、あなたは! 自分があのおかしな奴に狙われているっていう自覚が無いわけ!?」

 

「ポップさん、大丈夫ですか? 昨夜雨が降っていましたが、身体は濡れていませんか? 熱とかありませんか?」

 

メルルが、しゃがみ込んで俺の額に手を添えた。ああ、メルルの手が冷たい、気持ちいい。

 

……そうか。俺、昨日あのままここで寝入ってしまったのか。俺の足下に、オカリナが転がっていた。

 

「メルル、甘やかしちゃだめよ! ほら、早く中に入りなさい、ポップ! ほんとにもう、朝起きたら部屋にいないんだから。……びっくりしたじゃない、全く!」

 

「ふふふ。マァムさんったら、屋根裏にまで潜り込んで必死になってポップさんを探していたんですよ?」

 

「ちょ、メルル!? メ、メルルだって、涙を浮かべながら、「お婆様、ポップさんがいませんっ」て大騒ぎしていたじゃない!」

 

「そ、そんな事……ありませんよ……」

 

「くっくっく。ごめん、ごめん。ちょっと考えを纏めようと思って外でオカリナを吹いていたら、いつの間にか寝入ってしまったみたいだ」

 

俺は2人のそのやりとりがおかしくて、つい笑ってしまった。気づきって、大事なんだな。ナバラさんに、2人が俺に好意を抱いているって聞いてから2人の様子を見ると、それも本当なんだな、って不意に思ってしまった。

 

「笑い事じゃ無いわよ、ほんとにもう。ポップはしっかりしているようで、どこか抜けているんだから……」

 

「ポップさん、髪が濡れています。本当に風邪を引いたらいけませんから、早く頭を拭きましょうね」

 

 

 

おそらく俺は、この2人のうちのどちらか1人を選ぶなんて事は出来ないだろう。それができる時間は、多分俺にはもう残されていないから。だから俺は、今のこの時間をとても貴重なものに感じていた。

 

 

 

 

 

###########################################

 

ナバラ・グランマーズ――。テラン王国出身の流浪の占い師。大魔王戦役終結後、彼女を形容する際には『神託の巫女メルル・フォーサイスの祖母にして師であった』と紹介をされる事がほとんどである。

 

確かに、メルル・フォーサイスが大魔王戦役において神がかった危険察知能力と予言力を発揮し、大魔王戦役における勝敗の帰趨に多大な影響を与えた事と比ぶれば、彼女の成しえた業績は決して大きくはないのかもしれない。

 

しかし、彼女の足跡を辿れば、ある村では川の氾濫を事前に予見した、地下水脈の位置を探し当てた、疫病の発生を予見した、などと言った地域に根差した業績を多数確認する事が出来る。また、彼女が訪れた町の端々で行った占いによって、望外の富を得た、生きる指針を与えられたなどと声を上げる者も多数存在した。

 

歴史の中で成し得た業績で言えばメルル・フォーサイス以上では無いものの、ある意味では彼女以上に土地や風土に根差した予言に人生の大半を費やした女性が、ナバラ・グランマーズという占い師であった。玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の占い師の中で、彼女は確かに本物の占い師であったと、多くの者が口を揃えている事からもそれは読み取れる。

 

大魔王戦役終結の7年後に彼女はその天寿を全うした。その人生の大半を占いに費やした彼女の墓は、彼女の望みでテランの里にほど近い湖の畔に建てられている。その墓には、彼女が最後に残したと言われる言葉が刻み込まれている。

 

 

『神より星の数ほど受け取った予言の中で、この世に生を得たのはこの予言を受け取るためだったと言える予言は、後にも先にもテランの森で読んだ恋占いの一つだけ。彼女の未来に幸多からんことを願う』

 

各地の民草に寄り添い、数多の予言を神より受け取りそれを希求する者に伝えてきたナバラ・グランマーズ。墓石に刻まれた彼女が誰を指しているのかは、今もって分かっていない。

 

大魔王戦役から150年経った現在も、テランの里近くにある湖の畔にひっそりと建つ彼女の墓には、時折花を手向け手を合わせる者が訪れる。その者らは、かつて彼女が予言によって救った村の子孫か、もしくは、彼女の予言によって一財産を築いた者の子孫なのだろうか。あるいは、彼女の恋占いによって幸せな家庭を築いた者の子孫なのかもしれない。

 

孫夫婦やそのひ孫のみならず多くの知人達に見守られ、眠るようにこの世を去った稀代の占い師 ナバラ・グランマーズ。

 

彼女は、今も静かに彼女の愛した湖を見つめているのだろう。

 

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