転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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92話 コンドルの谷の死闘①

俺とマァムの視線の先には、険しい渓谷の岸の上にまるでコンドルが羽を休めているかのように見える特徴的な形状をした大岩が存在していた。ここは、かつてアバン先生と共にベンガーナからテランに向かう最中に目にしたコンドルの谷だった。

 

ナバラさんの水晶球からおおよそのバラン達の位置を確認した俺は、ここがちょうど奴らを待ち伏せする場所に良いと判断し、一足先にマァムと一緒に瞬間移動呪文(ルーラ)でこの地に飛んでいた。良かったよ、この特徴的な景色を記憶にとどめておいて。テランの湖と違って居眠りをしていなくて幸いだった。霞んでいてよく見えないが、遠くに薄らと見える標高の高い山は、アバン先生とアバン流棍殺法の修行に励んだ所だ。懐かしいな……。

 

さて、ダイにろくに声をかけずに出てきてしまったが、ダイはどうしているだろうか……。本当だったら、他の牢屋とも繋げて輪になった流れるプールにしたかったんだけど、時間がなかったので滑り台しか作る事ができなかったのが残念でならない。あのプールで、少しは無くしたあの日の記憶を取り戻してくれたら嬉しいんだけどな……。

 

「もうすぐ、ここをバラン達が通るのね……」

 

俺が1人そんな事を考えていると、眼下の谷底を見下ろしていたマァムが、幾分緊張した様子で呟いた。マァムの腰のベルトに吊るされている銃ホルダーが、俺の視界の端でゆらっと動いた。銃ホルダーには、魔弾銃と7個の魔弾が装着されていた。

 

俺はマァム同様に谷底を見つめて、返事を返した。

 

「ああ、そうだ。マァム、何度も言ったけれど、バランを食い止めようとは思うなよ。あいつには全員で当たらないと対処できない。俺達の目的は、……」

 

「ええ、分かっているわ。竜騎衆よね?」

 

「そうだ、最低限の目標は奴らの乗機である竜を潰す事、次に奴らをこの地から排除する事、その次が奴らを倒す事だ」

 

俺のその言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ドドドド……と地響きが伝わってきた。

 

来たな……。

 

徐々に地響きの振動が強くなってきた。谷の向こうから土煙が立ち上がっている様子が見て取れた。

 

次第にその姿が視界に入ってきた。先頭にバラン。その後ろに竜騎衆が続いている。水晶球で見たとおり、それぞれが竜に騎乗している。

 

まだバラン達はこちらに気がついていない。姿見が出来るほどの腕利きの占い師がこちらについているとは、奴らは想像もしていないのだろう。これは絶好のチャンスだ。姿勢を低くして谷底を伺う俺達。もうその顔がはっきりと視認できるほど近づいている。竜騎衆、原作通りの面々のようだ。

 

それほどの時間をかけずに、奴らは俺の攻撃魔法の間合いに足を踏み入れた。

 

よし、先手必勝だ。俺は、原作ポップが取った手段と同じ手を選択した。

 

「――重圧呪文(ベタン)!」

 

崖の上から放った俺の奇襲攻撃は、バランを中心に超重力磁場を瞬時に形成し、一気にバランと竜騎衆を押し潰した。

 

グシャアッ!!

 

「「「――ギャオオーッ!」」」

大地の割れる音と竜の叫び声が、谷底に響き渡った。

 

「ぬうぅ!? ――そこかッ! ――電撃呪文(ライデイン)!!」

 

突然、俺の頭上がピカッと瞬いた。

 

「――ポップ!」

 

マァムが俺にタックルを喰らわせるように抱きつき、そのまま俺を抱えて飛んだ。直後、俺が先ほどまで立っていた場所に雷が落ちていた。

 

ズガァァァァーーンッ!

 

耳をつんざくような雷鳴が周囲に鳴り響き、その雷鳴は谷底をこだまして駆け抜けていった。落雷の衝撃で、岩が細かく砕かれ周囲に散乱している。それが直撃した大地は、黒く焼け焦げたように変色し、一筋の煙が空に向かって立ち上がっていた。

 

あ、危ねえー。とんでもない早さの魔法発現速度だな。しかもあいつ、重圧呪文(ベタン)の魔法を喰らいながら電撃呪文(ライデイン)をピンポイントで放ってきたぞ。さすがは(ドラゴン)の騎士。魔法戦もお手の物という感じだな。

 

「マァム、助かったよ。ありがとう」

 

俺は、差し出されたマァムの手を握り返しながらすっくと立ち上がった。

 

 

俺が眼下を見下ろすと、バランが油断なくこちらを見据えていた。その背後からは、ぺしゃんこになった竜を押しのけながら3人の竜騎衆が這い出してくる。電撃呪文(ライデイン)による反撃のために長時間重圧呪文(ベタン)を展開させる事は出来なかったが、どうやら奴らの乗騎であった竜は4体とも倒せたようだ。

 

うん、際どいところもあったが、初手としてはまずまずの成果を得られた。さあ、勝負はこれからだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

バランは、崖の上に立つ賢者と武闘家を睨んでいたが、胸中には疑念が渦巻いていた。

 

目の前の人間達は、確かに人間にしては優れた技能を持つ者達だと認識していた。だが、だからこそ先の戦いで、(ドラゴン)の騎士に戦いを挑む事の愚かさを理解していると思っていた。

 

逃げ惑うのならともかく、向かってくるとは……。何故? まさか、時間稼ぎか? ……何の?

 

ディーノに決まっているでは無いか。バランは、再び人間どもが自身の息子をどこかに連れて行くのではないかと危惧した。(ドラゴン)の紋章を共鳴させればその所在を知れるとはいえ、遠い別の大陸などに連れて行かれては、再び探し出すのに手間取る事になる。

 

いや、下劣な人間どもが、ディーノを私に対する人質にする可能性もある。かつて奴らがやったように……。バランの脳裏に12年前の暗い記憶が蘇り、焦燥の思いが駆け巡った。

 

そんなバランの思いを察したのか、バランに付き従っていた一人の配下が、バランに対して先に行って欲しいと進言した。

 

「バラン様、やつらの始末は我々にお任せください。すぐさま後を追いますゆえ、瞬間移動呪文(ルーラ)で一刻も早くディーノ様の元へ……」

 

「ラーハルトの言うとおりです、バラン様。たかが2人、すぐにかたづけて後を追います故、ここはお先に!」

 

「ラーハルト、ボラホーン……。分かった、ここはお前達に任せよう。だが、決して油断をするなよ。特にあの賢者だ。奴の力の底は、私ですらまだ掴めてはおらぬ」

 

「承知しました、バラン様。ですが、魔法使いでは私には勝てませぬ。どうかこちらの事はお気になさらずに」

 

ラーハルトと呼ばれた男は、右手に握っている槍を地面に突き刺してバランに答えた。バランは、そのラーハルトの握った槍を見つめた。

 

「確かに……、な。良かろう。ここはお前達に任せる。だが、重ねて言うが舐めてかかってはならんぞ。死を覚悟した人間は、恐るべき力を発揮する事があるからな」

 

「はっ、承知しました……!」

 

ラーハルトの言葉に静かに頷いたバランは、その場から瞬間移動呪文(ルーラ)で飛び立った。

それを見送ったラーハルトは、未だ背後で肩を振るわせている鳥の姿をした仲間に声をかけた。

 

「おい、ガルダンディー! いい加減にせぬか。バラン様は先に行かれたぞ……!」

 

「そうだぞ、ガルダンディー! お前の愛竜の仇は目の前にいるじゃないか。それとも、俺がお前の代わりに殺ってやろうか?」

 

「うるせえ、ボラホーン! そんな事をしてみろ。俺がお前を殺してやるぞ!!」

ボラホーンに大声を返したガルダンディーと呼ばれた鳥の姿をした魔族は、目に大粒の涙を浮かべていた。

 

身の丈3mにも達する巨大なトドとセイウチを合わせたような容貌をしたボラホーンが、そんなガルダンディーの言葉に笑い返した。

 

「ワッハッハ。それならさっさと泣きやむんだな! さて、だったら儂の相手はあの女か。こいつはつまらん戦いになりそうだな。グッフッフッ」

 

しかし、ガルダンディーは涙を拭い、渓谷の崖の上に立つ2人のうち女の方を睨みつけた。

 

「いや、あの女の相手は俺だ。あの女を惨たらしく殺して、その首を愛竜(ルード)を殺したあの憎い男に突きつけてやるのよ。そうして、この谷中に木霊する様に奴に咽び泣くような悲鳴を上げさせてやる! そうしなければ、俺の腹の虫が治まらん……! おい、ボラホーン! 俺があの女を殺すまで、男の方を絶対に殺すんじゃないぞ!」

 

「ちっ……。まあいい。お前の愛竜に免じて、ここはお前に譲ってやるよ。ラーハルト! 1人あぶれるが、お前は良いな!?」

 

「ふっ、仕方あるまい。だが、お前達、気をつけろよ。あの者達は、曲がりなりにも一度はバラン様に傷を負わせた程の人間達だぞ」

 

「カカカッ! そんなのはまぐれに決まっているだろうがッ! まぐれが二度も続くものか! ジワジワと! むごーく! いたぶり殺してやるぜえッ!! クワックワックワッ!」

 

ガルダンディーは、ラーハルトにそう返事を返しながら、すでに背中の翼をバタバタと羽ばたかせていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……マァム。あの鳥の姿をした魔族は、お前に狙いを定めたみたいだぞ。やれるか?」

 

俺は眼下の竜騎衆から目を離さないまま、隣に立つマァムに声をかけた。ガルダンディーの血走った目が、一直線にマァムに向けられている。

 

「ええ、任せて。それに、バランは先に行ったわ。早くあいつらを倒して戻らないと、ヒュンケル達が危ないわ」

 

「そうだな。だけど、焦らず確実に一つずつこなしていこう。どうやら槍使いは傍観を決め込むつもりのようだから、俺はあの青いでかい奴を相手するよ。そんで、最後は2人であの出来る雰囲気を醸し出している槍使いをやってやろうぜ」

 

「ええ、そうね。じゃあ、――ポップも気をつけて!!」

 

そう言ってマァムは、突然俺から離れて駆け出した。それは、翼を広げたガルダンディーが谷底より急襲をかけてきたためだった。

 

俺が崖沿いに走り出したマァムの後ろ姿を見つめていると、突如何かが俺に向かって飛んで来るような風切り音が聞こえた。咄嗟に眼下に視線を戻す俺。俺の視界いっぱいに映ったそれは、巨大な錨のような形状をした鋼鉄の武器だった。

 

「――あっぶねえなー!」

 

俺は、自身に向かってくるその巨大な錨を、とっさに飛翔呪文(トベルーラ)で躱した。

 

直後、先ほどまで俺が立っていた地点にその鋼鉄の錨が突き刺さり、砕かれた岩石がガラガラガラと、周囲に飛び散った。

 

その攻撃を放ったのは、クロコダインのおっさんの体格にも匹敵する大きさの魔族、ボラホーンだった。

 

俺は飛翔呪文(トベルーラ)を解除し、ボラホーン達のいる谷の底に降り立った。

 

ボラホーンは、錨に連結されている鎖を手元に引き戻し、巨大な錨をブンブンと振り回している。

 

「グワッハッハ! よく避けたではないか。こいつは楽しめそうだ! 儂の名は竜騎衆が一人、海戦騎ボラホーン! 今更、俺達にたてついた事を後悔しても遅いぞ!」

 

「……そうか。名乗られたからには、俺も名乗るとしよう。俺の名はポップ。勇者一行(パーティー)の1人、大賢者ポップだ。短い付き合いになると思うが、よく覚えておけ」

 

「大賢者だと!? ワッハッハ。大言壮語を吐く奴だ。心配するな、お前を殺すのはガルダンディーがあの女を殺してからだ。あの女が心配なら、助けに行ってもいいぞ」

 

マァムを助けに? 俺は、崖の上で戦っているマァムに目をやった。今、マァムは接近戦でガルダンディーと、拳と剣による激しい応酬を繰り広げていた。

 

俺はその戦いの様子をじっと見つめ、フッと笑みを浮かべた。……必要ない。マァムには、俺の援護は必要ない。

 

俺は、頼もしくなったマァムを見て目を細めた。

 

 

 

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「クハハハハッ! テメエは、あの魔法使いの女だろう! お前の首をねじ切って、あの男の前に突き出してやるぜ! あの男の絶望に染まる顔が今から楽しみだなぁッ!!」

 

「お、女だなんて、下品な事を言わないでよね! まだ私とポップは、そ、そんな関係じゃないわよ! それに、どうしてポップの事にそれほど固執するのよ!」

 

マァムは、ガルダンディーの放ってくる細剣(レイピア)による攻撃をメタルフィストをはめた右拳で防ぎながら、攻撃の隙を伺っていた。ガルダンディーは背中に翼があり、細剣(レイピア)の攻撃を掻い潜り懐に入ってもすぐに上空に逃げてしまうため、なかなか必殺の一撃を打ち込めずにいた。

 

「あの男は、俺の愛竜(ルード)を殺しやがった! 理由はそれだけで十分だろうがよッ!!」

 

「何を言っているのよ! あなた達だって、たくさんの人間を殺しているじゃない! その剣についている血は、人を切った血じゃないの!?」

 

マァムは気がついていた。ガルダンディーの身にまとっている鎧とその細剣(レイピア)に、まだ乾ききっていない血糊がついている事に。まだマァムは、ガルダンディーによって傷つけられていない。つまりこれは、この戦いの直前にガルダンディーが誰かを襲ってついた返り血なのだ、と。

 

そのマァムの推測は当たっていた。ガルダンディーは、バランによってこの地に召喚された後、わずかな時間を使ってベンガーナの町に襲撃をかけていた。その全身に浴びたおびただしい量の返り血は、その時についたものだった。

 

「……人間を……殺しただってぇッ……!? 愛竜(ルード)はなあ、俺の、俺の唯一心を通わせた友達……いや! 兄弟だったんだ! 俺の最愛の竜を、ドブくせえ人間なんかと一緒にするんじゃねえ、女ー!!」

 

激高したガルダンディーは、上空高く飛び上がった。そして、上空よりマァム目がけて無数の赤い羽を撃ち放った。

 

凄まじい量の羽が上空より墜ちてくる。マァムは手刀でその羽を打ち払うが、太陽を背にして放たれた赤い羽根のいくつかがマァムの身体に突き刺さった。

 

「くっ……! こ、これは、……力が抜けていく……!?」

 

「クックック。それは、体力を奪う赤い羽根(レッドフェザー)よ。お前はもう、立っているだけで体力を消耗していくのさ」

 

「――! こんなもの……。ぬ、抜けないわ! どうして……!?」

 

マァムは自身に刺さった赤い羽根(レッドフェザー)を引き抜こうとするが、どういう訳か抜くことが出来なかった。そうしている間にも、マァムの身体に刺さった赤い羽根(レッドフェザー)からは、赤い粒子がキラキラと放出されていた。それは、刻一刻とマァムの体力が奪われている事を意味していた。

 

「クックック。無駄、無駄。一度刺さった赤い羽根(レッドフェザー)を引き抜く術はねえッ! ――さあ、お前の首をいただこうか!!」

 

そう言い放ち、ガルダンディーは、マァムに再び接近し細剣(レイピア)を振るう。マァムは、赤い羽根(レッドフェザー)により体力が低下している事で、先ほどまでのような軽快な動きがとれず、ガルダンディーの細剣(レイピア)によって身体を徐々に傷つけられていく。

 

「――くっ!」

 

鮮血が舞った。最小限の動きでかろうじて致命傷となる一撃は躱しているが、時間が経つにつれて体力が低下していく。このままでは、いずれ敗れてしまうだろう。

 

そう判断したマァムは、腰に吊るしていた魔弾銃を手にし、慣れた手つきで瞬時に魔弾を装填する。そのおかしな形状をした武器に一瞬警戒の表情を浮かべたガルダンディーは、マァムから距離を取った。

 

そしてマァムは、その構えた魔弾銃の引き金を引いた。

 

途端に、魔弾に込められていた火炎呪文(メラ)の炎が、その銃口の先にいた者に襲い掛かった。

 

……銃口の先にいた者、それはマァムだった。

 

そう、何故かマァムは、銃口を自分自身に向けて魔弾銃の引き金を引いていた。

 

 

「クワックワックワッ! 気でもふれたか、女! まさか自死を選ぶとはなー! 良いぜ、黒こげになったお前の首をあいつの元に持って行ってやるぜ! クックック!」

 

炎に包まれたマァムを見て嘲笑するガルダンディー。

 

しかし、その炎に包まれたマァムが、突如ガルダンディー目指して駆けた。その動きは、先ほどまでとはうって変わって、疾風のような速さを伴っていた。

 

「な、何だとッ!?」

 

「――燃えたのは、私だけじゃないのよ!」

 

加速するマァムの背後で、炎によって燃え尽きた赤い羽根(レッドフェザー)がヒラヒラと宙を舞っていた。

 

 

「――チィッ!」

 

接近するマァムに対して、ガルダンディーは細剣(レイピア)を振り下ろす。しかしマァムは、その細剣(レイピア)を右手に装着したメタルフィストで迎撃した。火花を散らしながらぶつかり合う細剣(レイピア)とメタルフィスト。

 

打ち勝ったのは、メタルフィストだった。折れた細剣(レイピア)の刀身がクルクルと宙を舞った。

 

「なっ!? 俺のスパイラル・ソードが折れただと!?」

 

そのままマァムは動揺するガルダンディーの腕を取り、相手の力を利用する形で、ガルダンディーを地面に背中から叩きつけた。

 

「ガハァッ!」

 

苦悶の声を上げるガルダンディー。その時にはマァムはもう、左手をガルダンディーに突きこむ体勢を取っていた。

 

「これでお終いよ! ――武神流奥義 閃華裂光拳!!」

 

マァムの左手が、ガルダンディーの身体に突き込まれた瞬間、周囲を眩いばかりの閃光が走った。

 

「――ゴフッッ!!」

 

閃華裂光拳――。その技は、回復系の魔力を拳に乗せて打ち込む事で、強制的な過剰回復を生物に引き起こし、対象の生体組織を破壊する生物に特効を持った一撃必殺の技だった。僅か1週間のブロキーナ老師との修行では習得する事が出来ず、それからずっとマァムは一人で修練を積んでいた。その修練の結果が、今日初めて結実していた。

 

必殺の一撃を受けたガルダンディーは、既に絶命していた。

 

残心を行いつつ、軽く息を吐いたマァム。

 

「――!? きゃっ! 冷たい!」

 

すると、そのマァムの頭上から突然大量の水が降り注いだ。その水は、火炎呪文(メラ)によって火傷を負ったマァムの身体の火照りを優しく鎮めていった。

 

突然の降雨によってびしょ濡れになったマァムは、相変わらずポップは人の事ばかり気にして、と苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

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「――な、何だと!? ガルダンディーがやられたのか、あんな女に! チィッ、情けない奴め!」

 

俺は、マァムの消火が出来たと判断したので、水流呪文(ウォーター)の魔法の発動を止めた所だった。

マァム、よくやったな。しかし、無茶をする。自分自身に火炎呪文の入った魔弾を撃つなんて、いくらなんでも無茶苦茶だ。俺の事を無茶だなんて言う資格ないぞ、あいつ。

 

「おい、女、女と舐めているんじゃねえよ。あいつは、勇者一行(パーティー)の切り込み隊長、女武闘家マァムだ。よく覚えておくんだな」

 

俺はいつまでも女、女と舐めた態度を崩さないボラホーンに苛立ちを感じ、しっかりとマァムの事をアピールしておいた。マァムは、本当に努力していたんだ。いつだって彼女は、早く俺やダイに追いつきたいと言って、旅の合間に一人黙々と修行に励んでいた。その結果、俺やダイにも真似のできないあいつだけの戦い方を身につけている。

 

「何が武闘家だ! たかが女ではないか! ――ガルダンディー、竜騎衆の恥さらしめ!!」

 

ボラホーンが憎々しげに叫んでいる。まあ、人間なんぞ道ばたの石ころ程度にしかこいつらは考えていないようだから、いくら言っても無駄か。クロコダインのおっさんと同じ体格をしているからか、余計におっさんの高潔さと対比されて、こいつが哀れに感じるな。

 

「……それで? あの鳥野郎がマァムの首を持ってくるまで、俺を生かしておくつもりだったんだろう? ここからは、どうするつもりなんだ? もうすぐマァムが、鳥野郎の首を持ってやって来るぞ?」

 

マァムは絶対にそんな事はしないだろうけどな。俺のその安い挑発に、ボラホーンはギロッと俺を睨んだ。

 

「馬鹿め! 今まで生かされていた事も理解できぬ愚か者か! こうなったら、あの女もお前も儂がまとめて片付けてやるわ!! 喰らうがいい、儂の必勝戦術をッ! ――凍てつく息(コールドブレス)!」

 

ボラホーンは、口から凍てつく息(コールドブレス)を放った。ボラホーンの口から放たれたブレスが、俺とボラホーンの間の大地を白く染め上げながら迫ってくる。しかし、俺は全く焦っていなかった。というより、この時俺の警戒心は、俺と直接的に対峙しているボラホーンではなく、もう一人の強敵の方にかなりの部分を割いていた。

 

俺は迫りくる凍てつく息(コールドブレス)に対して、魔力圧縮で10倍に増強した氷系呪文(ヒャド)で対抗した。

 

俺の氷系呪文(ヒャド)とボラホーンの凍てつく息(コールドブレス)が激突する。互いの放った氷雪が、渓谷の中を吹き荒れた。

 

一瞬の均衡。しかし、それはほんの一時の事だった。直ぐに、俺の氷系呪文(ヒャド)はボラホーンの凍てつく息(コールドブレス)を圧倒し、その氷雪のエネルギーは奴の身体にまで達していた。

 

「な!? ば、馬鹿な……!? 儂の凍てつく息(コールドブレス)が押し負けただと!?」

 

「これが必勝戦術とは笑わせるじゃないか。俺の仲間にもブレスを放つ奴がいるけど、お前の倍は威力があったぞ」

 

うん、とりあえずボラホーンを煽っておこう。こういうタイプは、頭に血を上らせたら戦い方が単純になるから、相手をするのが楽になる。それに、実際おっさんの焼けつく息(ヒートブレス)の方が、威力があったしな。

 

俺はヒュンケルよろしく、精いっぱい奴のイケメン顔を思い出しながら、ボラホーンにニヒルな笑みを浮かべた。

 

「なっ……何をォォッ!!! ええい、魔法使い如きに小細工など必要ないわ! ――死ねいッ!」

 

ボラホーンは、今度は鋼鉄の錨をブンブンと振り回して俺に放ってきた。

 

うん、正しい。非力な魔法使いを相手にするには、下手にブレスや魔法を放つのではなく、物理攻撃を喰らわすのが一番手っ取り早い。だけど、それは一般的な魔法使いに対しての話だ。師匠から大賢者の称号をいただいた俺を舐めるなよ。

 

俺は投擲された鋼鉄の錨をギリギリのところで躱した。躱された鋼鉄の錨は、先ほど同様地面を粉々に砕く……のではなく、その先端の錨部分がドプンと音を立てて泥の中に沈んだ。

 

「――何だと!?」

 

突然の事に、ボラホーンが目を剥いて驚愕している。そんなに驚くなよ。俺は錨が叩きつけられる地面を、泥沼呪文(ドロヌーバ)の魔法で泥沼に変えただけだよ。

 

そして俺は、鋼鉄の錨に対して氷系呪文(ヒャダイン)を唱えた。途端に、泥の中に沈んだ錨とその錨と結び付けられている鎖がガチガチに凍り付いていく。

 

「ぐっ! ぬ、抜けん!? おのれ、魔法使い! 小癪な真似をしおって!!」

 

「これが俺の必勝戦術さ。お前の二流戦術とは雲泥の差だろう?」

 

これでこいつの武器は封じた。さあ、次は攻撃に移ろう。

 

悪いが、俺は早くヒュンケル達の所に戻りたいんだ。俺は右手をボラホーンに突き出しながら叫んだ。

 

「――閃熱呪文《ベギラマ》!!」

 

俺の右手から放たれた高熱の閃光は瞬時にボラホーンに達し、その分厚い鋼鉄の鎧を一瞬で溶かしそのままボラホーンの肉体を打通した。閃光の射出が止まった時、ボラホーンの胸部には直径50cmにも達しそうなほどの大穴が空いていた。その石榴(ざくろ)のように開いた大穴からは、渓谷の向こうの景色がはっきりと見えた。

 

「グッ、ガ、ガハッ!」

 

血反吐を吐いて、ゆっくりと仰向きに倒れていくボラホーン。その身体が地面に接した瞬間、その巨体故にズズーンというくぐもった振動が俺の足に伝わった。

 

さて、これで倒せただろうか? 俺は、ピクリとも動かず大の字に倒れたままのボラホーンの元に近づいた。

 

「……図体の割にはあっけなかったな。もう少しやるかと思ったが……」

 

俺が倒れたボラホーンの足下に立ってそう独りごちた瞬間、突然ボラホーンの上半身が、起き上がり小法(こぼし)のように跳ね起きた。

 

「――馬鹿め! 油断しおったなッッ!!」

 

「――!?」

 

ボラホーンが、その丸太のように太い両の腕をかき抱き、腕の中に取り込んだ物を瞬時に砕いた。ボキボキボキ、という背骨の砕けるような嫌な音が渓谷に響いた。

 

「ガハハハ! 貧弱な魔法使いなど、捕まえてしまえばこんなものよ!! ――!?」

 

……いや、違う。響いたのは、俺の背骨ではなく氷塊が粉々に砕かれる音だった。

 

「なっ!? こ、氷だと!? 奴はどこに消えたッ!?」

 

砕いたはずだった物がただの大きな氷塊だった事に気づいたボラホーンが、周囲をキョロキョロと見渡す。そんなボラホーンに、ラーハルトから「上だ、ボラホーン!」という警告の声が飛んだ。

 

「上だとッ!?」

 

頭上を見上げたボラホーンと、奴の直上にいた俺の視線が交錯した。ラーハルトのいう通り、確かに俺はあの瞬間飛翔呪文(トベルーラ)で空に飛翔していた。身代わりとなる氷塊だけを残して。

 

俺に油断はねえよ。原作でもお前はしぶとく生き残って、ポップを人質にヒュンケルを殺ろうとしていたからな。お前がそう来るという事は想定の範囲内さ。俺はただ、お前にとどめを刺すつもりで近付いただけさ。

 

「気づくのが遅いんだよ! ――真空呪文《バギマ》!!」

 

俺の手から放たれた鋭利な風の刃が、ボラホーン目がけて墜ちていく。その刃は、まるでギロチンのようにボラホーンの首筋にスルッと吸い込まれていき、次の瞬間、その太い首は胴体から切り離されていた。

 

ボトッという熟れた果実が地面に落ちたかのような音の後、プシューという噴水のような音が続いた。

 

 

 

「……今まで生かされていたのは、俺じゃなく、お前の方だったな」

 

ズズーンと、大きな音と土煙を上げながら、今度こそ本当にボラホーンの身体は大地に横倒しになった。

 

よし、後はあいつだけだ。俺はボラホーンから意識を手離し、俺達の戦いを傍観していたラーハルトに向き直った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side ラーハルト

 

俺は、ガルダンディーと女武闘家、そして、ボラホーンと魔法使いの戦いをじっと静観していた。

 

崖の上では、女武闘家が既にガルダンディーとの戦端を開いている。たかが人間と考えていたが、確かにあの女武闘家はそこそこ腕の立つ戦士と言えるレベルに達していた。そのスピードは、人間にしてはついぞお目にかかれないほどの速さに達しており、思い切りの良い動きもなかなかのものだった。

 

ガルダンディーの突き出す細剣(レイピア)を、女武闘家が拳に装備したメタルフィストで捌く。……さて、ガルダンディーは敵の狙いに気づいているのだろうか。メタルフィストと細剣(レイピア)のぶつかり合いで、あの女武闘家が先ほどから細剣(レイピア)の刀身の同じ場所に攻撃を加えている事に……。ガルダンディーの手にしている細剣(レイピア)、スパイラル・ソードはその軽さと鋭さが身上であって、耐久性はそれほど高くない。

 

あいつは決して弱くはないが、頭に血が上ると観察力に欠如をきたす悪い癖がある。愛竜が死んだ事で激高しているようだが、愚かな事だ。

 

ガルダンディーが奥の手である赤い羽根(レッドフェザー)を放った。あいつは敵をじわじわといたぶる際は常にその手を使う。戦士には体力を奪う赤い羽根(レッドフェザー)を、魔法使いには魔力を奪う白い羽根(ホワイトフェザー)

 

女武闘家の方は、ガルダンディーの誘いに乗ってその奥の手を喰らっていた。おそらくガルダンディーが、太陽を背にして赤い羽根(レッドフェザー)を放ったためだろう。女武闘家に、戦闘経験が不足していたのが幸いしたな。あれを受けては、もうガルダンディーの攻勢を裁ききる事は不可能だろう。戦闘経験の差が勝敗を分けたと言ってよかった。

 

ピクッ……。僅かに感じた空気の変化に、俺は目の前の魔法使いに視線を戻した。谷底からガルダンディー達の戦闘を見つめていた魔法使いの背中から尋常でない魔力が吹き上がらんとしていた。苦境に陥った仲間に援護をするつもりか……? 魔法使いと対峙しているボラホーンは、ガルダンディーの勝利を確信しているのかニヤニヤした笑みを浮かべたまま動こうとしていない。

 

愚か者め……。狩られるだけの人間と、牙を隠し持っている人間の区別も出来ぬのか。あの魔法使いのレベルは、明らかにボラホーンを上回っている。俺はそれを、魔法使いが飛翔呪文(トベルーラ)でボラホーンの攻撃を躱した様子を見ただけで気がついていた。飛翔呪文(トベルーラ)の速度は、術者の魔法力に比例する。あの回避速度は尋常なスピードではなかった。それは、あの魔法使いが尋常ではない魔法力を有している事を意味していた。

 

魔法使いが仲間の援護に動くのなら、奴が魔法使いに勝利を収める絶好の好機ではないか。あの魔法使いはただ朴訥と突っ立っているように見えて、ボラホーンのみならず俺からまでも警戒を緩めてはいない。その警戒が一時でも緩むのなら、そこが好機だ。なぜそれに気づかぬ、ボラホーン……。

 

ドンッという音で、俺は再び崖の上に視線を戻した。見ると、何をしたのか女武闘家の身体が炎にくるまれていた。ガルダンディーに炎を発生させる攻撃はない。だとすると、あれは女武闘家自身がやったのだ。……何のために?

 

次の瞬間、女武闘家の身体からハラハラと落ちる何かを見て、俺はその意図を察した。ふっ、見事だ。経験不足を、とっさの機転と必勝の覚悟で補ったな、あの女武闘家は。

 

それからの展開にはさほど目を見張るものはなかった。女武闘家の覚悟に対してガルダンディーのそれはあまりに薄かった。案の定、ガルダンディーの持つスパイラル・ソードはへし折られ、致命の一撃をガルダンディーは受けた。ガルダンディーは、死すべくして死んだのだ。

 

しかし、女武闘家が最後に放った技。原理は分からないが、生物にとって致命の一撃をもたらす技と見た。喰らえば確かに驚異だが、あの技を発動する瞬間あの女武闘家は一瞬の溜めを必要としていた。女武闘家は人間にしてはなかなかのスピードの持ち主だが、俺には遠く及ばない。その上、発動時に更に時間を要するのであれば、さほど気にするほどの事もなかろう。当たるはずのない技など、どうということは無い。

 

 

俺は、戦いの始まったボラホーンと魔法使いの戦いに目を移した。魔法使い、いや、バラン様によれば賢者、という事だったか……。

 

賢者とボラホーンの戦いは、終始賢者のペースで進んでいた。案の定、ボラホーンは賢者に遊ばれていると言っていい(てい)たらくだった。唯一ボラホーンにとって勝機が巡ってきたと言える場面は、賢者が横たわったボラホーンに近づいた瞬間だった。

 

ボラホーンの心臓の位置は、通常誰もが想像する胸の位置ではなく、より下部の腹に近い位置にある。そのため、先の閃熱呪文(ベギラマ)による一撃は奴にとって決して致命の一撃では無かった。

 

油断した賢者に一矢報いる好機だったが、やはり賢者の方が一枚上手だったようだ。あろうことか、一時は自身の間合いに捉えた賢者の姿を見失うという失態を犯すボラホーン。

 

「上だ、ボラホーン!」

 

チッ……! ボラホーンのあまりの愚鈍さに、手を出さぬと決めたはずだったが、思わず声を上げてしまった。だが、何にしても既に遅かったようだ。今度こそボラホーンは物言わぬ躯へと姿を変えていた。

 

 

 

ガルダンディー。ボラホーン。バラン様の一の腹心である竜騎衆のうち、2人までが命を落とすとは……。だが、これは必然と言って良い。ガルダンディーは覚悟が、ボラホーンは力量が、それぞれ相対した敵に比して劣っていたのだ。

 

……だが、問題ない。バラン様の竜騎衆は、俺一人いればそれで事足りる。賢者は確かに目を見張る程の魔法力の持ち主だが、残念ながら俺には通用しない。

 

魔法使いや賢者のように魔法のみを武器とする奴らは、本来一騎打ちには向かない連中だ。奴らがその真価を発揮するのは、多数を相手取る場面や仲間を援護する場面に限られる。一対一では詠唱を唱え終わる前に、その貧弱な肉体に致命傷を負う結果となるのは明らかだ。

 

今、女武闘家と賢者は俺の目前で合流を果たした。おそらく、2対1の戦いとなるだろう。後衛の賢者が前衛の女武闘家を援護する。パーティーにおける賢者の戦い方としては理想的と言える。……俺が相手でなかったら、という前提付きだがな。

 

あの女武闘家では、俺を抑えられるはずがない。抑えられない以上、賢者には前衛がいない事と同義だ。

 

さあ、バラン様の望みを成就させるための邪魔者は、今ここで排除しておいてやる。俺は、戦う準備が整ったらしき奴らに対して、一歩を踏み出した。

 

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