転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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93話 コンドルの谷の死闘②

「やったな、マァム。だけど、次からは、あんな無茶をする前に俺を頼ってくれよ」

 

俺は、傍に来たマァムに回復呪文(ベホマ)の魔法をかけながら、さっきの闘いの注意をしておいた。全く、火傷跡が残ったらどうするんだよ。俺の両手の火傷跡とは、次元が違うだろうに。

 

「ふふふ。ポップにはいつも頼りっぱなしだから、自分で出来る事は自分でしたかったのよ。それより、まだあと1人いるわ。気を抜かないでよ、ポップ!」

 

ああ、分かっているよ。こいつが一番の関門だからな。俺達は、あと1人となった竜騎衆 陸戦騎ラーハルトと向き合った。

 

陸戦騎ラーハルト。こいつは、本当に他の2人の竜騎衆とは次元が違う。ヒュンケルの『鎧の魔剣』と同じ機能を有する『鎧の魔槍』を保有し、凄まじいスピードで敵を打ち倒す。ていうか、接近戦でヒュンケルを上回っている時点で既にやばいって。

 

「ラーハルト、と呼ばれていたな。このままバランに合流せず帰ってくれるなら、俺達もお前を追わないがどうだ?」

 

まあ、そんなタイプではないし、バランに対する忠誠心からも、そんな事をするはずないんだけど、万が一の期待も込めて一応言ってみた。

 

しかし、ラーハルトはやはり俺の言葉に、クックックと笑い出した。

 

「なぜ帰る必要がある……? 確かに、ガルダンディー、ボラホーンを倒したお前達の力は認めよう。だが、俺を奴らと同じだと思うな。俺こそが竜騎衆筆頭。俺のやる事は変わらん。お前達を殺して、バラン様の後を追う事よ。 ――鎧化(アムド)!!」

 

ラーハルトはそう言って、右手に握った槍を鎧へと変化させた。

 

「――! ポップ、あれは!? ヒュンケルの鎧と同じ……!」

 

「ああ、そうだな。剣と槍の違いこそあるが、同じ系統の鎧だな……」

 

俺達が驚いている僅かな時間で、ラーハルトはその全身に鎧を纏っていた。

 

「その鎧の事は知っている。俺達の仲間も持っているからな。魔法が効かないんだったよな?」

 

「そうだ……。この鎧は魔界最高の名工と謳われたロン・ベルク作『鎧の魔槍』。知っているのならば、話は早いだろう。いかにお前が練達の賢者であろうと、俺には絶対に勝てん!」

 

ちっ、ドヤ顔でいきがりやがって……。あれ、でもロンって名前、ちょっと前にどこかで聞いた気がするな。何処だったっけな? っと、それより今は、目の前の戦いに集中だ! まずはこれで様子を見てみるか。

 

「――閃熱呪文(ギラ)!」

 

俺は、閃熱呪文(ギラ)を速射で数発放った。それに対して、ラーハルトは避けもせず無造作に鎧でその熱線を受けとめる。鎧の魔剣同様、俺の放った閃熱呪文(ギラ)はやつの鎧の表面を撫でるようにして後方に弾かれていく。

 

避けるまでも無いって事か……。だったら、あの手で!

 

「――火炎呪文(フェニックス)!」

 

俺は右手から火の鳥を発現し、それをラーハルトに向けて飛翔させた。

 

鎧の耐魔性能に絶大な信頼を置いているあいつは、やはり避けもせずに俺の火炎呪文(フェニックス)を喰らう。直後、業火に包まれるラーハルト。

 

よし、これで勝った。人間と魔族の違いこそあれど、やつも生物である以上呼吸を行う必要がある。後は、奴が酸欠になるまでこれを維持しておけば……。

 

「ふ……。なるほど、見事な火炎呪文だ。しかし、魔法の通じないこの鎧を装備した俺にこれを放つと言う事は、……狙いは呼吸困難による窒息死かな?」

 

濛々と猛る炎の中で、ニヤッと笑みを浮かべるラーハルト。

 

――ギクッ! こいつ、ヒュンケルを上回っているのはスピードだけじゃないな。かしこさの数値も上回っている!

 

「ふふ。バラン様が力の底を掴めていないと言っていたが、なるほど、確かに小賢しい男のようだ。だが、俺が窒息するまで後1分以上はかかるぞ。それまでどうやって、この魔法を維持し続けるのだ? ……まさか、俺がこのまま棒立ちになっていると考えているのではあるまいな?」

 

「ポップ、下がって!」

 

ラーハルトの放った俺に対する殺気をマァムも感じたのだろう。俺とラーハルトの間に盾になる様に入った。

 

だが、炎に包まれたままのラーハルトは、そんな俺達の行動を涼しい顔で見つめ、薄く笑みを浮かべている。

 

「もう良いのか? では、行くぞ……!」

 

――! 消えた!? いや、消えたと感じたのは俺だけだったようだ。マァムはその動きに反応して拳を突き出した。だが、その動きもラーハルトを捉えるには至らなかった。残像が残るほどの速さでマァムの横をすり抜けるラーハルト。

 

 

気が付いたら、ラーハルトが俺の目の前にいた。

 

「――ポップ!」

マァムが俺を振り返り悲壮な声を上げた。しかし、あまりの早さに、俺は飛翔呪文(トベルーラ)で後方もしくは上空に飛翔する余裕も無かった。

 

次の瞬間、全身に痛みが走ったかと思うと、俺は大地に横倒しに倒れていた。

 

「……が、がはっ……!」

 

くっ、な、何が起こったんだ。多分槍を突かれたんだと思うけど、全く視認できなかった。元々ボロボロだった俺のみかわしの服に更にいくつもの穴が空いており、咥内に鉄の味がじわじわと浸透していく。

 

俺は回復呪文(ベホイミ)を自身にかけながら、よろよろと起き上がる。起き上がりながら気が付いた。俺が受けた傷は刺突の傷ではなく、打突の傷だと言う事に。

 

ラーハルトは、最初から俺を先の一撃で殺すつもりは無かったようだ。余裕の表情を浮かべて、元の位置に戻っている。もちろん俺は火炎呪文(フェニックス)を維持するどころじゃなかったから、既に奴は炎に包まれていない。

 

「ポップ、大丈夫!?」

マァムが俺の傍に駆け寄り、気遣わしげな表情を浮かべる。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。だけど、やられたな。あんなに素早い動きをするとは……」

 

「ごめんなさい、ポップ。私がちゃんとあいつを抑えていたら……」

 

「いや、いくらなんでもあれを抑えるのは無理だよ。ヒュンケルやおっさんでも無理だ。そんな事より、作戦を変えよう。あの鎧に加えて、あんなに素早い動きをされちゃあ、魔法で倒すのは諦めた方が良い。俺は、マァムの攻撃を援護する事に徹するよ。さっきガルダンディーに放った技、あれなら当たれば奴を倒せるんじゃないか?」

 

俺の言葉に、マァムは眉間に皺を寄せて苦渋の表情を浮かべた。

 

「確かにあれなら当たれば確実に倒せるけれど、あんな動きをされたら、捉えられるかどうか……」

 

「その辺は俺がどうにかしてみるよ……。こういうのは、どうかな」

 

俺はマァムに顔を寄せて耳打ちした。だが、マァムは何故か俺のその提案にひどく嫌そうな顔をした。

 

(マァム……。魔法に罪は無いんだ。ようは使い方次第さ。悪いのはいつだってそれを使用する側にあるんだから……)

 

(……ポップ。あなた、何を他人事みたいな顔をして、悟ったような事を言っているのかしら? 私は、まだあの日の事を忘れていないわよ?)

 

俺は、そのマァムの冷たい視線から思わず顔を背けた。

 

 

 

「クックック。作戦は決まったか? どうせ無駄な努力に終わるだろうがな……」

 

俺はマァムと目を合わせて頷き合った。

 

「それは、こいつを避けてから言うんだな! ――重圧呪文(ベタン)!」

 

広域展開可能なこの魔法なら、どうだ! ……って言った矢先から、こいつを避けるのかよ!

 

ラーハルトを中心に重力磁場を展開したが、それが完成する前にラーハルトはその影響範囲から脱していた。

 

「遅い、遅い。不意打ちならともかく、一度俺に認識されたが最後、お前の魔法は通じぬ!」

 

「そうかよっ! だったら、こいつならどうだ! ――氷結呪文(ヒャダルコ)!」

 

俺の右手から13本の氷の槍が出現した。その槍を俺はラーハルト目がけて放った。これならやつがどれほど逃げても追いかけられるし、奴の鎧の隙間に突き刺すことでダメージも与えられるだろう。

 

「下らん。氷の槍ごときでこの陸戦騎ラーハルトが倒せるとでも思ったか……!」

 

奴は避けるまでも無いとばかりに、その場で無造作に槍を動かし、自身に迫った氷の槍を全て打ち砕いてしまった。マジか、あまりの早業に、槍を操作するどころじゃなかったぞ。

 

だが、奴がその行動を取っている間にマァムがラーハルトに肉薄していた。

 

「はっ!!」

 

マァムが左右の拳をラーハルトに突き入れる。しかし奴は、再び残像が発生するほどのスピードでその連続攻撃を軽やかに躱していく。マァムのスピードは俺達パーティー内ではピカイチで、その上先ほどかけた敏捷力変動呪文(ピオリム)により更にその数値が上昇しているというのに、奴のスピードはまだその上を行っている。凄まじいスピードだ。

 

マァムの攻撃を躱すラーハルトの背後に、水球がいくつも出現する。俺が発現させた幻惑呪文(マヌーサ)成分入りの水球、幻惑水球呪文(マヌーサボール)だ。幻惑呪文(マヌーサ)がその鎧越しでも通じる事は、ヒュンケル戦で確認済みだ。これで奴を幻惑できれば……。

 

しかし、奴は俺のその行動までも視界に入れていたようだ。マァムの放った回し蹴りを軽やかに躱しつつ槍を背後に一閃したかと思うと、それによって生じた真空波によって、俺の作った水球は一瞬で全てが破裂した。

 

ちっ、本当に隙がないな、こいつ。

 

マァムが、激しい攻撃の最中俺を見た。勝負に出る気だな、マァム。俺はマァムに頷きを返し、事前の作戦通り魔法を唱えた。

 

「さあ、戦場に吹き荒れるんだ、神風! ――神風呪文(パキ)!!」

 

突如2人の周囲に吹き荒れる突風。俺が唱えた魔法、それは先日突風魔法から神風魔法へと昇華を果たした神風呪文(パキ)の魔法だった。その魔法は、ラーハルトだけでなくマァムまで巻き込み、2人に襲い掛かった。だが、その威力は先日の女性陣のスカートをめくると言う程度の生易しいものではなかった。思わず身体が浮かび上がるほどの暴風が、マァムとラーハルトを中心に無秩序に吹き荒れた。渓谷の大地にある無数の細かな砂礫が、螺旋を描きながら空高く舞い上がる。まるでトルネードのような渦巻が、うなりを上げて空高く伸びていた。

 

ラーハルトも、まさか仲間ごと広域展開魔法を放つとは思っていなかったのだろう。ようやく奴を俺の魔法の影響範囲に捉える事が出来た。そして、いくら奴の鎧に魔法が通じないと言っても、純粋な物理現象なら効果を発揮できる。

 

「くっ、まさか仲間ごと魔法を放つとは……! だが、この暴風の中では、貴様も……。 ――何!?」

 

ラーハルトが暴風のため満足に動けない中、マァムはその影響をほとんど感じていないかのようにラーハルト目がけて突っ込んでいた。

 

そのマァムの右手のメタルフィストからは、黒い粒子が噴き上がっていた。マァムはメタルフィストに込められた魔道具を用い、一時的に自身の体重を倍加させる事でこの暴風の影響を最小限にとどめていた。

 

「いけぇっ、マァム! お前の体重は今、0.2トンを超えているぞ!」

 

「はーー! 武神流奥義 閃華裂光拳!!」

 

誰に対する怒りなのか、こめかみに青筋を浮かべたマァムの左拳が、ラーハルトの鎧の隙間に突き込まれる。何故か俺はその瞬間、マァムの(後で覚えておきなさい、ポップ!)という副音声が聞こえた気がした。

 

まばゆいばかりの閃光がマァムの拳から放たれた。

 

「やったか!?」と、思わず口にしてしまってから、俺は盛大なフラグを立ててしまった事に気づいた。とっさに口を押さえたが、やはり遅かったようだ。

 

その閃光の先に肝心のラーハルトはいなかった。

 

空を切っていたマァムの拳。距離を取っていた俺が先に気づいた。

 

「――上だ、マァム!」

 

「――!」

 

俺の声に上を見上げるマァム。なんて奴だ……。この暴風が吹き荒れる最中、その風に耐えるのではなく、逆にその暴風を利用する形で上空に舞い上がりやがった。しかもただ舞い上がっただけでなく、完全にこの暴風を支配下に置いているかのように完璧な姿勢制御が出来ていた。不規則に吹き荒れる突風の中、まさかそんな芸当ができるとは。こいつの戦闘センスは、計り知れない……!

 

「良い攻撃だった! 褒美にお前にこれを喰らわせてやろう。陸戦騎ラーハルト最大の秘技、――ハーケンディストール!!」

 

「きゃぁぁぁぁーー!!」

 

ラーハルトの振り下ろされた槍から放たれた衝撃波が、マァムを襲った。その一撃は、大地を断ち切るほどの威力だった。

 

俺は、その両断された大地の切断面を見て血の気が引いた。嘘だろう、あんな攻撃を軽装のマァムが喰らったら……。マァムは、ヒュンケルのような不死身の身体じゃないんだぞ!

 

弾かれるように大地に叩きつけられ、微動だにしないマァム。

 

「――マァム!」

 

俺はマァムの元へ駆け出そうとするが、その俺の前にラーハルトが宙より降り立った。

 

「行かせはせん。それに、……見るがいい」

 

ラーハルトは顎で、横たわったマァムを指した。俺がラーハルトの背後のマァムに視線を向けると、苦しげにしながらも、マァムが肘を地面について起き上がろうとしていた。

相当なダメージを負ってはいるようだが、致命傷ではなさそうだ。……手加減をした?

 

「たとえ敵であっても、女はできるだけ殺傷したくない。あのまま動かなければ、これ以上の手出しはせん……。ふっ、もっとも、お前はそうはいかんがな……」

 

そうか、やはり手加減をしてくれたか。……良かった。しかし、どうやら俺はそうはいかんらしい。それって、男女差別だよな? いや、よそう。ジェンダーレスをこいつに説明しても理解してくれるとは思えない……。

 

 

「ポ、ポップ……。今……行くわ……」

 

マァムが苦しげに上体を起こそうとする。いや、良いよ、マァム。十分だ。

 

「マァム、後は俺に任せておいてくれ。次もあるんだ。回復呪文(ベホイミ)で体を癒やしているんだ」

 

「……で、でも……」

 

「大丈夫さ、俺にはまだアバン先生から教わった秘技があるから。俺を信じて回復に専念していてくれ」

 

マァムは、俺のその言葉に怪訝な表情を浮かべるが、どうにか納得してくれたようだ。わずかに俺に頷きを返し、自身に回復魔法をかけ始める。

 

「秘技だと? また魔法か? お前がいかに強力な魔法を習得していようと、俺に通じぬのは理解できたはず……」

 

ラーハルトは、頭の悪い子を見るような目で俺を見る。

 

「魔法じゃないさ……。知らないのか? 俺はアバン流棍殺法 免許皆伝の腕前でもあるんだぜ?」

 

「何? アバン流棍殺法だと? いったいそれは……」

 

しれっと経歴詐称をした俺は、右手から氷の棍を作りだし、それを両手で握り半身に構えた。

 

「かつて魔王を倒した武芸百般の大勇者アバンが、俺だけに残してくれた秘技さ。その一撃を喰らったが最後、全身の骨が粉々に砕けるっていう代物だ。――せいぜい喰らわないように避けてみるんだな!」

 

俺はそう叫び、ラーハルトに突進した。

 

「――はっ!」 

 

俺はラーハルトに氷の棍を突き出す。しかし、当然その攻撃はラーハルトには当たらず、余裕の表情で躱された。

 

だが、反撃は来ない。余裕から来る油断なんだろう。そして、俺の繰り出す技に困惑している、という事もありそうだ。

 

「下らん……。何が全身の骨が粉々に砕ける秘技だ……。なるほど、確かに魔法使いにしてはそれなりの動きをしているが、俺から言わせれば素人も同然よ。いくらお前がそれを振り回しても、未来永劫俺に当たる事はない」

 

それからも俺は棍を振り回すが、ラーハルトの言葉通り一向に当たる気配がない。まあ、それはそうだろう。マァムで捉えきれないこいつの動きを、俺が接近戦で捉えられるはずがない。

 

「ハァッハァッ! ――ちくしょう! 当たりさえすれば、スピードしか取り柄の無いお前なんかイチコロなのに……!」

 

俺は棍を振り回しすぎて、息を切らしながら愚痴を吐いた。

 

「……何だと? ふざけるな……。貧弱な身体のお前の攻撃が当たったところで、俺がダメージを受けるはずがなかろう……!」

 

「ゼェッゼェッ……。 は、ははは……。そんな事を言いながら、お前は、俺の攻撃を避けているじゃないか。……お前は、本当は怖いんだよ。大勇者アバンがこの世に残した秘技が。ははっ、人間を蔑んでいるお前が、人間の編み出した技を怖がるとは傑作だな」

 

さあ、俺のこの安い挑発に乗ってくれれば、めっけものなんだがな。これで駄目なら、俺はいよいよ()()でラーハルトと戦わざるを得なくなる。ヒュンケルと戦った時に練った戦略のいくつかは、こいつにも通じるだろう。

 

例えば、急激な水圧の変化でこいつを体の内から倒すやり方だ。水流呪文(ウォーター)の魔法を直方体状に作り出しその中にこいつを取り込む。水深100mの水牢を作れば水圧は10気圧、つまり10Gの重さがラーハルトの身体にのし掛かる事になる。

 

多分これでこいつの肺は潰れるだろうし、もし潰れなくても今度は瞬時にその呪文を解除すれば急激な減圧でやはりこいつの身体はボロボロになるはずだ。名付けて、『海神(わだつみ)作戦』だ。ただ、動きの速いこいつを水牢に取り込むためには相当な仕込みと、とんでもない水量を必要とするだろう。必然的に、魔法力は限界ギリギリまで枯渇してしまう事になる。

 

正直、この後のバラン戦の事を考えれば、できるだけ魔法力は温存しておきたい。だから俺はこんな挑発をしたわけだが、さて、こいつは乗ってくるだろうか。

 

そしてどうやら俺は、その賭けに勝ったようだった。奴の纏う気配が変わった。俺の挑発の言葉は、ラーハルトの矜持を随分と傷つけたようだった。

 

「……。良いだろう。その棍による攻撃、俺に当ててみろ。そして、その攻撃が俺に通じぬという事実を悟り死んで行け!」

 

「……へえ。俺の攻撃をあえて受けてみるのか? 良いのかい? スピードしか取り柄のないお前が俺の攻撃をその身に受ければ、全身の骨がバラバラに砕けるぜ?」

 

「下らぬ事を……。やってみるがいい! 俺は竜騎衆筆頭 陸戦騎ラーハルト! 逃げも隠れもせぬ!」

 

ラーハルトが怒気をみなぎらせ、俺を睨む。

 

「だったら、お望み通りアバン流棍殺法の秘技を喰らわせてやるよ……! 喰らえ、――骨砕きッ!」

 

俺は氷で出来た棍を、動きを止めたラーハルトに突き込んだ。

 

 

一瞬の静寂。

 

俺の放った突きが、ラーハルトの鎧の隙間からその身体に確かに突き立っている。しかし、思いのほか強靱なその筋肉に阻まれ、俺の棍はラーハルトに何のダメージも与えられていなかった……。

 

「何だ、これは……。 全身の骨が砕けるだと? 馬鹿馬鹿しい……! これで理解しただろう。武力も、魔力も俺には通じぬという事が。さあ、今、楽にしてやる……!」

 

そう俺に死刑宣告したラーハルトは、右手の槍の穂先を俺に向ける。まだ俺の氷の棍は、ラーハルトの身体に触れたままだ。

 

 

 

……だから俺は、棍を打ち込んだ姿勢のままこう呟いた。

 

 

「……他者転移呪文(バシルーラ)……」

 

 

「――!? きさ――」

 

驚愕に目を見開いたラーハルトがその言葉を発するより前に、奴は矢のような早さでこの戦場から退場していった。その瞬間移動呪文(ルーラ)の閃光にも似た光は、遙か東の空に一直線に伸びていた。もちろん奴の姿はその光と共に消え去っていて、既にどこにも見あたらない。

 

「……武力も、魔力も通じなくても、知力は通じたようだな。お前の敗因は、ヒュンケルを上回る程度のかしこさの数値で粋がった事だよ。元医大生を舐めてんじゃねえぞ」

 

俺はラーハルトの消えていった東の空を見上げて、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ふー、ようやく竜騎衆3人とも片づいたな……。マァム、回復呪文(ベホマ)をかけておくよ。立てるか?」

 

俺はマァムに手を貸しながら、回復呪文(ベホマ)の魔法をかけた。

 

「ありがとう、ポップ。でも、大丈夫なの? ずいぶん魔法力を使ったんじゃあ……」

 

マァムは俺の手に捉まり、身体を起こした。

 

「なあに、これぐらいの消耗で済んだのなら想定の範囲内さ。それにしても、あいつに神風呪文(パキ)の魔法を対処されたのはショックだな。よし、こうなったら、神風呪文(パキ)の魔法の更なる改良のために協力してくれないか、マァム?」

 

俺のその言葉に、マァムはジト目で俺を見つめたかと思うと、そのまま右手をすっと差し出し俺の左耳を掴んだ。

 

「それって、私のスカートをまた捲りたいと言っているのかしら、ポップ?」

 

「いやいや、マァムだけじゃなく、メルルや姫さん、エイミさんにマリンさ――! い、痛たたた……! じょ、冗談だって、マァム! 耳を引っ張るなよ! ち、千切れるッ!!」

 

軽口を叩いたことを後悔しながら、耳の痛みに思わず涙を浮かべる俺。しかしマァムは、俺の耳を引っ張りながら何かを思い出したのか、更に目を据わらせて俺をねめつけるように睨んだ。

 

「そう言えば、あなた、さっきは私の体重を0.2トンだなんてよくも――」

 

「え、いや、だってマァムの体重70kgが3倍になっているんだから、0.2トンは軽く超え――」

 

「だから私の体重70kgっていうのがそもそも間違っているのよ! 私の体重は4○㎏よ!」

 

「痛い、痛い、痛いっ!! ちょ、ほんとに千切れるって! 今、ビリってした! ビリってしたんだって! ご、ごめんってば、マァム!」

 

「だいたい、女性の体重をトンで表す事が許されるとでも思っているの、あなた!?」

 

「わ、分かった! 俺が悪かった! だからもう許してっ!!」

 

 

 

図らずもガルダンディーが望んだとおり、コンドルの谷に俺の上げた悲鳴がどこまでも木霊していった。

 

 

 

 

 

「おー、痛かった。本当に耳が千切れたかと思った……」

 

あの後ようやくマァムから解放された俺は、そのマァムに引っ張られて真っ赤になった左耳を涙目になりながら押さえていた。

 

「……ふん、自業自得よ」

 

マァムが鼻息荒く俺を見つめ、次いで首を巡らせてラーハルトが飛ばされていった東の空に視線を向けて、少し呆れた口調で口を開いた。

 

「……それにしても、よくあんなやり方でラーハルトを排除出来たわね」

 

「ははは。大賢者らしい、頭脳プレイだっただろう? 」

 

別に倒さなくても、バラン戦に参戦させなければ良かったんだし、これでも目的は果たした事になるしな。ミッションコンプリートだな! 涙目から一転、俺はそう自慢げにマァムに胸を張った。

 

「大賢者というより、ペテン師みたいなやり方だったと思えるんだけど……」

 

「ひどっ! まあ、不本意ながら、確かに一見ラーハルトを騙したと誤解されかねない戦いになってしまったけどな」

 

「誤解……なのかしら? まあ、いいわ。そんな事より、早くレオナ達の所に戻りましょう。思ったより時間がかかってしまったから、向こうが心配だわ」

 

「そうだな。じゃあ、戻る前に魔法力を回復させておくよ。ちょっと待ってくれ」

 

俺は、鞄から姫さんにベンガーナで買ってもらった『魔法の聖水』を3本取り出して、順に口に含んだ。うん、やっぱりこれはアクエリアスの味に近いな。馴染みがあって飲みやすい。

 

 

 

「あら、ポップ。あなた、また服が千切れかけているわよ?」

 

俺が『魔法の聖水』が入った小瓶に口をつけていると、マァムが俺の着ている『みかわしの服』の背中を指さしてそう言った。俺が首を巡らしてマァムに指摘された所を見てみると、確かに糸がほつれていて生地が千切れかけていた。

 

「本当だ。ラーハルトに突き倒された時に石で引っ掻いたのかな……。マァム、後で落ち着いたら、繕ってくれないか?」

 

「それは良いけど、メルルの方がきっと上手よ……?」

 

「マァムだって上手じゃないか。ネイル村でレイラさんが繕ってくれた時、マァムも手伝ってくれたってレイラさんが言ってたぜ?」

 

「か、母さんったら、もう……。わ、分かったわよ。私でよかったら後で縫ってあげるわよ」

 

「ありがとう、助かるよ」と返しながら、俺は最後の『魔法の聖水』を飲み干した。

 

コンドルの谷の谷底には、良い風が吹き込んでいた。向こうに着いたら、こんな風にゆっくり話す暇もないかもしれないな……。

 

「なあ、マァム……」

 

俺の問いかけに、自身の身体の状態を確認するかのように屈伸をしていたマァムが顔を上げた。

 

「どうかした、ポップ?」

 

「俺がもし……、ああ、いや、うん……一緒に来てくれてありがとうな。俺だけじゃ、奴らの分断に成功できなかったかもしれない」

 

……駄目だ。やはり伝えられない。伝えたら、きっとマァムは俺を非難するだろう。それはメルルも同じだ。他の誰よりも、この2人だけにはやっぱり伝えられない。大丈夫、まだ希望がないわけじゃないんだ。そのために、マァムやヒュンケル、おっさん達は全力を尽くしてくれるんだから。

 

マァムは、俺が言い淀んだ事に少しだけ首を傾げて、返事を返してくれた。

 

「でも、最後は結局ポップに頼ってしまったわ。前衛の私がラーハルトを抑えていたら、もっと楽な戦いが出来たのに……」

 

「大丈夫だよ。マァムは一戦ごとに強くなっている。今回はあいつにかなわなくても、次はかなうかもしれない。そうして、これからもダイの助けになってやってくれ」

 

「……ダイの? ポップ、今日のあなた、何か変よ? まるで――」

 

「さあ、魔力も回復したし、早いところおっさん達の所に戻ろうか! 待ちくたびれているかもしれないからな!」

 

俺はマァムの言葉を遮るように、そのマァムの肩に手を回して、瞬間移動呪文(ルーラ)の呪文を頭に思い浮かべた。

 

「ちょ、ちょっとポップ! いったい、どうしたのよ?」

 

俺はそのマァムの言葉に何も返さず、ただ瞬間移動呪文(ルーラ)の魔法を唱えた。

 

 

 

渓谷の切り立った崖の端に、一頭の緋色をした蝶が止まっていた。光の矢が空に一筋の光跡を残した後、その緋色の蝶は3つの黒い目の様な模様を浮かべた4枚の羽をヒラヒラと羽ばたかせ、そっと空に舞った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

side ラーハルト

 

吹き荒れる暴風の中、女武闘家が俺めがけて駆けてくる。こちらはこの不規則に吹き荒れる風の中、槍を地面に突き立て耐えるのが精一杯だと言うのに、先ほどまでの軽快な動きとは正反対に、ドスドスと重量感のある地響きを立てて迫り来る女武闘家。

 

その女武闘家が右手に装着しているメタルフィストからは黒い粒子が噴き出している。原理は分からないが、おそらくあれが、女武闘家がこの暴風の中一直線にこちらに向かってこられる理由なのだろう。

 

認めたくは無いが、俺の背中を一筋の冷たい汗が流れるのを感じた。なるほど、確かにいい手だ。この暴風を発生させる魔法は、敵の動きを阻害しつつも殺傷力は皆無だ。これなら味方ごと放ったとしても、問題ない。ましてやその味方が、この暴風の影響下で自由に動ける手段を持っているのなら、なおさらだ。

 

女武闘家の背後に、バラン様が一目置く賢者の姿が見える。おそらく奴は、このおかしな魔法を仲間とこのような連携を取る事を想定して開発していたのだろう。女武闘家の歩みが、この魔法を受けるのが初めてではないと如実に語っていた。

 

女武闘家の左手がわずかに光っている。やはりその手で来るか……。ガルダンディーに致命の一撃を与えた女武闘家の左手の一撃。いかに俺とて、身動きのとれない状態であの一撃を受けるのはまずい。

 

だが……、俺を侮ってもらっては困る。確かに驚くべき魔法だが、抗うのではなく、受け入れるのだ。一見無秩序に見える風の動きを読み切る事さえできれば、この魔法は無力化できる。俺は瞑目し、全身に感じる風の動きに意識を集中させた。

 

 

 

「良い攻撃だった! 褒美にお前にこれを喰らわせてやろう。陸戦騎ラーハルト最大の秘技、――ハーケンディストール!!」

 

かろうじて、女武闘家の攻撃が加えられる直前に暴風の動きを読み切った俺は高く上空に飛び上がり、奥義を繰り出した。

 

俺の放った一撃は、女武闘家ばかりかその背後の大地を十字に裂いていた。大地に横たわりピクリとも動かない女武闘家。だが、俺は分かっていた。この女武闘家は死んでいない。何故なら、俺は故意に最も威力の高いタイミングを外して技を放っていたからだ。

 

何故、敵に情けをかけたか。その理由は分かっている。俺の母親は人間の女性だった。病気がちだったが、優しく時に気丈な女性だった。この女武闘家はどこかその母に似ていた。ただ、それだけの理由だ。バラン様も許してくださるだろう。あの方も、無為に女性を傷つける行為を厭う方だから。

 

しかし、女武闘家に意識があった事には驚いた。手加減はしたが、気絶はしてしかるべき威力の技を俺は放っていた。おそらくあの女武闘家は技を喰らう直前に、闘気による防御をしたのだろう。俺は闘気の類いを用いて戦わないが、あの女がそれを用いている事はこれまでの戦いで分かっていた。この戦いを生き残る事ができれば、更に力を増す事だろう。生き残れればの話だが……。

 

 

 

賢者との戦いは、当初想定していた戦いとは全く異なっていた。距離をとって遠距離から魔法で攻撃してくるのかと思いきや、賢者は俺に対して無謀にも接近戦を挑んでいる。確かに、俺のこの鎧はほとんどの攻撃魔法を無力化する。例外としてバラン様のみ使用できる電撃呪文があるが、あれは真の(ドラゴン)の騎士のみが使用できる呪文で、いかに豊富な呪文を有する賢者といえど、あの呪文は撃てない。

 

そのため、目の前の賢者が魔法攻撃に早々に見切りをつけ接近戦を挑むのは理にかなっていると言えるが、いささかその思いきりの良さに警戒したのも事実だった。しかし、何度か賢者の棍の打ち込みを避けて把握した。賢者にしてはそれなりの動きが出来ているが、決してそれ以上では無い、平凡な技量だ。当然ながら、先ほどの女武闘家の力量にすら達していない。

 

警戒しすぎたか……。バラン様から力の底が見えない男と言われ警戒していたが、やはりそれは魔法力に限っての事だったのだろう。一息に殺してやろう、俺がそう判断した時だった。この男から不遜な言葉が飛び出したのは。

 

「……お前は、本当は怖いんだよ。大勇者アバンがこの世に残した秘技が。ははっ、人間を蔑んでいるお前が、人間の編み出した技を怖がるとは傑作だな」

 

この言葉が、安い挑発である事は理解していた。先ほどからこの男は出来もしない技を口にしている。武技と言うものは、偶然に習得しているレベル以上の技が身に付くものではない。この男の技量では、先ほど頭上より振り下ろされた『地竜閃』という闘気技が限界だろう。賢者でありながら、闘気技の初歩を身に着けた努力は認めてやってもいいが、そこがこの男の限界だ。ましてや、全身の骨を砕くなどと言う大層な技を、修めているはずがない。

 

だが、俺にとってそんな事は関係なかった。この俺が、人間の編み出した技を怖がるだと……? 他ならぬ俺自身が、俺の身体の中に流れている人間の血を誰よりも憎んでいるというのに、よりによって人間の編み出した技を怖がる……?

 

……許せぬ。憤怒の感情に支配された俺は、挑発と知りながらこの男の言葉に乗ってやった。

 

「……。良いだろう。その棍による攻撃、俺に当ててみろ。そして、その攻撃が俺に通じぬという事実を悟り死んで行け!」

 

何に縋っているのか知らぬが、この男の好きなようにさせてやろう。魔力は通じぬ。そして武力もまるで通じないという絶望を味あわせた後、この男の息の根を止めてやる。それが俺を愚弄した罪と思え。

 

そして俺は、この男の攻撃を甘んじて受けた。案の定、全身の骨を砕くなどと言う技は幻だった。この男の攻撃に、俺はなんの痛痒も感じなかった。

 

 

 

だが、俺は直ぐにそれが痛恨の過ちであった事を悟らざるをえなかった。

 

あの男の狙いは、武技で俺を倒そうなどと言うものでは無かった。まさか、あのような卑怯な策略を講じていたとは……! 

 

だが、光の矢に囚われた今の俺にはこの憤懣やる方ない思いをぶつける先が無かった。俺は大声で叫ぶ。

 

「嘘吐きの薄汚い人間め、絶対に許さん……! ――絶対に許さぬぞッ!!」

 

 

流れるように現れては消え去って行く景色。僅かな時間の間に、いったいどれほどの山脈を越えたか。また新たな山脈の山肌が出現し、忌々しくも俺を拘束している光の矢はその至近を通過しようとする。だが、その瞬間に俺は全神経を集中させていた。奥義を至近の山肌に放つ事で、その反動を利用してこの拘束から逃れられるかもしれない。

 

俺は身動きすら満足にとれないこの状況下で、渾身の力を込めて技を繰り出した。

 

「――ハーケンディストール!!」

 

次の瞬間、俺はそれまで自身の身体を拘束していた何かから解き放たれたのを、確かにこの身に感じていた……。

 

 

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